July 2009

ちょっと夏休みをもらっていたが、
それもきょうが最終日。
はぁ・・・休みの最後って、ほんとうにブルーになりますわねぇ。

今年の夏休みのフィナーレは、
三ヶ月近く前にチケットを取り、楽しみにしていたライブだ。

bonnie1
YES! BONNIE PINK!!

なかなか良い、最終日の演出でしょっ♪と、
自分の計画力に拍手を送りながら、わくわくと出掛けた。
これまでボニーピンクは、武道館とか大ホールとか、大きなところでばかり見ていたが、
今回はライブハウス、スタンディング形式のライブじゃ。
よし、汗かいて、踊って、最終日のもやもやを吹き飛ばすぞ!

友達のゆきさんと会場に着くと、
すでにフロアにはかなり人が。
うーむ、真ん中よりうしろの辺りに陣取るが、
前の背の高い男子たちで、ステージ中央が見えにくい。
始まるとやはり、ボニーさんが、人の頭の間に見え隠れするって感じだった。

しかし、良いのだ。
ライブハウスという狭い空間だから、
バンドの音も、唄もガンガンと気持ちよい。
ニューアルバム「ONE」(オススメです!)から次々と演奏され、
身体全体でリズムに乗る。
よいね、よいね〜。

ゆきさんも数回泣きそうになったらしいが、
わたしも、やばかった。
すごく好きな「JOY」という唄の歌詞とメロディに案の定やられた。
そして、ギター1本の弾き語りで唄った、名曲「LAST KISS」が、また
最高でやんした。
ギターと声だけであれだけ聴かせてくれるんだから、
ボニーさん、素敵。
あの弾き語りバージョンがiPodに欲しいっす〜。

あと、「Get on the bus」という曲を唄う前のMCで言っていたことが、
心にぐっと入ってきた。

バスのゆっくりとした独特の速度は、人生と似ている。
乗っている自分が急いでいるときも、同じゆっくりとした速さでしかバスは走らない。
急いで先に行かなくちゃ、これをしなくちゃ、と思っているときほど、
人生も、ゆっくりしか進まなかったりする

という内容のことを話していたのだが、
すごく共感してしまった。
確かに、
急いで、アレもしなくちゃ、コレもしなくちゃ、とイライラしたり、
焦ったり不安になったりすることは多々あるのだが、
そういうときほど、事態はゆっくりとしか進まないもの。
そうよね、焦っても仕方ないものね、なんて考えながら、
夏休みのラストを締めくくったのだった。

さあ、明日から激忙ウィークが始まる。
まる1週間、息継ぎ無しでがんばらねばならない。
こわいわ〜。
休みボケをしている暇はない状況だ。
でも、焦らず、イライラせず、バスのように最適の速度で進みたいものだ。
しんどくなったら、手帖の前週のページを見て、
ひとりでニヤッとするかいなぁ。

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昨夜は、春につづき行われた、
バンド形式の送別会。
バンドのドラマーも転勤で東京を離れてしまうことになったため、
前回よりさらに盛大に、
本格的なライブ形式だった。
バンド演奏も最高だし、
代わる代わるマイクを持って参加者が唄い、派手なパフォーマンスを魅せる中
楽しさの縦糸と、せつなさの横糸が交差し、
時間が紡がれていく。
終わる頃にはみんながひとつの織物を手に持ち、共有しているような感覚。
飲むだけの送別会とは違う感慨がある。

音楽や唄というのは、
理屈を超えたエネルギーをその場で出し合うから、
送別会とか、
さまざま感情が絡む会合にとっても向いているのかもしれない。

理屈じゃない、甘酸っぱい浮遊感が、わたしのなかに残った。

200

東京では毎日、必ずチョコが食べたくなるのだが、
カナダではまったく食べたくならない。
コーヒーもあまり要らないと感じる。
あと、いつも歯を食いしばっているみたいでアゴが疲れるのだが、
それも、治った。

母曰く、「ストレスだわね」
そうか・・・・・・。

そして、たぶん、
景色がじゅうぶんに、目にSWEETなのだろうな。

心のすべてをとろけさせてくれる、地球の美しさをたくさんに吸いこんで
人生の酸いや甘いを考える。

van

van2

ちょいと喉が痛い。
ちょいと考え込んでしまうことがあり、
さらに、
ほんとうに、クーラーとか嫌いなわたし・・・
やられちまったっぽい。
とほ。軽いうちに治したい。

こんなときは、身体を温める。
原因である冷えと乾燥の反対、
温かみと水分を自分に処方する。
具だくさんスープだ〜。

レストランのメニューによいものを発見し、
頼んでみる。
コーン・チャウダー。
そしたら、具だくさんは具だくさんなんだけど・・・

soup
具、だくさん、過ぎないか・・・?

スープというより、煮物っす。
うーん、
これだと、「水分」の要素が足りない気がするが・・・
ま、いいのだ。
ちょっと笑えたし。
飲んでおいしく温まり、ほこっとして、
頭も一旦いろんなシワを伸ばして、
ぐっすり寝るのだっ。

bananabread
バナナ・ブレッドが好き。
あと、キャロット・ブレッドとか、ズッキーニ・ブレッドとか、
アメリカやカナダで過ごした子どものころに口に馴染んだものたちは、
いまも、わたしの味覚をくすぐる。
幼いころ美味しく食べていたものって、
ぜったいに舌が覚えているのだ。
すごく欲したり、
あるいは欲しているのに気づかなかったのに、食すと安心する場合もある。

ズッキーニ・ブレッドは、母がよくうちで焼いてくれていたので、
もしかして、自分にとっては、おふくろの味のひとつかも。

上記パウンドケーキ系のものは、
しっとり感と、しっかり重さのある感じ、
そして、バナナのねっとり感とかキャロットのシャキシャキ感とか、
具の歯触りが少し残った粗さと自然な甘みが、たまらない。
おやつなのか、軽い食事なのかがわからない、
曖昧な存在感も、たまらない。
色や見た目も好みで、たまらない。
シアワセな美味しさ。

あと、ボソボソした、巨大なクッキーとかも捨てがたい。
オートとか入っている、粒のでっかいボソボソの味わえるクッキー。

cookie
クッキーと呼ぶには巨大・・・(笑)

ふつう、ボソボソしている、というのは、
美味しくないときに使う表現だと思うが、
それが、わたしにはたまらないときがあるのだ。
「わ、すごいボソボソしてて、美味しい〜」とか言うと
うちの母はたいてい顔をしかめる。
母にとっては、味見しても飲み込めないくらいマズく感じるらしい。
のに、わたしは、それが美味しいと感じるのだから、
幼いころの味覚って、すごいのね。

なんにせよ、しっかり味わって、
自分なりの味覚をフルに働かせたいものだ。
毎日、せっかく食べ物を戴いているのだから。

今年初めて見る花火。
あ、いや、今年、というが、
考えてみたら、前回ちゃんと花火を見たのなんて、
いつのことやら覚えていないほど昔だ。

というわけで、一層、花火のパチパチ、どーん、という音が身に染みる。
夏、だす。

fireworks1
夕暮れの空が、美しすぎる舞台を用意する。
そこで、短い一瞬にかけた、エネルギーの爆発が始まる。
夏を愛でる、喜びのダンスのように。

fireworks2
花火は、いつも、日常の景色の中に奇跡が起こったような、
角の立った違和感が素敵すぎる。

fireworks3
三十分程の間に、舞台は真っ暗に変わる。
地球は回っているんだな。

そこで、花火の迫力に興奮し、
思わずワァーッ!とか、ひゅーひゅー!とか叫ぶ声々が聞こえるのは、世界共通。
美とエネルギーへの歓喜は、
世界共通なのだ。
fireworks4

気持ちをぴりっとしたいときとか、
気分や身体が重ーくてシャッキリしないとき、
コーヒーが飲みたくなる。

アーユルヴェーダ(5000年前もの昔に起源する、インドの医学システムのようなもの)では、
コーヒー(カフェイン)は薦められないとされているが、
どうしても飲みたいならば、
消化を助けるために、「カルダモン」のスパイスを入れるとよいと言われている。
それを聞いてから、カルダモン入りのコーヒーにハマり気味。
だって、胃腸によいばかりか、
単純に、味も合うのである!

cardamon
カルダモンというのは、こんな鞘に入った実だす。

cardamon2
コーヒーの場合、鞘をパカッと割って、
中の黒い種みたいのを出す。

cardamon3
これを、さらに潰して(擦って)細かくする。
おぉ、ツーンとした華やかな香りが広がる。

カルダモンをコーヒーに入れると、
ただのブラックコーヒーも、ちょっとキャラクターのある味(香り)に成る。
2杯、3杯飲まないとすっきりしなかったものが、
こうすると、1杯にかなりの満足感がある。
なにより、コーヒーがちょっとしたイベントにもなり、
日常生活を楽しくする。
嗜好品も使いよう、だわ。
気持ちもサッパリ。へへ。

coffee

ものごとの途中で、
「どうせ、自分は・・・」とあきらめモードになり、スイッチを切ってしまうことが、
わたしはけっこう多い。
仕事のときは、仕事の役割という兜をかぶっているので、
そういう感情はオフにして踏ん張れるのだが、
仕事を離れると、
すぐに気弱になり、一度トライしてだめだと、すぐあきらめてしまうのだ。
高校の頃からずっとそうかもしれない。
「あぁ、やっぱりねぇ・・・状況は変えられない」と自分の中で、エンストしてしまう。
自分を見限ってしまうくせがついていた。
でも、この1週間、
それを変えると大きいのでは、と実感した。
エンストしてしまった気持ちに、
よいしょ、と今一度エンジンをかけて、もう少しだけ「トライ」してみると
叩いたドアが開くとか、
状況が好転するとか、
新しい希望を感じるというような感覚が味わえることが
いくつかの体験を通してわかったのだ。
何年もの長い間「これはこういうもの」と割り切っていたことだって
変えられることもある。
すぐにあきらめないというのは、大事なんだ。
自分にとっては、ものすごい発見。
知識上の発見というより、
一歩踏み出すと、希望や可能性、変化という実りがありうるのだという、
感覚的な発見。
自分の内側で、うっふっふ。

apple

この世には、
現実か幻か、
わからないようなひとときがあるものだ。
美しく、尊く、気づきに満ちた、天からのプレゼントのような
チャンス、
ってあるんだ。
時間が止まっているようなひととき。
「ホラ、今だよ、今!」と、背中を押す声がする。

そして、
また地球は回りはじめる。

回りはじめてから振り返ると、思うのだ。
あれは、ほんとうだったのだろうか・・・
自分次第なのかも、しれない。

sunset

美しすぎる色は、
瞳を通り、喉もとを通り過ぎ、
そのまま胸の上部までたどり着いて、
こちょこちょ、と
心をくすぐる。

こそばゆい。

hanaaoi

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