美術博士 純丘曜彰教授のドイツ大学講義日誌

マインツ大学 メディア学部 映画学科 客員教授

テ レ ビ

Susan Boyle とタレント発掘番組

http://talent.itv.com/videos/playlist/id_12.htm

 英国の才能発掘番組『BRITAIN'S GOT TALENT』は、昨年の第二シーズンは、結局、George Sampsonというガキンチョが優勝したのだが、なんともぱっとしなかった。しかし、この春に始まった第三シーズンは、2007年の第一シーズンを感動させたポール鱆ポッツ同様、予選から大騒ぎだ。というのも、Susan Boyle という、ポール・ポッツ同様にさえない女性がとんでもない美声を響かせたからだ。選曲もいい。英国で知らない人のいないミュージカル『レ・ミゼラブル』から「夢やぶれて」を歌い上げた。

 この種のタレント発掘番組は、2002年の秋に始まった『DSDS(Deutschland sucht den Superstar)』というドイツの番組がブームの火付け役だ。これが、『America's Got Talent』として、2006年夏から米国NBC系に移植され、2007年春には英国にも移植された。スタイルはどこも同じで、タイタンと呼ばれるような、だれもが認める有名実力派芸能人を審査員に迎え、その3人が毒舌の限りをつくして、勘違い出場者を罵しりまくる。結果だけ見ると、3人が絶賛しているように見えるが、そういう本物は例外中の例外で、数ヶ月に渡る番組の大半が審査員の罵倒だ。

 しかし、それもしかたない。実際、予選段階で採り上げられている、自称タレントの連中ときたら、ほんとうに勘違いだらけ。つまり、タレント発掘番組、と称しながら、じつは、自称タレントのシロウトをからかっておもしろがる番組なのだ。作り手の方も、その仕掛けをよく知っているから、とんでもない連中ばかりを予選の予選で通過させており、その勘違いブリを取材してある。ステージに上がる前から変、というところのビデオを見せておいて、盛り上げる。

 とはいえ、そういうとんでもない連中の中に、ほんとうにとんでもない才能の持ち主が紛れ込んでいるから、またおもしろい。今回のスーザン鱆ボイルにしたって、その前には、ひそかな悪意に満ちたビデオとともに紹介されている。そんなことを気にせず、はねのけてみせるところに、彼女のすごさがある。

 今回の予選でおもしろかったのは、ほかに、フローレスというダンサーチームと、ブリブリ親子。フローレスの方は、もともとプロ指向でいつでも、これでカネを稼げるだろう。ブリブリ親子の方も、じつはすごかった。だれがどうみたってかっこ悪い小太りのおっちゃんが踊り出したかと思ったら、まったく同じ体型の少年も走り出てきて、いっしょに踊る。これがとにかくうまい。人に笑われようとなにしようと、本人たちが楽しそうなのだ。その楽しそうな様子に、だれもが魅了される。

 なんにしても、すごい時代になった。昨日、ある国で放送したテレビが、数時間後には全世界でもう見られるようになっている。おもしろい、というウワサは、数分で全世界をかけめぐる。免許という鉄の壁によって放送権益を守られ、事務所の縁故で作っているような生ぬるいテレビ番組など、とうてい太刀打ちできまい。

ほんとうのタレントが見たい

 ドイツでは、DSDSが佳境に入った。スーパースターを発掘する半年がかりのRTLのキャンペーン番組だ。今日で第16回。審査員からして、あのポップの巨人、ディーター・ボーレンだし。才能のないやつには容赦ない。だから、このあたりまで残っている候補者となると、ものすごい。ハープの弾き語りでシャウトロックを歌ってしまう、など、半端ではない。タレントはこういうものか、と見せつけられる。

 ひるがえって、日本のテレビも、雑誌も、新聞も、大学もぬるい、と思う。かつては、スカウト・システムがしっかりしていた。というより、タレント事務所やプロデューサーは、スカウトが命だった。予算が限られていたから、どれだけ才能のある無名のやつを発掘してこられるかに、存亡がかかっていた。その目利きであることを、事務所やディレクターは、自分の才能として誇っていた。こういうのが機能していたのは、岩崎宏美やタモリ、せいぜい竹中直人あたりが最後だろう。

 その後、予算がジャボジャボになって、キックバックが当たり前になって、事務所も縁故だらけになった。それこそ岩崎良美あたりからか。もちろん当時は、本人にしても恥ずかしいことだと自覚されており、彼女の場合、わざわざ事務所も別のところにしている。しかし、その後は恥ずかしげもなく、よくもまあ次々と弟だの、妹だの、息子だの、娘だのが次々出てくるものだ、と思う。正義を気取る評論家ですら、その娘は、いまやテレビ局の縁故採用だらけだ。それでも、予算が減るわけでなし、番組が無くなるわけでなし、むしろ有名人を回してもらって、その抱き合わせで使う方がふつうになった。雑誌や新聞や大学も同じだ。実際、その方が売れたし。

 結果、いまやテレビはガキばっかり。雑誌は有名人のやっつけ仕事ばっかり。新聞は記者の友人ばっかり。大学は派閥系列の子分筋ばっかり。クラシック音楽の業界では、以前から家元制みたいになっていて、XX先生に師事、なんていうのが、無理やりチケットをさばく手段になっていたが、その他の分野まで、もうそんなのだらけ。先生がだれだろうと、事務所がどこだろうと、つまんないのはつまんないよ。

 事務所やプロデューサーがスカウト業務を放棄してしまったうえに、シロウトの方がネットその他の情報で目利きになってしまった。自分もそうだ。テレビや雑誌に教えてもらわなくても、世界中からおもしろいもの、才能のある人を自分で見つけてこられる。テレビや雑誌に出ている話など、そのディレクターや編集者の「有名」なシロウトのお友だちの話で、自分には関係がないし、興味もない。これじゃ、テレビや雑誌がダメになるのも当たり前だ。でも、スポンサーの広告部もお友だちだから、まだしばらくは安泰だね。政治までお友だち内閣だっていうんだから、仕方ないな。

 有名でも、無名でもいいし、若くても、年配でもいい。演歌でも、クラシックでもいい。人気があろうと、なかろうと、ほんとうに感動できる実力派が見たい。才能のないバカが自分の名前を連呼して売り込みをしているだけのテレビや雑誌はいらない。でも、いまさら、べつに日本のテレビや雑誌に変わってもらわなくてもいい。自分で自分の好きなものを探すから。

泥酔映像は世界を巡る

 ドイツのテレビニュースでも流れているよ。世界に恥をさらした、とか、さらさない、とかいう以前に、恥を国会議員だの、大臣だのにするなよ。悪い人ではない、と言うけれど、べつに仲良しごっこじゃないんだから、多少、性格が悪くったって有能だったらいいよ。逆に、人が良くたって、無能で無責任なのなんか、いらないよ。

 しかし、こういうの、政治だけじゃないものなぁ。あちこちの組織が、団塊世代以降、全学連ノリのまんま、「平等」な年功序列人事をやってきてしまった。だれでも順番で総理になれる、なんて、なんて良い国なんだろう。それで、組織の生き残りをかけて有能な人材を抜擢する、なんていうことはほとんど無かった(日産のカルロス・ゴーンくらいか)から、いまさら自分たちの同年代のお友達のだれかを辞めさせて入れ替えをするなんてこともできず、どこも膠着状態に陥っている。

 状況の悪いアメリカの方が、オサル顔のバカ息子から実力派のオバマ政権になって、未来への希望がある、というのに、日本は、あの世代が辞めるまで、身動きがとれない。なんだかんだ言って、75歳くらいまで、あの世代は辞めないだろうし。だって、辞めたら、誰とも遊んでもらえないもの。もともと人望があって、年下がくっついているわけではないからねぇ。

 ヨーロッパだから、食事でワインが出る、って、だいたいいつの話をしているのだか。実情からすると、こっちは急激にタバコや酒に対して拒絶反応が強くなっている。食事でも、まず水!、もしくは、せいぜいコーラ。夜のバーも、酒ではなく、レッドブル。フランスやイタリアですら、ワインの消費量が激減している。タバコも同様で、屋内で吸えるところは、もはやほとんどない。いまやキャメルとかが提供する空港内の喫煙ボックスの中くらいか。

 アメリカはもっと厳しい。肥満も、自己管理能力の欠如、として、経営者としての欠格条項になっている。まあ、組織の命運、数千人の人生を預かるのだから、それくらいの厳しさは当然だろうし、それくらいの自分に対する厳しさがある人物でないと、人も信頼してついてはいかないだろう。

 この意味で、あの泥酔映像は、あの人物一人の問題ではなく、日本の組織全般の人事構造や責任能力の信頼性を失わせた。言ってみれば、飛行機のパイロットがあの状態で、キャプテンスピーキング、とやったら、その飛行機会社全体が客を失うようなものだ。もしくは、ファーストフード店の店長が、フケだらけの頭で、ボロを着て、店内に寝そべっているようなものだ。その人物一人が辞めて収まる状況ではない。ここまで組織としての人事原理や危機管理に欠けると、そりゃ、むしろそれが早く外にさらされた方が良いかもしれない。ウミは切開しないと、中で雑菌を増殖させるだけだ。 

ドイツのアニメ事情



世界で日本のアニメが人気だ、などというのは、残念ながら10年も前の話だ。イタリアのテレビでは、古い作品を含めて、いまでも日本のアニメが少なからず流されているが、ドイツでは、いまやせいぜい『ナルト』と『ポケモン』くらい。それも、もはや完全に流行遅れとなってしまっている。

ドイツは、とにかく子供番組が多い。それもかなり良心的な作り込みだ。それらの最新のものと較べると、日本のアニメは、あきらかにもう質が劣っている。粗製濫造であることが見え見えだ。そのうえ、親たちが、その露骨な商業主義や安易な暴力主義を激しく嫌っている。そもそも、子供たちが食いつかない。

技術的にも、ドイツのアニメは、日本を追い越してしまった。日本は安い外国の労働力に頼れてしまったため、パソコン上とはいえ、いまだに絵起こしや階調塗りを「手作業」で行っている。一方、ドイツに、そんな安価な奴隷的作業人員は、もともといない。このため、CGの活用が一気に進んだ。もちろん日本アニメの基本技術をすべて取り込んで。しかし、ここでは、CGの方を階調化するのではなく、CGの方に合わせてアニメの方をぼかしにしている。

宮崎駿が危機感を持つのは当然だ。しかし、昨年の『ポニョ』にしても、日本アニメらしく彩度が高いとはいえ、線画の中に不透明色をベタ塗りする、セル以来の日本アニメの伝統を越えることはできないでいる。あれをやめるためには、生産体制の根本からして完全転換しなければならず、ジブリや関連会社をすべて清算することになってしまうだろう。宮崎一人であれば、彼は、あの年でも、新しい作り方にチャレンジする人物だろうが、彼らを喰わすためには、そうもいくまい。実際、往年の名作である『トトロ』や『ラピュタ』はともかく、『ハウルの動く城』などは、こちらのテレビでは、もはやゴールデン扱いにならない。その他のB級映画と一緒に、深夜放送の埋め草だ。

上の作品は、『小さなシロクマ:ラース』(2001)。原作はオランダの絵本(1987)だが、テレビシリーズになって人気が出、映画化された。テレビの方は、並の出来だが、映画版の方は恐ろしく高品位に仕上がっている。日本アニメにはない、パステルカラーの柔らかな色調は美しい。

下の作品は、『ローラの星』(2004)。これも、ドイツの絵本(2000)を下地にしている。飛行シーンなど、宮崎作品の影響が色濃いが、たんなる模倣ではなく、CG効果などを加えて、はるかに魅力的だ。

風変わりな首相や経産省とともに、ごちゃごちゃあれこれ言って、いまだに日本アニメで一儲けを企んでいる雑誌社やテレビ局、広告代理店、銀行の連中は、こういう世界の最新事情を理解しているのだろうか。危機感を持っているのは、宮崎氏だけなのだろうか。

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Profile
純丘 曜彰
すみおか てるあき 

美術博士(東京藝術大学/美学)、文学修士(東京大学/哲学)、東海大学准教授、ドイツ・ヨハンネス=グーテンベルク(マインツ)大学客員教授を経て、現在、大阪芸術大学教授。専門は哲学、メディア文化論。

東京生まれ。東京大学教養学部1組(横断インタークラス)、同文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修了。テレビ朝日報道局報道制作部ブレーンとして『朝まで生テレビ!』を手がけ、現職に至る。

wikipedia 純丘曜彰
純丘曜彰の映像論


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