2016年11月26日

 捨て去った夢。大いに、いろんな人に、夢を吹き込んだなあ。今は、その夢の言葉に痛い目に遭わされている。言葉をどう実現するか。ヒトラーはある時期、ある時代、それを達成した。私は、私の言葉をどう実現するのか、させるのか。課題だ。重い課題だ。そうしないと、私はこの先にずっと独り言をつぶやき続ける、寂しいオトコになってしまう。

(15:30)

2016年11月23日

 良くて三年ですね。その女の人は「年老いた僧侶」と名のラム酒を飲みながらとうとつに話しかけて来た。え、とか、は、とか短い声を発して見やると笑みを浮かべながら今度もはっきりと「良くて三年ですよ」と。笛吹き峠のトンネルを潜るときに、右手にある笹一酒造を見ていると、息子が「三年峠って知ってる?その峠で転ぶと三年で死んじゃうんだって」「三年坂は知っているけど、三年峠は知らない」という話をしたのを思い出し「三年で死んでしまうということですか」とゆっくりと、ことさら余裕を持って返す。オカルト好きはこんな時でもどきどきするものだな、とも感じた。良く磨かれた爪を立てながら「死ぬなんて幸せが三年で来る訳ないじゃないですか。渡り鳥が向こうに帰って一年。白山に白雲が湧いて二年。あなたがその先に進んで三年。その頃は平泉が焼かれてちょうど千年の時が経つ頃」言われて私も思い出して来る。あれは昭和六十四年の一月だった。昭和の終わるときに、私は母に頼まれてお使いに行った。「ならしを買って来て」。どの店に行っても「ならしは聞いたことが無いねえ」と言われ、途方にくれるように、いささか腹もたち「どこにもならしなんてないよ」というと「ならしじゃないよ、芥子だ、馬鹿」あの時の母親の顔と、この女性の顔が似ていることに気がついた。
 「ならし」と「芥子」で昭和は終わり、数日前に味わった大晦日のような感じを抱きながら平成を迎えた。テレビでは阿川弘之が目を赤くし、隣に座る娘の佐和子がそっとハンカチを差し出していた。コロッケも下さい、芥子をたっぷり付けて。ラムからレモンサワー酒を変え、隣に座るカウンターの番人と名乗る常連と楽しそうに話す彼女に、先ほど感じた鬼気迫る狂気はどこにもなかった。時代は変わる。時代の変化を人々は感じることなく、しかしいつの間にか変わったしまった時代に途方に暮れたり、愚痴ったり、または平気な顔で過ごしたり。そして人は老い、やがて死ぬ。何も変わらないのは死ぬということだけ。さて、ストーブに石油を入れなくては。炭を熾さなくては。何も変えたくないなら、早く向こうに行くことですよ、と帰り際に女性は呟いた。

(12:43)

2016年11月11日

 ブログを始めて十年になります。いろんなことを書いて来た。嘘も本当のことも、私の指先がキーボドを叩き、文字を打ち、言葉を吐き、文字を連ねた。DNAの螺旋配列のようなものか。ここに書いた言葉が、私の十年の内面だ。ブログに書くようなちょっと長い文章をを、Facebookに書きました。 https://www.facebook.com/cocktail2013/ どういう反応になるのかなど、デジタル世代(この言い方も古い)のようなことを試しにします。フェイスブックというのもあるんだ、ということを知る為にも、飛んでみてください。飛べなきゃ、どこにも行けませんぜ。

(08:58)

2016年10月05日

 羊水を欲していたのか、と思うほどに、銭湯に、湯船に浮かんでいた時代があった。散歩をすれば、煙突をさがし、それらしいのを見つけると、いそいそとのれんをくぐる。平日も、買い物と仕込みの合間を縫うように、近所の銭湯に飛び込む。湯に入らあ、とは聞こえがいいが、振り返ればいささかの寂しさ、もう少しで吹くだろう、秋風が、つねに胸の内に、巣をつくっていたように感じる。
 寂しさは湯で溶けたのか。湯で暖めていないと、寂しく遣り切れなかったのか。さらば銭湯よ、というわけではないが、ここ数年足が遠のいている。先日、久しぶりに子供と、大好きだった小杉湯に行く。昔付き合っていた女の人の部屋を訪れる、というのは大げさだが、そんな感じは隅っこにあったな。君無しでも、生きているよ、オレ、みたいな。
 運動会の汗を流し、ミルク風呂に水風呂、マッサージ湯に漢方薬湯に、満足げに入る息子。そしてそれを見て喜ぶ私。十年くらい前に、ちょうど同じような年頃の子供を連れたお父さんを見て、唐突に「子供が欲しい」と思ったことがあった。あれはなんだったのだろう。傍らに女性はいたが、子供を作ろうという気もなく、酒と薔薇を謳歌するほど辛くなっていったあの日々、そしてあの親子を見て感じたあの思い。
 更正とは甦るという意味になると最近知った。あの頃の私を知る人に、今の私を見せたら、まさに別人、甦りと言っても過言ではなかろう。湯船で見たあの親子の姿に、私の中の何かを揺さぶるものがあったのだろう。甦りの種は、湯船で生まれ、長いと後月を経て、今になって小さな木になったのかもしれない。上手い締めくくりもなく、この文章を終えようと思う。まだ、途中の話だから。

(09:57)

2016年09月25日

 物語を書いている。それも手書きで。息子が使っている3Bの鉛筆で。浮上した私小説。このところ、辛いことが続き、なによりも自分が安定せず、ちょっとしたことで心を崩し、その崩落でかけたものを得るように物語に浸っていた日々に嫌気がさし、物語ることを選んだのです。
 作る、ということは楽しく、手で書くということも久しぶりなので新鮮で、紙を重ねるごとに、身のうちにある澱が一枚一枚めくれるような、そんな気分です。
 物語る、というのも神に近づくひとつの道なんだろうなと思います。とりあえず、細かいことは後回しにして、言葉を積み重ね、物語を先に進め、書き終えようと思っています。そして、書き文字を打ち直しながら推敲し、綺麗に仕上げようと。伊坂幸太郎の「モダンタイムズ」で教えてもらった言葉が胸にある。「原稿は燃えないんだ」そう、本当の物語は、なくならない。

(13:28)

2016年07月01日

「まちのほんだな」設置説明会のお知らせ
 梅雨明けが待ち遠しいこの頃、みなさま如何お過ごしでしょうか。暑くなりますと、本を買う人も少なくなり、本を売る身としては切ない時期になりますが、それでも湿気った頁を繰る度に、暑い夏も悪くはないないと思う次第です。
 前からお話をさせていただいております、高円寺の街を図書館のようにする計画の手始めに、みなさまのお店、お宅に本の交換用の本棚を「まちのほんだな」設置に関する説明会を開催したいと思います。
 実際に当店の本棚、本部棚などを見て頂きながら、説明させて頂くのがわかりやすいかと思っております。7月2日、もしくは、7月9日の午前10時から小一時間程度です。
 また、これ以降も定期的に説明会や茶話会などを設け、みなさまのお知恵を拝借しながら、高円寺を本で盛り上げて行きたいと思います。
 今後ともよろしくお願いします。
集合場所 コクテイル書房
     杉並区高円寺北3−8−13
     070−6430−2603
     cocktailbooks@live.jp
前日くらいまでにご連絡いただけると幸いです。
              本が育てる街・高円寺 狩野俊

(17:52)

2016年05月26日

 このブログを書き始めて10年になる。なんの感慨もないが、書いているのはもちろん私であることには変わりはないのだが、全く別の人間が言葉を書き連なっていたように思う。とにかく、あの頃の私は、辛かった。いや、寂しかったのか。周りに人も居て、帰れば家人との生活もあり、満たされていたのだが、海の水を飲んでいるような、しょっぱい生を歩んでいた。日が暮れるころから飲み始め、日が登る頃にふらふらになって家路につく。飲み始めの店の亭主とすれちがい、向こうは築地に仕入れに行くところ。何やってんだかなあ、という呟きも、半ば強がりで、腰まで使った酒の海から這い出る気はさらさらなかった。何にも背負っていない自由。
 私は今このブログを店の二階で書いている。目の前には七段の書棚があり、幅が六メートル、およそ1000冊の本を前にしている。アルコールで磨き、消しゴムで汚れを取り、本の状態を見てパソコンで打ち込む。池袋大勝軒の親父は餃子を包むさいに「美味しくなれ美味しくなれ」と言っていたとパッケージに書いてあった。軽蔑とともに宣伝文句を読む飛ばしたが、今の私にそれが笑えるだろうか。
 今も昔も私の人生のテーマは「寂しさ」のような気がする。寂しくならないように生きて寂しくなったりもした。不惑を経て学んだ事、寂しくならないためには、面倒なことを抱えるということのような気がする。面倒な人間関係なんてその典型だろう。
 実はいらだちまぎれに文章を書き始めた。本当は「美味しい読書会」のことをブログに載せようとしたのだが、気分に任せてキーを打ったら妙な話というか、話にもならないことを書いてしまった。
 「古本酒場」を名乗るのは止めたが、私には、店には、まだ新しい名前がないのかもしれない。私はそれにいらだっているのかもしれない。名前はまだない、か。始めるには良い文章ではあるけど。

(14:48)

2016年05月07日

突然ですが、本日より、コクテイル書房飲食部門の営業日時が変わります。

昼は水〜日の週五日、11:30〜15:00
夜は定休日なしで、17:00〜23:00。

コクテイル書房・狩野俊の営業日は、火〜土の晩、
日月の晩と水〜日の昼は、放浪の音楽家・斉藤友秋さんが営業します。

刻々と、微妙な変貌を遂げつづけるコクテイル、
これからも、末永く、見守っていただけますよう、
お願い申し上げます。



opening hours


(22:31)

2016年04月26日

 麺類が好きだ。今はそうでもないが、ほんの数年前は麺ばかり食べていた。朝にうどんを茹で、昼にラーメン屋に入り、夜に蕎麦を手繰る。その繰り返し。安定こそ幸せで、それは喉越しの中にあった。啜る中に幸福があるので、具は少ない方が良い。美味い出汁と大盛りの麺があればいい。年を越すような仲のおんなと、大晦日に蕎麦屋に入った。ざるを大盛りでお願いします、それと熱燗を。相手も「同じで」というだろうと思いきや、なんと、天ぷら蕎麦を頼みやがった。まあ、普段なら許そう、しかし年越しだぜ。せいぜいが「かけ」だろうが。それが天ぷら蕎麦だと。また海老がでかいんだな。美味そうにてんぷらを頬張る相手を見てたら嫌になっちゃった。美人なだけに陰惨な印象さえ受けた。さっさと酒を飲んで蕎麦食べてお勘定して相手を置いて出てきちゃった。天ぷら蕎麦頼んで置いてかれるとは思ってなかったろうが、それっきり。それくらい麺類が好きだったというはなし。ちょっとちがうか。
 夏になると素麺、という決まり文句が嫌いなのと、いるかいないか分からない存在感が気に触り、長い間素麺を好きではなかった。夏は冷や麦。少し芯を残して茹で、それをすするときの潔さよ。面いっぽん。と心で叫びながらいっきに食せば、夏の暑ささえも味方して、すっきりとした気分になれる。しかしここ数年、これが寄る年波なのだろう、老化の先駆けなんだろう、素麺を愛し始めている。愛。大げさではない。ここ数年の日常とかした、異常な暑さにへこたれ、暑気あたりになってしまう。なんも食べたくない。昼は冷たい麦茶ばかり飲む。夜はそれが麦湯になる。かろうじて枝豆や空豆はつまめるが、口にするのはそんなものだけ。そのうちに身体に赤いぶつぶつが浮いて来た。
 そんなわたしを心配した清が、茹でてくれたのが素麺。麺類なら口にするだろうという想いと、口には出さない故にこそ感じる、俺の身体を心配する心に打たれ、こんなもの、と恥ずかしさを隠す悪口を呟いて一口すすると、これがすっと喉から胃にきれいな滝のように落ちた。美味い、というのが声の先に手が動き、二口三口と、あっというまに硝子の器が空になった。清が微笑む。とたんに眠くなり、気がついたら翌の昼。あれがなかったらどうなったか。
 清を思い出し、今でも夏に素麺を茹でる。今では滋養のことも考えて、具も載せるようにしている。茹でたオクラを叩き、それに大根の擦ったのを和える。茹でた素麺にごま油を軽くかけてなじませる。それをどんぶりに盛って、オクラおろしと茹でた海老をのせる。冷やした出汁をかけたら出来上がり。精をつけたければ擦ったごまをかけるとよいだろう。とんだゲテだと昔の俺は思うようなものだ。天ぷら蕎麦おんなは元気だろうか。初夏だ。夏が始まる。今年も猛暑だというぞ。
 

(11:50)

2016年04月25日

 寂しさが街に満ち満ちている。まあ、だいたいが寂しい奴はその寂しさに気がついていないからな。生きながら腐って行く辛さのようなものだ。思えば、私の生きて来たことの中核には、つねに「寂しさ」をどう克服するか、という命題があった。今思えば、振り返れば、意識無意識を探りぐりっとしたそんな物を触れるようになったというのは、己の寂しさに気がつけるようになった、言い換えれば寂しさから遠のいたということで、出なければ、こんなことは書けないし言えないし思いつきやしない。
 他人の持ち込んで来る面倒を引き受ける、というのをいつからか初めるようになった。持ち込んで来るというが、持ち込んで来る当人はそれを「面倒」などとは思っていない。当然だし、これこそがわたしだし、とても大事だったりする。そっからすでに相当面倒なんだな。しかし相手からすれば、この私の存在が面倒なわけで、そうなると別れたり離れたりするか、もしくは言葉でお互いの面倒を指摘し合い解消するか、もしくは喧嘩になるか。
 今はそういう面倒が極端に嫌がられる時代だと思う。面倒に触れられなくても生きて行ける、生活していけるから。別れ話だって、メールですれば、相手の泣き顔も見なくていいし、鳴き声も聴かなくて良い、そういう感情に触れずにすむ。しかし、これは反面、自分の感情も受け入れてもらえないということでもあるのです。感情というのは、ほぼその人の全て、と言っても過言ではないと思います。面倒もないぶん、自分も受け入れてもらえない、寂しい世界。そして、寂しさとその反動の暴力。
 人は面倒で、その人とは自分のことでもあるわけです。この寂しさをどうにかしないと、巨大な暴力がこの国を、世界を飲み込むような気がします。どうにかしないと。とりあえず本を読もうよ。読んで話をしようよ。と思い、仲間といろんな活動をしています。「本が育てる街・高円寺」 http://honmachi.tumblr.com 何の根拠もないけど、本を読んだら人心が安定するような気がします。ほんと、なんの根拠ありませんが、確信を持ってそう思います。そしてそこから言葉を交わす知人友人を、コミュニティを作る。寂しくない街。高円寺がそうなればと、その手始めになればと。

(10:13)