酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

No.40 『八幡屋』さん、ありがとう。そしてさようなら。

だいぶ間が空いてしまい申し訳ございません。
今年は思いがけなくも3月中旬から花粉症に悩まされ、しかも桜の開花が早すぎて春の計画が総崩れになりました。
そんな中で、地元熊谷堤(左)と隣町の行田市埼玉古墳(右)に出かけることができました。

熊谷堤古墳公園

もちろん、熊谷堤では友人たちと酒宴、酔いが回って一句。

 寝転びて降り来る桜の薫り吸う

さて、私が東京で一番好きな店といえば、御徒町の『八幡屋』さんです。
その店が3月末をもってのれんを下ろしました。
いつかこういう日が来るとは思っていましたが、なんとも残念というほかありません。

『八幡屋』さんは正確にいうと、居酒屋ではありません。
ふぐと鰻が専門、ということでしょうか。
でも、私は一年を通してこの店の酒肴で飲むのがこの上なく好きでした。
店はアメ横と反対側のガード下より一本昭和通り寄りの路地を秋葉原方向に百メートルほど行ったところにあります。

八幡屋1八幡屋2

私が友人に連れられて初めて訪れたのはもう25年近く前のことになるでしょうか。
『八幡屋』さんがいつ頃創業したのかは知りません。
なぜだか、ご主人とも女将さんとも、お店の歴史や経営について話題にしたことがありませんでした。
そのころはカウンター席の前に「横浜/武蔵屋」のような循環させる真鍮製のお燗器があって、ご主人がその前に立って酒の加減をみていました。
いつの間にかお燗器はなくなりましたが、あの風景がなつかしいですねぇ。

『八幡屋』さんのふぐは、10月の下旬あたりから始まって4月上旬までの間食べることができました。
この写真を見てください。
ふぐちりの身の厚さといったら、他店ではとても味わえません。
八幡屋のふぐ


店に行き始めた頃、ご主人から、
「だめだめそんなに長く鍋に入れてちゃ。10秒からせいぜい15秒、箸でさっと茹でる感じでいいの。」と叱られたのを思い出します。

私はふぐの白子が格別好きです。
ふぐの白子はなかなか貴重で、12月頃には割り当てがきません。
2月頃になると、「今日はありますよ」と女将さんから言ってくれました。
ちり鍋では、口に入れるとツルッととろけるようにして広がります。
白子は最後におじやの上にのせても贅沢に味わえます。
また、とくに白子豆腐は抜群の美味しさでした。
あれがもう味わえないのは残念というしかありません。

『八幡屋』さんのふぐはとにかく安かった。
そのわけは、自社ビルで家賃にあたるものを料金に乗せてないからだということでした。

ふぐの季節が終わると、鰻が供せられます。
甘すぎず辛すぎず、絶妙のタレでした。
最後に鰻重を頼むのですが、売り切れのこともしばしば。

春から秋にかけての鱧しゃぶも楽しみでした。

秋口には松茸です。

しかし、一品料理が実に美味しかった。
刺身、締め鯖、鮎の煮浸し、海鼠、サラダ、鮟肝・・・・・・。
品数は多くはないのですが、季節のものを『八幡屋』さんらしく提供してくれたのです。

ふぐが始まると、店は急に混み始めます。
何時の年だったか、12月の忘年会を3回も『八幡屋』さんでやったことがありました。
近年は忘年会時期には2ヵ月前くらいに予約をしておかないと、とても取れない状況になっていました。

思い出は限りなくあります。
なぜなら、友人、同僚、著者たちなど、実にたくさんの人たちとこの店を訪れて一緒に酒を酌み交わしたからです。

思い出す酒は「酒一筋」という銘柄です。ここ数年は置かれなくなっていましたが、ズッと長い間、ビールのあとにはこの四合瓶をとるのが決まりでした。

なぜいままで『八幡屋』さんのことを書かなかったのかと問われれば、「酔遊記」を辞めるときの最後の記事としてとっておきたかったからです。
ところがおもいがけなく,その時期が早くやってきてしまいました。
あとを継ぐ人がいなかったようです。

『八幡屋』さん、長いこと楽しませてくれてありがとう。

私もこれを最後に、居酒屋と酒にまつわる話に一区切り付けたいと思います。
暇つぶしのように書き連ねてきた駄文にお付き合いくださりありがとうございました。

少し時間をおいて、なにかを始めたいと思っていますが、これも確かなことではありません。
でも、またここでお目にかかれるよう努力する所存です。

なんとも言えず寂しいけれども、とりあえずさようなら。
ブログ静物


No.39 Sun Peace Whisky

下の写真の右側のボトル『Sun Peace WHISKY EXTRA GOLD』、このいかにも気楽そうな名前のウイスキーをご存じでしょうか。

今宮焼酎
左の何となく女性っぽい、可憐な感じのラベルのボトルは、ご存じの方も多いかもしれません。
ホッピーと相性が良いとされ、居酒屋でよく見かける『キンミヤ焼酎』です。
亀甲の中に宮の字、これがトレードマークです。

『キンミヤ焼酎』は三重県四日市市の(株)宮崎本店の製品です。
このボトルは600ml詰めです。4合瓶というのならわかりますが、3.3合とはちょっと変わっていませんか。
なんと、焼酎なのにほかにも200(180ではない)、300、720、900、1,800mlという大きさが揃っているのです。
ちなみに『キンミヤ焼酎 600ml』の上代は、税込み538円と廉価です。

弘化3年(1846年)創業の宮崎本店は、とにかくユニークな醸造元なのです。
右の『Sun Peace Whisky』に戻りますが、これも宮崎本店の製品です。
日本酒の蔵元なのにウイスキーも作っているのです。

やや脳天気かと思えるブランド名ですが、戦後の混乱期に、「太陽の恵み」と「平和への願い」という2つの祈りを込めて発売されたという歴史を持っています。
ここにも宮崎本店らしい、酒に希望を託すような明るさが感じられます。

どうして私がこのウイスキーを飲むことになったのかをちょっとお話しします。
毎週月曜日に酒屋さんが近所の御用聞きに回ってくるのですが、ある日、『キンミヤ焼酎 600ml』を2本注文しました。
1週間も経ってから「取り寄せていたので時間がかかってしまいました」と言って、『Sun Peace Whisky』を2本持ってきたのです。

「キンミヤ焼酎を頼んだのですけれど・・・・・・」と言うと、
「これキンミヤですよ」と言うのです。
「これウイスキーですが・・・・・・」
「あれ、焼酎じゃない!?」
どこでどう間違ったのかわかりませんが、値段も安い。
「せっかくだし、めずらしいものだからそのままいただいておきます」と言って引き取りました。
こんな次第で『Sun Peace Whisky』を知ることになりました。

肝心のお味はといいますと、まずストレートでひとくち飲んだ印象は“甘い”です。
リキュールのようなドロッとした甘ったるさです。
二番目は、スモーキーな臭いとスパイシーな味わいです。
三番目はキレがなく平坦な味です。
結論として、およそウイスキーらしくないけれど、酒としては非常に飲みやすいと思います。

この甘ったるさはどこから来ているのか。
原材料を見ると、モルトとグレーンスピリッツとあります。
グレーンスピリッツとは、weblio辞典によりますと、〔トウモロコシなどの穀類を原料に、酵素剤(麦芽や糖化酵素)を用いて糖化・発酵させ、連続式蒸溜機でアルコール濃度95%以上に蒸留したもの〕ということであります。

熟成5年とありますから、グレーンスピリッツによる甘さが浅いままであるということなのでしょうか。

そういえば、『キンミヤ焼酎』の原材料はサトウキビの糖蜜です。
こちらも少し甘い味と臭いがします。

もちろん日本酒も造っています。ブランド名は『宮の雪』。
創業から170年経った今、宮崎本店の業績は絶好調のようです。

20180305

No.38 『魚三酒場』は良い酒場

大衆居酒屋の条件として「安い」「美味い」があります。
今日は、世界の大都市東京で、しかも都心の繁華街という立地で、これを満たす店を紹介します。
といっても、酒好きならば「なんだ、それなら知ってるよ」という方が多いかもしれません。
『魚三酒場』です。

『魚三酒場』は門前仲町のほかに森下と新小岩にあります。
私がもっぱら通うのは門前仲町店です。
IMG_3901

夕方3時半頃に行くと、地下鉄東西線の永代通りの商店街に沿った歩道に、50人ほどの行列ができています。
いつもの光景です。
ここに立つと、開店を待つ人たちとの妙な連帯感を覚えます。
そしてここに立つと酒に向かう気持ちが逸るのです。
条件反射のようにして『早く呑みたい』と開店が待ち遠しくなるのです。
開店行列に並ぶために、東京駅からタクシーを飛ばしたこともありました。
道路を挟んで反対側の右奥に富岡八幡宮があります。

開店の4時前には100人近くに膨れ上がります。
東京広しといえども、開店前から100人も並ぶ居酒屋はたぶんここしかないでしょう。
待っていて入れなかったことはありませんが、4時半頃に到着したときには席が空くのを30分以上待ったこともありました。
6時過ぎになれば、2階の入り口階段(上の写真右端)から外まで退社したサラリーマンの行列になります。
自社ビルなのでしょう、3階までが普通の居酒屋スタイルで、4階が宴会場になっています。

開店するとぞろぞろと列が進みます。
1階はひとり飲みか2人まで、3人以上のグループは上の階に、順番に案内されます。

1階はコの字カウンターが2つあり、大体ですが50人ほどが座れます。
自分の場所に着くと、何も言わなくても酒が出てきたりする常連さんもいます。
そうでない人は、店の人が端から飲み物の注文を聞いていきます。
このとき肴を注文しても「アト アト」といって聞き入れてくれません。
開店直後は気が立っていて、こちらがぐずぐずしていると無視されて飛ばされてしまいます。
でも、下町の居酒屋らしく、店員さんの口調は男女を問わずやや荒っぽいですが、さっぱりしたものです。


ビールは、小生が他所の中生くらいあります。
一杯190円の熱燗も、ちょっと甘口だけれども、けっこういけます。

一渡り飲み物が行き届くと、料理の注文に入ります。
私が必ず頼むのは、まず「本マグロの大トロ」です。
770円という値段で、厚切りの大トロ刺しが山盛りのように来ます。本当なんです。
とても一人では食べきれないと躊躇するんですが、案外ぺろりと平らげてしまいます。
魚屋でもこんなに安くはなおでしょう。

もうひとつ一緒に注文するのが、「肝付鮑」です。
これが美味い。何と650円!
他所ではこの値段ではとても食べられません。

鯨刺、海鼠酢、サザエの壺焼き、鰈煮、鰻、天ぷら類、サラダ・・・・・・。正面をメインに両脇の壁まで貼られた短冊の数はざっと180品目。
これに「本日のおすすめ」が掲示されていますので、これを加えれば200品目です。
こんな多様多彩な品書きを他に見たことがありません。
選ぶのがむずかしい、というより飲みながらこの短冊を眺めて時間が過ぎてしまいます。
(もっとも、遠いところはよく見えないのですが。)

これだけの品に対応する食材を揃えておいて即座に注文に応じられるのは、すごいというほかありません。
それに、どれもこれも一人前の量が半端じゃないのです。 

でも、この店はひとり呑みの人が多いのです。
入りやすいのでしょうね。
開店時に並ぶのは、退職者とか早番明けの人と推測されます。
ですので、ひとりで飲んでいる人はそれほど多くの肴をとりません。
ひとり呑みの人たちは、静かに酒を楽しむ人ばかりです。

年配の夫婦もよく見かけます。
午後6-7時になると、同僚や友人と連れ立った若い年齢層の人たちに入れ替わります。
酒場は次第に会話の熱気に膨らんでいきます。

もう一つの特徴は、地元の人たちよりも、かなり遠方から来る人が多いことです。
盛名を馳せているせいか、関東一円から上京したついでにこの店を目指して来る人たち、地方から出張できたので一度来てみたかったという人たち、ガイドブックで見たという人たちなどなど。
ひとり飲み同士、ときには話の弾むことががあります。

さて、何が人々をここに引き寄せているのかということです。
『魚三酒場』の魅力とは、安くて美味いだけでなく、典型的な日本の大衆居酒屋のスタイルが失われていないことにあります。
一言で言えば、ここに集まって来る人たちは〔昭和の大衆性という空気感〕を愛している人たちです。
ノスタルジックな雰囲気に浸ることで安寧な気持ちが得られるのでしょう。
ここで酔いつぶれる人を見たことがありません。
ひとり飲みの人もどこか嬉しそうな表情をしています。
ここは天国で、悲しい酒を飲みに来るのは似合わない酒場なのでしょう。

最近は外国人のグループが多くなりました。
SNSなどで広がって、東京に来たらこういう店に来てみたいということでしょう。

小ナマと酒2杯、料理を入れても3,000円を超えることはありません。
ノスタルジックな大衆居酒屋で、酒と美味い肴を食べて、ほろ酔い気分になれる、これぞ生きる最大の意味だと確信します。

2,018年1月