昨日、以下の原稿を書いて投稿しようとしたら、インターネットに繋がりませんでした。「韓国のネチズンの攻撃か」などと極小ブログの立場を弁えずに勝手に想像してしまいました。
先ほど復旧しましたので、「一日遅れ」ではありますが、「竹島の日」の内容ですので日にちなどに手を加えず、そのまま載せることにします。


今日、2月22日は「竹島の日」です。
昨年5月末にブログを始めたため、「竹島プロジェクト」初参加で迎えた「竹島の日」です。
私がバナーを頂戴したくっくり氏の「ぼやきくっくり」では、「日本統治肯定で逮捕の韓国人作家『嘘の歴史で反日に』」が掲載されています。私の駄文などよりもずっと参考になると思います。

今日は、「○○の日」に関する過去記事の紹介を中心に「竹島の日」と「竹島」について書こうと思います。

『尖閣の日』」に外国人地方参政権を考える」でもリンクしましたが、 改めて「竹島の日を定める条例」から、

(趣旨)
第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。
北方領土の日には「『日の丸・君が代』訴訟2 旭川学力テスト判決」の中で、「北方領土の日」は「閣議了解」であると書きましたが、今日の産経新聞「正論」欄は、大原康男氏の「竹島、尖閣の日を国が制定せよ」でした。

「建国記念の日」には「『建国記念日』に神道指令を改めて読んでみた」を書いたのですが、その中にあるように「建国記念の日」は国民の祝日ですので法律で定めてあります。

大原氏は「北方領土の日」と同様に「閣議了解」にすべきとの主張で、私もそう思います。
しかし、竹島、尖閣諸島、北方領土はいずれも「主権」の問題で、国家の根本的な関心事項ですから「閣議了解」に留まらず、「祝日」という表現ではなしに「国民の休日」にすべきなのではないか、少なくともその提言をしても良いのではないかと考えています。

そんな提言をすると、「過激なナショナリズム」として朝日新聞や地球市民の方々からは批判を受けるのでしょうし、他国との間にも緊張が生じるだろうとは思いますが、他国の領土を勝手に自国の領土とする法律を制定している国もあることを忘れるわけには行きません。

すべては日本国民一般の「主権意識の無さ」に発していると思われますので、「主権が侵害されていることを認識する日」が有っても良いのではないかと考えてしまうのです。

「主権」というと「国民主権」・「主権在民」の「主権」ばかりがクローズアップされがちで、「統治権」や「最高独立性」としての「主権」が蔑ろにされすぎているのが現状でしょう。
「主権」の意味は、「谷垣総裁・存在の耐えられない軽さ 主権の3つの意味」で簡単に触れましたので、ここでは繰り返しません。

そして、「竹島」です。
私自身、「竹島」の存在や「李承晩ライン」は知っていましたが、「竹島問題」を詳しく知っているわけではありません。
現在発売中の「歴史通 3月号」に、濱口和久氏の「これだけは知っておきたい 日本領土-竹島」が掲載されており、その中から、私が知らなかったものをひとつ引用します(124頁)。

以下引用

日本政府は日本人抑留者の返還と引き換えに、「常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されていた在日韓国人・朝鮮人472人を収容所より放免して在留特別許可を与える」という屈辱的な要求まで呑まされています

引用終了

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」(憲法前文)が如何に“荒唐無稽な戯言”であるかを示す一例でしょう。
こんな中で平和的に日本の主権を確保するためには、まず国民が「真実を冷静に把握すること」から始める必要があると思われます。

私が「竹島問題」を良く理解していなかったのは、私自身が「情報獲得の努力を怠っていた」ことが最大の原因ではありますが、学校では一切扱われませんでしたし、その他でも「充分な情報」がなかったのも事実です。 「竹島」への関心が少しずつ高まったのは、「ベルリンの壁」の崩壊で、“科学的な真実”のはずだった「崇高なマルクス主義(共産主義)の理想」に対して一般国民が「現実を見る」冷静さを再確認したことと、ネットの力が大きいと思っています。

「北方領土の日」に書いた上記「「『日の丸・君が代』訴訟2 旭川学力テスト判決」の中で、日教組の先生の授業を受けた生徒が北方領土について「どこの国か分からなくなった」と言った、という報告の記事を紹介しました。
「侵略国家日本」と「労働者の理想国家だったソビエト連邦」の観点で話をすれば、子どもがそう思うことになるかもしれません。

「日本に都合の良いウソを教えろ」と言っているのでは無いのです。
日本側の国際法的な観点からの主張をICJ(国際司法裁判所)の話も含めて説明すれば、少なくとも「諸国民の公正と信義に信頼」するだけでは、国際問題は解決しないし、さらに「国際裁判の難しさ」も知ることになるのではないかと思います。

私が見た限り、今日の朝日新聞には「今日が竹島の日である」ことさえも書いてありませんでした(産経新聞は社説で取り上げています)。
一地方の「島根県の条例に過ぎない」ということなのでしょう。

竹島の日を「竹島を考える国民の休日にしよう」という主張が有っても良いのではないか、と私は主張します(表現がまどろっこしいのをご容赦!)。

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