乙牟漏皇后陵
被葬者:皇后乙牟漏(桓武天皇皇后)
陵  名:高畠陵(たかばたけのみささぎ)
陵  形:円墳
所在地:京都府向日市寺山
最寄駅:東向日駅(阪急京都線)
探訪日:平成16年(2004年)6月24日

東向日駅の西方1kmくらいの場所にあり、小高い丘の上にあります。
まわりにこれといった目印はないのですが、隣に市立第六向陽小学校があります。


藤原乙牟漏
・生没年:天平宝字4(760)年~延暦9(790)年
・尊  号:天之高藤広宗照姫之尊
・続  柄:桓武天皇皇后/(父)藤原良継、(母)阿部古美奈
即位前の山部親王(桓武天皇)に入内し、安殿皇子(後の平城天皇)を儲けた。
夫が天皇として即位すると無位から夫人を経て皇后に立てられた。立后の後に神野親王(後の嵯峨天皇)、高志内親王等を生んでいる。しかし、高志内親王を生んだ1年後に病で崩御した。
この直前には桓武天皇夫人の藤原旅子、桓武天皇御母の高野新笠が薨去しており、それに相次いで皇后も崩御したため、冤罪で流罪となった早良親王(桓武天皇皇弟)の怨霊によるものと噂された。
子の平城天皇の即位に伴い皇太后号を追贈された。
享年31歳。



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