顕子皇后陵
被葬者:中宮顕子(後村上天皇中宮)
陵  名:笠間山陵(かさまやまのみささぎ)
陵  形:円墳
所在地:奈良県宇陀市榛原町笠間
最寄駅:笠間辻バス停(奈良交通)
探訪日:平成17年(2005年)5月19日

桜井駅からバスに乗り、笠間辻バス停で下車、北東1kmくらいにある陽雲寺という寺院脇にあります。

とのことですが、私は桜井駅でレンタサイクルで自転車を借り、ひたすら東へ東へ峠越えをして行きました。
かなり疲れますが、片道7km位なので頑張れない距離ではないと思います・・・。


源顕子(ケンシ/アキコ)
・生没年:元弘2(1332)~正平14(1359)年
・院  号:新陽明門院
・続  柄:/(父)北畠親房、(母)不詳
後村上天皇に入内したが、子女、経歴等の詳細は不明。
享年27歳。

この御方、北畠親房の娘で後村上天皇の中宮となったということは確かなようですが、詳細が良くわからない御方です。
そもそも、院号の「新陽明門院」というのは、鎌倉時代中期の亀山天皇女御の近衛位子という御方が賜った院号であり、全く同じ院号を使うことがあるのかという疑問が残ります。
この他、長慶天皇の御母説があったり、中院具忠という公家と密通し長谷寺へ出家したという噂があったり、推測の域を出ない説が結構多くあるんですよね。
これは、裏を返せば、それだけ南朝方が混乱しており、正確な史料が伝わっていないということかもしれません。



マップ

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