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2012年01月

これが当たり前だと思います。

野球のことにはあまり興味がないのですが、
昨日のダルビッシュ選手のニュースは色々感じるところがありました。

勝負の場求めて決断=日本選手の低評価にも発奮―ダルビッシュ会見

「メジャーに行くくらいなら野球をやめる」とまで語っていたダルビッシュ選手。
今回メジャーに挑戦することについて、
「球団よりもオーナーよりもまず応援してくれたファンの皆さんに話をしたい。」と、昨日の札幌ドームでの記者会見となりました。

経験を重ね、立場が変わり、周りの環境も変化する。
その中で考え方が変わることは当然あります。
時には180度変わってしまうことも。

その時に何の説明もしなかったら、ただの嘘つき。

「前は反対のことを言っていたのに。。。」
ということになってしまいます。

この世界に入って思うのはその説明を飛ばす人が多いこと。本当にびっくりします。

「えっ?こないだ言ってたことと全然違うよね??」
と、こちらは戸惑っているのに当の本人は平気の平左。もちろん説明はありません。
普通に社会人生活をしている中では、あまりそんな人はいませんでした。

そういう人を私は信用できません。

さっきも言ったように考え方が変る事は当然あります。
その変化の過程を、理由をきちんと説明さえしてくれれば、こちらは納得します。それをしない。

昨日のダルビッシュ選手の偉かったところは、
「まずファンに説明したこと」

一番釈然としないだろうと思われる、もしかしたら自分の気持ちの変化を許してくれないかもしれない。。。
その人たちに真っ先にきちんと自分の口で説明した。

そこが素晴らしいです。

昨日の野田総理とは正反対。

ダルビッシュ選手の方が当たり前の対応だと私は思います。

あまりにも対照的な二つの会見が同じ日に行われた。昨日はそんな一日でしたね。



国会が始まりました!

野田総理の施政方針演説。
作業をしながら聞いていました。

いきなり耳に飛び込んできたのは。。。
「これは3年前、当時の麻生首相の演説の言葉です」

一生懸命自民党にラブコールを送っていた野田総理。
早速ニュースになっています。

福田、麻生氏の演説引用=自民に協議訴え―施政方針

でも、ねじれ国会で苦しんでいた安倍、福田、麻生総理に歩み寄りを見せず、その方針(増税も含めて)反対していたのは、民主党ですよね。

忘れたとは言わせません。

どうしてこうも立場が変わると言うことが変わるのでしょうか?

政権が変わっても、人(総理)が変わってもやっぱり出てくる増税論。
やっぱり財務省の官僚の操り人形になってくるのでしょうか?

先日facebookでシェアさせていただいた動画です。
野田総理本人の街頭演説なのですが、ぜひ多くの皆さんに語連になっていただきたいです。

こういう人は一般社会では、誰にも信用してもらえず、仕事もうまくいかなくなると思うのですが。。。


醜い。。。

関電・大飯原発安全評価「妥当」 意見聴取会は大混乱、地元では反発の声も

「意見聴取会には、同じ場所で傍聴を認められなかったことに反発した市民らが乱入し、大混乱となった。」

とありますが、これを「市民」と報道することに違和感を感じます。

「傍聴をさせてほしい」
「意見を言わせてほしい」

「~させてほしい」という立場でお願いに行くとき、ビジネスの世界では、みなさんどうされますか?

相手に対して礼儀を持って臨みますね。
礼儀の中にはいろいろありますが、今日は「服装」に特化して書きます。

委員の方々はきちんとスーツを着用していらっしゃいます。
が、反対派の方々の服装、汚いですよね。
大の大人が人と話をするときの服装ではありません。

若い人ならまだしもご年配の人も総じて、とても社会人としてまともな仕事をしているとは思えない服装です。

たとえるならば、早朝からパチンコ店の前に並んでいる人たちのような感じですよね。

ビジネス社会で、交渉に来た人があんな服装だったらどうしますか?
会社の受付で追い返される。
もし、会議室まで通してもらえても話にならないでしょう。

でも、どんな件においても「反対派」という人たちはそういう服装でこられます。

労働組合の交渉の時だってそうです。

労働組合の場合は少なくとも同じ会社で働いているわけですから、社員として「同じ収入」があるはずです。なのにきちんとスーツを着こなしている方はまずいません。

これは、男性にも女性にも言えることです。

権力にたてつく=きれいな服装をしてはいけない。

もうこれはイデオロギーの粋だと思います。
というか、こういう人たちの頭の中は、40年位前の全共闘時代のままストップしているとしか思えません。

言っている内容がまともでも、こういう人は社会的に相手にされないんだということをもっと知るべきではないでしょうか?

と、この人たちに言っても無理なので、私たち普通の市民はもっとクールに対応すればいいと思います。

と、最初にも書きましたが、この人たちを「市民」と報道するマスコミにはやっぱり違和感を感じます。







“働かざるもの食うべからず”~生活保護の話。

生活保護とは

憲法第25条が保障する生存権に基づき、生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに自立を援助する制度である。


昨日、川西市の松田たかゆき議員とお話しました。

彼は委員会で、
生活保護を受けていた人が、受給しなくなった理由(生活保護が必要なくなったのはなぜか?)について、質問したそうです。

その答えは。。。
「死亡」と「市外転出」がすべてて、
「自立して生活できるようになったから不要になった」というのは、
1件もなかったのだそうです。

生活保護は、「自立を援助する制度」のはずです。
でも、誰一人自立していない。
生活保護をいったんもらったが最後、死ぬまでもらい続けている。
その事実が改めて浮き彫りになりました。

生活保護受給者は昨年、半世紀ぶりに200万人を超えました。
今までの一番ピークは戦後の混乱期。それ以降減少し、1995年(平成7年)度には約88万人にまで減っていました。しかしながらその後は増加傾向に転じ、1999年(平成11年)には100万人を突破それからわずか10年余りで倍増しています。
その費用はいまや防衛省予算約5兆円に迫る勢いとなっています。

短期間に受給者が倍増したのは単に不景気のせいだけではなく、日本人の心の持ち方が変わったのが一番の原因です。

生活保護を受けていることを恥と思わなくなった。
当たり前の権利を行使するだけ。

市役所の窓口でもよく言われました。
学童保育を利用する場合、生活保護世帯は利用料は無料ですが、おやつ代は実費かかります。
そう説明すると、

「うちは生活保護なんですよ!」
と、なにか偉いことでもしているかのように。。。

同様に「うちは母子家庭なんですよ!」もよく言われましたが(笑)

(説明をつけ加えると、生活保護世帯でも母子家庭でも働いているから学童保育を利用しているのです。)

生活保護については、龍馬プロジェクト等議員さんが集まる場では必ずといっていいほど話題に上ります。

それほど問題の多い制度です。
誰もが「変えなければいけない」とわかっているのに改革できない・・・。

私はその前提となっている「憲法25条」から見直さないと抜本的な改革はできないと思っています。もっというなれば、第3章「国民の権利及び義務」から議論する必要があります。

さて、この報告を受けた松田議員。
その委員会の席上で「働かざるもの食うべからず」と発言したそうです。もちろん、「自立支援」という目的が達成させてないことについてのコメントなのですが、周りの議員さんからは
「新人なのになかなか厳しいこといいますな~」
と言われたとか。。。。

「働かざるもの食うべからず」
当たり前のことです。
その当たり前の発言をすると批判される世の中。
このままいくと日本がおかしくなると思うのは私だけでしょうか?

1.17の朝に思うこと

阪神淡路大震災から17年目の朝です。

5時46分。黙祷。

特に感じるのは、去年の1月17日にはまだ「東日本大震災が起こってなかった」ということ。
今年は昨年よりも「1.17」を取り上げるニュースが多かったように思います。

震災は、もう何年も前に起きた出来事だったのが、
3月には、それの何倍もの大きな被害をもたらし、また日本人が向き合わないといけない「自然災害」を思い知らされました。

震災を経験した自治体として、今も東北に派遣されている友人もいます。

そして明日は、女川町へ派遣されていて年末にこちらに戻ってきた友人を囲む会があります。
主催者として頑張りたいと思います。

さて、今日は献花について書きたいと思います。

私がいた自治体では、震災10年目を区切りに1.17の式典時に献花を用意するのをやめました。

私はそれでよかったと思います。
献花は亡くなった方に手向けるもので、自分が用意するのが本来の姿です。
10年も経てば、献花を用意できないような状況の方もいらっしゃいません。

自治体が税金を使って用意する必要はなくなったという判断は当たり前です。

でも、これに噛み付いたのが組合。
「血も涙もない!」と、自分たちがカンパを集め献花を用意しました。
そして組合ニュースには、そのカンパの献花に対する市民の感謝の声を載せました。

「行政は私たちの事は何もわかってくれない。本当の味方は労働組合です。」と。

何もしてくれない。。。何もわかってくれない。。。
そういう市民を助長させていては、これからの日本に先はありません。

自助、共助、公助。
一番始めに来るのは「自助」です。最後が「公助」です。
この順番を間違えると皆さんが納めていただいた税金がいくらあっても、そして未来の子供たちに負担をお願いする借金をいくら重ねても足りません。

これからの日本に必要なキーワードは「自立」と「責任」

震災17年目の記念日に厳しい内容を書いているように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
敢えて書かせていただきました。

最後にみんなの党山形県第3区支部長、龍馬プロジェクトの同志、そして、私とおんなじ日に生まれた佐藤丈晴さんがfacebookに書いていらっしゃった言葉を紹介します。

私も同じ思いです。

(以下貼り付け)
政治家を信用していなくて、政治を諦めている国民が多くなっている昨今
。政治を動かすのは、国民、市民だということを忘れているのではないか。
スーパーマンのような政治家の登場を期待する前に、一人ひとりが立ち上がることを考えるべきではないか。
被災地の市議会議長が、今回の震災で、リーダー不在というのを痛感したと言っていました。
どんな分野でも、どのようなことでも良いので、リーダーマインドを持てる人をどれだけつくれるか、それが政治家の役割だと思います。
『考えられる国民、市民を増やすこと』それが私のミッションステートメントです。




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