2013年09月30日

車を替えました。さて、何でしょう?

クルマを買い換えました。
詳しい理由は後ほど書くとして、大きいクルマや速いクルマ、見栄をはるようなクルマや威張るようなクルマは、全くいいと思わなくなりましたので、思い切り小さなクルマにしました。
街中をちょこちょこと走ってみましたが、これが実にイイ感じです。「小さなクルマ党宣言!」を出したいくらい(笑)
まあ、人と同じクルマは嫌だという天の邪鬼な性格からすると、売れなかったクルマということになりますが(^^;)安いしね。
今日はインストメンタルパネルの写真(しかもブレブレ)を貼らせていただきます。興味ある方は、車種を当てて下されば幸い。と言っても、何も出ませんが(^^)
ところで計器板の色は、このクルマのようなアンバーが好みです。BMWのようなレッドに近いアンバーは最高ですね。
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2013年08月15日

東京新聞社会部編『新編 あの戦争を伝えたい』岩波現代文庫 2011

かつての西独大統領R.v.ヴァイツゼッカーの名言、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」は、今こそ、日本のそして世界の人々の胸に刻まれれる言葉だろう。

戦争=国家による大量殺戮に関して、極めて鈍感な政治屋のきな臭い言動が鼻につく1945年8月15日から68年目の今日、改めてそのように思う。

本書は、アジア・太平洋戦争に関する様々な証言を集め編集した書物である。

被害者として、そして加害者として、証言された方の言葉は一つ一つが胸が押しつぶされるほど重く、そして切ない。人が人として生きることを絶対的に断ち切られてしまうのが、戦争の本質だと思い知らされる本である。何度、頁を繰るのが苦しくて本を放り出したことか。

しかし、このような証言こそ歴史における民衆の声なのだ。この声を聞くことは、先のヴァイツゼッカーの言う非人間的な行為を心に刻むことになる。平和な社会を作り上げていくためにも、先々の世代にも伝えていく必要があることだと確信する。

一人でも多くの方に読んでいただきたい本として推薦したい。



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2013年08月06日

68周年の8月6日、原爆忌に寄せて

手元に一冊の絵本がある。『おこりじぞう』。

絵本『おこりじぞう』は、被爆し瀕死の重傷を負った女の子に、お地蔵さんが涙の水を飲ませるお話である。笑ったお地蔵さんの顔がお母さんに見えて「かあちゃーん、かあちゃーん、みずがのみたいよう。みずがのみたいようー。」と声をかける少女。当時の広島・長崎にはこうした少女が無数にいたに違いない。無限の可能性を持つ子供の命を、暴力的に絶つこと。こうした惨劇、いや犯罪を引き起こす戦争は、まさに野獣の行いだ。この絵本で描かれる女の子の死や、広島平和記念資料館にある折れ曲がった三輪車、まっ黒なおべんとう箱を思い返すと、野獣の犠牲になった子ども達の無念を思わずにはいられない。どんなに苦しかったろう・・。どんなに生きたかっただろう・・。
『おこりじぞう』の表紙の絵には、平和の象徴であるハトを胸に抱く女の子が描かれている。亡くなった女の子が「どうか戦争のない平和な社会にしてください。私のような子どもを二度と出さないで下さい。」と訴えているような素敵な表紙だ。
この表紙を見る度に、亡くなった子ども達が望む唯一のことは戦争のない平和な社会であろうし、私たちが亡くなった子ども達に報いる事ができる唯一のすべも平和な社会を創り上げることなのだと、強く思う。

さて、言うまでもなく広島・長崎への原爆投下による無差別殺傷は、市民へのテロ攻撃である。そこでは、攻撃対象が老若男女、軍人であるか一般市民であるか、などは全くもって考慮されない。こうした空爆による無差別テロ攻撃は、第二次世界大戦中は言うに及ばず、1930年代にも日中戦争での日本軍による重慶空爆、スペイン内戦におけるナチスドイツによるゲルニカ爆撃にも見られた。そうした空爆による無差別テロ攻撃が極度まで拡大し暴力性を高めたのが、広島・長崎への原爆投下であろう。

その原爆投下について、時のアメリカ大統領トルーマンは、次の回想を残している。

「彼ら(日本人)が解すると見られる唯一の言葉は、われわれが爆撃という手段を通じて、彼らに使ってきた言葉だけなのです。野獣を相手としなければならないときには、野獣を野獣として取り扱わなければならないのです。」(原爆使用に抗議した全米教会連合書記サムエル・M・カヴィート宛の手紙 1945.8.11)

この手紙は、真珠湾攻撃や捕虜虐待を行う野蛮な日本人を「野獣」として取り扱うとする。が、原爆投下を野獣への「言葉」とするトルーマン自身、野獣になっていたのではないか。日本人が理解できるのは、圧倒的な破壊的暴力であるとするトルーマン自身、野獣になってはいなかったか!

無論、広島・長崎に住む市民の中には野獣でない多くの人たちがいた。幼い子ども達はその代表だろう。野獣が人間を、いとも簡単に殺してしまう大量殺人が戦争の本質なのだ。

戦争は、指導者から一兵卒まで関わる人々全てを野獣におとしめる絶対悪であると、私は考える。

NO NUKES!は反原発でもあるが、反核兵器でもある。戦争を無くしたい気持ちの表れとして相応しい言葉だろう。
子ども達はじめ全ての命が輝く平和な社会を目指して、これからもNO NUKES! NO WAR! YES!PEACE!「平和に生きる権利を!」の声を上げ続けていきたいと強く思う。
二度と人間が野獣にならず、人間としての優しさで全ての人々が満たされるために・・!

【参考文献】
山口勇子・沼田曜一・四国五郎『絵本 おこりじぞう』金の星社 1979
児玉辰春・長澤靖『絵本 まっ黒なおべんとう』新日本出版社 1995
荒井信一『空爆の歴史』岩波新書 2008

おこりじぞう―絵本
おこりじぞう―絵本 [単行本]


絵本 まっ黒なおべんとう
絵本 まっ黒なおべんとう [大型本]


空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書)
空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書) [新書]


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2013年07月25日

人の魂の浄化〜前進座「花木村月夜奇妙 どろぼうたちの月の夜」を観て

「未来少年コナン」のモンスリー、「風の谷のナウシカ」のクシャナ、「天空の城のラピュタ」のドーラ、みんな私が大好きな女性です。
なぜ好きなのか?
最初は悪役として性格が悪く描かれている(特にモンスリー)彼女たちが、ヒロインやヒーローとの付き合いを通して、心を開き、人として真っ当な性格に変化していくから。宮崎監督によれば「魂の浄化」ということになります。

人間、誰しも心に負の側面をもつのではないでしょうか?由来は生まれつきの性格・パーソナリティだったり、家族や学校といった最初に出逢う社会集団だったり、はたまた苦労して就職した企業がブラック企業だったりすることかもしれません。いずれにせよ、心に負の側面を全く持たない人は、もちろん私も含めていないでしょう。

ただ、人は社会的存在であると言われるように、周りの人の働きかけ次第で、この負の側面を限りなく小さくして、逆にその人の持つプラスの側面を開花させることはできると私は考えています。つまり「魂の浄化」はできるということです。先ほどの宮崎映画に描かれた3人の女性はまさにそのモデルと言っていいでしょう。

今回観た「花木村月夜奇妙」は、お頭始め個性溢れるどろぼう達が、ふとしたことから花木村の人々に信頼され、大切にされ、愛情を持って接していかれる内に、生きていく喜びを見いだしていくお話。まさに魂の浄化を描く作品だったと思います。
それ故に、私の琴線に触れました。
人が互いを信頼し、大切にし合い、愛情を与えあう。何て素晴らしいことなのでしょう。

このお芝居は、パンフレットに「おとぎ芝居」とあるように、子ども向けのものです。
が、こうしたお芝居を観た子どもは、生きていく上で大切なものをたくさん学ぶのではないでしょうか。
是非多くの子ども、そして人を信頼できなくなってしまい辛い想いをしている大人の方にも観てもらいたいと思うのです。

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2013年06月20日

死者の無念の声を聴く〜前進座「死んでもブレストを」を観て

1945年3月10日の東京大空襲では、一夜にして10万人の命が奪われた。
この10万人という途方もない犠牲者の声なき声を聴かせてくれたのが、先日、前進座によって上演された朗読劇「死んでもブレストを」である。

この物語は3月10日に、墨田電話局で命を奪われたうら若き電話交換手の乙女への鎮魂歌であった。通信戦士として「死んでもブレストを外すな!」を合い言葉に、空襲の最中にも交換作業を続け、猛火に呑まれてしまった少女たちへ祈りの朗読劇だった。
*ブレスト・・・交換手がつけるヘッドセット、インカム

この朗読劇を観ていると、彼女たちがどんなにか苦しんだことだろう、どんなにか無念だっただろう、どんなにかもっと生きたかっただろうという想いが胸に溢れ、涙無しに観ることはできなかった。

言うまでもなく総力戦としての第二次世界大戦は、戦闘員・非戦闘員の区別無く、各国で5500万人という莫大な犠牲者を出した戦争である。そして、その犠牲者一人一人に掛け替えのない命、希望、生活があった。が、戦争は根こそぎそれを残酷な形で奪ってしまったのである。朗読劇で描かれた28人の少女の死は、その無数の犠牲者の無念の声を代弁しているように思えてならない。

無念の死を遂げられた犠牲者の声なき声、それをこの朗読劇は見事に浮き彫りにしてくれた。私たちは、この声なき声を聴かなくてはならない。平和は誰かによって与えられるものなのではなく、紛れもない私たち自身が自ら創り上げていかなければならないものなのだから・・。それこそが、犠牲者の方々への唯一の供養になるのだから・・。
出演された前園恵子さんは、「ここで平和の種がまかれました。私たちは、この種を大きく育てていきましょう」と最後に挨拶されたが、全くその通りだと思う。
過去の痛恨の歴史を学びながら、誰もが平和に、幸せに暮らせる社会を創っていきたいと思うことしきりである。

スカイツリーを臨む墨田区NTT石原ビルの一角に、今日も乙女たちの死を慰める慰霊碑は、私たちの社会を見守るかのようにひっそりと建っている。

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ご無沙汰しておりました

いやはや、すっかりブログを放置しており、申し訳ありません。最近は、ツイッターやらfacebookに浮気してしまい、こちらはすっかりご無沙汰しておりました。

さて、2013年6月現在の近況はと言うと・・

まず、新しい職場で働いています。職は色々と迷いましたが、縁あってとある私立学校の職員になりました。教員ではありませんが、事務職員でもなく、中高生の面倒をみるというちょっと変わった職種です。これが、とてもいいですね。官僚化が進む一方の公立学校の教員に比べると、はるかに精神的な自由があります。給料はガクンと下がりましたが、こちらの方がはるかに働く意欲が湧きます。非常勤なので自分の時間が持てるのも精神的にはとてもGOOD!脱原発運動をはじめとする様々な社会運動に積極的に携わっております。

ところで、居住場所も変わりました。29年住んだ長野県から埼玉県に転居です。もっとも実家は埼玉のすぐ隣でしたので、違和感は全くなくなじんでおります。

これからも不定期に書き込んでいきたいと思いますので、よろしくお願いします。

sunnysidec34 at 20:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0)日常 

2012年12月20日

2012年末の近況

さて、相変わらず放置プレイの状態が続いておりましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

私と言えば、相変わらず忙しい日々を過ごしております。ええ、脱原発の抗議やデモなどにほぼ毎週出かけておりますので(笑)。加えて、再就職に向けて動き出したりとか。いやはや、無職は無職なりに忙しいのです。

さて、選挙結果が皆さんご存じの通りになったので、ここはさらに工夫を加えて抗議やデモやその他諸々を頑張らねばと思っている訳ですが、ここで問題になってくるのが交通手段。
東京に行くことが多いので、自分のクルマ、高速バス、鉄道の選択肢がありますが、現在はクルマと高速バスが半々。節約が趣味になっている今、価格は高速バスに魅力を感じます。が、高速バスだと時間の制約、特に帰ってくる際の時間の制約が大きいので、日帰りだとクルマでGO!価格的にはクルマが2000円から3000円高といったところでしょうか。あ、鉄道はグンと割高になり、時間の制約もあるので使っていませんです。クルマで行く場合も、大月までは下道の国道20号で高速代を節約。帰りは必然的に遅くなるので、勿論ETCの割引が大きくなる12時過ぎに高速を利用します。しかも、下道マニアになった今は帰りも大月まで。
ところで中央道と言えば、笹子トンネルで痛ましい事故がありました。あの事故の前々日に高速バスで現場を通っている私としては、人ごとではありません。いや、抗議やでもに行くのも命懸けとは参りましたね。それにしても、道路公団が民営化されて以来(立役者はご存じの通り、あの猪瀬氏ですが)、SAはやたらキレイになりましたが、トンネルなどの施設の管理・点検はコストダウンをはかるために簡略化されているようです(赤旗 12月19日付)困ったことですね。安全第一を何より優先して欲しいものです。

さて、そんな中でスカイラインの走行距離もあっという間に伸びて、現在7万1000キロ強。この位になると、そろそろ色々な不具合が出てきます。最近、修理したのがATのソレノイドバルブ。高速を走っているといつの間にか3速固定になってしまい、これはまずいなあと言うことで修理です。どうやら、昔書いたRB25DEのイグニッションコイルと同様、ここもR34やC35のウィークポイントらしく、ネットで調べてみると同様の症状が出たという報告がちらほら。いつもの修理工場のおやじさんも、「いや、この前もC35ローレルが全く同じ症状で入ってきてねえ」と言われていました。
うーん、90年代末期の日産は経営状態の悪化が著しかったので、コストダウンの結果でしょうか、パーツの耐久性が悪い気がします。まあ、仕方ないか。新しく乗り換えるよりは安上がりですから。気に入ってもいるしね。

話が変わりますが、ZZRはかなり前にバイク屋さんに売却してしまいました。今後の成り行きによっては、スカイラインを売却してバイク(荷物が積めるカブ110とか)にする可能性もありますが、これはまだ未知数。3月までには引っ越す予定ですが、引っ越し先の場所によりますね。

と言うのが近況。また、しばらく放置するかもしれませんが、よろしくどうぞ。

sunnysidec34 at 17:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0)クルマ/バイク | 日常

2012年11月19日

原発さえなかったら・・

今朝、東京から帰ってくる途中で次のようなツイートを読んだ。

福島からの避難者ママから電話。「離婚します。」と。福島に残る旦那から洗脳呼ばわり。自主避難は我儘な行為、子ども達の事を考えてない。と。もう酷すぎて溜息ばかり。福島にいて自分が洗脳されている事さえわかっていない。厳しい事をたくさん言ってしまったけど、一緒にいたらもうダメだよ…


福島の酪農家の方が、「原発さえなかったら・・」という遺書を残して自ら命を絶ったのはいつだったか。この離婚を余儀なくされた避難者の方も、そう思われたに違いない。「原発さえなかったら・・」と。
慣れ親しんだ故郷から遠く避難されている方や、上の方のように家族や地域で理解を得られず分断に苦しまれている方、福島をはじめとする汚染地域で被曝を恐れている方、そして汚染瓦礫や汚染されてしまった食物による内部被曝を心配されている方、そんな方全てが心の奥底で「原発さえなかったら・・」と思われているのではないだろうか。無論、私も含めて。

原発さえなかったら・・

しかし、私は過酷すぎる現実に苦しまれている方を思うと、3.11まで原発に無関心だった申し訳なさと、苦しまれている方の無念さを想う気持ちで、胸が一杯になる。
なぜ、もっと関心を持ってこなかったのだろう?いやなぜ、無くそうという声を上げてこなかったのだろう?スリーマイルやチェルノブイリの過酷事故が起きて危険なことを知っていたにもかかわらず・・。

原発さえなかったら・・、この無数の声にならない声のために、私は原発をなくすため力を注いでいく。それが私の今までの無関心に対する最低限の責任なのだから。


sunnysidec34 at 05:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)3.11震災・原子力 

2012年11月17日

TPPは怖い

来月行われる選挙で自分の評価軸は、原発、消費税、TPPの3つ。このどれもを明確に拒絶する候補・政党に投票するつもりでいます。

特に問題が大きいのはTPP。
推進論者は「平成の開国」だなどと宣りますが、これは「平成の壊国」以外何者でもありません。もっとはっきり言えば、アメリカの完全なる属国=植民地になると言うことです。農業は無論、医療、安全、福祉、環境を自国で決めることができなくなる治外法権規定=ISD条項が含まれているためです。無論、脱原発にも大きな障害になります。こんな条約を推進するのは売国奴そのものと言っていいでしょう。

という訳で、今日は2つのサイトをご覧いただければ幸いです。特に、自称保守、ネトウヨの人には見てもらいたい。右の立場なら、国家主権を放棄するようなこの条約に賛成するはずがないからです。あ、個人的には、石原や橋下なんかは保守でも右翼でもなく、単なる政治ゴロとしか見ていません(笑)のでよろしくです。

◆米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 10月24日  中野剛志




sunnysidec34 at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)3.11震災・原子力 | 日常

2012年10月18日

尾瀬あきら『夏子の酒』講談社 1991

『夏子の酒』は、主人公の夏子が夭逝した兄の残した幻の酒米「龍錦」を育て上げ、“夏子の酒”を醸し出すまでを描きます。兄の意志を継ぐ夏子以外にも、酒造り一筋の杜氏“じっちゃん”、酒蔵に惚れ込みやがて自ら酒を造るようになる草壁、などなど実に魅力溢れる人達が登場します。

さて、舞台となる佐伯酒造は年間500キロリットルの小さな酒蔵。話の冒頭に登場する灘の大手メーカーの3日分の生産量という設定です。いかに大量に生産し、いかに大きな利益を上げるかを至上命題とする大手メーカーに対して、この小さな酒蔵は全てが対照的です。

生産量は敢えて抑え、製品の質にはこだわり抜いていく。ストーリーの縦糸になる“夏子の酒”ができるまでの米作り、酒造りのこだわりは、原発が象徴的に支えてきたような大量生産、大量消費に対する見事なアンチテーゼになっていると言っていいでしょう。

私が、この作品を読んで第一に惹きつけられるのは、いかに登場人物が自分たちで醸し出す酒を手塩にかけているか、そこの部分です。そのためには規模は小さくならざるを得ません。原料の酒米も自分たちで丹精込めて作り上げていきます。

そうなると、登場する農家、そして酒蔵の人々の人間関係も、波乱を含みながらも、幸せなものに必然的になっていきます。手塩にかけた酒がかすがいとなって、人と人とが温かく結びつけていくのです。この結びつきが、第二に惹きつけられた部分です。

人が幸せになるには何が大切なのか、そもそも人の幸せは何かをこの作品は読者に問うてきます。私たちが大量生産、大量消費、利益至上主義のために何を失ってきたかを問うてきます。その意味で、3.11以後の私たちが読むべき作品であるような気がします。
原発にしても、TPPにしても、この作品が訴えようとするものとはおよそ相反するものです。人としてのささやかな幸福を、今現在、考える上でも読むべき作品だと考えています。

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