美術博士 純丘曜彰教授のドイツ大学講義日誌

マインツ大学 メディア学部 映画学科 客員教授

September 2008

マスの燻製

燻製のマス

 ちょっと遠くのスーパーまで、バスで行って、特売のマスの燻製を買ってきた。3オイロくらい。かなり大きい。このまま食べれる。日本にはない味だ。それも、美味、美味。

 興味深いのは、こっちでは、ほっておくと、魚の頭を右にもってくる。日本の生活習慣からすると、ちょっと違和感がある。しかし、キリスト教のシンボルとしての魚もおうおうに右頭。まあ、どっちでもいいか。

劇場で『パルジファル』を観た

マインツ劇場の中

 広場を通りかかったら、なんと、劇場に『パルジファル、本日上演!』と掛かっている。へえ、フライヤーくらいもらおうかな、と思って中に入ったら、品のよさそうなおじいさんが、チケットあります、と、やっている。20ユーロ、というので、まあ、それくらいならいいか、と、さっそく買った。

 しかし、劇場に入って驚いた。テラス最前列の中央じゃないか。この席で、20オイロで、ワグナーの『パルジファル』を観ていいのか。と、見たら、さっきのおじいさんが、こっち、こっち、と、その隣で、手招きしている。ようするに、奥さんが寝込んで、チケットが余った、ということらしい。
 
 それにしても、この『パルシファル』は、難解な演出だ。舞台の上に、演劇の練習場の風景が大道具として作られている。そこに、普段着のまま、役者たちが出てきて、着替え、役を演じ、終わると、また脱いで去る。つまり、物語全体が、つねに劇中劇になっている。

 マフィアの抗争劇のようなシェイクスピアカンパニーの『リチャード三世』とか、現代ビジネスドラマ風のバイロイトの『神々のたそがれ』なら、それは単なる翻案だ。それは、時代や状況を超越した、物語の意味の普遍性を照射する。しかし、劇中劇仕立てとなると、演じられている物語そのものの意味自体からして変わってきてしまう。いわば、演じられている物語は、引用符で括られており、むしろ虚像になる。

 隣のおじいさんは、幕間になると、この演出について語りたくて仕方ないらしい。こっちもそういう話は嫌いではないが、なにしろ『パルジファル』は、『マイスタージンガー』と並んで、長い。5時間近くある。幕間のうちに、なにか食べておかないと、腹は減るし、眠くなるし。というわけで、適当に切り上げて、ロビーへ。幸い、ちょっとこぎれいな服装をしてきていたのでよかった。祝祭オペラだから、盛装をしてきている人が多い。

 とにかくおもしろかった。ただ、思うに、あのおじいさんの熱狂ぶりでは、奥さんが、来る前から頭が痛くなった、というのも、ちょっとわかる気がした。来月は、『ボエーム』、年末は『魔笛』だとか。街の中にに、気軽に行ける劇場があるのは、すばらしい。

マインツ劇場

空から戦車が降ってきた

空挺戦車

 バスが変なところから出てくる、と思ったら、いつもバスが通るはずのシラー広場は、州警察や連邦警察、消防隊に救急団、そしてさまざまな軍の制服の連中が占拠していた。

 今日は、そういう制服組織の親睦公開交流会らしい。空挺戦車(パラシュートで降下させて進撃する)まで、やってきている。ここまでどうやってきたのだろう。普通の道をたらたら走ってきたのだろうか。それとも、ほんとうに空から降ろしたのか。

 しかし、これも、若者の進路相談の一環。希望者に実際の仕事の様子を見せるためのもの。とはいえ、安く軍隊飯が食べられるもので、会場は、ヒマなお年寄りたちがいっぱい。そのうえ、じいさん同士で、席を取るな、だの、荷物をどけろ、だの、怒鳴りあいのケンカまで始めた。制服連中も、あまりにくだらなくて、これでは仲裁のしようもない。まあ、だいたい戦争なんて、自分では戦地に行かない、老人連中の意地の張り合いでやめられなくなるものなのだろう。困ったものだ。

晩秋のライン下り

晩秋のライン下り

 快晴だ。散歩がてら、早朝からライン河畔まで行った。ちょうど船が出るところだったので、思いつきで、また乗ることにした。この朝の長距離便(ケルンまで)は、来週でおしまい。今なら紅葉が見られるかもしれないので。

 知ってのとおり、夏でも谷間の吹き下ろしで、風が冷たいデッキだ。この季節、もうとにかく寒い。まあ、承知で乗っているのだから、文句も言えないが。

 リューデスハイムに来ると、いつものように、団体が乗り込んでくる。近年は、中国人観光客が多い。まあ、どこの国でも景気がいいのはいいのだが、成り上がりは、傍若無人なので困る。酔っぱらって、騒いで、ビールをひっくり返して、そのままほったらかしで、たがいに写真を撮りまくっている。日本人の団体も、80年代には同じことをやっていただろうから、仕方ない。

 ローレライを過ぎて、昼になって、うるさい団体が降りると、ようやく本来のライン下りらしい、落ち着いた雰囲気になる。下で食事して、デッキでひなたぼっこ。ようやく暖かくなった。紅葉は、まだちょっと早かったな。

ライン船上

バンドエイドで大型バスの亀裂を修理

傷バス

このバス、後部が大きく裂けてしまっている。最新のベンツ低床式連結バスなのに。そこをバンドエイドやガムテープで修理だなんて。あまりに痛々しい。

横にキャッチコピー。困ったときには電話帳、あなたのすぐ近くに。この新生活の季節には、電気屋などに、電話帳は山積みになって置いてある。地図までついていて、たしかによくできているのだが、いまどき電話帳よりネット検索の方が早いし。というわけで、電話帳会社は、いまネット検索にも対応、というのが、この広告の趣旨。

ローカルバスでイケアまで

バス通学

あちこちの街を旅行しても、ドイツのことなど、なにもわからない。いまやドイツ人の大半は、郊外の住宅地に住んでいる。彼らの足は、自家用車かバス。郊外住宅地は、一般に街と街の間にあり、このため、それぞれ独立していた別々の街の都市交通が連携せざるをえなくなった。そのうえ、街に一方通行が増え、同じところを往復するのではない循環バスが増えた。だから、ドイツのローカルバスは、いまや路線や料金が複雑で、途中乗り継ぎまで含めて、うまく乗りこなすには、かなりコツがいる。

でも、バスはおもしろい。街、住宅地、古い村。それぞれの生活の風景がよく見える。時間はかかるが、行かれないところはない、というくらい、細かく路線が張り巡らされている。新学期、昼過ぎに乗れば、バスは小学生でいっぱい。

ドイツのイケヤ

なんで乗ったのか、というと、イケアに行こう、と思ったから。フランクフルト空港の北の方。このあたりが、地域回数券の境界線。マインツから、ちょうど1時間くらい。2オイロしないで、バスで、ここまで来られるのだから、すごい。トイザらスも併設されている。インターのすぐ近くなので、サービスエリア代わりに、食事(安い!)やトイレ(タダ!)のために、イケアに立ち寄る人も多い。

車に入らない

新生活の季節。店内は混んでいる。そして、どこの国にでもいる、家具を買ってしまってから、自分の車に載らないのに気づいて、途方に暮れる人。段ボールから出しても、その大きさでは、たぶん無理だと思うよ。

ドイツはいま、引っ越しの季節

 あちこち引っ越しだ。9月末で契約が切れる人が多い。業者を頼む人もいるが、若い連中は、友達に手伝ってもらう。トラックのレンタカーがあちこちに停まっている。

 路上には、大型家具その他が置いてある。これは、捨てて行ったもので、だれが持って行ってもかまわない。これを目当てに、あちこちうろうろしている人たちもいる。近年、古くさい重厚な家具より、イケアなどの使い捨て家具がドイツでも流行している。それだけではない。新規にフローリングをして、玄関で靴を脱ぐ生活が広まっている。だから、ベッドも床置きだし、フロアクッションとか、ちゃぶ台とかが売れている。スリッパも、いまは珍しくなくなった。

 こっちは、借りた部屋でも、中はどう使ってもかまわない。というか、入ったときには、壁のレンガが剥きだしだったりする。だから、ホームセンターで壁紙やペンキを買ってきて、自分たちで住めるようにしないといけない。まあ、それも新生活の楽しみのうちなのだろう。

 ところで、大学だが、まだまだ長い夏休みだ。冬学期の講義自体は、なんと10月20日から。もちろん夏休みだからと言って遊んでいるわけではない。逆に、日本の大学ように忙しがっているわりに、教科書どおりのマニュアルのような講義だけで、たいした成果も出ないのと較べると、こっちは本を出す先生も多いし、講義のオリジナリティや充実度も高い。日本社会一般からして、自分の体と時間を犠牲にした対価として給与をもらっているような連中ばかりだが、こっちは結果報酬だ。結果が出なければ、泣きごとを言っても相手にされない。さあ、あと一月、自分の講義の準備だ。

『Vollidiot』を見た

2004年のトミー・ヤウトの小説を2007年に映画化したもの。「大馬鹿」のタイトルどおり、独身兄ちゃんの悪あがきの日常をスタイリッシュに描いたもの。

主人公シモン・ペータースは、ケルンの街のテレコムの携帯電話販売員。29歳。冒頭、カフェで彼女にプロポーズ。彼女は答える、「赤ちゃんができたの」。シモンは、喜びのあまり、テーブルの上に登って、みんなに叫ぶ「聞いてくれ! おれは結婚するぞ。そのうえ、もうパパだ!」。店中の客が拍手喝采。そこで、彼女は言う、「でも、あなたの子じゃないわ」。そして、その後、そのカフェはスターバックスに変わり、シモンは、そこの店員のお姉さんにいれあげる。そして、友だちに相談して、策をねるが、、、

オチを言っては仕方がないが、結局、彼女より友達、という、日本でもよくあったような、終わらない青春のドラマ。まあ、音楽から小道具まで、同世代的なものがちりばめられており、今のドイツの若い連中の生活観がよくわかる。当然、小説も、映画も、同世代に圧倒的な支持を得て、大ベストセラー。

で、おもしろいのか、というと、教科書的な意味で、模範解答のような話の展開。複線のころがしもうまいし、登場人物たちの設定もわかりやすい。だから、印象としては、「大馬鹿」というような、はちゃめちゃ感はない。同じような独身青年を主人公にした設定で、マーチン・スコセッシ監督の『アフター・アワーズ』(1985)という映画があるが、ニューヨークの街を舞台に、物語はまさに悪夢のように、主人公を引きずり回して、デモーニッシュに展開していく。

映画では、テレコムも、スターバックスも、名前が変えられている。協力が得られなかったのだろう。ところが、主人公が登場するイケアは、イケアのままだ。ここで買った白い大きなイスがクセモノで、最後には主人公が燃してしまうのだが、よくイケアは、こんな筋なのに、実名はもちろん、店内の撮影まで認めたな、と思う。あ、イケアでも行こうかな。

ミュンヘンのオクトーバーフェスト

 ミュンヘンでオクトーバフェストが始まった。とはいえ、オクトバーフェストそのものは、あちこちの街にあるので、ミュンヘンのものは、とくに、「ウィースン(Wiesn)」と呼ぶ。野っぱら、のことだ。

 しかし、いまや、野っぱら、なんてものではない。東京ドーム9個分のところに、巨大ビールテントと巨大遊具、そして、屋台がひしめく。週末の人出は、一日50万人にもなる。駐車場はなく、みんなもっぱら地下鉄だ。

 近年、テントの中は、意外に席は空いている。というのも、地元人からは、ぼったくり、と言われているので。まあ、祭りだから、そうなるのも仕方あるまい。日本では検定試験に合格したビアマイスター資格者によるビールの正しい注ぎ方、とか、ごちゃごちゃと御作法にうるさいが、こっちは、ジャーっとビール本液が溢れるまで注ぐだけ。ジョッキを振り回すから、ほっておいても適当に溢れて、泡は適量に盛り上がる。それも、ウィースンは、マスと呼ばれる1リットルジョッキに決まっている。大も小もない。そのうえ、普通のビールより、アルコール度も高い。

 人気の伝統的アトラクションは、トイフェルラート(悪魔の回転盤)。ツルツルに磨かれた直径10メートルの木の円盤がグルグル回るだけ。参加者は、その上に座る。だんだん回転が速くなり、振り子だの、縄だのが投げ入れられ、次々と外にはじき飛ばされる。最後まで残っていた人が勝ち。賞品をもらえる。観覧車も、けっして優雅なものではない。かなりの高速でグルグル回る。きついビールを飲んだ上に、やたらグルグル回りたがるなんて、連中は、肝臓の鍛え方が違うらしい。

 ほかの街の祭だと、深夜2時過ぎまで騒いでいて当然なのだが、ウィースンの面白いのは、平日はもちろん週末も23時半には閉めてしまうこと。地下鉄も時間延長しない。それどころか、乗客が並んでいても、定時には無理やり駅のシャッターを下ろしてしまう。面白いのはここからで、地下鉄の駅周辺に、「さあ、街まで歩いて帰ろう!」というマーチが大音量で流れる。なにしろ、シラフでも歌と行進が大好きなババリア人どもだ。まして酔っぱらっているとなれば、いっしょに歌いながら楽しそうに肩を組んで歩き出す。だれが考えたのか知らないが、これはすごい。

 深夜、これで終わったわけではない。清掃員が総出で、朝までかかって会場を片付ける。その日に割れたビアジョッキのガラスだけでも、毎日、トラック一杯になるそうだ。まして、路上にまき散らされたゴミの量は膨大だ。彼らのおかげで、また次の日のバカ騒ぎが始められる。

マインツの新市街を散歩

新市街

 天気が良いので、新市街へ散歩に行った。近いのに、意外に行かないから、知らない道も多い。

 なぜ行かないのか、というと、正直、観光的には、あまり面白みがあるところではない。もっぱら住宅地だ。とはいえ、マインツの場合、ただの住宅地区ではない。

 ドイツの街は、一般的に、旧城壁内の旧市街、19世紀に拡張された新市街、周辺の村を吸収した郊外、の3つの種類から成り立っている。マインツは、もっと複雑で、中世の旧市街と、近世の旧市街があり、近世の旧市街はさらに、中世旧市街に隣接する商業地区、山の手の富裕ユダヤ人地区、駅に近い中下層初期移民地区に分かれている。初期移民というのは、イタリア人やギリシア人、ポルトガル人、インド人、中国人で、ピザやギュロス、ポートワイン、カレー、中華料理などの店が多い。一方、新市街は、基本は、ドイツ人の若い労働者層。それだけでも、旧市街の老ドイツ人たちとはかなり雰囲気が違う。そして、それに匹敵するほど多いのが、トルコ人家族。ケバブ屋だけでなく、彼らのための服の店や食料品店がある。新市街の移民はドイツ語を話すのに対し、トルコ人は、人数が多いのでトルコ語のまま。もちろん、こちらには、その他のインドネシアやベトナムなどからの東南アジア系移民も増大しており、アジア食料品店も、新市街にある。

 保守的なケルンの街では、イスラム教会建設反対運動が起こっている。教会ができれば、さらにトルコ人が集まってくるのは必至だ。さいわい、もともと国際都市のマインツは、そういうややこしい問題はない。ドイツ人、と言っても、苗字を見ると、地元の田舎者のプファルツ人などより、対岸のヘッセン人や南のシュヴァーヴェン人、ライン上流のフランス人や、ライン下流のオランダ人の混成だし、ユダヤ系も多い。この街でトルコ人を排斥するような人々がいれば、各国出身の初期移民たちも黙ってはいないだろう。

 初期移民地区から新市街へ歩いて行くと、世界はすべて隣人であることが肌で感じられる。ニューヨークなどもそうなのだろうが、この街はさらに小さいので、コロニーでモザイク状になる余地すらもない。まったくの隣り合わせ。もちろん、生活習慣で知らないことは多く、また、店でも入りにくい雰囲気はある。が、だれも人を排除できるような力があるわけでもなく、だから、だれもがうまく折り合いをつけ、できるだけ仲良くやっていこうとしている。公園では、いろいろな国の子供たちが、いっしょに遊んでいる。

 アジア食料品店では、日本でも手に入らないような中華やインド、東南アジアのいろいろが売っていておもしろい。みりんと日本酒を買った。そのほか、カレーなども。出前一丁も、日本のではなく、日本で見たこともない香港製の味だ。店の中の客にはドイツ人も多い。どこの国のものでも、おいしければいいやね。

ドイツは凧揚げ日和

凧揚げ

ドイツは、もう木枯らしが吹いている。日本の1月のような気候だ。というわけで、凧揚げ。

実際、そうなのだ。この季節、ドイツの田舎では、牧草は刈り取られ、小麦を撒く前。だから、広い畑でだれでも自由に遊ぶことができる。スーパーなど、あちこちで凧が売り出される。

日本の凧と違うのは、二本糸のスタント凧がはやっていること。一本糸の日本の凧の場合は、落ちそうになると、糸をくいくいと引いて上昇させるが、こちらは風が安定しないので、失速しそうになると、わざと横方向に落下させて、風に乗せ、高さを保ち直す。地上近くで再急上昇させるのだが、風を切ってすごい音を立てながら高速で走り抜ける。こんな危ないもの、人がいるところでは絶対にできない。

もちろん簡単には操縦できない。こっちに住んでいる人に教えてもらった。いろいろ世話になってばかりだ。ほんとうにありがたい。

こういう空の広い野原にいると、つくづく日本の社会の異様さを思い知らされる。世の中に山なんていくらでもあるのに、狭い山頂に無理に登ろうとして押し合いへし合い。おまけに、自分より上のやつを引き落とせば自分が登れる、と思っているらしい。それって、やっぱりバカだな、と思う。

近くの丘は、果てしない一面のブドウ畑。もうすぐ刈り取りだそうだ。ちょっとつまんでみた。フルーツとしてのブドウとは、やはりちょっと違う。ブドウの段階ですでにワイン独特の風味がある。太陽と雨は、すべての山をも越える高みの天空から、大地に恵みを与えてくれている。凧のように、ただ高く登ろうとしても、かならずいつか途中で落ちるもの。野原に転がって、空を見上げれば、その恵みのありがたさが全身で感じられる。風は冷たいが、土は暖かい。

ぶどう畑

アルプスはもう雪景色

寒い。部屋にいても冷える。というわけで、暖房をいれる。バルブをひねるとお湯が循環する、こちらではよくあるタイプのものだ。

それにしても、寒い。テレビをつけると、南ドイツからオーストリアにかけて、雪が積もっている。そうでなくても、霧雨で真っ白だ。気温は、あちこちの村で、もうマイナス3度とか。その一方、イタリア側は、あいかわらず朝から20度もある。アルプスの偉大さを思い知らされる。

今年の夏は、ティロルを旅したが、あの峠も、もはやみな雪に覆われてしまったことだろう。そのときは、意外に暑い、と思ったが、それは、あの地方では、ほんの数ヶ月だけのことなのだろう。

スーパーでは、もうクリスマス商品が並んでいる。いろいろ買い込んできた。というか、もう食べ始めてしまった。甘くておいしい。グリューワインも、出してしまった。これは暖まるねぇ。ただし、もちろんクッキーアドベントカレンダーには手をつけてはいない。

赤のニゴリ酒とツヴィーベルクーヘン

赤のニゴリ

 赤ワインのニゴリ酒もある。買ってしまった。赤は皮ごと絞るために、ニゴリで出せるものは、白ワインよりも少ない。値段も少し高い。といっても1ビン3オイロ。

 赤ワインでも、「フェダーヴァイサー(Federweisser、羽白)」と言う。羽白、というのは、中に浮いている酵母が降ってくる様子のこと。「フェダーロター(Federroter)」などという呼び名は、本来は間違いだ。ドイツ語の意味のわかっていない日本人観光客が勝手に広めた和製ドイツ語で、逆にドイツでも言うようになったとか。このビンには、赤ワインでも、きちんとフェダーヴァイサーと書かれている。

 赤でも、白でも、ニゴリ酒には、ツヴィーベル・クーヘン(タマネギパン)をつまみにする。ふつうの総菜パンの味で、日本人からすると珍しくもないのだが、ドイツにおいては、パン(ブロート)と言えば硬いゼンメルのようなものを意味するために、こんなものでも、クーヘン(菓子)扱いになる。たしかに、塩辛いプレツェルより、こっちの方が、甘いニゴリには合う。

ツヴィーベルクーヘン

法王によるルルドでの十字架称賛祭

ルルドのミサ

今日9月14日は、十字架称賛祭。当然、カトリックばりばりのバイエルンテレビではミサの中継をやる。それも今日は特にすごい。法王様直々にルルドに赴いてミサを挙げるというのだから。

会場は、教会の下、線路横の広場。数千人が集まる。法王様は例のポップカーで登場。それにしてもすごいのは、聖職者の数。さすが旧教国フランスだ。司教や修道士、修道女の数が半端ではない。それも、今日は主の聖日なので、みんな真っ赤。イチゴミルクみたいだ。

それにしても、そもそもこの十字架称賛祭、正直になところ、ちょっといかがわしい。基本的に、教会の祝日は、聖書に基づき、1年を通じて、キリストの生涯をたどる。ところが、この十字架称賛祭は、コンスタンティヌス帝が335年に聖墳墓教会を建てた日、というだけで、イエスとも、キリストとも関係ない。

そのうえ、ルルドだ。1858年に聖母マリアが現れた、という、やたらと新しい奇跡の地。今年は、その150年記念日に当たる。もとをたどれば、この地方は中世に異端の新興宗教、カタリ派で荒れた。宗教的な気風が強いのはいいが、かの大流行小説だのを初めとして、いまだにすぐばかげた異説がはやる地域。カトリックとしてはその押さえとしても、ルルドは重要な意義を持つ。

今日のミサの法王様の話も、聖十字架より、もっぱら聖母マリアのことに終始。式次第はホサンナが勢いがよいことを除けば、それほど特別なことをするわけでもない。ただ、ホスチアを配るのには、参列者が多いので、とんでもなく時間がかかった。

明治にロンドンに留学した漱石は、ヨーロッパを個人主義と言い、また、ベルリンに留学した鴎外は一族主義と考えた。彼らのせいで、日本は、近代化を個人主義と一族主義と誤り、結局、中国と同じような同族縁故だらけの国を創った。そのことは、戦後のいまでも変わらない。

しかし、日本人が神も仏もなく、隣人も忘れて、傍若無人に思い上がり、それを近代化だと思うというのなら、それは誤りだ。二人とも行った国が悪い。ロンドンやベルリンのような大都会は、ヨーロッパの中でもあまりに特殊で、その他の地域や都市では、隣人主義が深く根付いている。同じ神の下の小さな存在として、隣に暮らす人と握手し、抱き合う。

今日、マインツの空は、ひさしぶりの快晴。東京の冬の日のように、木枯らしが吹いている。寒い。もうコートが必要だ。

科学展示会

科学展示

 今週末は、広場で科学展示会。マインツ大学や近隣の薬品企業や工業企業が集まって、研究内容の説明をやっている。
 これは、第一に、科学のアカウンタビリティとして重要だ。同じ地域にあって、なにをやっているのかわからない、というのは、不気味だろう。
 第二に、大人から子供まで、身近に科学に親しめる。日本では理系離れが言われているが、あんなやり方では、人々の関心もなく、後継者が育たないのも当然だろう。
 第三に、秋は進路を考える季節だ。先の専門技術者と同様、どんな仕事なのか、実際にやっている人に会って、様子を見たり、話をしたりできる機会があるのはよいことだ。
 それにしても、つくづく思うのは、日本は大学が多すぎる。一つの街に一つの大学だからこそ、こういう行事も主導できるのだろう。また、日本の地方都市でも、いろいろ類似イベントをやってはいるのだが、ムダに多くの業者や管理者が関わって、会場が大きいわりに、あまりに費用対効果が悪すぎる。こっちの人々のフットワークの軽さ、あまりカネをかけず、手作りでぱっとイベントをやって、成功させる能力は、ほんとうにすごいと思う。

ドイツのテレビ編成

こちらのテレビ放送で、まず驚くのが、あまりの時間管理のいいかげんさ。定時ニュースですら、オンタイムには始まらず、適当に終わる。当然、前後の番組も、平気でずれる。テレビ雑誌を片手に録画予約をしても、後で見たら、最後の数分がない、ということもざら。だから、初めを5分、終わりを5分はふかして予約しないといけない。

つぎにすごいのが、CM。そもそも番組と番組の間にはCMは入らない。いまやっていた番組が次のカットでは次の番組になっている。ドラマからショーとかであれば、番組の雰囲気が違うからわかるが、ドキュメンタリからドキュメンタリだと、まったくわけがわからない。そもそも番組タイトル画面、という習慣がない。そして、番組が始まって三〇分くらいしたところで、CM。これが、長い。10分は当たり前。長いのだと17分のCMなどというのもある。もう番組が中止になったのではないかと思うころ、また続きに戻る。映画などだと、だれがだれだか忘れてしまっている。

もっとすごいのが深夜。変な兄ちゃんが、数時間も電話でクイズをやっていたり、裸のおねえさんたちがただサッカーしてたり。番組のテイをなしていない。ポルノ電話のCMが朝方までずっと流れているだけ、なんていうチャンネルもある。

チャンネル数は、ここマインツはやたら多く、地上派だけで32チャンネルも入る。デジタルや衛星、有料までいれると、もっといろいろある。こんなんで、経営が成り立つのだろうか、と思うが、日本などより、はるかに番組の作りが安い。それでいて、そこそこ、カメラワークや演出もうまい。ようするに、FMラジオ局なみに、テレビ局が軽いのだろう。

しょせんテレビ番組は、消耗品。その条件の中で放送するなら、こんな状況でも充分な気がする。ひるがえって、日本のテレビ、あんなにカネをかけているのに、なんであんな程度なんだろう。チャンネルが限定されているせいで、関わっている人が多すぎるような気がする。

マインツの秋

秋の公園

 雨もあがったので、夕方、街に買い物に出た。18時も過ぎれば、賑わう商店街も、開いている店は、もう多くはない。スーパーやドラッグストアなどの、大規模チェーン店くらいだ。

 近くの公園を抜けてきたが、夕日の影が長い。この目の前に高級ホテルがあり、ついこのあいだまでは、ここに多くの観光客がいた。いまはただ、この長い影だけがたたずんでいる。

 この夏に行き損ねたところもいくつかある。たとえば、北のクックスハーフェンに行きたかった。ずいぶん以前に訪れたことはあるのだが、そこには果てしない白い砂浜が広がっていた。数え切れないほどのシーチェアが点々と並ぶ。イタリアなどとはまた違う、まさにドイツの高級海浜リゾート地。いまはもうあの砂浜も、だれもいないだろう。

今年のワインのニゴリ酒

ワインのにごり酒

 これはすごい! こんな甘美なものが、この世にあるのか! それもフルボトルで、たったの2オイロ70セント(保証金込み)。これ、酵母を濾過する前の今年のワイン。発酵しきっていないから、ブドウの甘みが残っている上に、酵母の甘みが加わって、アイスワイン並みに甘く、しかもアイスワインより味わい深い。まして、ボジョレーなど、まったくの論外だ。

 しかし、これは、この時期の、この街でしか飲めない。そもそもビンのフタにもドリルで穴が開けてある。密封すると爆発してしまうからだ。グラスの中でさえ、絶え間なく泡が湧いてくる。こうして発酵し続けているので、数日もしたら、味はまったく変わってしまう。それこそ、糖分がなくなれば、酵母もくたばって、アルコール濃度以前に、死んだ酵母のエグみが生じてしまう。

 季節の移り変わりの中の一瞬の味。熟成ものは法外な高値だが、こんなニゴリ酒(フェダーヴァイサー、federweisser)は、高値をつけても、この地上の人間のだれも取っておくことなどできない。世の中には、価格にならないおいしさ、価格にならない貴重さというものもある。

マインツのワイン祭

ワインマーケット1

 ここのところ、天気も体調も思わしくなかったので、家でおとなしくしていたのだが、今日は最終日なのでワイン祭に行くことにした。ただし、これはいつものマインツの川岸ではなく、街の南のシュタットパークというところ。ちょっと歩く。

 マインツという街は、もともとライン河の中心にあって、ワインの取引と積み卸しのためにできたようなところ。周囲百キロ、見渡す限りがワイン畑というような街だ。当然、この街のワイン祭も盛大で、百年来、戦前、戦中はもちろん、戦後すぐですらフランス軍のワイン放出を借りて挙行する、というくらい、無くてはならない秋の行事。

 もっとも、先述のように、周囲の街や村でも、それぞれにワイン祭が行われる。ということは、マインツを初っぱなとして、ずっと毎週末、周辺のどこかしらでワイン祭がある、ということ。

ワインマーケット2

 このワイン祭では、さまざまな街のケラーが店を出すだけでなく、さまざまな食べ物や遊具も出る。もっとも、熱狂的な夏至祭と較べると、秋はさすがに落ち着いている。公園の景色を見ながら、ワインを片手に友人や知人と歓談したり、散策したり、という楽しみ方だ。

ワインマーケット3

 公園の上の方では、古本市やアクセサリー市も行われている。店のものも、手作りのものもあるようだ。ただし、ノミの市と違って、安いわけではない。

 毎日、深夜まで、ここでみんなゆっくり飲んでいるらしい。それで街中から公園に移動になったのか。しかし、もう秋だ。川の方からは、もう冷たい風が吹いてくる季節だ。

秋のぶどう

秋のぶどう

 ドイツは、年中、くだものがいっぱい。秋と言えば、ぶどう。もっともこれはクレタ産。種なしで、柔らかく、皮ごと食べられる。1キロで2オイロ。300円そこそこか。

財政再建の放棄って、そりゃすごい!

livedoor ニュース


 世の中、どう転ぶかわからないけれど、現時点で有力候補の麻生さん。再建なんかより、ぱーっといきましょう、って、そりゃすごい。
 べつに麻生さんはどうでもいいのだが、数時間前から円がものすごい勢いで急騰し、いろいろ原因を探ってみたら、このニュースがあやしい。世界としては歓迎している政策だということか。
 理屈から考えれば、財政は再建しないと後のツケが痛い。しかし、正直なところ、これほど質の悪い赤字を大量に抱えた高齢化社会の日本が財政再建できる見込みは、現実には、もはや皆無だ。理屈の通用する限界を逸脱してしまった。財政再建を名目に、あれこれ削られて、税率だの保険料だの挙げられて、その一方で、一部の連中だけがあいかわらずヌクヌクと温存されて、やっぱり無理でした、などと言われるくらいなら、みんなでぱーっと使って、既得権益の連中をすべて引き連れて、ばったり逝く方が潔い気もする。
 実際、官僚国家旧ソ連の最期はそんな感じだった。ゴルバチョフがぱーっとやったら、どうやっても帳尻が合わなくなって、全部きれいに一掃された。へたに古い日本の戦後体制を再建しようとするより、むしろ早く壊して、いちど更地にして、ゼロから立て直すことを考えるのもいいのかな、と思う。

雨のマインツ

 今日は一日、ずっと雨。これは、じつはすごく珍しい。ドイツのこのあたりは、日本と違って、たいして高い山脈があるわけでもなく、それだけに上空の天気は、きわめて流動的。つまり、ちょっと風が吹いただけで、右へ左へ雲が動いてしまう。日本のように、前線が停滞する、なんていうことがない。降るとなったら土砂降りだが、1時間もすれば止むのがふつう。
 なのに、今日は朝から雨。夕方まで雨。午後になったら止むかと思ったのに。郵便局に用があるので、仕方なく、傘をさして行く。まあ、すぐ近くなのだが。
 不思議なのは、こっちの人は、あまり傘をささない。朝から雨が降っていたのに、傘を持っていない人が少なくない。それで、つらそうな顔で歩いている。いつもと同じような服装で自転車に乗っている人もいる。すぐ止むのがふつうだから、傘や雨具を持つ習慣がないのだろうか。
 その一方、冬物衣料はすごい。まるで雪山にいくかのようなヤッケ。子供の靴でさえ、雪に備えてスパイク付のブーツだったりする。実際、今日はもう寒い。スーパーでは、シュトーレンなどのクリスマス菓子が売り出されている。

マインツは花の街

市場の秋の花1

市場の秋の花2

市場の秋の花3

 ドイツやスイスでは花の美しい町は多い。しかし、その中でも、マインツは随一だろう。というのも、それは、周辺に後背農地が大きく、このように市場に多くの花が集まるから。専門の花卉市場でもないのに、一般の人々にこれほどさまざまな花が安く売られている市場はほかにないだろう。
 もはや季節も9月。花の種類は、黄色やオレンジ色が多くなった。さらには秋の青い花も出てきた。街そのものも、並木のマロニエの葉は黄色くなり、建物にからむツタの葉は赤く色づいている。ドイツには作りものの派手な観光地はいくらでもあるが、マインツは、日常の生活のままに美しい。

ハイデルベルク大学のメンザ

ハイデルベルク大学メンザ

 ハイデルベルクに行っても、有名なハイデルベルク大学を見つけるのは難しい。というのも、この中世以来の大学はキャンパスを持っていない。町中に建物が散らばっている。それどころか、どこかの店の二階や三階が大学の教室や研究室だったりする。
 では、大学は無いのか、というと、そうでもない。この大学町の中心は、大学食堂メンザ。対岸に建物がある物理学の連中などはともかく、それ以外の学生は、ここに集まる。部屋などの生活情報もここにある。
 トレイ皿(へこみがいくつかある)に柄杓で盛ったのは、だいぶ昔の話。いまは、デパートやサーヴィスエリアなどのカフェテリアと変わらない。ただし、デパートと違って、サラダを皿にツークスピッツェのように芸術的に山積みにする学生が続発したせいか、ここにはレジ前に秤があり、従量制で料金を払う。
 もちろんマインツ大学にも食堂はある。しかし、やたら大きなキャンパスの、その一番、奥にある。すぐ近くの物理学の連中はいいが、それ以外の学生はわざわざこんな奥まで行きたがらない。そもそも音楽や美術、映画学は、キャンパスより駅に近く、キャンパスそのものに行く機会も少ない。
 やはり大学の食堂は、ハイデルベルク大学のように、中心にあるべきだ。それなら、学生は、腹が減れば大学に来る。なにしろ安いし、そこに行けば、だれか友人に会える。
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Profile
純丘 曜彰
すみおか てるあき 

美術博士(東京藝術大学/美学)、文学修士(東京大学/哲学)、東海大学准教授、ドイツ・ヨハンネス=グーテンベルク(マインツ)大学客員教授を経て、現在、大阪芸術大学教授。専門は哲学、メディア文化論。

東京生まれ。東京大学教養学部1組(横断インタークラス)、同文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修了。テレビ朝日報道局報道制作部ブレーンとして『朝まで生テレビ!』を手がけ、現職に至る。

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