新年明けましておめでとうございます。
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今年は何回くらいアップできるかわかりませんが、時々開いてみてください。
とりあえず書きかけているのが2本あります。

さて、今日の沖縄居酒屋『てぃーだ』も3ヵ月前くらいからちょっとずつ書きためてあり、なおかつ気に入らないので10回近く書き直したり手を入れたりして、つい時間が経ってしまっていたものです。
長すぎるというご意見もいただいておりますので、半分くらいに削って掲載にいたりました。

家にいるようになって居酒屋への探究心も弱くなり、ひとりで飲み歩く機会がめっきりなくなりました。
家族と食事に行く店は何軒かなじみのところがありますが、居酒屋となると、もともと地元で一人で入ることはあまりなかったので、知っている店というのも多くはないのです。
そんな中で、先日の『秩父屋』に次いで最近よく通うようになった店があります。

沖縄居酒屋「てぃーだ」です。
自宅から歩いて行ける距離にあり、安くて、それなりに美味いので、気軽に行ける店として便利にしています。
てぃーだ外観


もう一昨年のことになってしまいましたが、6月末に友人と2人で3泊4日の沖縄旅行に行ってきました。
沖縄に行くのは初めてでしたが、いろいろなところを観て回り、多くを感じた旅でした。
観光地としての沖縄ではなく、日本の一部としての沖縄を初めて実感しました。
自分の中の沖縄が断片的な情報でつくられた沖縄であり、実際の沖縄とは余りにも隔たっていたのに強い衝撃を受けました。
そこには行ってみなければ知ることのできない歴史や現実がありました。

宿泊は3泊とも那覇市でしたが、アメリカ人がもっとたくさんいるのかと想像していたら、いちばん目立った外国人は中国系の人たちで、多分台湾からの観光客ではないかと思います。
考えてみれば、台湾と石垣島、宮古島は晴れていれば見えるくらいの距離でしょうから、交流が盛んなのは当然といえます。

首里城では、琉球国として中国と日本に翻弄されてきた歴史、こうした中で独立した言語から日本語への切り替え、首里城の焼失と再建など私なりに興味を持ちました。

ひめゆりの塔記念館では、ひめゆり学徒隊の悲劇を改めて学びました。

糸満市の平和祈念公園では、20万人もの人が戦禍の犠牲になった沖縄戦の悲惨さと、その後占領下のまま米軍基地を抱えることになった姿をあらためて知りました。
広島・長崎とは戦禍の様相が違いますが、沖縄が背負っているものはこれからも続くのかと思うと、心が痛みました。

「平和の礎(いしじ)」では、梅雨が明けたばかりの炎天の下、ひとりの老女が日傘を置いてひざまづき、墓碑銘にすがるようにして、刻まれた名前をなぞっているのを目にしました。
きっと6月23日の慰霊の日には来られなかったのでしょう。

嘉手納空軍基地やその周辺も一通り見て回りましたが、飛行機が行き交う爆音以外、実態はわかりませんでした。
ただ、沖縄にはいくつもの米軍基地があり、その面積は広大です。
ここが日本および米国の防衛の最前線であることはいやでも知らされます。
沖縄の人が置かれている状況は、米軍が日本にいるのを当たり前と思っている人にはすんなりとは理解できないでしょう。

北と西に向き合う日本の最前線は沖縄であり、有事の時に最初に攻撃されるのは沖縄であり、攻撃する場合は沖縄から出撃していくのです。
1950ー60年代、砂川闘争をはじめとして米軍基地のある各地で反対運動がありました。
今はそれも遠くなり、沖縄を除いて、本土で基地の反対に向き合う話は聞かれなくなりました。
そして、この20年で沖縄はもう元に戻れなくなってしまいました。

辺野古では、車を置いて工事の行われる予定の岬まで歩き、反対運動の現場まで行ってきました。
キャンプ・シュワブの入り口ゲートの向かいの歩道では、反対運動の人たちがテントを張っていました。近づくと、日本の警察官のような人たちがたちどころに寄ってきて、移動するよう手で指図をします。
これが同じ日本の姿なのか、ここは日本ではないのかと思うと、情けなく悔しい気持ちに駆られました。

私たちが旅行した後にも沖縄をめぐるいろいろな問題が持ち上がり報道されましたが、「こんなに頻繁に沖縄の問題が報道されているのだ」と気づかされました。行ってなければ、きっと今ほどリアリティをもって報道や記事に耳と目を止めなかったでしょう。


さて、さて、ずいぶん話がそれてしまいました。
沖縄は楽しいところでもありました。
美しい海岸線、水族館、気持ちの良いビーチなど、観光を楽しみました。

沖縄の食体験も私の先入観を打ち砕くものでした。
毎夜、食事処や居酒屋で沖縄の人たちと会話を交わしたのも沖縄の理解と親近感につながりました。

一日目の夜は、牧志公設市場でうみぶどう、イラブチャーという真っ青な魚の刺身、ソーキ蕎麦などはじめての沖縄料理を体験しました。
魚は真っ青だったり真っ赤だったりして、見慣れない原色の魚体にぎょっとさせられましたが、刺身はあっさりとした白身で、おっといけるじゃないかと気持ちを取り直しました。
そのあとまだ少し物足りない感じがしたので、ガイドブックで見つけた、市場の近くの大衆食堂の名店と呼ばれる『花笠食堂』に入りました。
中は私たちと同じくガイドブック片手の中国人旅行者で満員、まるでよその国ではなかろうかと錯覚しそうでした。
ここで煮付け定食というのを食べたのですが、これには参りました。正直に言ってまずかった。
煮染めたような色をした山のような煮物が出てきたのですが、見かけと違って味が薄いのです。

二日目は、本格沖縄料理を食べないわけにはいかないだろうということになり、奮発して『糸ぐるま』という店でフルコースを食べました。
店内は紅型や芭蕉布で仕しつらえた内装で、沖縄の空気感いっぱいです。
豆腐よう、チャンプル、ラフテー、イリチー、ミミガー和えなど聞いたことはあるが食べたことのない料理が11品も出てきて、食の沖縄を満喫しました。
女将さんがよく私たちの話し相手になってくれたので、そちらのほうがおもしろかったのですが、書くと長くなるのでやめておきます。

三日目の夜は、朝から長時間のドライブに行って疲れていたので国際通りに出て行く元気がなくなっていました。
そんな次第で、ホテルの近くで美味いものを食べようとぶらぶら探していると、偶然、『あぐん茶』という沖縄海鮮居酒屋を見つけました。
手っ取り早くそこに入ったのですが、この店が大当たりでした。

ひどく混雑していたのですが、店の人たちが親切で、わざわざ私たちのためテーブル席を空けてくれました。
客の多くは地元の人達でした。
ここで食べたものすべてが美味しかったのです。
店主が漁師も兼ねていて、魚や海藻を取った場所や取り方を説明してくれました。
店の人たちも優しくて親切で親しみやすかった。
沖縄の人はみんな人がいいのだと思わせる最後の夜でした。

どんなものを食べたかって?
いちいち話すと長くなってしまうので、料理の名前だけ挙げておきます。
ジーマミ豆腐、島らっきょう、島もずく、アグー豚とゴーヤのチャンプル(チャンプルはいろいろな食材を野菜といっしょに炒めます)、沖縄の刺し盛り。大体それでおなかがいっぱいになりました。
ちなみに、沖縄料理に付いている片仮名の意味ですが、「マース」は塩のこと、「ジーマミ」はゴマのこと、ソーキは豚の骨付きあばら肉のこと、テビチは豚足もしくは豚足の煮付けのこと、ラフティーは皮付きの三枚肉の角煮のことです。
それはなによりも、沖縄には立派に独立した言語が在ったということを示しています。

『あぐん茶』はとにかく安くて美味しくて、居心地が良かった。


今回の旅行で、もうひとつ特筆すべきことがありました。
私は泡盛とか黒糖焼酎はアルコール度数が高くて、臭いがきつくて好きではありませんでしたが、この旅行で毎日飲んでいたら好きになってしまいました。
土産に泡盛の古酒などを3本も買ってしまいました。

そういうわけで、すっかり沖縄の酒と料理に魅了されて帰ってきたわけです。

さて、最後に少しだけ地元の『てぃーだ』について書きます。
沖縄から帰ってきて1ヶ月もすると沖縄がなつかしくなり、自宅近くにありながら一度も入ったことのなかったこの店に行ってみたのです。
『てぃーだ』とは沖縄の言葉で太陽の意味だそうです。とにかく晴れた天気のことであるようです。

店内は、熊谷ですのですっかり沖縄というわけにはいきませんが、それなりに繕ってあります。
ビールはもちろんオリオンビールです。
これを置いてあるのが嬉しかった。
てぃーだメニュー

沖縄で食べなかったのにこの店にある料理が、ヒラヤーチです。
簡単に言えば、「沖縄風チジミ」です。
あっさりした味付けなので肴としてけっこうイケます。
うみぶどう・島もずく・島らっきょう、この3つはまず最初に注文します。
もちろん豚の料理も取ります。

ビールのあとは泡盛のロックです。
沖縄の酒店にはものすごい種類の焼酎が揃っていました。
酒屋で聞いた話では泡盛や黒糖焼酎はちょっと前までは個人商店で造っているのが当たり前だったそうです。
今は会社化されてしまってブランド数が減ってしまったようですが、それでも耳にしたことにない銘柄ばかりが並んでいました。
『てぃーだ』に置いてある焼酎の種類はちょっと少ないですね。

ここの主人は体の割には声が小さく優しいのです。
それに手際がいいので、待たせません。
私はこのリトル沖縄に満足しています。

でも、聞いてみると彼は沖縄の出身ではなく地元の人でした。
ただ、沖縄料理店に勤めたことがあり、そこで料理を覚えたのだそうです。

もう一度沖縄を訪れることができるかわかりません。
でも沖縄はいつも私の近くにある。その名は『てぃーだ』。
秋の風景秋の観音山

時間を掛けた割にはまとまりのない話ですみません。
絵の写真も一度書き上げたときの秋の風景で失礼いたします。

今年もなにとぞよろしくお願いいたします。