美術博士 純丘曜彰教授のドイツ大学講義日誌

マインツ大学 メディア学部 映画学科 客員教授

ヨーロッパ

特売のイチゴ!

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 ヨーロッパのイチゴは、足が速い。パッケージの中に痛んだのが入っていて当たり前。でも、むちゃくちゃ安い。これで、1.99ユーロ。

 味は大ぶりで、すっぱい。でも、たまらん。日本のは甘すぎるし、柔らかすぎる。あれじゃ、作り物だ。しゃきっと噛んだ感じが、ホンモノの果物! と実感させてくれる。

イタリアの警察はややこしい

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 イタリアのパトカーのミニカーを買ってきてほしい、と頼まれている。とはいえ、イタリアの警察は、いろいろややこしい。こんな大学の周辺みたいなところは、静かなもんだ。だから、ふつうの警察の、こういう水色のパトカーしかいない。ベースもせいぜいフィアットのプントだ。

 ところが、イタリアは、おっそろしいほどの車大好き社会。真っ赤なフェラーリやガルウィングのランボルギーニを買うのが、社会的な成功者の象徴。そんな国ともなると、高速道路のパトカーは、それより速くないといけない。というわけで、同じマヌケな水色塗装のフェラーリ458だの、ランボルギーニガヤルトだのが、時速100キロまでわずか3秒そこそこという驚異的な加速エンジンを吹かし、時速300キロで追撃してくる。これは、恐い。

 別の意味でおっかないのが、真っ黒いカラビニエリ(騎兵隊)。これ、警察というより、どうみても軍隊。ふつうの警察の緊急電話が113なのに、こっちは112。ローマとかだと、テロ対策なのか、完全重武装で街中にいたりする。だいいち、おっそろしく体格がでかいやつらばかり。雄牛が防弾チョッキ着て立って歩いているんじゃないか、と思うくらいでかい。そのパトカーは、ふつうの警察と同じフィアット・プントなんだけど、真っ黒い塗装だと、えらい迫力がある。そのほか、アルファロメオのパトカーがあるかと思えば、ジープがあったり、ベンツの兵員輸送車があったりで、どうみても、やっぱり軍隊。

 奇妙なのが、灰色のパトカーで、ガーディア・ディ・フィナンツァ(財務警察)のもの。117と書かれている。乗っているのは、やっぱり灰色のおまわりさん。地味だけど、なんだか怪しげ。

 最近の人気は、森林警備隊。テレビドラマにもなっている。パトカーは緑色で、1515と書かれている。車種は、それこそ、スバルのフォレスターとか日産のテラノとか。やっぱ四駆じゃないとね。

 さて、ミニカーを探しているのだが、どうやらパトカー以前に、車種のパテント権の問題があるらしい。イタリアでミニカーとして出ているのは、フィアットやアルファロメオくらいらしい。というわけで、ふつうのフィアット・プントの水色のパトカーを探している。

ミラノ工科大学のバカ騒ぎ

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 この兄ちゃん、なにを興奮してるか、というと、やっと学位を取れたから。イタリアの大学は、2001年に制度がやさしく変わったとはいうものの、まともに卒業できるのは、あいかわらず、5%そこそこ。

 大学自体は高卒資格さえあれば全入可能なのだが、まず、トリエンナーレで3年間。つまり、従来の大学が4年から3年へ短縮され、日本で言う短大へと格下げされたのだが、実際は、いまでも5年くらいかかり、卒業できるのは、わずか17%。これで、とりあえず「ドットーレ」(準学士、日本だと最近は米国風に「短期大学士」)。ここから、日本の大学相当のマジストラーレ(2年、専修科)へ進学する。もらえる学位は、やはり「ドットーレ」(学士)。ここまでで、10%そこそこしかいないから、イタリア人は、トリエンナーレ(短大)やマジストラーレ(大学)をちゃんと卒業しているだけでも、英語の「ドクター」を自称したがる。(実際は準学士ないし学士ね。)

 しかし、イタリアの大学院水準は、入れば出られる日本の理系大学院などと較べて、むちゃくちゃ厳しい。トリエンナーレからマステルのレベル1、もしくは、マジストラーレからマステルのレベル2に入るが、これが日本の大学院修士相当。これを終えると、マステル(修士)となる。それから、ほんとうの大学院、ドットラートが4年以上かかる。30歳までに論文が通って、最終の「ドットラート・ディ・リチェルカ(博士)」の学位が取れれば、立派なもの。ここまでたどり着くのは、大学院進学者の3割のみ。大半は、途中で学位を諦めてドロップアウトしてしまう。

 だが、米国や英国のようにアカデミック・ガウンを羽織って厳粛に祝う、なんてことは、イタリアの学位授与式には無い。両親からなにからやってきて、大学の中や近くの店で、日が暮れるまで、ちょっとしたパーティを開く。友だちたちがかってに格好を指定する。文句を言わず、その格好で式に出るのがイタリアの伝統ってもんだ。どんな格好でもいいのだが、唯一の決まりは、赤い色が入っていること。良い友だちだと、昼間のタキシード、程度のマヌケさだが、悪い友だちだと、とんでもない格好を指定する。というわけで、この兄ちゃん、じつは、下はマッパだ。

防寒対策は必要なのか?

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ひさしぶりに仕事で出張。先々週までヨーロッパは大寒波で大騒ぎだったが、さて、大丈夫だろうか。というわけで、スタジアムコートに防寒靴。家を朝早く出てきたが、このかっこう、暑いよ。向こうでもいらない気がする。。。

アイルランドのブル・マーケット(CNNニュースから)



 ちかごろCNNがあなどれない。この世界的なリセッションの中、アイルランドのマーケットだけは、まさにブルだそうだ。すばらしい。このニュースに感動した。大いに力づけられた。この即効性のある政策が各国で行われれば、国際経済の回復は意外に早そうだ。でも、これは、一般ニュースの中に紛れ込んでいた。

 そうでなくても、近ごろのCNNのお気に入りは、『デイリーショウ The Daily Show』。もともとMTVでやっている番組で、CNNの海外放送でのみ、そのグローバル版が、デイリーではなくウィークリー(週1)で流れている。しかし、これ、MTVではなく、CNNの中に紛れ込んでいるからこそおもしろい。この 司会者の Jon Stewart(JohnではなくJon)も、スタジオも、通常のCNNのものと大差ない。が、司会も、レポートも、中味はすべてでたらめ。そもそも話している言い回しからして、まったくのでたらめだ。これで10年以上もやっているのだから、すごい。

 ドイツでも、『TV Total』という10年来のパロディ番組があるのだが、テレビのさまざまな番組のパロディで、それも本物のセットでやっているから、元ネタを知らないと、どこがどういうパロディなのかわかりにくい。パロディをやる以上、吹っ切れている方がおもしろい。『地獄の黙示録』が『トロピック・サンダー』くらいまでぶっちぎれてこそ、パロディらしい。(ヴェトナムよりハリウッドの方がおっかない、というテーマ性もはっきりしているしね。)
 
 それにしても、CNNって、ニュースより、CNN自体のCMが多すぎやしないか。どうせ人の不幸で大金を稼いでいるくせに、司会者だのコメンテーターだのが偉そうにタレントづらしているのって、うっとうしくないか。ドイツにも、英語のCNNそのものだけでなく、ドイツ語で、CNNパートナーのRTL系N−TVや、プロ7系のN24があるが、ドキュメンタリーが多く、CNNみたいなしつこい自己宣伝は入っていない。というわけで、先の週刊『デイリーショウ』以外は、N−TVやN24の方が好きだ。だいいち、CNN系って、じつは、おそろしいくらいヨーロッパのニュースが欠落しているんだよね。

レモンの季節

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 もうレモンの季節だ。知人の家の庭にいっぱいなっていた。ちょっともらおうと近づいたら、長いトゲだらけで、実を採れたものではない。さすがレモンだけに、甘くはないな。

 というわけで、いっぱい採ってもらって、いっぱいもらってきた。とってもありがたい。半切りにして、レモン搾り皿でギュッっとつぶすと、コップ半分ほども汁が搾れる。当然、ものすっごくすっぱい。この黄色い色のまんまのすっぱさだ。でも、それがいい。

 これをコップに入れてハチミツをたっぷり。お湯でとかす。もしくはちょっとお湯でとかして、冷やしてもいいだろう。なんにしても、しぼりたてはすっぱい。ハチミツに入れてしばらく寝かすと、まろやかになる。まあ、好みの問題だ。

 イタリアのナポリの南、歴史ある港湾都市アマルフィでは、レモンで作るリキュール、レモンチェッロが有名だ。見た目もあざやかなレモンイエロー。レモンらしい爽やかなすっぱさ、か、と言うと、まったく違う。ドロドロに甘い砂糖漬け。それでいて、かなりアルコールがきつい。

 なにしろ五月にもなったら、もうすでに猛烈に暑いところなので、その暑さにやられそうになったら、これをグィっとのどに流し込む。すると、カッと目が開く。レモンシロップ風味の薬用酒、気付薬に近い感覚だ。そういう町のものだから、そう暑くもないところでふつうに飲むと、グラっとくる。立ってられたものではない。それでも、おみやげに買って帰りたくなるような魅力的な小瓶が、あの町にはいっぱい並んでいる。今年の夏もまたあの町へ行きたいものだ。

Susan Boyle とタレント発掘番組

http://talent.itv.com/videos/playlist/id_12.htm

 英国の才能発掘番組『BRITAIN'S GOT TALENT』は、昨年の第二シーズンは、結局、George Sampsonというガキンチョが優勝したのだが、なんともぱっとしなかった。しかし、この春に始まった第三シーズンは、2007年の第一シーズンを感動させたポール鱆ポッツ同様、予選から大騒ぎだ。というのも、Susan Boyle という、ポール・ポッツ同様にさえない女性がとんでもない美声を響かせたからだ。選曲もいい。英国で知らない人のいないミュージカル『レ・ミゼラブル』から「夢やぶれて」を歌い上げた。

 この種のタレント発掘番組は、2002年の秋に始まった『DSDS(Deutschland sucht den Superstar)』というドイツの番組がブームの火付け役だ。これが、『America's Got Talent』として、2006年夏から米国NBC系に移植され、2007年春には英国にも移植された。スタイルはどこも同じで、タイタンと呼ばれるような、だれもが認める有名実力派芸能人を審査員に迎え、その3人が毒舌の限りをつくして、勘違い出場者を罵しりまくる。結果だけ見ると、3人が絶賛しているように見えるが、そういう本物は例外中の例外で、数ヶ月に渡る番組の大半が審査員の罵倒だ。

 しかし、それもしかたない。実際、予選段階で採り上げられている、自称タレントの連中ときたら、ほんとうに勘違いだらけ。つまり、タレント発掘番組、と称しながら、じつは、自称タレントのシロウトをからかっておもしろがる番組なのだ。作り手の方も、その仕掛けをよく知っているから、とんでもない連中ばかりを予選の予選で通過させており、その勘違いブリを取材してある。ステージに上がる前から変、というところのビデオを見せておいて、盛り上げる。

 とはいえ、そういうとんでもない連中の中に、ほんとうにとんでもない才能の持ち主が紛れ込んでいるから、またおもしろい。今回のスーザン鱆ボイルにしたって、その前には、ひそかな悪意に満ちたビデオとともに紹介されている。そんなことを気にせず、はねのけてみせるところに、彼女のすごさがある。

 今回の予選でおもしろかったのは、ほかに、フローレスというダンサーチームと、ブリブリ親子。フローレスの方は、もともとプロ指向でいつでも、これでカネを稼げるだろう。ブリブリ親子の方も、じつはすごかった。だれがどうみたってかっこ悪い小太りのおっちゃんが踊り出したかと思ったら、まったく同じ体型の少年も走り出てきて、いっしょに踊る。これがとにかくうまい。人に笑われようとなにしようと、本人たちが楽しそうなのだ。その楽しそうな様子に、だれもが魅了される。

 なんにしても、すごい時代になった。昨日、ある国で放送したテレビが、数時間後には全世界でもう見られるようになっている。おもしろい、というウワサは、数分で全世界をかけめぐる。免許という鉄の壁によって放送権益を守られ、事務所の縁故で作っているような生ぬるいテレビ番組など、とうてい太刀打ちできまい。

ヨーロッパの夏時間・冬時間

 今朝から夏時間だ。3月の最終週末日曜早朝の2時が3時にすっとぶ。パソコンなどは自動でかってに調整してくれるので問題はないが、人間はそうはいかない。日曜の朝、教会のミサに遅れる人が続出する。

 そうでなくても、1時間がすっとんだわけだから、夜中の予定ががたがたになる。夜行列車とか、時間通りに着くわけがない。とはいえ、ヨーロッパは、日本のような24時間都市ではないし、朝の列車が遅れるなどというのはいつものことなので、騒ぐほどではない。

 ちなみに、冬時間は、10月の最終週末日曜早朝の3時が2時に戻る。途中で1時間、たらたらしてればいいのだから、列車なども、こっちの方が影響が少ない。ややこしいのは、米国の方は2週間の前倒しで夏時間になり、1週間の後ろ押しで冬時間になること。だから、ヨーロッパとアメリカの間は、この春の2週間と秋の1週間は、夏時間と冬時間にずれを生じる。

 実際に生活してみてどうか、というと、これはやはり高緯度国のものだ、と思う。節約どうこう以前に、北緯50度にもなると(マインツのドームはぴったり北緯50度線の上にある)、夏と冬とはまったく別の生活形態にならざるをえない。夏は、やたら早く日が昇るし、夏時間であっても21時過ぎまで暗くならない。一方、冬は、天気が悪いせいもあって午前中はずっと夕方のようだし、午後もすぐに真っ暗になる。

 季節があるのは日本だけだ、などと言うが、たしかに「四季」という発想は日本のものだろう。ヨーロッパの場合、春と秋があまりに不安定で、春らしい春とか、秋らしい秋は存在せず、日ごとに夏と冬のせめぎあいが交錯するだけ。しかし、季節がないのかというと、そうではなく、はっきり夏と冬は別ものとして存在している。

 夏時間も冬時間もなく、だらだらと季節がつながったまま1年が過ぎ、夜なか中、コンビニが開いていて、日曜でもスーパーがやっている日本と、夏は夏、冬は冬、夜は夜、昼は昼、平日は平日、週末は週末、と、時間がきっちりしているヨーロッパとでは、1年1日の時間観も大いに異なるように思う。ドライなのは気持ちの割り切りとしてさっぱりしていいのだが、春や秋、「かはたれ」や「たそがれ」のような時間の隙間の、切ない美しさは、モネのような繊細な人物にしかヨーロッパでは見つけられないだろうな。

聖ヨハネの首

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 ネットでヨタねたを拾ってテレビや雑誌で商売ににしている連中がちかごろ目立つが、なんで自分で調べて考える能力もないのに、そういう仕事をしたがるのだろうと思う。パリ大学に留学したとか自称している文庫屋の桐X操なんか、澁澤龍彦のまんまのパクりがあったりして、あれでよく絶版にもならないものだと感心している。(「だが」が「しかし」に書き直されていたりして、子供のいたずら並みだ。)もう少し手の込んだのになると、洋書からのネタのパクリというのがあって、渋種あたりはすれすれの文章もないではない。(一方、荒俣は、それこそ元翻訳家だが、そういうのを見かけない。)

 しかし、驚いたことに、どこの大学でも、学生たちに言わせると、どこかの本やネットから引き写しをしないで、どうやってレポートを書いたらいいんですか、と、逆に聞いてくる。彼らの考えからすれば、すべての本は、なにかの引き写しでできている。そうでなければ、新しい文章なんか生まれるわけがない、というわけだ。この考えは、日本の学者の世界でも珍しくない。日本の学者に新しいアイディアなんか創れるわけがない、きっと洋書のパクリだろう、という発想。実際、上述のように、ちょっと洋書も知っていると、けっこう有名な研究者や文筆家でも、ああ、盗ったな、と思うものを見かけることは珍しくない。しかし、そういうのは、同業のプロ仲間にはわかるもので、恥と思う気持ちがないのなら、研究者や文筆家など辞めてしまった方がいい。

 腹立たしいのは、私までその一種と思われること。そりゃ洋書も読むし、文章の書き方として、学者だから三人称主語で書く。それをシロウトのバカが読むと、ああ、これって洋書のどこかに書いてあるのを寄せ集めたのだろう、と思うらしい。黄色いサングラスを掛けていると、世界が黄色く見えるように、自分がバカだと、人までバカに見えるものだ。そこまで言うなら、元ネタを探して指摘してから言えよ、と思う。

 研究者の世界まで、とにかく学問の基礎方法の教育が欠けている。とくに研究者でもない出版現場をリタイアしたシロウトを大学が採るようになってから、ひどくなった。ようするに、連中の方法は、どこかにある原稿の編集なのだ。あちこちから文章を引き写してきて、そのまとめを論文と称している。もちろんシロウトではないから、パクったりせず、むしろ仰々しいスコラ的な出典注を大量に羅列して権威付けするが、オリジナリティがなければ研究者として意味がない。

 編集と研究とは、決定的に違う。編集は足し算、ないし、引き算だ。寄せ集めか、要約でしかない。一方、研究は、複数の資料の掛け算や割り算で、どの資料にもなかった真実を割り出す。たとえば、2008年のヨーロッパは猛暑だった、という気象資料と、2008年のワインは豊作だった、という農業資料から、2008年は猛暑によりワインは豊作だったのではないか、とひらめく。ここから、猛暑はワインを豊作にする、という仮説を立て、過去や別の地域の気象資料や農業資料を調べ、これが単なる仮説以上の真実を含んでいることを発見する。この真実は、どの気象資料にも農業資料にもこれまで書かれていなかったことだ。

 だから、出典の使い方を見ると、プロの研究者かどうか、すぐにわかる。資料が生で使われているのなら、それはニセ研究者。資料に対してつねにクロスやインテグレーションなどの研究手法が使われていればほんもの。阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男』など、やはり出色だ。

 で、話は、聖ヨハネの首。ハーメルン事件は、聖ヨハネの日、つまり、クリスマスに対向する夏至祭に起こった。阿部氏はハーメルンの街と当時の十字軍を中心にクロスで調べているが、この事件を理解するには、膨大なヨーロッパの夏至祭の習慣についても当たるべきだろう。というのも、この日は、シルヴェスター(大晦日)とファストナハト(カーニヴァル)、ヴァルプルギスの夜(4月30日深夜)と並んで、東洋の土用の同様、暦の隙間とされているからだ。悪魔崇拝、というより、これらの日々は、合わせ鏡の向こうのように、春でも夏でも秋でも冬でもない日で、ここにはキリスト教的な社会秩序が成り立たない。

 ところで、ローマは、聖パウロの処刑地として、権威を持っているが、しかし、当時の状況からすれば、五司教座の一つにすぎなかった。一方、マインツは奇妙だ。ここは「聖座」と称されている。つまり、名称だけからすれば、ローマと同格で、こんな大司教座は、ヨーロッパでも他にない。歴史と規模からすれば、ケルンの方が古く大きい。大ヤコブを祭るサンティアーゴですら、こんな名称は持っていない。たんに交通の立地がよかった、とか、アルプス以北のローマの出先機関、とかいうだけで、こんなに偉そうにできた、とは思えない。

 このために、マインツには、いろいろな古いウワサがある。ドームの至宝だ。ドームの近くには、巨大な聖堂騎士団館と救院騎士団館がへばりついている。二大組織が、この街でなにを守っていたのか。なぜライン式と呼ばれる重交差式の逆向き祭壇が生まれたのか。その逆向き(西向き)祭壇の大塔の下になにがあるのか。しかし、この大聖堂は、ケルンなどと違って、昔はもちろん、現代の観光資源開発においても、公開されていない。そしてまた、マインツは、ライン河の水運の街でありながら、船ではなく、二つ車輪を紋章にしている。初期の大司教の車輪職人としての出自を表す、とも言われるが、しかし、車輪は中世ではむしろ業罰刑の印だ。まして二つ車輪となれば、車裂き(車輪の上に張り付け、その手足を別の車輪で轢く)というかなり神がかった処刑方法を連想させずにはおかない。また、その二つの車輪は、大聖堂の特殊な東西二塔とも呼応している。

 ドーム建設以前の古地図によれば、じつは、あの塔の場所には、4世紀、ゲルマン時代のローマ・キリスト教による洗礼所があった。つまり、植民市としてのケルンやアウグスタ(トリアー)と前後して、ここに、ケスリッヒの丘からの聖なる湧き水による洗礼の聖所として作られた。この意味で、聖ボニファティウスが開市し、街ができる前から、ここはゲルマン教化のための聖別された中心拠点だった。そして、その洗礼所の前に教会が作られ、ちょうど千年前、1009年、洗礼所の四隅をまたぐ形で、その上に祭壇ができ、教会も西へと延長され、ついにはつながってしまった。つまり、もともとは教会による洗礼所への祝福だったのだが、両者がつながってしまったため、教会のミサが西向きになってしまったのだ。そして、その祭壇の上に塔が建てられ、もともとの教会と洗礼所祭壇の塔とで、いわゆるライン式重交差伽藍ができあがる。

 しかし、もともとのローマの洗礼所は地下へ。そこになにがあったかは、いまとなってはまったくわからない。しかし、ウワサでは、そこに、あの洗礼者聖ヨハネの首があり、ギュスタフ・モローの絵のごとく、まさに宙に浮いて輝いていたいう。先駆者聖ヨハネとなれば、夢でしかイエスに会ったことがない聖パウロの名を掲げるローマも一目置かざるをえなかっただろう。

 ケルンで地下鉄工事による崩壊事故があったが、マインツには地下鉄なんか絶対に通せない。というのも、マインツの地下は、すでにいまでも穴だらけ、トンネルだらけだからだ。どこがどうなっているのか、だれにもわからない。そもそも、なんでこれほど掘りまくったのか、も不明だ。もちろん、軍事要塞や地下倉庫という意味もあっただろうが、これほど網の目のように掘ったとなると、なにか財宝を探していた、のかもしれない。

 同じものを見ても、聞いても、読んでも、シロウトとプロではそこに見えるものが違う。見えるものを見ているのではなく、そこに見えているものを支えている膨大な歴史や文化を知っているからだ。そのひらめきの先は、シロウトにもわかるように、実際に掘ってたしかめてみせることだが、学問でなければ、ウワサをウワサとして楽しむ余裕というのも、いいものだ。わからない人には永遠にわからない楽しみだが。

オリーブの栄光とローマびとペテロ

 先週、2日(月)から5日(木)にかけて、ドイツ司教協議会(ビショッフ・コンファレンツ)がハンブルクで開かれた。話題の中心は、ピウス兄弟会司教の破門を勝手に解いた現教皇の問題だ。ドイツ・カトリックは、新教ルター派、東方教会、さらにはユダヤ教とのエキュメニズム(宗教対話)を推進している。それゆえ、それを否定するピウス兄弟会は、ましてホロコースト問題に触れる同会のリチャード・ウィリアムソン司教は、認めがたい。

 ところが、ややこしいことに、先月末、ピウス兄弟会の方がドイツ司教協議会に対話を求めてきた。協議会議長のフライブルク大司教ロベルト・ツォリッチは、これを、ヴァティカンの問題として一蹴。さすが知恵者だ。前議長のマインツ聖座司教枢機卿カール・レーマンとともに、協議会の結束は固い。公会議でもないところで裏取引を持ちかけるやり方自体が不愉快であろう。

 神は人に神の似姿として理性を与えた。兄弟会のように、伝統だ、不合理だから信仰だ、などと言われても、もとより理性的な対話にはなりようがない。だいいち、ムハマッドを借りて神が語ったというコーランならともかく、聖書そのものですらラテン語ではないキリスト教において、神がラテン語の典礼を命じた、とか、プロテスタント的だからダメだ、とかいうローマ中心主義の方が、どうやってもムリがある。これでは、根本のところで話にならないのは自明のことだ。そこまで言うなら、聖書どおりのコイネー(古代国際ギリシア語)でやれよ、ということになるだろう。また、教会としての伝統うんぬんに関しても、歴史を越える神の遍在からすれば、教会はその過去の歴史を介してのみイエスにつながるのではなく、過去はもちろん、いまこの現在においても、つねに教会は直接にイエスの前にある、そして、むしろ神が現在の教会をあらしめたもうたことにおいて、神はいまや過去の教会の姿をあえて退けられた、とでもいう方が神学的にも妥当だろう。

 むしろ問題は、ヴァティカンだ。教皇の方がなんらかの正しい対応をしない限り、ヴァティカンとドイツ・カトリックとの関係は、修復不可能なところへ突き進んでいっている。フランスやポーランド、そして、これらの国々を派遣拠点とする世界の修道会系列。ヴァティカン側には、せいぜいイエズス会くらいしか残らないかもしれない。それにしても、カトリックの内部で、この信仰低迷の現代にもなって、またシスマ(分裂)を引き起こすほど不毛なことはない。いや、信仰が低迷しているから、教会が迷走するのかもしれないが。

 十六世紀末の『マラキ書』は、歴代法皇に関する予言偽書としてよく知られる。しかし、偽書とはいえ、あまりによく知られているがゆえに、その後のコンクラーベにおいて影響がなかったとは言えまい。それによれば、先のヨハネ・パウロ二世が「太陽の労働で」、今のベネディクト十六世が「オリーブの栄光」、そして次が「ローマびとペテロ」。問題は、これで予言がおしまいであること。それも、極限の迫害と最後の審判が言及されている。現教皇はもちろん、次の教皇になる可能性のある現枢機卿、その他、カトリック教会関係者で、この予言を知らない人はいないだろう。

 ヴァティカンがこのままこの問題を放置した場合、フランス、ドイツ、ポーランドなどのカトリック教会は、シドニス・システムに基づき、ヴァティカンそのものの存在意義を認めなくなる。南イタリアの教会ですら、ローマよりもフランスとの関係が深いので、ヴァティカンに従うかどうかわからない。実際、歴史上からしても、べつにヴァティカンで教皇が選ばれなければならない理由はない。小アジアからヨーロッパまで布教して歩いた使徒ペトロの継承者という意味で言えば、むしろローマ中心主義を採る狭隘なヴァティカンを切り捨て、ルター派や東方教会、カルヴァン派、聖公会、再洗礼派その他と大合同して、イェルサレムかどこかで新しい意味でのキリスト教の代表者を選出した方がいい、ということになる。

 そうなると、ヴァティカンは、ヴァティカンだけで、古くさい次の教皇を選出しなければならなくなる。まさにローマびとだ。しかし、大合同キリスト教会は、そんな教皇を破門するかもしれない。カトリックにおいて、一見、教皇の下に教会があるように思われるが、しかし、教皇は、しょせん教会に選ばれてこそ教皇になれるのであって、教会に選ばれていない教皇はホンモノの教皇ではありえないからだ。

 予言の奇妙なところは、それが人々によく知られることにより、その予言が実現する方向に物事が動いていってしまう、ということ。よほどのことが無い限り、逆には動かない。初代教皇ペテロ以後、ペテロを名乗った教皇は一人もおらず、次の教皇がみずから予言に従うなら、ペテロ二世を名乗ることになる、とされるが、そんなにバカでもあるまい。しかし、実質的に、ヴァティカンのペテロ二世と、エキュメニズムのペテロ二世の二人の対立教皇が出てくる可能性はゼロではない。

EU経済圏と英国の没落

 英国の没落が著しい。いまやEUにとって、英国はやっかいものでしかない。実質的な経済力としては、もはやチェコ以下だ。にもかかわらず、ポンド・ブロックで、EUの自由経済の理念には協力せず、そのくせ、入るとか、入らないとか、言を左右にしている。本音からすれば、もはやフランスやドイツからすれば、まったくいらない。入ってもらう必要もない。そんな余裕があれば、中欧や東欧を支援して組み込みたい、というところだ。

 これまで、英国は、ドルの代替通貨ポンドの国として、金融のみによって存在してきたようなものだ。しかし、すでにユーロがその地位を抜き、ジュネーヴやリヒテンシュタイン、ルクセンブルクがユーロの待避港として機能している。ロンドン・ポンドを使う理由がまったくない。だから、ポンドの下落は、ユーロの比ではない。円ベースで下がったユーロ比でさえ、さらに2割も下がった。

 にもかかわらず、大陸側で英国製のものはまったく見かけない。自動車はもちろん、食料品、日用品まで。日本でもそうだろう。あの国から買うものがまったくないのだ。工業製品ならチェコの方がはるかに品質がいい。ブランド品なら、フランス、イタリア、スペインの方がデザイン的にもあか抜けている。安物なら、中国やインドネシアから入ってくる。この意味で、もはやヨーロッパに英国が存在する余地がない。

 なんでこんなところまで追い込まれてしまったのか。一番の問題は、サッチャー政権以後の、経済政策の原理的な失敗だろう。国有化とブロック化でわずかに経済再建を実現したが、それは、実際の所、かつてのナチスがやった手だ。それの行き着くところは、超長期では経済的孤立と政治的対立だ。そして、いまさら英国をフランスやドイツが救済する義理もないし、だいいちあの高飛車では話にならない。せいぜい遠く中国とでも連係するしかないだろう。

 アメリカはバラク政権の下で住宅を中心とする生活ニューディールを行うらしい。あれだけガタが来ていても、未来の夢はあるから、移入人口があるのだろうし、それだからこそ、未来投資の再建方法が採れるのだろう。だが、英国や日本にはそれがない。人口は減る一方。それどころか、これからは有能な人材がどんどん海外に逃避して、残るのは、海外に莫大な隠し資産を持つ大金持ちか、荒れた自暴自棄の人々だけになってしまうだろう。それは、中南米の国々がたどった戦後の歴史と同じだ。そんなところでは、企業でも政府でも縮小均衡策を採るしかあるまい。しかし、そうなれば逆スパイラルで、加速度的に経済は悪化する。最後はインフレで国家破綻。

 しかし、それも、かつて古代ギリシアや古代ローマが経験したことだ。国家はプライドでは成り立たない。国際経済は商人の領域で、諸外国に頭を下げてナンボのものではないか。それができない横柄な政治家たちを抱えていれば、やがて孤立するのは当然だ。

シャルル・ドゴール空港2G

 なんといっても、長年のライヴァル、ドイツとフランスだ。ドイツは、知ってのとおり、衛星を飛ばして、ドイツ語の放送で、どんどんドイツ語圏を拡大している。だから、フランス西部あたりは、またドイツ語に戻ってきてしまっている。RTLはもちろん、さまざまなドイツ語放送が流れている。

 一方、フランスは、ドイツと違って、ものすごい中央集権の国。ここは、物理的に交通の中心になろうと、TGVとCDG(シャルル・ドゴール空港)を拡大し続けている。もともと平らな農業国だから、建設工事の余地はいくらでもあるし。

 それにしても、ドゴール空港は、面倒だ。ヒースロー空港もタチが悪いが、近年のドゴール空港は、まったくでたらめで、どうしようもない。しかし、実際、ヨーロー−の中心的ハブ空港だから、乗り換え乗り継ぎとなると、ここがどうしても結節点になることが多い。

 もともとターミナル2自体が、ABCDとEFで、TGV駅を挟んで分断されている。そうでなくても、ACとBD、EとFのそれぞれだけも、成田のターミナル1、ターミナル2くらいの規模がある。で、巨大なA380のために、EFの先に総二階ゲートの新ターミナル2Eができた。これも名目上、E、と言っているが、従来のEやFより大きい。

 そして、昨年の秋にできた最新の2G。名目上は、ターミナル2に属しているが、ターミナル2ABCDEFからだと、ターミナル1や3よりも遠い。新Eのはるか東にある。滑走路は共通とはいえ、実質的にはまったく別の空港と考えた方がいい。団体客は、2ABCDEFから空港のワンボックスカーで滑走路内を直接移動しているが、個人客は、いったんターミナルを出る。歩いて行く道はない。歩いて行ける距離ではない。10キロくらい離れている。2CからN3バスに乗るか、2FからN2バスに乗るかしかない。それも、反時計回りの一方通行で、途中にタクシーだの、自家用車だのが、そこらに止まっているから、バスも簡単には進まない。そのうえ、Gでは、もう一度、セキュリティチェックの行列に並ばなければならない。そこから上に上がって、一番奥までいって、同じくらい長いピア(桟橋)を行ってやっとゲート。さらに滑走路内バスで駐機場へ。やっと飛行機に乗れても、滑走路が遠いから、タクシングでダラダラ行って、離陸までまたかなり時間がかかる。

 エア・フランスの検索だと離陸45分前着でもトランジット可になるが、そんな短時間では絶対に移動できない。離陸1時間前でも、ほとんど不可能だ。ちょっとでも、着が遅れたら、タイムアウトになる。実際は、ゆうに2時間はかかると思った方がいい。だいいち、無理に急いでトランジットしても、荷物は着いてこない。

 しかし、バカとしか言いようがない。こんなにでかい空港、EUバブルがはじけて、これから、どうするんだ。新Eだけでなく、まだ周辺をほっくりかえしている。いまの空港と同じくらいの面積を、新たにターミナル4として開発するつもりらしい。これだけでかい空港のくせに、買い物をするところはABCDの間の下の階か、EやFにしかない。食事するところは、ACの間か、BDの間、EFの隅っこにしかない。ホテルもシェラトンしかない。とにかく、すべてが飛行機中心で、人間の動線や直感に対する設計センスが悪すぎる。まともな感覚があるなら、あれを2Gとは呼ばないだろう。

 しかし、トランジットで2時間かかるなら、フランクフルト中央駅・パリ・モンパルナス駅なら、電車でも4時間だから、それでTGVに乗り換えた方が、こっちの方がアクセスがいいことになる。それに、いくらハブ空港って言っても、主力は軽量コミューターに代わってきているから、小空港のネットワークの方が乗り継ぎははるかに楽だ。たとえば、フランスからいったん対岸のイングランドのサザンプトンかどこかへ飛んで、ドイツに戻った方が安いし早い。

春は近いか遠いのか

 マインツは、朝から雪。街はまた真っ白。うーん、ちょっと暖かくなったように思ったのだけれど、そんなに甘くはないな。

 ニュースだと、先月末来、世界のあちこちの天候が大変らしい。南半球の夏のオーストリアは、熱波で、連日の43度だとか。乾燥による山火事も、あちこちで起こっているらしいなぁ。レイ・ブラッド・ベリ言う『華氏451度』ほどの気温ではないだろうが。

 一方、ヨーロッパでは、フランスが大変だ。やはり先月末来、強風が吹き荒れ、ほとんど全土の空港が閉鎖になっている。ドゴール空港が完全閉鎖になるのは、1974年以来のことらしい。電柱が折れたり、ガラスが割れたり、大騒ぎだ。

 しかし、だからと言って、異常気象だ、地球温暖化のせいだ、とか騒ぐのは、どうかと思う。砂漠の国オーストリアが猛暑になってしまうのは毎度のことだし、早春のフランスが強風に襲われるのも例年のことだ。だいたい、一年の数日くらい、すごい天気の日があるのは、むしろ当然だろう。一年中、ずっと穏やかな晴ればっかりだったら、それこそ異常気象だ。まして、百年単位、千年単位、万年単位で言えば、地球は温暖化したり、寒冷化したりするに決まっている。

 人は、白黒の映画を見ても、女の子の服は赤く、男の子の服は青く見える。「記憶色」というやつだ。記憶というより、「先見色」と言った方がいいかもしれない。勝手にそう思い込んでいる。天気も同じで、秋や春はかくあるはずだ、と思い込んでいる。そして、それに合わないと大騒ぎしたくなる。

 ヨーロッパにいると、男も女も、みんな自由に勝手なかっこうをしている。男が赤い服を着たからって、大騒ぎするようなことではない。異常気象だ、地球の危機だ、なんて騒いでいるのは、先入観に凝り固まって、ちょっと頭のおかしい人々と、そういう人々を相手に商売をしている人々ではないかと思う。

 CO2がどうこうというのも、ちまちまと個人が省エネなんかしたって、規模的に、どうなるものでもあるまい。そんなことをしなくても、20世紀というエンジン・バブルが終われば、終わる。そんなにいつまでも世界の文明がこんなに繁栄し続けるわけがない。

 それより、『沈黙の春』の方が恐ろしい。農薬の話ではなく、先入見に凝り固まったイデオロギー・バカどもが、あれもダメ、これもダメ、と言って、自分の「理想」どおりの穏やかで、平和で、何事もない管理環境を人工的に作ろうとすることだ。そんな思い上がった企ては、地球規模では絶対に失敗する。それより、空の星や雲の動きを眺め、荒れたときは荒れるにまかせ、天気の変化を楽しんだ方がいいと思うのだが。

航空券片道は往復総額より高い謎

どこか行こうか、と、あれこれ調べているのだが、わけがわからないのが、航空券の価格だ。片道の方が、往復より高い。片道700オイロのところが、往復で調べると、総額で350オイロ。つまり、片道あたりの料金は1/4ということになる。

まあ、アメリカ国内や、日本からの国際線でもそうらしいが、これでは、往復チケットを買って、帰りを放棄する人が後を絶たないのも当然だ。きちんとキャンセルの連絡をもらえればまだよいが、ノーショーだと、航空会社は、結局、空席分の利益機会も失うだろうに。で、最近は、航空会社も経営が厳しいので、ノーショーはもちろん、キャンセル連絡でも、片道料金より高いペナルティを後から請求することが少なくないとか。踏み倒そうにも、カード番号を抑えられていると、勝手に請求されるしねぇ。

しかし、そもそも片道が往復より高いこと自体がおかしくないか。とはいえ、社用族や団体旅行も多いので、実際は割引で乗っている人がほとんどだろう。逆に言うと、社用族や団体旅行の割引率を維持するために、名目上の片道価格が高いまま張り付いてしまった、ということだ。もともと平均実質価格は、企業割引や団体割引の後の価格で計算されており、その割引率から逆算して表向きの片道価格が決められる。

しかし、考えてみれば、いまどき企業割引だの団体割引だのをする必要があるのだろうか。たしかに1980年代なら社用族や団体旅行を取り込んでおけば、販売営業コストを抑えられただろう。だが、個人客もネット販売なら、同じことだ。むしろ、この時代、片道だけでも乗ろうかな、という個人客を呼び込めばいいのに、と思う。

実際、ヨーロッパなんか、あちこちがつながっているから、旅行するのに、同じ国の同じ街へ往復なんて、仕事の出張でもあるまいに、おもしろくない。そのうえ、レンタカーや夜行列車、フェリーなどの代替交通手段も充実している。一箇所くらい飛行機に乗ろうか、と思っても、あの価格だと、ばかばかしくて止める。この季節、700オイロだったら、日本までだって往復できてしまうぞ。

いずれにせよ個人客が直接に航空券を定価で買うには高すぎる。ライアン、イージー、テュイ、エアベルリン、ジャーマンウィングスなどに加えて、この2月から、Click4Skyというプラハをハブにした格安転売会社(自分では飛ばさないらしい)もデビューする。プラハ空港は、実際、ヨーロッパの中での立地がフランクフルト並みにいいので、このビジネスは今後、かなり有望だろう。

格安利用のコツは、電車と組み合わせること。格安同士の乗り継ぎは当てにならない。格安会社は、飛行機繰りがぎりぎりなので、遅れも想定しておかないといけない。そうなると、後に乗れなくなってしまう。フライトキャンセルの払い戻しはあっても、乗り継ぎの補償まではない。だから、格安は直行に限る。直行が飛んでいる空港までは電車で行って、そこから乗る。電車なら、よほどでないかぎり、本数もあるので、なんとかなる。

それにしても、この飛行機探しも面倒くさい。鉄道だと、外国のかなりの細かなところまで、ときにはバス停まで検索して、行程表を叩き出してくれる。が、飛行機だと、全部を最安値で一発検索する方法がない。そのうえ、近年、レンタカーを含め、自動車が不人気で、いまや中長距離、超長距離バスが人気だ。とくにドイツのローカルバスや中欧圏の個人ミニバスは、ものすごい勢いでネットを張り巡らしていっている。これらも、検索するのには、かなりコツがいる。が、うまい路線を見つけると、地元運行だけに道をよく知っており、鉄道で3時間のところが1時間で行けてしまう。

こんなことをやっていると、行くまでに行った気になって、行くのが面倒になる。天気もあいかわらずあんまりよくないしなぁ。

また雪のヨーロッパ

また今日も雪だ。でも、雪ったって、およそ期待していたイメージが違う。もっそりごっそり降るのは、アルプスの向こうだけで、ヨーロッパの大半は、かすかす。東京の雪と大差ない。

東京と大いに違うのは、翌日になっても晴れないこと。東京の冬は、基本的に晴れで、たまに雪が降った翌日は快晴に決まっている。ところが、こっちはかすかすに雪が降った翌日は半端な小雨だったりして、夜にガチガチに凍ってしまう。スペインやフランスからドイツ、チェコまで、南もアルプスの麓のフュッセンやガルミッシュのあたりまで、今年は、みんなこんな感じだ。どこか天気の良いところはないか、旅行でも行こうか、と、あちこちウェッブカメラでのぞいてみたが、どの国の、どの街も、この季節は、まったくさえない。ムダに寒い。

こっちの友人たちは、どうするのかと思ったら、来週は、南欧だの、カリブ海だのに行くとか。さすがだ。そりゃあったかいし、陽もよく照っていることだろう。まあ、行く気になれば、いまどき、世界中、どこへでも行けるのだが、こう寒いと、空港まで電車で行くのもおっくうでなぁ。仕事もたまっているしなぁ。

法王によるルルドでの十字架称賛祭

ルルドのミサ

今日9月14日は、十字架称賛祭。当然、カトリックばりばりのバイエルンテレビではミサの中継をやる。それも今日は特にすごい。法王様直々にルルドに赴いてミサを挙げるというのだから。

会場は、教会の下、線路横の広場。数千人が集まる。法王様は例のポップカーで登場。それにしてもすごいのは、聖職者の数。さすが旧教国フランスだ。司教や修道士、修道女の数が半端ではない。それも、今日は主の聖日なので、みんな真っ赤。イチゴミルクみたいだ。

それにしても、そもそもこの十字架称賛祭、正直になところ、ちょっといかがわしい。基本的に、教会の祝日は、聖書に基づき、1年を通じて、キリストの生涯をたどる。ところが、この十字架称賛祭は、コンスタンティヌス帝が335年に聖墳墓教会を建てた日、というだけで、イエスとも、キリストとも関係ない。

そのうえ、ルルドだ。1858年に聖母マリアが現れた、という、やたらと新しい奇跡の地。今年は、その150年記念日に当たる。もとをたどれば、この地方は中世に異端の新興宗教、カタリ派で荒れた。宗教的な気風が強いのはいいが、かの大流行小説だのを初めとして、いまだにすぐばかげた異説がはやる地域。カトリックとしてはその押さえとしても、ルルドは重要な意義を持つ。

今日のミサの法王様の話も、聖十字架より、もっぱら聖母マリアのことに終始。式次第はホサンナが勢いがよいことを除けば、それほど特別なことをするわけでもない。ただ、ホスチアを配るのには、参列者が多いので、とんでもなく時間がかかった。

明治にロンドンに留学した漱石は、ヨーロッパを個人主義と言い、また、ベルリンに留学した鴎外は一族主義と考えた。彼らのせいで、日本は、近代化を個人主義と一族主義と誤り、結局、中国と同じような同族縁故だらけの国を創った。そのことは、戦後のいまでも変わらない。

しかし、日本人が神も仏もなく、隣人も忘れて、傍若無人に思い上がり、それを近代化だと思うというのなら、それは誤りだ。二人とも行った国が悪い。ロンドンやベルリンのような大都会は、ヨーロッパの中でもあまりに特殊で、その他の地域や都市では、隣人主義が深く根付いている。同じ神の下の小さな存在として、隣に暮らす人と握手し、抱き合う。

今日、マインツの空は、ひさしぶりの快晴。東京の冬の日のように、木枯らしが吹いている。寒い。もうコートが必要だ。

アメリカのステーキはうまい!

ステーキ
 さっそく食べることにした。1人前で1ポンドくらいある。28センチのフライパンを買っておいてよかったと思う。なんにしても、こっちにいると、なんだか量の感覚がだんだんおかしくなってくる。洗剤とかも、88回分の巨大箱だったりして。買ってから持ち帰るのに、頭を抱える。
 それはそうと、ステーキだ。うまい。日本の牛肉のように脂っぽくない。柔らかい。ジューシー、とは、こういうことか、と思い知らされる。これ、六本木の鉄板焼き屋とかで食べたら1万円以上するだろうなぁ。でも、スーパーで買ったから、日本円換算だとわずか数百円。写真にはないが、ドイツのイモのほかに、アメリカで買ってきたトウモロコシも茹でた。ほんとうは輪切りにしてBBQスタイルで焼くらしいが、まあ、おいしければなんでもいいや。とにかく、これも甘くておいしい。
 それにしても、なんで日本は食費があれほど高いのだろう。輸送コストのせいではなく、わけのわからない法人がへばりついているからじゃないのだろうか。昔の東欧と同じか。仕事と永住権さえなんとかなれば、ヨーロッパやアメリカに移住してしまう人が多いのも、これでは当然のような気がしてきた。

ちょっとアメリカへ行ってきた

スナックボックス
 ちょっとアメリカ合衆国まで行ってきた。出かけにパスポートを忘れそうになって、あわてた。それにしても、ここからだと、アメリカも近い。すぐ着いた。
 わざわざ、なにしに来たか、というと、たんに買い物。だから、さっそくスーパーへ。価格がドルでついているのは当然ながら、単位がややこしい。いきなり牛乳はガロン(約3.8リットル)売りだ。ガソリンじゃないぞ。毎朝、こんなに飲むのか。だから、こいつら、みんなこんなにでかいのか。
 液量は、江戸時代の貨幣みたいな4進法で、1ガロン=4クォート=8パイント=128液量オンス(fl oz)。このオンスというのがややこしくて、重量の単位としても使う。この場合、1オンス(oz av)は約28グラムで、1ポンドは16オンス。本来、イギリスでは、1液量オンスも、水28cc相当で、20オンス=1パイントだったのに、アメリカでは、液量にむりやり4進法を導入したものだから、ズレが生じてしまった。
 単位がこの調子だから、裏の調理法を読んでも、さっぱりイメージがわかない。まして、温度が華氏(ファーレンハイト)だ。その名のとおり、ドイツ人が作った単位だが、そんなの、ドイツだって使っていないぞ。これは、水の氷点と沸点を100分割ではなく180分割したもので、つまり角度と同じ12進法系の単位だ。これの換算が面倒なのは、氷点が0ではなく、32度であるため。生活上、人工上の最低温度(セ氏−17.8度)を0にした、とか言うが、せめてこれが36度だったら、まだ計算しやすいのに。なんにしても、数量単位ならともかく、等質的に足したり引いたりできない程度単位の温度で12進法系を使っても意味がないと思うけど。たとえば、華氏120度の水を3分割しても、40度にはならないもの。
 こういうのを見ていると、アメリカが世界の中心なのも、もう長いことはないだろうなぁ、と思う。イスラム歴のことをとやかく言えたものではない。世界と交易しようと思えば、まず標準単位に則ることが大切なのにねぇ。実際、いま、アメリカが外国に輸出できるのは、最初からミリ単位を使っている映画くらいのものだ。自動車も、コンピュターも、いまだにインチ単位の道具がないと直せないので、どこの国でも嫌われる。
 で、アメリカでいろいろ買ってきた。アント・ジェマイマのシロップとか、ポール・ニューマンのヴィネガーとか。でも、いちばんのお気に入りがこれ。アメリカと言えば、ジャンクフード。ジャンクフードと言えば、やはりアメリカだ。それも、フリトスやレイズのオリジナル味もきちんと入っている。45袋入りボックス。おい、でも、この数字、変じゃないか。12袋4列なら、48袋だろ。なんだか、3袋、損した気がする。

サウンド・オブ・ミュージックのミステリー

 しかし、この話、謎が多い。まさにアルプスの闇の奥。いちばんの問題は、なぜ、どのようにして亡命したか、だ。
 まず気をつけなければならないのが、ここではウソが何重にも塗り込められている、ということ。もっとも表層が、映画を見ただけの日本人やアメリカ人の話。その次が、映画のロケ地を商売にしているオーストリア人ガイドの話。そして、これらをフィクションとして小馬鹿にしている現地のオーストリア人の話。
 しかし、これだけでは終わらない。映画を嫌っているトラップ一家の話ですら、怪しい。映画に便乗してロッジを宣伝している今のトラップ一家の話と、まだ生存している老娘マリアの証言は食い違う。さらに、母マリアの自伝も、まったく異なる。
 トラップ家の執事がナチシンパのスパイだったのは、よく知られたエピソードだが、母マリアにしても、本人に自覚があったかどうかはともかく、もともとはカトリックからトラップ家に送り込まれた情報係だ。結婚してから後は、マリアが情報提供を拒否したのか、代わってワズナー神父が張り付くことになる。
 いずれにせよ、一家の亡命については、トラップ氏とワズナー神父が手配したことであって、実のところ、母マリアさえも、なぜ、どのようにして亡命したか、については、きちんとは理解していなかったのではないか。いや、トラップ氏やワズナー神父ですら、その背後で動いたカトリックとイタリア、英国、米国の政治的な思惑と組織まで、把握しきれていなかっただろう。
 トラップ氏は、もともとアドリア海にある小港ザダールの、ただの海軍軍人一家の次男に過ぎない。ところが、彼が渡航先で偶然に出会って恋に落ちた相手が、イギリスの天才的な艦船工学者ホワイトヘッドの孫娘だった。このため、彼は、彼女との結婚によって莫大な財産を相続することになり、潜水艦艦長として、叙勲されるほどの戦果を挙げる。この財産そのものは、大不況の影響で、そのほとんどを失ってしまうが、ロンドンの銀行の金庫には、ホワイトヘッドの英国艦船に関する資料があった。いまだ英国とドイツは開戦前夜であったため、トラップ氏がナチスドイツ傘下に入った場合、かえって合法的に、この資料をナチスドイツに引き渡さざるをえない状況だった。
 イタリアの立場も微妙だった。ムッソリーニは、かならずしも大ドイツ主義を好んではおらず、ブレンダーノ峠では、いつでも戦車隊がドイツへ進撃できる体制にあった。まして、カトリックは、反宗教的なナチスとの距離を測りかねていた。
 そもそも、この時期、オーストリアは、けっして民主主義国家などではなく、オーストリア・ファシズムによるオーストリア主導の大ドイツ主義(つまり逆にドイツを吸収する)が流行しており、ドルフース、そしてシュシュニックと、独裁首相が支配していた。しかし、1938年3月11日、ヒトラーが、起こってもいないウィーン暴動を口実に戦車隊で侵攻、シュシュニックも逮捕されてしまう。これを見て、イタリア・ファシズムのムッソリーニは、ドイツとの対決より妥協を選び、オーストリア、とくにチロルは、ポーランド同様、世界から見捨てられることになる。
 ヒトラーが、第一次世界大戦で成功したオーストリアの潜水艦隊による海上封鎖を狙っていることは明らかだった。それゆえ、トラップ氏を亡命させることは、カトリックやイタリア、英国、そして米国にとって、急務となった。
 周到な準備の上、山の雪解けを待って、6月、計画は実行に移される。彼らの実際の亡命ルートは、ザルツブルクから国境沿いにホーホケニッヒを山越えしてツェル・アム・ゼー(トラップ氏の前の屋敷)へ。ここから、ツェル・アム・ツィルタール(母マリアの故郷)へ移動。ふたたび山越えして、サン・ジョルジオ(ブルニコ)にしばらく潜伏。ここで、一家は、トラップ氏のアドリア海ザダールの出自を根拠にイタリアの国籍を得る。その後、これを利用してロンドンへ、そして、アメリカへ。一家の入国記録は、アメリカ公文書館のものが、すでに公開されている。
 この地方の地形は、地図で見るほど簡単ではない。ザルツブルクから出るにも、南に通じる道は細い谷しかなく、ナチスが彼らを街から出すわけがなかっただろう。また、オーストリアから出るにも、まちがってもブレンダーノ峠を通るわけがない。その一方、山には、国境もなにもない、世界に通じる自由な道がある。しかし、それは山に登る者だけが通ることのできる道だ。
 このルートと、バルカンの国籍を捏造する方法は、その後、彼らだけでなく、ナチスドイツからの亡命ルートとして用いられたと思われる。南チロルは、ドイツ系住民とイタリア系住民の関係が複雑で、母マリアが自伝を書いたころにおいても、地元協力者の詳細を明かすことははばかられたのではないか。

ナポリのガリバルディ広場

ガリバルディ広場











 ナポリの活気はすごい。街全体がでたらめだ。ゴミだらけとか聞いていたのだが、すでにドイツ式の分別収集が徹底され、騒ぐほどの状態ではない。ニュースというのは、どこの国でも大げさなものだ。
 それより、すごいのは、商売の乱雑さ。屋台だの、路上販売だのがひしめいている。それも、イタリア製、中国製、エジプト製、等々のぱちもんだらけ。Eヴィトンとか、グッチみたいな96とか、わけのわからないものがいっぱい。口を開いたキティとかもある。CDなんか、ちゃんとカラーコピーの表紙もついていて、最初からMp3になっている。便利だ。どれでも1オイロ。カーステレオも、コードがむき出しで、箱がない。これは、日本製高級品で本物なのに、わずか10オイロ。もってけ、ドロボー、って、たぶん売っている方がそうなのだが。でも、みんな善意の第三者だから、気にしない。
マインツの時刻と天気
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Profile
純丘 曜彰
すみおか てるあき 

美術博士(東京藝術大学/美学)、文学修士(東京大学/哲学)、東海大学准教授、ドイツ・ヨハンネス=グーテンベルク(マインツ)大学客員教授を経て、現在、大阪芸術大学教授。専門は哲学、メディア文化論。

東京生まれ。東京大学教養学部1組(横断インタークラス)、同文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修了。テレビ朝日報道局報道制作部ブレーンとして『朝まで生テレビ!』を手がけ、現職に至る。

wikipedia 純丘曜彰
純丘曜彰の映像論


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