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2016年03月

主人の帰国と娘の荷造り

ミャンマーから戻ってすぐ、車を運転して実家まで娘の最後の荷物を取りに行きました。帰りにはマリンピアで新生活に足りないものを娘と買い物。これが最終で残りは向こうで買い足します。
私が帰国する前日、4年間の海外単身赴任を終えた主人が帰国。で、5日後に娘が大学進学の為、家を離れます。本当なら引越しで忙しい時期に家を空けていたので、大急ぎで荷造りしました。当然、引越し便は全てアウト。宅急便で今日送ります。
帰ってきた主人の荷物と実家から引き取って来た娘の荷物で家がひっくり返っていましたが、なんとか片付きました。(私の服もかなり捨てました^^;)
写真は娘が大事にしていた歴代のぬいぐるみ。一番好きなのを一つだけ荷物に入れて、後は置いていくそうです。子供の成長は早いですね。
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ミャンマーから無事帰国しました。

無事帰国してしました。今回もミャンマー→成田→羽田→伊丹。まだまだ家までは遠い道のりです。
昨日は、マンダレーから飛行機でヤンゴンへ。アウン=サン=スーチー氏が軟禁されていた家の前を通って日本人墓地へ。ここでも、慰霊をさせていただきました。
その後、アウン=サン・マーケットでミャンマーの特産品を見て、夕食へ。煌びやかな民俗舞踊を見ながら最後の最後ミャンマー料理をいただき、帰国の途につきました。
今回もお世話くださったガイドさんが素晴らしい方でした。サンダさん。
「日本語ができて、日本人のガイドをしている人でも一度も日本人墓地を案内したことのない人が多い。私は何度も来ています。やっぱり『想い』があるから」と。四日間お世話になりました。
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ミャンマー3日目〜メイクテラー〜マンダレーへ。

おはようございます。昨日はメイクテラーからマンダレーへ。修行僧が1000人いるミャンマー最大のお寺へ。なんだか「ビルマの竪琴」を思い出します。そのご、ビルマ最後の王朝となったコンバウン朝の王宮を見学し、マンダレーのポパ山を登りました。
ここに日本軍の慰霊碑があります。前日と同様、国歌と海行かばを斉唱し、靖国神社のお神酒をお供えしました。
この慰霊碑を毎日お掃除をし、線香をお供えしてもくれている14歳少女との出会い。感動しました。ここの山頂から見る夕陽も素晴らしかったです。
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ミャンマーをさらに北上〜〜国防省博物館と菊兵団の慰霊碑

昨日はネピートからメイクテラーへとミャンマーをさらに北上。途中、国防省の軍事博物館を見学しました。ミャンマーがイギリスから独立を勝ち取った影に日本軍あり。ここでも、「日本が戦ってくれてありがとう」の貴重な史料がたくさん残されていました。それはまた、井上 和彦先生の番組で紹介されることと思います。
メイクテラーに入り、菊兵団(第18師団・歩兵第55聨隊)の慰霊碑を参拝。ベトナムの時と同じく、日の丸と旭日旗を掲げ、ツアー参加者全員で君が代と海行かばを斉唱。靖国神社のお神酒をお供えしました。
ここはお寺の学校の近くで、小さい小僧さんや尼さん達が毎日お経をあげてくださっているそうです。とてもありがたいですね。
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ミャンマーに到着。ヤンゴン〜ネピートへ。

おはようございます。昨日、ミャンマーのヤンゴンに到着し、それからシェダゴン・パゴダを見学しました。とにかく煌びやかで、鉱石の産地ミャンマーの象徴です。その後、約5時間かけて54師団が北上したルートで、首都ネピートを目指しました。途中、夕陽がとても綺麗でした。
一夜明けて今日はミャンマーの独立記念日。今朝はなんと4時前に起きてその記念式典を見学するために出発。こちらはとても暑いので、早朝に式典の執りおこなうそうです。
が、ここでまたトラブル発生。式典を見学する許可が下りていたのですが、急遽外国人は立ち入り禁止に。交渉しても無理でした。
どうやら国境で外国人による武器の密輸が見つかったらしく、それが原因で外国人の式典参列が駄目になったそうです。
軍事政権から民主政権へ。今、激動の中にあるミャンマーを垣間見た感じです。
これからホテルに戻って朝食食べて仕切り直しです。
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