酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

No.3 「勝どき・かねます」訪問記

週に2、3回は居酒屋を巡ります。訪ねた居酒屋のすべてについて、何か書き留めておきたいけれど、なかなかそういうわけにはいきません。そこで、どうしても書きたいという店に出会ったときにだけ、[酔遊記]に載せることにします。
 


先日、勝どきにある『かねます』に行ってきました。ハイグレードな立ち飲み屋としてその名を知られた名店ですが、これまで訪問の機会に恵まれませんでした。
『かねます』は、開店が午後4時と早いのです。しかも、売り切れたらおしまいと聞いていましたので、なかなか足が向かなかったのです。

その日はたまたま、夕方、銀座のほうに出かけ、早く用事が済みました。かなり強い雨が降っていたので、こういう日ならすいているに違いないと考え、6時頃でしたがタクシーを飛ばして行きました。

清澄通りに面した小さなビルの1階。縄のれんを分けて引き戸を開けると、どうでしょう、入り口まで人が溢れています。ウヮーンウヮンと、会話の声がうねって耳に飛び込んできます。
右側に厨房があり、左側には通路を挟んで両側にカウンターがあります。

背伸びをして奥を覗いて見ても、カウンターには客がびっしりと張り付いています。細長い狭い空間に30人以上はいるでしょうか。

カウンターの中にはオーナー親子(事前情報で知っていましたが、顔がそっくり)が忙しく動き回っていて、今入ってきた客などには目もくれません。。
一瞬、気持ちがひるみ、あきらめて帰ろうかと思いました。しかし、店は奥に細長く、入口辺りはともかくとして、入っていけば何とかなるのではないかと気を取り直して、人を掻き分け進みます。

三分の二ほど行ったところで立ち止まると、騒々と人影のそよぐようにして、壁側のカウンターに私のスペースができました。誰にともなくお礼を言ってそこに立たせてもらいます。渋谷の富士屋本店でも、虎ノ門の竜馬でも、こんなには込んでいないでしょう。

更に奥には通路に立っている人もいます。場所が確保できてほっとし、周りの人たちの顔を眺め回す余裕が出ました。何だかみんなニコニコと幸せそうな顔をしています。女性も6人いるじゃありませんか。

今度は、早くこの人たちの仲間に入りたいと思い、店の人のほうを見るのですが、わざとこっちを見ないようにしているかのように目をくれません。黙々と料理を作り続けているのです。
「こっちから注文言わなきゃ、だめだよ。向こうから何にしましょうなんて絶対に言いこないから」と、傍の人が見かねたように教えてくれました。

品書きは黒板に書いてあるが、酒については書いたものが見当たりません。どうも一見さんは相手にしていないのではないかという懸念が頭をもたげてきます。
「酒のメニューはないんですかね」。
私は親切な隣人に聞いてみました。
「ここじゃぁ、ウイスキーハイボールがメインで、ほかはビールと日本酒だけ。日本酒は常温か燗を選べるけれど、"幻の瀧"一銘柄」と教えてくれます。
確かに、見える限りではみんなハイボール。『かねます』のハイボールはそんなにおいしいのか。でも、私はあまり好きではありません。

ここから声を張り上げて注文しても、喧騒にかき消されてしまいそうだなと逡巡しているときに、不意に、若くもない息子さんのほうが顔を上げて私を見たのです。この機会を逃してはならじと「生ビール」と声を上げました。
「生ビールは黒エビスだけ」と返事があります。
こんな状態では何でもありつければ御の字と「はい、けっこうです」。

黒板のメニューに目をやるが、読めません。周りの人が食べているものに目をやりながら、何であるかを確認します。
ウムッ、ともう一度黒板に目を凝らしました。ツマミは最低が800円からです。その上が1,200円、1,500円、1,800円、2,000円とあります。思わず「高い」と出そうな声を噛み殺しました。噂には聞いていましたが、それでもたかが立ち飲み屋ですからね。

しかし、それを承知で来ているのですから、食べたいものを食べようと覚悟を決めました。ほかの客は、こんなことを思わないのかなァ、でも、これだけ込んでいるというのは満足して帰れるということなんだろうなんて考えながら、「かねます名物・生うにの牛肉巻き」(以下、うに牛と称します)と、土瓶蒸しを注文。

もう片方の隣人である中年女性が「あんかけ生ゆばも、この店の絶品ですよ」と言ってくれましたが、まずはとりあえずこれを食べてみて。
ほかのメニューはというと、タコブツ、生麩の田楽、あん肝、しめ鯖・・・・・・など18品しかありません。どれも私の好物ばかりですが。

この混雑ぶりでは、注文してもなかなか来ないのだろうと半分あきらめて待っていると、若主人のほうが、すばやい動作で人垣を掻き分けビールを運んできて、無言で立ち去りました。
ここに来るまで、蒸し暑くて汗のかき通しだったので、期待よりも早くビールが届いたことが嬉しく、さっそく喉を潤します。うまい。

客の多くは連れ立ってきているようで、見た感じでは8割以上が店のルールをよく心得ている常連さんじゃないかと思われます。

そうこうしているうちに、また若主人がうに牛を持ってきました。しかし、あいかわらず何も言わずにそれを置くと、スーッと厨房に戻りました。実に早業です。

長い皿にうに牛が4貫のっているではありませんか。牛肉を軍艦状に巻いて、その中にギュウーッと生うにを詰め込んだという感じです。霜降りの牛肉とうにの色とが重なって鮮やかな美しさです。一目見たときから唾液が口内に溢れてきました。

チョッと山葵をつけて一つ目を一口でウグーッと。牛肉の脂分とうにの甘さが溶け合って、何とも言えない美味しさです。早く食べてしまってはもったいないので、二つ目以降は二口に分けて食べました。これは日本酒よりもビールに合います。

うに牛を堪能しているうちに、土瓶蒸も出てきました。
これだけ大勢の客がいるのに、よくまぁ、料理がすばやく出てくるものだと感心してしまいます。

見ていると、二人が言葉を交わすことなく猛烈に動き回っています。親爺さんのほうは八十近い年恰好ですが、見かけに似合わない迅速な動作です。若主人の料理を作る手際のよさ、無駄のない動線は、見惚れるばかりです。

二人の間には、はっきりとした仕事の分担があって、わかり合っているからこそ何も話さなくても流れるように呼吸が伝わるのでしょう。
それに、厨房が清潔そうに見えるのが、何よりその空気を証明しています。

やがて土瓶蒸が運ばれてきました。
土瓶蒸も具沢山で美味しい。松茸も十分入っている。

ここで燗酒を注文。
誰のところを見ても伝票というものはありません。

出てくるまでにチョッと時間がかかりましたが、忘れてはいませんでした。私が後ろを向いている間に、いつの間にか近づいて、サッと置いて戻っていきました。
大振りの湯飲み茶碗のような容器に、酒がなみなみと注がれています。これは1合以上あるかもしれません。

もう一品食べられそうだと思い、声を上げて白子の刺身を注文しました。
声が届くと、若主人がチラッと顔を上げ、目で合図を送ってきました。
この店では目線が大切にされているのがわかります。どうやら、忙しいだけで、不親切ということではなさそうです。

近くにいた四人連れが帰ります。席が空くと、当たり前のように、周りの誰もが少しずつ移動して自分のスペースを広げます。ようやく少しゆったりしたなと思ったのもつかの間、待ち合わせていた客の相方が入ってきて、また静かな波が起こって詰まりました。まさに縦横無碍です。

透き通るような白子が来て、これが酒に合う。
そこで、すでにほろ酔い加減だが酒をもう一杯追加。

あぁ、美味かった。
時計を見ると、もう7時半。
立ち飲みであることに違和感を覚えなかったから不思議です。

お勘定は7,400円。少々いつもより高かったけど、料理には文句なしに満足。
それにしても、伝票をつけている様子もないのによく数多くの注文を記憶し、間違わずに会計ができるものです。

欲を言えば、酒の種類や出し方にもこだわってほしいが、ここに来る人は酒なんてどうでもいいのかもしれません。みんなこの料理が目当てで集まってくるのでしょうから。ジョエル・ロブション、フェラン・アドリア(何者かは知らぬが)も訪れたことがあるそうです。

それから、料理は一人では量が多いかもしれませんので、来るときには連れがいるほうがいいかもしれません。そのほうが割安になります。

それにしても、とにかく寡黙な親子でした。

気が向くままに長々と書いてしまって、これをいったい誰が読むのだろうかと思いつつ終わります。

No.2 私の居酒屋

これから居酒屋の話をいろいろご披露しようと思っているのですが、それにはまず居酒屋の定義―というと大げさなので、話の前提になる「私にとっての居酒屋とはどういうものか」について少し語っておきます。

広い意味で酒を売って飲ませるところは、すべて居酒屋といえます。でも、[酔遊記]では居酒屋というのを私の嗜好にもとづいて取り上げさせていただくことにします。


そこで、酒歴44年の経験をもとに、自分なりに良い居酒屋の条件というのを挙げてみました。
  ① 個人経営であること
  ② 酒肴が美味しいこと
  ③ 大衆的であること
  ④ 居心地が良いこと
  ⑤ 日本的であること
  ⑥ 不潔でないこと

 以下、もう少し詳しく解説してみます。


1.個人経営であること
私にとって居酒屋の一番の魅力は、店主が長く大事に育て上げてきた店の味わいや風情が感じられるところです。それが立ち飲みであってもいいのです。[酔遊記]では、あくまで個人の店主が個性で営んでいる店を中心にしたいと思います。
チェーン展開する店は一般に大衆的かもしれませんが、店のあじわいも人情の機微もありません。チェーン店が嫌いなわけではないのですが、正直なところ、系列が違っても同じような看板、似たようなメニュー、マニュアル化された店の人の応対と、あまり違いがはっきりしません。ですので、良い居酒屋を論じる対象としては除いておきます。

2.酒肴が美味いこと
美味しい酒肴は、酒と一緒に人を幸せな気分にしてくれます。居酒屋は一般的に、素材を生かしたシンプルな料理を提供するのが特徴でしょうが、凝った創作料理を建前にしているところもたくさんあります。居酒屋とはいえ創作料理に力が入っている店に出会うと嬉しくなります。
しかし、私は酒肴は決まりきったもの―刺身、焼き鳥、豆腐といった定番メニューでも一向に構いません。冷奴ひとつとっても、店によって出し方がそれぞれ違います。豆腐の仕入れに気を使っているところもあります。葱だって、白葱のところもあれば、浅葱(あさつき)のようなところもあります。かつおぶしを山のように盛りつけるところもあります。生姜の量も違います。要は、おいしく提供されることが大切です。
単に居酒屋といっても、立ち飲みからチェーン店までさまざまな業態があります。店先で飲ませる酒屋がありますが、今では少なくなりつつあります。確かに、居酒屋の原点は酒屋での居酒ですが、店先や併設された場所で酒と乾き物や缶詰類を出すだけの酒屋は、美味な酒肴を望めませんし、私には落ち着きませんので、ここでは含めないことにしておきます。
酒を飲ませることを目的としていないような店、例えば料理屋とかレストランのように料理を食べさせることを中心とする店であっても、条件を備えていて酒を美味しく飲めるところは居酒屋に含めて論じたいと思います。
ここで、酒についてはどうなのかという意見が出るでしょう。いい酒が揃っていることも居酒屋評価の重要な条件になりえます。ただ、大衆性という点からは必ずしもそうはいえません。高い酒はやはり美味いのです。ですので、どういう種類の酒を提供するかは私の居酒屋の条件ではありません。
  
3. 大衆的であること
大衆的であることは居酒屋の重要な要件です。が、大衆性とは何で判断したらよいでしょうか。
第一に安いことです。安くて美味しいに越したことはないのですが、安いとはどのくらいのことでしょうか。私の最近の経験から判断しますと、3合ほど飲んで、つまみを3品ほど食べて3,000-4,000円くらいが、居酒屋としての大衆性の基準でしょうか。高くても5,000円以内といったところです。
第二は、居酒屋が醸し出している空気、雰囲気でしょう。居酒屋に集う人は基本的に酒飲みで、居酒屋の雰囲気が好きだから来ているのです(たまに、下戸でも好きで通う人がいますが)。仕事上がりの人たちがくつろいでワイワイガヤガヤとやっている様は、何とも言えず心が和みます。
ついでながら、タバコの煙がモウモウとしているのが大衆的イメージだったのは昔のこと、今はそういう店は少なくなってきています。しかも、禁煙という居酒屋も結構増えてきました。
第三は、どういう種類の人でも入れるということでしょう。居酒屋にいて年齢、性別、職業、服装などは一切関係ありません。誰でもが一つの箱の中に入れるところが居酒屋のいいところです。最近は、外国人を見かけることもめずらしくなくなりましたし、女性が連れ立って立ち飲み屋にいる姿も見かけます。
席が隣り合わせた縁でなんとなく会話が始まるというのも、職業や年齢に関係なく楽しいことであります。これはやはり大衆性にもとづいていることなのでしょう。
    
4.居心地が良いこと
温かくくつろげる場所であることは、嬉しいことです。うるさくてもかまいませんし、しんみりしていてもかまいません。一夜一夜を楽しんで大事に過ごしたい私は、今宵の居酒屋が心安らぐ場所であってほしいと願って足を向けます。
私の好きな居酒屋の基本は、カウンターがあることです。カウンターには一人で入りやすい空気が漂っています。本当は、一人のときには本や新聞を読んでもいやな顔をされない程度の気楽さがあれば嬉しいのですが、それもやはりその店の仕来たりや雰囲気を守ることが優先されます。
しかし、なにもくつろいだ空気ばかりが良いと言っているわけではありません。
きりっと酒飲みの空気が漲っている店も好きです。そういう店は、一歩足を踏み入れた途端、心が引き締まります。そして店を出たときに、妙な満足感が体の中に広がっているから不思議なのです。
居酒屋に集う人たちは店ごとに特徴があります。これはその店の哲学、酒、肴、価格、店構えなどで決まります。まさにこれらの要素が店の個性を構成しているわけで、その下に客たちも集まってくるわけです。ですので、店に集う人たちも居酒屋の雰囲気を決める重要なポイントです。どうも雰囲気が合わないなと思うと、自然に再訪が遠のきます。
もうひとつ、居心地の良さをサポートしているのは、店主を中心とした店の人たちの応対です。店の扉を開けたときの第一印象は大切です。気持ちの良い挨拶で迎えられると、自然に心が和らぎます。私は店の人と会話をしたいという気持ちは特にありませんが、滞在中は気持ちの良い時間を過ごしたいと思っています。店の人の応対というのは、どんなに混んでいるときでも伝わってくるものです。店の人も居心地を作り出している重要な要素です。
    
5.日本的であること
居酒屋評論家・大田和彦氏は、「居酒屋はノスタルジーの世界」であると言っています(2009年3月16日夕刊)。
入り口には赤提灯に縄のれん、壁には品書き札がベタベタと貼ってあり、一斗樽が正面にデーンと置いてあるなんていうのは、まさに日本的居酒屋の典型です。これに店の隅に神棚があったりすると、文句なしです。
確かに、太田氏の言葉のとおり、居酒屋を愛する理由のひとつに、いつまでも変わらぬものへの郷愁があります。
ただ、日本的であることが良い居酒屋の条件なのかといわれると、そうでもないかなという気持ちもあります。これはあくまで好みの問題です。別に、洋風度の高い居酒屋でも良い店はありますから。でも、日本的なものが感じられない居酒屋はあまりないように思います。やはり居酒屋は日本の文化です。
私は酒類はなんでも飲みますが、バーやパブのようなところへは、二軒目という以外、滅多に行きません。洋風居酒屋には自分ひとりではまず入りませんし、友人と一緒であってもあまり経験はありません。したがって、洋風居酒屋についても「酔遊記」ではあまり触れる機会はないでしょう。
    
6.不潔でないこと
店に入った途端に帰りたくなってしまうほど汚かったり、なんとなくでも不潔感漂う店があります。大衆性=不潔でもかまわない、ではありません。白木のカウンターがきれいに磨かれている店は、なんといっても気持ちが良いものです。
瓶のビールの場合、出されたグラスが汚れていたりすると、ビールの味や食欲がてきめんに落ちてしまいます。
料理だって、不味そうに見えたら必ず不味い。料理が不味いと、厨房も不潔なのではないかと疑いたくなってしまうものです。一度、そういう思いが浸み込んでしまうと二度とその店には足が向きません。

この6つが揃っていれば、私には文句がありません。一言で言えば、そういう店は趣き・味わいを大切にしている店だからです。
いつか、この条件をもとにした[わたしの居酒屋ミシュラン]を発表してみたいと思います。

No.1 ブログを始めるにあたって

私の人生で、仕事でもなく、趣味でもなく、生きていく上で必要とはいえないものでありながら、当たり前のこととして最も多くの時間と金を費やしてきたのは酒を飲むことです。

飲酒は、成人してからの43年間、飽きずに、中断もせず、それが原因で病気になるということもなく、孜々として続けてきた生活なのです。

10 月からホームページをリニューアルするにあたって、私自身のブログ、「しろくまタイムス」を始めることになりました。そこでどんなことを書こうかと考えてみたら、思いつくのは酒についてのことが多いのに気がつきました。私にとって、一日のうちの最も重要な時間は飲酒生活ですから、それは尤もなことです。

しかし、ブログが酒の話題ばかりでは、せっかく読んでくださる方に申し訳ないと考え、酒のことは独立させ、「酔遊記」として別立てにすることにしました。

私の人生で最も時間を費やしてきたこの生活習慣について思うことを書くのは楽しみでもありますし、案外、「しろくまタイムス」より自由に面白くかけるかもしれないと思っています。

実は、「酔遊記」を始めようとした理由は、もうひとつあります。

仕事にゆとりができ始めた2年程前から、居酒屋を訪ね歩くようになりました。それまでも居酒屋には毎週通っていたのですが、行きつけの店というのか、本郷や上野御徒町、お茶の水、神保町、それから我がホームタウンの熊谷などの通い慣れた20-30軒の店を順番に回っているようなものでした。

しかし、2年前くらいから、ひょっとして買い求めた居酒屋のガイドブックに惹かれるままに、未知の居酒屋を探訪するようになりました。そうすると、いろいろなことを発見したり、それまで気にもしなかったような些細なことが興味深く思えるようになったりして、何時の間にか週に2、3回の居酒屋巡りが、今や娯楽にまで発展してしまいました。

気がつくことを、気が向くままに、ブログの軽いノリで、けれどもガイドブックにはない切り口で書き留めてみたいと思います。

「しろくまタイムス」よりもこちらのほうが更新頻度が高くなるのではないかと心配ですが。

どうか、末永くお付き合いのほどお願いいたします。