「東京大空襲」について、人道主義に反するという政府答弁を閣議決定したという小さな記事が8日の産經新聞5面(15版)に載っていました。「『人道主義に合致せず』東京大空襲で答弁書」から、

以下引用(太字は済印によるもの。以下、同じ)

  政府は7日、米軍による焼夷(しょうい)弾の無差別投下で多数の犠牲者を出した昭和20年3月の東京大空襲について「国際法の根底にある基本思想の一つたる人道主義に合致しない」と強調した答弁書を閣議決定した。
 答弁書は東京大空襲に関して「当時の状況についてはさまざまな見方がある」と述べ、直接的な対米批判は避けた。「当時の国際法に違反して行われたとは言い切れない」とも指摘。大空襲直後の20年3月に、日本政府が米側に抗議したことにも言及した。
 社民党の福島瑞穂参院議員の質問主意書に答えた。

引用終了

 最後のところで、福島瑞穂参議院議員の質問主意書に対する答弁書であることが分かります。
 そこで、第183回国会(常会)の質問主意書からその内容を、漢数字を算用数字に変えて引用すると、

以下引用

質問第84号

 1945年3月10日の東京大空襲に対する政府の認識に関する質問主意書

1 東京大空襲について、当時の重光外相が「今日、諸国間で合意されている国際法と人道の原則に対するもっとも深刻かつ重大な違反」との主旨の抗議を米国政府に1945年3月22日に行ったとの報道が、朝日新聞(2008年3月10日)に掲載されている。このように、当時の外相が抗議を行ったとのことだが、それはどのような内容の抗議文か、また、どのような方法・形式で抗議が米国政府に届けられたのか、などについて当時の具体的な情報を明らかにされたい。

2 重光外相が行った抗議について、当時の政府はその発信行為及び内容を承認していたのか

3 当時の米国政府は、どのような回答、対応をしたのか明らかにされたい。

4 安倍内閣は、東京大空襲について、国際法に違反する行為との認識を持っているのか。また、当時の重光外相の抗議についてどのような認識を持っているのか。

 右質問する。

引用終了

 これに対する答弁書は、どうもコピーをそのままpdfにしたようで、コピペが難しいので書き出してみると、

以下引用

1と2について:
 外務省において保存されている文書において確認された範囲では、昭和20年3月22日、我が国政府として、米国政府に対し、ご指摘の東京大空襲等について非難し、抗議することとした。この抗議(以下「本件抗議」という。)は、スイスを通じて米国に伝えられたものと承知している。

3について:
 本件抗議への米国政府の回答及び対応については、政府として承知していない。

4について:
 政府としては、当時の状況については様々な見方があり、ご指摘の東京大空襲は、当時の国際法に違反して行われたとは言い切れないが、国際法の根底にある基本思想に一たる人道主義に合致しないものであったと考える。また、本件抗議に関する認識のような歴史的な事象に関する評価については、一般的に、専門家等により議論されるべきものと考えていることから、本件抗議に関する認識については、お答えを差し控えたい。

引用終了

 「国際法の根底にある基本思想に一たる人道主義に合致しない」という、歯切れが悪い表現になっています。
 これを読んだ当初は、東京裁判とサンフランシスコ講和条約との関係が影響しているのだろうと思ったのですが、そもそも当時の国際法に照らしてどうだったのか調べてみようと思い立ちました。
 というのも、戦時国際法は国際法ではマイナーな分野であるばかりでなく、現在では「国際人道法」なんていう言い換えが為されているもので、あまり資料がないところなのです。

 さらに、アメリカなどの戦闘行為に関して問題になる所謂ジュネーブ条約は戦後のものですので、大東亜戦争時の戦時国際法を良く把握せずに今日に至っていたからです。
 そこで、この機会に確認してみようというわけです。

 分かったのは、当時、空爆に関する明確な規定がなかったということです。
 まず、軍事板常見問題の「国際法」のところから根拠と思われる部分を抜き出すと、

以下引用

【質問】
 戦略爆撃は民間人が巻き添え食って死ぬことがほぼ確実なわけですよね?
 それなのに,軍事作戦だから非人道的だが戦争犯罪ではないという理屈がよく分かりません.
 やはり小林よしのりが言うように,そういうふうに白人がルールを捻じ曲げた?

【回答】
・  ・  ・  ・  ・
 ハーグ空戦規則案(批准が行われていないため,法としての効力は発生していないものの,空戦に関して各国はこれに準拠している)では,24条1で,軍事目標に対する爆撃のみが適法であるとされています.ここでいう軍事目標とは,「その破壊もしくは毀損が明らかに軍事的利益を交 戦者に与えるような目標」と規定されています.
 また,24条3では,陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市への爆撃は禁止され,4では,直近地域にある場合には,「兵力の集中が重大であって,爆撃 により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするに十分であると推定する理由がある場合に限り」適法である,とされています.
 25条では,4の場合にも爆撃の対象とならない施設と,その施設を明示する標識,および標識の不正な使用の禁止について述べられています.
・  ・  ・  ・  ・
 第二次世界大戦中の法概念の変遷は,概略以上のようなものです.
 ちなみに,戦後は,ジュネーブ条約の第一追加議定書(1978年,効力発生)において 「紛争国当事国の軍事行動は,軍事目標のみを対象とする」(48条) とされており,51条5(a)で,目標区域爆撃は無差別攻撃として禁止されています.
 また同時に同議定書においては,軍事目標の定義についても,空戦規則のものより更に精密なものになっています(52条2).
 また,爆撃の被害を避ける予防措置についても,攻撃側に一定の義務を課し(57条2a-c),同時に,被攻撃側にも攻撃の影響から文民が被害を受けることを予防する義務を課しています(58条).
 以上,国際人道法(藤田久一著)pp.109-117より

引用終了

 ハーグ空戦法規が批准されていなかったことが分かります。

 「ミネソタ大学人権図書館」にあったハーグ空戦法規案から、24条だけ挙げると、

ハーグ空戦法規案
24条[爆撃の目的]
1 空中爆発は、軍事的目標、すなわち、その破壊はき損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われた場合に限り、適法となる。

2 右の爆発は、もっぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は明らかに軍需品の製造に従事する工場であって重要で、公知の中枢を構成するもの、軍事上の目的に使用される交通線又は運輸線に対して行われ場合に限り、適法とする。

3 陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅又は建物爆発は、禁止する。第二項に掲げた目標が普通人民に対して無差別の爆発をなすのでなければ爆撃することができない位置にある場合には、航空機は、爆撃を避止することが必要である。

4 陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であって、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理由がある場合に限り、適法とする。

5 交戦国は、その仕官又は軍隊がこの条の規定に違反したことによって生じた身体又は財産に対する損害につき、賠償金を支払う責任がある。

 このハーグ空戦法規案のうち、航空機の定義や外部標識などは国際慣習法になったのでしょうが、24条が国際慣習法となったのかは疑問であり、それゆえに先の「答弁書」になったものだと思われます。

 これに関して疑義を提示している方もいました。
 「森羅万象の歴史家」の「空襲と国際法-東京大空襲は1907年ハーグ陸戦法規第25条違反」から、

以下引用

 1937年12月の南京攻防戦における南京は戦時国際法上の防守(占領企図に対する抵抗)を形成し、防守都市に対する無差別の砲爆撃は適法であったにもかかわらず、日本軍は軍事上の必要を犠牲にして南京に対する無差別の砲爆撃を敢えて行わなかった。
 1945年3月の東京大空襲における東京は戦時国際法上の防守を形成しておらず、非防守都市に対する無差別の砲爆撃は違法であったにもかかわらず、アメリカ軍は人道の尊重を犠牲にして軍事上まったく不必要であった東京に対する無差別の砲爆撃を敢えて行った
 日本軍とアメリカ軍の間には雲泥の差異があった。しかし今なお多くの日本国民は、日本軍が最も残虐非道な軍隊だったと思い込んでいる。小中高大の学校が戦争のルールである戦時国際法を一般国民に教えないからである。
 だから産経新聞の主張までも、陸軍と空軍に適用される1907年ハーグ陸戦法規第25条ではなく、未発効に終わった1922年空戦規則を基準にアメリカ軍が1945年3月に行った東京大虐殺を批判するという可笑しな間違いを犯してしまう。
(以下、略)

引用終了

 ハーグ陸戦法規25条というのは、条約付属書のことだと思います。

ハーグ陸戦法規
25条 防守セサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ如何ナル手段二依ルモ之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス

 但し、条約自体の1条は、

1条[陸軍に対する訓令]
 締約国ハ、其ノ陸軍軍隊ニ対シ、本条約ニ附属スル陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則ニ適合スル訓令ヲ発スヘシ。

となっています。
 条約の署名が1907年(明治40年)、効力発生が1910年(明治43年)、日本での公布が1912年(明治45年)1月で発効が2月のようですから、当時は航空機による攻撃は想定していないと思われます。
 その後の改定などがあったかどうかは確認が取れませんでした。
 少なくとも拙ブログが持っている「解説 条約集」(三省堂)には、その旨の記載はありません。

 従って、日本政府(内閣)として、「当時の国際法に違反して行われたとは言い切れないが、国際法の根底にある基本思想に一たる人道主義に合致しないものであったと考える」というのは、妥当なところだと思うというのが検索した範囲での結論です。

[追記]

 誤解がありましたので、陸戦法規の適用の可否について「東京大空襲4 空襲と陸戦法規の適用の可否」で再検討をしました。


新版 国際人道法
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国際条約集 2013年版
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