酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

No.9 ニューカヤバはレトロな立ち飲み

渋谷の『富士屋本店』、四谷の『鈴傳』と並んで名高い立ち飲み屋『ニューカヤバ』へ初めて行ってきました。

地下鉄東西線の萱場町駅の階段を上がると、小寒の震え上がるような冷たい風がコートの下から這い上がってきます。思わずコートの裾を手で閉めました。
『ニューカヤバ』は証券会社の並ぶビル街からチョッと路地を入ったひっそりとした場所にありました。川べりの古ぼけたビルの軒下には"焼とり ニューカヤバ"という大きな赤提灯が下がっていますが、そこはガレージで、外からは到底居酒屋があるようには見えません。車の脇を進むと、縄のれんの奥に店の明かりが見えました。

入り口の貼り紙に思わず目が行きます。"犬にさわらないでください。噛み付きます"とあります。店の入り口なんかになぜ犬がいるのかと思いながらおそるおそる辺りを見回します。しかし、それらしき影は見当たりません。開店中はどこかほかに移されているのでしょうか。

引き戸を開けると、すぐ左手にビール用の冷蔵庫とごく狭い調理場があり、広くはない店内にはデコラの円テーブルが10卓ほど配置されています。入り口の割には、実に入りやすい店です。すべてのテーブルに人が着いていますが、立ち飲みとしてはまだ余裕があります。中ほどのテーブルに3人組がいて、私が近づくと自然にスペースをつくってくれました。これが立ち飲み屋のルールといえばルールですが、いつもながら席に着けると感謝の気持ちが湧きます。

ここで、『ニューカヤバ』の原則を先に述べてしまいます。
女性だけの入店はお断りです。ということは必ず男性同伴でということです。ビール以外の酒類は自動販売機で売られています。しかもなんでも100円という信じがたい値段です。アテはすべてカウンターにある見本をもとに現金と引き換えに買い求めます。焼き鳥だけは生の串刺しを買って奥の焼き場に行き自分で炭の上に乗せて焼かなければなりません。焼酎やウイスキーを買ったら、カウンターのところに備えられている氷と水を適当に入れて席に戻ります。飲み終わって帰るときにはカウンターの端の下げ場にコップと皿を返します。
まあ、ざっとこんなシステムです。徹底した省力化ですが、開業当時からこんなスタイルだったのでしょうか。気楽といえば気楽で、初めての私もすぐに慣れました。

サッポロラガービール赤星を買って、まず一杯。アテは新香の150円から50円刻みで鮪刺しの300円まで14,5品目というシンプルさ。蛸ぶつと厚揚げ焼を買ってテーブルへ持ち帰りました。

お腹も気分も落ち着いたところで、店内をゆっくり観察します。
酒類の自動販売機というのも今では極めて珍しい代物です。日本酒、芋焼酎、麦焼酎、黒糖焼酎、ウイスキーの5台が調理場と反対の壁にズラリと並んでいます。その上の壁には、木村拓哉が新聞を広げて競馬のテレビ放送に見入っている JRAの大きなポスターが貼ってあります。これが実にこの店に似合っています。それもそのはず、この店で撮影したものだからです。

突き当たり奥の二間の窓には、またなにやら貼り紙が。近寄ってみると、"窓は開きません"とあって、窓の把手の辺りには、あちこち棒板が打ち付けられています。窓を開けようとすると、枠がグズグズッと壊れてしまいそうです。とにかく、暑いからといって窓を開けられないのは確かです。

店の人は家族らしき人たち3人です。昭和39年の創業ということですから、多分二代目夫婦とおばあちゃんかと思います。3人ともいつもニコニコと愛想がよく、とても親切です。ヒョロヒョロと背の高いジャージ姿のご主人は、飄々とした風貌で、人懐っこく、親しみを感じます。ここにチェーン店では真似できない商売の秘訣があるようです。

『ニューカヤバ』には、まるで時代に取り残されたかのように昭和がそのまま残っています。新しくなったのは張替えられた板壁とテレビくらいで、ほかの何もかもが創業当時のままではないかと思われます。かといって、暗いイメージはどこにもありません。

横浜の『武蔵屋』とはまた一味違った平和な空気があります。どこが一番違うかといいますと、『ニューカヤバ』が立ち飲みであることと客層でしょうか。『武蔵屋』は年配者ばかりで、まったりとした穏やかな空気でした。そこへもってくると、『ニューカヤバ』は中高年者が中心ですが、若い人たちも三分の一くらい混じっています。風体もネクタイ姿のサラリーマン、作業服姿の人、ブルゾンやジャージ姿の人などさまざまです。一日の仕事を終えた人たちがそれぞれの思いを抱きながら集っているという雰囲気です。その分だけ店内のにぎやかさも違います。変わりがないのは飲んでいる人たちが屈託のない顔をしていることと、空気がゆったりとしていて騒がしくないことでしょうか。

次は何にしようかと短冊の品書きを眺めます。隣の人の鮪刺しも美味そうです。焼き鳥は、焼き場の周りに人がびっしり張り付いているのでやめておきましょう。
おでんと煮こごりを買って来ました。それから日本酒を一杯、日本盛です。

小一時間の滞在になりましたが、居心地が良かったせいか、そんなに長くは感じませんでした。店は9時までと居酒屋にしてはたいそう早仕舞いですが、私が帰ろうとした8時頃にはますます込んできて、いつまでも酒場の賑わいは消えそうにありませんでした。

外に出ると、ビルの間の地面をさらうように吹き抜けてきた寒風が温かい体に突き刺さります。永代通りに出て橋の袂に立つと、その下には流れが止まったような静かな川面があり、両側の古いビルから漏れる明かりがゆっくりと揺れています。
橋から眺める川の夜景にも、どことなくレトロな雰囲気が漂っていました。

No.8 おいしい生ビール

私は、普通であれば、居酒屋に行った時、最初にビールを頼むのを習慣にしています。口の中に何も料理の味がしないうちに、まずはビールを一杯味わいたいと思うからです。冷たいビールが口に入り、喉元を過ぎて胃に落ちて広がっていく時の、「アァーッ」と声を出したくなるほどの開放感が何ともいえません。それで一日の疲れやアカが洗い流されるようです。

最初のビールが美味しいということはいいことです。これから食する料理を上等な状態で迎えるための準備のようなものです。やはり瓶ビールよりも生ビールですね。瓶ビールはどこで飲んでもそう大して味に違いは感じられませんが、生ビールは店によって大いに味が違います。
さて今回は、極上の生ビールを味わった体験を再現してみたいと思います。

時は、1ヵ月ほど前にさかのぼります。大塚の『こなから』という店を訪問しました。大塚には、『江戸一』、『串駒』、『きたやま』など質の高い名店が揃っています。

『こなから』は初めてですが、下調べで、予約が必須とありましたので、友人を誘って二日前に予約しました。「こなから」とは、半分の半分、すなわち四半分の意味で、「小半」・「二合半」と書きます。「小半酒」といえば、二合五勺の酒または少量の酒を意味します。(広辞苑)

中へ入ると、まだ客は一組しかいません。こざっぱりした、清潔感の漂っている店内です。中年に差し掛かったかという、坊主頭の主人が愛想よく迎えてくれます。
「入り口のテーブル以外なら、どこでもお好きなところへどうぞ」
今日は金曜日ですが、予約の取れない店としてはめずらしくすいているのかもしれません。奥のテーブルへ案内してくれたのは奥さんでしょうか。

相棒と品書きをゆっくり眺めます。こういう店ではこういう時間が大事です。日本酒の銘柄は20種類以上、焼酎も負けないくらい揃えてあります。しかも、銘柄としてはどちらかというとマイナーな部類のものが多く、さすが酒揃えで有名な店だけのことはあります。酒肴の種類はそう多くはありませんが、品書きから料理にこだわっている姿勢が伺えます。
まずは、ビールを注文。

注文する肴を決めて、そろそろと思ったときに生ビールが運ばれてきました。銘柄は、キリン「ブラウマイスター」です。薄くて軽いグラスに、ビールがいい感じです。見事なくらいにビールと泡の割合が7:3に注がれています。

ビールを陶器の重い器に入れて出すなどというのは、気取っているようですが間違っています。ビールは、グラスでビールの色や泡を眺めながらでないと絶対に美味しくありません。誰かが、どこかで書いていました。ビールを薄くて軽いグラスに入れると、ビールをそのまま持ち上げているような気になると。

まずは一口目。
滑らかな口当たり。舌先で泡のきめ細かさがわかります。さわやかな苦さ、ほどよい冷たさです。ビールを一番美味しく感じる温度は、4―5℃だそうです。上唇で泡を抑え、大口で喉へ流し込みます。ウーン、クリーミーで、喉越しがいい。
うまい。ウォーッ、泡が口の周りについて、弾ける。グラスの中には、まだたくさんの泡が残っている。

グラスの底に残ったビールを飲み干す時、不味いと感じるのは、ぬるくなってしまっているのと、泡がなくなってしまっているからです。ですので、ビールは泡が残っているうちに早く飲んでしまうほうがいいのです。ビールを続けて2杯、3杯と飲み進むにしたがってだんだんペースが遅くなるのは当然です。そうすれば、時間がかかる分だけビールは不味くなってしまいます。ですので、私は生ビールは最初の一杯だけと決めています。

本来、美味しい生ビールは、品質、温度、洗浄が管理されていれば、どこの店で飲んでも同じ味わいが得られるはずです。ところが実際は一店一店違っているのです。極端に言えば、ビールの出し方を見ただけで、その店の酒と料理へのこだわり方がわかります。

ビールを口元に持っていったときに、生臭い臭いがしたり、変な味がしたりするのは、間違えなくサーバーの洗浄・管理が行き届いてないからです。美味しい生ビールを提供するためには、ビールの注ぎ方とともに、サーバーの清掃に気を配らなければなりません。それに、なによりグラスやジョッキをきれいによく洗い、丁寧に水を拭き自然乾燥させることです。

二口目、三口目と飲み進むと、白い泡の線がグラスにリング状に刻まれます。泡もちのいい証拠です。あまりにも見事なエンジェルリングでした。

私が言うまでもないのですが、ビールを注ぐ角度は、最初は泡を立てないように60度に傾けて、そこに溜まり始めたら少し直して45度で本体を、最後はゆっくり静かに縦に戻します。泡は細かければ細かいほどいい。口で言うほど簡単でないのは、どこの店でも同じようにできるわけではないのを見てもわかります。もっとも今は自動ビールサーバーなんていうものもありますが。

残念ながら、ご主人が注いだのか、奥さんが注いだのか見ていませんでしたが、単に○○マスターとか、○○の達人という資格を持っているというだけでなく、『こなから』にはそれ以上のものを感じました。これだけで、もう後は何も語らなくてもいいようなものです。『こなから』というと日本酒という方が多いかもしれませんが、必ずビールも美味しく飲めるでしょう。

突き出しは、蜆のお澄まし。注文した刺身の盛合せも、マグロなど入っていません。のど黒、かつお、金目鯛、しまあじ、しめ鯖です。どうです、この組み合わせ、美味しそうでしょう。この刺身へのこだわりは、四谷の『萬屋おかげさん』、恵比寿の『和』(なごみ)に通じるところがあります。

ビールのあとは福井の『早瀬浦』を燗で注文。ほかには、生牡蠣、堀川ごぼうのから揚げ、栃尾の揚げ焼き、香の物。料理はすべて、文句なし。いつの間にか、店内は満員になっていました。

私たちが飲んだのは、「こなから」で、ほどよい加減でした。

No.7 武蔵屋は永遠の居酒屋

行ってきました、幻の居酒屋『武蔵屋』へ。

11月末の雨のそぼ降る夕方、横浜・桜木町の駅に降り立ちました。

伝聞によると、『武蔵屋』は看板も出ていない民家ということです。居酒屋のガイドブックや情報誌には、「地図はお店の都合により掲載しません」とあります。これだけで十分な神秘性があります。
しかも、開店するのは週3日間だけです。これに加えて、店を営む老姉妹が八十代後半という高齢のために、時々長期にわたって店を閉めることがあるとも聞いていました。もしかしたら、店はもう閉じられてしまっているかもしれません。店が開いているか不明なのですから、武蔵屋で酒を飲めることになったら、僥倖に恵まれたというしかありません。

野毛の商店街を外れて脇の小道へ。ここまで来てしまってから、閉まっていたらどうしようか、電話をしてみればよかったな、混んでいて入れない場合にはどうしようかなどという考えが頭をよぎります。

緩やかな坂を上り、見当をつけた辺りをぐるりと一回りしてみましたが、それらしき店は見当たりません。もう一度と思って角を曲がろうとしてひょいと見上げると、平屋の玄関から明かりの漏れる民家がありました。
木の塀があって、中には2、3本の木が植わっています。しかし、看板はありません。これだと思いながら石段を登って入り口に立ち、恐る恐るガラス戸を開けます。

ここだ、ここだ。みんな談笑しながら気持ちよさそうに飲んでいるではありませんか。右にカウンターがあって、左にはテーブルが2卓、奥には小上がりがあります。カウンターとテーブルはすでに一席残らず占拠されています。
店が開いていたことに気が緩んだのか、入り口にボーッと佇んでいると、「おひとり?」とカウンターの向こうから声がかかりました。

「奥の座敷にどうぞ」と案内されます。私は、これが武蔵屋かという昂ぶる気持ちを抑えて店の中を眺め回しながら奥へと進みました。

座敷というのはなぜか畳4枚と中途半端な広さです。ここに座布団が14枚敷かれています。そして、すでに6人が座っていました。14人は窮屈だと思いますが、私を入れてあと6人は大丈夫そうです。でも、たった4畳に10人以上が座れるなんて発見です。

誰か素人がこしらえたかと思うような頼りない、低くて細長い座卓が4つ置かれています。周りの壁は全部板張りです。山小屋と言われれば山小屋のような、見るからにすべてが質素なつくりです。

頭の上にはぐるり四方に額がかけてあります。それらは、色紙だったり、絵だったり、写真だったりしています。平山郁夫という名前の色紙があります。写真には、創業者の木村銀蔵さんが写っています。居酒屋の主人にふさわしい、いい名前だと思います。
額は、テーブル席の上にも、カウンター席の上にもかけられています。画家に政治家に作家、どれも有名人が贈ったものなのでしょう。

ここには昭和がそのまま生きています。骨董的存在ではなく、今もそのまま暮らしが息づいているという感じです。人をノスタルジックに包み込んでくれるやさしい風景です。

店の人は、老姉妹と学生アルバイトと思しき男女2人の4人だけです。まだ、開店したばかりの時間帯なので、若い人たちがコップを席に置いたり、突出しを配ったりしています。

この店のしきたりというのをあらかじめ覚えてきました。酒は3杯まで、品書きはなく、酒の肴は決められた5品ということです。

私のところにも、若い女性がコップと最初の肴を持ってきました。おからと玉葱の酢漬けが小皿に盛られています。
「お酒でいいですか」と尋ねられ、「はい」と答えます。
いつもならば、まずはビールを飲むところですが、普段は酒を3杯なんて飲まないので、今日はがんばって酒だけでいってみましょう。あとは、ここのしきたりに従ってただ待つだけです。

間もなくして、老婦人が、というよりもここではおばあちゃんといったほうがふさわしいと思いますが、土瓶に入れた酒を持って回ってきました。
「お待たせしました」と言って土瓶を高々と上げコップめがけて注ぎます。こぼれんばかりの表面張力でピタリと止めました。見事な技です。
周りの人を見ますと、最初の一口は、誰もが腰を屈めて顔をコップに持っていき、すすり込んでいます。私もそれに倣って一口すすります。燗の温度も絶妙です。
酒は桜正宗。美味い。

小上がりにいる人たちはみんな常連のようです。しかも年配の人ばかり。おばあちゃんのことを「おかあさん」と呼んでいます(ここからは私も「おかあさん」と呼ばせてもらいます)。酒を注いで回っているおかあさんがお姉さんのほうで、今年米寿のお祝いをしたそうです。お元気です。

ここで騒ぐ人はいないでしょう。かといって、厳粛な雰囲気は微塵もありません。ここに集う人たちはみんなが、ずっと知り合いで、和気藹々と人生のひと時を楽しんでいるといった雰囲気です。誰でも暖かく迎え入れてくれる、分け隔てのない空気に好感が持てます。

酒がなくなったのを見計らって、今度は若い男性が土瓶を持って現れ、上手な手つきで注いでくれました。アルバイトなのでしょうか、それにしては上手い。おかあさんと同じくらいの技があります。

納豆と鱈豆腐の小鉢が運ばれてきました。鱈の塩味が効いて、美味しい。鱈豆腐の味は、私にとっては懐かしい味です。

お姉さんおかあさんは、人たちの間に立って談笑を愉しんでいます。妹さんはお燗器の前のいすに座ってニコニコと店の中を眺め回しています。

この店には妙にさっぱりとした清らかさがあります。色が抜けているというのか、生臭い浮世など無縁な不思議な安寧を醸し出しています。そういう意味では、ありそうでなかなか出会えない非日常的な空間でしょう。

3杯目も、若い男性が上手に注いでくれました。
5品目の肴の漬物が出てきました。

私は、入り口近くにある銅製のお燗器が気になりました。これに近いものを御徒町の「八幡屋」で見たことがあります。おかあさんが近くに来たので、話を伺いました。

武蔵屋の創業は大正8年で、このお燗器は昭和10年製だそうです。75年前のものということになります。二層構造になっていて、下部には練炭を入れ、上部の水槽を熱します。湯の中には錫の管が2周り巡らされていて、上の入り口から注いだ酒は管の中を回って温められ、下の蛇口に到達して土瓶に入れられます。
許しを得て写真を撮らせてもらいましたので、それをご覧ください。
 

CIMG1371.JPG

CIMG1372.JPG

ほぼ1時間の滞在でしたが、3杯を気持ちよくスルスルと飲んでしまいました。初めての訪問なのに、前からの馴染みであるかのような居心地の良さがあります。それはこの店の歴史とおかあさんたちの自然な穏やかさとそれを受け入れてきた客たちが作り出す和やかな空気によるものでしょう。
居酒屋は酒や料理で決まるものではないということを武蔵屋は教えてくれています。

私がいる間には小上がりに新しい客は来ませんでした。しかし、長居は無用とお勘定をお願いすると、なんと2,200円でした。

外に出て冷たい空気に触れると、武蔵屋がなぜこんなにも愛されるのかがわかってきました。"幸福とは何か"という命題に対する答えがここにあります。

武蔵屋がいつまで営業できるのかわかりませんが、ここに集う人たちにとって武蔵屋は永遠の居酒屋です。

翌日になっても武蔵屋の不思議な空間が私を包み込んでいました。
昨夜私が訪れたのは幻のユートピアだったのでしょうか。