酔遊記

密かな楽しみ、味わい深い居酒屋をめぐる。

2017年07月

No.33 フラッと入ったらいい店だった。「プラットスタンド酛」

地方に出かけたときなど、フラッと入ったら思いがけずにいい店に出会ったという経験はどなたもお持ちでしょう。それが旅のいいところで、そんな経験を繰り返し得たいというのも旅の動機のひとつになっているのかもしれません。

今日は出張や旅行ではないのですが、東京でも似たような経験をするという話です。


先日、都立小金井公園の中にある「江戸東京たてもの園」に前川圀男邸を観に行きました。

少しだけその話をさせてください。

公園の中は夏の植物の息が立ちこめて噎せ返るような空気でしたが、青空をバックにした枝葉が作り出す模様がすがすがしく映り、心和ませます。

小金井公園にて

園内には、江戸期から昭和の戦前までのおよそ30ほどの建築物が散在しています。

ル・コルビジェの弟子で、東京文化会館を設計した前川圀男の自宅もそのひとつです。

昭和17年の建築ですが、とてもモダンです。左が正面玄関口、右が裏の庭側。

前川圀男邸正面前川圀男邸庭

猛暑の中を10軒ほどテクテクと見て回りました。どれも見る価値のある建築ばかりです。

しかし、とても今日だけで全部は見られない、もう一度出直すことにしました。

武蔵小金井から中央線に乗ったのですが、途中で、フラッと吉祥寺で降りてみたくなりました。

たまに中野とか、荻窪まで呑みに行くことがあり、吉祥寺にも「いせや総本店」とか「,ハモニカ横丁」など行ったことのあるところがあります。

駅に降りて一旦は、立ち呑みの「いせや」のほうに足が向きました。実にたくさんの飲食店が軒を連ねています。

でも、せっかく来たのだからほかの店はないかと思い直し、ネットで『立ち呑み』を探します。

何軒かがリストアップされましたが、一番上に出てきた『ブラットスタンド 酛』という店名が気に入りました。ハモニカ横丁に極めて近い距離です。

スマホの地図を頼りに近づいたのに、場所が分からない。グルッとハモニカ横丁を2周してしまいました。もうなくなってしまったのかと思いつつ店舗情報を見ると、自分が立っている前のビルの地下だということが判明して、ガックリ。

上は賑やかなスーパーみたいな店舗だというのに、階段はどことなく寂しく、トボトボと地下へ降りますと、そこもまたうらぶれた感じの飲食街になっていました。

少し進んだところに通路に面した側を上から長いビニールで囲った店があります。

ここかなとビニール越しに中を覗くと、立ち飲みではなくて、コの字カウンタを囲む椅子席だけです。どこか静かな雰囲気です。

小さな看板には『ブラットスタンド 酛』と確かにあります。

とにかく入ることにしました。

日本酒の店らしいのですが、奇妙なことに数人の客は女性ばかりです。しかもまだ夕方6時を少し回ったばかりだというのに。

「お店の名前の『酛』という漢字は何と読むんですか」と尋ねると、「モトです。生本造りの生酛(きもと)です」と答が返ってきました。

カウンターの後ろにはずらりと日本酒の瓶が並んでいます。それもただ並んでいるのではなくて、上からのライトに照らされて日本酒が光るディスプレイになっているのです。気が利いています。

とりあえずビールを頼みましたが、酒の種類はすごい。

禁煙なのがいい。私もタバコを吸わなくなってから20年くらい経っていまして、最近は禁煙を歓迎するようになってしまいました。

酒場にたばこの煙は必須だと思っていたのに、変れるものですね。

コの字のカウンターはやや高めで、立ち飲み時代のママなのかもしれません。

和風酒場というわけでもないし、でも一升瓶がディスプレイとしてしゃれて並べられているところは和風を少し超えてるし、酒肴も刺身をはじめ和風といえばそうだけれど、洋風料理の酒肴もあるし、カウンターと椅子の組合せはショットバーのようでもあるし・・・・・・・。

広く客を受け入れようとする趣向なのか、わざとこういうつくりを指向したのか、曖昧といってしまえばそれまでで、でも、雰囲気は悪くないのです。

こういう演出が女性に人気がある理由なのでしょうか。

まずはマグロの刺身を注文して、ついでポテサラ、ジャガイモの甘辛煮、柚白菜。追加で珍しいメニューの納豆麻婆豆腐、締めは鯛茶漬け。

ずいぶん食べてしまいました。

納豆麻婆豆腐はちょっとという感じがしたけれど、ほかはどれも美味しかった。

居酒屋料理ではなく、メシ屋の手作りおかずといった趣でした。

女性に人気がある理由は、料理がいけてるからだと確信しました。

店構えにしては安くはなかったですが、フラッと入った店にしてはアタリでした。

ついでに今日の一枚を披露させていただきます。

20170707

No.32 信州の小さなワイナリー

近年、信州にはワイナリーが次々誕生しています。
これから生まれようとしているところもかなりあるようです。

また信州ワインはこの数年で格段に味が良くなったという噂です。
やがて山梨を超えた本格的ワイン産地になっていく予感がします。

先日信州に旅行した際に、立ち寄った小さなワイナリーの話を書きます。

東御市(とうみし)は小諸市と上田市との間にあり、湯の丸高原や菅平への入り口としても知られています。
東御市には5つのワイナリーがあるそうです。
そのひとつが有名な玉村豊男氏の「ヴィラデスト・ガアーデンファーム・アンド・ワイナリー」ですが、そこからさほど遠くないところに、今回訪れたワイナリー「リュードヴァン(Rue de Vin」があります。

なぜここに行くことになったのか、さしたる理由はありません。
ネットでお昼を食べるところを探していたところ、千曲川ワインバレーなる記事を見かけ、見ているうちに「リュードヴァン」が手軽なランチをやっていることがわかり、行ってみるかということになった次第です。
土日以外は要予約ということで前日に電話しました。

東部湯の丸インターチェンジを降りて、北側の山を10分くらい登ったところの中腹にありました。
そこは葡萄畑になっていて、広く開けています。
そこにこんな感じのショップ兼レストランと、その後にワイン工場がかわいく立っていました。

RuedeVin

駐車場の脇にはお花畑があり、左側の斜面には葡萄畑が広がっています。
右の奥には八ヶ岳連峰があります。

中に入ると、10ー15坪くらいでしょうか、けして広くはない、レストランともショップともいいがたい空間がありました。
イメージしていたのとは少々違っていたので、戸惑いました。
ショップにしては、商品も余り飾ってありませんし、レストランといっても、ただテーブルがいくつか置いてある程度で、こじゃれた雰囲気でもありません。

しかし、女性が笑顔で迎えてくれました。
店にはその方しかいませんからシェフなのでしょうが、ソムリエバッジをつけています。

右側の八ヶ岳のほうの窓に向けて私たちのテーブルがきちんとしたレストランのようにセットされていました。

ランチは1種類なので、選ぶ必要はなかったのですが、水を運んできた彼女がこのワイナリーとここでつくっているワインについて熱く説明してくれます。

それを聞いていたら、ワインを注文しなければならないような気分になってしまいました。
一応、相棒に運転の交替を頼んで飲むことに決定しましたが、どれにしようか迷っていると、「赤ワインは在庫が切れていてお出しできません。申し訳ないのですが、白の中からお選びください。」と言うのです。

更に迷っていると、
「ソーヴィニヨン・ブランとシャルドネの2種類を半分ずつお出ししましょうか。」
(下の写真の右から3番目と一番左のボトルです)
「いいですねぇ、それでお願いします。」という具合に決まりました。

リュードヴァン

後で聞いた話ですが、赤ワインは今の生産量では1,000本くらいしかできないのだそうです。
生産量に対して固定費がかかるので、どうしても値段が5,500円と高くなってしまうのですが、それでも毎年すぐに売れ切れてしまうそうです。

さて、白ワインのお味はどうかというと、どちらも辛口で、葡萄の味が残り、やはり日本のワイン独特の味がします。私にはいまひとつかと思えますが、正直、ワインの味はよくわかりません。
シャルドネのほうが飲みやすかったかな。


ランチは美味しくいただきました。
特に高原野菜のサラダは新鮮で、野菜の種類も豊富でした。
   *(この種の野菜は、最近、軽井沢の『発地市庭』というところで手軽にまとまって手に入ります。)

この日、客は私たちの一組しかいませんでした。
食事を運んできたときも、料理の準備の合間にも、食事の後にも、彼女からいろいろ興味深い話を楽しく聞かせていただきました。

ワイナリーといっても葡萄を育てるところから醸造・販売まですべての工程を手がけているところは少なく、「リュードヴァン」のこだわりはそこにあると言います。

長野県には、「原産地呼称管理制度」といって農産物の品質を保証する制度があります。
外国から葡萄を買ったり、ワインを買ってラベルだけ貼って売り出す業者とは区別して、葡萄の生育から手がけ、醸造まで一貫して管理し、品評会での評価を得てオーソライズされた商品ということです。
ワインのほかシードル、日本酒なども含まれています。
長野県はワイン葡萄の生産量では日本一だそうです。

玉村豊男氏が代表を務める地域の共同出資会社「アルカンヴィーニュ」では、『千曲ワインアカデミー』という“栽培醸造経営講座”が開かれていて、全国から若い人が集まってきているそうです。
ここで教育を受けた人たちが、葡萄の栽培や醸造の仕事に就いたり、将来ワイナリーの経営を志望して付近の市町村に住み着いているみたいです。

起業までには資金や土地の確保などいろいろ苦労も伴うようですが、なんだか、東御市が豊かな住みやすい土地に思えてきました。

「リュードヴァン」の社長さんにはお目にかかれませんでしたが、この地域をワインで観光開発していく夢をお持ちだそうです。
店舗の正面の小さな山を新しく借りることができたそうで、そこに畑を広げ、参入者を募り、ワイン工場や、レストラン、ショップ、宿泊施設などを展開し、ワインヴァレーとして発展させる構想です。

そういえば、社名はフランス語で「ワイン通り」という意味でしたね。
夢を社名に乗せて頑張っているということですね。
いつか、ここが人で賑わう通りになることを願っています。

彼女が一人でシェフ、ウェートレス、ソムリエ、販売員、加えて時間のあるときにはラベル貼りと活躍する姿は、とっても生き生きとして映りました。
そして、信州の片隅で夢を追いかけて一生懸命に奮闘している小さなワイナリーを応援したくなりました。

今回もまた長くなってしまい申し訳ありませんでした。