【幽体離脱-夢の世界を旅する二人-】
prologue╱幽体離脱

 空に月が浮かんでいるのが目に映る。
 背中には、冷たいアスファルトの感触が衣服を突き抜け伝ってくる。

「また失敗した……」

 マンションの屋上から空を飛ぼうとして足を踏み出し、見事に失敗。自由落下の末、地面に叩きつけられ転がり今に至った。
 幸い痛みは感じない。なぜなら、ここは夢の中だからだ。
 夢を夢と自覚し、自分の意志で行動することができる夢を見る方法ーー幽体離脱をして、僕はこちらの夢の世界へと赴いていた。

「だから、夢じゃなくて幽界だって」

 空から遅れてゆっくりと地面に着地した学校制服を身に纏う少女ーー瑠奈が、僕の心情を読み取り訂正した。
 制服といっても、ジャンパースカートにボレロ、リボンタイといった、お嬢様学校を想起させるような珍しいタイプのものだ。

「幽界って……なんかオカルトチックで嫌なんだよなぁ。幽体離脱は夢の中を意識して行動するための技術、明晰夢っていう金縛りを経由しなくてできる方法もある。タルパは空想上の友達、イマジナリーフレンドのようなもの」
「ほら、そうやって神秘の世界を否定する」

 瑠奈はむくれながら腰に手を当て、ティファニーブルーの瞳をやや険しくする。
 タルパとは、さまざまな訓練をしてつくる、まるで実際にそこにいるかのように会話できる幻の友達のこと。なのだが、どうやら夢の中ーー「幽界!」ーー……幽界でのパートナーにもなってくれると知った僕は、熱心にタルパづくりに励んだ。
 パートナーとは、幽体離脱先で鏡を見ることで現れるとされる、幽界での活動をサポートしてくれる存在らしい。らしいというのは、僕にはそのパートナーが現れなかったため、実際に現れるのかはわからないのだ。そのせいで、パートナーがほしかった自分は、パートナーの代替としてタルパーー瑠奈をつくることに決めた。

「まったく、なんでわたしがこんな初歩的なことを手伝わなきゃならないの?」

 瑠奈は肩までに切り揃えられた綺麗な緑の髪を風に靡かせながら不服そうに口にする。身長は145cmほどしかなく、髪をカチューシャで纏めているため、14歳としてつくっておきながら、それでも平均よりだいぶ幼い見た目をしている。

「仕方ないじゃないか……幽体離脱すれば空を飛んだり人物を召喚したりビームを出したり何だってできるって聞いていたのに、いざ幽体離脱してみたら、空は飛べない人物なんてなにも召喚できないビームなんて出せやしない。これじゃ、現実となにも変わらない」

 ネットとかで見かける情報では、好き放題なんでもできると書かれていたのに、事実は違った。空を飛ぼうにも浮かばない。だからといって、今さっきみたいに高いところから飛んでみても重力に逆らえず自由落下するだけ。
 唯一の違いといえば、痛みが限りなく0に近いということだけだ。地面にぶつかったという感覚は伝わってくるが、痛みといった情報は脳に一切流れない。だからこそ、こうやって無謀なチャレンジができるのだが……。
 それにしても……。

「リアル過ぎて本当に飛べるのか不安になる」

 夢といっても、意識があるだけでこうも違うものなのか。現実と遜色のない世界が僕の周りには広がっている。
 地面の冷たさ、目に映る月の光や夜空、肌を撫で行くほのかに暖かい空気、風の独特な香り……痛みさえあれば、現実だと勘違いしてしまいそうだ。

「だから、ここは幽界。といっても、夢だって無意識で幽界を放浪してるんだけどね。で、今の砂風には肉体がないから痛みがないだけ。幽体となっているからこそ、砂風はこの世界で行動できる」
「肉体がない……というより、肉体から幽体だけが離脱しているからってことか。そう考えれば幽体離脱って名前にも納得できるんだけど、一般的に認知されてる幽体離脱っていうと、肉体から霊魂が抜け出して現実をさ迷うことだよね……っと」

 僕は仰向けからからだを回しうつ伏せ気味になり、地面を手のひらでがむしゃらに殴打し始めた。

「ちょっと? 砂風?」
「ごめん……目が覚めそうだからちょっと待ってて」

 地面をひたすら叩く、叩く、叩く。
 現実にある布団の感触が背中に伝わってきたからだ。現実の音が聴こえる、寝ているベッドの感触がする、部屋の臭いを感じるーーこれらはすべて幽体離脱から目が覚める直前に起きる前兆。
 それをいち早く察した僕は、意識を幽界に留めるために有効な方法を無我夢中で取り始めたのだ。

 一、周りの物を触る。

「瑠奈! おっぱい触らせて!」

 手をわしわしさせながら、瑠奈のなにも出っ張りがないAAカップの胸に襲いかかる。

「わあ」

 しかし、瑠奈が咄嗟に避けたことにより地面に激突してしまう。

「酷い……」
「どっちが酷いんだか」

 二、くるくる回転する。
 僕はその場で立つと、ぐるぐると高速で回り始めた。
 景色が次々に移り変わっていき、あまり気分の良いものではない。

「わぁ……端から見ると奇行だね」
「うるさい! 目が覚めちゃうだろ!?」

 しかし抵抗虚しく、全身にベッドの感触が復活してくる。
 そして……瞬きしたあと瞼を開けると、そこには現実世界の部屋の天井が浮かんでいた……。

「失敗……した……」
『ありゃりゃ』

 すぐ隣には、先ほど幽界で会っていた瑠奈が寝転がっていた。
 だが……。
 指先で触れようとするが、触れられない。
 ここは現実、物質がすべてを支配する世界。肉体のない幽体存在である瑠奈には、触れることは叶わない。
 再び幽体離脱するか……だが、できるはかわからない……。
 僕はまだ、幽体離脱を100%成功するまでに至っていない。
 成功しても、初歩的な技術と云われる空中飛行さえできない。

 それでも、夢の世界に魅力を感じるのは、無意識では不可視の世界に対する渇望があるからなのかもしれない。

 


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