walpodenstrasse 23 と言えば、マインツでは有名だったオバケ屋敷。私が住んでいた家のすぐ近くだ。もともとマインツは、クッパーベルクの山から湧き出る清水の小川の聖所。ちょうどライン川がここから先、谷間の急流にさしかかる(いわゆるライン下り)ので、その前のところにローマ時代から街ができた。

 ところが、この街を西の野蛮なゲルマン人から守るために、クッパーベルクの尾根筋に城壁が作られた。その後、選帝侯や宮廷伯の時代になっても、フランク王国からこの重要な河港を守る必要があり、城壁は2つの要塞を持つ強固なものへと膨れあがっていく。ここにおいて、もともとの谷筋が弱点となり、この谷筋を渡ってクッパーベルクの「丘」が作られる。丘と言っても、レンガを積み上げて谷を埋めた橋のようなもので、中は空っぽ。ちょうどいい、ということで、この下の部分がワインケラーとして使われ、どんどん東へ拡張。それで、上が広場になるほど巨大化。

 この上はもちろん、下にも、この味のいい湧き水を使って、ワイン工場だけでなく、ビール工場だの、リンゴ酒工場だの、さらにはアイス工場までできる。それもこれも、クッパーベルクのケラーが巨大で、良好な冷温庫として使われたからだ。おまけに鉄道が文字通り山の中、つまり地下(実際は谷筋をレンガで埋めたところ)を走っていて、搬入搬出にも便利。さらに戦争中には、それこそ対フランス戦の拠点として、この地下に線路で移動する超巨大高射砲や戦車、飛行機、高速艇などが隠されたらしい。

 つまり、クッパーベルクは、正確には「山」ではなく、ローマ時代から2000年もかけて積み上げられてきた巨大レンガの地下空間。その丘の崖の前側、walpodenstrasse 23にビール工場があった。これが1971年末で閉鎖になり、その後、大きな賃貸住宅になったが、オーナーがむちゃくちゃな店子虐めをしたために、80年代末までに無人化。そこへ浮浪者たちがかってに入り込み失火、身元不明の焼死者を出し、いよいよおどろおどろしくなった。おまけに、ドイツ独特の又貸しで所有権賃貸権がぐちゃぐちゃになり、四半世紀、オバケ屋敷に。

 それが2014年、ようやく再生プロジェクトがまとまった。手前は5階建てだが、奥はクッパーベルクの崖に食い込んでおり、迷路のような作りになっている。とはいえ、しょせんレンガなので、水を掛けて、どんどん瓦礫を運び出した。ところが、地べたの高さまでどけたら、まだ下に穴がある。掘ったら、さらに縦横無尽のレンガのトンネルだらけ。もともと、このはるか手前のシラー広場より上の斜面の建物は、ぜんぶレンガで出来ているらしい。いや、シラー広場の当たりですら、あの下10メートルくらいまで、ローマ時代のレンガの地下道(当時は地上だった?)だらけ。ラインの水面の高さより上は、マインツはぜんぶレンガでできている。レンガであちこちにアーチを作っているうちに、それらがつながって空中庭園になり、平気でそのうえにまたアーチを作って空中庭園。そのさらに上に4階くらいの住宅が建っている。それが、クッパーベルクの谷を覆い尽くしている。

 結局、古すぎてよくわからない、ということで、walpodenstrasse 23は、道路の高さのところで鉄筋コンクリの基盤を作って、蓋をしてしまった。そして、15年、そのうえに18戸の高級マンションができた。1戸が100平米で45万オイロ、約5500万円。マインツでは、あくまで旧市街で、より斜面上の方で、でも山の上ではない、かつ駅にも近いので、もっとも立地がいいところ、ということになる。

 さて、これでオバケ騒動は収まるのやら。もともとマインツは、あまりに歴史がありすぎて、オバケ話には事欠かない。だから、そんなことを気にしている間もなく、どんどん再開発が行われる。