恒例もちつきそば打ち

12月15日は、恒例の餅つきをしました。この日には、同時進行で、田辺さんにそば打ちをしていただくのも、私たちの楽しみの一つになっていましたが、ちょうど運悪く、腕を負傷されできなくなりました。しかし、その代わりに、田辺さんは、そば打ち4段の腕前の福岡さんにピンチヒッターを依頼されました。福岡さんは、私たちに、丁寧にそば打ちの手ほどきをして下さいました。そば粉の粗さに応じて変える水の分量、水を吸った粉が均一に混ざるための手や指の動かし方、菊の花びら風の練り方、長い丸棒を使って、薄く広く引き伸ばすテクニック、そばを同じ幅に切っていく包丁の扱い方等、事細かに、まさしく手を取って指導して下さいました。

出来上がったそばを、熱い出汁で食べたり、冷たい出汁で食べたりしましたが、そのお力づよく!!いしいこと。自分たちが以前そばを打って食べたときは、麺がブツブツに切れました。しかし、今回は、麺が切れてなく、しっかりコシがあり、のどごしの食感がいいのです。風味とまろやかな甘みがあり、何杯でもおかわりしたくなる代物でした。

天候不順で、いつもの年より生育が悪く、収穫時も雨に濡れ、脱穀も千歯こぎではなく、1本1本手作業でやり、ここに至るまでの苦労が並大抵のものではなかっただけに、その味

は格別でした。

 和食の文化が世界遺産に登録されたそうですが、そば打ちの実演を見ていると、十分うなずけるものがありました。

ボランティア服部砂恵さん

11月22日から、ボランティアとして1ヶ月程スイス村にお邪魔している服部 砂恵(さえ)です。

 両親がインドで宣教師として暮らしていたため、私はインドの首都ニューデリーで生まれ、19年間インドで暮らしました。若い時に父と一緒に宣教をしたことは、とてもいい経験でした。

 その後、日本に来ていろんな仕事をしました。幼稚園の用務・雑用係から始まり、工場のラインでの重労働、ドラッグストアのレジ係、東京の公立小学校での英語講師(ALT)をした後、ALTを派遣する会社で事務を行いました。日本に来た理由は①両親が日本人だったので日本の文化を知るため、と②日本人のように真面目に仕事をすることを覚えるため、でした。日本に来て、いろんな仕事をする中で、青少年に勉強を教えるだけではなく、趣味や仕事など多種多様なことを教えたり、話を聞いたりなど、いろんな面で関わっていきたいと思うようになりました。それは私自身、「仕事をする」ことや、「職場の人間関係」、「自立すること」を覚えるのに苦労したからです。しかし、青少年と関わりたいという思いはボンヤリとした雲のようで実現できるとは思っていませんでした。

 そういう中、ALTの派遣会社での仕事がきつくなり、体調にも影響が出、退職を考え始めた頃に、知り合いを通してスイス村のことを聞きました。早速、ホームページをチェックし、どのようなことをしているのか確認しましたところ、子供たちに勉強を教えているだけではなく、農業や釣り、料理など多種多様なことを子供たちに教えているということが分かりました。また、子供たち一人一人の成長を願いながら、規則正しい生活や、バランスのよい食生活をしていることも分かり、とても感動しました。スイス村に行ったら私には何ができるかと考えたとき、今までの仕事のように、体力や声、頭だけを使うような、偏った仕事ではなく、私ができることすべてをバランスよくできる、それも私が兼ねてからしたいと思っていた青少年と関わることもできると思い、自分の目で確認したかったのでスイス村にボランティアで来ました。

 スイス村に来て、もう4週目ですが、時間が飛ぶように過ぎたのにはびっくりです。子供たちには英会話を教えていますが、一人一人の個性が豊かで英語を教えるのが楽しいです。もちろん、山奥で寒さも厳しいため大変なこともありますが、もっともっとスイス村と関わっていきたいと思っています。また、農業や料理なども覚えながら、スイス村の子供たちとももっと関わっていきたいです。