玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIRなどの仕事をしています。 折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

東京医大、五反田地面師事件、KYB(旧カヤバ工業)、スバル――いずれも個人的に何らかの関りが


東京医大、五反田地面師事件、

KYB(旧カヤバ工業)、スバル

――いずれも個人的に何らかの関りが




2018年11月7日(水)

インシデントで世間の耳目を集めた組織や場所を並べてみたら、
なんと、個人的にこれらの組織などと関係・関連があった。


東京医大は西新宿の付属病院に入院したし、

五反田の地面師事件では同じ西五反田に住んでいたので、
駅近くの古い旅館と聞いて、すぐにあの場所かとピンときたし、

KYBは若い頃、浦和工場(既に閉鎖)で、
それこそ油圧機器の検査試験のアルバイトでかかわったし、

スバルは富士重工の広報誌の仕事でかかわっていたしと、

それぞれに何らかのつながりがあった。



これだけ話題になっている組織などと個人的に
何らかのつながりがあるとは、

いったい、どういうことなんだと時空をさかのぼって
考えるともなく考えてみたら、

それってつまり、
ぼく個人の行動半径がそれだけ大きく
動き回っていたということなのだろうと、好意的に解釈。


もっとも、一部上場企業となると、
広報絡みの仕事で数多くの企業に関わってきたので、

業界・業種でみれば、トップ級の企業とはかなり関わってきており、

一旦それらの企業のインシデントとなると、
おそらく他人様(ひとさま)よりは、その関わりではかなり多いはず。





※編集中

➁覚醒剤は、日本が発祥!――「その男、凶暴につき」の シナリオから編まれた小説を読む


➁覚醒剤は、日本が発祥!

――「その男、凶暴につき」の

シナリオから編まれた小説を読む



2018年10月26日(金)




――前回から続く。

前回の冒頭に下記(赤字部分)のように記した。




故野沢尚『烈火の月』を読了。

麻薬取引組織との対決を描いた粗暴な刑事が主人公の警察小説で、
その中に

「日本は覚醒剤、発祥の国である」

という一文に出くわす。


その意外さに「えっ、そうなの」と驚きつつ、
詳述された経緯を興味深く読んだ。


小説はフィクションでも「発祥の国」というのは事実で、
覚醒剤という麻薬としてではなく
医学的な見地から発見されたものだ。






で、この「覚醒剤発祥の国」について、
小説からの引用・要約で触れておきたい。

映画や小説の愉しみの参考に。




1885年(明治18年)のことだ。
日本の近代薬学の開祖で「日本薬学の父」と言われる長井長義博士が、
野生植物の麻黄(まおう)からエフェドリンを発見する。
これには咳を抑える作用があり、現在でも市販のカゼ薬に配合されている。


スポーツ選手が試合の前にうっかり市販のカゼ薬を飲んで
ドーピング検査に引っ掛かるのは、
このエフェドリンのせいだ。


翌年、アメリカでエフェドリンからアンフェタミンが合成され、
そしてまた長井博士はエフェドリンからメタンフェタミンを合成する。


このアンフェタミンとメタンフェタミンが
いわゆる覚醒剤である。


日本で覚醒剤が大量に使用されるようになった背景には、
太平洋戦争がある。


1941年に日本の製薬会社がメタンフェタミンを
「仕事の能率を高める薬」として、
ヒロポンやセドリンという商品名で市販する。


中枢神経に働きかけ、
「気分爽快、勇気百倍、頭すっきり、集中力向上」
といういことで、もっぱら軍事目的に使われた。


神風特攻隊の出陣の前には「特攻錠」という名の薬が支給された。
ヒロポン、すなわち覚醒剤である。
もちろん、当時は覚醒剤などとは呼ばない。


特攻兵の恐怖を消すためや、軍需工場で眠らずに働くため、
多くの国民が手を伸ばす。


野沢曰く。当時の覚醒剤の元締めは暴力団ではなく、
国家だったわけだ、と。




敗戦により、軍や製薬会社から大量に出回ったヒロポンの在庫に、
焼け野原で無気力なっていた人々が飛びついた。


覚醒剤や麻薬という認識ではなく、
「気分爽快、勇気百倍、頭すっきり、集中力向上」
として。


名の知られた芸人や歌手などはもちろん、
著名な文化人なども使用している。


そして国内での乱用に至る。


1951年(昭和26年)、覚醒剤取締法が制定される。


製薬会社が製造から手を引けば、乱用は無くなるとの見通しから。


しかし、製造がそれほど難しいものではなく、
原料のエフェドリンが自由に入手できるため、
製薬会社に代わって暴力団が資金源として密造を始める。


これが、ヒロポンの空前の大流行となる。


終戦直後から1954年頃までを
「第一次覚醒剤乱用期」と呼ぶ。


その後、罰則強化によって覚醒剤事犯の検挙数が急激に減少する。





そして迎える高度成長期。64年の東京オリンピック、70年の大阪万博。


万博景気が終わり、資金源に困った暴力団が
覚醒剤の密売を始める70年代だ。


関西から全国に拡がり、
密売基地を韓国などの国外に設けた
この時期が「第二次覚醒剤乱用期」。


以後、平成に至っての「第三次覚醒剤乱用期」となる。



以上、大半が小説『烈火の月』からの引用・要約。









覚醒剤は、日本が発祥!――「その男、凶暴につき」のシナリオから編まれた小説を読む


覚醒剤は、日本画が発祥!

――「その男、凶暴につき」の

シナリオから編まれた小説を読む



2018年10月19日(金)


故野沢尚『烈火の月』を読了。


麻薬取引組織との対決を描いた、
粗暴な刑事が主人公の警察小説で、
その中に

「日本は覚醒剤、発祥の国である」

という一文に出くわす。


その意外さに「えっ、そうなの」と驚きつつ、
詳述された経緯を興味深く読んだ。


小説はフィクションでも〈発祥の国〉というのは事実で、
覚醒剤という麻薬としてではなく
医学的な見地から発見されたものだ。


この小説、麻薬(覚醒剤やシャブ)についての細部の記述、
それにシャブ漬けされた人間の主観描写なども含め、
表面的ではないディテールまで掘り下げての説明があり、
そういう点でも愉しめる。


ところで、話を進める前にその前段がある。


映画「その男、凶暴につき」は知っての通り
北野武監督・主演で製作された。


映画の脚本は上記の野沢(脚本家・作家)が手掛けた。


小説『烈火の月』は6章まであり、
第1章は「その男、凶暴につき」で始まる。


と言えば、勘違いするかもしれないが、
この小説は映画の原作ではない。


映画は小説より先に公開されており、
公開時に小説はその影すらなかった。
(週刊誌の連載で、映画公開後10年以上経ての執筆)


出来た映画に対する意趣返しの意味で
小説化された作品だ。


どういうことか。


北野監督に、シナリオは形をとどめないほど
現場で手直しされたからだ。


映画が完成し試写を見た野沢は
悔しくてならなかったと述べている。


「自分の脚本がガタガタにされた映画なんて
駄作であればいい、という屈折した思いが
あった」とも。


ただし野沢は、映画の出来について
「悔しいが、これは傑作だ」と思ったと、述懐している。


その後、北野監督から
二作目の映画への協力を依頼されたが、
即答で断ったとのこと。


意地だ。


話を小説に戻そう。
上述の通りで、だから映画と小説はかなり違う。


もっとも、小説が
もとのシナリオ通りなのかどうかは分からないけど、
いずれにしろ映画と小説ではだいぶ違う。


北野監督はこの映画が初のメガホンで、
その後の暴力性を見事に顕在化させた鮮やかな
手並みは、すでには初メガホンのこの映画で
表現されているが、
作品の出来から言えば、僕は小説に軍配をあげる。



次回につづく。










吉祥寺パルコにこの冬(18年12月)、映画館オープン!


吉祥寺パルコにこの冬(18年12月)

映画館オープン!



吉祥寺パルコ映画館
アップリンク吉祥寺パルコ パース図・CINRAネットより




J-WAVEを聴いていたら、


吉祥寺パルコの地下2階に


スモールサイズの映画館(5スクリーン・計300席)が

この冬12月にオープンするとのこと。




「アップリンク吉祥寺パルコ」
という名称。




パルコと映画館運営を手掛けるアップリンクの共同事業。
下記に紹介の引用を。



世界の映画祭で話題を集める作品やアート系作品、
インディーズ系の作品といった
現在アップリンク渋谷で親しまれている作品群に加え、

地域の人々が楽しむことのできる
ファミリー向けの作品が上映される予定





これはとても楽しみ。




クラウドファンデングによる
2500万円の資金調達が現在進行中。




リターンとして
オープン1年間の公開映画50本のクーポン券などが支給され、

応募者全員に「」アップリンク会員」としての特典なども提供される。




ところで本屋さんはどうなるのだろう?
閉店ということかな。


かつての“文化”を謳い文句にした西武グループの
圧倒的な隆盛をおもうと、これも時代の推移ということか。


そうか、僕自身、吉祥寺の本屋さんならジュンク堂だし、
東急の紀伊國屋、キラリナの啓文堂と強豪だしね、相手は。








三船・高倉・仲代を抜く、 岡田准一の剣技(殺陣)のスピード――目では 見えないほど



三船・高倉・仲代を抜く、

岡田准一の剣技(殺陣)のスピード――目では

見えないほど



散り椿
※(C)2018「散り椿」製作委員会より





剣を振るう岡田准一。



昨日28日に封切られた、
映画「散り椿」(木村大作――監督・撮影 葉室麟――原作)での
岡田の殺陣だ。

※上記青文字クリックで「公式サイト」へ。サイト上記の「予告編」をクリック


その岡田の殺陣を、
三船敏郎・高倉健・仲代達矢と較べても
「一番ではないか、
目では確認できないほどの速さだった」
と絶賛するのは、この映画の木村大作監督!



日本を代表する撮影カメラマンでもあり、
自身の目で
三船・高倉・仲代等の
生の殺陣を見てきている。



果せるかな、
格闘技のインストラクターの資格を持ち、
今どき珍しくアクションにも強味を見せる
俳優でもある岡田准一。



時代劇をやると決めて
思い浮かんだのが岡田だったとのこと。



賛美が続く。
殺陣については
「俺より、殺陣師より岡田君がやってくれたね」



殺陣はワンカットで撮ることを描いていた監督。



岡田が3パターンぐらいを示し、
「俺はそこからチョイスするだけだったんだ」
と木村監督は、べた褒め。



しかもこの映画、
映像の美しさでは定評のある木村監督だ。



予告編映像でも分かる通り、
オールロケを敢行した自然の重厚感は
息をのむほどの映像美の世界に彩られており、
スクリーンで観るのが愉しみになってくる。



このところ、スクリーンではなく
自宅で観ることが多くなった映画だが、
この映像美と岡田の殺陣は
スクリーンで是非観たい。



原稿仕事が終わる週明けに吉祥寺で観よう。
わざわざ都心に出なくとも
この映画は吉祥寺でも上映されるから。





※上記の素材は、
9月28日の朝日新聞夕刊より











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