酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

No.10 大阪流串揚げ体験記

串揚げ専門の居酒屋は、関西ではかなりポピュラーな印象を受けます。大阪に出張したときなどに暖簾越しに店内を覗くと、昼間からサワーなんかを傾けて楽しそうに飲んでいる人たちを見かけます。大概が立ち飲みのようです。

関東では、一般に串揚げ屋というと食堂をイメージしますが、最近は東京でも串揚げの居酒屋が広がっているようです。
串揚げだけを酒のアテにして飲むというのはどうも私の趣味に合わないし、それに食べ過ぎると胸焼けがするのではないかと思い敬遠していました。しかし、東京ではかなり流行しそうな兆しが感じられることから、物は試しと一度体験してみることにしました。

ガイドブックやネットによりますと、東京ではその類の店は新橋と新宿に多いようです。でもここは、大阪串揚げの有名店、田町の『たけちゃん』を訪ねることにしました。

田町の駅に降り立ったのは、19時頃。居酒屋でいえば、客足のピーク時です。「たけちゃん」は慶応通り商店街の賑やかなところにありました。店先に立つと、扉は開け放たれていて、店内は丸見え。奥に椅子席はあるものの、カウンターは満員です。でも、外で待つ人はなく、2-3分もしないうちに席が空きました。

席に着けたといっても、半身を引いたダーク状態です。鍵状のカウンターには10人ほどがいます。一串の値段は90円、110円、210円の3種類で、酒類はビール、日本酒、サワーのみです。至ってシンプルです。そうですねぇ、串揚げに日本酒は合いそうにありません。やはり最初はビールでしょうか。

注文したビールと一緒に湯飲みが置かれました。中に箸が入っていますが、なぜか1本しかありません。隣の人の湯のみにも同じように1本しかありません。湯飲みは食べ終わった串を入れるためであることは想像できますが、箸が一本入っているのはどういうことだろうかと考えます。カウンターの上には箸立てはなく、店の人は特に割り箸もくれません。

次いで、ステンレスのトレイ(これをバットというのだそうです)に盛られた生キャベツが渡されます。なかなか店のしきたりがわかりません。あわてて注文せず、チョッとの間見学に徹することにしました。今度は串揚げを受けるバットがカウンターの上の段に置かれました。カウンターには2人に一つの割合でかなり大き目のソースダレが置かれていて、板壁には「2度づけはだめよ」という貼り紙があります。

カウンターの向こうで一心不乱に鍋の中を見つめて串を揚げているのが主人のたけちゃんでしょう。その脇で、注文に応じて串を準備しているのが奥さんだと思います。何といっても二人の息が合っていますから。水切りの布巾の上に置かれている肉類も魚介類も野菜類も、すべての素材が新鮮そうです。

まずは、串揚げではないけれども大阪・新世界の名物、土手焼きを2本。土手焼きといっても焼き物ではなく、牛筋の味噌煮込みのことです。目の前で煮込まれている土手焼きが、ヒョイと摘まれて私の取り皿に載せられました。なるほど、やわらかくて美味い。ドロッとした味噌に生姜の風味が効いています。腹が空いていたために、あっさりとたいらげてしまいました。

さて、今度は串揚げです。90円は、チーズ、ちくわ、牛肉。110円は砂肝、もち豚、イカ、タコ、ウインナー、玉子、じゃがいも、かぼちゃ、ぎんなん、玉ねぎ、にら巻き、れんこん、ししとう、山芋、にんにく、こんにゃく、生しいたけ、なす。210円はホタテ、エビ、ベーコン、ヒレ、唐揚げです。板札の品書きにない季節のものもありましたが、何だったか忘れました。

牛肉、タコ、玉ねぎ、ししとうを注文。キャベツを手でちぎってソースダレに漬け、いったん取り皿に受けてすぐに口へ。ちょっと酸味のあるような、ウスターソースっぽい味です。この段階になって、「たけちゃん」では箸を使わないシステムになっていることが徐々にわかってきました。箸を使いたいときには 2本の串を箸代わりにして上手く使えということのようです。

手際が良いせいで、思う間もなく串揚げが登場しました。まさに揚げたてで狐色になったパン粉の上で油がピチピチはねています。バットのソースにゆっくり浸して口へ。カラッと揚がっていて衣がサクサクとします。これはビールが美味くなります。

次に、串揚げというだけでも脂っこいのにヒレ、ベーコン、もち豚と行きました。出てくるテンポがいいのです。もっともこの単価でトロトロやってたらソロバンに合わへんで。

3回目の注文は、紅生姜、こんにゃく、ナス、えび。何であったか忘れましたが、中には小麦粉の衣のものもあった気がします。これでもう腹いっぱい。ビールはもうアキマヘン。サワーにしとこか。関西でいうサワーは、関東の酎ハイのことのようです。

私も30分ほどで上がりましたが、実に客の回転が早い。これだけ見ていると繁盛しているなぁという印象を持ちます。値段の割には美味しく、不思議とそれほど脂っこさを感じませんでした。何が一番美味しかったかいいますと、紅生姜でしょうか。エビも美味しかった。
結局はわかりませんでしたが、湯飲みに最初に刺した1本の箸は、どうやら飲み物の勘定に関係があったのではないかと推測しています。

胸焼けや胃のもたれはありませんでしたが、こんなものを毎週でも食べていたら、すぐに3-4キロは太りそうです。やはり、たまに行くのが良いのではないだろうかというのが率直な感想です。でも、今度大阪に行ったときには、気楽に串揚げ屋に入れそうな気がします。

No.9 ニューカヤバはレトロな立ち飲み

渋谷の『富士屋本店』、四谷の『鈴傳』と並んで名高い立ち飲み屋『ニューカヤバ』へ初めて行ってきました。

地下鉄東西線の萱場町駅の階段を上がると、小寒の震え上がるような冷たい風がコートの下から這い上がってきます。思わずコートの裾を手で閉めました。
『ニューカヤバ』は証券会社の並ぶビル街からチョッと路地を入ったひっそりとした場所にありました。川べりの古ぼけたビルの軒下には"焼とり ニューカヤバ"という大きな赤提灯が下がっていますが、そこはガレージで、外からは到底居酒屋があるようには見えません。車の脇を進むと、縄のれんの奥に店の明かりが見えました。

入り口の貼り紙に思わず目が行きます。"犬にさわらないでください。噛み付きます"とあります。店の入り口なんかになぜ犬がいるのかと思いながらおそるおそる辺りを見回します。しかし、それらしき影は見当たりません。開店中はどこかほかに移されているのでしょうか。

引き戸を開けると、すぐ左手にビール用の冷蔵庫とごく狭い調理場があり、広くはない店内にはデコラの円テーブルが10卓ほど配置されています。入り口の割には、実に入りやすい店です。すべてのテーブルに人が着いていますが、立ち飲みとしてはまだ余裕があります。中ほどのテーブルに3人組がいて、私が近づくと自然にスペースをつくってくれました。これが立ち飲み屋のルールといえばルールですが、いつもながら席に着けると感謝の気持ちが湧きます。

ここで、『ニューカヤバ』の原則を先に述べてしまいます。
女性だけの入店はお断りです。ということは必ず男性同伴でということです。ビール以外の酒類は自動販売機で売られています。しかもなんでも100円という信じがたい値段です。アテはすべてカウンターにある見本をもとに現金と引き換えに買い求めます。焼き鳥だけは生の串刺しを買って奥の焼き場に行き自分で炭の上に乗せて焼かなければなりません。焼酎やウイスキーを買ったら、カウンターのところに備えられている氷と水を適当に入れて席に戻ります。飲み終わって帰るときにはカウンターの端の下げ場にコップと皿を返します。
まあ、ざっとこんなシステムです。徹底した省力化ですが、開業当時からこんなスタイルだったのでしょうか。気楽といえば気楽で、初めての私もすぐに慣れました。

サッポロラガービール赤星を買って、まず一杯。アテは新香の150円から50円刻みで鮪刺しの300円まで14,5品目というシンプルさ。蛸ぶつと厚揚げ焼を買ってテーブルへ持ち帰りました。

お腹も気分も落ち着いたところで、店内をゆっくり観察します。
酒類の自動販売機というのも今では極めて珍しい代物です。日本酒、芋焼酎、麦焼酎、黒糖焼酎、ウイスキーの5台が調理場と反対の壁にズラリと並んでいます。その上の壁には、木村拓哉が新聞を広げて競馬のテレビ放送に見入っている JRAの大きなポスターが貼ってあります。これが実にこの店に似合っています。それもそのはず、この店で撮影したものだからです。

突き当たり奥の二間の窓には、またなにやら貼り紙が。近寄ってみると、"窓は開きません"とあって、窓の把手の辺りには、あちこち棒板が打ち付けられています。窓を開けようとすると、枠がグズグズッと壊れてしまいそうです。とにかく、暑いからといって窓を開けられないのは確かです。

店の人は家族らしき人たち3人です。昭和39年の創業ということですから、多分二代目夫婦とおばあちゃんかと思います。3人ともいつもニコニコと愛想がよく、とても親切です。ヒョロヒョロと背の高いジャージ姿のご主人は、飄々とした風貌で、人懐っこく、親しみを感じます。ここにチェーン店では真似できない商売の秘訣があるようです。

『ニューカヤバ』には、まるで時代に取り残されたかのように昭和がそのまま残っています。新しくなったのは張替えられた板壁とテレビくらいで、ほかの何もかもが創業当時のままではないかと思われます。かといって、暗いイメージはどこにもありません。

横浜の『武蔵屋』とはまた一味違った平和な空気があります。どこが一番違うかといいますと、『ニューカヤバ』が立ち飲みであることと客層でしょうか。『武蔵屋』は年配者ばかりで、まったりとした穏やかな空気でした。そこへもってくると、『ニューカヤバ』は中高年者が中心ですが、若い人たちも三分の一くらい混じっています。風体もネクタイ姿のサラリーマン、作業服姿の人、ブルゾンやジャージ姿の人などさまざまです。一日の仕事を終えた人たちがそれぞれの思いを抱きながら集っているという雰囲気です。その分だけ店内のにぎやかさも違います。変わりがないのは飲んでいる人たちが屈託のない顔をしていることと、空気がゆったりとしていて騒がしくないことでしょうか。

次は何にしようかと短冊の品書きを眺めます。隣の人の鮪刺しも美味そうです。焼き鳥は、焼き場の周りに人がびっしり張り付いているのでやめておきましょう。
おでんと煮こごりを買って来ました。それから日本酒を一杯、日本盛です。

小一時間の滞在になりましたが、居心地が良かったせいか、そんなに長くは感じませんでした。店は9時までと居酒屋にしてはたいそう早仕舞いですが、私が帰ろうとした8時頃にはますます込んできて、いつまでも酒場の賑わいは消えそうにありませんでした。

外に出ると、ビルの間の地面をさらうように吹き抜けてきた寒風が温かい体に突き刺さります。永代通りに出て橋の袂に立つと、その下には流れが止まったような静かな川面があり、両側の古いビルから漏れる明かりがゆっくりと揺れています。
橋から眺める川の夜景にも、どことなくレトロな雰囲気が漂っていました。

No.8 おいしい生ビール

私は、普通であれば、居酒屋に行った時、最初にビールを頼むのを習慣にしています。口の中に何も料理の味がしないうちに、まずはビールを一杯味わいたいと思うからです。冷たいビールが口に入り、喉元を過ぎて胃に落ちて広がっていく時の、「アァーッ」と声を出したくなるほどの開放感が何ともいえません。それで一日の疲れやアカが洗い流されるようです。

最初のビールが美味しいということはいいことです。これから食する料理を上等な状態で迎えるための準備のようなものです。やはり瓶ビールよりも生ビールですね。瓶ビールはどこで飲んでもそう大して味に違いは感じられませんが、生ビールは店によって大いに味が違います。
さて今回は、極上の生ビールを味わった体験を再現してみたいと思います。

時は、1ヵ月ほど前にさかのぼります。大塚の『こなから』という店を訪問しました。大塚には、『江戸一』、『串駒』、『きたやま』など質の高い名店が揃っています。

『こなから』は初めてですが、下調べで、予約が必須とありましたので、友人を誘って二日前に予約しました。「こなから」とは、半分の半分、すなわち四半分の意味で、「小半」・「二合半」と書きます。「小半酒」といえば、二合五勺の酒または少量の酒を意味します。(広辞苑)

中へ入ると、まだ客は一組しかいません。こざっぱりした、清潔感の漂っている店内です。中年に差し掛かったかという、坊主頭の主人が愛想よく迎えてくれます。
「入り口のテーブル以外なら、どこでもお好きなところへどうぞ」
今日は金曜日ですが、予約の取れない店としてはめずらしくすいているのかもしれません。奥のテーブルへ案内してくれたのは奥さんでしょうか。

相棒と品書きをゆっくり眺めます。こういう店ではこういう時間が大事です。日本酒の銘柄は20種類以上、焼酎も負けないくらい揃えてあります。しかも、銘柄としてはどちらかというとマイナーな部類のものが多く、さすが酒揃えで有名な店だけのことはあります。酒肴の種類はそう多くはありませんが、品書きから料理にこだわっている姿勢が伺えます。
まずは、ビールを注文。

注文する肴を決めて、そろそろと思ったときに生ビールが運ばれてきました。銘柄は、キリン「ブラウマイスター」です。薄くて軽いグラスに、ビールがいい感じです。見事なくらいにビールと泡の割合が7:3に注がれています。

ビールを陶器の重い器に入れて出すなどというのは、気取っているようですが間違っています。ビールは、グラスでビールの色や泡を眺めながらでないと絶対に美味しくありません。誰かが、どこかで書いていました。ビールを薄くて軽いグラスに入れると、ビールをそのまま持ち上げているような気になると。

まずは一口目。
滑らかな口当たり。舌先で泡のきめ細かさがわかります。さわやかな苦さ、ほどよい冷たさです。ビールを一番美味しく感じる温度は、4―5℃だそうです。上唇で泡を抑え、大口で喉へ流し込みます。ウーン、クリーミーで、喉越しがいい。
うまい。ウォーッ、泡が口の周りについて、弾ける。グラスの中には、まだたくさんの泡が残っている。

グラスの底に残ったビールを飲み干す時、不味いと感じるのは、ぬるくなってしまっているのと、泡がなくなってしまっているからです。ですので、ビールは泡が残っているうちに早く飲んでしまうほうがいいのです。ビールを続けて2杯、3杯と飲み進むにしたがってだんだんペースが遅くなるのは当然です。そうすれば、時間がかかる分だけビールは不味くなってしまいます。ですので、私は生ビールは最初の一杯だけと決めています。

本来、美味しい生ビールは、品質、温度、洗浄が管理されていれば、どこの店で飲んでも同じ味わいが得られるはずです。ところが実際は一店一店違っているのです。極端に言えば、ビールの出し方を見ただけで、その店の酒と料理へのこだわり方がわかります。

ビールを口元に持っていったときに、生臭い臭いがしたり、変な味がしたりするのは、間違えなくサーバーの洗浄・管理が行き届いてないからです。美味しい生ビールを提供するためには、ビールの注ぎ方とともに、サーバーの清掃に気を配らなければなりません。それに、なによりグラスやジョッキをきれいによく洗い、丁寧に水を拭き自然乾燥させることです。

二口目、三口目と飲み進むと、白い泡の線がグラスにリング状に刻まれます。泡もちのいい証拠です。あまりにも見事なエンジェルリングでした。

私が言うまでもないのですが、ビールを注ぐ角度は、最初は泡を立てないように60度に傾けて、そこに溜まり始めたら少し直して45度で本体を、最後はゆっくり静かに縦に戻します。泡は細かければ細かいほどいい。口で言うほど簡単でないのは、どこの店でも同じようにできるわけではないのを見てもわかります。もっとも今は自動ビールサーバーなんていうものもありますが。

残念ながら、ご主人が注いだのか、奥さんが注いだのか見ていませんでしたが、単に○○マスターとか、○○の達人という資格を持っているというだけでなく、『こなから』にはそれ以上のものを感じました。これだけで、もう後は何も語らなくてもいいようなものです。『こなから』というと日本酒という方が多いかもしれませんが、必ずビールも美味しく飲めるでしょう。

突き出しは、蜆のお澄まし。注文した刺身の盛合せも、マグロなど入っていません。のど黒、かつお、金目鯛、しまあじ、しめ鯖です。どうです、この組み合わせ、美味しそうでしょう。この刺身へのこだわりは、四谷の『萬屋おかげさん』、恵比寿の『和』(なごみ)に通じるところがあります。

ビールのあとは福井の『早瀬浦』を燗で注文。ほかには、生牡蠣、堀川ごぼうのから揚げ、栃尾の揚げ焼き、香の物。料理はすべて、文句なし。いつの間にか、店内は満員になっていました。

私たちが飲んだのは、「こなから」で、ほどよい加減でした。