美術博士 純丘曜彰教授のドイツ大学講義日誌

マインツ大学 メディア学部 映画学科 客員教授

November 2007

本郷のイスラーム学

 本郷の続き。とにかく当時は、「軽チャー」だとか言って、フランスの高校水準のわけのわからない哲学用語の翻訳本での聞きかじりを他学科の連中がやたら使いたがって、原書でまともにやっている哲学科の学生としては、まったくわけがわからなかった。哲学科にしたって、本郷と百万遍、そして八雲以外は基礎語学力が落ちてめちゃくちゃで、某KO大学の哲学科のやつが、うちのゼミではいま「Time and Being」を原書で読んでる、と言ったんで、一同、ぶっとんだ憶えがある。
 で、先述のように、本郷でも、教員も学生も、半分くらいはその路線に便乗し、やたら饒舌になった。その一方で、半分くらいは深淵臥龍となった。なにより深かったのが、1982年第一類(文化学)にできたばかりのイスラーム学だった。学生1人に教員2人みたいなすごい学科で、友人が受講する、というから、もう一人の友人と付き合いで出席していた。だから、広い教室(ふつうの教室だが、やたら広く感じた)で、前の方に座る学生3人だけの講義だ。
 まあ、つきあいだから、くらいのつもりだったのだが、これがおもしろい。しょせん入門者で、アラビア語だのペルシャ語だのまで読めるようにはならなかったが、カタカナないしローマ綴りにしても、その思想世界は新たな発見がいっぱいだった。
 そもそも、イスラーム学科は、第三類ではなく第一類だった。つまり、語学や外国文化としてではなく、哲学思想として設置された、ということだ。読んでる本にしたって、井筒俊彦だの、中村廣治郎(この人が先生)だのだ。もちろん最初は『クルアーン』からではあるが、めざすところは、イスラームの神秘思想の理解だもの。
 神秘思想のたぐいは、ヘルメスとかエックハルト、神仙思想や真言密教、等々で、ある程度は展望があったつもりだが、イスラームのはかなりタイプが違う。まあ、神人合一なんて言ってしまうと簡単そうだが、そんな話ではない。一般に神秘思想は、閉鎖カルト化(そう言えば柳川先生にも習ったなぁ)するのだが、スーフィーイズムは、むしろ宗教開放の方向に働いた。井筒先生が禅からスーフィーイズムにのめり込んだ理由はこれだ。しばしばダルヴィーシュ(スーフィーの僧)は、浄土教の念仏僧ようなものと言われるが、神威破戒的な禅僧のような大胆さこそが魅力だ。その教えは、きわめて平易な寓話で語られる。が、深い。いきなり核心を突く。
 こんなのだから、ダルヴィーシュは、書かれた字句の解釈に拘泥する形式主義的なスンニ派の原理主義とは相性が悪い。地上の権威による解釈など、小指の先でひっくり返す。で、やたらダルヴィーシュを死刑にしたのだが、スーフィーは根強い。民衆は、原理主義には逆らえないが、心情はダルヴィーシュを待望している。まあ、カリスマ的天才肌と官僚的秀才肌の違いか。
 アメリカは、空港から駅まで、まるで前科者扱いだ、二度と行きたくない、と、ムスリムの友人が怒っていたが、世界は、イスラームに関してあまりに勉強不足だろう。近年、ハングル語だの現代中国語だのが大学における基礎外国語になったが、正直、学問的にどれほどの意味があるのだろうか。チンケな卒業旅行か。当然あってもいいが、みんなで大学やるような語学か。こんなの世間の語学学校でやれよ。歴史文化的な広がりを考えれば、大学としてはアラビア語の普及の方が急務だろ。私もきちんと習いたい。てなことを言ったって、ラテン語だって、最近は、教員もできない連中ばかりだものなぁ。やはり思想性のかけらもない工学系実務学科まで東大が学部扱いにしたのが根本的な間違いだったのかなぁ。海外だと、ああいうのは、きちんんと学位も別なんだけどねぇ。

研究者の心得と渡辺二郎先生

 当時、文学部で最も存在感があったのは、誰を置いても渡辺二郎先生だ。哲学科に進んだとき、ハイデッガーの『存在と時間』を読むに当たって、渡辺先生の『存在思想』は、なんども繰り返し読んだ。感動した。巨大な岩山を測量しつくすかのように全体に張り巡らされた目配りは、新たな発見の連続だった。加藤尚武先生の『ヘーゲル哲学の形成と原理』もおもしろかったが、『存在思想』はケタが違った。まして、これに続く『実存思想』の方は、しばらく歯が立たなかった。大学院で繰り返し読んで見ていたが、難しい。
 とはいえ、このころ、渡辺先生は、どう考えても精神的に変だった。このころ、なにがあったのか知らないが、いつもイライラしてばかりだった。いろいろ忙しいのだろうが、大学にいらっしゃっていながら、突然に講義やゼミをすっぽかすことがしょっちゅうだった。十数回ある講義のうちの半分そこそこの回数しかやらなかった。何度も、ムダ足になった。
 しかし、それでも足を運ぶべき価値のある講義だった。当時、イデーンの翻訳を手がけていらっしゃったのだが、講義でその解説なさっていた。つまり、本にもなっていない、リアルタイムの研究プロセスを語るのだ。これがおもしろくないわけがない。この途中で、論理実証主義の問題に触れることもあったが、その誤解と思われる点について、恐れ知らずに私は質問したことがあった。これがなぜ恐れ知らずかというと、渡辺先生が蛇蝎のごとく論理実証主義を批判していらっしゃるのは、知らない者がいないことだったからだ。しかし、いつもイライラしていらっしゃる先生が、学生ごときの話に、とても真摯に応対してくださり、翌週にはその相当部分の原典を引用して、さらっと訂正なさった。ますますすごいと思った。
 一度だけ、講義の中で、渡辺先生が自分の研究スタイルのことについて語られた。これまた知ってのとおり、あの先生の研究は、哲学なのかどうか、議論されるところであり、それはまた、日本の、そして現代の世界の哲学研究の姿勢に関わる問題だ。つまり、あれは哲学なのか、それとも哲学と分けるべき哲学者学なのか。先生のおっしゃるに、拙速にして哲学者の亜流たることを恐れる、とのことだった。いつかはハイデッガーやニーチェに比肩する自分の哲学を語る心づもりもあったのだろう。その後、『人生の哲学』等々を記されたが、その成否については言うまい。
 しかし、自分は、あえて亜流たることも恐れず、自分で荒波に飛び込むことを選んだ。そして、『存在思想』とはまったく別のスタイルながら、七〇〇頁近い自分の本と言える本を出したとき、何人かの先生にも献本した。返事も来ない先生、形ばかりの賛辞をくださる先生の中にあって、渡辺先生がくださった返事は、的確な要約と評価と批判が書かれていた。やはりすごい。

本郷の鬱屈と成瀬治先生

 今度は本郷の思い出だ。成城学園の関係もあって、そのうえ家も近かったので、ドイツ史の成瀬治先生には、とてもお世話になった。このころ、先生は、ナポレオン戦争前後のドイツ小国の動きと国民主義の発生を追っていて、話はえらく細かいところに入り込んでいた。
 成瀬先生は、ルター派で、毎週、きちんと教会に通われ、オルガンを弾かれた。地道な研究の中に大局を見ることを重んじられた。このころ史学科は充実していた。湯気立つ先生もいらっしゃって、その歴史哲学の講義も取ったが、哲学でディルタイをやっている学生の感想からすれば、ちょっと基本が粗いなぁ、と思った。学生は、面と向かって言わないが、それなりにいろいろ考えているものだ。それにしても、あれこれ言えるくらい、選り取り見取りで、良い先生方が多かった。
 しかし、先生方からすれば、当時、本郷の文学部は、良い状況ではなかっただろう。世間の雑学を偉そうにしただけのような考現学風の社会学系が新聞研を含めて大声で膨れあがり、静かな研究に徹する哲学系や文学系を圧迫しており、学部長の問題をもあって、対立を深めていた。
 成瀬先生は、その悪い時期に北大から本郷に来た。今道先生や渡辺先生のように、ガンガンモノを言って行く教授もいないではなかったし、また、社会学系でも重厚な理論派の先生は、このカルチャー傾向に意義を唱えたが、大半は、むしろ黙って引いてしまった。当時、私は理解していなかったが、この対立の遠因として、70年前後の左翼全学連による教授の吊し上げの問題がまだ尾を引いていたようだ。安田講堂も、まだあちこちが破壊されたままで封鎖され、壁にも火炎瓶の煤の後が残ったままになっていた。あの手の連中とそれを裏で扇動した一部の教員や元院生に対するまともな先生方の嫌悪感は沈黙のまま続いていた。(言うまでもないが、当時の北大も、かつて荒れた大学のひとつだ。)
 成瀬先生は、そういう学内問題にはあまり関わろうとしなかったようだ。一方、学生の指導は丁寧だった。そればかりか、私のような院生や学部学生を自宅に招いて、楽しく研究を語った。だが、やがてワインの量が増えた。退官後、成城大学に移られたが、体調は芳しくなかったようだ。退官後、するっとうまくどこぞの学長になった湯気立つ先生のように、要領の良い身のこなしのできる先生ではなかっただけに、内面に負担が大きかったのだろう。
 この積年の対立を払拭するためであるかのように、その後、東大本郷には、東大出身ではない先生が多く採用された。大学院も、おそらく意図的に他大学出身者(いわゆる学歴ロンダ)だらけになった。まともな先生方は、新潟大学や放送大学その他へ移って、ようやく落ち着いて、良い体系的な著書をまとめられた。しかし、東大にとっては、あの安保時代だけでなく、その後の20年も、失われた時代となった。以来、日本中の大学で、新書雑学のような科目が並ぶようになり、大学の存在意義そのものがガタガタになってしまった。 

本の整理

 ドイツに行くというわけで、数ヶ月来、毎週末、部屋の片づけをしている。なぜ数ヶ月もかかるか、というと、広い家に住んでいるからではない。問題は、本だ。まあ、この商売の人間はみなそうだろうが、とにかく家も研究室も本だらけだ。学生時代からの本に加えて、昨今は、研究費のほとんどすべて数十万円分が本になる。紀伊国屋のお得意さんだ。だから、プロフェッショナルカードだ。
 本は、なにしろ重い。そのうえ積むと崩れる。だから、アイリスのブックストッカーが大小、千近くある。これに分類し、本棚に入れてある。ところが、重さに耐えきれず、本棚がたわむ。汗牛充棟なんて言葉があるが、牛が汗し、棟に達する前に、床が抜け、こっちが圧死しそうだ。
 タチが悪いのが、昔の生協のブックカバーだ。色が濃くて、背表紙になんて書いてあるのかわからん。その後、カバーは裏返して、自分でかけなおすようにしたのだが、古いものは、開いて見ないと、なんだかわからん。だが、これがいけない。前に読んだもの、年来、読まずにほっておいたもの、あれやこれや読み出してしまう。で、数ヶ月かかっても終わらない。それでも、まあ、やっと単行本が始末がついて、これから文庫本と新書だ。これがまた半端な量ではない。気が遠くなる。
 思うに、本屋は大変だろう。昨今、大量の本が出版され、返品される。ワープロのせいだろうか、とにかくものすごい量だ。昔は、十年の研究をまとめあげる、とか、三年かけて推敲する、とかだったのだろうが、雑誌の連載の書き散らしでもなんても、みんな本になる。そんなのでも、出れば気になる。が、買って読んで後悔する。とはいえ、捨てられもしない。他の先生のように、図書館で借りるだけにしておけばいいのだが、本はいろいろメモを書き込みをしながら、付箋だらけにして読む方だ。図書館の本に、そんなことはしてはなるまい。
 しかし、本屋や図書館もいろいろだ。かつて八重洲ブックセンターは偉かった。レジで担当者に聞けば、棚を見に行かなくても、在庫を即答した。もちろんパソコン端末など使わずに、だ。担当の書棚の本のことなら、ほんとうによく知っていた。一方、どことは言わないが、おまえ、ほんとうに本屋の人間か、と思うような、わけのわからない従業員ばかりいる大きな書店もある。図書館も同様だ。うちの大学は、幸い、かなりすばやく近所の大学のどこかの図書館から希少本でもなんでも探し出して寄せてくれる。切手代を取られるのが難だが、それでも、ありがたい。著作権法に許される範囲内で、きれいにコピーして製本してから、ガンガン書き込んで読む。
 古本屋も、近ごろは楽になった。谷口雅男さんのふるほん文庫やさんとはずいぶん長いつきあいになる(できた当初、集中講義のついでに倉庫まで会いに行った)が、あんなに大きくなるとは思わなかった。その他の単行本も、いまやネット横断検索ができるようになった。腹立たしいのは、近ごろ、金儲け目当ての背取り屋が横行していることだ。以前、神田の古書店で、ヒュームの『人性論』の岩波文庫を6万円で売っていて、おまえが書いた本でもあるまいに、と、憤った(というわけで、図書館で借りて、やはり著作権法の範囲内でコピーした)が、そんなのが、いまやネット上にいっぱいだ。ふざけたのだと、絶版になってもいない私の本を、3倍ものプレミアムを乗せて売っているのが、アマゾンにいる。いったいどういうつもりか。それなら、オレも自分で出品するぞ。
 てなこと言っているうちに、今日も『十億年の宴』にはまってしまった。これも、ネットでは、ふさけた値段になっているらしいが、本を読めんやつは、美食を前にしながら舌がない人間のようで、じつにあわれだ。とはいえ、こんな調子では、私は、ぜんぜん本の片づけがはかどらん。困った。 

「オックスフォード円卓会議」って?

 「オックスフォード円卓会議」って何だ? なんだか知らないが、私に招待状が来た。組織のパンフレットをみると、イギリスのオックスフォード大学関連のNPOらしいが、アメリカの切手だ。いかにも、いかがわしい。
 20周年記念だとか言って、政治と企業の倫理をテーマに、35人の学識者(宗教人や法律家を含む)で会議を開くんだそうで、講演をしてくれ、それで論集を出したい、と書いてある。そりゃ確かにそういうテーマで、哲学っぽい英語論文を書いた憶えはある。まんざら人違いでもないようだ。とはいえ、いったいどこで私なんぞに目をつけたのか。会議のテーマ自体は、とても関心がある。
 しかし、招待と言っても、話が微妙だ。1週間で参加費約30万円を払え、と言う。往復の航空費は自分の大学に出してもらえ、と書いてある。なんだ、そりゃ。そんな金が、私にあるわけないだろ。それに、そんな航空費、私なんかに、うちの大学が突然に出してくれるわけないだろ。
 というわけで、かなりインチキくさい。しかし、現地では相応の待遇のようで、1週間で30万円というのも、食事その他のレセプション付きということからすれば、欧米の大学教授の感覚からすれば、実費くらいのものなのかもしれない。
 で、ネットで調べてみた。出席できるのは、たしかに招待者だけらしい。で、これまでの招待者を見ると、アメリカの大学人が中心だが、日本人もちらほらいて、国立や私立の大学の学長クラスの教授たちの名前も並んでいる。おやや、これって、意外にまともな会議なのかな、とも思うが、こういう大学のありあまる交際費のつかえる大御所連中が中心なら、なんで私のような小者のところに話が来るのか。そのうえ、Youtubeに円卓会議の変なプロモーションビデオがあったりして、これまたやはりインチキくさい。
 だれか、この「オックスフォード円卓会議」って、知らないだろうか。これ、まともな会議なのか? それともインチキ商売なのか? だれか他にも日本人で招待状をもらっているのだろうか? そりゃ、せっかく呼ばれた以上は、たとえインチキ商売でも、好奇心半分で、ありがたく行ってみたい。が、逆に、たとえまともな会議でも、やはり参加費30万円は、バカバカしくて、自腹では出せんなぁ。というか、どうやっても、そんなカネの余裕、無いし。もし関係者がこのブログを読んでいたら、タダなら行ってもいいが、ただし、格安エコノミーでいいから、切符もつけてくれ、と、伝えておいてくれ。
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Profile
純丘 曜彰
すみおか てるあき 

美術博士(東京藝術大学/美学)、文学修士(東京大学/哲学)、東海大学准教授、ドイツ・ヨハンネス=グーテンベルク(マインツ)大学客員教授を経て、現在、大阪芸術大学教授。専門は哲学、メディア文化論。

東京生まれ。東京大学教養学部1組(横断インタークラス)、同文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修了。テレビ朝日報道局報道制作部ブレーンとして『朝まで生テレビ!』を手がけ、現職に至る。

wikipedia 純丘曜彰
純丘曜彰の映像論


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