酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

No.36 沖縄居酒屋『てぃーだ』

新年明けましておめでとうございます。
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今年は何回くらいアップできるかわかりませんが、時々開いてみてください。
とりあえず書きかけているのが2本あります。

さて、今日の沖縄居酒屋『てぃーだ』も3ヵ月前くらいからちょっとずつ書きためてあり、なおかつ気に入らないので10回近く書き直したり手を入れたりして、つい時間が経ってしまっていたものです。
長すぎるというご意見もいただいておりますので、半分くらいに削って掲載にいたりました。

家にいるようになって居酒屋への探究心も弱くなり、ひとりで飲み歩く機会がめっきりなくなりました。
家族と食事に行く店は何軒かなじみのところがありますが、居酒屋となると、もともと地元で一人で入ることはあまりなかったので、知っている店というのも多くはないのです。
そんな中で、先日の『秩父屋』に次いで最近よく通うようになった店があります。

沖縄居酒屋「てぃーだ」です。
自宅から歩いて行ける距離にあり、安くて、それなりに美味いので、気軽に行ける店として便利にしています。
てぃーだ外観


もう一昨年のことになってしまいましたが、6月末に友人と2人で3泊4日の沖縄旅行に行ってきました。
沖縄に行くのは初めてでしたが、いろいろなところを観て回り、多くを感じた旅でした。
観光地としての沖縄ではなく、日本の一部としての沖縄を初めて実感しました。
自分の中の沖縄が断片的な情報でつくられた沖縄であり、実際の沖縄とは余りにも隔たっていたのに強い衝撃を受けました。
そこには行ってみなければ知ることのできない歴史や現実がありました。

宿泊は3泊とも那覇市でしたが、アメリカ人がもっとたくさんいるのかと想像していたら、いちばん目立った外国人は中国系の人たちで、多分台湾からの観光客ではないかと思います。
考えてみれば、台湾と石垣島、宮古島は晴れていれば見えるくらいの距離でしょうから、交流が盛んなのは当然といえます。

首里城では、琉球国として中国と日本に翻弄されてきた歴史、こうした中で独立した言語から日本語への切り替え、首里城の焼失と再建など私なりに興味を持ちました。

ひめゆりの塔記念館では、ひめゆり学徒隊の悲劇を改めて学びました。

糸満市の平和祈念公園では、20万人もの人が戦禍の犠牲になった沖縄戦の悲惨さと、その後占領下のまま米軍基地を抱えることになった姿をあらためて知りました。
広島・長崎とは戦禍の様相が違いますが、沖縄が背負っているものはこれからも続くのかと思うと、心が痛みました。

「平和の礎(いしじ)」では、梅雨が明けたばかりの炎天の下、ひとりの老女が日傘を置いてひざまづき、墓碑銘にすがるようにして、刻まれた名前をなぞっているのを目にしました。
きっと6月23日の慰霊の日には来られなかったのでしょう。

嘉手納空軍基地やその周辺も一通り見て回りましたが、飛行機が行き交う爆音以外、実態はわかりませんでした。
ただ、沖縄にはいくつもの米軍基地があり、その面積は広大です。
ここが日本および米国の防衛の最前線であることはいやでも知らされます。
沖縄の人が置かれている状況は、米軍が日本にいるのを当たり前と思っている人にはすんなりとは理解できないでしょう。

北と西に向き合う日本の最前線は沖縄であり、有事の時に最初に攻撃されるのは沖縄であり、攻撃する場合は沖縄から出撃していくのです。
1950ー60年代、砂川闘争をはじめとして米軍基地のある各地で反対運動がありました。
今はそれも遠くなり、沖縄を除いて、本土で基地の反対に向き合う話は聞かれなくなりました。
そして、この20年で沖縄はもう元に戻れなくなってしまいました。

辺野古では、車を置いて工事の行われる予定の岬まで歩き、反対運動の現場まで行ってきました。
キャンプ・シュワブの入り口ゲートの向かいの歩道では、反対運動の人たちがテントを張っていました。近づくと、日本の警察官のような人たちがたちどころに寄ってきて、移動するよう手で指図をします。
これが同じ日本の姿なのか、ここは日本ではないのかと思うと、情けなく悔しい気持ちに駆られました。

私たちが旅行した後にも沖縄をめぐるいろいろな問題が持ち上がり報道されましたが、「こんなに頻繁に沖縄の問題が報道されているのだ」と気づかされました。行ってなければ、きっと今ほどリアリティをもって報道や記事に耳と目を止めなかったでしょう。


さて、さて、ずいぶん話がそれてしまいました。
沖縄は楽しいところでもありました。
美しい海岸線、水族館、気持ちの良いビーチなど、観光を楽しみました。

沖縄の食体験も私の先入観を打ち砕くものでした。
毎夜、食事処や居酒屋で沖縄の人たちと会話を交わしたのも沖縄の理解と親近感につながりました。

一日目の夜は、牧志公設市場でうみぶどう、イラブチャーという真っ青な魚の刺身、ソーキ蕎麦などはじめての沖縄料理を体験しました。
魚は真っ青だったり真っ赤だったりして、見慣れない原色の魚体にぎょっとさせられましたが、刺身はあっさりとした白身で、おっといけるじゃないかと気持ちを取り直しました。
そのあとまだ少し物足りない感じがしたので、ガイドブックで見つけた、市場の近くの大衆食堂の名店と呼ばれる『花笠食堂』に入りました。
中は私たちと同じくガイドブック片手の中国人旅行者で満員、まるでよその国ではなかろうかと錯覚しそうでした。
ここで煮付け定食というのを食べたのですが、これには参りました。正直に言ってまずかった。
煮染めたような色をした山のような煮物が出てきたのですが、見かけと違って味が薄いのです。

二日目は、本格沖縄料理を食べないわけにはいかないだろうということになり、奮発して『糸ぐるま』という店でフルコースを食べました。
店内は紅型や芭蕉布で仕しつらえた内装で、沖縄の空気感いっぱいです。
豆腐よう、チャンプル、ラフテー、イリチー、ミミガー和えなど聞いたことはあるが食べたことのない料理が11品も出てきて、食の沖縄を満喫しました。
女将さんがよく私たちの話し相手になってくれたので、そちらのほうがおもしろかったのですが、書くと長くなるのでやめておきます。

三日目の夜は、朝から長時間のドライブに行って疲れていたので国際通りに出て行く元気がなくなっていました。
そんな次第で、ホテルの近くで美味いものを食べようとぶらぶら探していると、偶然、『あぐん茶』という沖縄海鮮居酒屋を見つけました。
手っ取り早くそこに入ったのですが、この店が大当たりでした。

ひどく混雑していたのですが、店の人たちが親切で、わざわざ私たちのためテーブル席を空けてくれました。
客の多くは地元の人達でした。
ここで食べたものすべてが美味しかったのです。
店主が漁師も兼ねていて、魚や海藻を取った場所や取り方を説明してくれました。
店の人たちも優しくて親切で親しみやすかった。
沖縄の人はみんな人がいいのだと思わせる最後の夜でした。

どんなものを食べたかって?
いちいち話すと長くなってしまうので、料理の名前だけ挙げておきます。
ジーマミ豆腐、島らっきょう、島もずく、アグー豚とゴーヤのチャンプル(チャンプルはいろいろな食材を野菜といっしょに炒めます)、沖縄の刺し盛り。大体それでおなかがいっぱいになりました。
ちなみに、沖縄料理に付いている片仮名の意味ですが、「マース」は塩のこと、「ジーマミ」はゴマのこと、ソーキは豚の骨付きあばら肉のこと、テビチは豚足もしくは豚足の煮付けのこと、ラフティーは皮付きの三枚肉の角煮のことです。
それはなによりも、沖縄には立派に独立した言語が在ったということを示しています。

『あぐん茶』はとにかく安くて美味しくて、居心地が良かった。


今回の旅行で、もうひとつ特筆すべきことがありました。
私は泡盛とか黒糖焼酎はアルコール度数が高くて、臭いがきつくて好きではありませんでしたが、この旅行で毎日飲んでいたら好きになってしまいました。
土産に泡盛の古酒などを3本も買ってしまいました。

そういうわけで、すっかり沖縄の酒と料理に魅了されて帰ってきたわけです。

さて、最後に少しだけ地元の『てぃーだ』について書きます。
沖縄から帰ってきて1ヶ月もすると沖縄がなつかしくなり、自宅近くにありながら一度も入ったことのなかったこの店に行ってみたのです。
『てぃーだ』とは沖縄の言葉で太陽の意味だそうです。とにかく晴れた天気のことであるようです。

店内は、熊谷ですのですっかり沖縄というわけにはいきませんが、それなりに繕ってあります。
ビールはもちろんオリオンビールです。
これを置いてあるのが嬉しかった。
てぃーだメニュー

沖縄で食べなかったのにこの店にある料理が、ヒラヤーチです。
簡単に言えば、「沖縄風チジミ」です。
あっさりした味付けなので肴としてけっこうイケます。
うみぶどう・島もずく・島らっきょう、この3つはまず最初に注文します。
もちろん豚の料理も取ります。

ビールのあとは泡盛のロックです。
沖縄の酒店にはものすごい種類の焼酎が揃っていました。
酒屋で聞いた話では泡盛や黒糖焼酎はちょっと前までは個人商店で造っているのが当たり前だったそうです。
今は会社化されてしまってブランド数が減ってしまったようですが、それでも耳にしたことにない銘柄ばかりが並んでいました。
『てぃーだ』に置いてある焼酎の種類はちょっと少ないですね。

ここの主人は体の割には声が小さく優しいのです。
それに手際がいいので、待たせません。
私はこのリトル沖縄に満足しています。

でも、聞いてみると彼は沖縄の出身ではなく地元の人でした。
ただ、沖縄料理店に勤めたことがあり、そこで料理を覚えたのだそうです。

もう一度沖縄を訪れることができるかわかりません。
でも沖縄はいつも私の近くにある。その名は『てぃーだ』。
秋の風景秋の観音山

時間を掛けた割にはまとまりのない話ですみません。
絵の写真も一度書き上げたときの秋の風景で失礼いたします。

今年もなにとぞよろしくお願いいたします。

No.35 独りになりたいときには「イチローズモルト」

前回の更新が8月12日でしたから、ずいぶん間が開いてしまいました。
気分的には夏休みというところでしたが、いっぱい楽しいことをしてましたので、こちらを怠けてしまったということでしょうか。
どうもほかのことにかかり出すと、ブログに手がかかりにくくなる癖があります。

さて、「イチローズモルト」
どこかで聞いたことがありませんか。

この2,3年評判の高いウイスキーのブランド名です。
このウイスキーを製造しているのは、埼玉県秩父市の(株)ベンチャーウイスキーという会社です。
代表取締役は肥土(あくと)伊知郎(いちろう)氏、だから「イチローズモルト」。

私はイチローズモルトの『ダブルディスティラリーズ』を愛飲しています。
イチロウズモルト2

ウイスキーとしてはちょっと高いのですが、とにかく一度飲んだら忘れられない美味しさです。

ウイスキーというと、燻製のような匂いがして、強烈な苦さを思い浮かべる人が多いかもしれません。
でも、それは昔の話です。
今のウイスキーは値段さえ合えば、品のよい大人の味を楽しめるものが手に入ります。
イチローズモルト・ダブルディスティラリーズもそのひとつかもしれません。

アルコール度数は46%とちょっと高いのですが、グラスを傾けたときに鼻先に来る香りが甘いのです。ひと口含んだときには、ちょっとドロッとした、濃い舌触りがします。しかし口に含むとやわらかな甘さがフワッと広がって喉を潤します。ブランデーのような、ブランデーとは違う甘さです。
抽象的ですが、ほかのウイスキーにはない豊かな味わいです。
女性も十分楽しめます。

イチローズモルトは10種類くらいあったかと思いますが、私が飲んだことのあるのはこのほかに『モルト&グレーホワイトラベル』の2種類だけです。
この上のクラスに「ワインウッドリザーブ、」「ミズナラウッドリザーブ」やプレミアムボトルなどがありますが、ウイスキーにそこまで出さなくてもという値段になってしまいます。
最近は、ネット市場でも人気が高く、かなりのプレミアムが付いているそうです。

イチローズモルトが埼玉県の酒なのに、最初に教えてもらったのは東京の友人からでした。
その方から、「埼玉のウイスキーです」と『ダブルディスティラリーズ』を贈られたのが最初の出会いだったのです。
「ヘーェ、地元なのに知らなかった。」

そのあと、あまり間を置かず、これもまた東京の知人から、同じものの200mlサイズをいただきました。
2回とも、偶然ですが、『ダブルディスティラリーズ』だったのです。
この美味しさを失うのが惜しくて、今も『ダブルディスティラリーズ』を飲んでいる次第です。

私が愛する理由のひとつには、イチローズモルトのオリジンがわが熊谷市の隣りの羽生市にあったということに親しみを覚えるからです。イチローズモルトはここで生まれました。
羽生には私の好きな日本酒、南陽酒蔵の『花陽浴』(「はなあび」と読みます)もあります。

肥土伊知郎氏の実家は酒蔵を営んでいましたが、2000年頃、経営不振から他のメーカーに売却することになったのです。売却先から、当時つくっていたウイスキーの原酒を廃棄するようにという条件が出されました。
家業を継ぐために戻っていた伊知郎氏は、これを捨てることができず、2004年にこのウイスキーを売り出すために(株)ベンチャーウイスキーを創立し、2007年には自前の蒸留所を秩父につくり、本格的な製造に乗り出しました。
それから10年、(株)ベンチャーウイスキーはあっという間に世界的ブランドになってしまったのです。

ダブルディスティラリーズは羽生で残されたシングルモルトの原酒と秩父でつくったモルト原酒をブレンドしてつくったピュアモルトで、2009年にWorld Whisky Award の Best Japaese Blended Molt に選ばれています。
簡単に紹介するとこのような次第です。

さて、余談ですが、ウイスキーをどんなときに飲むか、ですね。
一番多いのは、夕食が早く済み3-4時間立った頃、寝るにはまだ勿体ないなと、やや心の空間が開きかけたとき、きつい酒をグッと流し込んでみたくなります。

夕食の時にウイスキーを飲むということは、若い頃にはありましたが、今はほとんどないですね。ハイボールは、外飲みのときにはよくありますが、自宅ではつくりません。
夕食では、まずビールを一杯、それから日本酒を90-100ml くらいが普通です。
気が向けば、これに芋焼酎のロックをグラスで1杯というところでしょうか。

二番目に多いのは、夕方、突然にすべてのことから解放されて、食事までにはまだちょっとあるが、少しゆっくりしたい気分のときに、ここはコーヒーよりも軽くウイスキーかなという具合に一杯。
まずはショットグラスで一杯、物足りないと感じたら、次はロックです。

三番目に多いのは、食事の後テレビをダラダラと観続けてしまっているときです。
こんな時は軽いつまみがほしくなります。ナッツとか、チーズとか、チョコレートとか。

ウイスキーを日常的に飲むという習慣はありません。
なぜか毎日が忙しく終わってしまい、ゆっくり飲んでいる時間というのもほとんどありません。

忙しさの中でほっとしたとき、気が向いたときに飲めるお酒を一本置いておくというのはわるくありません。
こうして考えてみると、わたしはウイスキーに心の安らぎを求めているのでしょう。
イチローズモルト を飲むときはいつも独り、静かな時間です。

かぼちゃ

No.34 ホルモン焼き「秩父屋」

私はホルモン焼きというのをよくは食しません。
嫌いではありませんが、特に美味いとも思っていません。

熊谷という地には、ホルモン焼き屋が昔からたくさんあり、私が初めて食べたのは大学生の時でした。
先輩に連れられて行ったのでしたが、当時のホルモン焼きはとにかくまずかったのです。
それ以来、六十歳近くになるまで滅多なことでは食べることがありませんでした。

ホルモンは『放るもん』といったくらい価値の低い臓物を、もったいないといって食べるようになったと聞いたことがありますが、正しいことは知りません。
ただ、ホルモン焼きという呼び方には疑問があります。
ホルモンというのは腸の部分だと思うのですが、一般に私たちがホルモン焼きといって食べているのは、腸以外の胃・子宮・精巣などほとんどすべての内蔵を含んでいます。それなのになぜホルモン焼きと呼ぶようになったのでしょうか。もしかしたら、最初は腸だけを提供していたが、段々と出すものが広がっていって呼び方が残ったとか?
また、もうひとつ、ホルモン焼きという場合、ほとんど豚肉の臓物であって、牛・馬・羊といった肉を含まないし、ホルモンは豚に限られていると思いますが、なぜでしょうか。

それはさておき、ホルモン焼きではなく、ホルモンというものが初めてなかなかいけるじゃないかと感じたのは、博多に出張したときでした。
すでにホルモン鍋というのが若い世代の間ではやっていました。一緒にいた女子達が「博多に来たのだからホルモン鍋を食べたい」というので、私は気が進まなかったのですが、つき合うことになりました。

若者向けの店構えのところでホルモン鍋を摘まむことになったのですが、はじめてこのときホルモンのプリンとした舌触りと油が口の中で破れて融けるような味わいに驚きました。
ホルモンというものに対する先入観が破られたのはそのときです。

かといって、その後どんどん食べるようになったのかというとそんなことはありません。
その後は、友人と行くのにも抵抗が少なくなり、経験を重ねました。
生ホルモンと茹でたホルモンがあることも知りました。
焼き肉屋とは違う名称の肉がいろいろあることも知りました。


さて、最近、平日も熊谷にいるようになって、実は、夕方から一人で出かけるホルモン焼き屋ができてしまったのです。
「秩父屋」に行くようになったきっかけは、友人・知人から「ホルモン焼きの秩父屋は美味しい」という噂を何度も耳にしたからです。
ホルモン焼きは好きではないけれど、これだけ何度も聞くと、私としては、好き嫌いではなく行かねばならないという義務感にかられました。

夏の夕方、妻には内緒で、ひとりフラフラと自転車に乗って向かいます。
まだ午後5時前で、陽は高く、ジリジリと照りつけています。
本当に、こんな早い時間から、暑い中、自転車をこいで駆けつけるのには訳があります。
1週間ほど前、6時過ぎに行ってみたところ、満員で断られたからです。

そのとき店の人から「5時頃に来ていただけたら確実なんですがね」と言われたからです。
予約もできるそうなのですが、一人だからそれもなと思う次第で、えっちらおっちらと漕ぎ着けました。
外観はこんな感じです。
秩父屋外観秩父屋看板2

のれんの奥へ入ると正面にばかでかい看板があります。
表の看板より大きいのは確実です。
テーブル席はまだ半分もいませんが、わずか6席のカウンターは私が座って満員です。

デコラの壁とコンクリートの床、合板のテーブルと丸椅子、小上がり・・・中の風景はいたってありきたりで、さっぱりしています。
実に掃除が行き届いていて清潔です。
カウンターの前はシミ・汚れの一つもありません。
ただ、夏といえどもクーラーはなく、窓を開け放って換気扇を回すという昔のスタイルを守っています。
どうせクーラーなんて、この炭の熱では無益です。
むしろ、ここに集う人たちはこの雰囲気を楽しんでいるようにさえ思えます。
焼き物居酒屋に特有な油っぽい匂いも、煙っぽい感じもありません。

品書きは以下の通り。
秩父屋メニュー
こういうところでは、ビールよりも最初からホッピーです。

ウム、焼酎の量が普通の倍近く入っているのではないでしょうか。

細い中年の店主とおぼしき人が、赤々とした炭の入った七輪を机の上に置いていきました。
七輪からすぐに猛烈な熱が伝わってきます。
テーブル席では、中央に掘りごたつのように穴が設けられていて、そこに七輪をはめ込むようになっています。

注文は、まずお新香とモツ煮、それに焼きはカシラ・レバー・生ホルモンの3つ。
カウンターの向こう側が厨房になっていて丸見えです。男が2人、女が4人、肉・野菜・飲み物と分担が決まっていて、手際よく次々と注文をさばいています。

私の注文の品は割と早めに揃いました。

最初に出てきたぬか漬けのお新香に感動。
キュウリ・ニンジン・ダイコンのどれもがシャキシャキしていて、漬かり具合・堅さ・それに量もちょうど良い加減です。
大好物なのです。

モツ煮は、ほかの店と味付けにさほど変わりはないけれど、350円にしては大盛りで、モツがいっぱい入っています。

焼き物3種が来ます。
見るからに新鮮そうです。しかも、どれも一切れが大きい。
七輪は小ぶりなので、4,5枚広げるといっぱいの感じです。

レバーが先に焼けました。
辛口のタレです。
しっかりした歯ごたえで、美味い。

生ホルモンは、タレを付けずに、そのまま食べてみます。
臭みもなく、これも歯ごたえというか、噛み応えがあり、噛むほどに味が変わってきます。

そこへ四十代のサラリーマンが3人で入ってきましたが、「今日は予約でいっぱいです」と断られていました。
テーブル席はまだ半分くらいしか埋まっていないのに、残りは全部が予約の人なんですね。

カシラは肉が厚い。したがって、火が通っているのかどうかわかりにくかったので、焦げ目が見えるまで良く焼きました。
焼き上がった肉は見かけよりもズッと軟らかくジューシーでした。

そうやって、ひとり炭の熱に焼かれ、汗を拭き拭き、小一時間ホルモン焼きを楽しんだ次第です。
【秩父屋』に何が客を引きつけるか、一言で言えば、とにかくすべての肉が新鮮で上等、これにつきます。

その間に焼酎のナカをお替わりしました。

お勘定はチョウ安かった。
ついでながら、店主の愛想の良さにも参った。
「またおいでください」
「また来ます」

食べログの熊谷のホルモン焼きランキングにも出てきません。
食べログってあてにならないですね。こんな名店が落ちているなんて。

まだ外は明るいし、ちょっとフラフラしてみますか。
いけねぇ、いけねぇ、自転車は転がして帰らなきゃいけないですね。

それでは、失敗作ではありますが、ついでに近作を1枚失礼いたします。
八木原牧場2