水彩8・道子のつれづれ日記

中国、タジキスタン、ロシアでの10年間の日本語教師を終了して早10年。 習志野、八王子から 多摩センターに終の棲家のつもりで引っ越してきました。ほどよい都会的雰囲気と美しい緑にかこまれ住みやすいところです。 ここから新しい生活情報を発信していきたいと思います。

水彩8ソフトを使って パソコン画を描いて15年、ささやかながら多摩市駅前でパソコン水彩画教室を開いています。実は最近パソコン画を描くのはお休み、若い頃にもどって紙に描く水彩画中心の生活を送っています。 夫は散歩1万歩を心がけ、書や詩作をやり、少数の若い人、シニアの方に個人的に書を教える生活です。ささやかな年金生活をしながら、夫婦それぞれにやりたいことや目的があって、人生で一番幸せな時だと思っています。その日々の暮らしをお伝えします。 2018年5月には 金婚式 喜寿祝いの 書画二人展を国立でやる予定です

道子のパソコン水彩画教室

水彩8という ソフトに出会って 17年。水彩8ソフトのいい指導書がないので、描き方のテキスト冊子を自分でつくりました。
船橋、八王子、多摩センターと引っ越すたびに教室を開き、教え始めて13年ぐらいになりますか。
学習者数たいして増えず、授業料も安くしているので、さして収入にもなりませんが、教えるのが好き、そしてこちらも勉強、新しいこと、新しい人の出会いを楽しんでいます。
学習者を パソコン同好会・道と 名づけ毎年展覧会も開いています。

ここ多摩センターの教室では 男性の学習者が5人ぐらいおられます。昔会社の仕事でパソコン漬けだった方、元建築士だったかた 写真をやっていた方など工科系の方が何人かおられます。
私は絵はできますが、パソコンは素人なので、 解らないことががあると
「すみません!教えてください」と居直ってたずねることにしています。すると喜んでいろいろ教えてくださいます。新しい知識を得るは本当にがうれしいです。

工科系男子のかたの絵は「うまい」「センスがあります」が几帳面で正確な絵です。私は「ほぐすこと」に力を注いでいます。いつも、「 アバウトに自由に、のびのびと、いい加減に」と助言しています。

また 通信で学習をなさっている方も何人かおられます。メール添付で添削するわけですから。どちらもたいへんですが、だんだん絵がよくなっていくのおで 本当に楽しみです。

先日は80過ぎの方が入会されました。 パソコンも上手で宿題?を必ずやってこられるので感心しています。
はなし変わりますが、克敏は現在 NHK 生涯教育講座の添削講師をしていますが 何人も90歳過ぎの方が頑張って通信で勉強しておられるようです。先日など101歳の方の
見事な書創作をのぞき見して 感嘆しました。
77歳はまだ子供 まだしばらくはやれるかなーーーと思っています。。



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パソコン水彩画同好会・道  秀作展 http://blog.livedoor.jp/suisaim-pasokonmichiko/ 


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1999年道子の絵手紙

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海外生活は原則として二人で過ごしましたが時々用事で私だけ帰国することもありました。
そんな時は よく自家製絵葉書を克敏に送りました。
わざわざ描いたというより、水彩画のレッスンで描いたもののようです。
中国の郵便やさんは どこでもお構いなしに 大きなスタンプを押してしまうので苦笑します。
最近押入れの紙箱から 出てきたので UPしてみました。


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道子とKのギャラリー



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金婚二人展  克敏の書

 展覧会が終わって20日、お礼状や 売れた作品の発送など、毎日残務に追われ 最近やっと一息ついたところです。それに出版した「タジキスタン滞在記」も ぼつぼつ売れています。
その他、いろいろな面白い注文も来ており、もうしばらくは 忙しさが続くことでしょう。


         
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              克敏の書

               やっと「新つれづれ日記」にUPしました。
               よろしかったら 見てください。


「新つれづれ日記」https://plaza.rakuten.co.jp/pasokonnga/

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       kinnnohana

金婚二人展の全体をまとめました。
これもよろしかったら見てください。
 金婚二人展  http://www5e.biglobe.ne.jp/~tianduan/hutariten.html

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西郷どんと人吉 

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人吉 故郷ラッキー便の箱に 「西郷どんと人吉」というパンフレットが入っていました。

私は 西南戦争の時に、西郷隆盛が人吉に駐留したこと。人吉隊は敗北し、西郷隆盛は鹿児島の城山で自決したこと、ぐらいは知っていましたが、このパンフレットをみて改めて 勉強しました。

私程度しから人吉の西南戦争を知らない方のために 箇条書きを記します。
そして、改めて わが故郷人吉は 歴史のある街だと思いなおしていただければ嬉しいです。
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〇 西南戦争とは
 明治政府を去った西郷隆盛は、鹿児島に帰り陸軍士官養成学校を設立。その学生と九州の士族が 
 共に明治政府に挙兵した内戦。

  (ちなみに、この戦いで 私の父方の祖母は人吉藩の士族の娘だったそうで家長の 兄が西南戦争で戦死し、家も財もなくなり、   大変な苦労をしたと 聞いたことがあります。)
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〇 人吉藩はなぜ薩摩軍についたか
一説ですが
文久2年(1862)人吉城下大火災があり、人吉藩はその復興のための借金を 細川藩と薩摩藩に依頼。細川藩には断られたが、薩摩藩はお金だけでなく人材まで派遣してくれたとのこと。その恩があって薩摩軍に協力したといわれる。
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 熊本城落ちず、田原坂で敗北

明治10年2月 薩摩軍は7大隊にわかれ 鹿児島を出発、そのうち第4隊が加久藤峠を超え人吉に到着、人吉蔵屋敷「現人吉税務署」に一泊、熊本城を目指すも、城は落ちず、田原坂で敗北。
人吉城は700年間も他から攻められたことのないということで 薩摩軍が人吉で体制を整えることとし、人吉に駐留することとなる。

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〇西郷どんの人吉の滞在期間は33日。

西郷は永国寺を本拠とし、犬をつれて魚釣りをした姿もみられたとか。
5月29日 官軍が人吉に侵攻 すると 小林方面に移動する。
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〇 官軍は 人吉村山大地に砲台陣地を築き薩摩軍に砲弾を浴びせ、6月1日 薩摩軍は大畑に撤退。 人吉隊は 田代に撤退。政府軍、新宮タケマの呼びかけで 降伏する。

人吉の官軍参謀は「新宮タケマ」。息子の新宮嘉善は人吉隊所属。攻防戦では父、息子敵味方で戦っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上

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届きました。ひとよしラッキー便

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人吉ラッキー「初夏」便 が届きました。
送り主は 人吉高校時代からの 朋友 Hさん。
この方 二人展にも わざわざ 上京していただきました。
本当に 感謝 感謝。
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同封されてくる 印刷物が またすごい!
人吉・球磨地方の方々 頑張っておられることが良くわかります。

10月には  最後の人吉高校同窓会があるので 私たち夫婦 人吉帰省の予定です。

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彼とのコラボ 書道吟
https://www.facebook.com/michiko.tabata.7/videos/vb.100002063523781/920675918011184/?type=2&theater


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二人展 18 自家版いろはがるた


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二人展の一番人気は 45年前に子供たちのために作った 
我が家自家版のいろはがるたでした。
克敏が 字を書き、私が 絵をいれました。絵はなるだけユーモアをいれ
家族の姿もいれました。
1枚1枚を和紙で縁取りしたのも懐かしい思い出です。
子供の小さい頃、毎正月 これであそびました。
何十年も 棚にしまいきりだった このかるた、1枚も 欠損していなかったのが幸運でした。
印刷して 販売したら?という人も いましたが・・・・

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 幼い日の子供たち と 鳥「おなが」
 子供たちが 巣から落ちていた 小さな尾長鳥を 拾ってきたので
 家族で大事に育てました。克敏は摺り餌をつくりました。
 やがて言葉を覚え「おはよう!おはよう!」と言いました。
 名は「さくらちゃん」でした。
 2年ぐらいしたある日 ひょいと籠から抜けて飛び出し 帰ってきませんでした。
 電線の上で しばらく私たちを見ていました。

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遠いタジキスタンでも、学生を我が部屋に招待して かるたとり をしたのも
懐かしい思い出です。

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この時は ちらし寿司をごちそうしましたが、かれらにとって初めての酢のごはんで
いまいちの人気がありませんでした。


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愛加那さんとの別れ

昨夜のNHKテレビ 「西郷どん」は夫婦の別離の話で泣かせましたね。
別れは本当に辛かったことでしょう。
今なら 島妻であっても夫について行けますよね。考えられないことです。
凛として耐え抜いた 「愛加那」さんの生き方が愛しくなります。

のち、二人の子供たちは 西郷家に引き取られ、長男は2代目京都府市長になり、娘は陸軍大将、大山巌の弟に嫁いだそうです。
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実は今度の私たちの二人展に奄美大島の方から こんな「愛加那せんべい」というお菓子が届きました。
会場でも皆さんに食べていただきました。
克敏は2014年、友人の大島の四本翠さんご夫妻に招かれて、奄美大島で書の講師をしたことがあります。
その講義を聞かれた方で、その後も私たちに色々送ってくださるHさんです。
たった2日間の縁で こんな贈り物をしていただき 恐縮てしまいます。
黒砂糖の甘さが やんわりと入り  愛加那さんのような 優しいおせんべいです。
西郷さんが奄美にいた時期は 島民は黒砂糖を生産させられるだけで、一口も食べることができなかったそうでひどい話です。
私たちは 奄美旅行の時 西郷さんと愛加那さんの住まいも見学してきました。懐かしい思い出です。
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愛加那さんの話

西郷の子供たち http://blogs.yahoo.co.jp/pusu0129/24216982.html

道子とKのギャラリー「2014 奄美大島旅行記」
http://yatumichiko.web.fc2.com/2014amamiryokou.html





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二人展 17 黒猫のタンゴ・桃


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二人展 16 田端克敏の書その1


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克敏の書は「新つれづれ日記」の方をみてください

kinnnohana二人展克敏の書  その1
           その2
                                               
kinnnohana二人展 田端道子の絵








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5月29日 読売朝刊 多摩版に載りました。

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電話がひっきりなしにかかってきて たいへんです。
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道子のつれづれ日記
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