2016年09月25日

 物語を書いている。それも手書きで。息子が使っている3Bの鉛筆で。浮上した私小説。このところ、辛いことが続き、なによりも自分が安定せず、ちょっとしたことで心を崩し、その崩落でかけたものを得るように物語に浸っていた日々に嫌気がさし、物語ることを選んだのです。
 作る、ということは楽しく、手で書くということも久しぶりなので新鮮で、紙を重ねるごとに、身のうちにある澱が一枚一枚めくれるような、そんな気分です。
 物語る、というのも神に近づくひとつの道なんだろうなと思います。とりあえず、細かいことは後回しにして、言葉を積み重ね、物語を先に進め、書き終えようと思っています。そして、書き文字を打ち直しながら推敲し、綺麗に仕上げようと。伊坂幸太郎の「モダンタイムズ」で教えてもらった言葉が胸にある。「原稿は燃えないんだ」そう、本当の物語は、なくならない。

(13:28)

2016年07月01日

「まちのほんだな」設置説明会のお知らせ
 梅雨明けが待ち遠しいこの頃、みなさま如何お過ごしでしょうか。暑くなりますと、本を買う人も少なくなり、本を売る身としては切ない時期になりますが、それでも湿気った頁を繰る度に、暑い夏も悪くはないないと思う次第です。
 前からお話をさせていただいております、高円寺の街を図書館のようにする計画の手始めに、みなさまのお店、お宅に本の交換用の本棚を「まちのほんだな」設置に関する説明会を開催したいと思います。
 実際に当店の本棚、本部棚などを見て頂きながら、説明させて頂くのがわかりやすいかと思っております。7月2日、もしくは、7月9日の午前10時から小一時間程度です。
 また、これ以降も定期的に説明会や茶話会などを設け、みなさまのお知恵を拝借しながら、高円寺を本で盛り上げて行きたいと思います。
 今後ともよろしくお願いします。
集合場所 コクテイル書房
     杉並区高円寺北3−8−13
     070−6430−2603
     cocktailbooks@live.jp
前日くらいまでにご連絡いただけると幸いです。
              本が育てる街・高円寺 狩野俊

(17:52)

2016年05月26日

 このブログを書き始めて10年になる。なんの感慨もないが、書いているのはもちろん私であることには変わりはないのだが、全く別の人間が言葉を書き連なっていたように思う。とにかく、あの頃の私は、辛かった。いや、寂しかったのか。周りに人も居て、帰れば家人との生活もあり、満たされていたのだが、海の水を飲んでいるような、しょっぱい生を歩んでいた。日が暮れるころから飲み始め、日が登る頃にふらふらになって家路につく。飲み始めの店の亭主とすれちがい、向こうは築地に仕入れに行くところ。何やってんだかなあ、という呟きも、半ば強がりで、腰まで使った酒の海から這い出る気はさらさらなかった。何にも背負っていない自由。
 私は今このブログを店の二階で書いている。目の前には七段の書棚があり、幅が六メートル、およそ1000冊の本を前にしている。アルコールで磨き、消しゴムで汚れを取り、本の状態を見てパソコンで打ち込む。池袋大勝軒の親父は餃子を包むさいに「美味しくなれ美味しくなれ」と言っていたとパッケージに書いてあった。軽蔑とともに宣伝文句を読む飛ばしたが、今の私にそれが笑えるだろうか。
 今も昔も私の人生のテーマは「寂しさ」のような気がする。寂しくならないように生きて寂しくなったりもした。不惑を経て学んだ事、寂しくならないためには、面倒なことを抱えるということのような気がする。面倒な人間関係なんてその典型だろう。
 実はいらだちまぎれに文章を書き始めた。本当は「美味しい読書会」のことをブログに載せようとしたのだが、気分に任せてキーを打ったら妙な話というか、話にもならないことを書いてしまった。
 「古本酒場」を名乗るのは止めたが、私には、店には、まだ新しい名前がないのかもしれない。私はそれにいらだっているのかもしれない。名前はまだない、か。始めるには良い文章ではあるけど。

(14:48)

2016年05月07日

突然ですが、本日より、コクテイル書房飲食部門の営業日時が変わります。

昼は水〜日の週五日、11:30〜15:00
夜は定休日なしで、17:00〜23:00。

コクテイル書房・狩野俊の営業日は、火〜土の晩、
日月の晩と水〜日の昼は、放浪の音楽家・斉藤友秋さんが営業します。

刻々と、微妙な変貌を遂げつづけるコクテイル、
これからも、末永く、見守っていただけますよう、
お願い申し上げます。



opening hours


(22:31)

2016年04月26日

 麺類が好きだ。今はそうでもないが、ほんの数年前は麺ばかり食べていた。朝にうどんを茹で、昼にラーメン屋に入り、夜に蕎麦を手繰る。その繰り返し。安定こそ幸せで、それは喉越しの中にあった。啜る中に幸福があるので、具は少ない方が良い。美味い出汁と大盛りの麺があればいい。年を越すような仲のおんなと、大晦日に蕎麦屋に入った。ざるを大盛りでお願いします、それと熱燗を。相手も「同じで」というだろうと思いきや、なんと、天ぷら蕎麦を頼みやがった。まあ、普段なら許そう、しかし年越しだぜ。せいぜいが「かけ」だろうが。それが天ぷら蕎麦だと。また海老がでかいんだな。美味そうにてんぷらを頬張る相手を見てたら嫌になっちゃった。美人なだけに陰惨な印象さえ受けた。さっさと酒を飲んで蕎麦食べてお勘定して相手を置いて出てきちゃった。天ぷら蕎麦頼んで置いてかれるとは思ってなかったろうが、それっきり。それくらい麺類が好きだったというはなし。ちょっとちがうか。
 夏になると素麺、という決まり文句が嫌いなのと、いるかいないか分からない存在感が気に触り、長い間素麺を好きではなかった。夏は冷や麦。少し芯を残して茹で、それをすするときの潔さよ。面いっぽん。と心で叫びながらいっきに食せば、夏の暑ささえも味方して、すっきりとした気分になれる。しかしここ数年、これが寄る年波なのだろう、老化の先駆けなんだろう、素麺を愛し始めている。愛。大げさではない。ここ数年の日常とかした、異常な暑さにへこたれ、暑気あたりになってしまう。なんも食べたくない。昼は冷たい麦茶ばかり飲む。夜はそれが麦湯になる。かろうじて枝豆や空豆はつまめるが、口にするのはそんなものだけ。そのうちに身体に赤いぶつぶつが浮いて来た。
 そんなわたしを心配した清が、茹でてくれたのが素麺。麺類なら口にするだろうという想いと、口には出さない故にこそ感じる、俺の身体を心配する心に打たれ、こんなもの、と恥ずかしさを隠す悪口を呟いて一口すすると、これがすっと喉から胃にきれいな滝のように落ちた。美味い、というのが声の先に手が動き、二口三口と、あっというまに硝子の器が空になった。清が微笑む。とたんに眠くなり、気がついたら翌の昼。あれがなかったらどうなったか。
 清を思い出し、今でも夏に素麺を茹でる。今では滋養のことも考えて、具も載せるようにしている。茹でたオクラを叩き、それに大根の擦ったのを和える。茹でた素麺にごま油を軽くかけてなじませる。それをどんぶりに盛って、オクラおろしと茹でた海老をのせる。冷やした出汁をかけたら出来上がり。精をつけたければ擦ったごまをかけるとよいだろう。とんだゲテだと昔の俺は思うようなものだ。天ぷら蕎麦おんなは元気だろうか。初夏だ。夏が始まる。今年も猛暑だというぞ。
 

(11:50)

2016年04月25日

 寂しさが街に満ち満ちている。まあ、だいたいが寂しい奴はその寂しさに気がついていないからな。生きながら腐って行く辛さのようなものだ。思えば、私の生きて来たことの中核には、つねに「寂しさ」をどう克服するか、という命題があった。今思えば、振り返れば、意識無意識を探りぐりっとしたそんな物を触れるようになったというのは、己の寂しさに気がつけるようになった、言い換えれば寂しさから遠のいたということで、出なければ、こんなことは書けないし言えないし思いつきやしない。
 他人の持ち込んで来る面倒を引き受ける、というのをいつからか初めるようになった。持ち込んで来るというが、持ち込んで来る当人はそれを「面倒」などとは思っていない。当然だし、これこそがわたしだし、とても大事だったりする。そっからすでに相当面倒なんだな。しかし相手からすれば、この私の存在が面倒なわけで、そうなると別れたり離れたりするか、もしくは言葉でお互いの面倒を指摘し合い解消するか、もしくは喧嘩になるか。
 今はそういう面倒が極端に嫌がられる時代だと思う。面倒に触れられなくても生きて行ける、生活していけるから。別れ話だって、メールですれば、相手の泣き顔も見なくていいし、鳴き声も聴かなくて良い、そういう感情に触れずにすむ。しかし、これは反面、自分の感情も受け入れてもらえないということでもあるのです。感情というのは、ほぼその人の全て、と言っても過言ではないと思います。面倒もないぶん、自分も受け入れてもらえない、寂しい世界。そして、寂しさとその反動の暴力。
 人は面倒で、その人とは自分のことでもあるわけです。この寂しさをどうにかしないと、巨大な暴力がこの国を、世界を飲み込むような気がします。どうにかしないと。とりあえず本を読もうよ。読んで話をしようよ。と思い、仲間といろんな活動をしています。「本が育てる街・高円寺」 http://honmachi.tumblr.com 何の根拠もないけど、本を読んだら人心が安定するような気がします。ほんと、なんの根拠ありませんが、確信を持ってそう思います。そしてそこから言葉を交わす知人友人を、コミュニティを作る。寂しくない街。高円寺がそうなればと、その手始めになればと。

(10:13)

2016年04月19日

 今更ながらの本屋修行という気持ちで、都内の新刊書店、古書店を巡っている。音羽館、盛林堂書店、旅の本屋のまど、代官山TSUTAYA、B&B、古書ビビビ、クラリスブック、Titele、などなど。ふーん、へー、ほー、はー、などと棚を見ては声を上げている。旅のお伴はたいがいが橋本治さん。ご本人と一緒に巡りたいも、そうもいかないので、文庫サイズに流し込んだ言葉をポケットにいれ同行二人。数々の本を眺め、触り、外に出ると橋本治さんを開き、彼の言葉を入れる。そうすると、いろんな言葉がすっと流れて行く感じがするんだな。
 これからも本屋を軸に東京のさまざまな街を歩いていくことになるだろう。いろんな人が、様々な思いで綴った言葉を封じ込めた本、それが棚に並んでいる。そしてその棚を、いろんな人が、様々な思いで眺め、ときに本を手に取り、街へ出る。言葉の交差点が本屋だ。
 村上春樹に「僕らの言葉がウイスキーであったなら」という旅行記がある。スコットランドの島にあるウイスキー醸造所を巡る話だ。本屋を巡りながら、その本が頭に浮かび、そしてアンクルトリスに思いを馳せた。彼は飲んだウイスキーが身体に入っていく様が見える。彼のように、本を読み、その言葉が、僕らの身体に入っていく様が見えたら、どうなんだろうか。ウイスキーは、誰が飲んでもウイスキーに変わりがないが(酒に強い弱いで、飲んだ人に与える影響は様々でしょうが)、本は人によって読み方が多様なので、身体に入る入れる言葉もいろいろだろう。棚を前にして、本を読みながら、風景を見ながら、透けた身体に様々な言葉が入る様が見える。内面をさらけ出して生きるというのは、お互いなかなかしんどいだろう。
 本屋を巡り、こんな空想をしている。人は多様なのだと、本は語りかける。こんなにも本が並び、そしてそこから得る言葉も違うのだ。違いを認めよ、とも本は私に告げる。違いはしんどいけどね。本屋を出て、街を歩く。歩きながら私はほほほと笑い声を上げ、身体をするんと脱ぎすて、ほほほほと言葉だけになる。

(09:43)

2016年04月16日

 パリもロンドンも固い街だった。石畳はもちろん、パンも林檎も肉も、道ゆく人も、社会も、何もかもが固く感じられた。パリでは三色旗の傍らに、必ずと言っていいほど星が回っているようなEUの旗が立ち、愛国心、民族意識を越えて、ひとつの欧州を目指す強い意志を感じ、おおげさではなく感動していた。それも今となっては多いに揺らいでいるのだろうが。
 ロンドンから来たという女性にその話をすると「ロンドンにはほとんどなかったでしょ。あなたの国も、私の国も所詮は島国なのよ」といい微笑む。アンは、フランス産まれのロンドン育ち。一族はドーバー海峡の真ん中にある島の領主だそうだ。
 「イギリスとフランスに挟まれて、オセロのように生きて来た一族なの。生き延びる為にはなんでもしたわ。ポーランドが降伏する遥か前にナチスのスパイになることも決めたの。公然の秘密だけど」
 夏目漱石と村上春樹の研究をしているという。
 「フランスの近代小説を歴史順に読むと、あの国の近代化の過程が全部分かるの。日本の近代小説をそんな風に読んでも、近代化の過程なんてわからない。この謎が私を漱石に向かわせたの。いろいろ言われているけど、近代をきちんと理解して、小説にしたのは漱石だと思う。そしてそのバトンをきっちりと捉えたのは村上春樹。その間にいた作家は日本の近代化の混乱しか描けていない。戦争文学も含めてね。
 彼女はネットで出している1979年の「流行通信」を買い求めに店に足を運んでくれた。店の佇まいに好感を持ち、赤ワインを飲んでくれることに。
 「70年代後半に出た「流行通信」と村上春樹の書いた「風の唄を聴け」。このふたつの出版物はすでに80年代の日本を先取りしているの。優れた本がそうであるように、時代を形として先取りしているのよ。それに日本の研究者は気がつかない。近視眼的?ちがうと思うな。吉本隆明が言った『重層的な非決定』が出来ていないだけ。日本には本当の意味でのエリートがいないし、独自の思想もないから、知的、ということに自身がないのよ。だから俗なものの中から宝石を探せない。フランス現代思想なんてジャンル日本にしかないんじゃないかしら」
 赤ワインを飲み終わり、普段は吸わないのよと言いながら、ダビドフのシガリロをゆっくり吸う。
 「豆腐のような国ね日本は。食べ物だけじゃない、何もかもがやわらかい。言葉も人もね。そして幸せも。この国の、豆腐のような幸せはいつまで続くのかしらね」
 

(11:26)

2016年04月12日

 息子が小学校に入ったことで、家族の生活が一時間早まった。九時に登園していたのが、八時に登校することになったので、七時には起きて朝食、着替え、準備、そして学校へということになり、私も早い時間から店の仕事を始めることにした。というより、なった、ということか。掃除、片付け、大工仕事、本に値段をつけ、棚に並べ、合間に買い物をして、仕込みをする。電動ドリルの次に包丁を持つこの手よ。脚立に登り自転車で買い物に走るこの足よ。棚の本の並びを考え今日のつまみを思うこの頭よ。様々な事がばらばらに、しかしながら順序よく、私の中を通っていく。
 新装開店のコクテイル書房。来る皆様方の「どこが変わったの?」という声を聞き、音無の心の呟きのつぶてを感じている。品書きを変える時間もなく、内装も結構手を入れたんだけど、そんなに派手に動かしたところもないので、仕方がないのかもしれない。しかし、神は細部に宿るなら、細かい物、事の移動、配置が、この先当店を大きく動かすだろうということは、確信している。何故の確信、自信かは、説明しようもなく、ただ私の内部から脈脈と、鼓動とともに湧き出るものがそう言わせていると、書くしかないのだが。
 時は去りゆく。それ故に杯を取ろうではないか。皆の霊魂を、身体より抜け落とし、酒場の床に染みこませ、さり気ない永遠を留める為に。
 

(09:06)

2016年04月10日

 閉店します。大見得を切ったものの、最後の最後にインフルエンザにかかり、肇ちゃんとのトークショーもやれず、ぐだぐだの腑抜けのように店を閉じたのが先月の末。思いがけず長い休みになったのだが、熱にうなされ寝ていて、ようやく動けるようになったらいくつかのイベントに立ち会い、気がつけば子の入学式、それにともなうもろもろの事件(時が経ったら書きます)が終わって、改装工事に身を入れる時間が出来たのが数日前。子の登校に合わせて、朝の8時からのこぎりを手にしています。
 全面的に変える!という宣言はお腹に抱え、背にしょって、今月いっぱいくらいを目処に形にしていきます。ということで、当店、今月は移行期的動揺の中で揺れます。二階の座敷はほぼ仕上がったので、「次」の片鱗を感じたい方、階段を上がってみてください。今日から昼営業も始まります。よろしくお願いします。

(08:30)