先月、インドに行ってきました。
デリー、ブッダガヤ、サルナート、ベナレス(バナーラス)、カジュラホ、アーグラ、ジャイプールと主に北インドを巡る旅でしたが、特に仏教の聖地ブッダガヤ(マハボディー寺院、スジャータ)と、ヒンドゥー教の聖地ベナレスを訪れることができたのは、長年の願いが叶った思いです。

インドは初めてですが、インドの歴史、人々の生き方や考え方を知り、宗教や哲学に興味を持ち、映画を観て、音楽を聴き、若い頃からいつかはインドへと思い続けていました。
一度、インド時間という悠久の流れと混沌とした社会に触れてみたかったのです。

本当は、若ければバックパッカーもよかったのでしょうが、この歳ではそうも行かず、今回は団体ツアーに参加しての旅になりました。
短期間にたくさんの所を巡るツアーだったので、体に応えました。それでも、長い時間を掛けてでき上がった私の中のインドを、そのままの体現してくれた期待通りの旅になりました。

ほこりっぽい大地、原色で形づくられた色彩、群衆の熱気、つきまとう騒音、それでいて妙に peaceful な空気・・・・・強烈なカルチャーギャップに圧倒された9日間でした。

もう一つ私にとって良かったことを挙げておきますと、滞在を通して佛教に近づけたことと、インドの宗教について更に知ることができたことです。これを説明するのは、個人的なことでちょっとむずかしいのですが。

とにかくインドは刺激的で、魅力に満ちた国でした。できれば、もう一度行ってみたい。

今、インドは変革の時を迎えているといわれています。
BRICSといわれるようになって10年以上が経ちました。
確かに、インドの経済の指標であるムンバイSENSEXは、この10年で3倍くらい上昇しています。期待に比して順調とはいえないかもしませんが、ゆっくりと成長を遂げています。

デリーの郊外にはIT関係のビルが群れをなして並び、ジャイプールの郊外には日本企業の工業団地がある風景は、時代の流れを象徴しているのでしょう。

政治的にはカースト制度の廃止、教育の改革、産業構造の変化とインフラ整備、衛生の意識改革など大きな変革のうねりが起きています。
しかし、社会の根底には消えることのないカースト制度、法規の不整備、生き物との共存、貧富の差など、インド独特の変革を阻むファクターが多く存在しています。あるがままを受け入れるのを人生と知っている民衆は、発展とは無縁なところで、矛盾や葛藤ではなく、それで良しとして生きているように感じます。

私が観たインドは、中国のように急には変われないでしょうし、深いところではこれからも変わらないでしょう。インドには、時が止まっている姿が似合っています。


そろそろ話題をお酒の話題に移しましょう。
とはいっても、旅行中には居酒屋に立ち寄る機会が一度もありませんでした。そもそも繁華街を歩いても酒屋すら見かけません。
ホテルでも、食事の時にはインドの独占的ビール、“キングフィッシャー”以外の酒類といったらスコッチウイスキーがあるくらいで、インドの国酒ともいうべきラム酒すらどこにも置いていないのです。
ジャイプールでは、かなり大きなスーパーに行きましたが、酒の売り場をついに探すことができませんでした。

先のブッダガヤがあるビハール州は一切のアルコール類の販売・所持が禁じられているのは事前に知っていたのですが、インド人のガイド、Vikas さんによれば、禁酒が法律で決められている州がほかにもあるそうで、一般には飲酒の習慣がないのだそうです。

インドの歴史は宗教の争いそのものでした。
中世には、飲酒を禁じるイスラム勢力が全土を支配した時代がありました。
パキスタンが分離独立(1947年)し、バングラディシュが独立(1971年)するなどして、イスラム教徒は減りましたが、まだわずか5、60年前の話です。
今でも人口12億8千万人のうちイスラム教が15%(約2億人)を占めているということです。
インドの宗教の8割を占めるヒンドゥー教ですが、宗教に関係なくあまり酒を飲む習慣がないのは、歴史がつくり出してきた風土の影響が大きいのでしょう。

もう一つはお酒が高価な嗜好品であり、庶民がたやすく毎日口にできる物ではなさそうだからです。
需要がないから高い物になるともいえます。

ちなみに、高級ホテルで大瓶のビールが580ルピー(1、160円)、田舎のドライブインでも450ルピー(900円)で、日本に比べて高いと感じました。
大卒の初任給は月給で25,000ルピー(50,000円)くらいだそうです。給料は職業や学歴により想像できないくらい貧富の差がありますが、それにしてもかなり高価です。

こうしたことを背景に、一般庶民の意識として、飲酒に対する罪悪感や人生に必要なものではないという観念が根強く存在しているのではないでしょうか。


そんなことで、居酒屋に行くことはできませんでしたが、タージマハールのあるアーグラという街では、時間に余裕がありましたので、何としてもインドの酒を買い求めたいと考えました。

Vikas さんに頼み込んで、地元の人に酒屋の存在を尋ねてもらったところ、街の中心部に1軒あるとのことで、場所を教えてもらいました。私は街の地理がまったくわかりませんでしたが、とにかくリクシャーに乗れば連れて行ってくれるだろう思い、出かけることにしました。
すると、見かねた様子のVikas さんが、「心配だから一緒に行くよ」と仏様のようなことを申し出てくれました。

ホテルの前でオートリクシャーをキャッチし、二人で酒屋に向かいました。
リクシャーは猛スピードで街の中を飛ばします。
車をスレスレで避け、倒れるかのようなスピードで街角を回り、クラクションの喧騒と猛烈な廃棄ガスの中を走り抜けます。

しかし、なかなか着きません。ようやく酒屋に到着したのは15分も経ってからでした。
私はもっと近いものと思い込んでいましたが、アーグラは人口200万人もいる都会ですので、そうとう街が広かったのです。

酒屋は繁華街とはいえない、少々貧しい一帯の、ほこりっぽい道路の端に立つ小屋のような建物でした。
奥行きのない店の中には、美味くなさそうな数種類のワインとスコッチウイスキーが、写真のように殺風景に並んでいるだけです。なぜかビールはありません。

アグラの酒屋


「ラム酒はあるか」とVikas さんが尋ねると、店の人は2種類をカウンターに並べて見せてくれました。
「ラム酒はインドの代表的な酒ではないのか」とVikas さんに質すと、「これを飲む人を見かけたことはない」という意外な答えが返ってきたのです。
インドの人は酒といえばラム酒を飲んでいるものと思っていたのは、私のどこかで刷り込まれた思い違いに過ぎだったのでしょうか。

私は1本500円の小瓶を3本買い求め、ホテルに戻って、クッションのあるラップで包み、だいじに鞄に収めました。

往復30分のオートリクシャー代金は、ラム酒3本分の値段とほぼ同じでしたが、インドの酒屋でラム酒を手に入れたことで大満足でした。

帰国してからそれを飲んでみましたが、さほど甘いというわけでなく、上等とはいえなくても、なかなかイケる味でした。
そろそろ話題を居酒屋のほうに移しましょう。
とはいっても、旅行中には居酒屋に立ち寄る機会が一度もありませんでした。そもそも繁華街を歩いても酒屋すら見かけません。ホテルでも、食事の時にはインドの独占的ビール、“キングフィッシャー”以外の酒類といったらスコッチウイスキーがあるくらいで、インドの国酒ともいうべきラム酒すらどこにも置いていないのです。

ジャイプールでは、かなり大きなスーパーに行きましたが、酒の売り場をついに探すことができませんでした。

先のブッダガヤがあるビハール州は一切のアルコール類の販売・所持が禁じられているのは事前に知っていたのですが、インド人のガイド、Vikas さんによれば、禁酒が法律で決められている州がほかにもあるそうで、一般に飲酒の習慣がないのだそうです。

これにはいくつかの理由が推測されます。

インドの歴史は宗教の争いそのものでした。中世には飲酒を禁じるイスラム勢力が支配した時代があり、現代にあってもイスラム教徒は12億8千万人の15%くらいを占めているということです。
現在のインドの宗教は、8割がヒンドゥー教ですが、何となく今でもイスラムの習慣のなごりがあるのではないのでしょうか。ヒンドゥー教の人たちもあまり酒を飲む習慣がないそうです。

もう一つはお酒が高価な嗜好品であり、庶民がたやすく毎日口にできる物ではなさそうです。
ちなみに、高級ホテルで大瓶おビールが580ルピー(1、160円)、田舎のドライブインでも450ルピー(900円)でした。大卒の初任給は月給で25,000ルピー(50,000円)くらいだそうです。給料は職業や学歴により想像出来なくらい貧富の差がありますが、それにしてもかなり高価です。

こうしたことを背景に、一般庶民の意識として、飲酒に対する罪悪感が根強く存在しているのではないでしょうか。

そんなことで、居酒屋に行くことはできませんでしたが、タージマハールのあるアグラという街では、何としてもインドの酒を買い求めたいと思い、、Vikas さんに頼み込んで、地元の人に酒屋の存在を尋ねてもらいました。
中心部に1軒あるとのことで、場所を教えてもらいました。私は街の地理もまったくわかりませんでしたが、とにかくオートリクシャーに乗れば連れて行ってくれるだろう思ったのです。街中に向けてある着かけた私を見た、Vikas さんが、見かねた様子で「心配だから一緒に行くよ」と仏様のようなことを申し出てくれました。

それからは、ホテルの前でオートリクシャーをキャッチし、Vikas さんと二人で酒屋に向かいました。リクシャーは猛スピードで街の中を飛ばします。車をスレスレで避け、倒れるかのようなスピードで街角を回り、人混みをスイスイ縫って走りました。

しかし、5分しても10分してもなかなか着きません。ようやく酒屋に到着したのは15分も経ってからでした。
それは街中とはいえないような、少々貧しい一帯にあるほこりっぽい道路の端にある小屋のような建物でした。