2012年02月10日

 横浜にお住いのIさんから電話がある。お前さ、昨日幽霊のこと書いてたろ。あういう話好きなんだ?そうなの、知らなかった、あってもいっつも女の話しかしないからさ。ああそうか、女房の愚痴はい女の話じゃないんだ、まあいいや。俺がさ、国労にいた話はしてないよな。そうだよな、年だからさ、呆けてきててさ。青森にいたんだよ。あそこはさ、当時は青函連絡船が出ててさ、人と物の大動脈だったんだよ。青森の国労がストやるとさ、大げさに言えばね、北海道が干上がるのよ。そこで、ストやるぞストやるぞと、さんざん脅すわけよ。まあ、大体が通ったな、こっちの言い分は。それで、必ず手打ちがあるわけ。Hって大きな旅館があってさ、今はどうなんだろ、あるのかな、そこがさ、日本で一番美人の仲居がいる旅館だったんだよ。いや、本当だって、日本一なんだって。自民党とツーカーのラッパって言われた映画会社の、そうそう、あいつあいつ、あいつのところの映画会社にいる、大部屋女優とか、スカウトしてまだ売り出す前の女の子をそこに送り込んで仲居にするわけよ。仲居っていってもさ、あれよ、江戸時代で言うとさ、飯盛り女みたいなもので、誰とでも寝るわけじゃないけどね、要所要所っていうか、人によってはさ、特別にどうぞっていう感じでやってたわけだ。で、手打ちのときはすごいわけだ、床の間からえらい順に並ぶんだよ、市長から警察署長から駅長から、もう青森にいる権力側のえらいさんが座ってるわけよ。反対側には俺たちの方だよな、組合の上の連中がさ、時には東京からも来るわけよ、国の予算に絡んでたりするから、な。その時は貸切よ、美人仲居が総出動で、酌したり山海の珍味を運んだり、で、座が乱れてくると、ぱーっと隣の襖が開くわけだ、布団がずらーっと敷いてある、それ突撃だーってみんな浴衣を脱いで仲居をひん剥いて、まあ、乱交だな。やり放題よ。駅長も市長もおれらプロレタリアートもないのよ、裸でさ、もう欲望むき出しで、深夜まで大乱交よ。それが終わるとさ、こう分厚い封筒が配られてさ、まあ、わかんだろ、みんなよ、全員が同じ額でもらうの。欲と金でお互い洗って、獣のさまを見せ付けて、お互い様ねで、これが手打ちよ。おれ、いやんなちゃってさ、これが、マルクスもエンゲルスもないのよ。署長のけつみるために、俺の六十年安保だったのかと、戦争で死んだあんちゃんが守ろうとしたのは、こんなやつらのこんな国なのかとか、考えるとさ、恥ずかしくて、死にたくなって、それで全部すてて、横浜行って港で働いたんだよ。
 港のある街から離れられないんだな。今も住んでんののは小田原だしな。やっぱあんだよ、独特の、なんていったらいいのか、黒い檻っちゅうか毒っていうか、人間の黒いものが行ったり来たりしてさ、妙なものが港町にはたまるんだよ。安心すんだよな、俺みたいなどうしようもない人間でも生きていけるって言うか、許してもらえるっていうか。横浜の話で面白いのはいっぱいあんだけど、それは長くなるからまた電話するけど。ていうか、お前来週の休みは何してんの?旅館、ああ、あそこ行くのか、じゃあ、おれも行くわ、そんとき話してやるよ。ああ、そうそう幽霊な。
 仕事終わってさ、みんなで酒のもうって話になったのよ、小高い山になっている公園が、あるんだよ、今もあるよ、そうそうなんとか丘公園。そこ行ってさ、港のやつら見下ろしてさ、うるせえロスケの船長も、生意気なボースンも見下ろしてさ、俺らの天下だって見え切って酒のむべと、箱に洋酒を詰め込んで、坂をみんなで上ってのさ、そしたら向こうから、花嫁ドレス着た女がこっちに下りてくるんだ。あれ、こんな時間に婚礼っていうのも、なんて思って十メートルくらいになったかな、顔?見えた、はっきりと、今でも目をつぶると出てくるいい女だった。それが坂の途中にある明治のころの要塞の跡があるんだよ、そこをすすーっとすべるように横むいて、そこの跡地に入ったかと思うと、ふっと消えたんだよ。背中にすーっと汗が一筋垂れた、その冷たさは今でも忘れられねえ、おんなに指先でなぞられたかと思うってな、思わず声が出そうになったけど、仲間への見栄もあるから、何にも言わずにそのまま坂を上り始めたのさ。周りのやつらも、ここで臆したらなめられるから、平気な振りしてあとついて来るんだよ。びびってるだろう。誰も何にもいわねえもの。で、洋酒をラッパのみで回して一息ついて、頂上まで行ったわけだ。そしたらそこで葬式してるんだな。いや、初めて行ったからな、葬儀場がこんなところに、なんて思って、いや消えた女のことは考えなかった、酒も入ってたし、変なところもなかったし。中国式の葬式だったんんだな、銅鑼とか鐘を鳴らしながら、葬列が建物から出てきたんだよ。なんだろ、紙で出来たお金見たいの撒きながら、銅鑼と鐘を鳴らしてさ、歩いて来るのよ。で、写真を見たら、さっきの花嫁よ、ドレス着て笑った写真を泣いてる若い男が持ってるわけだ。俺はそれで納得したわけよ、ああ、若くて死んじゃってさ、死に切れなくてさ、悔しくて出てきたんだろうと、みれば男もいい顔してるんだ、それはしかたがねえって手を合わせたんだ。なんか饅頭を配ってるんだよ、ちっちゃいやつな、中国の葬式饅頭はみんなに配るんだあ、なんて思ってさ、俺も心の中で成仏しなさいよってつぶやいて食おうと口を開いたら、仲間の一人が食うなーって大声で叫んだんだ、なんだあってびっくりして口を止めたら、行列が消えてんだよ。銅鑼も鐘も鳴ってない、シーンとしててさ、あんなに人がいたのに誰もいない、おまけに葬式やってた建物までない。みんなで顔あわせてさ、さすがにみんなまっちろよ。それーってんで、われ先に駆け下りて、酒なんてほっといて、駆けに駆けたさ、グランドホテルの明かりを見てさ、なんか助かった逃げれたって思ったよ。話しながらも背筋に寒気が走るな。初めてだよ。初めてお前に話したんだよ。なんだったんだろうな、あれは。

(16:37)

2012年02月09日

ボブに習った万年筆の直し方でもインクが上手に出ない。出るには出るのだが、時々かすれたり、多く出すぎて紙ににじんだり、書けなくなったり。こうなるといらいらが高じて、前の持ち主だった今は亡き母方の祖父に関する思い出までが黒く滲んでいくようで、とりあえず使うのは止めて修理に出すことにした。文房具店で「preppy」という透明なプラスチックで出来た、まるで使い捨てのボールペンのような万年筆をみつけ、忸怩たる思いで買ってくる。文字を書くのに高低はないし、高い万年筆で書けばいいものが出来るかというとそうではないというのは、頭ではわかるが、この簡易万年筆の存在の軽さというものに、しばし目が行き手が止まってしまう。耐えられないほどの存在ではないが、情けなくて涙が滲む軽さだ。太宰ならどうするだろうかと考えてしまう。
 先日のご乱交の時いらい、片瀬江ノ島の旅館が気に入り、休みのたびに泊まる。何もうまいものもなく、海風が隙間から入って来て、酒が入っている睡眠なのに寒さで目が覚め、おまけに幽霊まで出るというのに、なぜか好きなのだ。怪談が好きだったのだが、幽霊を自分が目にするとは思わなかった。駅前のすし屋で痛飲し、部屋に帰っても一人でいいちこのお湯割を飲み、五合瓶をあけても満足せず、「俺の魂はまだ乾いてます。熱燗三本持ってきてください」と、すでに酩酊する心と体をもてあましながらも、さらに飲み、一人でかっぽれを踊って満足し、倒れるように布団に寝たのはいいが、夜中人の気配に目を覚ますと、テレビの前でおばあさんと着物を着た小さい女の子が顔を見合わせて笑っていた。なんか懐かしい思いがした。どっかで会ったような妙な心持になり、状況を把握する前に、あれどこの誰だっけ、最近酒の飲みすぎで物忘れが激しいなあ、あれ、絶対知ってる人だよなあ、あら、あら、なんて逡巡するうちに眠りに落ちた。翌朝、あれは夢なのかと思い返したが、うまくは言えないのだが、夢と幽霊は微妙に、存在感というか、身体感覚というか、いる感じというのが、まったく違うのだ。ふしぎに怖いという思いはなく、俺にも見えるんだ、というような驚きのほうが大きかった。来週は月曜火曜と連休なので、二泊する予定。もちろん同じ部屋に泊まる。どうなるのだろうと、今から楽しみ。

(11:51)

2012年02月08日

ゾルゲ事件で逮捕され、刑死した尾崎秀実の実弟尾崎秀樹が書いた「デザートは死」を読んでいる。尾崎秀実が検閲をパスするために書いた「食物考」は、料理を通じ、歴史的事実や人物そして時代を描きたかったのだという実弟の思いから書かれた、食べ物でつづるゾルゲ事件史というような本。もちろん登場人物は尾崎だけではなく、ゾルゲその人も登場する。この本が書かれたころは存命だった愛人石井花子に著者は直接話を聞き(その他に彼女はゾルゲの思い出を本に書いている)、昭和最大のスパイとの出会い、口説き、好んだ食べ物、日常の食事、彼の愛し方、家で仕事をする姿など、生活というなにげない日常に埋まっている生々しい人間性が、静かに描かれている。石井花子は小金井霊園のゾルゲの墓の隣に埋葬され、旧ソビエト時代までは大使館員が命日に花を添えていたはずだ。今でもそうかもしれない。
 わたしがよく思う「死ぬ前に何を食べたいのか」という自らの問いに、この本は答えを出しているのかもしれないと思った。グルメだった尾崎は、獄中の四等飯にもなんの不満も家族には漏らさず、黙って縊られていった。彼が死ぬ前に、自ら望む食べ物を口にできたとは思えない。しかし、彼に、そのことで後悔はなかったように、この「食物考」を読みながら思った。
 人が死ぬ前に見る夢のことをよく考える。ゴッド・ファーザーパート3で、マイケルは父と母の故郷シシリーの庭で、陽のあたる椅子に座ったまま、自分が一番幸せだった時の時、愛した女たちと踊っている夢を見ながら死んでいった。敵に殺された最初の妻、イタリアに逃げることで縁を切られた二番目の妻、そして自分の身代わりのように殺された最愛の娘。三人の女とのロンドのような幸せな夢。
 尾崎もそうだったのではないのか。娘と食べた好物だった雛鳥の丸焼きや、生まれた土地台湾で家族と食べた粥を思い出して死んでいったのではないのだろうか。それは二度と食べることができない、何よりも甘美な味。


(15:02)

2012年02月06日

長年使っていなかったので、インクが詰まっているのだろう、うまく書けない。ペン先を水かお湯につけて眠りから覚めるのを待つのがよいと、隣に住んでいるボブというアメリカ人が教えてくれた。
 彼は名は体を現すという言葉どおりの、ちょっと間抜けで人のよい陽気なまるたんぼうのようなアメリカ人だ。まさに「ボブ」。金がないので「すみません、ちょっとお米とお味噌、それになんか簡単なおそーざいありませんか」とやってくるので、「たいしたものはないけど食べてけば」と家に上げて一緒に食卓を囲む。考えると、こっちが食事をつくり終え、食べ始めるとやってくるのがしばしばだから、ちゃんとタイミングを計っているのだろう。
 右隣がボブで、左に住んでいるのは中国人夫婦だから、わたしは二代超大国に挟まれているのだ。夜中に帰るとボブのいびきが響き渡っている。朝の早い時間は、喧嘩のような北京語で目が覚める。本当の喧嘩の時は物を投げる音がするのでそれとわかる。睡眠時間は必然的に減ったが、そのぶん本を読む時間が増えたので、良しとしている。
 よく歌を歌っている。洗濯を干しながら中国の民謡のようなものを歌い、ボブはギターを弾きながら初期のボブ・デュランなどのフォークソングを、下手だけど情感がこもっているので、思わず聞き入ってしまうときもある。どういう経緯でこの国に来たのか知れないが、歌いながら思うのは、故郷やふるさとにいる家族や友人のことなのではないのかと、勝手に思っている。帰れないのか、帰らないのか。帰りたい、帰りたいけど、帰らない、かーえりーたい。千昌夫の歌を、わたしも口ずさんでみた。わたしにとってのふるさとは、未来にしかないと、思いながら生きている。

(14:42)

2012年02月05日

 万年筆のインクを買いに東急ハンズへ。今日は日曜日だというのを忘れていて、むせ返るような店内に足を踏み入れたとたんにうんざりし、引き返そうかと思うが、なにが嫌いって同じ道を引き返すのくらいつまらないことはないので、うんざりを押さえ込んで八階まで行く。万年筆のインクは銃弾で、いいちこの五合瓶が大砲の弾だ、うそぶいていた二十代と同じような心境で万年筆のインクを二箱買った。だいぶ前にアメ横で買った西ドイツ製のモンブランが見つからず、祖父の形見のマーブル模様のペリカンで私は旅に出るのだ。大して思い入れのない祖父だったが、警察の仕事を長年して、物を書くのが好きだった人だから、夜毎彼のペンが紙の上を走るというのは、悪い気はしないだろう。
 しかし、ほんの数日前に不惑になったばかりなのだが、迷ってばかりいる。迷ったことがなかった。結婚も離婚も、何かを捨てるのも拾うのも、どこかへいくのも逃げるのも、裸になるのもひん剥くのも、躊躇なくしとげて、後悔もなかった。そんな自分が数日でも迷っているのだから、重力のない宇宙を歩いているようで、不安でたまらない。
−人生やっぱり一回捨てるということが大事なんですかね。
「うん。そういうことですね。やっぱり人の言う評判に耳を傾けることなんかないと思います。やっぱり自分のインスピレーションみたいなものだけが、真実なんだと思います。
 「怪優伝」の中で三国連太郎はこう言っている。捨てるね、捨てるか・・・。捨てているようで、しがみついているのが、俺だからな、と万年筆で書いてみる。捨てるって、何をかって、自分のことだからね。と書き続けると、後に何も書くことがなくなり、あのころのように、いいちこをお湯割で飲んだ。飲んでいるうちに、書くことに対する肩の力が抜け、芥川龍之介の遺作「或阿呆の一生」のように、好きなことを書き散らしていると、原稿用紙の文字が滲んでくる。手で書いた文章は、わたしを哀しくさせるのだった。

(16:38)

2012年02月03日

 友人のなんとかパッドを借りて日記を書いています。目の前にある海は、風が空気をいつもより透明にしているのか、ひときわ美しく、波の立ち方が激しいのも、激昂している女性が喚きながら踊っているようで、遠くから眺めているぶんには微妙な狂気が心地よく、海の水が出しているのはマイナスイオンだけではなく、引きずり込まれるような氷のような熱い怒りなのだなと、ここにいるとはっきりとわかるのだが、それにしても寒いのだよ。風は当然ながら、海にも、私たちにも、同じようにあたり、それは自然の持つやさしさなんだけど、そういう一人前に扱ってくれるやさしさは、弱い人間にはつらい。
 昨日は朝までバーで飲んだ。そこはほんとうにどうしようもないバーで、朝までやっているんだけど、マスターが眠くなると「ごめん、先に帰るは」と、客のように帰ってしまい、残された客は手前で酒やつまみをつくり、飲んだ分を勘定し置いて帰るという、なかなかの人出無しのシステムなんだけど、カウンターの中に入れるというのがお店ごっこのようで魅力らしく、なんだかんだと流行っている。四時くらいにはわいわいと立ち働いていた連中も、そろそろ日が昇ろうかという時刻には面倒になるらしく、飲食店をやっているわたしに「レモンサワーください」と。なぜか「はーい」と返事をし、朝の八時まで働き、その売り上げ二万円のうち半分の一万円を頂戴し、タクシーに飛び込み「江ノ島付近でどこか泊まれるところに」という無理な要求をしてことんと寝て、揺り動かされると片瀬江ノ島駅前交番で、「はい。起きてくださいねえ」と制服警棒拳銃というまことに物騒な朝だった。駅のそば、戦前からある木造旅館に床を取り、「寝酒に熱燗二本ね」とお帳場に声をかけ、布団に包まっていると、気分は吉田健一で、「けけけ」と大声を出して笑った。
 

(16:06)
「岡崎武志と荻原魚雷の文章を書いて生きていく方法」

ライターデビューがほぼ同時というお二人が、そのデビューから今までの、物書きとして生きていくための方法を伝授します。
大正時代に建てられた古民家のお座敷で、ゆったりとした時間の中、じっくりとお二人の話を聞くと、今までとは違う道が見つかるかもしれません。
トークショー終了後には懇親会もあります、ご質問などありましたら、この機会にぜひどうぞ。

場所 コクテイル書房 二階座敷 高円寺北3-8-13 03-3310-8130 

2月26日 四時からトークショー開始(一時間半程度) その後に懇親会があります。

チャージ トークショーのみ1500円 懇親会 お酒を飲まれる方1000円(おつまみとお酒付) 飲まれない方500円

予約をお願いします。03-3310-8130 まで電話もしくはファックスで またはcoktailbooks@live.jpまで



(15:12)

2012年02月02日

今月の10日から高円寺演芸まつりというのを開催します。http://www.koenji-engei.com/2012/allmap.html当店も参加して2月15日にワンコイン寄席と題して500円で落語と講談が聞けてしまいます。これにあわせて先日朝日新聞マリオンに取材していただきました。柳屋紫門さんナビゲートで高円寺演芸まつり参加各店を回るという趣向の記事は、開催日の2月10日に掲載予定です。会話の流れから高円寺主体のフリーペーパー「こ・ら・ぼん」の話題に、というのも出たばかりの冬号は「演芸特集」。当店の連載、本に載っている料理を再現する「文士の、厨房」も立川談春「赤めだか」から「談志カレー」。これは記事を読んでいただけると一番いいんだけど、そうそうそこいらに置いてはいないので、簡単にどんなカレーか説明しますと、前日のカレーの残りに、らっきょうや柴漬け、オイスターソールに納豆のたれ、はたまたチーズケーキなど、冷蔵庫の中のものを次々と入れて、二時間煮込んだ「カレー」のような食べ物。いかにもゲテで、洒落がきつい料理かと思いきや、恐る恐る食べた談春は思わず「うまい」と唸った一品。この談志カレーを高円寺演芸まつりの間だけ当店でお出しすることにしました。
 この前友人と話をしていたんですが、「人間変わっていくのが楽しいけど、そうそう変われないよ。グラビアアイドルやって、レーサーやって、弁護士になってなんて、楽しいけれど無理だもの」確かにそう、無理じゃないかもしれないけど、そうとう大変だと思う。日々の生活、暇で退屈ではない、変化のある人生をおくりたければ料理をすることをお勧めします。それも毎日違った料理を。煮て焼いて蒸して炙って溶かして、と、料理法を変え。日本イタリアアルゼンチンメキシコスペイン南極中国ロシアインド、世界の国へ。秋田熊本香川京都栃木沖縄宮崎富山鳥取、すべての県へ。国だった地方によってはよその国と思うくらいに違いがある。そして談志のように、どこの国でもない、自分だけの、ラディカルな料理をものにすれば、それは日々精一杯変化のある「生きる」ということに必ず繋がると思います。立川談志の料理風景をテレビで見たけど、あの方はそれをわかって料理をし、そして楽しんでいたように思いました。足元から世界は広がっているのです。

(18:42)

2012年02月01日

ちょっととっぽいスーツ姿の男性や女性に連れられた、垢抜けない若い男の子や女の子を見かけるようになると、もうすぐ春だ。不動産業者に連れられて部屋を内見する、これから東京者になる若者たち。そんな彼ら彼女を見ると、ここ四五年、食肉市場に送られる牛の群れを歌ったドナ・ドナがわたしの心に流れてくるようになったのはなぜだろうか。
 さいきん高円寺がつまらない。と書いたけど、高円寺が面白かった時があるのか、という疑問が沸いたが、すくなくとも十年前の高円寺は、今よりは面白かったとはいえないまでも、まだましだったような気がする。さいきんよく行く西荻窪を歩いていると知人と出会い、彼と少し立ち話をしていると「吉祥寺に住んでいるんだけど、西荻に引っ越してこようかと思って。チェーン店が多くてさ、吉祥寺は」
 ここ高円寺の北口駅前をぐるっと囲むのはチェーン店に不動産屋。わずかに気を吐き、個人店の孤塁を守るのは、高野青果と輸入食品店の東京屋の二件のみ。これが人気の街と言われる高円寺駅前の現実です。
 たかだか十年前にはスーパーも少なく、コンビニなんて数えるくらいだったのが、あれよあれよというまに個人商店が淘汰され、二十四時間眠らない町に寄り添う、便利な街にはなったのだろうが、激安ラーメンチェーンや牛丼屋が気勢を上げる、そうチェーン店の多さでは決して負けないが、内容はどうにも情けない、貧乏な吉祥寺のような街になっているような気がする。
 ここ数年空き店舗ができるとぽこぽこと、本当に音を立てて出現するのが不動産屋さんだ。人気の街高円寺という、内情は知らずに上っ面な、そしてちょっと古い情報を頭に入れた若者が高円寺にやってきて「あら、まあ、敷金も礼金も要らないんだ。しかも仲介手数料が半額だって」と飛び込むと、そらよっとお兄さんお姉さんが張り切って出てきて、ご予算はいくらで、お部屋の広さは、なんて立て板に水で話しかけ、ああ、ううう、なんて言っているうちに、気がついたら「高円寺は高いから、ね、三鷹という高円寺のすぐ側の駅があるから、そこからバスで二十分も走ると、ほら、こんな間取りでお値段は六万円。」なんて言われて気がついたら、自分の田舎よりも田舎くさい田園風景を見ながら「生き馬の目を抜く都会とは・・・・」と呟いていることにもならないとは、誰も言えないというか、よくある話のようで、ようするに、不動産屋さんというのは、情報を売るのが商売で、その部屋の情報は高円寺である必要はまったくないのです。いかに多くのお客さんに入ってもらうのか、そして入ってもらったら離さずにまとめるか、これが勝負なんです。だから人気のある街の高円寺に不動産屋さんが多いのです。
 しかし、街に住む人間にとって、または外から遊びに来る人間にとって、そうそう不動産屋さんというのは、用事があるわけではない、もちろん、なくては困るけど。それがこれだけ街の中心部にあるというのは、どういうことなのだろうか。街の魅力が無くなるというのは、引いては己の商売の足を引っ張る結果になるのではないかと思うのですが、近代や資本主義というのは、留まって適度に成長するなどということができないわけで、破綻を予感しつつも突っ走るしかないのです。この街のキャッチフレーズだった「ニッポンのインド」。そのインドの近代化大国化と歩調をあわせるように、高円寺も近代化ということになったのかもしれません。
 救いはどこにあるのか、というと、これは「辺境」にあると思います。高円寺のカムチャッカとかガラパゴスなどと言われている我等が「北中通り商店会」や「あずま通り商店会」のような、地味なところは未だに地代が安く、無鉄砲な若者が、夢と小銭で商売ができる余地がまだあり、そんなジャンクなものが街を弾けさせ、そして大きくなって高円寺を出て行き、成功した暁にはハワイでカクテルグラスを傾けて「俺も若いころはさー」なんて言うのが、しょぼい高円寺ドリームというもので、若者の夢のない高円寺なんて、本当の空がない東京よりも魅力がないのではないでしょうか。 
 もうひとつの辺境は二階にあります。メジャーな商店会でも、二階は一階よりも遥かに家賃が安いので、いい感じのカフェやイタリアンなど、最近のいけているお店はけっこう二階にあります。
 田舎から都市を包囲するという毛沢東の革命戦略に習うなら、これからは東と西のマイナー商店会で高円寺を挟み撃ちにし、上から絨毯爆撃で一階の店舗をやっつけて、魅力ある高円寺を取り戻すしかないんんです、と言いながら西荻の不動産屋で店舗情報を横目で眺めるわたし。

(15:14)

2012年01月30日

三遊亭園長「真景累ヶ淵」を読んでいる。見事な語り口の文章と、積み重なり絡み合いもつれにもつれる、うんざりするような因縁の数々に引き込まれている。読みながらわが身を返り見る。この因縁の数々というのが、日本の怪談の味噌であり、また私が好きな埋蔵金をの話にも通ずる面白さでもある。前者は恨みをめぐり、後者は欲を中心に回る。時を重ねれば重ねるほど感情は業のように堅く深くなる。人の愚かさ恐ろしさよ。死んでもこの世を彷徨う亡者の話を読んでいると、癒されるような、許されるような、そんな気分になるから、怪談も埋蔵金の話も止められない。

(18:31)