April 2007

昨夜、大好きな夫婦のお宅に、ひさしぶりにお邪魔した。
高校のときからの友達 まほちゃんと、だんなさんの はやとさん。
それぞれ人として大好きなんだけど、組合わさったときにまた良い味を出しはる、
ナイス・カップルなのだ。

ふたりは長くアメリカやカナダで暮らしていたためだろうか、
なんだか、変な気を使わなくて済む。
思ったことは口にするので、裏で何考えてるだろう、みたいな腹の探り合いもないし。
(帰国子女同士の楽さ?)
よい意味でドライな雰囲気がまずある。

でも、ふたりに会うと、
必ず!!あとで、すっごくさわやかな気分になるのだ。
「読後感」みたいなものが、とっても清々しいのだ。

なぜだろう?っていつも思っていたので
この度少し分析してみた。

まず、「絶対に自慢話をしない」。

あの〜、ちょっと毒吐いていいですかっ。
大人の飲み会ではよくいるですね〜、自慢話が止まらないおじさまとか。
過去の栄光を並べる人とか。
そして、人の話は聞かない。
聞くきっかけがあっても、無視して自分の話を続けたりする。
うー。これ、疲れるんですねー、周りはねー。
「あの、あなたは自分にしか興味が無いのですか〜?
そんなに自分が好きなのですか〜?」
周りの人も飽き飽きしているのが、結構わかる。
でも、ご本人だけ気づかないのねー、これねー。
結構そういう人にたくさん出会う。

しかし、このふたりは、自慢をするのではなく、
本当に面白いから、どうしても人と分かち合いたい、という話をしてくれる。
最近楽しかったこととか、面白かった発見の内容を話してくれる。
その発見をした自分に酔うのではなく、ね。
そして、それと同じくらい、人のことにも興味を持って、話を聞いてくれる。
で、互いの話からその場で発想したことを素直に盛りこみ、会話が形成されていく。
お互いに、すごいと思ったことは「すごいね−!」と興味を示し
喜ばしいことは、思いっきり「よかったねー!」と、喜び合う。
牽制しあったりしないで(意外のいるんですよ、そういう方も)、
気持ちをちゃんとシェアする。
そんなやりとりが本当は普通のことなんだけど
哀しいことに、そうじゃない場合が結構多くて・・・。
だから、ふたりと話すと、とっても健やかな気持ちになる。

さらに、ふたりの、互いに掛け合う言葉が、いい。

お互いをちゃんと、言葉にして褒める。
お互いのよさを認めていて、それを人前でもちゃんと述べる。
それを嫌みなくやってのけるから、またすばらしい。
よく人と話していて聞く「うちの嫁なんて」「うちの人なんて」というダウナーな言葉は
結構、いやな気持ちになるんだ、聞いてて。

ちなみに、この日は、まほちゃんが超豪華ディナーをすべて手料理で振る舞ってくれて
感謝感激雨あられ!!
最近は、美味しい家庭料理がほんとに身にしみる。
フルコースって感じで、最後は、型から手作りのフルーツタルトまで登場!!きゃあああ♪♪
ごちそうケーキ






そんなときも、はやとさんは、ちゃんと言葉で料理を褒める。
多分一日かけて、夜のために用意してくれたんだから、
なにも言わずに食べたら、女子としては哀しいよね。
美味しいって言ったり、ありがとうって言ったりって
当たり前のことなんだけど・・・
当たり前の人間関係だって思って、
言わなくなっちゃうことってたくさんある。
わたしは、ちゃんと「美味しい!!」と褒めているはやとさんの言葉で
さらにお料理を美味しくいただけた。

健全な夫婦と接していると
自分の心の逆剥けも、いつのまにかなでられ
自分の心の凝りも、いつのまにかほぐされ、
帰るときにはちょっと別人のように
空気がたくさん吸えるようになってた。
まさに、癒し。
ありがたいね・・・感謝だす。

そして、人生勉強もさせていただきました〜。
ありがとう。

長くなっていますが
最後にとってもかわいくて笑えた
ふたりのお宅のミルクサーバーをご紹介。
牛くんの口の形がたまらんっ。
ぴゅーって出した後は、ちょっとよだれ垂れそうだ。
そして、ケーキの脇に置けば、物欲しげな牛くん。
モォーーーーー。
牛くん注ぐ牛くん垂れる







牛くん欲しそう

いろいろな方にご心配いただき、申し訳なかったです・・・。
温かい励ましのメールやコメントを、ありがとうございました。
申し訳ないとともに、とてもとても、心にしみています。

ここ最近、surreal(超現実)な感覚が私の脳の中を覆っていることが多い。
ダリのシュルレアリズム絵画みたいな雰囲気?
時計がくねくねしている向こうを見ると、砂漠だ、とか
絵の点々をよ〜〜〜く観ると、ハエだった、とか
なんか、そういう「雰囲気」に、自分が覆われるがあって、不思議だ。
どういう意味か分からないけど。いや、ほんとは分かるかな。
いろいろ自分の中に持つジレンマや疑問が、「雰囲気」として自分を覆うのだろう。
なんだかそういう時期らしい。

そんな中、中学時代からの付き合いの親友、佐和が、言葉を贈ってくれた。
「未だ足らざるを知るを以って、吾唯、足るを知る」
吾唯知足
龍安寺の茶室蔵六庵の蹲踞(つくばい)に刻まれている字だ。
蹲踞は茶室に入る前に
手や口を清めるための手水を張っておく石。
そこに、「吾唯足知」と4文字刻まれている。







佐和は言う。
「そろそろ中年期に入ろうとしている私たちの次のステージでは、
観念的な自分と現実の自分の融合を目指すのも悪くないかと思うよ。」
そうだね。
我々はスーパーマンじゃないし
周りとの比較で考えてしまうと、劣っているところとか足りないところとか
見えすぎちゃうくらい見えてしまう。
そういうところで、自分を責めても意味は無い。
いかに自分が足りないかをよく心得ながらも、その足りないということを受け入れる。
それは、能力的にも、肉体的減退的にも、大事なことかもしれない。
自分の祖母が、かつてできたことができなくなる自分にイライラしているのをよく見ていたが
その気持ちが分かるようになってきた。

と、同時に、
やっぱり、自分のヴィジョンと向き合い、
それに対して、いま何が足りないか、何を捨てるべきかを「知る」、
あるいは知ろうとすることは
いくつになっても続けたいと思う。
吾唯、吾として在る。
それが唯一できることだろうから。

自らに関する真実を
さりげなく自分で言い当てちゃったとき、
この上なく、さみしく、取り返しがつかないような気持ちになる。
胴体が空洞になったような。
自分が一番好きなマグカップを、落として割ってしまったような。

何もする気がしない。
どうして、こう疲れきってしまうのだろう。
効率の悪い自分に・・・ためいき。

昨夜は、仕事用の大事なものをなくした。
最近、ほんとうによくものをなくす。
いつもものを探しているような気がする。
忙しさで、いつも頭の中がいっぱいいっぱいな気がする。
それで、上の空で物を置いたり、入れたり、落としたり・・・。
はぁ・・・。
そんな自分のダメダメさが身にしみて、
シャワー浴びながら、涙が出てきた。虚し泣き。
ほんとうに自分が嫌になるよ。
目を腫らして、疲れて、寝た。

きょうは疲れて、夕方からずっと頭痛。
頭内が脈打ち。
疲れてなにもする気が起きない。
世の中もっと大変な人は、たんといるのに、と思うと
また落ち込む。
なんか無理があるのだろうかぁ。

ダメダメな自分でいいことは
日々人に助けられてることを痛感すること。
感謝の気持ちが、明日また踏み出す力を与えてくれるのだ。

先日、中高時代の友達の集まりがあった。
神戸の女子校の仲間だ。
一学年150人くらいしかいなかったので
誰かが誰かとつながっている。
結構いまも仲良しがたくさん。

今回は、よく会う友達2人、
5年ぶりくらいの友達1人、
そして、たぶん高1以来会っていない子ら2人!
(ぎょえ!こわくて何年会ってないかは口にしないことにした・・・汗)
計6人で、飲茶夕食。
関西やら他県やらから来た子もいたので、2時間限定食事会だ。

不思議なことに、
いま何の仕事をしているかも把握していない同士もいるのに
昨日も会っていたかのように話が盛り上がる。
しかも、めっちゃ関西弁。
飲茶ぱくぱくしながら、
話題はやはり、恋バナに〜☆
なんと、この時代の友達にしては最近珍しく、
6人中5人が独身やってん!ほほほ。

ひとりは、キャリアと恋を自分の手でつかむために
この夏イギリスに移住する。決断してエライ!
イギリス人の彼とどうなってんねーん、だいじょうぶなんか、向こう行くことについて相手の反応はどうやねーん・・・などと、限られた時間でバシバシ質問。
結果、いい感じ。感慨深い気持ち。

そのほか、微妙な恋愛中の子も。
相手が優しいからあれやけど、自分の方はほんまに好きになれへんかも〜。
とか言って。
でも、確かにこの歳になると、さみしいわよねー、さみしさよりは誰か居るほうが・・・
って思うやんねー、そんな強くないしねぇ・・・
というような意見も。

そして、出会いもないし、彼も作る気があまり最近起きないかも、という意見も複数。
あかん、確かにひとりとか、実家とか、気楽やけど、そっちに走ったらあかん、みたいな。
バッターボックスにまず立たなあかんわ、などとテーブルをたたくっ。

関西おんなトークは、楽しい。
まず、関西弁がリズムのことばだから、楽しい。
ラップでみんなで話してるみたいなもんかも。
わたしは完全にリズムの人なので、だんだんノリノリになっていく自分がわかる。
そして、
言うことが、めっちゃはっきりしているからおもしろい。
歯に衣着せないよ、ぜんぜん。
特に、どんどん歳を重ねると、
みんな意見がはっきり引き立ってくる。
「やめとき!」か「いけいけ〜!」かどっちか。
わかんな〜い。みたいなのは無い。
それが、おもしろさに磨きをかける。
男子に対しての見方も、好き嫌い、いい悪い、ずばっ。だしね。

そういう女子であることも生きていくのに役立つが、
そういう女子友達がいることが、実は、一番心強い。

東京国立博物館で開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像」展を
週末、観にいった。
ダビンチ旗
世界を回っているらしいこの展示、
実は、たまたた去年フィレンツェに行ったときに
すでに見ていた。
今回再び見にいったのは、
イタリア語で解説を聞くチャンスが浮上したため、
勇気を出して参加してみたのだ。

しかし、行ってみたはいいが
朝一番なのに
すでに長蛇の列!!!



ダビンチ列40分待ちだと言う。
ウフィッツィで観るときは、
ウフィッツィ自体の常設展もあるが、
今回の展示では、ほんとうに
「受胎告知」1点。それでこの混み具合?!
そうなのだ、今回の展示、
「受胎告知」以外は、
ダ・ヴィンチがノートに書き残した研究などを、
現代の人間が展示用に作ったというもの。
アート好きというよりは
理系の研究に興味のある方とか向きなのかも?
わたしは、絵画に興味があるので
この1枚しかほんものの絵画が展示されないのに、
大勢並んでいることにびっくり!
ダ・ヴィンチの人気を改めて実感した。

でも、ほんものだったら、1枚でも、生きているうちに観る価値があるのかも。

展示会場内も興味深い。
本館の中央の奥に
ほんとうにただ1点、
ぽつんとかけられていた。
そして、そこめがけて、
ウネウネ、遊園地の乗り物に並ぶときのように並ぶのだ。
すごい!
昔「モナリザ」が来日したときのニュース映像を思い出した。
ただ、そんな状態で観ているので
どちらかというと、絵よりも
前の人たちの後頭部を観ている感じだった。
あと印象に残ったのは、イタリア語での解説を聞くとき
なんか、自分がめっちゃくちゃ一生懸命で
自分でおもしろかった。ははは。
受胎告知
人混みの中にいると、自分の感覚器官は「閉じる」ので
今回は、絵からはあまり「感じ取る」ことはできなかった。
でも、絵画1枚の、人を動かす力ってすごいなぁ、って思った。
アートの力、っていうのでしょうか。
ちょうど投票日だったから、余計に感じたのかも。

イタリア人は、体調が悪いとき
スパゲッティに少しの塩とバターを加えただけの
プレーンのパスタを食べるそうだ。
日本のおかゆ感覚。

さすがのイタリアでも、そういうときはやっぱり、柔らかめにゆでるのだろうか。
イタリア人に聞くと
は?と、わたしが意味不明なことを言ったような顔をされた。
「いや?アルデンテ(芯が少しあるくらいの固めのゆであがり)だよ。
体の調子が悪いわけで、歯の調子が悪い訳ではないからね。
パスタは、"sempre, sempre aldente!!"(必ずいつもアルデンテ)に決まっているでしょ。」

おぉ、さすがだ。
異に優しいとか、消化がどうのこうの、とか言わない。
黄金のルール、アルデンテは絶対に譲らないのかぁぁ・・・妙に納得してしまった。

さらに、ミニ知識。
イタリア人のビジネスマンは、
ビジネスランチでは、ショートパスタを選ぶそうだ。
特にトマトソースの場合。
「長いスパゲッティだと、巻いているうちにソースがぴちゃぴちゃ飛ぶでしょ?ネクタイや白いシャツに。」
おぉ、飛ばしちゃう!って言う感覚は本場でも同じなのか。
それがビジネスマンの知恵になっているところがおもしろい。
日本のビジネスマンが、あまり会話をしたくない接待の場合はカニ料理へ、
というのと似ているかも。
ふふ。

今週は、なんかいまいち気持ちが安定しない日が多くて、
自分で自分にしんどかった。
先週末からいくつか気持ちがネガティブに揺れる出来事があったり
強い疲労感とか、それによる思考の高速回転とか、逆回転とか、
そんなこんながいろいろ複雑骨折した感じ。

でも、昨夜解けたかも。
その大きなきっかけは結構単純だった
「美味しいもの」。

昨夜は、あるレセプションがあった。ありがたい場。
それが、かなり名高いレストランで開催された。
日常、あまり口にしない「フランス料理」。有名なアラン・デュカスのプロデュースの店だ。
立食だし、ビュッフェスタイルだし、実はそんなに期待していなかったのだけど、
行ってみると、我が瞳がでかく見開かれていくのを感じた。
美味しそう!豪華そう!なんか、すごそーーーう!

まず、これにやられた。
ブタひええ〜!
子ブタの詰め物焼きじゃないですか。
あまり凝視したくはないが、なんだか興味が湧く、ですよね。
なんでしょう、ごちそうの象徴というか。
実際食べてみると、激ウマ!
中に、前もってハーブで料理されたレバー等が詰まっていて、
それと、白いお肉と、パリパリの皮との組み合わせが、旨味のハーモニー!
立食で食べる少量くらいがちょうどよい、リッチさ。

これを食べた瞬間から、なんか、体内変化の前兆を感じた。

ブタ料理の前後には、会場を回るウェイターさんがトレーで運ぶ
ちっさなコロッケ類みたいなアペタイザー、おちょこのようなサイズのグリーンピースの冷静スープ、お豆の入ったリゾットなど、いろいろ食す。
あぁ、美味しい!
舌と胃が喜んでいる!
数週間前のビュッフェとは、大違いだぁぁ♪

一緒に行ったのは、苦楽をともにしてきたような、女子先輩だったから
「美味しいね、美味しいね!」と、たわいもない感じで会話しながら食べていると
ほんとうにホッとしてきた。信頼できる人が近くにいるって、すてきだ。
来てよかったぁ・・・と思っているところに、またもや!!!

デザートトレイデザートトレイが回り始めたのだ!!!
きゃあああ!!!
すごいたくさんの種類のpetit gateauたち(小さなケーキ)!!
見た目にもかわいいし、美味しそうだし、一気に鼻息が荒くなる。
しかし、どう見ても、全種類は食べきれない。
自分の胃の大きさを悔やむ・・・。






厳選して、
1回目!
デザート1かわいい!
次々出てくるので
先輩は食べ逃すまいと
トイレを我慢していた(笑)









そして、2回目!
デザート2

すごいのは、全種類がすんごい美味しいのだ!
はずれがない。
フランスの底力を感じた・・・。

ミントチョコのタルトとか、オレンジとチョコのケーキとか。
一番美味しかったのは、ミニ・エクレア。
(お皿の端の細長いの)
いままでの人生で一番美味しいエクレアだった!
カフェの香りが口中に広がり、
外の生地とデリシャス・シンフォニー♪
食べた瞬間、雄叫びをあげたら、
ウェイターの男性が、
おもしろい生きものをみるように、こちらを見ていた。
(優しい目だったからよかった・・・汗)

そして、とにかく。その雄叫びをあげる頃には
胃だけではなく、わたしのハートも、
美味しいもので満たされていたみたい。
心も、肉体という器の中にあるからね。
よろしくないものが、美味しいものによって押し出されたのかも。
ところてんのように。

ありがたいね。

そういう気持ちになってから
今一度振り返ってみると
今週もそう悪くはなかったよ。

でも、仕事だけしていると
それが見えなくなるんだってこと、
少し、勉強になったかも・・・。

長くなってしまった。
素敵なコメントをくださったみなさん、inspireされました。ありがとうございました☆

もっと器のでかい人間になりたい。
動じない感じの、人間になりたい。

どうして、こう、疲れてくるとイライラしたり
あと、カチンときたり、ぶぅーって思ったり
してしまうのだろう。
最終的には、
「奥深くの何かがさみしいから」
のような気がするのだが・・・。

感情の露呈は、
あとで、ひとりになったときに
まとまった疲れとして、帰ってくる。

ほんとは、もっと大きな器の中で
お祭りの金魚のように、泳がせてあげたい。

たまに思うのだが、
わたしは、自分がたまに女子だということを忘れているときがある。
というか、男子の気になっている瞬間がある。
仕事に集中していて、ガツガツやっているときとか。
「俺がしっかりしなきゃ」っていう、マッチョな感じに脳みそが働いているときがある。
ぞぞぞっ。
やばいよね。これが増えたら、なんかこわい。

さらに、仕事で乾いてくると、それだけで日々疲れているから
女子的なことに気が回らなくなってくる。
ほんとは、おしゃれとか大好きなんだけどな。
時間もないし、気力もないし、どうでもいいかも〜って思うことが増えたり。
空港とかで買って、その後1回きりしか使ってない香水もいくつかあるし、
化粧品は、5年くらい持つ(減らない)。
そのほか、身だしなみとか、しぐさとか、もろもろ・・・。
それで、鏡に映った自分とは、なるべく目を合わさないようにする日々となり
悪循環が始まる。
ぞぞぞっ。

そんなとき、マジに鏡を眺めると、かなりげんなりする。
こわい、こわい、こわーい。

やっぱりね、たまに、
「あら、あたしって女子だったのね♪かわいいもの好き、おしゃれ好き、うふふっ。」
みたいに戻す瞬間つくらないとね、と思うきょうこの頃。
自分をその気にさせる手段を持っておく。自分の脳をその気にさせる、ね。
買い物とか、爪をどうのこうのとか、エステとか、か?
少しめんどくささを感じる・・・(汗)
あと、あまりお金をかけるのはできないのねー。
あぁ、アメリカの映画みたいに
「かわいいよ、ハニー」とか、毎日褒めてくれるダンナをゲットするのは、
実は長い目で見ると、すごくお安い万円な、ビューティ法かも(笑)?!
褒められてその気になる、単純な女子向きです。(人間、意外と単純なはずだ)
香水

↑このページのトップヘ