これから居酒屋の話をいろいろご披露しようと思っているのですが、それにはまず居酒屋の定義―というと大げさなので、話の前提になる「私にとっての居酒屋とはどういうものか」について少し語っておきます。

広い意味で酒を売って飲ませるところは、すべて居酒屋といえます。でも、[酔遊記]では居酒屋というのを私の嗜好にもとづいて取り上げさせていただくことにします。


そこで、酒歴44年の経験をもとに、自分なりに良い居酒屋の条件というのを挙げてみました。
  ① 個人経営であること
  ② 酒肴が美味しいこと
  ③ 大衆的であること
  ④ 居心地が良いこと
  ⑤ 日本的であること
  ⑥ 不潔でないこと

 以下、もう少し詳しく解説してみます。


1.個人経営であること
私にとって居酒屋の一番の魅力は、店主が長く大事に育て上げてきた店の味わいや風情が感じられるところです。それが立ち飲みであってもいいのです。[酔遊記]では、あくまで個人の店主が個性で営んでいる店を中心にしたいと思います。
チェーン展開する店は一般に大衆的かもしれませんが、店のあじわいも人情の機微もありません。チェーン店が嫌いなわけではないのですが、正直なところ、系列が違っても同じような看板、似たようなメニュー、マニュアル化された店の人の応対と、あまり違いがはっきりしません。ですので、良い居酒屋を論じる対象としては除いておきます。

2.酒肴が美味いこと
美味しい酒肴は、酒と一緒に人を幸せな気分にしてくれます。居酒屋は一般的に、素材を生かしたシンプルな料理を提供するのが特徴でしょうが、凝った創作料理を建前にしているところもたくさんあります。居酒屋とはいえ創作料理に力が入っている店に出会うと嬉しくなります。
しかし、私は酒肴は決まりきったもの―刺身、焼き鳥、豆腐といった定番メニューでも一向に構いません。冷奴ひとつとっても、店によって出し方がそれぞれ違います。豆腐の仕入れに気を使っているところもあります。葱だって、白葱のところもあれば、浅葱(あさつき)のようなところもあります。かつおぶしを山のように盛りつけるところもあります。生姜の量も違います。要は、おいしく提供されることが大切です。
単に居酒屋といっても、立ち飲みからチェーン店までさまざまな業態があります。店先で飲ませる酒屋がありますが、今では少なくなりつつあります。確かに、居酒屋の原点は酒屋での居酒ですが、店先や併設された場所で酒と乾き物や缶詰類を出すだけの酒屋は、美味な酒肴を望めませんし、私には落ち着きませんので、ここでは含めないことにしておきます。
酒を飲ませることを目的としていないような店、例えば料理屋とかレストランのように料理を食べさせることを中心とする店であっても、条件を備えていて酒を美味しく飲めるところは居酒屋に含めて論じたいと思います。
ここで、酒についてはどうなのかという意見が出るでしょう。いい酒が揃っていることも居酒屋評価の重要な条件になりえます。ただ、大衆性という点からは必ずしもそうはいえません。高い酒はやはり美味いのです。ですので、どういう種類の酒を提供するかは私の居酒屋の条件ではありません。
  
3. 大衆的であること
大衆的であることは居酒屋の重要な要件です。が、大衆性とは何で判断したらよいでしょうか。
第一に安いことです。安くて美味しいに越したことはないのですが、安いとはどのくらいのことでしょうか。私の最近の経験から判断しますと、3合ほど飲んで、つまみを3品ほど食べて3,000-4,000円くらいが、居酒屋としての大衆性の基準でしょうか。高くても5,000円以内といったところです。
第二は、居酒屋が醸し出している空気、雰囲気でしょう。居酒屋に集う人は基本的に酒飲みで、居酒屋の雰囲気が好きだから来ているのです(たまに、下戸でも好きで通う人がいますが)。仕事上がりの人たちがくつろいでワイワイガヤガヤとやっている様は、何とも言えず心が和みます。
ついでながら、タバコの煙がモウモウとしているのが大衆的イメージだったのは昔のこと、今はそういう店は少なくなってきています。しかも、禁煙という居酒屋も結構増えてきました。
第三は、どういう種類の人でも入れるということでしょう。居酒屋にいて年齢、性別、職業、服装などは一切関係ありません。誰でもが一つの箱の中に入れるところが居酒屋のいいところです。最近は、外国人を見かけることもめずらしくなくなりましたし、女性が連れ立って立ち飲み屋にいる姿も見かけます。
席が隣り合わせた縁でなんとなく会話が始まるというのも、職業や年齢に関係なく楽しいことであります。これはやはり大衆性にもとづいていることなのでしょう。
    
4.居心地が良いこと
温かくくつろげる場所であることは、嬉しいことです。うるさくてもかまいませんし、しんみりしていてもかまいません。一夜一夜を楽しんで大事に過ごしたい私は、今宵の居酒屋が心安らぐ場所であってほしいと願って足を向けます。
私の好きな居酒屋の基本は、カウンターがあることです。カウンターには一人で入りやすい空気が漂っています。本当は、一人のときには本や新聞を読んでもいやな顔をされない程度の気楽さがあれば嬉しいのですが、それもやはりその店の仕来たりや雰囲気を守ることが優先されます。
しかし、なにもくつろいだ空気ばかりが良いと言っているわけではありません。
きりっと酒飲みの空気が漲っている店も好きです。そういう店は、一歩足を踏み入れた途端、心が引き締まります。そして店を出たときに、妙な満足感が体の中に広がっているから不思議なのです。
居酒屋に集う人たちは店ごとに特徴があります。これはその店の哲学、酒、肴、価格、店構えなどで決まります。まさにこれらの要素が店の個性を構成しているわけで、その下に客たちも集まってくるわけです。ですので、店に集う人たちも居酒屋の雰囲気を決める重要なポイントです。どうも雰囲気が合わないなと思うと、自然に再訪が遠のきます。
もうひとつ、居心地の良さをサポートしているのは、店主を中心とした店の人たちの応対です。店の扉を開けたときの第一印象は大切です。気持ちの良い挨拶で迎えられると、自然に心が和らぎます。私は店の人と会話をしたいという気持ちは特にありませんが、滞在中は気持ちの良い時間を過ごしたいと思っています。店の人の応対というのは、どんなに混んでいるときでも伝わってくるものです。店の人も居心地を作り出している重要な要素です。
    
5.日本的であること
居酒屋評論家・大田和彦氏は、「居酒屋はノスタルジーの世界」であると言っています(2009年3月16日夕刊)。
入り口には赤提灯に縄のれん、壁には品書き札がベタベタと貼ってあり、一斗樽が正面にデーンと置いてあるなんていうのは、まさに日本的居酒屋の典型です。これに店の隅に神棚があったりすると、文句なしです。
確かに、太田氏の言葉のとおり、居酒屋を愛する理由のひとつに、いつまでも変わらぬものへの郷愁があります。
ただ、日本的であることが良い居酒屋の条件なのかといわれると、そうでもないかなという気持ちもあります。これはあくまで好みの問題です。別に、洋風度の高い居酒屋でも良い店はありますから。でも、日本的なものが感じられない居酒屋はあまりないように思います。やはり居酒屋は日本の文化です。
私は酒類はなんでも飲みますが、バーやパブのようなところへは、二軒目という以外、滅多に行きません。洋風居酒屋には自分ひとりではまず入りませんし、友人と一緒であってもあまり経験はありません。したがって、洋風居酒屋についても「酔遊記」ではあまり触れる機会はないでしょう。
    
6.不潔でないこと
店に入った途端に帰りたくなってしまうほど汚かったり、なんとなくでも不潔感漂う店があります。大衆性=不潔でもかまわない、ではありません。白木のカウンターがきれいに磨かれている店は、なんといっても気持ちが良いものです。
瓶のビールの場合、出されたグラスが汚れていたりすると、ビールの味や食欲がてきめんに落ちてしまいます。
料理だって、不味そうに見えたら必ず不味い。料理が不味いと、厨房も不潔なのではないかと疑いたくなってしまうものです。一度、そういう思いが浸み込んでしまうと二度とその店には足が向きません。

この6つが揃っていれば、私には文句がありません。一言で言えば、そういう店は趣き・味わいを大切にしている店だからです。
いつか、この条件をもとにした[わたしの居酒屋ミシュラン]を発表してみたいと思います。