
所在地:福島県白河市郭内
縄張り:梯郭式平山城
城 主:結城氏、蒲生氏、丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏等
遺 構:櫓台、石垣、土塁、堀
文化財:国史跡
探訪日:平成23年(2011年)7月16日、平成27年(2015年)7月11日、令和6年(2024年)5月3日
概要
南北朝時代に結城氏が築城したのが始まり。豊臣政権下の奥州仕置で結城氏が改易されると、会津藩領となり、蒲生氏、上杉氏の支配下に置かれた。その後、江戸初期には白河藩が置かれ丹羽氏が入城し、現在の姿に大改修した。以後は榊原氏、本多氏等の譜代大名等7家が交代し、幕末に至る。
戊辰戦争の際は幕府領となっていたことから、幕府軍の城として新政府軍との戦地となり、城の大半が焼失した。その後は城跡を残すのみだったものの、平成3年に御三階櫓が復元された。同23年の東日本大震災で甚大な被害を受け、10年近くかけて修復が完了した。
(R7/4/28再編集)
東北地方の中でも屈指の石垣遺構を残す城跡です。
しかし、上記の通り東日本大震災で石垣の一部が崩落し、震災後しばらくは本丸周辺への立ち入り禁止になっていました。
内陸の方はあまり注目されてないんですが、ここ白河市は震度6強もあったそうです。
ただ、その修復も順次終了し、現在は全城域を散策できるようになっています。
縄張り図

本丸を北西に置き、東から南にかけて二の丸、三の丸を置いた梯格式の縄張り。
二の丸や三の丸部分はほとんど市街地化されていますが、本丸はほぼ完存しています。
御三階櫓(復元・木造)

明治以降、初めて、木造で史実通りに復元した天守系の建築物です。
厳密には天守ではないのですが、城の象徴的建物ということからも天守代用櫓といったところ。
新しいためか、震災の時もこの建物は無事でした。
内部はこんな感じ。


「復元」なのでしっかりと階段も急。
ただ、建物の形状上、三階はかなり狭いです。
本丸前御門(復元・木造)

御三階櫓に隣接する櫓門。
トップの写真のように竹之丸から見る御三階櫓・前御門も良いですが、本丸内側から見るのもまた良い感じです。

本丸多聞櫓跡

本丸桜門跡

本丸石垣(南面)

本丸の南面にある惚れ惚れするほどの高石垣。
ちなみに、この高石垣、震災で最も甚大な被害を受けた場所でした。
(左:修復後、右:修復前)


初回に行ったときは総崩れだったので、このあるべき姿を見られたのは感無量。
本丸富士見櫓台・雪見櫓台


本丸の南西隅にあるのが富士見櫓台で、北西隅にあるのが雪見櫓台。
本丸の石垣は総じて高く、このあたりは特に迫力があります。
本丸土塁

本丸の外側は総石垣ですが、内部は土塁。
土塁とはいってもかなりの高さ。
本丸帯郭清水門跡

二の丸から本丸方面への大手門でして、かなりの規模。
現在復元工事中で令和7年度の完成予定とのこと。
本丸帯郭月見櫓台
(上:修復後、下:修復前)


ここも、本丸南面と同じく見るも無残に崩れていましたが修復されました。
本丸帯郭石垣・堀

また、ここの石垣は「谷積」という珍しい円形の積み方をしている箇所があります。

本丸帯郭帯曲輪門跡


帯郭の南側にある郭内の通行を妨げるための門。
本丸帯郭矢野門跡

帯郭の北東隅ある門で搦手方面と繋がる虎口。
竹之丸二重櫓跡

二の丸石垣(東面)

二の丸の東側に残る長い石垣。
二の丸はほとんど壊滅している中で貴重な遺構です。
二の丸堀跡

二の丸の西側の堀跡で、かなり浅くなっていますが周囲よりも低くなっています。
二の丸元太鼓門跡

二の丸南面にあった大手門跡。
二の丸太鼓櫓(移築現存)

先ほどの太鼓門脇にあった二層の櫓で、現在は福島地方裁判所白河支所の東側に移築されています。
維新後、民間に払い下げられ茶亭に使用される等紆余曲折を経ましたが、令和4年に修復され現在地に再移築されました。
移築とは言え、小峰城では唯一現存する貴重な遺構。
二の丸会津門跡

こちらは二の丸の西側にあった門。
石垣の一部のみ残っています。
三の丸尾廻門跡

三ノ丸北側にある搦手門跡。
先ほどの本丸帯郭矢野門に繋がる場所にあります。
外堀(北西側)

本丸や同帯郭の北側から西側を囲む水堀。
三の丸石垣(北面)




城の大手が南側であり、現在も駅や駐車場が南側にあるため、北側はあまり見られることが無いと思われますが、立派な石垣群が現存しています。
特に、三の丸北側の長距離石垣は見ごたえあり。

ここら辺は最近樹木が伐採されたようでして、やはり、無駄な樹木が無い方が城の構造を堪能できますね。
三の丸道場門跡


城内と城外を区切っていた門の一つ。
白河駅の南にある図書館横に発掘展示されています。
いやぁ、こういう展示方法は非常に素晴らしいし、全国の城跡活用のお手本にすべきです。
特に、同じ駅前でも、せっかく発掘されたのに開発のために埋め戻し、もしくは破壊してしまった、ここの対応とは大違い。
なお、当時の場所はこの辺。

復元された御三階櫓や門は勿論のこと、石垣が非常に立派で散策していて楽しい城です。
また、東日本大震災で甚大な被害を受けたものの、完全修復され、復興の象徴とも言える城でもありますね。
オススメ。
マップ
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縄張り:梯郭式平山城
城 主:結城氏、蒲生氏、丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏等
遺 構:櫓台、石垣、土塁、堀
文化財:国史跡
探訪日:平成23年(2011年)7月16日、平成27年(2015年)7月11日、令和6年(2024年)5月3日
概要
南北朝時代に結城氏が築城したのが始まり。豊臣政権下の奥州仕置で結城氏が改易されると、会津藩領となり、蒲生氏、上杉氏の支配下に置かれた。その後、江戸初期には白河藩が置かれ丹羽氏が入城し、現在の姿に大改修した。以後は榊原氏、本多氏等の譜代大名等7家が交代し、幕末に至る。
戊辰戦争の際は幕府領となっていたことから、幕府軍の城として新政府軍との戦地となり、城の大半が焼失した。その後は城跡を残すのみだったものの、平成3年に御三階櫓が復元された。同23年の東日本大震災で甚大な被害を受け、10年近くかけて修復が完了した。
(R7/4/28再編集)
東北地方の中でも屈指の石垣遺構を残す城跡です。
しかし、上記の通り東日本大震災で石垣の一部が崩落し、震災後しばらくは本丸周辺への立ち入り禁止になっていました。
内陸の方はあまり注目されてないんですが、ここ白河市は震度6強もあったそうです。
ただ、その修復も順次終了し、現在は全城域を散策できるようになっています。
縄張り図

本丸を北西に置き、東から南にかけて二の丸、三の丸を置いた梯格式の縄張り。
二の丸や三の丸部分はほとんど市街地化されていますが、本丸はほぼ完存しています。
御三階櫓(復元・木造)

明治以降、初めて、木造で史実通りに復元した天守系の建築物です。
厳密には天守ではないのですが、城の象徴的建物ということからも天守代用櫓といったところ。
新しいためか、震災の時もこの建物は無事でした。
内部はこんな感じ。


「復元」なのでしっかりと階段も急。
ただ、建物の形状上、三階はかなり狭いです。
本丸前御門(復元・木造)

御三階櫓に隣接する櫓門。
トップの写真のように竹之丸から見る御三階櫓・前御門も良いですが、本丸内側から見るのもまた良い感じです。

本丸多聞櫓跡

本丸桜門跡

本丸石垣(南面)

本丸の南面にある惚れ惚れするほどの高石垣。
ちなみに、この高石垣、震災で最も甚大な被害を受けた場所でした。
(左:修復後、右:修復前)


初回に行ったときは総崩れだったので、このあるべき姿を見られたのは感無量。
本丸富士見櫓台・雪見櫓台


本丸の南西隅にあるのが富士見櫓台で、北西隅にあるのが雪見櫓台。
本丸の石垣は総じて高く、このあたりは特に迫力があります。
本丸土塁

本丸の外側は総石垣ですが、内部は土塁。
土塁とはいってもかなりの高さ。
本丸帯郭清水門跡

二の丸から本丸方面への大手門でして、かなりの規模。
現在復元工事中で令和7年度の完成予定とのこと。
本丸帯郭月見櫓台
(上:修復後、下:修復前)


ここも、本丸南面と同じく見るも無残に崩れていましたが修復されました。
本丸帯郭石垣・堀

また、ここの石垣は「谷積」という珍しい円形の積み方をしている箇所があります。

本丸帯郭帯曲輪門跡


帯郭の南側にある郭内の通行を妨げるための門。
本丸帯郭矢野門跡

帯郭の北東隅ある門で搦手方面と繋がる虎口。
竹之丸二重櫓跡

二の丸石垣(東面)

二の丸の東側に残る長い石垣。
二の丸はほとんど壊滅している中で貴重な遺構です。
二の丸堀跡

二の丸の西側の堀跡で、かなり浅くなっていますが周囲よりも低くなっています。
二の丸元太鼓門跡

二の丸南面にあった大手門跡。
二の丸太鼓櫓(移築現存)

先ほどの太鼓門脇にあった二層の櫓で、現在は福島地方裁判所白河支所の東側に移築されています。
維新後、民間に払い下げられ茶亭に使用される等紆余曲折を経ましたが、令和4年に修復され現在地に再移築されました。
移築とは言え、小峰城では唯一現存する貴重な遺構。
二の丸会津門跡

こちらは二の丸の西側にあった門。
石垣の一部のみ残っています。
三の丸尾廻門跡

三ノ丸北側にある搦手門跡。
先ほどの本丸帯郭矢野門に繋がる場所にあります。
外堀(北西側)

本丸や同帯郭の北側から西側を囲む水堀。
三の丸石垣(北面)




城の大手が南側であり、現在も駅や駐車場が南側にあるため、北側はあまり見られることが無いと思われますが、立派な石垣群が現存しています。
特に、三の丸北側の長距離石垣は見ごたえあり。

ここら辺は最近樹木が伐採されたようでして、やはり、無駄な樹木が無い方が城の構造を堪能できますね。
三の丸道場門跡


城内と城外を区切っていた門の一つ。
白河駅の南にある図書館横に発掘展示されています。
いやぁ、こういう展示方法は非常に素晴らしいし、全国の城跡活用のお手本にすべきです。
特に、同じ駅前でも、せっかく発掘されたのに開発のために埋め戻し、もしくは破壊してしまった、ここの対応とは大違い。
なお、当時の場所はこの辺。

復元された御三階櫓や門は勿論のこと、石垣が非常に立派で散策していて楽しい城です。
また、東日本大震災で甚大な被害を受けたものの、完全修復され、復興の象徴とも言える城でもありますね。
オススメ。
マップ
より大きな地図で 城 を表示