山縣院長の公開日記│岡山の産婦人科 サン・クリニック

岡山の産婦人科「サン・クリニック」山縣院長の身の回りにおこった出来事や感じたこと、そして最新の子育て情報を公開。

●お母さんの中には『母を生きる私』と『自分らしく生きたい私』がいます。

●お母さんの中には『母を生きる私』と『自分らしく生きたい私』がいます。

「子育てに追われるように日々を送っていると、心の奥で『私はどこにいるの?』というささやきが聞こえてくる気がします。独身の頃、毎日が輝いて充実していたことを思うと、最近では子どもたちの世話をしていても、何か上の空です。母親として私は失格でしょうか?」と、2人の子どもを育てているお母さんの相談です。

子どもが幼稚園や小学校に通うようになると、少しずつ自分の時間が取れるようになります。また、ほとんどのお母さんは勤務体験を持っていますから、子育てに翻弄されている自分にふと気付くと、自分の人生ではないかのような、何かしら不安な気分になるのは当然かもしれません。

妊娠・出産・子育ては、『生かし続けたい私』『母を生きる私』が持つ、人間という種、自分の生命をつなぎ続けたいという本能的な衝動です。それに対して『生き続けたい私』『自分らしく生きたい私』は、お母さんに限らず誰もが持っている思いでしょう。今の子どもたちはみんな、育てられる過程で生きがい教育的に「自分らしく生きなさい」と言われ続けています。「いいお母さんになりなさい」と育てられた子どもはいませんよね。ですから、人生を送るのに「自分らしく生きたい」というアイデンティティーを大事にしたい欲求を持つのは当たり前です。どちらの私も満足しないと、生きていることへの納得が難しいものでしょう。

アドバイスとして、「母親失格なんて自分を責める必要は少しもありません。子育てに励んでいる間も、子育てが終わったら何をしようかなと、夢を膨らませることを忘れないこと。今の気持ちを否定するのではなく、大事に持ち続けるといいですよ」とお伝えしました。自分がいけないと思っていたこの方は、少し安心したようでした。

女性は子どもができると、『母を生きる私』と『私を生きる私』がこころの中にいつも同居するようになります。しかし本来は、お母さんであり妻である前に、女であって人間です。母親は皆、この二つのバランスの中で生きています。普段の生活の中で「私を愛して」「自分を大切にしたい」という部分をチラッチラッと見せることはあるものの、そこで「アンタはお母さんでしょ」「(子どものために)我慢しなさい」などと言って母親の気持ちを潰してしまうことが、しばしばあるのではないでしょうか。私も今になって、何と自分は鈍感だったことか、ひどい仕打ちをしてしまった、と申し訳なく思っています。

『母を生きる』ことは、迷わず子どもと一緒に日々を楽しみ、自分の知恵を子どもに伝えることでしょう。それは子どもに、未来社会で『なりたい自分』になろうとする勇気を育みます。また『私を生きる』ことは、「何かをしたい」とふつふつと湧き上がってくる想いを潰さないで、その想いを満たすためにできる行動は何かを前向きに考え、リストアップし、実行していくことです。このようなお母さんの行動は、ものごころが付いてからの子どもの憧れの対象になります。自分の意識の視点をどこに置いているのかを見ながら生活すると、少しは肩の力が抜けるかもしれませんね。そして、自分を責めたくなったら、その理由を全部挙げて「それでいいのだ!!」と、自分にしっかり語り掛けましょう。まず自己受容することで、きっと次のステップが見えてきます。
 山縣威日著『だいじょうぶ!子どもは育つ』より 

●「ザリガニの交尾は後が大事なんだよ。うっかりするとオスは殺られるんだ」。

幼稚園に通う頃になると、たいていの子どもは集団の中でいろいろな生き物の情報を仕入れ、その中の好きな小動物に夢中になるものです。我が家の長男の場合はザリガニでした。小学校2年の頃でしょうか、ベランダに所狭しと並べられた水槽で、捕まえてきたザリガニをたくさん育て、交尾をさせ、卵を産ませているのを自慢にしていました。

ある日の夕方、ふと見ると、2歳年下の妹を相手に何やらヒソヒソ話をしては、顔を見合わせてニヤッと笑っています。ちょっと気になって「何がおもしろいの?」と尋ねてみると、2人は声を潜めるように「ザリガニの結婚!」と得意げに教えてくれました。私自身、ザリガニの交尾など見たこともなかったので思わず水槽を覗きこむと、オスとメスが向かい合って、お互いにハサミを相手のほうに振り上げ、威嚇し合っているように見えます。子どもたちと3人、目を凝らして見ていると、オスがメスを狙いながら頃合いを見計らってパッと飛び掛かり、メスのハサミを押さえ付けるように仰向けに押し倒し、交尾をしました。子どもたちは思わず「ヤッタ!」と声をあげます。

「この後が大事なんだよ。オスはうっかりするとメスに殺られるんだ」。ザリガニは腹がいちばん弱くて、離れるときにブスッとおなかを刺されるかもしれないので、交尾は命懸けなんだと言うのです。息を飲んで見守っていたら、ザリガニ特有の尻尾の動きでサッと飛び離れたので、みんなで喝采しました。今も記憶に残る、感動的な光景でした。

小学校も高学年になると、好きな動物たちについては物知り博士のようになりますが、多くの場合は、やがて飼うことを卒業していくでしょう。子どもはこの経過の中で、交尾(生殖)、産卵(出産)、孵化、メスとオス(性徴)、成長(養育)など、性と生命に関するさまざまなことを体験的に学んでいきます。

ここで注意したいのは、大人が邪魔しないということです。親はついつい、子どもの興味を先取りしてしまいがちなんですね。スーパーなどでは虫捕りセットや飼育セットがこれでもかと言うほど店頭に並べてありますが、子どもたちが本当に欲しがるまで、そして、自分で世話をするという約束をするまで、買わないことが肝心です。子どもは、誰が教えなくても、驚くほどの発見をします。夢中になればなるほど、分からないことを自分で調べたり工夫したりもします。親は、それを子どもに教えてもらうような気持ちで、対等に付き合っていくのがいいと思います。きっと「うちの子は天才なんじゃないか?!」と思うような感動を、何度も味わわせてもらえることでしょう。

このように、九つまでに性と生命の基本を学ぶことは、思春期以降の性的関心や性教育に大きく影響します。8~9歳の頃、性の体内時計のアラームが鳴って性ホルモンの発動が起こると、子どもたちは恥ずかしがって、性への関心に口を閉ざしてしまうからです。思春期の性教育は、「人を愛するとはどういうことか」を教える『こころの教育』です。それがきちんと子どもの心に届くためにも、つの付くうちに『いのちの教育』を心にしっかり染み込ませてやることが、しつけの中でも特に大切な務めだろうと思います。
 山縣院長著『だいじょうぶ!子どもは育つ』より 

●赤ちゃんの心に安心と信頼を、お母さんには何物にも代えがたい愛情を。 

ヒトは、他の動物に比べ、一年以上未熟状態で生まれてくると言われます。生まれてきた赤ちゃんはやや毛深いものの、体温を保ってくれるほど毛に覆われているわけではありません。身を守るための行動と言えば、転がることすらできません。栄養を取るために備えられている消化液は、生後約一年間は、ラクターゼなどの乳汁分解酵素しかありません。赤ちゃん言葉は泣き声や「あーうー」といった発声(喃語)ですが、大人はそれを理解できません。

赤ちゃんの安全と安心は、抱かれることで得られます。温かい腕の中に抱かれると、寒い冬のコタツのように、うっとりするくらい気持ちがよくなります。ただ温まるのではなく、血と気の通った温もりです。まるで至福の世界だった胎内にいるかのように感じるでしょう。生き物の本能として、お母さんは赤ちゃんにおっぱいをふくませます。母乳は、よく知られているように、赤ちゃんを養い、育て、微生物と共存できる、さまざまな成分で満たされています。

そして、おっぱいを吸われると、お母さんの体内にはプロラクチン(乳汁生産ホルモン)やオキシトシン(射乳ホルモン)が大量に分泌されます。プロラクチンは母乳を作る働きだけではなく、お母さんの「育てたい」と思う母性スイッチを入れると共に、辛さを和らげる麻酔作用を発揮します。子宮収縮を促してくれるオキシトシンは、愛情ホルモン・優しさホルモンとも言われ、ストレスの緩和や癒しの働きもあるとされています。どちらも、母体の情動に働き掛けて『愛ずる(めずる)』と表現される深い愛おしみを汲み出すつるべのような役割を果たします。

抱いておっぱいをふくませるという自然の営みが続いていくうちに、お母さんはいつの間にか赤ちゃんを理解するようになり、赤ちゃんにはお母さんへの絶対的で永続的な信頼感(『母いのち』という想いの刻み込み)が出来上がります。この信頼感(人を信じる力)が人間性の基本になります。

このように母乳育児は、母乳という乳汁を飲ませることだけに意味があるわけではなく、『人間になる』という遺伝子のスイッチをオンにし続ける、2万年続いてきた自然の仕組みなのです。
 (山縣威日著『だいじょうぶ!子どもは育つ』より) 

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