東京では近頃、立ち飲み屋が急増しています。チョッと古いデータで恐縮ですが、おなじみ吉田類の著書「東京立ち飲み案内」(2009)によりますと、2008年末までの都内の立ち飲み屋の数は600軒余りと推定されたそうです。
でも、この3-4年の間に立ち飲み事情は急変していますので、今では優に1,000軒を超えているのではないかと思います。この本郷界隈で思いつくだけでも4-5軒新しい店ができましたし、地価の高い銀座や新橋、東京駅周辺ですら増えたなぁという印象です。
立ち飲み事情の急変とは、美味い酒肴を提供する店が増えていることと、女性客が増えたという、この2つの現象です。今や立ち飲みは文化です。

立ち飲みとは、文字通り、立ったまま飲酒をすることで、それを常態とする居酒屋のことですが、ずっと昔は、立ち飲みといえば酒屋の奥にテーブルを置くか、隣の倉庫のようなところで酒の木箱をひっくり返し台にして、酒好きの常連たちが集まって、店で定価で買ったビールや清酒を、乾き物や缶詰を肴に夕方一杯やるというのが古典的スタイルでした。イギリスのパブのような気張らない人たちの社交場だったのでしょう。こういう酒の提供の仕方は歴史を遡ると19世紀の江戸時代後期にはあったようです。今でも名残を残す店を見かけないわけではないですが、少なくなりました。

私が立ち飲みを愛好している理由を挙げてみます。
まず第一に、一人でも気軽に入って飲める。
第二に、一般的には安い。
第三に、注文した物が早く出てくる。
第四に、連れがあっても近い距離感で気楽に話せる。
第五に、長居にはならない。
第六に、立ち飲み屋独特の熱い雰囲気と喧騒がたまらない。
こんなところでしょうか。

一言で言えば安くて、気軽に入れて、好きなときに帰れるということです。一人のときの私の滞在時間は早ければ一杯引っ掛けて15分、普通で30分というところでしょうか。連れがいたって1時間か、せいぜい1時間半。なにせ腰を落ち着ける椅子がないのですから、宴会をやったり、ダラダラと飲むのは立ち飲みのマナーに適っていません。
狭い空間で客の回転がいいのですから、安いのは当たり前。

ただ、美味い酒を飲もうというのには立ち飲みは向いていません。燗酒を飲む人は少なく、ビールは普通にしても、ホッピーとかハイボール(下町では焼酎ハイボール)とかサワー類が中心で、不思議とそういう酒類が空気に合っているのです。

狭い空間に肩を寄せ合って立つのですが、それがちっとも煩わしく感じないのです。自然に場所を譲り合ったり、話をしなくても隣の人たちとの間に親近感が生まれたり、時には常連さんの話しに入れてもらったりするのが嬉しいのです。
今は夏ですので、混雑していると相当蒸し暑く感じます。クーラーなしで窓を開け放っている中でも汗を拭き吹きジョッキを傾けるのが立ち飲み流なのです。

最近は、バルとか洋酒バーとかいうのがはやっていて、けっこう美味しい料理を出します。酒を飲むというより、料理と雰囲気を楽しむ女性客が目立ちます。外国人のたまり場になっている店もあります。

立ち飲み屋の会計は、先払いというところが増えています。これをキャッシュオンデリバリーというのだそうです。篭や皿にお金を入れておくと、店員がオーダーが一品届くたびにそこから勘定分だけ取っていくシステムで、極めて明朗会計です。

最後に、私の好きな都内の立ち飲み屋を幾つか紹介しておきましょう。
新橋『竜馬』、『魚金ゆりかもめ店』、田町『竹ちゃん』、渋谷『富士屋本店』、勝どき『かねます』、北千住『徳多和良』、四谷『鈴傳』、神楽坂『カド』、水道橋『うけもち』、門前仲町『立ち飲み太陽』、茅場町『ニューカヤバ』、吉祥寺『伊勢屋総本店』、銀座『マルギン』、丸の内『日本再生酒場』、それに本郷の『魚伊之』など。
立ち飲み屋もそれなりに個性があります。店主の考えが色濃く出るのは椅子席酒場と同じです。