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2009年に、人吉の友人たちの協力で発行できた
九州相良人吉絵葉書も2000部 やっと完売しました。7年かかりました。
あの時、ご迷惑をかけたみなさん、本当にありがとうございました。
絵葉書制作販売はあんまりお金になりませんでしたが、
私の夢でしたのでが実現してよかったと思います。

そして凝りもせず、この2017年になり 新作「五木の子守唄編」絵葉書 を作ってみました。
前回はケース詰めで凝りましたので
今回は外注せず、ケースも自分で作り、手作り作業です。
はがき枚数も7枚に減らし、 お手頃感をだしました。
2月中旬からの五木村イベントの「ひな祭り行事」に向けて お土産店に 「子守唄編」
試しに少し並べていただけることになりました。
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子守m羽子板

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大きなMはコピー防止です。
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新九州相良人吉絵葉書             
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2009年に出した 「九州相良人吉絵葉書」もリニューアルしました。
外注したケースの在庫がなくなったので、デザインも新たにし、自分で印刷しました。
こちらもはがき数を10枚から7枚にしました。

もしお買い上げご希望の方がいらしゃればメールをお願いします。
両方とも1部( 7枚綴りで) 550円です。
送料はサービスさせていただきます。
メールアドレスは suisaim@hotmail.cp.jp


「ご苦労なこと!」と自分でも思いますが、
ふるさとへの思い入れと、創作の楽しみが 私をその気にさせるのです。
私の思いを込めた自分の作品が 知らない人に届く楽しみがあります。
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球磨郡五木村について

実は私の結婚前の本籍は 五木村なのです。
父は人吉紺屋町の材木屋の三男坊だったので、父親の弟のところに養子にだされました。
行った先が 五木村で 山々を管理する叔父の家でした。
父は養子になったとはいえ、ほとんど五木で生活せず、実家で暮らしています。
父が戦死したので、戦後、同じく養女だった義理の妹が家督を継ぎました。
いろいろあって、私たち母子は五木を離れ人吉で暮らしました。
長い目でみたら、私たち兄弟の将来にはいいことだったような気がしています。

乃木大将のように白い髭の五木の祖父の優しい姿を かすかに覚えています。
満州から引き揚げてきたとき、五木の祖父が母と3人の子を 舞鶴まで迎えに来てくれました。
4,5歳の頃に 五木村で遊んだ記憶もあります。
あんな奥まったところにも 米兵がきて 旅館に駐屯していて、
子供たちはチョコレートを貰った記憶があります。あの美味しさは忘れられません。

現在の五木村は 川辺川にダムができ、部落が山の上に移転してしまい、 昔の面影はありません。
3年ほど前の 人吉高校の同窓会後の次の日 希望者だけのバスツワーで五木村観光に行きました。
五木村に着くと私だけ別行動をさせてもらい  祖父のお墓を探し当てて、お参りをしてきました。
「表札」で 祖父の家を探しあてました。ダムの保証で豪邸になっていました。
 が誰も住んでいない気配でした。 


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現在の五木村 遠望  絵葉書にもこの絵をいれました。

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2009年の人吉絵葉書
道子の展覧会
道子とkのギャラリー