昌子皇后陵
被葬者:皇后昌子内親王(冷泉天皇中宮)
陵  名:岩倉陵(いわくらのみささぎ)
陵  形:方形
所在地:京都府京都市左京区岩倉上蔵町
最寄駅:岩倉実相院バス停(京都バス)
探訪日:平成17年(2005年)5月4日

叡山電鉄の岩倉駅でバスに乗り換え、岩倉実相院バス停で下車、目の前にある実相院の北側にあります。
実相院には入らずに脇道を北上し、北山病院へ向かえば分かりやすいかもしれません。
また、この時はバスで行きましたが、駅からも1kmチョイなので、歩いても行けます。


昌子内親王(ショウシ/マサコ)
・生没年:天暦4(950)年~長保元(1000)年
・続  柄:冷泉天皇中宮/(父)朱雀天皇、(母)熙子女王
朱雀天皇の唯一の子として生まれ、生後間もなく内親王宣下を受けた。しかし、母は内親王を生んで間もなく薨去し、さらに父上皇も内親王が2歳の時に30歳の若さで崩御した。この様に両親を幼くして亡くしていたため、これを憐れんだ叔父の村上天皇の元で養育された。
13歳で皇太子憲平親王(後の冷泉天皇)に入内し、皇太子の即位に伴い中宮に立てられた。だが、夫冷泉天皇は精神を病んでいたため奇行が多く、これを恐れた中宮はほとんどを離れて暮らしていたこともあり、天皇との間に子女はいなかった。
夫帝の円融天皇への譲位に伴い皇太后に立てられ、円融天皇が花山天皇に譲位すると太皇太后に立てられた。「資質淑慎で后妃の徳あり」とされる性格であり、また岩倉の大雲寺に観音院を建立する等仏教に帰依していた。
享年50歳。



マップ

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