徳島・正観寺の八大地獄も衝撃的です!

奈良の東大寺の末寺で、お釈迦様のお骨も祀られているそうです。
正観寺
〒775-0006 徳島県海部郡牟岐町大字中村奥前158-1 電話0884-72-0300

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地獄極楽体験できる寺~全興寺

このブログには「地獄絵や極楽絵」を探されている方が、よくご訪問くださっています。当初は、お寺の名前だけご紹介していましたが、今日は地獄体験のできるお寺をご紹介します。大阪市平野区にある全興寺さまです。
http:/www.senkouji.net/EnmaCheck/gokurakucheck.html
http://youpouch.com/2012/07/13/72987/
http://happyslow.com/modules/pico8/index.php?content_id=11

入口には地獄極楽チェックテストなんかもおもしろいですね。
こちらの動画でたっぷり怖さを味わってくださいね。閻魔様のお裁きがあるまでの道のりは、心境によって様々。ここで描かれているのは、悪いことをした人なのかも?ちょっと怖すぎます。心正しく生きた皆さんには、死後の世界はここまで怖くないと思いますので、本編の「地獄極楽道中記」も併せて読んで安心してくださいね。
http://www.youtube.com/watch?v=15JaTwasWwo

ごあいさつ

サンサンてるよが2000年から書き始め、未来館にて祈願を重ね、3年ほどでひとまず完成した「楽さん六やんの地獄極楽道中記」このたび、ブログとして登場する運びと相成りました。毎回7冊ずつ心を込めて手作りで製本し、愛をこめてプレゼントしてきた私の分身のような仏法落語。現在も、友人知人が心待ちにして下さっているのですが、最近、製本に行く時間がなく・・そこでブログにアップすることを思いつきました。そうすれば、友人たちにすぐにでも読んでいただける・・更には、お会いしたことのない皆様にも読んでいただける・・
A4で130ページほどの長編ですので、演じたら2時間はかかります。ですからこれは「読む落語」。3章ごとに演じてくださるなら、演じる方も聞く方もお疲れにならないのでは?中身は、あの世のこと、輪廻転生のこと、生まれる前の計画のこと、守護霊のこと・・1章ごとに解説をして全12章で構成されています!
歴代の支部長さんの了解を得て、伝道ツールとして手作りで製本し、この10年ほど数百名の方にプレゼントして参りましたが、熱烈信者とまではいかずともシンパは増えたかなと自負しております。

 「幸福の科学が言いたいことは良くわかった」と言ってくださる方あり、
 「参りましたっ!」
 「月参りに来て下さるお坊さんが熱心に読んで帰られました。」
 「お坊さん達に読んでいただきたいですな。」(ある大僧正さま)
 「本が読めなかったウツ病の主人が毎日読んでいるんです。」
 「ご主人を亡くされた方にお貸ししたら喜んでくれました。」
 「自殺はいけないと良くわかりました。」
 「信仰に反対する家族に読んでもらってます。」

他、多くの喜びのお声をいただきました。

 「久しぶりに私が私に帰れた気がしました。気持ちが詰まっていた私をほぐしてくださって・・死ぬことばかり考えていたら損ですね。広い世界を感じ、青空のはてしない喜びを感じられて若返った気持ちです。同じ生きるなら心を太陽にして明るく楽しく元気良く・・今日から少しずつ変わってゆきます。」

と長いお手紙をくださった方も・・

それでは、はじまりはじまり・・縁あってこのブログを訪問くださった方も今日から私の大切な友人です。心の法則を知って、皆様がどんどん幸せになってゆかれますよう・・

                     2013年2月22日                       サンサンてるよ

※書籍版は、「幸福亭ええなぁ」のプロジェクト名を記しています。多くの皆さんにモニター読者になっていただきご意見をいただいたので文責はサンサンてるよですが、プロジェクト名で発表しました。


はじめに・登場人物・目次

はじめに

 数ある本の中から、この本をお手に取っていただいて誠に有難うございます。
「本、手に取るも他生の縁」あなたと私は、深いご縁で結ばれていたのでございましょう。何なに?手には取ったが、今、悩み事があって、本読む元気がない?えっ、そちらさんは、忙しゅうて時間がない?
まあまあ、人の話と蚊取り線香は、最後まで聞(効)かんとあきまへん。実はそういう方の為に、この仏法落語が創られたのでございます。落語言うても、幸福の科学で説かれている仏教の必須知識が、てんこ盛りの話でっせ。けど、皆さんの肩が凝らんように、随所に洒落を散りばめてまっさかい、どうか鵜呑みにされませんように・・より正確な情報を盛り込んだ解説を、是非とも併せてお読みくださいませ。ちょっと長い落語でっさかい、十二章に分けてあります。一日一章ずつ読んでも、一気に最後まで読んでも、先に落語だけ読んで、後でゆっくり解説を読んでくれはっても宜しいでっせ。読み方は、皆さんにお任せします。笑うている内に、皆さんの悩みが軽うなったらええなあと願うております。それでは、江戸時代にタイムスリップ!ご一緒に、地獄・極楽を旅する事に致しまひょ。

           <主な登場人物の紹介>

 和尚様・・大坂の寺で寺子屋を開いている。楽左右衛門を成仏させる。
 珍 念・・寺の小僧。和尚様を、親のように慕っている。納豆が好き。
 お侍(楽左右衛門)・・関ヶ原の戦いで戦死するも、幽霊として地上を約百年うろついている
            内見つかり、大坂の寺で、引導を渡される。
 六兵衛・・大坂で巻き起こった心中ブ-ムに先駆けて、あの世に行くも、楽左右衛門と知り合い、
       地獄・極楽を共に旅する。 
 懸衣翁(けんえおう)奪衣婆(だつえば)・・三途の川のほとりで、衣を乾かさせてくれる
                      この落語では優しいじいとばあ。
 閻魔様・・亡者の生前の所行を調べ死後の行き先を判定する偉い方。結構、人情味がある。
 楽左右衛門の父母・・不肖の息子の身を、いつも陰ながら案じている。
 楽左右衛門の守護霊の僧(楽珍)・・向こう見ずの楽左右衛門をいつもハラハラしながら
                  見守っている。
 茶店の婆さん・・楽左右衛門に何かと世話を焼き、地獄に行く手伝いまでしてくれる。
  僧の正念(しょうねん)・・楽左右衛門・六兵衛の仏道修行の先生となる僧。
 お釈迦様・・悟りを開かれ仏陀とも呼ばれる。有名なので、これ以上説明しない。

            < 目 次 >
第1章 寺子屋幽霊騒動の巻                                                 
      和尚様のワンポイント解説1(人間の体の多層構造について)          
第2章 別れは新たな出会いの巻                              
      和尚様のワンポイント解説2(あの世への旅立ちについて
第3章 三途の川越えの巻(前編)                                          
       和尚様のワンポイント解説3(運命論と自殺について)              
第4章 三途の川越えの巻(後編)                                         
      和尚様のワンポイント解説4(生前の思いと三途の川の渡り方)       
第5章 身分を超えた契りの巻 
      和尚様のワンポイント解説5(輪廻転生について)                    
第6章 閻魔(えんま)様のお裁きの巻                                     
      閻魔様のワンポイント解説(地獄・極楽の分かれ道)   
第7章 極楽に到着の巻
      和尚様のワンポイント解説6(極楽の階層について)
第8章 極楽での毎日について
      和尚様のワンポイント解説7   
第9章 楽左右衛門、堕地獄の巻
      守護霊のワンポイント解説
第10章 六兵衛との再会の巻
      和尚様のワンポイント解説8
第11章 極楽にて三宝帰依するの巻
      和尚様のワンポイント解説9
第12章 お釈迦様の説法と婆さんとの再会の巻
      和尚様のワンポイント解説10
おわりに
地獄絵・極楽絵を見に行こう!
正念師匠からもひと言
コラム 物理学の先生への質問コーナー 

第1章 寺子屋幽霊騒動の巻

今時のお子様は、学校から帰ると塾やら習いごとやらで、大変忙しゅうございますなぁ。現代ほどではございませんが、日本において、庶民の間にも教育熱が段々高まってきたのが、江戸時代の中頃。そうですなぁ、八代将軍徳川吉宗公が活躍された当たりの頃でございます。全国に一万軒ほどの寺子屋があり、そこで子どもたちが、読み書きそろばんを習っておりました。そして、お師匠さんはと言うと、お寺の和尚様に神社の神主様や浪人のお侍様などなど・・
朝八時頃に、子どもたちは寺子屋に集まり、文字のけいこや素読などをして、きれいに清書した字をお師匠さんに見せ、合格すればお昼頃には家に帰る・・という毎日を送っておりました。
 このお話は、大坂の、とあるお寺が開いていた寺子屋での出来事でございます。子どもが十人ほど手習いに来ておりましたが、ある時から『和尚様、明日からやめます』と、言うて、一人減り、二人減りしていったのでございます。そして、とうとう残った子どもが、一人になってしまいました。

和尚「一体、どうした事か?この少子化の時代、それでなくとも生徒が少ないのに、
   たった一人では経営が成り立たぬ。なぜ、子どもが止めてゆくのであろうか?
   そうじゃ、一人残った留吉に聞いてみよう。
   こ
手習い中に室内を鎧甲がウロウロれ留吉、皆が止めてゆくのは、どういうわけか存ぜぬか?」

留吉「はい、和尚様。手習いをしておりますと、この部屋の中を、鎧甲を付
けたお侍様がウロウロするので、皆怖くて止めるのだと申しておりました。」
和尚「なに、侍とな?はて、わしは一度も見たことがないが・・小僧の珍念
   なら何か存じておるかも知れぬ。これ珍念、子どもが鎧甲の侍が怖くて
   寺子屋をやめていくそうじゃが、その侍を見たことはあるか?」
珍念「いえ一度も・・私はいつも奥で台所仕事をしておりますので・・
   この寺には、お武家様の墓もありますし、まだ成仏していないお方と
   違いますか?
   よし、それでは私がこの部屋で見張りをして、見つけたら追い払って
   やりましょう。」

ということで、珍念さん、一日中たすきがけで丸太ん棒持って、部屋の隅に隠れておりました。とうとう夜になり、時刻は丑三つ時。さすがの珍念さんもウトウトしかけてきました。とその時、何やら白い影が目の前を横切った気がしました。じーっと目を凝らしてみると、確かに子どもたちの言うように、鎧甲を着たお侍が、部屋の中をスーッと行ったり来たりしているではありませんか。

珍念「こいつやな、ウチの商売邪魔した奴は・・やっぱり、本当やったんやなぁ。
   けど、変な噂が広がって、檀家の人にまで逃げられたら、かなんわ。こら、
   いっぺん、ガーンとどついて、この寺から出ていってもらわなあかん。
   ひえーー、怖そうな顔しとるなぁ。何や、恐ろしゅうなってきたなぁ。
   あかん、あかん、勇気出さんと・・
   えーい ジョ、ジョ、ジョウブツブツせんか!このお侍め。」

と、なぐりかかりました。けれども、丸太ん棒はお侍の体をすり抜けて、床をガーンと打っただけ。

珍念「おかしいなぁ。そや『幽霊に出会った時に読む本』を持ってたんや。
   忘れてたわ。出会った時・・て、出会う前に読んどかんとあかんがな。
   何なに?幽霊を見かけたら死んだふりをする?んなアホな。熊に遭うた時は、
   相手の目をにらみながら後ずさりするちゅうのが最新の方法やのに、こら
   時代遅れやで・・さもなくば、無視する。なるほど。けど成仏してもらわんと
   困るねん。ええと、ジョウブツ、ジョウブツ・・のページはと・・
   ははぁ、こう言うのか!」

と、独り言を言っておりますと、

お侍「誰だ、先ほどから、ブツブツ、ブツブツ言っておるのは?」
珍念「ひえーっ、幽霊がしゃべった!でも、ここで腰抜かしたらあかんわ。
   『その1 幽霊を怖がらない事』と書いてあったしな。よし、相手の目を
   にらんでと・・あ、あんたなあ、ちょっと、この寺から出て行ってんか。」
お侍「何じゃ、わしを誰と心得る。頭が高い!」
珍念「ユ、ユーレイのくせに、いばりおって。あんた、もう死んどるんや。」
お侍「何を言うか、無礼な奴め!わしはまだ、戦の最中じゃ。味方が負けそうで、
   ここまで逃げてきたのじゃ。」
珍念「戦い言うて、いつの話ですねん。」
お侍「関ヶ原で東軍と西軍が戦って・・」
珍念「あのねえ。もう百年も前に済んでるいくさですがな。今は江戸時代でっせ。
   徳川家康様が勝って徳川幕府を開きはって、もう五代目の将軍綱吉様の時代
   やいうの知らんのでっか?※こんな理屈言うててもあかんわ。
  『その2 次にこの文句を言うべし』やったな。
   あ、あんたなあ、ほんまに生きてる思うのやったら、その手を胸に当てて見なはれ!」
お侍「そのくらい、造作ないこと。ほれ、この通り。」

すると、お侍の手が胸にすーっと吸い込まれてゆきました。

お侍「ややっ、何じゃ、これは!それもう一度・・」

やはり、手は胸を突き抜け、背中まで出てしまいました。

珍念「ほ、ほれ、見なはれ。それが死んでる証拠や。きっと傷を負ったまま
   逃げる途中で、力尽きて倒れてしもて、死んだのがわからんかった
   んでっしゃろ。もう、いくさもせんでええから、成仏しなはれ。
   今、うちの和尚様を呼んできますから、ここで待っててや。」
tomoda2

珍念「和尚さまーーっ!捕まりました。早く来てください。」
和尚「そうか、捕まったか。でかしたぞ、珍念。」

和尚様が駆けつけると、さっきのお侍、手を何度も胸に突っ込んだり出したりしております。

お侍「ほほーっ、これは何ともおもしろい。これなら矢が突き刺さろうが、
    刀で切られようが、大丈夫!よし、もう一度合戦じゃ!」
和尚「何をアホなことを言っておる。今、案内役の者を呼んでやるから、 
   戦のことなど考えず、あの世までちゃんと付いてゆくのじゃぞ。
   あ、その前に身上調査をせねばならぬ。名前は?」
お侍「坂田の楽左右衛門じゃ。」
和尚「性別は? ああ、男じゃったな。生年月日は?」
お侍「天正七年七月七日じゃ。」
和尚「おーっ、良い誕生日じゃのう。それでは、ナムナム、ハンニャハラミタ・・
   坂田楽左右衛門の縁者の方よ。大坂は船場の幸福寺まで、迎えに来て
   やって下されー。」

和尚様のお経が始まりますと、空から案内役らしき男が降りて参りました。
和尚「おお、やって来られたぞ。そうそう、天に昇るに当たって、その重たい
   鎧甲をまず脱ぎなされ。極楽に入るには、重量制限がありますからな。
   重量と言うても、地上への執着や地獄的な思いの事じゃ。これを無くさんと
   極楽の扉は開かぬからな。脱いだら、ここに置きなされ。
   これ珍念、手伝っておあげ。」
珍念「はい、和尚様。ほな、まず甲の緒をほどきなはれ。
   えっ、この鎧甲高かったから、やっぱりもったいないて?
   えっ、誕生日プレゼントで、お母ちゃんのお守りが裏に縫いつけてある?
   ほな、それだけはずして持って行きなはれ。三途の川渡るのに、こんな
   重たいもん着て乗ったら船沈むよ。わかったら、さっさと脱いで・・」
和尚「三途の川で思い出した。そうそう金は持っておられるかな?えっ?
     使い果たした?好きな芸者のブロマイドなら持ってる?今はやりの
   美人画ですかな。それで全財産?ほな、仕方ない。三途の川を渡る時に
   支払う六文銭を差し上げよう。多分、値上がりはしておらんと思うが・・
   落とさぬように気を付けてな。」

お侍、六文銭を受け取り懐に入れたものの、また、自分の右手をそーっと胸に入れております。どうも気になるようですなあ。そうこうしている内に、案内役の男は、お侍の手を取り、フラフラ、ヨロヨロと天に向かって昇ってゆきました。

珍念「(空を見上げながら)和尚様、あのお侍様、まだ手を胸に入れたり
   出したりしてはりまっせ。よっぽど、おもしろいんでしょうか?
   あんな嬉しそうな顔している幽霊は、見たことありませんわ・・
   人は見かけに依りませんな。最初は怖い顔してましたからなあ。
   ほな道中気い付けて。サイナラーー
   ああ、でも、ほんまにさっきは怖かったわあ。」

               (第1章 完)

※イラストは、かちゅぴー様よりご寄稿いただきました。

              仏陀再誕 講義、仏陀の証明 第一、四章

和尚様による第1章の解説(肉体以外の見えない身体について)

成仏していない人は、自分の死を自覚していないものだ。そういう人には「胸に手を当ててごらんなさい」と言うと、手がすーっと吸い込まれるので、本人はびっくりして、「もしかして自分は死んだのだろうか?」と気付くのじゃ。他にも、「ちょっと、そこの壁を抜けてごらんなさい」とか、「私と握手しても、手を握れないでしょ。」とか、「あなたは、ずーっと食事をしていなくても、生きているでしょう?」とか、説得の方法はいろいろある。
 また、幽霊の体(幽体)は切っても叩いても、元に戻る。それは、幽体は、肉体を構成している物質とは、異なる性質の素材で出来ているからじゃ。人間の体は、肉体、幽体、霊体・・という具合に何層にも重なって出来ておるから、肉体を脱ぎ捨てれば、誰でも幽霊!「天国地獄は、あの世にあらず。現在、ただ今ここにあり」というのは、心のあり方だけでなく、我らはこの世の人間でありながら、同時に、あの世の人間でもあるとという意味なのじゃ。この世の体と共存しているだけで、もっと言えば・・・
「現在ただ今も、あなたは幽霊である」
とも言えよう。
 じゃから、たとえ肉体は焼き場で焼かれようとも、あの世で生活するための体は、ちゃんとあるから安心せい。焼き場に行くまでに、執着せずに肉体から抜け出しておけば、何も怖いことはないのじゃ。
 ただし、生前あの世を信じていなかった人、墓が自分の住処だと思っておった人、心配や恨み心が強く、あまりにもこの世に執着のある人などが、死んでも地上をウロウロして幽霊として目撃される。霊能者でなくとも心の純粋な子どもなどは、幽霊が見える事が多い。特に赤ん坊はつい最近まであの世の人間じゃったから、幽霊を敏感に感じ夜泣きする場合もあるのじゃ。大抵の場合、心に悩み事があって、あの世に行きそびれている霊が多いので、「あの世っておどろおどろしいところなの?」と勘違いしてしまう人もいる事じゃろう。そういう方のためにも、あなた方が死後に住むべき「霊界」と呼ばれる世界を、この落語の中で案内してゆくとしよう。

       (参考)新・心の探究・「永遠の生命の世界」講義
           幸福供養祭特別御法話「正しい先祖供養のあり方」 
           繁栄の法第二章「霊界の真相」(以上、大川隆法著)

第2章 別れは新たな出会いの巻

 翌日、幽霊がいなくなったと聞き、子どもたちも戻ってきました。
 子ども「えーっ、珍念さんが幽霊をやっつけてくれたん?すごーい!怖いことなかったあ?」
  珍念「何が怖いことあるかいな。安心して、また手習いをおきばりやす。
     あ、そや、夕ご飯の買い物に出んとあかんわ。」
以前のように忙しい一日が終わり、夕ご飯の時間と相成りました。
  珍念「和尚様、夕げの支度ができました。」
  和尚「珍念、いつもご苦労様。今日のおかずは何かな?」
    珍念「納豆と大根の葉っぱのみそ汁でございます。」
  和尚「相変わらずじゃなあ。」
    珍念「和尚様はいつも『足ることを知れ』とおっしゃっているではありませぬか。」
    和尚「ハッハッハ、珍念の言う通りじゃ。それではいただくことにしよう。」
和尚様と珍念さん、いつも二人だけの静かな食事でございます。
  和尚「のう珍念よ、納豆というものは、何故このようにネットーとしておるのかのう。」
    珍念「和尚様は、最近、ダジャレがお好きになられましたなぁ。ユーモア精神は大切です
     から、親父ギャグでも何でもどんどん言ってくださいね。
     けど犬の卒倒(ワンパターン)はあきまへんで。」
    和尚「こら、ウサギの逆立ち(耳が痛い)や。ワシが、仏像倒したらブツゾーとか言うたら、
     そんな洒落、言いなシャレとか言うんじゃろう。」
    珍念「さぶ・・みそ汁がいっぺんに冷めましたがな。
     ところで、昨日のお侍様、今頃どうしてるでしょうね?」
  和尚「ちゃんと、付いていってくれておれば良いが・・地上をさまよっていた者は、                 なかなか素直に付いていかぬ者が多いからのう。順調にゆけば、そろそろ
     三途の川に差し掛かる頃かと思うが・・」
  珍念「あのように、胸に手を出し入れするのに気を取られてましたから、知らぬ間に
     目的地に到着したのと違いますか?」

二人がうわさをしていた頃、楽左右衛門は、上空にキラキラと天の川が横たわるのを見上げながら、案内役の者と一緒に空中を飛んでいる最中でありました。

 案内役「そろそろ、最初の入り口ですぞ。もういい加減に、その胸に手を
     入れたり出したりするのは、止めなされ。」    
   楽「これは、かたじけない。つい夢中になってしまった。いやあ、鎧甲を脱ぐと、
     ほんに身も心も軽うなって『♪僕らはみんな死んでいる。だから胸に手が入る、
     ヘイッ♪』と歌いたくなりますなあ。
     今宵は月もきれいじゃ。お手前が女(おなご)じゃと、天の川のほとりで月見
     をしながら、デートが出来るのにのう。」
 案内役「何をぜいたく言っておる。黙って付いて参れ。それにしても、ここまで丸一日も
     かかってしまった。しばらく調子よく昇っておったかと思えば、ちょっと雲の上で
     休ませてくれと言う。下界をのぞき込んでは動かぬから何事かとふと見れば、
     しもた屋の庭先で、うら若きおなごが行水をしておる。こら、いい加減にせぬかと
     無理矢理、引っ張って、やっとここまで上がってきたのじゃ。
     本人は、身も心も軽うなって・・と申しておるが、まだまだ心に重たいものが付い
     ているようじゃ。やれやれ、三途の川を渡る時がどうなることやら」

その内、大きな大きな白い門が見えて参りました。

 案内役「頼もうーー」
すると、門がスーッと開きました。
   楽「頼もうーーと言ったら、開くのか。開けゴマかと思ったが・・」
 案内役「余計な事を言わずに、サッサと入れ。すぐに閉まるようになっておるからな。」
   楽「わー、まぶしいところじゃのう。」
 案内役「すぐ目がなれる。ここは、まだ序の口じゃ。奥に行けば行くほど、もっとまぶしゅうて、
     何も見えんぞ。」
天国の門
   楽「ああ、ほんに、きれいな花畑が見えて参りましたなあ。
     人もあちこちに居りますなあ。」
 案内役「これ、向こうに立っておるおなごに見覚えはないか?」
   楽「あの世にも別嬪のおなごがおるとは嬉しい事じゃ。ややっ、あれは母上ではありませぬか。
     ははうえーーっ!」

と、飛んでいったのでございます。さっきまでは時折、不安そうな顔をしていた楽左右衛門、今は無邪気な子どものような顔に変わっています。

   母「楽や、会いたかったよ。そなたが関ヶ原の戦いの最中に死んだと聞いて、お父上と
     わらわと、どちらが迎えにゆくか相談したのです。
    『あの子は小さい頃からおなごの尻ばかり追いかけていた子です。執着が大きゅうて
     体が重そうじゃ。とても、わらわの細腕では、ここまで引き上げられぬやも知れぬ。
     お前様、どうかあの子を迎えに行ってやって下さいませ』と、お父上にお願いした
     のです。それが百年ほど前の事。あの時そなたは、まだ生きておるの、高所恐怖症
     じゃから、天になど昇れぬと駄々をこねて付いて来なかった。じゃから、しばらく
     放っておったのじゃ。
     つい何年か前にも、そなたの事が心配じゃから、わらわは迎えに行ったのですよ。
     しばらく立つ内に、地上は戦国の世から江戸時代へと変わり、町では美人画などを
     売るようになったのですね。すると、どうじゃ。そなたは店先をウロウロしたり、
     どの美人画がいいか物色したり・・。我が子ながら本当に情けない姿。これは一度、
     幽霊たる者の心得を説教せねばと思い、そなたに声を掛けたのです。
     ハッと顔を上げたそなたが何を言うたか覚えていますか!
     『わしは、戦の最中でござる。戦場におなごが来ては危険じゃ。屋敷にお戻りなされ』
     あほらしゅうて、また天に戻ってきました。お父上と、どうしたものかと相談して
     おったところに、昨日、和尚様からのお呼びがかかったのです。 
     けれども迎えに行くに当たって、親の顔を見れば、また甘えがでるやも知れぬと
    、お父上は他人の顔をして地上にゆかれたのですよ。」
   楽「えっ、それでは!」

案内役の顔をしげしげとのぞき込むと、それは、生前の父の顔。

      父「こちらの世界では、顔形が自由に変えられるのじゃ。」
   楽「そう言えば、母上も五十五歳で亡くなられたのに、三十五歳くらいにしか見えませぬ。」
      母「そうでしょう。年齢も自由に選べますからね。」
   楽「父上、母上、お会いできて嬉しゅうございますーー」

楽左右衛門、幼子のようにワンワン泣き出したのでございます。ああ、いつ見ても感動の場面ですなあ。死は地上世界との別れではございますが、しかして、先に死んだ家族との再会でもあるのでございます。

   父「そろそろ参るとするか。本当のあの世は、まだこの道をずーっと
     真っ直ぐ歩いてゆかねばならぬ。」
   楽「はい、父上母上とこうやって散歩するのは、本当に久しぶりでございますね。」
   母「母も、この日をどんなに待ちわびたことでしょう。」
   楽「ところで、父上、この当たりにいる人の中で、頭から銀色のロープのようなものが
     出ている人がいますなあ。あれは一体何なのですか?」
      父「実はな、眠っている最中の人や臨死体験中の人が、時折ここに来ておったりする
     のじゃ。そういう人たちは、まだ本当には死んではおらぬから、肉体と魂をつなぐ
     霊子線というロープが頭から出ておるのじゃ。
睡眠中は、誰でも肉体から魂が抜け
     出す事ができ、天国の入口付近まで遊びに来られる
。夢というのは、その時の体験
     である事が多い。もっとも、怖い人に追いかけらたりする夢は、地獄に行っておる  
     可能性が大きいがのう。」
     楽「ふーん、そうですか。あっ、あそこを歩いておるのは、幼なじみの三郎兵衛では
     ないか。おーい、三郎兵衛。おぬしも死んでここに来たのか。
     はて、おぬしの横には、お坊様が付いておるではないか?」
   三「おぉ楽左右衛門、久しぶりじゃな。関ヶ原の戦いの後、おぬしをかけぬので、
     どうしたのかと思っておったぞ。わしは、大坂冬の陣の最中に死んだのじゃが、
     しばらく死んだ事に気が付かず、地上を八十年ほどさまよっていたらしい。
     ある時、奈良の大仏様の前を通りかかると、このお坊様に出会って、あの世に
     行くよう説得されたのじゃ。
     あの世に行けば、父母に会えるかと期待しておったが、このお坊様に聞きます
     れば、我が父母は、ただ今、地獄にて反省中との事。忙しゅうて迎えに来られ
     ぬらしい。
     それで、代わりにお坊様がここまで付いてきて下さったというわけじゃ。
     おぬしは父上母上に会えて良かったのう。」
   楽「それは気の毒にのう。また会える日も来よう。元気を出せ。わしも一緒じゃ。
     久しぶりに、思い出話に花を咲かそうぞ。」
と、皆でそろって、お花畑の一本道を歩いていったのでありました。
                   (第2章 完)

※イラストはかちゅぴー様よりご寄稿いただきました。

和尚様による第2章の解説(あの世への旅立ちについて)

人が死ぬと、死をすぐに受け入れ肉体から離れる人もいれば、死んだ事をなかなか認めず、肉体に留まったままの人もいる。死後硬直は、まだ魂が抜け出していない現象じゃ。「もう死んだのよ。心配しないで肉体から出ましょう。」と語りかけると硬直が取れた例もある。又、抜け出ても、生前あの世を信じていなかったり、死んだら無意識になるなど間違った考えを持っているとあの世への旅立ちに困難が生じる。というのは、心臓が止まっても魂としての意識は続いているからじゃ。医師や看護師・家族が話している内容や思っている事が良くわかる故、自分が死んだなど信じられぬのじゃろう。ところが一生懸命話しかけても相手は聞こえぬから、だんだん自分の死を受け入れざるを得なくなる。通常、頭の方から魂が抜け出してゆくが、天井辺りを漂いながら最初は、下に横たわる肉体と、魂としての自分と、二人いるような不思議な錯覚に囚われる。
 ただし、病気や事故などの激しい痛みや恐怖が死んでもまだ続いている人は、自分の葬式をされていてもわからずに、死を自覚できない場合もある。
 また死を自覚していても、心残りが大きくてあの世へ旅立つ決心がつかない人もいる。そういう方のために、昔から神父や僧侶が死者に語りかけて死を納得させ、これからの旅の心得などを教えたのじゃ。四十九日などの法要をするのは、こういうわけじゃ。
 もっとも、霊子線は心臓停止後一日ほどはつながっているので、その間に、いわゆる臨死体験をして、この世に舞い戻ってくる人もいる。これがお通夜をする理由じゃ。ともあれ、あの世や霊魂を信じぬ僧侶が、いくらお経をあげても、死者を説得は出来ぬぞ。同時に、先に亡くなった先祖や友人が迎えに来たり、お坊様や天使のような姿をした、あの世へ導く専門の霊が来て説得している場合が多い。そういう導きの方に手を引かれながら天に昇っていく人あり、暗いトンネルにスーッと吸い込まれた後、近親者に会う人あり・・まあ、本人の人生観によって死後の様相はいろいろ。誤てる宗教や唯物論にだけは染まらぬ方が身のためじゃ。
         (参考)
            「悟りに到る道」の第一章(天国と地獄)
            「霊界散歩」 
            「霊界の真相」
            「死後の生活」
            「永遠の生命の世界・講義」 (以上、大川隆法著)

第3章 三途の川越えの巻(前編)

さて楽左右衛門、父母や友人とお花畑を散歩しているつもりでおりましたが、いつの間にやら一人になっているのに気付きました。
   楽「あれっ、皆はどこに行ってしまったのだろう。これは心細いことじゃ。
     おーい、誰かおらぬか?」
当たりは、しーんとしております。さっきまで、にぎやかだったのが嘘のよう。 
   楽「仕方ない。このまま歩いてゆくことにしよう。」

周りの風景がだんだん、草だらけの野原に変わり、しばらく行くと山道に入ってゆきました。ふーふー言いながら峠を越した頃、ふもとに大きな川が流れているのが見えました。随分長いこと歩いたような気がした楽左右衛門、疲れてはおりましたが、ともかくあの川まで行ってみることにしました。山を走り降り、ようやく川辺まで来た途端、何かにどんとぶつかり、ひっくり返ってしまいました。見上げれば、大きな赤鬼が立っており、岸辺には十数人の人が並んでおります。

  鬼1「誰じゃ。わしにぶつかった奴は・・こら、列の最後に並ばんか!
     おーい、船が着いたぞ。皆、一列に並べ。」
   楽「いててて。なるほど、ここからは、船で渡るのか。では、この後ろ
     に並べば良いのじゃな。しからば、ご免。」
 町人1「しからばご免てねえ、あんさん。そないな堅苦しい言葉使わんと、
     これから、楽しい、三途の川クルーズに出るんやから、もうちょっ
     とリラックスしてもらわんと・・気分が台無しやがな。」
   楽「何じゃ、町人の分際でえらそうな事を言いおって・・」
 町人1「あんたなあ、こっちの世界では、侍も町人もないんでっせ。
ここで
     は、生きてた時の心根で、身分が決まるんや
。町人が船に乗れて、
     お侍さんが乗れんことも多いんでっせ。船に乗れてから大きな口、
     たたきなはれ。」
   楽「何じゃと!」
 町人1「嘘やと思うのやったら、今、鬼としゃべってるお侍を見てみなはれ。」

列の先頭には、身分の高そうな侍がおり、鬼に食ってかかっています。

  殿様「何じゃと!わしを船に乗せぬと言うのか。わしを誰だと思っておる。
     恐れ多くも、五十万石の藩主を務めておった殿様じゃ。」
  鬼1「殿様か、何様か知らぬが、お前は気に入らぬ家臣には、『たわけ者』
     と、どなりちらしたり、首にしたり、権力を傘に、したい放題で
     あっただろう。そのような者は、船には乗せられぬ。泳いで渡れ!」
 町人1「ほら、見てみなはれ。こっちの世界の掟は厳しいんや。ところで、
     あんさん、鬼に死んだ理由聞かれるの知ってまっか?たとえば餓死
     しはった人は、腹がクークー鳴って死んだやろから、九九の八十一
     文を渡し賃として鬼に払うんでっせ。特にこれといった理由がない
     時は、四二(死に)が八文や。昔は六文銭言われてましたんやが、
     最近値上がりしましてん。渡し船の修理代を積立せんならんとかで
     ・・まあ大体、九九の要領で計算されますわ。けど、腐った饅頭食
     べて死んだ言うたら、あきまへんで。万に十かけて十万文請求され
     たら、かないまへんからな。十万文言うたら、二十五両の大金や。
     (※1)滅多な事は言えまへんで。何で、そんな事知ってるて?
     実は、わては生きてた時に、上方落語(※2)で聞いてたさかい、
     知ってまんねん。あっ、次はわての番ですわ。」
                   
※2 地獄八景亡者戯のことですが。このあたりの
                          事はあくまでも落語の話としてお聞きくださいませ
    鬼1「おい、町人、お前は何で死んだ?」
 町人1「へい、鯖に当たって、四苦八苦して死にましてん。」
    鬼1「ほな、八九の七十二文や。」
  町人1「高いなあ。でも落語では、四九の三十六文と八九の七十二文足して
     計算してたから、こら儲けたわ。へい、七十二文、確かに渡しまし
     たで。」
douchu三途の川
  鬼1「次の侍は、何で死んだ?」
   楽「拙者は、関ヶ原の戦いで命を落とし申した。」
    鬼1「戦死か?ほな、せんし(三四)十二文や。」
   楽「はて、それがしは、六文しか持っておらぬ。」
  鬼1「ならば、乗せられぬ。それに、おぬしは何やら重そうな顔つきを
     しておる。さっさと向こうに行け。」

楽左右衛門は、列から追い出されてしまいました。

   楽「重そうな顔つきとは、無礼なやつじゃ。刀を持っておれば、打ち首
     にするものを・・」
と、ぶつぶつ文句を言っておりましたら、誰かに肩をたたかれました。
 六兵衛「あんさんも、船に乗られへんのでっか?」
振り返れば、何とも間の抜けた顔をした町人風の男が立っております。
 六兵衛「わては、大坂の曽根崎におった六兵衛ちゅうもんです。好きになっ
     たおなごと『心中する前の晩やさかい、おいしいもんでも食べよか』
     言うてて、わてだけフグに当たってここに来ましてん。それを鬼に
     言うたら『自殺せんとした者は、船には乗せられぬ!』とけんも
     ほろろに放り出されましたわ。わて、彼女の分も合わせて、十二文も
     持ってたのに、いけずな鬼でんな。
     昔から、三途の川言いますやろ。これを向こう岸まで渡らん事には、
     本当の、あの世に行けまへんね。ここはまだ、入り口でっせ。
     どないして渡ったら宜しいんでっしゃろ。」
六やん
   楽「おい、あれを見ろ。肩車をしてもらって川を渡っている者がおるぞ。」
 六兵衛「あれっ、もしかしたら松尾芭蕉先生と違いまっか?わてが死ぬ日の
     朝の瓦版に死亡記事が出てましたわ。あのお方は旅に生き、旅に死
     んだお方でしたなあ。最後は大坂で亡くなりはったんですわ。
     こんなとこで有名人に会えるやなんて、ラッキーでんな!追いかけて
     サインもらいまひょか?」       ※松尾芭蕉(一六四四~一六九四)

噂をしておりますと、当の芭蕉さん、何やら川越人足と、しゃべっております。
川越人足「お客さん、えらい体重軽いですなあ。これやったら船に乗せてもら
     えまっせ。」
松尾芭蕉「いやいや、わしは日本中を旅した者じゃ。
     徳川幕府のお達しで、日本の川には橋のないところが多かったの
     じゃ。それ故、川を渡る時は、こうやって肩車か、金に余裕のある時
     は、連台に乗せてもらって渡っておった。じゃから渡し船は、どうも
     性に合わんでなあ。」
川越人足「まあ、好きなようにしなはれ。」
松尾芭蕉「わしは、様々な土地を訪れては、俳諧を創っておったのじゃ。
     最上川を見れば、『さみだれを集てはやし最上川』と歌った。
     大井川を眺めては、『さみだれの空吹きおとせ大井川』と詠んだ。
     三途の川を渡りながら、ぜひ記念に一句と思うておるのじゃが、
     はてさて、どのような句にすれば良いかのう。」
川越人足「そんなん、わてに聞いてもろても、知りまへんがな。」
松尾芭蕉「おお、一句浮かんだぞ。『五月雨は 降らぬ あの世の 三途川』
          はどうじゃ?」
川越人足「もう、この世でんがな。」

こんなやりとりをしながら、芭蕉さん、向こう岸まで渡ってしまいました。
 六兵衛「これや!わてらも誰か肩車してくれる人足を雇いまひょ。」
   楽「それはいい考えじゃ。あそこに、ちょうど二人、男がおる。おーい。」
川越人足「何か用でっか?」
     楽「すまんが、我らも肩車してもらえぬか?」
川越人足「ほな、一回乗ってみなはれ。」
楽左右衛門と六兵衛は、それぞれ人足の肩にまたがりました。
川越人足「ひえーっ、あんたら、重すぎますわ。懐にいろんなもの入れてるの
     と違いまっか?」
   楽「懐に入っているのは、この花形芸者のブロマイドだけじゃ。これの
     どこが重たい!あの世の人足は力がないのう。」
 六兵衛「わてかて、大事に持ってるの、彼女からのラブレターだけでっせ。」
川越人足「それが、あきまへんね。おなごに対する強い執着のある者は、肩車
     に、よう乗せられまへん。一人で泳いで行きなはれ。」※3
 六兵衛「そんな固い事言わんと・・」
川越人足「あかん言うたら、あきまへんね。あんたなんか肩に乗せたら最後、
     わてまで、川底に沈みますわ。」
 六兵衛「その代わり、この十二文あげるさかい・・」
川越人足「そんな、はした金で怖い思いするのご免やわ。
     わて、忙しいんですわ。もう行きまっせ。」
  六兵衛「そしたら、わてら、どないしたらええんでっか?なあ、にいちゃん。
     待ってぇな。」
   楽「断られた限りは、深追いせぬのが、武士のプライドじゃ。
     おい、六兵衛行こう。」
ということで、楽左右衛門と六兵衛、とぼとぼと、川縁を歩いて行ったのでございます。

                                   (第3章 完)
※イラストは、かちゅぴー様よりご寄稿いただきました。

 

和尚様による第3章の解説(運命論と自殺について)

 六兵衛の奴め、落語の話ゆえ、お情けで三途の川までたどり着けたものの、もしあのまま心中しておったら、とんでもないことになるところじゃった。幸運なやつじゃのう。一般に、自殺しようと考えている人は「死ねば楽になる。」と勘違いしておるようじゃが、とんでもない!死ぬ前に心が苦しみで一杯であったなら、それは死後も、更に大きな苦しみとなって続く。
 そして、肉体は死んでも意識は生前のようにある故「あれ、まだ死んでないぞ!」と思って、たとえば、何度も飛び降りを繰り返したりする。少なくとも地上で生きるはずだった年齢になるまで、あの世にも行けず、孤独な時を過ごさねばならぬ。

 中には、愛しい者を追って死にたい人もいるじゃろうが、死んでもあの世で愛しい者に会えはしないぞ。
 人生には苦しい時期もあるじゃろう。しかしその原因は出来事自体にあるのではない。自分や他人を責め続ける心にあるのではないのかな。失敗をも許せる大らかな心になれるまでの苦しさではないのかな。完璧な人生など誰も送れぬのじゃ。あなたにはまだ、この世で果たすべき仕事が残っている。人生で起きる出来事に決して無駄はない。どうか苦難を魂の肥やしとして、再び立ち上がって下され。

 
 さて、人生の出来事は運命によって全て定められているのかどうか?それは、否である。人間は生まれる前に、「今回は、自分のこういう欠点を直そう」とか「こういう長所を伸ばして人々のお役に立とう」とか決意をし、それを実現できるような人生計画を立てて生まれてくる。その中には、自分にとって必要不可欠な苦難も含まれている事が多い。
 けれども中には、自らの心の過ちによって招いてしまう苦難もある。人生には、自己責任の原則が働いておって、自分の作った原因が結果となって自分に返ってくるのじゃ。決して、他人や先祖に責任転嫁してはならぬ。先人の知恵や、心の法則を知らなかったが故に招いた事と謙虚に反省し、生き方を改めれば、以後、違った局面が現れてくる。どの選択をするかで、その後の展開が変わる、今はやりのゲームのようなものじゃな。それを、仏教では「縁起の理法」と言う。
 
 従って、運命は自分で創り上げていくものだと考える方が正しいのじゃ。そういう自助努力の姿勢が、大いなる他力を呼び寄せ、更なる運命の修正が行われる。どうか、素晴らしい人生物語を創り上げていただきたい。 

決してご遺族の方を悲しませるために、このようなことを申しあげているのではございません。幸福の科学の故人供養は、自殺をした方や、今もなお、苦しみの中にいる方をも救う力があります。最寄りの支部や精舎でぜひご相談くださいませ。

第4章 三途の川越えの巻(後編)

  • 楽左右衛門と六兵衛、しばらく歩いておりますと、

     女の子「ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため・・」

    子どもの悲しそうな歌声が聞こえてきました。

     六兵衛「お嬢ちゃん、独りでどないしたんや?もしもし。」

    けれども、子どもは答えません。黙々と小石を積み上げています。そこへ、鬼が現れて、積み上げた小石を鉄の棒で崩してゆきます。子どもは又、小石を積む繰り返しです。そこへ、ひとりの女が現れました。

       女「あっ、お菊や、あんた、お菊やろ?お母ちゃんやで。」
    それでも、子どもは知らん顔。 

       女「この子は三歳の時、病気で死んでしまって・・お父ちゃんと二人、
         悲しみにくれて、ずっと忘れられへんかったんや。あれから二十年、
         こんなんやったら、『お母ちゃんもこの世でがんばるさかい、あん
         たも極楽で楽しく遊ぶのやで』って思うてあげたら良かったなあ。
         どこに行ったらいいのか、わからへんかったんやなあ。※1」
     六兵衛「もしかして、あんさん、この子のお母はんでっか?それは、さぞ
         辛うおしたやろ。ウンウン、わかるわ。わてかて、妹が三歳の時に
         死んださかいなあ。三歳言うたら。かわいい盛りや。
         ところで、あんさん、この川を渡る方法知りまへんか?」
       女「お母ちゃんを許してやー。ウワーン!」

    女は、六兵衛の声など耳に入らぬかのように、泣き崩れております。

     六兵衛「今はそっとしておいてあげまひょ。これがほんまの男の優しさや。
         あっち行きまひょか。楽さん、これから、どうしはります?」
       楽「もう泳いで渡るしかない。」
     六兵衛「ええっ!わては、金槌でっせ。」
     楽「わしは、小さい頃から、泳ぎは達者じゃったからな。
         ではまず、わしが見本を見せるぞ。」

    と、ザブザブと川の中へと入ってゆきました。と、その時、
       楽「助けてくれーー」

    と、見る間に楽左右衛門、ぶくぶくと沈んでゆくではありませんか。

     六兵衛「大丈夫でっか?この手につかまりなはれ。」

    六兵衛がわずかに出ていた楽左右衛門の手を引っ張り、ようやく助け上げる事ができました。
     楽「ああ、びっくりしたなあ。何やら懐に重たいものがあって、体が沈
         んでしまったのじゃ。石など入れておらぬのにのう。」

    と、懐を探ると、さっきの芸者のブロマイドしか出てきません。

     六兵衛「ほな、次は、わてがやってみまっせ。」

    すると、見る間に六兵衛、川底まで沈んでしまいました。

     六兵衛「ああ、溺れ死ぬか思いましたわ。」
       楽「もう、死んでおるわ。」
     六兵衛「そう言われれば、そうでしたなあ。でも、何でやろう?」
       楽「さっきから考えておったのじゃが、鬼にも重そうな顔つきと言われ、
    先ほどの川越人足にも、『おなごに対する執着があきまへん』と
         言われた。すると、このブロマイドがいけないのではないだろうか?
         六兵衛の場合は、そのラブレターじゃ。これを思い切って捨てねば、
         川を渡れんのではないか?」
     六兵衛「そやかて、これは、わての命より大事なラブレター。いや待てよ。
         さっき川底まで沈んだ時、金ぴかに光る大判小判や刀に弓矢、いろ
         んなものが落ちてましたなあ。ははあ、そうか、ここでは、自分が
         大事に思うているもんを捨てんとあきまへんねんなあ。わてらの
         場合は(小指を立てて)これでんなあ。大事なもんが似てますのやな
         あ。そやから、こうやって友達になったんと違いますか?
         類は友を呼ぶと言いまっさかい。」
       楽「そうであろう。では二人して、せえのおで川にこれを投げようぞ。」
     六兵衛「では、名残惜しいですが、せえのお。ポチャン!」
    楽「ああ、何だか、懐が軽うなった気がするぞ。ウン。」
     六兵衛「せえのお、ポチャン・・せえのお、ポチャン・・」
       楽「おぬし、一体何通入れておったのじゃ?」
     六兵衛「もうちょっと待っておくれやす。あと三〇通ほどありまっさかい。」
       楽「一通ずつ捨てんと、いっぺんに捨てんか!日が暮れるわ。」
     六兵衛「そやかて、今生の別れでっせ。心の中で一通一通にサイナラー
         言うてますねん。これは、お千代ちゃんからの・・せえのお、
         ポチャン、これは、お小夜ちゃんからの・・せえのお、ポチャン・・
         へい、お待っとうさんです。終わりましたわ。」
    道中記ラブレター










    と言うことで、二人は何とか、向こう岸まで泳いで渡ることが出来ました。

       楽「わりに早く向こう岸に着いたな。」
     六兵衛「いやあ、わては、えらい長く感じましたわ。ああ、しんどかった。」
       楽「それにしても。着物がびしょ濡れじゃ。どこか乾かすところはない
         かのう。」
     六兵衛「ほんまでんなあ。あっ、大事なラブレターまでびしょ濡れやがな。」
       楽「おぬし、あの時に全部捨てたのではなかったのか?」
     六兵衛「へへえ、実は懐の分は捨てたんですが、一番大事なのだけ、
         ふんどしの間に隠してましてん。」
       楽「汚いのう。おぬしがアップアップしながら川を渡っていたわけは、
         これじゃな?」   
     六兵衛「へえ、すんまへん。あっ、あそこで、おじいさんとおばあさんが
          たき火してますわ。行ってみまひょ。」
       楽「済まぬが、ここで着物を乾かさせてもらえぬか?」
    お婆さん「どうぞどうぞ、ずぶぬれでは、さぞお気持ちも悪い事でしょう。
         さあさあ、着物を脱ぎなされ。」
       楽「これは、かたじけない。」
     六兵衛「すんまへんなあ。ついでに、このラブレターも乾かさせてもらい
         まっせ。ははあ、この人が奪衣婆(だつえば)やな。地上では、
         亡者の着物をはぎ取る怖い婆さんやて聞いてたのに、案外チャーミ
         ングな顔してまんなあ。」
    お爺さん「脱いだら、その木に着物を掛けなされ。」
     六兵衛「この、おじいちゃんが懸衣翁(けんえおう)やな。亡者の着物を
         木に掛けるちゅう・・でも自分で掛けるやなんて、最近はセルフに
         なったんかいな。でも二人とも優しそうで、良かった!」
    お爺さん「安心してたらあきまへんで。あんさんの着物見てみなはれ。」

    見ると、楽左右衛門の着物を掛けた枝は、少し曲がっただけなのに、六兵衛の方は、着物が地面に垂れるくらいに折れ曲がっています。

    お婆さん「この枝は、生前の罪の重さを測っているんですよ。罪が重いほど、
         たくさん曲がるのです。日本では、こうやって着物を木にかけて
         調べますが、将来は、中止になるかも知れません。というのは先日、
         閻魔様の国際会議がありまして、ヨーロッパの閻魔が言うには、
         最近は王様の力が弱くなって、一般市民が大きな顔をするご時世に
         なったそうな。イギリスではピューリタン革命に名誉革命とやらが
         起きたし、もうちょっとしたらフランスでも革命が起きるかも知れぬ
         らしい。じゃから、ヨーロッパでは、庶民の人権意識が高まってき
         て『着物を脱がすなど、人権侵害じゃあ。』と抗議する亡者が増え
         てきたんじゃと。それで、新しい機械を導入して、服を着たまま
         計れる体重計に変えたとか・・体重計と言っても、生前の体重と関係
         なく、罪が重ければ針が余計に振れるというやつですわ。
         日本にも将来、民主化の波は押し寄せてくるだろうと、ここの閻魔
         様も、その体重計を輸入する事を今、検討しておられるんですよ。」
       楽「なるほど、科学は日進月歩ですからなあ。ところで、フランスとか
         言う国にも、三途の川があるのですか?」
    お婆さん「もちろんありますよ。ええと、あちらでは何という名前でしたっけ?
         ボンジュール川でしたかなあ?いやいや、サンジュール川でもない
         し?ああ、思い出しましたわ。  
        (フランス語風に)サンジューノ川(※2)と呼ばれとるらしいです。」
     六兵衛「えっ?」
    お婆さん「じゃから、サンジューノ川ですがな。」 
     六兵衛「なんや、回りくどい事言うて、結局、サンズの川でんがな。
         ところで、話の途中ですみませんが、あの枝の様子では、わては
         罪が重いんでっか?」
    お爺さん「残念ながら、そういうことですなあ。」
     六兵衛「えーっ、そしたら、わてはどうなりますのん?」
    お爺さん「この道をまっすぐ行くと道が分かれているから、あんたは左の道を
         お行きなさい。そこのお侍さんは、右ですぞ。」
     六兵衛「えーっ、別々の道を進まんとあかんのでっか?」
    お爺さん「もしも、言われた道と反対の道を進んでも、地獄に行く者は、
         やっぱり地獄じゃ。観念せい!」
     六兵衛「そしたら、わては地獄行きでっかいな。」
    お婆さん「そろそろ、着物も乾いたようじゃ。そうそう、このラブレター、
         どうしはります?ここで捨てたら、ちょっとは罪も軽なりまっせ。」
     六兵衛「何を言うてはりまんねん。もちろん、持って行きますがな。もしも
         地獄行きやったら、鬼に責め立てられてる合間に、このラブレター
         読んで辛い日々を忘れまんねん。ここに何て書いてあるか知ってま
         っか?・・大好きスキスキ六兵衛さんこんなにナツナツ・・ナツナ
         ツて良うなついてるいう意味でっせ・・こんなにナツナツしている
         私に、もうアキアキ(飽き飽き)したなんて言わないでね・・彼女
         洒落っ気たっぷりでっしゃろ?・・それから、どこに行っても私の
         事を忘れないでね・・なんて言うてくれてる手紙を何で捨てられま
         っかいな。明日には心中しようか~言いながら一緒にフグを食べて
         て、わてだけ死んだんですけど、その時にもらった手紙ですねん。
         彼女今頃、悲しい思いしてるやろなぁ。」
       楽「ちょっと貸せ。うん?おぬし、手紙の裏まで見たか?『私、六兵衛
         さんは大好きだけど心中はやっぱり嫌なの。直接言いにくいから手
         紙に書くわ。帰ったら読んでね。ではさようなら』と書いてあるぞ。」
     六兵衛「んな、アホな!お夏ちゃん~~」
     

                                       (第4章 完)
    ※イラストは、かちゅぴー様よりご寄稿いただきました。
     
  • 和尚様による第4章の解説(生前の行いと三途の川の渡り方)

    三途の川も、六文銭さえ持っていれば、渡し船に乗せてもらえるわけではない事が、わかったかな?泳いで渡らねばならないのが、ひとつは地上で身に付けたものへの執着の大きい者じゃ。地位、名誉、貯金通帳・不動産などの財産、家宝の骨董品、異性・・それから、生きていた時に心に染みついてしまった悪しき傾向性(癖)が強すぎると、これまた、幽体の体重が重くなって、渡し船には乗れぬのじゃ。
     人間の発する思いには、大きく分けると、心が全く疲れない思いと、心からどんどん「気」が抜けて疲れてしまう思いの2種類がある。悪しき傾向性というのは、別の表現で説明すれば、心から「元気」が抜けていく思いの事なのじゃ。人を一日中憎んでみよ。体も心もドッと疲れてしまうはずじゃ。その反対の思いは、心も体も軽やかになろう。人間の心には、こういう法則があるのじゃ。どうか自分のためにも、「元気」が増えてゆく思いを選び取ってくだされよ。


    <元気が増える思い>
      
    感謝、感動、喜び、反省、許し、正直(気持ちをサラリと伝える)
      あるがままを受け入れる、祝福、他人の幸福を念じる
      おおらか。結果を焦らない、リラックス、朗らか、ユーモア
      笑顔、素直さ、楽観的、希望、足ることを知る、積極的、勇気
      自分を愛する心、向上心、思いやり、同非同苦、自発的に学ぶ
      他の人が良き人だと信じる、きっといい方法が見つかると信じる
      少しだけいい加減(完ぺき主義ではない)
      悪口をサラサラ流す、優しい言葉を出す、明るい言葉を出す
      人生の出来事に無駄はない、自分を良くしてくれる
      自分は神仏の子だと信じる、あの世や神仏を信じる
      人類みな、兄弟姉妹だと信じる


    <元気が減ってゆく思い>
      
    不平不満、自分や他人を責める心、愚痴を言う
      自分のための怒り、感情を押し隠す、恨み
      自己嫌悪、排他、イジメ、嫉妬、他人の不幸を願う
      イライラ、過度の緊張、頑固、不安、悲観的、疑心暗鬼
      ないものねだり、臆病、消極的、優柔不断、自信喪失
      過度の劣等感や優越感、相手の欠点を変えようとする思い
      他人への冷たさ、無関心、嫌々する仕事や勉強、怠惰
      人の善意を疑う、困ったと混乱する、焦り
      律儀に考えすぎる(完璧主義)、過度の悲嘆、毒舌
      人生の出来事に納得がいかない、
      自分は取るに足らない罪の子だ
      あの世なんてないさ、人生は一回限り
      自分と他人は全く切り離された存在
      神も仏もあるものか


    第5章 身分を超えた契りの巻

    六兵衛「この道をまっすぐと言うてましたなあ。それにしても、随分歩いた
         気がするのに、まだ分かれ道が見えてきまへんなあ。ちょっと、
         ここらで一休みしまひょか?」
       楽「おお、そうじゃなぁ。ここに見事な桜の木がある。この木陰で休む
         としよう。」
     六兵衛「あのぉ、お侍さん。ここまで一緒に旅をしてきましたのに、まだ
         お名前も聞かんとおりましたわ。」
      楽「そう言えば、そうじゃったのう。それがしは、坂田楽左右衛門と申
        す。関ヶ原の戦いの時に東軍に追われて、逃げる途中で死んでしま
        ったようじゃ。それにしても、東軍は強かったぞ。もっとも、西軍
        から東軍に寝返った武将もおったからのう。」
     六兵衛「お侍に生まれると、いろいろ苦労がおまんなあ。けど、お侍さんを
         初めて三途の川縁でお見かけした時、なんや心惹かれるというか、
         どこかでお会いした事がある方やなぁと思いましてん。」
       楽「そうか?それがしは、六兵衛を生前見た記憶はないがのう。」
     六兵衛「違いまんねん。何や懐かしい感じが、この胸の奥でうずくんですわ。
         胸がきゅーんとなるんですわ。」
       楽「ちょっと待ってくれ。それがしは、そういう趣味は持っておらんぞ。」
     六兵衛「早とちりせんとっておくれやす。わてかて、そんな趣味おまへん。
         そういう意味やのうて、なんや前世でも、その又前世でも、友達や
         った気がするんですわ。こうやって歩いていると、だんだん生きて
         た時の事が思い出されてきて、その内、もしかしたら前世では、こ
         んな人生送ってたかもと、ぼんやりですがわかる気がしますねん。」
       楽「そう言われれば、それがしも、六兵衛を親しい友人のような気持ち
         で見ておったのう。」
     六兵衛「そうでっしゃろ。今回の人生では会えなかったんですが、わての
           前回の人生では、あんさんと同じ侍をやってたような気がする
         さかい、もしかしたら、その時に、同じ殿様に仕えた仲やったんと
         違いますやろか?袖すり合うも他生の縁と言いますが、きっと、
         それ以上の深いご縁があったんですわ。」
       楽「そうじゃなぁ。人の縁は不思議なものじゃからなぁ。」
     六兵衛「ほな、ここで記念に兄弟の契りを結びまへんか?これから先、長い
         旅になるかも知れまへん。相手が困った時は、互いに助けおうて
         楽しい旅にしまひょ。ところで、楽左右衛門さんは、いつ生まれは
         りましてん?」
       楽「天正七年七月七日じゃ。」
     六兵衛「ひえー、百年以上も前に生まれてはりますねんなあ。見かけは、
         わての方が年上に見えるんですが、生まれた年代から言うと、
         わてが弟分でんなあ。あ、ここに桜の花が落ちてますわ。これを
         杯代わりにして、兄弟の契りを結びまひょ。酒をつぐ真似だけ
         ですけど・・」
       楽「ここはちょうど桜の木の下じゃ。桜下(おうか)の契りと名付けよ
         うではないか?それにしても、酒があればいいんじゃが・・」
    すると、目の前に徳利と杯が現れました。
     六兵衛「えっ、酒が出てきましたで。不思議やわぁ。」
          楽「ほんに、こちらの世界では思ったものが現れるのか?」
    桜下の契り
     








    六兵衛「ほな、兄貴、宜しゅうお頼申します。けど今からは、楽さんと呼ば
         せてもらいまっせ。」
       楽「わしは、おぬしを何と呼んだらよいのかな?」
     六兵衛「へえ、六でもシックスでも簡単に呼んでもろうて結構でっせ。わて、
         ほんまは十兵衛の方が良かってんけどなあ。六番目に生まれたから
         六兵衛やて。発想が単純過ぎると思いまへんか?もう死んだんやか
         ら、今更文句言うてもしゃあないけど・・また、そろそろ歩きまひ
         ょか?歌うたってる間に分かれ道に着きますやろ。
         ♪旅は道連れ世は情けーー、ああ、ベンベン。まだ着きまへんなあ。
         ほな、♪君のゆくー道は果てしなく遠いーー歌った途端に、分かれ道
         が見えてきましたで。もう、早やお別れですかいな。さっきの爺さん、
         わては左の道で、楽さんは右や、言うてはりましたが、やっぱり、
         わては、楽さんの事が気がかりやさかい、一緒に右の道を行きますわ。
         どうせ、地獄行く者は、どっちに進んでも地獄に行くて、爺さんも
         言うてましたしなあ。」
       楽「それは、かたじけないのう。」
     六兵衛「そんな堅苦しい言葉使いはやめなはれ。わてら兄弟なんやから・・」
       楽「そうか、すんまへんなあ。」
     六兵衛「急に大坂弁になりなや。もう、単純な人やなぁ。」
    ワイワイいいながら、二人は右の道を進んでゆきました。

    親しみも増した二人の会話ははずんで、長い道のりも、あっという間のような気がします。

     六兵衛「楽さんは、奥さん居てはったんでっか?」
       楽「いや、妻をめとる前に死んでしまったのう。先日捨てたブロマイド
         の花形芸者には、憧れておったがのう。」
     六兵衛「そうでしたか。わては、こう見えても、おなごには、ようもてまし
         てん。『六さんとしゃべってたら楽しいわぁ。』とか言うて、ラブ
         レターをたくさんくれますねん。ユーモア精神のおかげでんなあ。
         楽さんも、いつも鎧甲来てるような堅苦しい事言わんと、ちょっと
         ユーモア精神を磨きなはれ。楽さん、この先、地獄行くか、極楽行
         くか知りまへんが、きっと役に立ちまっせ。」
       楽「はて、ユーモアセイシンとな?ユーレイ精神なら長年培ってきたが」
     六兵衛「違いますがな。ユーモア精神とは、つまり洒落っ気の事ですがな。
         鬼でも笑わす洒落っ気があれば、地獄と言えども何も怖いことおま
         へん。鬼が笑ってる間に、さっさと逃げたらよろしいねん。わては
         嫌な予感がするさかい、今から傾向と対策を考えておかんと・・」
        楽「たとえば、どうすれば良いのじゃ。」
     六兵衛「鬼は来年の話すると笑う言いますやろ。けど最近の鬼は、来年の話
         ぐらいではあきまへん。日本の将来、国家三百年の計をとうとうと
         論じますねん。享保の改革に天保の改革、尊皇攘夷に大政奉還、
         富国強兵に産業革命、高度経済成長に日本人がノーベル賞を受賞!
              リニアモーターカーに家庭用ロボット、海底都市に宇宙開発・・
         生きてた時に本屋で「未来の日本はどうなるか?」てな本を読んだ
         ことがあるんですが、時事問題を並べ立てて、一方的にしゃべりま
         くれば、そらもう、そこらの鬼みんな、転げ回って爆笑しまっせ。」
       楽「ふーん、そうか。わしは時事問題は余り強くないのう。」
     六兵衛「そしたら、鬼を誉めたおすちゅう方法もおまっせ。」
       楽「鬼は誉めたら倒れるのか?」
     六兵衛「違いますがな。大坂弁で誉めて誉めて誉めまくるちゅう意味ですね
         ん。たとえば、鬼に金棒言いますやろ。大概、鬼ちゅうもんは金棒
         を持ってますねん。それで亡者をこつきよるんですが、あわや、ど
         つかれるー言う時に、その金棒を誉めるんですわ。『鬼さん、ええ
         もん持ってはりますなあ。それ、純金でっか?』て聞きますねん。
         純金の金棒なんか重とうて持ち歩かれへんのですが、最初から『メ
         ッキでっか?』言うたらあきまへんで。鬼は、メッキやいうの知っ
         てても『いや、一八金じゃ。いやいや八金かなあ?』とか、とぼけ
         ますわ。あんまり面子つぶしたらあかんから、次に話題を変えます
         ねん。『そうでっか、わては純金か思いましたわ。ところで その
         ふんどしはミンクでっか?』とか言うて、今度は虎のふんどしを
         誉めますねん。それで、ひとしきり時間つぶしたら、次には、角
         の生え具合やら、腕や足の筋肉の付き具合やら、誉められるとこは
         全部誉めちぎったら、鬼かて悪い気はしまへんやろ。ちょっと、
         浄玻璃の鏡に自分の姿を映しに行くはずですわ。そうやって見とれ
         ている間に、サイナラー言うて逃げたら宜しいねん。」 
         楽「そんな自意識過剰な鬼ばかりであれば良いがのう。他にはないの 
         か?」
      六兵衛「そう言えば、生きてた時に、お寺の和尚さんから聞いたんですが、
         ある地獄では、鬼が亡者を鉄板焼きにするらしいですわ。
         それで、考えたんですが、そんな時は鬼に、
        『焼き具合は、ウエルダンか、ミディアムか、レアのどれにしまひ
          ょ?』と聞きますねん。鬼は、ややこしい発音は苦手やから、多分
    、     一番短い『レア』と言うはずですわ。そしたら、こっちのもんや。
         ジュッという前に、さっさと鉄板から降りて、逃げたらよろしいね
         ん。鬼は、わけわからんとポカンとしまっせ。」
       楽「なんじゃ。そのウエなんとか言うのは?」
     六兵衛「ウエルダンは、十分焼く、ミディアムは中くらいの焼き加減、レア
         は、ほとんど生ということですわ。」
       楽「なるほど!六兵衛は、頭がいいのう。」
     六兵衛「まあ、地獄言うても、きっと、それほど怖いとこやおまへんで。
         お父ちゃんの鬼が亡者を責めたててる横で、子どもの鬼たちが
         オニごっこでもしてるんと違いまっか?鬼がオニごっこしてたら
         どの子がオニか、ようわかりまへんなあ。ハハハハ・・」


    さて、六兵衛の強がりはどうなる事やら・・すると遠くの方でガヤガヤと人の声がいたします。しばらく行くと、お城のような建物があります。門の外には、大きな青鬼が立っており、何やら、ひとりひとりに渡しておりました。
      鬼2「今から閻魔様のお裁きを受ける者は、この番号札を持って中に入れ。
         そこの木に止まっているカラスがカーと鳴いたら、閻魔様がお出ま
         しになるからな。小便したい者は、それまでに済ませて戻って参れ。」
     六兵衛「ははあ、ここが閻魔はんのおられる閻魔庁やな。いよいよやなぁ。
         閻魔はん、きっと怖いやろなぁ。ブルッ。何や、小便(しょんべん)
         しとなったわ。鬼さん、トイレはどこでっか?※」
      鬼2「門を入って左じゃ。」 
    六兵衛と楽左右衛門も、それぞれ番号の書いた札をもらって、中に入っていったのでございました。


    ※落語やから、こないなこと言うてますが、閻魔庁にはトイレはございません。悪しからずご了承くださいませ。

                         (第5章 完)
    ※イラストは、かちゅぴー様よりご寄稿いただきました。

    和尚様による第5章の解説(輪廻転生について)

    この章の中で、六兵衛が楽左右衛門の事を「なんや前世でも、その又前世でも、友達やった気がするんですわ。」と言っておったじゃろう。人は死ぬと、地獄に直行する人でもない限り、段々昔の事が思い出されてくる。自然と生前の事が反省できるような心に変わってくるのじゃ。そして極楽に行った人は、前世の事まで段々と思い出してくる。仏教だけでなく、古代エジプトやギリシャ、インドなどの宗教は、

     「人間は何度も生まれ変わっている存在だ」

    と説いてきた。キリスト教でも転生輪廻の思想は元々の聖書にはあったが、六世紀半ばコンスタンチノープルでの宗教会議で削除された経緯がある。※
     輪廻転生を受け入れれば、不当な仕打ちに悩んだ時
    「今はあの人が私を苦しめているが、いずれかの前世では、私があの人を苦しめた事があったのかも知れない。」
    と、許す気持ちも沸いてくるじゃろう。或いは
    「平凡な人生は、過去に何度も経験済みかも知れない。
     今回は、より高いハードルに挑戦しているのだ。」
    という発想も生まれるじゃろう。
     
    実は、人間は生まれる前に前回の人生の成功・失敗をふまえて、自分の魂修行にふさわしい環境と人間関係を計画するのじゃ。結婚はしないとか、子どもは生まない等の計画を立てる人もおるが、大抵は以前の人生で深い縁を持っていた人と、親子や夫婦、兄弟姉妹や友人となる約束をして生まれてくる。従って、嫁姑も偶然の縁ではない。前世では、本当の親子であった場合もある。
     じゃから、安易に中絶や虐待死など犯さぬようにな。肉体は子どもでも、少し前まではあの世で一人前の大人として生活していた人間じゃ。前世では世話になった相手やも知れぬ。軽んじてはならぬぞ
     そして、たとえ葛藤が家族や友人との間にあっても、大切な事に気付きたくて自分自身で選んだ相手かも知れぬのじゃ。そういう人ほど、あなた方を向上させてくれる陰なる協力者だと考えていただきたい。


    *************************************

    更に詳しく知りたい方は次の図書を、ご参照ください。
      「黄金の法」「永遠の法」
      「悟りに到る道」第二章・第四章
      「生命の法」第五章「勇気の法」第5章 (以上、大川隆法著) 


    ※輪廻転生の思想が削られてしまったキリスト教圏では、エドガー・ケーシーが患者の前世をリーディング したり、精神科医の治療の最中に、患者が前世の事を 思い出し、輪廻転生の証明をする動きが起きています。
        (参考)魂の伴侶 ブライアン・L・ワイス(PHP)

     

    第6章 閻魔(えんま)様のお裁きの巻

    カラス「カー、カー」
     六兵衛「カラスが鳴いてまっせ。楽さん、そろそろ中に入りまひょか。」
    お城の中では、老若男女が番号札の順番に並んでおりました。「いやあ、わては多分地獄でんな。」とか、「私は、お情けがあれば極楽ですわ。」とか予想を言い合う声が聞こえます。そこへ、地響きのような、大きな声。
      青鬼「閻魔様のおなりーー。皆の者、頭を下げい。」
      一同「へへーーい。」

      閻魔「亡者の者どもー!閻魔庁へようこそ、いらっしゃーい!オホン。
         さてこれより、裁きを始める事としよう。最初の者、前にいでい。」
      盗人「へい、あっしです。」
        閻魔「そちは、金銀財宝だけでなく人の命まで奪い、悪事の限りを尽くし
         たあげく、淀川の河原でさらし者になったそうじゃな。」
      盗人「とんでもない!あっしは、おとっつぁんの手伝いを良くし、働き者
         の百姓として一生を送った者でごぜぇます。」
      閻魔「うそを申すな。この鏡をのぞいて見よ。」
      盗人「いやあ、あっしが男前なのは、鏡を見なくてもわかっております。」
      閻魔「アホか、聞いて驚け!これは、浄玻璃の鏡、別名、照魔の鏡と言う
         て、亡者の一生が生まれた時から、全て映し出されるのじゃ。これ
         でも働き者の百姓と偽るかーーっ。即刻、黒縄地獄へ参れ。」
      盗人「へへーーっ。参りました。」

      閻魔「次の者 これへ。」
      女1「へえ、わてだす。わては、何も罪になるような事はやってまへんか
         ら極楽行きでっしゃろ?閻魔はん。」
      閻魔「ふーむ。そう言ってやりたいが、残念ながら、地獄行きじゃ。そな
         たは確かに奉行所に引っ張られて裁きを受けるような事はしなかっ
         た。しかし、そなたの心の中には一生を通じて、他人への猜疑心を
         始め、愚痴に不平不満、悲観的な取り越し苦労など、地獄的な思い
         が渦巻いておった。
    地上の奉行所は殺人や盗みなど、目に明らかな
         悪事を裁くが、閻魔は心の中で起きた悪事を裁くのじゃ
    。他人を
         信じられぬ心も、自分の身をひたすら守りたいという心の現れじゃ
         自分が不愉快な目に会っても、他のために尽くしたいという気持ち
         を、そなたは持った事があるか?自分が、そのような気持ちを理解
         出来ぬゆえ、他人の善意を何か下心があるのでは?と疑ってきたの
         じゃろう。人の仏心を信じなかった罪は大きいぞ。」
      女1「そうでっか?そういえば、近所の和尚さんも、そないな事を言うて
         はりましたなあ。生前わては、そんな話、鼻で笑うてましてん。
         真面目に聞いてたら、もうちっと違った人生生きられてたかもなあ。
         ・・・まあ、しゃあない。地獄に行きまっさ。」

        閻魔「さて、次に行くとしよう。次の者、これへ・・」
      絵師「私にございます。閻魔様、ちょっとお尋ねして宜しいでしょうか?」
      閻魔「何なりと聞くが良い。」
      絵師「ありがとうございます。実は私は、三歳の時に父に死なれ、母と暮
         らしておりましたが、十歳の時、母が、好きになった男と家出をし
         天外孤独の身の上と相成りました。少年の頃は、母は今頃どうして
         いるのだろうと、思慕と恨みの入り交じった気持ちで過ごしていま
         した。先ほどのお話を伺って思ったのですが、このような私は、
         やはり地獄行きでございましょうか?」
      閻魔「この閻魔帳によれば、そなたは、そのような厳しい環境を通して、
         人生とは何ぞや?と疑問を抱き、寺の和尚に教えを請うては、仏教
         の学びを深めていった。そして、自分は小さい頃より絵を描く事が
         好きであった事に気付き、その腕を磨いてお寺のふすまに、地獄・
         極楽の見事な絵を描き、人々に正しい心で生きる大切さを伝えた。
         「人生は一冊の問題集
    自分に与えられた問題が、さて何を教えん
         としているのかを見抜く事が大切じゃ
    。多くの人々が他人から愛を
         奪う人生を生きる中、そなたは、母への恨み心も捨て、人々の幸福
         を願い、多くの人々の役に立とうという心境へと見事に転じた。
         しかも絵の大家として、多くの弟子を育て、その人徳ゆえに多くの
         弟子に慕われた。よって、文句なく極楽へ行くが良い。」
      絵師「ははあ、もったいのう存じます。」

     六兵衛「さすが、閻魔はんでんなあ。ええこと言いはりますわ。あない怖い
         顔してても、慈悲深いお方でんなあ。」

      閻魔「次はと・・何々、尾張生まれの、お吉という者じゃな。」
      女2「はい、私が吉でございます。」
      閻魔「名は吉でも、そなたの人生は薄幸であったのじゃのう。赤子の時に
         橋の下に捨てられ、子供のない米問屋夫婦に拾われたものの、手代
         や下働きの女からはいじめられたんじゃな。嫁いだ先では姑や夫に
         つらく当たられ、恨みに思うた事じゃろうのう。グスン」
     六兵衛「閻魔はん、同情して泣いてはりまっせ。」
      閻魔「しかしのう、お吉よ。人間は、心の中に投げ込まれたガラクタを、
         速やかに外に放り出す義務があるのじゃぞ。文句ばかり言う人間が
         身近にいると言う事は、他人の言葉をグッと受け止めすぎず、サラ
         サラと流してゆく訓練の機会を与えられているという事じゃ。実は、
         そなたは、そういう厳しい魂修行をする事を、自分自身納得の上で
         地上に生まれたのじゃ。そなたの姑や夫も、地獄にて十分反省した。
         
    こちらに来れば、生前他人に与えた苦しみと全く同じものを体験す
         る
    のじゃ。もう許してやるが良い。そなたも又、天性の明るさを失
         わず良くがんばった。ただ、他人の言葉の受け止め方は、あれで良
         かったかを、しばし反省した後、極楽へ行くが良い。」

     六兵衛「なんや、場内シーンとしてきましたなあ。落語やから、笑ってもら
         わんとあかんのやけど・・あっ、次は、わての番ですわ。」
    閻魔さま
       









    閻魔「次は、大坂は曽根崎の六兵衛か。何々、うん?何じゃとーーっ!
         そちは他人の妻になるはずであったおなごと、心中を図ろうとして
         いたとな。その前にフグに当たって死んだそうじゃが・・そちには
    、     生まれる前に夫婦の契りを交わした相手がおるのに、別のおなごに
         懸想して死出の道連れにするところであったとは・・ほんまに何さ
              らしとるねん。アホ!ボケ!どついたろか!いやはや、興奮すると
         思わず、大坂弁になってしもうた。ちょっと
    深呼吸をして理性を
              取り戻す
    としよう。フーッ。これ、六兵衛よ。自ら命を絶たんとし
         た心、そして、おなごで失敗したことを、しばし・・」
     六兵衛「地獄で反省せいという事でっしゃろ。嫌な予感が当たってしもたが
         な。けど閻魔はんの言われるこっちゃ。素直に従う事にしまひょ。」

    案内鬼女「では、地獄行きの方は、こちらへ・・・」
     六兵衛「ちょっと待っとくれやす。次は、わての兄貴の番ですねん。杯交わ
         した大切なお方や。もし地獄行きやったら、また一緒に旅をしよう
         と思うてまっさかい。」
          楽「おぬし、もしかして、わしの地獄行きを願っておるのか?」
     六兵衛「えっ、いや・・とんでもない!何や、ちょっと別れづらい気がし
         ただけで・・」
    さて、いよいよ、楽左右衛門のお裁きが始まりました。
      閻魔「次は誰じゃ。何々。名は坂田の楽左右衛門。幼き頃より、おなご
         と見れば、後を追いかけておったが、長じては二心なく殿様に仕え、
         面倒見も良いため、同僚・後輩に慕われておったとな。関ヶ原の戦
         いにて、戦死するも、百年ほど地上をウロウロして、この度やっと
         ここまで上がってきたと書いてあるな。うーむ、極楽とも地獄とも
         決めかねる人生じゃ。そのような場合は、クイズを出しておる。
         このクイズに正解した者は極楽、さもなくば地獄じゃ。では問題を
         出す。そなたが地上で最後に会った珍念という小僧は、将来、極楽
         か地獄、どちらに参ると思うか?」
       楽「はてさて、わしを丸太ん棒でなぐろうとはしたが、結構、純粋な
         顔つきをしておった。うーん、どちらに参るかのう。」
     六兵衛「何を生真面目に考えてはりますねん。これは落語やから、洒落で考
         えんとあきまへんね。珍念やから、地獄にちんねんですがな。」
       楽「なるほど、とんちクイズじゃったのか。閻魔様、わかり申した。
         珍念は地獄行きじゃ。」
      閻魔「ピンポーン、正解!よって、そなたは極楽へ参れ。」
     六兵衛「度量があるんか、いい加減なんかわからん閻魔はんでんな。けど楽
         さん、良かったやないか。けど、あのクイズは大坂の人間しかわか
         りまへんで。あの閻魔はん、もしかしたら大坂出身違いまっか。」
       楽「それよりも六兵衛、おぬしに教えてもろうて、極楽に行けると言う
         のに、おぬしは地獄、わしは極楽と別れ別れじゃ。心苦しいのう。」
     六兵衛「わての場合は、身から出たサビ。そんなに気にせんといておくれや
         す。又、どこぞで会える日も来まっしゃろ。あっ、もう目の前に地獄
         行きの標識が現れたがな。気が早いっちゅうねん。なになに、
         地獄方面?熱泉はありますが、温泉はありませんて。ひえーーっ」

    jigokuiki









    案内鬼女「では、地獄行きの方は、こちらへどうぞ。地獄へ行く乗り物と致し
         ましては、滑り台とエレベーターがございます。滑り台は、目的の
         地獄へ直通でつながっており、エレベーターの方は、美しいエレベ
         ーターガールがおりまして、地下の各階を、ご案内しながら参りま
         す。それから、わびさびの世界をお好みの方のために、徒歩で地獄
         へ下ってゆくコースもございます。」
     六兵衛「何でんねん。その、わびさびの世界ちゅうのは?」
    案内鬼女「歩いていますと、辺りが段々わびしーく、さびしーくなって参りま
         す。無数の火の玉が足下を照らし、BGMは有り難い読経の声・・
         (ヒュードロドロのBGM)これぞ正に、わびさびの真骨頂!
         どのコースがお好みでいらっしゃいますか?」
    六兵衛「そんな道歩いて地獄に行くくらいやったら、わさびなめて涙流す方
         がましやわ。何がわびさびやねん!それにエレベーターガールが
         美しい言うても、肩たたいて振り向いたら骸骨か何かでっしゃろ。
         さっきも閻魔はんに、おなごに執着する罪を叱られたとこや。
         わては、滑り台で行きまっさ。そや、こんなラブレター、ここで捨
         てたるわ。お夏ちゃんにも見捨てられたし・・女は薄情やなぁ。」
       楽「しかし、かえって未練が断てたんじゃから、よかったのう。これで
         地獄生活も短くなるかもしれんぞ。」 
     六兵衛「又、地獄で、新しい彼女を見つけますわ。失恋ごときで落ち込んで
         られへんわ!そや楽さん、閑があったら地獄に来て、ワテが鬼を笑 
         わせてるとこを見とくんなはれや。新しい彼女も紹介しますわ。
         ほな、楽さん、短いつきあいでしたが、お達者で。」
    案内鬼女「あっ、こちらの滑り台ではありませんが・・」
    と鬼女が止めるのも聞かず、六兵衛は滑り台の中へと吸い込まれてゆきました。

       楽「おぬしも体をいとえよ。あぁーー、もう見えなくなってしまった。」
    案内鬼女「それでは極楽入国試験に合格されました皆様、誠におめでとうござ
         います。今から、この旗を持った鬼が皆様をご案内致します。
         あ、そうそう、これは、ほんのお祝いの気持ちの紅白饅頭でござい
         ます。『合格』と、てっぺんに焼き印が押してありますやろ。別名、
         合格饅頭。極楽に到着後、ご親族の方とお召し上がり下さいませ。
         尚、閻魔庁御指定の茶店では、この饅頭を見せれば、お茶の無料サ
         ービスがございます。それでは、ご一行様、ご案内!」
    ということで、皆は鬼の後をぞろぞろと付いていったのでございます。

                         (第6章 完)

    ※イラストは、かちゅぴー様よりご寄稿いただきました。


    紅白饅頭





     

    閻魔様のワンポイント解説(地獄と極楽の分かれ目とは?)

    わしも、この仕事を先代の閻魔から引き継いで、もう百年にはなる。その間、いろいろな亡者の生前の所行を調べて裁きを行ってきた。その中で感じた事を述べるとしよう。
     何でも、現代は閻魔など信じぬと言う人間が増えているせいか、裁きと言っても、家族や友人・知人も見ている所で、生前の人生を映画のように映し出し、それを見ながら自分で極楽に行くか、地獄に行くかを決めるようじゃな。全世界で平均して二人に一人が地獄に行っておる。嘆かわしいことじゃ。現代はあの世など信じぬという馬鹿な人間が増えたからのう。
     それに比べれば、江戸時代の人間はかわいいもんじゃ。悪いことをすれば、地獄で苦しめられると教えられて育っているからのう。しかし、江戸時代でも地獄に行く者はおるぞ。飢饉があって腹が減って死んだ者。身分制度の厳しい時代に、不本意ながら命を絶たれて、恨みを抱いたまま死んだ者。戦国の世に死んだ者の中には、あの世に帰っても、まだ戦を続けている者もいる。時代の悲しさというべきかのう。その他にも、人間関係で葛藤を作り、死んでもまだ相手を憎み続ける者は、いつの時代にもいるものじゃ。
     しかし総じて、地獄に赴くのは、自分を変えようとせず他人を責め続けた者。人生には、いろいろな苦難は付きもの。しかし、その苦難は、魂を磨く材料として与えられる事を、生まれる前から承知の上で、この世に生まれてくるのじゃ。たとえば、複雑な家庭環境や身体の障害なども、偶然ではなく「今回はこの難問に挑戦します」と、そなたらが決意をして生まれているのじゃぞ。自分の魂の筋力にふさわしい課題を選ぶという事を知っておいてほしい。

     それから、人間関係の苦難などは、自分の中の「改めるべき心の傾向性」を教えてくれていると思わねばならぬ。たとえば、あいつに怒らされてばかりだと不満を言うのではなく「すぐに怒る性格を直しなさい」と繰り返し教えられていると考えるべきなのじゃ。
     人生の問題集には、相撲のように、がっぷり四つに組むのではなく、合気道のように相手(苦難)の力を利用して、一気に自分を変えていくという技を決めねばならぬ。ストレスは、自分を向上させる原動力じゃからのう。
     そのように考えて人生を送った者は極楽へ行き、自分の不幸を、他人や環境のせいにして心に毒を作った者が地獄に行っておる。
     又、他に良かれと愛を与えたものは極楽へ、自分に良かれと愛を奪った者は地獄へという決まりがある。これが、人間を創られた方の定められた掟じゃ。どちらに赴くかは、生前の地位や収入、頭の良さなどには関係ない。こういう心の法則を宗教は昔から教えてきたのじゃ。

     やはり、心の法則を正しく伝える宗教を学び、信仰を持っていた人間は、裁きをしていても「強いのう」と感心する。反対に、死ねば終わりと言う人生観の人間は、苦難に翻弄されるだけの人生を送っておる。
     しかし、初めは信仰心が薄かった人でも、ある時、人生最大の苦難に出会って「私の身に起きる出来事は、あなた(仏神)の御心に任せます。」と腹をくくった時、ふっとストレスが和らいだと言っておった。この世界は、仏神の統べる世界。善も悪も、自分にとって何か必要があって起きてくると悟ったのじゃな。
     自分の意志で人生を生きているようでありながら、実は、様々な人生物語の役を仏に与えられていると悟った人は、不思議と安らぎに満たされる。どんな役も見事に演じてみせます!と誓える存在を知った者の強みじゃろう。
    別の者は、こうも言っておった。
    「仏は、私の苦しみを共に味わって下さっていたのですね。今振り返れば、しみじみわかります。」
     この落語に出てきた絵師の男も、苦難を通じて、仏の御教えに出会った。又、かわいい我が子を殺された者が、恨み心に悩んだ末、仏への信仰に目覚めた例もある。
     
     やはり、どんな時も見守っていて下さる仏の存在を知ってこそ、人は、地獄のどん底から、はい上がる事ができるのじゃ。苦難は、本当の幸福へと導いてくれる案内役、もしかすると「姿を変えた仏」やも知れぬぞ。
     そなたらは、辛い事も楽しい事も含めて、いろんな経験の出来る貴重なチャンスを、今、与えられておるのじゃ。どうか、全ての経験を魂の糧にして、見事、人生を生き抜いた後、こちらの世界に又帰ってきなさい。
     ちなみに、わしも人間の苦しみや悲しみを理解するため、かつて人間として生まれたことがあるのじゃぞ。大坂は天満で暮らしておった。その時の名は、寅五郎。
    そやから、大坂弁は得意なんやで。ほな、皆さん、地上での健闘を祈ってまっせ。


    第7章 極楽に到着の巻(前編)

    一行が、鬼の後に付いていくと、大きなエレベーターが見えて参りました。

    案内の鬼「これが、極楽行きのエレベーターじゃ。これから皆に、それぞれが

         何階で降りるかを書いた紙を渡すから、順番に並べ。ほれ、一番目

              の男は四階じゃ。次も四階、次の女は五階じゃ。次も四階、次も四     

              階と・・おお今日は珍しい、直接六階に行く者がおるのう。」

    紙を渡された者が次々に乗り込みますと、本当に美しいエレベーターガールがおります。羽衣のような着物をまとった姿は、まるで天女のよう・・

     ガール「本日は、極楽にようこそお越し下さいました。地上での人生、誠に

           お疲れ様でございました。まず、最初は四階に参ります。」

    しばらくの間、スーッと上がっていったかと思うと、扉が開きました。

     ガール「地上と、ほとんど変わらないフロア、四階でございます。」

    そこで、十人ほどの人が降りました。外では、出迎えの家族やら友人やらが待ちかまえておりました。「お前、良く来たねえ。」とか言いながら、再会を喜び合っております。楽左右衛門が、ふとエレベーターの壁を見ると、注意書きとして張り紙がしてあります。


       極楽で気持ちよく過ごすための注意

             一、怒らぬこと。

             一、妬まぬこと。

             一、人のものを盗まぬこと。

             一、他人には優しく接すること。

          一、毎日の反省を怠らぬこと。

             一、ありがとうを忘れないこと



    「極楽では、怒ってはいかんのか。どうしてじゃろう?」

    と楽左右衛門が不思議に思いながら、貼り紙を読んでいる間に、

     ガール「お後は、ございませんか?それでは五階に参ります。

         扉に、ご注意下さいませ。」

    扉が閉まり、また、スーッと上がってゆきました。

     ガール「自然と善人に溢れたフロア、五階でございます。」

       楽「あれ、どこで降りるんじゃったかのう。

         まあ、この辺りで降りるとしよう。そうそう、ありがとうじゃったな。

         お姉さん、ありがとう。」



    一歩外に出ると、そこは見渡す限りの田や畑。遠くには、のどかな山々が広がっており、どこからか鶏や牛の鳴き声が聞こえてきます。小川のせせらぎ、小鳥のさえずりも相まって、まるで天然の環境音楽にひたっているかのようです。上空には、地上のものよりもずっとでかい太陽が輝いております。この太陽を眺めていると、楽左右衛門の心は安らいできて、うっとりしながら、田んぼの一本道を歩いていったのでございます。すると、向こうから中年の男がやってきました。

     村人1「おお、これは新しく来たお方だべ。よう、おこしやす。

         おいどんは、この近くに住む亀吉だぁ。ほうじゃ

         ご挨拶の印に、このなすびを差し上げますばい。

         こぎゃんとできたき、食べてみんさい。」

       楽「おっとっと、これは又大きななすびじゃのう。抱き枕に出来るく

          らいじゃ。」

      村人1「わしが丹精込めて作りましたきに。ちょっと旅行などして手入れ

         せんと、ネズミくらいの大きさにしか育たないっぺ。

         作物の大きさは、わしがどれほど念いを込めたかで、大きくなった

         り、小さくなったりするんどすえ。」

       楽「さっきから聞いていると、何やら方言がコロコロ変わる人じゃな。

         一体どこの出身ですか?」

     村人1「わしの、おっとうは土佐の生まれで、おっかあは津軽じゃ。

         おとうが旅芸人じゃったからさぁ、津軽でおっかあと知り合って

         わしが生まれただがね。じゃけん、わしもガキの頃からいろんな

         土地を回ったやおまへんか。今も時々、おとうと旅周りやりゅうよ。

         したばって、それ以外の時は、ここで田畑を耕して暮らしていると   

         いう訳でんねん。ああ茶店じゃったな。あの一本松の向こうに

         見えるっしょ?」

       楽「極楽に来て早々、頭が混乱してきたわ。えらい土産をもらった

         ものじゃ。一本松じゃな。あったあった。

         江戸時代は、サテンではなく、チャミセと言うのじゃ。ここに、

         もらった饅頭もある。茶を飲みながら一休みするとしよう。」

    と歩き始めたと思ったら、もう目の前に茶店が現れました。


                     (第7章 続く)

    和尚様による第7章の解説(極楽の階層について)

    この落語ではエレベーターで上下するというように表現しているが、実は、極楽にも地獄にも階層がある事を象徴的に表現しているのじゃ。皆が皆、エレベーターで行くとは限らぬ。極楽へは、縁の深い者に手を引かれて空を飛び、連れていってもらう場合が多い。どこの階に住むかを決める条件は、もちろん生前の所行もあるが、本人の心がどれほど地上への執着や地獄的な思いから解放され、軽くなっているかによるのじゃ。心から、どのような波長の念を出しているかの違いと言っても良い。地獄に行く者は、生きていた時に心に付着した垢が多く、又、心の波長も荒いので、比重が重くて沈んでゆくのだと言える。
     反対に、極楽も、心に抱く愛の質と量で住む世界が分かれている。四階五階・・はあくまでもたとえなので、「階」を「次元」という言葉で置き換えて説明すると、あの世は次のような階層に分かれている。

           四次元幽界・・まだ霊としての自覚が少なく地上で生活
                    している気持ちでいる方が多い(最下層に地獄を含む)
           五次元善人界・・生前、善人としての一生を終えた心清
                     い人々が多い。「ありがとう!」が口癖。
            六次元神界・・信仰を持ち仏法真理を学びつつ、高度な
                    技術などを修得し、人々の先生役となったり、
                    各界のリーダー的な人物が多い。
            七次元菩薩界・・信仰を持ち仏法真理を学びつつ、利他
                     の思いで人助けの一生を終えた者が多い。
            八次元如来界・・九次元の方々に代わって「仏とは何か?」を人々に教育し、
                     時代精神となる方々が多い。
            九次元宇宙界・・釈迦やキリスト、孔子等、世界宗教の祖となられた方々の世界。
                     光のみ念のみの存在で、人間の姿を取っていない。


    もちろん、エレベーターで自由に行き来できるものではなく、自分の心境を上げない事には、上の階(次元)に行けないのがあの世の決まり事だ。
     ただし、これもたとえで言うなら、地下(地獄)は五階、地上(極楽)は五〇階くらいの比率じゃから、地獄など、超高層ビルの地下街のようなものじゃ。恐れる必要はないが、思いは瞬時に通じるから、マイナスの思いを持てば、地獄の住人に即刻通じてしまう。現代の言葉で言うなら、ラジオの周波数を合わせれば、その音声が入ってくるのと同じ原理じゃな。じゃから、心を統御する力が大切なんじゃ。心が人間が何度もこの世に生まれてくるのは、その度に少しづつでも心境を上げて、上の階(次元)へと昇っていくためでもあるのじゃぞ。

    (参考図書)
        永遠の法、太陽の法を読めば、あの世の階層構造がよくわかります。映画「永遠の法」では、あの世の
        世界が素晴らしい映像で見られますよ(支部などで、映画のDVDをお求めください)御法話「死後の生活」
        でも詳細がわかります。  


     

    第7章 極楽に到着の巻(後編)

      楽「えらい早く着いたなあ。もうし、亭主はおるか?」

     婆さん「亭主はおらぬが、ババならおりますぞ。何のご用ですか?」

       楽「茶を一服、所望したい。」

     婆さん「ハイハイ、はて、お武家様は、この当たりでは見かけぬ顔じゃな。」

       楽「拙者は、坂田楽左右衛門と申す。今日、ここに参ったところじゃ。

         このような紙を渡されて、エレベーターに乗って・・あれれ、

         この紙には四階と書いておるなあ。どうしよう。まあ、いいか。

         今更引き返すわけにも行かないし・・」

     婆さん「行き先を間違えたんでっか?次のエレベーターが通るまでまだ

         大分、間がありまっせ。せっかく来られたのじゃから、ゆっくり

         してゆきなされ。初めてここに来られた方には、ウエルカムドリ

         ンクに、ウエルカムマッサージ付きでサービスしてまっさかいに・・」

       楽「何ですか、その、ウエルカム何とか・・と言うのは?」

     婆さん「ウエルカムちゅうのは、ようこそいらっしゃいました、つまり熱烈

         歓迎の意味ですな。ドリンクは飲み物ですわ。そやから今日のお茶

         は無料サービスですねん。2それから、ウエルカムマッサージ

         ちゅうのは、旅の疲れを癒す按摩も無料でしますよという意味です。

         これ全部、英語ですわ。はい、お待っとうさんです。ウエルカムド

         リンクのお茶でっせ。ついでに、団子は要りまへんか?」

       楽「ここに、合格饅頭があるから結構じゃ。すまんのう。」

     婆さん「そうでっしゃろなあ。そやから、閻魔様のお裁きのあった日は売り

         上げサッパリですねん。でも、こうやって極楽に来てくれはる人が

         居るのは嬉しいことですわ。エレベーターから誰も降りてきいへん

         かったら、寂しいでっさかいなあ。

         ところで、そのお茶、合格饅頭によう合いますやろ。みなさん、

         そう言いはりますわ。普段は安い煎茶やけど、ウエルカムドリンク

         だけは、宇治の玉露使うてますねん。あ、そうそう。按摩は、うち

         の息子にさせますよって・・おーい、弥太郎、お客さんじゃー。」

     弥太郎「へーい、ようお越しやす。ほな、始めまっせ。

         モミモミ、ナデナデ・・どうでっか?」

       楽「あぁ、いい具合。いい具合。ほんに極楽じゃ。」

     弥太郎「こちらの世界では、自分の思うている事が、隠せまへんねん。

         そやから、面倒くさいなぁ思いながらやってると、すぐに相手にわ

         かりますねんで。地上では、それでも凝りが取れるかも知れまへん

         が、こちらでは、相手が楽になればええなあと思うた気持ちが大き

         いほど楽になりますねん。3」

       楽「そうか。と言うことは、こんなに気持ちが良いのは、弥太郎さんが、

         心を込めて揉んで下さっているという事じゃな。」

     弥太郎「へえ、そうですねん。けど、あまりきつく揉んでも、手が相手の

         体をすり抜けてしまいますから、楽になあれと思いながら、

         そーっと撫でているんでっせ。」

     婆さん「旅の疲れは取れましたか?体の疲れには、按摩も良いが、お天道様

         に手を合わせて、光を浴びるのが一番じゃ。

         わしなど、仕事の合間に、よう拝んどるよ。楽左右衛門さんも、

         一度やって見なされ。」

       楽「ほんに、体中に力が沸いてくるようじゃなあ。」

     婆さん「ところで、楽左右衛門さん、家はあるんかね?」

       楽「いや、今日、極楽に着いたばかりじゃからのう。」

     婆さん「ほな、しばらく店の奥を、使いなされ。こちらの人間は、肉体も

         ないし、何より夜がありませんから、眠る必要などないんですが、

         でも、ちょっと横になろかなあという気持ちになるでしょうしね

         まあ、時々、店番しててくれはったら、下宿代は要りまへ

         ん。それから、こちらでは、ものを食べなくても、水を飲まなくて

         も生きていけますからな。そやから、朝食・夕食は付きまへんで。

         ご近所の皆さんは、自分の仕事の合間に

         『ちょっと、お茶飲みながら話でもしよか』言うて、ここに集まっ

         て、店先で、ようしゃべってはりますわ。楽左右衛門さんも、我

         が家にいるような感じで、リラックスして過ごしておくれやす。」

       楽「婆さん、重ね重ねのご親切、かたじけないのう。」

    という事で、楽左右衛門、極楽到着早々、いたれり尽くせりの歓迎を受けたのでございました。


                               (第7章 完)

    第8章 極楽での毎日の巻

     しばらく、茶店の奥で休ませてもらった楽左右衛門、あくびをしながら店先に出て見ると、見慣れぬ姿をした客が座っております。と、奥から、婆さんが出て参りました。
      婆さん「ウエルカム。ウエルカム。何しまひょ。えー、ドリンクね。」
    アメリカ人「オー カフェ ウッドゥ ビイ ナイス。」
      婆さん「コーヒーないね。お茶と団子とお汁粉だけよ。オッケー?」
    アメリカ人「オ、シルコ?アイ アム マルコ イッツ マイ ネーム。
           シルコ イズ マイ グランドファーザーズ ネーム!」
        楽「婆さん、さっきから何を言うておるのじゃ。」
      婆さん「あぁ、楽左右衛門さん、お目覚めでっか?実は、英語ちゅうもん
          を話しておったんじゃ。最近では、こちらでも国際交流とやらが
          始まりまして、外国からも、たくさん観光客が来はりますねん。
          そやから、あちこちの茶店の婆さん連中で、毎週、英会話教室に
          通ってますねん。それから、外国の方はハイカラなもんを注文し
          はりますよって、こんど、村の集会所でコーヒーの入れ方やら、
          ケーキの作り方やらを習おう思うてますねんで。茶店と言えども、
          経営マインドは大切やさかいなぁ。」
    すると、楽左右衛門、後ろから、声を掛けられました。
    アメリカ人「ハーイ、オサムライサン。ハウ アー ユウ ドウイング?」
        楽「???へえ、おおきに、まいど、もうかりまっか?ぼちぼちでん
          なあ。」
      婆さん「楽左右衛門さん、うろたえて大坂弁使うてはりますわ。あのねえ、
          ほんまは、こちらでは言葉なしで、気持ちが通じますねん。相手
          の考えが直接心に伝わってきますから、別に英会話教室に行かん
          でもええんですけど、皆に会えるのは楽しいし、やっぱり人間は、
          一生勉強せんとあきまへんからなあ。」
        楽「そうか、日本語でしゃべっても伝わるんじゃな。」
    アメリカ人「ハジメマシテ。ワタシ ニッポン ダイスキな イタリア系
           アメリカ人ネ。」
        楽「ほんに、日本語で気持ちが伝わってくるのう。」
    アメリカ人「ニッポンノサムライ ワタシ シャシンニ トリタカッタデス。
           ヨロシイデスカ?」
        楽「何をするのじゃ?」
    アメリカ人「コノ キャーメラ デ アナタノ スガタ トリタイデス。」
        楽「キャラメル?とな。」
    アメリカ人「ノーッ。キャーメラ デス。」
        楽「はあ?ガメラとな?」
    アメリカ人「ノーーーーーーッ。アナタ ワタシヲ オチョクッテマスカ?
          ガメラ対ゴジラ デハ アリマセン。ハイ、リピート キャーメ 
          ラ!」
        楽「カメラ(日本語風に)」
    アメリカ人「ソウソウ モウチョイネ。キャーメラ ワンスモア。」
        楽「キャーメラ(やっと英語風に)」
    アメリカ人「グッド! ワンダフル! ヨク イエマシタネ。」
        楽「で、どうするんじゃ?」
    アメリカ人「コノ キャーメラデ アナタ トリマス。」
        楽「捕る?わしを捕まえて、この箱の中へ入れると言うのか!!」
    アメリカ人「トンデモアリマセン。カシャット オトガシタラ アナタノ 
          スガタ ココカラ デテキマス。」
        楽「?????????」
    アメリカ人「ウーン、ワカラナイ ヒト デスネ。デハ イチド タメシテミ
          マショウ。カシャッ!ジーッ」
        楽「うーん、何やら紙のようなものが出てきたぞ。うーん?わしと
          そっくりのやつが、いるではないか?」
    アメリカ人「ソウデス。コレガ シャシント イウモノデス。ワッカリマシタカ?」
        楽「ほーっ、不思議な箱じゃのう。中に小人が居て絵を描いておるの
          かのう?」
      婆さん「外国の方はあぁやって、富士山や芸者、サクラなどの写真を撮り
           まくってはりますねん。この間も別の観光客に見せてもらいましたわ。」
        楽「こちらにも、富士山があるのか?」
      婆さん「地上にあるもんは、たいがい揃ってますわ。」
        楽「芸者もいるのか。後で、婆さんに内緒で探しに行くとしよう。」
      婆さん「何か、言いはりましたか?」
        楽「いや、何でもない。何でもない。ところで、あなたは、どうして日本に
          来たのですか?」
    アメリカ人「ヨクゾ キイテ クダサイマシタ。(以下漢字交じりで書きます)
          私、母を捜しています。マミーね。自己紹介遅れましたが、私の名前はマルコね。
          コが付くけど男よ。実は、パパとママ、私が赤ちゃんの時に別れちゃったのよ。
          それで、私、おばあちゃんに育てられました。おばあちゃん優しかったよ。
          でもね。『いつも、あなたの事、神様見ているよ。だから悪い事しちゃ駄目ね。
          それから、お友達には親切にしなさいよ。』と言って育ててくれました。
          だから私、素直に育って、とても幸せな人生を送りました。
          今でも、おばあちゃんに感謝しています。私、この間死んで、おばあちゃんに
          再会しました。とても嬉しかったです。でも、マミーには、会えませんでした。
          おばあちゃんよく言ってました。
         『あなたのマミーは、日本が大好きで、浮世絵の版画をよく集めていたわ。』と。
          だから、日本に行けば、マミーが居るかも知れないと思ってここまでやってきました。」
        楽「なるほど、祖母や母を慕う気持ちは、万国共通なのじゃなあ。
          『十億の人に十億の母あるも、我が母に勝る母あらめやも』※1 という和歌があったのう。
          そういえば、母上もあれから、どうされたのじゃろう。グスン。」
    アメリカ人「それにしても、ニッポン、素敵ですね。富士山、美しいです。
          芸者さん、きれいです。」
        楽「そうじゃろう、そうじゃろう。特に芸者は、何とも言えんじゃろう。アメリカ人でも
          日本人でも、美しさを感じる心は、同じなのじゃなあ。※2」
    アメリカ人「ここに、富士山と芸者さんの写真、たくさんあります。見てください。
           好きなのを、差し上げます。」
        楽「わしは、やはりこの芸者の写真が良いのう。三途の川を渡る時、捨ててしもうて、
          何やら懐がさびしかったのじゃ。」
    アメリカ人「どうぞ。どうぞ。この芸者さん綺麗でしょう?」
        楽「かたじけない。や、やっぱり、こちらの芸者は足がないのう。
          着物の裾が、すーっと尻すぼみになっておるわ。なるほど、こちらに来ると
          脚線美を競う事が出来ぬのう。とすると、着物の裾の流れ具合で美しさを競うのかのう? ※3」
    アメリカ人「何をごちゃごちゃ、言うているのですか?私、又、マミーを探しに旅に出ます。
           さよなら、シーユー(See you)。」
        楽「無事に会えるよう、わしも祈っておるぞ。」
    アメリカ人「アリガトネ。サンキス。グラッツエ、メルシー。ダンケ・シェーン。謝謝
           カムサハムニダ。オブリガード。グラシアス。スパシーバ。ウェバレニョ。
           お婆ちゃん、美味しかったよ。アリガトウ。」
    アメリカ人は、リュックを背負って、立ち去ってゆきました。

      婆さん「こちらの世界では、生前の顔かたちや脚線美など、全く通用しないんでっせ。
           やっぱり、心根の美しさが、表面に直接現れてくるんですわ。反対に、
           花形花魁と言われた方でも、嫉妬で悶え苦しんだ人生を送ると、生前の面影
           すらなく、暗い世界で醜い姿になってしまっていると聞いてまっせ。※4」
            楽「それは便利!地上では色香にだまされ痛い目をするからのう。」
      婆さん「そうそう、楽左右衛門さん、その経帷子(きょうかたびら)のままでは、味も
           素っ気もおまへんから、この先の呉服屋でこましな着物を買うてきなはれ。」
            楽「買いたいのはやまやまじゃが、六文しか持っておらんのじゃ。
           渡し船に乗れなかったから、そのまま持ってきてしもうたわ。」
      婆さん「まだ持ってなはったんかいな。早う捨てなはれ。ここらの商店街では代金は要りまへん。
           心から『ありがとう』という念を置いてきたらええんですわ。
           もうちょっと上の世界に行けば、着物の柄を格子にしようとか、縞模様に変えて
           気分転換しようとか、自分の念の力で変えられるそうじゃが、わしらは、まだそこまで
           力がないから、店に買いにゆくんじゃ。」
         楽「ほほー、こちらにも、いろんな店が揃うておるのじゃな。楽しみな事じゃ。
          本屋もあるのかのう。源平合戦の話を途中まで読んでたのじゃが、死んでしもうた
          からのう。」 
      婆さん「さあ、そういう戦記物はありますかな。ここらの人は平和な読物がお好きやさかい、
          取り寄せんとあかんのと違いますやろか?店の主人に、
           『そないな怖い本は、うちでは扱いまへん』
          て、怒られるかも知れまへんけど・・それから、ホラーもんなんかは、四階の下の方の
          本屋まで行かんと、きっと置いてまへんで。大体、この辺りの人は、そういうの読まへん
          よってなぁ。」
            楽「ほらもん?嘘ばっかりついてる、ホラ吹きの本か?」
        婆さん「こら、うっかりして、また英語を使うてしまいましたわ。
          えらいすんまへん。そうそう、店出る時には立ち読みだけしても、必ず『ありがとう』の
          気持ちは置いていきなはれや。これ極楽の常識ね。感謝の気持ちは、自分も相手も
          気持ちようなりまっさかいなぁ。」
        楽「そうですか。それでは、ちょっと散歩がてら行ってきます。」
      婆さん「空を飛んで行くこともできまっせ・・まだ怖いようやったら、歩いて行きなされ。
          それから霊界学校への入学手続きも、せんとあきまへんなぁ。もうちょっとしたら、
          係りの先生がやってくるはずですわ。」
    ということで、楽左右衛門、商店街をひやかしたり、芝居見物に出かけたり、芸者を探しに行ったり、婆さんが英会話教室に行く間は、慣れないながらも店番をしたり、霊界学校に通ったりと、楽しい時間を過ごしたのでございます。
                             (第8章 完)

    和尚様による第8章の解説(あの世とこの世の違い)

     この章では、あの世では言葉を介さず気持ちが直接伝わるという事、そして、時代が離れている人でも、会って話が出来る事を描いておった。死んだおばあちゃんに会える、そのおばあちゃんは、その又おじいちゃんに会える・・という具合に順々に会えるという事は、いろんな時代に生きた人が、同じ空間で生活しているという事なのじゃ。それで楽左右衛門とアメリカ人が、こうやって一緒に話をする事ができる。実際にカメラが登場するのは、地上が一九世紀に変わってからの事じゃが、落語の話と思って聞いておいていただきたい。
     ただし、言葉を介さずに意志が通じると言っても、自分の知識の中に全くない事物や概念の話は、わからない。たとえば、現代の人々が、未来の先端技術の説明をされてもピンとこないじゃろう。同様に、楽左右衛門がキャラメルやらガメラやら、とんちんかんな事を言うておったのは、発音が出来ないというよりカメラの構造や働きが、さっぱり理解できていなかったからじゃ。茶店の婆さんのように新しい事をどんどん取り入れる者あり、自分の生きた時代で意識が止まっている者あり。同時代に生きた人でもいろんな人がいる。
     また、このアメリカ人のように「是非とも日本へ!」と思わない限り、大抵の人は、それぞれの国の上空にある霊界に住んでおる。七、八章は、極楽の中でも、日本の上空の五階(五次元と呼ばれる)の人々の生活を描写しているが、全世界的に五次元の人々は本当に善良で親切じゃ。あの世の構造や神仏についての深い知識はなくとも信心深い。あの世のお天道様に手を合わせるのも、それが自分たちにエネルギーを与えて下さっている事を知っているからじゃ。「人間は生かされて生きている」事を、こうやって学んでおるのじゃな。 それに対して、四階(四次元)の人々は、自分が霊である事が十分に理解できず、地上で生きていた時と同じような生活様式で過ごしている人が多い。いずれにしても、極楽では気心の知れた者とばかり生活する故、あつれきもない代わりに、魂の向上も少なくなる。それで、何百年かごとに、地上に生まれてくるというわけじゃ。ただし、地獄にいる者は、反省の後、最低限四階の天国まで上がらねば、赤ん坊として地上に生まれる事は出来ぬぞ。

                    (参考)新・神霊界入門、御法話「死後の生活」

    第9章 楽左衛門、堕地獄の巻

    地上との違いにびっくりしたり、感心したりして過ごしていた楽左右衛門、ふと六兵衛の事を思い出しました。
       楽「六兵衛のやつ、今頃どうしておるのじゃろう。わしは、こうやって
         極楽トンボのように暮らしておるが、六兵衛は、鬼に責め立てられ
         ておるのではなかろうか?鬼をも笑わしてやると言っておったが、
         地獄の鬼は、そう簡単に笑うじゃろうか?心配な事よのう。」
    おもしろおかしく暮らしておった楽左右衛門、ここのところ浮かぬ顔をしております。
       楽「そうじゃ、一度様子を見に行こう。でも、どうやったら地獄に行けるのかのう。
         そうじゃ、婆さんに聞けば、わかるかも知れぬ。
         おぉい、婆さんや。地獄へは、どうやったら行けるか教えてくれんか?
         実は、わしの親友が今、地獄におるのじゃが、どうしても会いたいのじゃ。」
     婆さん「これはまた、急に何ですか?百年ほど、ここで茶店をやっておるが、
          こんな事を聞く人は初めてじゃ。もしかして、お友達を助けにでも行こうと
          思うておられるんですか?」
       楽「六兵衛と言うのじゃが、桜の木の下で、兄弟の契りを交わした仲なんじゃ。
         困った時は、互いに助け合おうとな・・」
     婆さん「そうでしたか。それではご心配な事でしょう。地獄へ行く方法ねぇ。
          あぁ、そう言えば、この店の先代の婆様から、こんな話を聞いた事がおますわ。
         昔昔の事、ある奥方が、地獄にいるご主人にどうしても会いたいと、この村の
         庄屋様に頼み込んだ事があったそうじゃ。 その庄屋様は
        『ならば、悔しかったことを思い出したり、憎っくき相手の顔を思い浮かべて、
         怒りの思いで心を満たすのじゃ。そうすれば、そなたの立っておる地面は割れ、
         真っ逆様に地獄に堕ちて行く事ができるぞ。』と教えたそうな。すると、その奥方、
         とうの昔に忘れておったが、姑にいびられた事をひとつひとつ思い出して、
         怒り心頭に発した途端、地面がパカーンと割れて、やっと地獄に行く事ができた
         そうじゃ。いやあ、目出度し、目出度し・・」
       楽「なるほど、怒りの心を持てば、良いのじゃな。」
     婆さん「憎たらしいと思った出来事はないですかな。」
       楽「あるある。あれは、わしが十歳で、弟が八歳の夏じゃった。わしが後で食べようと、
         残しておいたスイカを弟に食べられた事があった。あの時は、頭どついたろか思うたのう。」
     婆さん「地面割れまへんなあ。もっと強烈に、人に憎しみを抱いた事はないんでっか?」
       楽「あるある。あれは、わしが七歳で、弟が五歳の冬じゃった。わしが折角作った
         雪だるまを、弟がつぶしてしもうたのじゃ。あの時は、悔しかったのう。」
     婆さん「あんさん、幸せなお方でんなあ。もっと他にないんかいな。
         まだ地面割れまへんで。」
       楽「他にと言われても・・・あ、そうじゃ、あれは八歳の春の事、友達が『この卵、暖めてたら
         ヒナが生まれるぞ』と言うから、お湯に入れて暖めてたんじゃが、なかなか生まれない。
         変じゃのうと割ってみたら、ゆで卵だったんじゃ。それで、その友達に
         『おぬし、わしに、ゆで卵を渡したなあ!』と、文句を言うてやった。
         あの時はメチャメチャ腹が立ったぞ。」
     婆さん「あのねえ、あんさん、そら、暖め過ぎて固まったんですがな。
         あきれて、ものも言えまへんわ。しゃあない。ほな、わしが手伝ってあげまひょ。
         ポカッ!」
       楽「あっ、痛い。急に何をするんじゃ。武士の頭を殴るとは無礼な・・」
    と、言い終わらない内に、楽左右衛門、割れた地面の裂け目から、ストーンと真っ逆様に、落ちてゆきました。
    (※1)
    両耳に、ピューッと風を切る音が聞こえてきます。どれほどの時間が立ったのでしょうか。気が付けば、当たりは薄暗く、葉っぱのない木が不気味に立っている風景がぼんやりと見えます。
       楽「ここは一体、どこだろう。六兵衛は、ここにいるのじゃろうか?」
    六兵衛を探して、しばらく歩いて行くと、楽左右衛門が、関ヶ原の戦いで見たのと全く同じ風景が見えてきました。人々が刀で斬り合っているのです。
       楽「ややっ、あれは、わしが戦の最中に最後を看取った、平右衛門ではないか。
         まだこんなところで、戦をやっておるのか!」
     お坊様「ここは、阿修羅地獄と言うてな、生前、闘争と破壊の思いで生きた者が行く地獄じゃ。
          戦が終わったのに、心の中ではまだ攻撃や恐怖の思いが続いているゆえ、
          このようなところにおらねばならぬ。気の毒な事よのう。」
    と、突然、声を掛けられました。
       楽「これは、お坊様。あの者は、わしの友達なのじゃ。小さい時にゆで卵をくれた・・
         いやいや、あれはわしの勘違いじゃった。
         何とか、ここから救う方法はないのかのう。」
     お坊様「それは、本人が、もうこんな戦いは嫌じゃ、と飽きてしまわぬ事には、極楽へは
          行けぬのじゃ。それまでの間、何十年も何百年も、ああやって戦いを続けねば
          ならぬ。こういう戦でなくとも、政治闘争や労働争議などに明け暮れた者、
          言葉で他人を傷付けた者なども、数多くここにおるのじゃ。ほれ、あの者は、
          冗談屋という出版元におった瓦版記者じゃ。瓦版に歌舞伎役者と、奥女中の
          密会の様子を載せたり、もらってもいない賄賂を受け取ったかのように書いて、
          老中を辞職に追い込んだり、言葉の力を悪用して他人を不幸にしたゆえ、地獄で
          苦しんでおるのじゃ。
          あちらには、死んでもまだ憎しみ合って夫婦げんかをしている者たちもおるぞ。」
       楽「そうですか。わしも一歩間違えれば、ここに来たかも知れぬのう。
                そうじゃ、お坊様。わしは、六兵衛と言う友達を探しておるのじゃが、どこにいるか
          おわかりになりませぬか?」
     お坊様「はて、どのような生涯を送った者じゃな?」
       楽「あのお、ちょっと鼻の下は長いんじゃが、根はいいやつじゃ。
         最後は、心中する前にフグに当たって死んでしもうたが・・」
     お坊様「ふむふむ。ならば、血の池地獄を探して見られるが良い。別名、色情地獄と
          言うてな、男女の道を踏みはずした者が行くところじゃ。」
        楽「そこに行くには、どうしたら良いのじゃ。」
     お坊様「一番簡単な方法は、おなごの事で心を一杯にする事じゃ。この世界は、波長同通の
          法則が働いておって、同じ思いを持つ者同士が集められておるのじゃ。
          従って、思いに応じて様々な地獄がある。
          しかし、地獄は、生前の所行の罰で送られるというよりも、本人の心の中で思った事が、
          あたかも現実のように目の前に展開し、自らを苦しめているという方が真実に近い。
          たとえば、前から歩いて来る人が何か自分に危害を加えるのではと想像し、身構えた
          とするじゃろう。地上では、何事もなしに通り過ぎて、取り越し苦労に終わるが、
          こちらの世界では、想像した途端に相手に襲いかかられる幻想に苦しむのじゃ。
          思いが即実現する、ある意味では恐ろしい世界なのじゃ。
          そういう厄介な心の癖は地上で生きている内に直しておかぬと、こちらの世界に
          来てからでは、なかなか修正しにくいのじゃ。
          しかし、地上で修正を促す手助けをしてくれる人や出来事が現れても、大抵の人は、
          それを嫌な事としか受け取らぬがのう。
          反対に、極楽にいる者たちは、いつも善良で幸福なイメージを心に描いているから、
          極楽に住める。とは言っても、地獄的な心を持った途端に周りの風景が一変するのじゃ。
          また反省して心が変われば、元の世界に戻れるがのう。
          お前さんが、ここにおるのも、怒りの心を持ったからじゃろう。」
       楽「そうなんじゃ。茶店の婆さんに頭を叩かれてのう、怒った途端に、
         地面が割れて、最初に落ち着いた先がここじゃった。」
     お坊様「しかし、今のお前さんの顔を見ていると、地獄の住人になり切るのは無理があるかも
          しれぬのう。六兵衛とやらを見つけたら、早々に極楽に戻りなされ。もう少ししたら、
         あそこの乗り場に、エレベーターが来るから、係りの者に、『血の池地獄をお願いします。』
         と頼めば、そこまで連れて行ってくれるじゃろう。
         乗っている客に、からまれぬよう、道中気を付けてな。」
       楽「ありがとうございます。ご親切、一生忘れません。」
    と、礼を言うとエレベーター乗り場へと急ぎました。
     お坊様「生前、楽左右衛門の守護をしておったが、いつも向こう見ずな男じゃった。
          その上、おなごと見ればすぐフラフラ付いてゆくし・・
          もう、どれだけ苦労した事か・・今回も地獄に生身で行こうとするので、
          心配して付いてきたのじゃ。こちらに来てすぐの者は、地獄巡りなど危険じゃからな。
          又、そうっと後を付けていこう。」

                     (第9章 完)

    楽さんの守護霊からもひとこと

     私は、楽左右衛門の守護をしておった僧、楽珍と申す。と言っても、これは、鎌倉時代に寺の小僧をしていた頃の名である。守護霊の役目は、心身の安全を守るのと、生まれる前に本人が立てた人生計画に沿って生きられるように助力をする事だ。今回は、戦国の世。いつ死ぬやも知れぬ身とて、結婚相手は決めずに生まれたのに、楽左右衛門は、おなごと見れば、すぐメロメロになるので困り申した。
     また、関ヶ原の戦いの際は、「そちらに進めば、敵が待ち伏せしている」と、注意を送ったのに、戦闘の思いで一杯で、心に届かず守りきれなかったのだ。守護霊という制度が出来てより一億年余りになるそうだが、地上の人が心正しく生きているか、煩悩に捕らわれているかで、守護出来る程度に差が出るのは今も昔も変わらない。何故なら、守護霊のささやきは、心清らかでなければ、受け取れないからだ。

     それから、あなた方は「あの人と結婚したかったのに・・」とか「あの会社に就職したかったのに・・」とか、人生の途上で不本意な結果に出会う事もあろう。もちろん、本人の中に何か改めるべき問題点があった場合もあるが、人生計画と違う相手である時には、守護霊同士が話し合って自己実現を妨げる事も多い。本当に縁がある相手・仕事に巡り合わせるために、我らも涙を呑んでおるのだ。じゃから、決して相手を恨むでないぞ。
     しかし現代は、自分の気持ちを押し通そうとする自我の強い人が多い。やはり、ある程度神仏に託す気持ちで、与えられた相手や環境の中で最善を尽くそうという気持ちが大切だと考える。
     とは言っても本来は、あなた方の努力に応じて助力を惜しまず、働いているのだぞ。たとえば、営業マンなら、新規の顧客となる家に自然と足が向くよう導いたり、学者なら新たな発見発明のためにひらめきを与えたり・・それぞれの立場に合った助言をしているのだ。どうか、心を澄ませて、胸の中心から響いてくる声に注意を払っていただきたい
     ただし、耳から聞こえてくるような感じの声は、要注意だ。それは、守護霊ではなく、他のしばしば悪意を持った霊存在であるからだ。じゃから、自分の利益のためにではなく、他に良かれと言う思いで生きてほしい。さすれば、悪しき者は近寄れず、守護霊からの助力がどんどん得られ、幸福な人生を送られる。これも又、心の法則のひとつなのだ。

     また、あなた方の中には、苦難の中に身を置いている人もいるだろう。しかし、それがあなた方の魂を磨き、糧となるための苦しみである場合には、それを無理矢理、取り除くことは許されていないのだ。あこや貝が苦しみの末、あの美しい真珠を産み出すように、あなた方がそれぞれの真珠を心の中に創り出した時には、苦しみは去ってゆくのだ。あなた方の守護霊も、その日まで涙を流しながら、側で慰め、応援している事を忘れないでほしい。あなた方は決して、ひとりぼっちではないのだぞ

     現代は昔と違って、「何故、人間はこの世に生まれてくるのか?そして如何に生きるべきか?」という貴重な情報に溢れた幸福な時代だ。我らの時代から比べたら、それだけでも恵まれている。じゃから、苦難に打ちひしがれるだけでなく、仏の教えを始め、古今東西の賢者の智恵を積極的に学んでいただきたいと思っている。それが、自らのみならず、守護霊をも教育し、守護する力を更に向上させる原動力にもなるのだ。心身を守る位は簡単に出来ても、我らには、古い時代の知識しかないからだ。

     ところで、世間では守護霊のとらえ方を誤解しているが、守護霊とは、地上に出ている魂とほぼ同じ性格や好みを有する、霊的にひと続きの存在なのだ。表面意識があなた方だとすれば、潜在意識と呼ばれる部分だとも言える。
     そうじゃな、たとえば右手があなた方としよう。それを上の方から見ながら「そちらに動くと怪我をするよ」などと助言をする頭の部分が守護霊だとも言える。悪い事をしようとした時、良心のささやきが止めたというのも守護霊の働きと言えよう。
     ところが、あの世も信じず、自分勝手な生き方をしていると、腕の神経がしびれて、信号が伝わらないのと同じ状態になるのだ。そうなると、危険を知らせる事も、善導する事もできなくなる。
     ともあれ、あなた方が人生の問題集を見事解ききって、こちらの世界に戻って来た時には、地上での思い出話に花を咲かせたいと、守護霊は楽しみにしているのだぞ。じゃから、どうか地獄に行くような生き方だけはしないでほしい。心の底からお願い申し上げる。


                       (参考図書) 霊的世界の本当の話(大川隆法)

    第10章 六兵衛との再会の巻

    エレベーター乗り場の待合所でしばらく待っておりますと、上の方からエレベーターが降りて参りました。今日の閻魔様のお裁きで、地獄行きを命じられた面々が数名乗っております。盗人風のにいちゃんもいれば、身分の高そうな侍もおります。そして、エレベーターガールはと言うと、六兵衛の予想通り、骸骨・・ではありませんでしたが、青白ーい顔をして見るからに恨めしそうな幽霊のような女です。まあ、ここでは皆、幽霊なんですが・・極楽行きのエレベーターガールとは、天と地ほどの差がございます。楽左右衛門、他の人と目を合わせぬようエレベーターに乗り込み、案内の幽霊のおねえちゃんに、怖々、言いました。
        楽「あのー、すまんが、血の池地獄まで頼む・・」
    案内の幽女「あーいー、恨めしいが、頼みとあれば、行かぬでもない。
          恨めしいが、扉が閉まるから、気を付けなされ。」
    自分も幽霊である楽左右衛門さえ、ぞーっとするような気持ちです。
        楽「はてさて、えらい所に来てしまったものじゃ。しかし、六兵衛を救うためじゃ。
          がんばるぞー。」
    案内の幽女「恨めしいが、血の池地獄に着いたぞよ。早う、降りとくれ。」
        楽「頼まれんでも、すぐ降りるわい。それにしても、いちいち恨めしいが・・を付けんでくれ。
          ほんとに、もう。」

    一歩、外に出ると、生臭いにおいが漂ってきて、ウッと吐き気を催しそうです。
    前に進もうとすると、目の前をコウモリが突然横切ったりして、やっぱり地獄はどこも気味が悪いものです。しばらく歩いていると向こうから女の鬼が五人ほど連れだって歩いてきました。男の鬼よりは心持ち優しそうな感じがしたので、楽左右衛門は勇気を出して聞いてみました。
        楽「あのー、お姉さん方はこの地獄を担当する鬼さんですか?」
        鬼女1「そうよ。今、お昼の休憩時間なの。どうしてそんな事聞くの?」
        楽「いや、あの・・女の鬼さんが大勢で珍しいなあと思って・・」
      鬼女2「こちらでも、女性の社会進出が盛んなのよ。女の鬼さんやなんて呼ばんとってちょうだい!
          OLやのうてJL、ジゴクレディと呼んでよね。ホント失礼しちゃうわ。」
      鬼女3「最近は不倫や援助交際が流行って色情地獄に来る女の人が増えたの。
           だから私たちジゴクレディが増員されたのよ。良心に恥じるような事してたら、
           死んだらその姿をみんなの前で映画にして見せられるってこと知らないのかしら?
           それに女の気持ちは女でしかわからない部分ってあるじゃない?
           たとえば、いつまでも振られた男に執着する人に、そろそろ自分を反省できそうかなあと
           いう頃合いが来たら、私たちがいろんな話して忘れさせる手伝いをするの。
           まあ相談員みたいなものかしら。」
        楽「たとえば、どうするのじゃ?」
      鬼女3「ある女の人がね、生前好きやった、ものすごいハンサムな彼氏をこっちの世界で
           探してんてえ。そしたらロバの姿になって鬼にむち打たれてたんよ。顔は男前でも
           心の中が畜生みたいやったら、こっちの世界では畜生道に落ちるんよ・・とか言う
           話をするの。」
        楽「地獄もいろいろ大変ですなあ。いやあ、ご苦労様です。ところで、もしかして六兵衛と
           いう男をご存じないかのう?」
      鬼女4「六兵衛?新しい人かしら?」
      鬼女2「あの、ちょっと間の抜けた顔した人じゃなあい?」
      鬼女5「じゃぁ、もしかして、さっき鬼を集めて演説してた人?」
        楽「演説?六兵衛のやつ、鬼に国家三百年の計を演説する言うておったから、
          きっとそうじゃ!どこでしておった?教えてくれ。」

    と、楽左右衛門が鬼女たちと話をしている横を、ひとりの男が全速力で走り抜けようとしました。ふと振り向くと、六兵衛ではありませんか!。
        楽「あっ、六兵衛じゃ!こら待て。おーい、六ーーーー」
    その声に、ようやく気付いた男が走るのをやめ、後ろを振り向きました。
      六兵衛「あーーーーーっ、楽さんやないか!どうして、ここに?」
        楽「おぬしの事が心配で、ここまで来たんじゃ。」
      六兵衛「そうか、嬉しいなあ。会いたかったでえ。ウワーン。」
        楽「そんなに、泣かんでも・・それほど辛い目に会っていたのか?」
      六兵衛「そうですねん。閻魔様のお裁きの後、滑り台に乗りましたやろ。
           わて、あわててたから、良う見んと乗って、一番最初に地獄の底まで行って
           しもたんですわ。滑り台の入り口の上に、行き先書いた看板があったのに、
           ほんまに、アホでっしゃろ。そこが、「大阿鼻叫喚地獄(だいあびきょうかんじごく)」
           ちゅうとこでしてん。そこは、父母を殺したり、人々を救う偉いお方を傷つけたり、
           その仕事を邪魔したりした奴が行く地獄ですわ。もう、そこにいるだけで、耳が
           つぶれそうな絶叫でしたわ。でも、わては、そこまで邪悪やないから、なんや、
           水の中に油の粒を落としたら、ふわーっと浮いてきますやろ。そんな感じで、
           体がふわーっと浮いて、どんどん上に上がって行って、次に着いたとこが、昔、
           和尚様に聞いたのとそっくりの、鉄板の並んだ地獄でしたわ。
           キョロキョロ当たりを見回していたら、鬼に捕まってしもて、
           鉄板の上に放り投げられましてん。ここで焼かれたら熱いやろうなあ思うたから、
           前に楽さんに説明したように、鬼に『焼き具合は、ウエルダン(良く焼く)か、
           ミディアム(中くらい)か、レア(生)か』と聞きましてん。そしたら、鬼も食料を自給
          自足せんといかんのか、別の鬼が『このネギの苗、ここさ植えるんだべが?』と
          横から聞きますねん。そしたら、わてを鉄板に乗せた鬼が、
          『そこさ、植えるだ。ウエルダ』言いますねん。
          東北出身の鬼でっしゃろか?もう、わて、びっくりして、鬼が横向いてた隙に逃げ
          出しましたわ。ずーっと、走ってたら、エレベーター乗り場が見えてきて、ちょうど
          エレベーターが着いたところやったから、飛び乗ったんですわ。ハアハア言うてたら、
          エレベーターガールが、『恨めしいが、次は、血の池地獄で停まるぞ。
          いくつかの階を飛び越して特急で行くから早いぞ。』と言いますねん。
          滑り台で降りて正解でしたわ。一緒に乗ってたら、なんや、ぞーっとしまんなあ。
          そやから、特急言うても、時間の立つのが、まあ、ゆっくりなこと。
          まだかーまだかー思てたら、やっと扉が開いてくれて、すぐ飛び出しましたわ。
          気味悪い沼地のようなとこをどれほど歩いたことでっしゃろ。ふと前を見ると、
          男も女もみんな着物も着んと歩いとる。『そんな格好してたら風邪引きまっせ』
          て声掛けたら、ニッと振り向いて、甲子園でもなし、後楽園でもなし、何やったかいな、
          あ、そうそう 『私たち、失楽園にいるのよ。ほっといてんかー』言いまんねん。
          憎たらしいおなごですわ。もうちょっと先に行くと、どろどろの真っ赤な池の中では、
          ぎょうさんの人が、うごめいてるし・・
          すると、突然知らん男が現れて『六兵衛、よう来たな。わしが生前のお前に取り憑いて、
          おなごに狂わせたんじゃ。ワハハハ』と、すごい顔して笑いよる。※1
          えらいとこに来てしもうたなあ、思てたら『お前は、新顔じゃな。』と今度は鬼が追いかけて
          きよる。こら、一ぺん笑かさんとあかんわ思うたから、国家三百年の計を思い付く限り、
          演説しましてん。
         『皆さん、私は、士農工商という身分制度は、良くないと思います。人間の身分は、
          その心境がどれほど清いか、他に良かれと如何に尽くしたかで、決まるんですわ。
         私をこの地獄から出してくれて、自由にしてくれはったら、この身分制度を廃止します。
         それから閻魔はんも、同じ人が百年もせんと、もっと民主的に、鬼さんの人気投票で
         決めんとあかんと思います。あの閻魔はん、癖のある亡者をどんどん地獄に送りこみ
         まっしゃろ?もうちょっと楽しいなる亡者を送ってくれはったらええのに・・そやから
         鬼さんたちメッチャ忙しい思いますねん。そこで、年がら年中忙しい鬼さんのために、
         極楽への慰安旅行をプレゼントしたいと考えてますー。えっ、極楽より琵琶湖か
         田沢湖のほとりでゆっくりしたい?さもなくば、箱根か湯布院で温泉に浸かりたい?
         贅沢やなあ。ほな、今度ご招待しますから、お願い、地獄から出してぇ~~』
         と、鬼へのリップサービスも入れながら、思いつく限りの事を言い始めましたら、
         遠くにいてた鬼まで集まってきて、わての周りを取り巻いて、真剣に聞き始めますねん。
         メモ取っとる鬼もいましたで。それで、わてが『なんで笑わへんの?』と聞きましたら、
         鬼が『最近の亡者は、教育レベルが上がって、罪深い割りには頭が良いから、
         鬼が言い負かされるんじゃ。じゃから、わしらも社会の事をもっと勉強せんと・・
         詳しく教えてくれー。』
          と、金棒持って迫ってきよったから、こら、かなわん思うて、
         『ちょっと待っとくれやす。さっきから感心しながら見てたんですが、あんさん、
         ええもん持ってはりますなあ。その金棒は純金でっか?』て聞きましてん。
         そしたら鬼が『そんな、ええもん閻魔様がくれるか!メッキじゃあ。』と答えよりますから、
         ほんならと『そうでっか、でも、そのミンクのふんどしは、かっこええでんなあ。』と誉めましてん。
         そしたら『これは、虎のふんどしじゃあ。見てわからんかあ』と大きな声でどなりますね。わて
         策が尽き果てて、それーっと走り出しましてん。そうやって一生懸命逃げてたら、楽さんに
         会ったんですわ。地獄の鬼は小手先の智恵では太刀打ちできまへんなあ。ああ、しんど。」
        楽「おぬし、ようしゃべるなあ。まあ、それだけしゃべれれば、
          元気な証拠じゃ。安心したぞ。」
     地獄の鬼「あっ、ここに居たぞ。待てーーっ。」
      六兵衛「さっきの鬼や、楽さん、逃げまひょ。」
    楽左右衛門と六兵衛は、猛スピードで走り始めました。すると、目の前にエレベーターが見えて参りました。さっきの亡者を地下の一番深い階まで届けて、戻ってきたところのようです。そして、上の階の地獄に昇進した亡者を何人か乗せております。幾人かが降り、扉が閉まりかけようと致しました。
      六兵衛「待ってくれーー。わてらも、乗せてくれーー。」
    と、飛び乗ったところで、エレベーターの扉はスーッと閉まりました。
      六兵衛「楽さん、良かったでんな。鬼を振り切りましたわ。ハアハア。」
         楽「これから、どうするのじゃ。」
      六兵衛「もう一度、閻魔様のおられるところまで、連れて行ってもらいまひょ。楽さんを、
           いつまでも、こんな怖いところに置いとかれへん。閻魔様に頼んで、もう一度極楽に
           戻してもらわんと・・」
        楽「六兵衛は、どうするんじゃ。」
      六兵衛「わては、まだ閻魔様のお許しが出てへんから、又地獄に戻りますわ。どこの地獄か
           聞かんと滑り台乗ったから、それも聞かんとあかんし・・おねえちゃん、閻魔様の階
           まで頼んまっさ。」
    随分、長いこと乗っていたような気がしましたが、段々エレベーターの中が明るくなってきました。
    案内の幽女「あーいー。恨めしいが、閻魔様のおられる階じゃ。」
      六兵衛「おおきに。手間かけたな。いや、幽霊ながら良く見れば、なかなか色っぽいやおま
           へんか。おねえちゃん、名前は?いかんいかん、おなごを外見で判断するのは、
           もうこりごりじゃ。」
    などと言いながら、ともかく二人はエレベーターを降りました。

                   (第10章 完)


    和尚様による第10章の解説(地獄について)

    この章で出てきた地獄は、六兵衛が訪れた大阿鼻叫喚地獄と、鉄板で身を焼かれたりする黒縄地獄、血の池地獄(色情地獄)、そして、楽左右衛門が最初に落ちた阿修羅界と、合計四つだが、地獄の種類は他にもたくさんある。平安時代の僧、源信の往生要集などを元にした地獄絵をお寺や博物館で見た人もいるだろうが、じっと見るのもはばかれるような悲惨な姿じゃ。生前、如何に生きるべきかを学ぼうとせず、心の法則を無視した生き方をした者が、今も地獄で苦しんでいる。決して、空想の産物ではないぞ。地獄の種類も、人間のマイナスの思いの数だけあるとも言えるが、餓鬼道、畜生道、等活地獄、衆合地獄、寒冷地獄、焦熱地獄などと名付けられて、昔から分類されてきた。
     しかし地獄も、時代と共に様変わりする。現代では、亡者を責めさいなむ道具が、ライフル銃や電動のこぎり等の機械に変わっていたり、唯物論の医師が脳死段階での臓器移植を推進する会議など、一見、地獄とは思えないような場所もある。脳死は死ではない。第二章に出てきた霊子線が心臓停止後、約一日たって完全に切れてしまうまでは、本当に死んだわけではない。
     脳死段階で臓器を取られた者は、驚きと痛みの余り、あの世に旅立てなくなり、移植した相手に取り付く。人間を肉体のみの存在と勘違いしていた者は、地位や名誉・財産に関わらず、地獄に赴かざるを得んぞ。
     また、仕事や対人関係に疲れたサラリーマンが、土の中の小さな穴に入って、自閉症のようになっている地獄もある。(土中地獄)孤独な心の表れじゃな。あの世では、同じ心の傾向性の人が集められており、互いに相手の醜さに、ほとほと嫌気がさし、我が身を反省するまで苦しむのじゃ。
     中には、現在ただ今が生き地獄だという人もあるじゃろう。それは、自分が悩まされている相手の頑固さ、責める心、愚痴などの欠点が、自分にもないかと教えられているのやも知れぬぞ。反面教師としての地獄は、仏の慈悲でもあると、わしは思う。相手も愛を求めて荒れているのじゃ。まずあなたから、思いやりを示してゆけば状況も変わる。相手を変えようとせず、まず自分を変える努力をした時に起きる奇跡を、どうか体験してくだされ。

    第11章 極楽にて三宝帰依するの巻

    エレベーターから降りてみると、閻魔様がお裁きを終えて退席するところ。
     六兵衛「閻魔様ーーーっ。待っとくれやす。」
      閻魔 「おや、そなたらは、この間、裁きをした者達じゃな。こら六兵衛、そなたの刑期は
          まだ明けておらぬぞ。楽左右衛門も、まだこんなところでウロウロしておったのか!」
      六兵衛「いえ、二人とも閻魔様に言われたように、それぞれ地獄と極楽へ一旦参りました。
         そやけど、楽さんが、わての事が心配で地獄まで助けに来てくれはったんですわ。
         どうか、この楽さんをもう一ぺん極楽まで帰しとくれやすーー。」
      閻魔「なになに?友人を極楽に帰したいとな?それで、そなたは、どうするのじゃ?」
     六兵衛「地獄にも、いろんな地獄がある事がようわかりました。一体、どこの地獄に
          行ったらええのか、ちゃんとお聞きしてから、又戻ります。
          この間は、よう見んと滑り台に乗ってしまったさかい・・」
      閻魔「そなたは、慌て者じゃからなあ。では、この滑り台などどうじゃ。
          そなたが最初に乗ったのよりは短いと思うが・・」 
      六兵衛「まあ、最初に乗った滑り台の長かった事・・まだかーまだかー思うている内に、
          とうとう居眠りしてしまいましたわ。すると突然、ギャー、グアー、助けてくれーちゅう
          絶叫が聞こえてきて、ハッと目が覚めましてん。そやから、もちろん短い方がええ
          でんなあ。ところで、短い言うて、どれくらいかかりますの?」
      閻魔「わしも、正確には測った事はないが、入口で耳を澄ませておれば、最後にカーンと
          いう音が聞こえるんじゃ。おそらく亡者が滑り降りてきたのを待ちかまえて、鬼が
          金棒でバッティング練習しとるんじゃろう。フムフム。三〇分もあれば着くはずじゃ。」
     六兵衛「えらい歓迎の仕方でんなあ。いややわ、そんな痛いとこ。」
      閻魔「それでは、こちらの滑り台はどうかな。最後にグサッと針の山に突き刺さる音がしたら
         到着のサインじゃ。その後、串刺しのまま火であぶられるコースになっておる。
         大体、小一時間かかるじゃろうが、いつグサッと来るか、スリル満点じゃぞ。
         ハハハハ!」
       六兵衛「それも、メッチャ痛うて熱そうやなあ。もっと他にないんでっか。」
        閻魔「痛くないのが良ければ、この血の池地獄行きの滑り台なんかいいと思うがのう。
         最後にドボーンという音が聞こえたら到着!プール遊びの気分じゃな。
         でも一旦飛び込んだら、上に何万人もの人が覆いかぶさっていて、なかなか
         浮かび上がれぬのが特徴じゃ。」
     六兵衛「血の池地獄?いやあ、ついさっきまで居ましたが、もうこりごりですわ。
          地獄にいる女なんか、全然魅力を感じまへんでしたわ。閻魔様、わて
          一番大事にしていたお夏ちゃんのラブレターも捨てました。けど、まだわてに
          何か悪いとこがあるんやったら言うとくんなはれ。閻魔様、どうかもう血の池
          地獄だけは勘弁しとくんなはれ。ウワーン。」
    六兵衛の顔をじーっと見ておりました閻魔様、おもむろに口を開きました。
      閻魔「もう十分に反省したようじゃな。では、地獄に戻らずとも良いぞ。」
     六兵衛「えっ、ほんまでっか?閻魔様!」
      閻魔「それに、そなたは、先日の裁きの時、自らは地獄に行く事が決まっているにも関わらず、
          友を極楽に行かせんと、クイズの答えを耳打ちしたであろう。その心根は十分極楽に
          値する。それから、そなたは、生前、寺の和尚から、よく仏の教えを聞いておった。
          右の耳から聞いて左に抜ける事も多かったがのう・・本来ならば百年ほど地獄に
          いてもらうのだが、いろいろと感心なところも見られるゆえ、もう極楽に行って良いぞ。」
     六兵衛「えっ、閻魔様、知ってはったんですか?」
      閻魔「閻魔の目は、ごまかせぬぞ。ハハハ。これが本当の、『情けは人のためならず』じゃ。
          知っておるか、このことわざ?皆、よく間違えるが、情けは人のためにならぬという
          意味ではない。情けをかければ、回り回って自分の身に返ってくると言う意味なのじゃ。
          楽左右衛門も、友を助けんとするその心、誉めてつかわすぞ。」
      二人「ははーーっ。お情け誠にありがとうございますーー。」
      閻魔「ほれ、あれを見よ。あそこに銀色に光る糸が垂れておろう。
          今度は、あれにつかまって極楽に行くのじゃ。」
       楽「ええっ、今度はエレベーターではないんですか?」
      閻魔「そうじゃ、六兵衛のように、特別に恩赦が出た場合は、ああやって、お釈迦様が、
          救いの糸を垂らして下さるのじゃ。」
     六兵衛「ええっ、それでは、あの糸は、上で、お釈迦様が糸の端を持ってて下さっているのですか?
          えっ、二人も、つかまって大丈夫でっか?いやあ、お釈迦様って、力持ちなんやなあ。」
      閻魔「つべこべ言わず、早うつかまりなされ。」
      二人「はーーい」
    二人は、喜んで糸につかまりました。すると、そろそろと上がってゆきました。
       楽「良かったなあ、六兵衛。これで、わしも安心して極楽で暮らせるというものじゃ。
         ところで、この糸、いやにべとべとしておらんか。ははあ、なるほど、亡者が途中で
         力尽きて落ちんように、ハエ取り紙みたいに接着剤が付いておるんじゃな。
         さすが、お釈迦様は、慈悲深いお方じゃ。」
     六兵衛「何言うてますねん。これが、有名な蜘蛛の糸※ですがな。まあ、ハエも引っかかる
          かも知れまへんが・・自分だけ助かろうとして他人を振り払おうとするとプチンと
          切れますねん。わてらみたいに、仲良うつかまってたらいいんですわ。」
    などと、しゃべっている内に閻魔様のおられるお城も、はるか下の方に・・
    いくつもの雲を突き抜けると、五つに連なる大きな山が、見えてきました。
    一番大きな山には、木が数本はえています。
     六兵衛「へえ、こんな、なだらかな美しい山が見えて来たと言うことは、もう極楽に着いたんでっせ。
          地獄の山言うたら、針の山やら、ゴツゴツの岩山やったからなあ。」
       楽「ほほお、極楽の山は、金色をしておるのか。さすがじゃなあ。」
    ともかく、糸から手を離して、一番大きな山の上に降りてみる事に致しました。
     六兵衛「ああ、いい眺めやなあ。ほんまに極楽やーー。ほれ、あそこに極楽トンボが飛んでまっせ。
          地獄で飛んでたもん言うたら、コウモリにゴキブリや。もう、顔やら体中にへばりつかれて
          往生しましたわ。ああ、思い出しただけでもゾッとする。」
       楽「ほんに、蝶々の飛び方も優雅じゃのう。それはそうと、しばらく、糸につかまっておったから、
         腕がだるうなったぞ。」
     六兵衛「わても地獄では、走って逃げてばっかりいたから、疲れましたわ。
          ほな、ここで昼寝でもしまひょか?ふあー(欠伸)まず地面の埃を払ってからと・・」
    二人が、山の表面を手でなでておりましたら、上の方から笑い声が聞こえます。
    お釈迦様「ハハハ、こそばゆいぞ。ハハハ、こら、止めぬか。」
    二人が、びっくりして見上げますと、奈良の大仏様よりまだでかい金色に輝くお方が立っております。手には、さっきの糸の端がブラブラ揺れております。 
      六兵衛「えーーっ、ここって、もしかして、お釈迦様の足の親指の上やおまへんか!
           どうりで金色をしてたんですなあ。ああ、木やと思ったのも、お釈迦様の足の親指の毛
           ですわ。こら、失礼いたしました。折角、ここまで引き上げていただきながら、お礼も
           言わんと昼寝やなんて罰が当たりますわ。ご挨拶が遅れましたが、わてが、六兵衛
           でございます。こちらが、兄貴分の楽左右衛門。以後、宜しゅう、お見知り置きを
           お願い申し上げます。」
    お釈迦様「六兵衛よ。一旦、地獄に堕ちた者でも、十分に反省をすれば、こうやって極楽に
           来られるのだ。それは、全ての者の心には、私と全く同じ仏性が宿っておるからだ。
          私に引き上げられたのも、前世からの深い縁があっての事。楽左右衛門は、鎌倉
          時代に生きていた前世では、珍念のように寺で働く小僧であった。名は楽珍。
          ある日、和尚様の言葉を聞きかじって『色即是空、色即是空』と、唱えながら門前を
          掃除していたところに通りかかったのが、六兵衛、そなたの前世であった男だ。
          お目出度い人間であるそなたは、『色即是空』を『四季即是食う』と早とちりして、
          春夏秋冬を通して食べてばかりする事が、有り難い仏の教えだと勘違いし、その後を
          生き続けてきた。その因果で、生まれる度に無明の人生ばかりだったが、もういい加減に、
          真の仏の教えを学ばねばならぬぞ。こうやって楽左右衛門と二人、極楽に来た限りは、
          三宝に帰依し、精進(しょうじん)するが良い。」
     六兵衛「はあ?毎日、サンポしてキエイにショウジ(掃除)したらよろしいんでっか?」
    お釈迦様「ハッハッハ。そなたの天然ボケは、何べん死のうが直らんのう。
         心をキエイにショウジするという意味では当たっておるが、三宝帰依とはのう、仏に帰依し、
         仏の説かれる教えを心の指針とし、共に修行する者に迷惑をかけぬよう、仏教徒として
         心を磨いてゆくことなのだ。よいか、わかったな。」
      二人「はーーい、仰せに従いますーー。」
    すると、お経を持って、ひとりの僧が現れました。
    僧(正念)「私は正念と申す者です。それでは、ここで三宝に帰依する儀式を行います。
         はい、深呼吸して心を調えてください。あなた方は、仏に帰依しますか?」
      二人「はい、私たちは、仏に帰依します。」
       僧「あなた方は、法に帰依しますか?」
        二人「はい、私たちは法に帰依します。」
       僧「あなた方は、僧に帰依しますか?」
      二人「はい、私たちは、僧に帰依します。」
       僧「あなた方は、仏法僧の三宝に帰依しますか?」
      二人「はい、私たちは、仏法僧の三宝に帰依します。」
       僧「以上で、三宝帰依の誓いの儀式を終わります。ただ今から、あなた方は正式な
         仏教徒です。私が、あなた方の師匠として、これから指導させていただきます。
         怠ることなく精進してゆきましょう。」
     六兵衛「わても、心を入れ替えてがんばりますわ。何しろ、極楽に落ちてるゴミを、くまなく
         拾ってショウジするんでっしゃろ?」
       僧「あのですねえ、極楽の住人は、皆マナーが良いのです。ゴミをポイ捨てする人など
         一人もおりません。」
     六兵衛「そしたら、あのぉ、蓮池の泥ざらいとか、公衆便所のショウジとかでっか?」
       僧「あのですねぇ、極楽にはトイレはないんです!それに蓮池から泥がなくなったら
         『人間よ、人生の泥沼の中から、蓮のように見事な花を咲かせなさい』と、
         お釈迦様がご説法できなくなるじゃないですか!精進とは、ショウジ(掃除)する
         という意味ではありません!」
     六兵衛「はあはあ、そしたら、怠ることなく精進料理を作ったら宜しいんでっしゃろ?
          わて、こう見えても、おいしいもん、たくさん食べてきたから、舌は肥えてまっせ。」
       僧「もーーっ、先が思いやられますねえ。まあ、後でゆっくり説明してあげましょう。」
      二人「はーい、宜しくお願い申し上げまーす。」

                    (第11章 完) 

    和尚様による第11章の解説(反省の意義について)

     この章で、お釈迦様は「地獄に堕ちた者でも、反省すれば極楽に来られる」とおっしゃられていたが、ここでは反省について解説する事としよう。
     まず、心と脳は同一のものではない。悲しいかな、現代の研究は唯物的な傾向が強い。確かに、ある感情が生まれた時に、特定の物質が放出されたり、脳の一部分が活発に働いたりという現象はあるが、これは心という目には見えないものの中で、感情が起きた結果に過ぎないのである。
     厳密には心とは、胸の当たりにある感性を司る領域を指すが、他にも頭脳に近い場所に、知性・理性を司る部分(精神)があったり、また過去の言動の一切が記録されている記憶領域などもある。
     たとえば「腹を立てて言い過ぎた。申し訳ない。」と深く深く反省すると、その途端、記憶領域に付着していたマイナスエネルギー(心の垢)が消える。過ちは反省と言う消しゴムで消せるのじゃ。一生涯、消せない汚点があるなどと自分を責めなさるな。心の底から反省したらもう忘れなされ。
     また、反省をしていると、心の垢が消えるだけではなく、プラスエネルギーの最高峰とも言える仏の光が心の中に燦々と注がれてくる。その時の感じというのは、反省の深さによって様々じゃが、温泉に浸かってホーッとしている感じであったり、涙が止まらなかったり、本当に幸せで、さわやかな気持ちになる。
     地獄に赴く者は、反省の習慣を持たず、心の垢を消さぬまま、死んでしまった者なのじゃ。そのような者でも、自らの過ちに気付いて悔い改めた時、心の垢が消え、極楽へと昇って行ける。
     とは言え、長年積もり積もった垢は、そうそうすぐには消えぬ故、生前から反省の習慣を持って、心の垢を溜めないようにする事が大切ですぞ。

     実は、「人間の心は仏神の光が注がれると幸福感を覚える」ように創られておる。反省のみならず、感謝、思いやり、祝福、許しなどの念いは、仏の光を受けられる念いゆえ、昔から宗教が人々に勧めてきたというわけじゃ。和尚様による第4章の解説にあった「元気が増える思い」とは、実は仏の光が補給される思いのこと。反対に「元気が減ってゆく思い」とは、仏の光を注いでもはじいてしまうばかりか、思い続けるほどにエネルギーを消耗してしまう心の状態のことなのじゃ。「悩んだだけ損」「焦っても意味なし」とはこういう理由じゃ。 マイナスの思いを持っていると、心の垢が付着するだけでなく、心の活動エネルギーがどんどん抜けていき、いわゆる心の病になってゆく。
     じゃから、どうか心の病にかかった人を自分と別個の存在とみなさず、心のエネルギー(仏の光=愛)が足りなくなった状態に過ぎないのだと考えていただきたい。もちろん本人にも、どういう思いが間違っていたかに気付き、改める義務はあるが、それまでは、周りの者も心にエネルギーを満たす方向に、工夫と努力をせねばならぬ。
     実は心の病には、「波長同通の法則」と言って、悪しき霊存在が影響を与えている事が多い。
     しかし、家族が反省を通して愛の念いを強め、病人の心が安らぎに満ち、心の波長が変われば、自然と悪しき存在も遠ざかってゆく。どうか「愛は勝つ!」という事を、実体験していただきたい。他にも、正しい宗教の元で行われる病気平癒祈願や悪霊撃退祈願などによって、仏の光を直接、病人の心と体に注いでいただく方法も大変有効じゃ。
     また、マイナスの思いは、心ばかりでなく肉体をも弱らせる。憎しみや不満を持ち続けていると、正常な細胞にエネルギーが不足し、ガン細胞に変わってしまう場合もある。正に、プラスの思いは、心身の活力をプラスし、逆に、マイナスの思いは、心身の活力をマイナスに転じる。そういう心の法則を、昔から宗教は繰り返し訴えてきたのじゃぞ。
     いろいろな理由で、何も得な事のないマイナスの思い。「元気が増える思い」の中から、今の自分に出来そうな思いに切り替えてみなされ。悪に打ち勝つ武器はたくさんそろっておるぞ。一番簡単な方法は、ゆっくり腹式で深呼吸する事。自然の中などでリラックスすること。更には、落語などを聞いて思いっきり笑うも良し。素晴らしい音楽・絵画・本などに感動すれば、それも又、心にエネルギーを補給する方法じゃ。
     また、感情を出してはいけないと押し込めてばかりいる人なら、気持ちをさらりと伝えることも大切。取り越し苦労し始めたら「あぁ、もったいない。心の省エネだ!」とすぐに気持ちを切り替えている人もおるようじゃな。不安が消えない時は焦らず「不安ちゃん、そんなに私の心が居心地いいんだったら、ゆっくりしていいよ。お茶でもいかが?」とユーモア精神で開き直れば、不安が消えたと言う人もいる。人間は同時に二つの思いを出すことが出来ないというのも、有り難い心の法則じゃ。もっとも、悲しみ過ぎるのは考えものじゃが、一時期悲しみに浸る(気持ちを解放する)ことが必要な場合もあるぞ。
     まあ臨機応変に解釈していただくとして、本当の意味で自分がかわいいなら、仏の光が注がれる思いを出来るだけ選び取るのが賢い選択かのう。 やはり何と言っても、仏のご存在を受け入れ、祈りと感謝の日々を送る事が、心にたっぷりとエネルギーを蓄える最高の方法であると、わしはしみじみ感じておる。仏を念じ、仏に感謝を捧げると、何とも言えぬ幸福感に包まれる。何故なら、仏は生命エネルギーの最大の供給源であるからじゃ。休むことなく、巨大なダムのように、光を送り出しておられる。それを、恭しく受け取って、世の中を良くする活動エネルギーとしてゆくのが、真実の信仰者の姿ではないかのう。
    心の法則




















               (参考)信仰告白の時代 第三章「反省の原点」
                       新・心の探究 第四章「心の浄化」



    第12章 お釈迦様のご説法と婆さんとの再会の巻

                                お釈迦様は、三お釈迦様宝に帰依する二人の様子を目を細めてご覧になっておられました。そして、おもむろに口を開かれました。
    お釈迦様
    「楽左右衛門も六兵衛も、今より我が弟子となった。さてこれから極楽で暮らすに当たって
    注意しておきたいことがある。それは極楽には、仏教徒だけでなく、キリスト教にイスラム教、
    ヒンズー教に日本神道・・唯物  論者はおらぬが、いろいろな宗教を信ずる者がいる。
     しかし異教徒だから  と言って、敵視したり仲間はずれにしてはいかんぞ。地上では、
    十字軍を派遣してキリスト教徒とイスラム教徒が戦ったり、日本でも豊臣・徳川の時代、
    キリスト教徒の迫害をしておったが、ああいった事は、政治的背景があるとは言え、
    こちらの世界から見れば、悲しむべき事なのだ。よく考えてごらん。人間の心には、どの
    宗教を信じていても共通する性質があるだろう。たとえば、思いやりや感謝の気持ちを
    持てば幸福を感じ、怒りや妬みの心を抱けば不幸を覚えるであろう。
     それは、どこの国の人間であっても、何を信じていようと、元々、同じ偉大な存在によって
    創造された事実があるからなのだ。仏教ではその存在を、法身仏や久遠実成の仏、
    大日如来などと、様々な表現で呼んできたが※1、この宇宙を創造し、司る力、
    即ち宇宙の法則に、いろいろな名前を付けてきたとも言えよう。
     この宇宙の法則に基づき人間の心の法則が定められたゆえ、心の働きは
    万国共通なのだ。宗教は歴史上、そういう心の法則を探求し、如何なる考えで暮らせば、
    自と他の幸福につながるかを人々に教えてきた。古代ギリシャやエジプトにインド、
    ユダヤや中東の地に限らず、遙か昔に海底に沈んだ大陸にも、人間への愛ゆえに、
    数多くの指導者が降ろされ、人々を導いてきた。それが、様々な世界宗教が存在する
    ゆえんである。
     しかし、創唱者(教祖)が深遠なる宇宙の法則をどこまで悟っていたか、又、その時々の
    歴史的背景や人々の意識レベルに合わせて、心の法則の、どこに重点を置いて教えたか
    の違いが、宗教の個性となって現れているが、言わんとする根底の思い、宇宙の真理を
    示さんとする情熱は同じなのだ。イエス様などは、いつも親しくいろいろな話をしている
    仲なのだよ。
     つまり、何を信じるかではなく、心の法則に適った生き方をした者が極楽にきておるのだ。
    心の法則に適うとは、愛を与えて世を幸福にする方向に、自らの心を用いたという事。
    それ故、私も、いずれ再び地上に降りて、寛容なる宗教観・人間観を説かねばならないと
    思っておる。そして『一切衆生悉有仏性』の真の意味を、人々に理解させたいと考えて
    おるところだ。
     私が地上を去ってより二千年以上も経つと、私の教えも随分間違って解釈されているようだ。
    仏性を持っているから、修行もせず仏になれると考えたり、反省を軽視した安易な救済論に
    走ったり、果ては霊や輪廻転生など無いと言ってみたり、嘆かわしいことだ。
     目には見えぬ根本仏ありてこそ、目に見える世界が産まれたと言うのに・・
    宇宙の根本仏は、この世界をあらしめる力の根源であると共に、万象万物の中にも
    姿を変えて存在する。熱や光を与えて下さる太陽、命の水や大気、動植物や鉱物も又、
    仏の念いが結集して出来た存在だと言えよう。昔から人々が太陽に手を合わせてきたのも、
    尊い仏が目に見える姿となって現れたものだと知っていたからだろう。
     けれども、そういう自然だけが仏の現れなのではなく、人間も又、仏の願いを体現する
    尊い存在なのだ。人間を創られた方は、どんな苦難にも負けぬ力、自分の心の傷さえ癒す力を
    始め、あらゆる幸福を実現させる力を、全ての人の心の奥に備えて下さっているのだ。
     しかし、その力は、単に仏を信じるだけでなく、愛を与え、日々自らを律し省みるという己の
    心を磨く過程を経て、初めて本来の力を発揮してゆくのだ。
     従って、外界の仏に向けられていた人々の目を、その心の内におわす仏へと転じさせたいのだ。
    心の法則を科学し、人間の真の姿を探求する態度を人々が身に付け、はるか彼方にではなく、
    『ここ(心の中心)に仏あり』と悟るような時代にしたいのだ。その時に、仏の本質とは単に目に
    見える存在ではなく、この宇宙を統べる法則であり、万物に宿り万物を生かすと共に、万物を
    向上させんとする全ての働きであると理解できるであろう。※2
     親が子を大切に思うがゆえに優しさと厳しさを併せ持つように、仏はあなた方一人一人を
    限りなく愛しておられるのだよ。そなたらも我が再誕の時に地上に生まれておれば、又会い
    まみえる事もあろう。それまで、師匠の正念に従い、修行に励みなさい。」

    お釈迦様の姿は、いつの間にやら消えて、後には目をつむらなければ、まぶしくて見られないような光の球体が輝いておりました。二人は、顔を紅潮させて、お釈迦様のご説法に聞き入っておりましたので、まだポーッとしております。

    僧(正念)「そろそろ参りましょうかな。」
      二人「は、はい」
    僧の後について、歩いている内に、又、いつもの二人に戻ってきたようです。
       楽「六兵衛、おぬしが恩赦を受けたおかげで、お釈迦様にお会い出来たた上、
         素晴らしいご説法を拝聴する事ができた。いやあ、有り難いことじゃ。
         あっ、しまった、せっかくお釈迦様にお会いできたのに、サインをもらって
         おけば良かったのう。いやいや、お偉い方は滅多な事ではサインは下さら
         ないじゃろうなあ。」
     六兵衛「いやあ、お釈迦様と呼ばれるくらいやから、案外、気軽にシャカシャカ
          書いてくれはりまっせ。キリスト様かて、イエスちゅうくらいやから、ノーとは、
          言いはりませんで。
          お二方とも、愛と慈悲に溢れたお方やからなあ。」
       楽「ほんとに、おぬしは目出度い奴じゃのう。」
       僧「さあ、エレベーター乗り場に着きましたよ。これから、あなた達の修行する階まで
         降りてゆきます。お釈迦様のいらっしゃる階は最上階の九階でして、通常、私たちは
         住む事ができません。今回は特別に、ここまで上がっていただいたわけですが、
         普通一般には、なかなか入れぬ所なのです。」
      六兵衛「ますます、ラッキーでんな。楽さん。きっと落語やから、ここまで来られたんと違いまっか。」
       楽「ああ、役得じゃなあ。」
     六兵衛「こんな、ええ役にしてもろて、後で落語の作者に、お中元とお歳暮まとめて送らんと
          あきまへんな。」
       楽「これは、わしが以前乗ったのと違うエレベーターですか?案内のガールがおらぬが・・」
       僧「そうなんです。あのエレベーターは、閻魔様の階と六階までを往復する便です。
         そこから上には、これに乗り換えないといけませぬ。このエレベーターは、特別な時しか
         使われないのです。」
     六兵衛「ところで、八階には、どなたが居てはるんでっか?」
       僧「そうですねえ。たとえば、聖徳太子様とか、弘法大師様とか・・」
     六兵衛「えっ、あの聖(しょう)坊・弘(こう)坊が?そんなに偉うなりはって・・
          小さい頃から賢かったもんなあ。」
       楽「しょう坊・こう坊て、ヤン坊・マー坊の天気予報と違うんやから・・・
         偉い方を幼なじみみたいに気安く呼んで・・」
     六兵衛「そやかて、去年の年賀状に『この度、お札に登場する事に決定せり。あな、恥ずかし』
          と、書いて届いてたさかい・・」
       楽「おぬしの話は、どこまで本当かわからんわ。」
          僧「七階、六階にも、宗教家、思想家、政治家、企業家、学者、作家、音楽家を始め、
         いろいろな仕事をしてきた方々がおられます。
         もちろん、家庭婦人だったという方もおられます。しかし、同じ階の中でも、
         心境によって様々な階層に分かれているのです。つまり、何の仕事をしたかではなく、
         どのような気持ちで、その仕事に携わっていたかで、住む階層が分かれてくるのです。
         自分の名誉のためではなく、この生命を戴いた仏への恩返しのために、そして自分の
         同胞である他の方々への愛の思いから仕事をされた方は、やはり高い世界に帰って
         おられますねえ。」
       楽「なるほど。そうじゃ、お坊様、ちょっと五階で降りたいのじゃ。」
       僧「それは又、どういうわけで?」
       楽「わしが、六兵衛の事が心配で地獄に行くに当たって、世話になった婆さんがおるのじゃ。
         きっと心配しているじゃろうから、六兵衛と二人、こうやって極楽に戻ってきた事を伝えた
         いんじゃ。」
          僧「そうですか。それでは、まず五階に行く事に致しましょう。下の階に下るにつれて、
         明るさが減ってゆくのがおわかりでしょうか?」
    一旦、エレベーターを乗り換えた後、五階へと向かいました。
     六兵衛「ひえーっ、極楽のエレベーターガールって、ほんまに天女のようにきれいでんなあ。
          この世の者とは思えんわ。あれ、この世があの世で、あの世がこの世で・・
          頭がこんがらがってきたわ。けど、こら絶対、心正しゅう生きて、極楽に行かんと損やで!うん。」
       楽「妙な納得の仕方をする奴じゃなあ。」
     ガール「自然と善人に溢れたフロア、五階でございます。」
       楽「六兵衛降りるぞ。あれ、六兵衛は?あっ、まだエレベーターの中で見とれておる。
         おぉーい、六兵衛、早く来ないと、置いて行くぞー。」
     六兵衛「へえ、すんまへん。今行きまっさ。」
    三人は茶店へと急ぎました。
       楽「婆さんは、おるか。今、戻ったぞ。」
     婆さん「おやおや、楽左右衛門さん。心配しましたで。よくご無事で・・」
       楽「婆さん、すまんかったのう。この者が、親友の六兵衛じゃ。」
     六兵衛「その節は、楽さんがお世話になったそうで・・」
     婆さん「良かった。良かった。二人とも極楽まで上がって来られて・・
         早速、ウエルカムドリンクとウエルカムマッサージの用意を・・
         これ、弥太郎や!そうそう、楽左右衛門はんの、お父上、お母上も奥で待ってらっしゃいますよ。」  
       楽「えっ、父上母上が・・」
       母「これ、楽よ。そなたが四階で降りる旨、連絡を受けて待っておったのに出てこぬから、
         あちこち探し回ったのじゃ。そして先日、この茶店に着いて、これこれこういう者を見かけな
         かったかと聞けば、この婆様が『ただ今、地獄に友達を助けに行ってまっせ』と教えて
         くれたのじゃ。無事に戻って来られるかとヤキモキしましたよ。」
       楽「申し訳ございません。でも、旅の最後に、お釈迦様にお会いできて、三宝帰依まで
         させていただきました。」
     お坊様「無事、ご帰還おめでとう。」
       楽「あっ、あなたは、地獄でお会いした・・」
     お坊様「そうじゃ、そなたの事を守るために、後ろから、そーっと付けていってたのじゃ。
          わしと、そなたは、こう見えても深い絆で結ばれた魂の兄弟なのじゃ。」
       楽「そうでしたか、その節は本当にありがとうございました。」
    楽左右衛門がお釈迦様のご説法の内容を話すと、皆、感涙にむせんでおります。
     婆さん「わしも、三宝に帰依しとうなりました。」
      父母「わしらも、ぜひ・・」
       僧「では、あなた方は、仏法僧の三宝に帰依することを誓いますか?」
        一同「ハイ、私たちは、仏法僧の三宝に帰依することを誓います。」
       僧「皆様、本当におめでとうございます。今から晴れて仏弟子ですね。
         それでは、今後の生き方について、少しご説明しておきましょう。
         人間は、他に良かれと愛を与えた時、仏や仏の創られた世界について理解が進んだ時、
         又、自らの過ちを素直に認め反省した時、自らが向上し感化力が増し、周りをも幸福に
         してゆけた時などに、喜びを覚えるよう創られています。
         それは心に仏の光が注がれる思いや行いだからです。このような良き思いを選び取って
         生きてゆくのが、 人間としての幸福なのですよ。
         「愛・知・反省・発展」という四つ の正しい道(四正道)を歩んでくださいね。
         ただし、見返りを求めて世話を焼くのは、本物の「与える愛」ではありませんからご注意ください。
          又、仏は『我の如く偉大なる者となれ』という願いを込めて人間を創って下さいました。
         私たちの心の中には、仏と全く同じ性質、即ち『仏性』が備わっているのですよ。」
     婆さん「なるほど、人間の心は、そんなに偉大なものなんじゃな。
         わしがまだ若かった頃、サギ草を初めて見た時、その不思議な美しい形に我を忘れた
         ものじゃ。かと思えば、枯れ葉の形をした蝶、小枝の姿をした虫もいる。
         それにパンダやシマウマなど白と黒の芸術品のような動物もいる。こういう生き物を
         見ていると、神様・仏様というお方は茶目っ気があって、人間を楽しませようという、
         愛に溢れたお方じゃといつも思うのじゃ。それぞれの生き物に、それぞれ願いを込めて
         おられるのじゃなあと・・じゃから、わしたちも、心の偉大さ・美しさを汚すような事を
         してはいかんのじゃな。
         観光客の外国人の方にも、『どこの国に生まれようと、人間の心の法則は同じなのじゃ。
        人類皆、同じ仏性を持っているから兄弟姉妹なのじゃ』と、お伝えしましょうぞ。」
     父母「われらは、愛を与える事と反省の大切さを話しましょう。」
          僧「そうなんです。あなた方の理解できたところから、他の方にお伝えしてゆけば良いのですよ。
        まずこの世界を創られた仏(法身仏)を信仰するとは、仏の創られた世界の中に「美や智恵」を
        発見し、仏を讃えることでもあります。美しい風景やかわいい動植物も又、仏の御心の現れです
        からね。人間は小さなアリ一匹たりとも一から創ることはできません。アリの行列を眺められること、
        昆虫が小さな羽を動かして、じっと空中に浮かんでいること・・そんな当たり前のような出来事の中に、
        如何ほどの仏の智恵が結集されているのかと思うと、私など、もう感動してクラクラしてしまうのです。
          また法身仏を信仰するとは、先に述べたように『良き思いを選び取れ』
        しかして『偉大なる者となれ』という仏の願いに応える日々を送ることでもあるのです。
        皆様、精進して参りましょう!」
     婆さん「ほんにほんに有り難いことじゃのう。あっ、そうじゃ、弥太郎や。
          宴会の用意は出来ておるか。いえね、楽左右衛門さんのお父上、お母上が訪ねていらしたので、
          心ばかりのご馳走を用意したんじゃ。 
          楽左右衛門さんも無事に戻ってこられたさかい、皆でお祝いをいたしましょう!
          皆さん、どうぞ奥の座敷へ入っとくれやす。」
     六兵衛「ひえー、すごいご馳走でんがな。いやあ、きれいな散らし寿司でんなあ。
          この、おしんこも、うまそうやわぁ。お婆ちゃんが漬けはったん?
          えっ、酒まで用意してくれはったんでっか?」
       楽「婆さん、済まぬのう。いろいろ心遣いをさせてしもうて・・」
        僧「私は、酒は結構ですので・・お二人も、もう仏弟子ですから、酒は、ほどほどにして下さいね。」
     六兵衛「えーっ、今だけ。ねぇ今回だけ。お願い!」
       僧「仕方ないですねえ。今回だけですぞ。」
     六兵衛「へえ、おおきに。いやぁ、この酒の味は又、格別でんなあ。やっと地獄から出られた上に、
          お釈迦様にもお会い出来たし・・これがほんまの『地獄で仏』ですわ。ねえ、正念師匠。
          もしもし、いややわぁ、酒の臭いかいだだけで、もう酔っぱらって寝はったんでっか。
          かなんなぁ。ほんとに先が思いやられますねえ。」
     ガール「ごめんやす。六兵衛さんという方は、いらっしゃいますか?」
         婆さん「まぁまぁ、これはこれは、エレベーターガールのおみっちゃんやないかいな。
          仕事ほっぽり出してええんでっか?」
     ガール「今は、ちょうど勤務交代の時間やさかい・・実は、六兵衛さん言う方に用があって来たんです。」
     六兵衛「(酒をプーッと吹きだして)あーっ、さっきのエレベーターの姉ちゃんや。
         えっ、わてに用?まさか、わてに一目惚れしたとか言い出すんと
         ちゃうやろなぁ・・いや、どないしょう?まぁまぁ、むさ苦しいとこですが、上がっとくんなはれ。
         そこの座布団取ってんか?えぇ、ところで、わてに用て、何でっか?」
      ガール「実は、閻魔様が『六兵衛に合格饅頭渡すの忘れたから届けて欲しい』って、
          私に預けはったんです。」
     六兵衛「合格饅頭?ありゃー、紅白饅頭の上に『合格』て書いてあるわ。
          いや、嬉しいなあ。天にも昇る気分や。もういつ死んでもえぇ。」
       楽「もう死んでおるわ。ほんとにもう、饅頭くらいで大げさな・・
         おぬし、きれいなお姉さんがわざわざ持ってきてくれたから、甘党を装っておるんじゃろう。
         おい、こら、饅頭は飯の後にしろ。」
     六兵衛「ムシャムシャ、何言うてまんねん。実は何を隠そう、ムシャムシャ落語の『饅頭こわい』
          に出てくる男、あれ、わてがモデルでしてん。」
       楽「えっ『饅頭怖い怖い』言いながら、本当は饅頭が大好きだったという、あの男か?」
     六兵衛「へぇ、ムシャムシャ、ヒック、喉に詰まった!お婆ちゃん、ちょっとそこのお茶取ってくれへんか!
          あ、ちごた、お茶が怖いやった。」   

                                              おわり

    和尚様のワンポイント解説10(寛容な宗教観について)

     ここでは、寛容な宗教観について解説することとしよう。わしの檀家でも、「同じ宗旨の家から嫁をもらおう」と言う者がいる。確かに同じ信条の方がなにかとやりやすい。しかし、現代のように、国際結婚も増え、海外の国や企業とも密につきあう時代に、拠り所とする本や儀式の違いで自と他を隔てる考えでは、摩擦も増えるじゃろう。日本では、藩ごとに反発していた時代を経て、明治以降、日本人という統一意識が出来てきた。同様に、今、国や宗教の違いで反発する時代を経て、「地球人」という統一意識を持つ時代が来ておるのじゃ。

     そのためには、様々な宗教のそのまだ奥にある、ひとつの法則に気付かねばならぬ。宗教の出現に先立ちてある「宇宙の法則」とも言うべきものにな。これに基づき、人間の心の法則も決められたのじゃ。
     たとえば、世界の主な宗教は、愛や許し、反省の大切さを説き、殺人・窃盗・不倫を禁じておる。自分の蒔いた種は自分で刈り取るという自己責任の原則や、神の子、仏の子である人間の心の偉大さを説いておる。何より、万物を創られた存在への信仰、その代理人として法を説かれる方への帰依の姿勢を勧める。これらは全て、心の法則に適っている故、時代と地域を超えて共通しているのじゃ
     従って、歴史に残る各宗教の個性の差と見えしものは、宇宙の法則という巨大な山を眺める方向の違い、或いは、どこまで正確に全体像を把握しているかの違いやも知れぬ。エベレストの事を、チベット人は「チョモランマ」、ネパール人は「サガルマータ」と呼んできたようにな。
     又、修行論で考えれば、頂上を極めんと北側から登ってみたり、南ルートから挑戦したりの違いであるとも言えよう。どのルートを取るにせよ、途中までバスで連れて行ってもらう方法あり、努力して自分の足で登る方法あり。富士登山にも似ているところがあるが、やはり何合目まで人々を導き高めるかによって、心の法則の強調点も当然変わってくる。それもまた、個性の違いとして現れてくるじゃろう。信仰にも発展段階があるからのう。人に応じて方法論を変えながら、仏は少しずつ高みへと人々を誘ってこられたのじゃろう。過去の宗教には、人々を救う偉大な仕事をされた実在の人物を信仰するものもあるじゃろう。それも又、大切な姿勢じゃと思う。

     しかし、地球がひとつになろうとしている時代においては、他国の人々と歩み寄るためにも、その先にあるものが示されねばならぬ。過去の偉大な宗教者の方々が、情熱を持って指し示さんとした、その指の先、つまり
     「宇宙の法則を体現している、地球の最高大霊」※
    を仰ぎ見る段階が、あなた方の置かれた時代環境にふさわしい信仰ではないかのう。
     実際、あなた方は何度も輪廻転生し、様々な宗教を学びながら、巨大な山の如き宇宙の法則を、少しずつ理解する努力をしてきたのじゃ。法則を学ぶための学校を転々と変えながら、長い旅を続けてきたとも言えよう。
     しかし、宇宙の法則は永遠に変わらないのに対して、宗教には「時代に制限された方便の部分がある」と知ってほしい。人々の理解の程度に合わせて教えが説かれるからじゃ。学校にもカリキュラムがあるように、宗教でも、人々の意識が進化すれば、次の新たな事を教える。
     従って、宗教はいろいろな時代に説かれるゆえ、新たな教えが出現した時には、心を開いて新たな側面を学ぼうとする姿勢が大切じゃ。過去の時代の方便にとらわれず、普遍的なる価値とも言うべき宇宙の法則に目を向けねばならぬ。人は永遠の学生なのじゃ。まだまだ学んでいない事は、山ほどあるのだと肝に銘じていてほしい。
     末法の世になると、殺人を肯定したり、あの世を否定したり、これさえすれば救われるといった、心の法則に全く合致しない教義を述べる宗教まで出てくる。
     しかし、だからと言って、法則を正しく伝える宗教まで、否定してしまってはいかんぞ。正しい宗教精神は、心の栄養、必須ビタミンじゃからな。
    「自と他の心に、仏の光が射し込む思いと行いを選び取れ」と勧める宗教が正しい宗教。そのような心の法則に一瞬一瞬気をつけながら、悟りを目指して限りなく向上してゆく事。それが人生の目的だと言えよう。
     あなたがたの時代は、エベレスト山の全容を宇宙の衛星から観測できる科学の発達した時代。きっと宗教も、わしらの時代より、ずっと進歩している事じゃろう。
    お釈迦様が現代に生まれられたら、『様々な宗教だけでなく、科学も哲学も芸術も、同じ山の異なる側面である』といった、宇宙の法則の鳥瞰図的な姿を示して下さるに違いない。ただし、真実の宗教が基礎にあってこそ、他の側面も輝きを放つ。きっと素晴らしい文化文明を創る原動力となる新たな宗教を説いて下さるじゃろう。
     又、同じ頂を目指して異なる道を昇る者達が、互いに同胞だと歩み寄れる世界観を示し、地球に和平をもたらして下さるはずじゃ。そして、何よりも「人間の本当の姿」を示し、厳しい人生行路を歩むあなた方に勇気と希望を与えてくださるじゃろう。わしも是非、仏陀再誕の時代に生まれ合わせたいと念じているところじゃ。

                 (参照) 宗教選択の時代 第六章、勇気の法第五章
                       
    ※この大霊の御名を、「エル・カンターレ」と言います。
    2009年秋に公開された映画「仏陀再誕」もご覧くださいませ。

    <コラム>地獄絵・極楽絵を見にゆこう

    昔の子どもたちは、お寺にある地獄や極楽の絵図を見ながら、「悪い事をすれば、地獄に行くのだよ。」とか、「他人に見られていなくても、仏様にいつも見られているのだよ。」といった宗教教育を受けて育ってきました。そうして、因果応報(いんがおうほう)や勧善懲悪(かんぜんちょうあく)といった考えが、自然と子どもの心に浸透していきました。休みの日などを利用して、子どもたちとお寺参りは如何ですか?
    インターネット等で調べてみると、地獄絵などを所蔵するお寺や機関が全国にたくさんありますね。拝観可能日等それぞれ違うので、詳しい事は直接お問い合せください。(ここに列記した以外にも、まだまだ、たくさんある事でしょう。我が町にもあるよと教えていただけたら幸いです。)

    <地獄絵・極楽絵・曼陀羅>

     東京国立博物館、五島美術館、奈良国立博物館、京都国立博物館、
     富山県立図書館(立山曼陀羅)福岡市美術館、成田山国分寺(宮城県 仙台市)中尊寺(岩手県平泉)金木山雲祥寺(青森)延命寺(千葉県 安房郡三芳村)、東明寺(川崎市幸区)、正楽寺(神奈川 宗園原作) 清梵寺(静岡県沼津市 白隠禅師の地獄図)長岳寺(奈良 狩野山楽 作)聖衆来迎寺(滋賀県大津市比叡辻)浄福寺(京都)矢田寺(京都) 北野天満宮(京都)金戒光明寺(京都)金剛寺(淡路島三原郡 八木) 極楽寺(兵庫)極楽寺(四国第2番札所 鳴門市大麻町)
     太山寺(愛媛)長福寺(広島県豊浜町)正福寺(鳥取県境港) 智恩寺(天橋立・切戸文殊)他


    <閻魔像・十王像>

      西明寺(栃木県)宗心寺(富士宮市)勝専寺(東京)教学寺(東京) 法垂院(東京)生往寺(神奈川)花応院(藤沢市)瑞雲寺(愛知県)
     二尊院(京都)千光寺(淡路島先山)海元寺(博多市)    他


    <本で見る事もできます>

      図説 地獄絵をよむ(著)渋沢龍彦、宮次男  河出書房新社
        地獄ものがたり  (著)真保 亮            毎日新聞社
        往生要集         (著)上善應     NHKライブラリー   
      絵本 地獄(子ども向け)(監修)宮 次男     風濤社     など

    <コラム>正念師匠からもひとこと

     私は今、楽左右衛門・六兵衛という弟子を与えられ、いささか心もとない気持ちでおります。ちゃんと仏道修行に励んでくれるだろうかと・・特に六兵衛!いやいや、どのような弟子を与えられようとも、それも私の修行。全ての者の心に宿るという「仏性」を信じて、これから指導してゆく事と致しましょう。
     さて、その「仏性とは何か?」という事ですが、心の一番奥で燦然と輝くもの、そこに人間の最も素晴らしきものがあるとでも言えましょうか。仏性は、年齢・信条・国籍等に関わらず同一であると、仏様は説いて下さっております。喜怒哀楽の感情や善悪の判断、他人の幸福を願う心やこの地球を大切に思う心、崇高なる目的のために奉仕する心など、仏性の働きは様々な現れ方をします。もちろん、心の温かい人だけではなく、冷たく感じられる人にも、等しく宿っているのですよ

     ところで人間の精神作用を、表面意識と中心部分(仏性)に分けて考える事が、思わぬ力を発揮する事を
    ご存じでしょうか。
     たとえば、認知症の方や、心を病んだ家族や友人を前に、どうしてあげたら良いかと悩んでいる人、また、身近な方との葛藤に悩んでいる人がいらっしゃるでしょう。そのような時には、相手の方の表面の姿を見るのではなく「仏性」を見つめ、そこに仏ありと信じて愛を持って接して下さい。私も六兵衛に対する時には、心がけようと思うておるのですよ。その時に、奇跡とも言える大きな変化が起きる例を、私はいくつも見て参りました。それは病気や人間関係の改善に限りませぬ。「苦難と見えし現象の奥に、私の成長を願われる仏の心が隠されていたのだとわかり、幸福感に包まれた」と泣いていた方もおられましたが、そういう気付きも又、奇跡のひとつでしょう。
     ともかく、表面はどのようであっても、仏性は全く正常です。その仏の心が、こちらの愛の思いに確かに感応します。人生で出会う人はその事に気付かせてくれる「姿を変えた仏」なのかも知れません。
     ところが、唯物的な考えの人は、確かに同じ仏性を持っていても、その力に気付かぬゆえ、私はいつも悲しく思うておるのです。

     実は「仏」とは、あなた方と全くかけ離れた別個の存在ではないのです。そうではなく、あなた方は創造されて以来ずっと変わらず、仏の一部であり、心の中心には仏に通じる部分を持っているのです。(この仏とは、久遠実成の仏、西洋的には創造主と同義)
     そして、全ての人が仏性を持つとは、先に述べた働きに限らず、人間は、修行の度合いに応じて、偉大なる仏と同じ力を持つことが出来るという事でもあるのです。そういう力強い人間観を、お釈迦様は説かれました。そのために、八正道や六波羅密多を始めとする様々な修行方法を教えてくださったと言えましょう。


    八正道(はっしょうどう)
       正見(しょうけん) 正しい信仰を持ち、縁起の理法に基づいて
                 自分の言動や出来事を振り返ったか
       正思(しょうし) むさぼり、怒り、愚かな心はなかったか
       正語(しょうご) ウソ、悪口、二枚舌、過ぎたお世辞を戒め、
                勇気ある言葉、励ます言葉を出したか
       正業(しょうごう) 恥ずべき行為や仕事をしてはいないか
       正命(しょうみょう) 思い・言葉・行為が共に正しかったか
       正精進(しょうしょうじん) 心境の向上、理想実現に努力したか
       正念(しょうねん) ひたすらに仏を目指して念を統御できたか
       正定(しょうじょう) 深く禅定に入り真実の自己を確認したか


    六波羅密多(ろくはらみた)
      布施波羅密多(与える愛の実践)
      持戒波羅密多(ストイックな生活)
      せん堤波羅密多(耐え忍び、時を待つ)
      精進波羅密多(仏法真理の探究・学習)
      禅定波羅密多(内省的な時間を取る)
      般若波羅密多(以上の実践の結果、智慧が沸き出る様)


    さてさて、これから楽左右衛門と六兵衛にこういった修行項目を順番に教えてゆくのですが、果たしてちゃんと理解してくれるでしょうか。六波羅密多は、まだまだ先の事ですが、六兵衛なら
    「ハラミタ、ハラミタばっかし出てきて、ややこしいなあ。ワテ、ハライタなりそうや!」
    とか言い出しかねませんねえ。いやいや、取り越し苦労していても始まりませぬ。皆さんも彼らの仏道修行が順調に進むよう、祈っていてくださいませ。


             (参考)太陽の法 第三章、心の挑戦 第二章 釈迦の本心
                  仏陀再誕 講義、仏陀の証明 第一、四章


    物理学の先生への質問コーナー

    Q「先生、科学の発達した現代では、幽霊などというものは、もはや存在しないのでしょうか?」

    A「実は、科学が発達したおかげで、宗教の世界で神秘的に語られていた言葉の意味が、深く理解できるようになったのをご存じでしょうか?確かに一九世紀までの自然科学では、物質に多くの関心が払われていました。ここ数世紀の間に、生物の体を構成する最小単位が細胞であり、細胞の中にはDNAや蛋白質や脂質などの分子があり、分子はまた、水素や炭素や酸素などの原子で出来ている事がわかってきました。そして、原子を構成する更に小さい粒子として、陽子や中性子、電子などがあるという事は、皆さんも理科の時間で習われたかと思います。
     ところが、電灯などを点ける時には、小さい粒であると考えられていた電子が、同時に波でもあるという不思議な性質がある事がわかり、二〇世紀初頭より量子論という分野が発達してきました。粒子(物質)でも波(エネルギー)でもあるという矛盾に物理学者たちは頭をかかえましたが、段々、次のような物質観を持つようになりました。
     つまり、中性子や電子などが、針の先よりも小さな領域に捕まって振動している状態が原子と呼ばれ、それぞれが別個に空間を進めば、波のようにふるまうという事です。(中性子線、電子線は結晶構造解析等に使われます)同じエネルギーの運動様式の違いに過ぎないということです。あの有名な仏教用語「色即是空」は、こういう物質観を表現しているとも考えられます。色とは物質の事。空とは何もない空っぽという意味ではなく、目には見えないエネルギーを意味します。
     卑近な例で説明しますと、映画「風と共に去りぬ」でレッド・バトラーとスカーレット・オハラがキスをしている場面。もしもずーっとクローズアップしてゆくなら、唇の皮膚の細胞が見え、更に蛋白質などの分子が見え、もっと行けば、双方の唇の一番外側の電子が、最接近遭遇して振動運動をしている姿しか見えてこないのです。「ああ、色はかくの如く空し」冗談はさておき、もっと厳密に言えば、中性子や陽子はクォークから生まれるとか、電子以外にもニュートリノが発見されたり(1956年ライネス)、近年、物質の成り立ちが段々明らかになってきました。
     では、何がそういうエネルギーを一点に集めて原子を創るか?それは最先端の物理学でもお手上げの問題でしょう。聖書の創世記にも神が万物を創造したと書かれていますが、やはり、偉大なる存在の「かくあれ」と念ずる力、三次元世界の「この世」を創らんとする意志があったからとしか考えられません。
     従って、仏教で言われる「無我」とは決して死後の霊魂を否定したものではありません。お釈迦様は
    「あなた方は、自分だ、他人だと区別しているが、全てのものは元々、仏の念によって創造され、生かされている一体の存在であるのだ。仏が創り出された幻影を見て、様々な名前を付けているに過ぎないのだよ。」
    と、おっしゃりたかったのだと私は思います。
     しかし、幻とは言え、ミクロの領域に書き込まれた遺伝子を元に、万象万物が生まれてくる神秘・・この世もまた、仏の美意識と智慧が織りなす希有なる世界ですね。
     ともかくお釈迦様が、物質の成り立ちを現代科学を超えたところまで悟られ「色即是空」と表現された事は、私など物理を学んだ者から見れば、感嘆の思いがいたします。

      ところで、波のように伝わる放射線には、テレビの電波のようなメートル単位の長い波長のものもあれば、医療の分野でも使われているX線やガンマ線のように、大変短い波長(一秒間の振動数が多い)のものもあります。この世とあの世を含めて世界は、様々な波長の粒子が集まって出来ているのです。この肉体を構成する電子や陽子などにも、特定の波長があるように、幽霊の体、別の表現では、ただ今も私たちの肉体と重なって存在する見えない体は、また別の波長の粒子で出来ている可能性が大きいのです。ですから「幽霊は存在する」と私は考えています。人間の眼に見える範囲は、紫から赤までの可視光の波長なのです。皆が存在を認める原子とて、単独では眼には見えません。
     世界を完全に知るためには、あらゆる波長のものさし(検出器)が必要です。限られたものさしでしか、いまだ世界を認識していない事を、現代人は謙虚に認めるべきです。ですから唯物論は、私たち物理学者から見れば過去の産物ですね。あの世や魂を信じぬという人の方が、時代遅れになってゆくでしょう。そして、これからの物理学はあの世、即ち波長の異なる世界を科学的に解明する方向に進んでゆくと予言して、私の解説を終える事といたしましょう。

               (参考)悟りの挑戦上巻 第五章「空と縁起」
                    悟りの挑戦下巻 第四章「空と救済」
                    黄金の法 第三章四節(以上、大川隆法著)

    おわりに

     私も小さい頃、地獄絵を見せられて「悪い事してたら、こんな目に遭うねんで。」と教えられました。そういう導き方もあるでしょうが、現在ただ今も心には「良き思いを持てば、仏の光を吸収して幸福を感じ、反対に、悪しき思いを抱けば、仏の光をはじいて不幸を覚える」という性質があります。前世の因縁が今世に報い・・と昔から言われますが、こちらは正にリアルタイムの因果応報!子どもや動物をしつける時の「ちゃんと出来たらごぼうびをあげる方式」やなぁと私などは思うのですが、仏は心の法則の中に「良き思いを選び取れ」という願いを隠しておられたんですね。
     つまり宗教は昔から、人間にとって得になる思いを教えてくれていたということです。
     そやから、悪い出来事が起きたから自分は不幸なんだと思っているお方。それは違うんですね。たとえ、逆境の中にあっても「心に仏の光が注がれている限り、人間は幸福に生きられる」んです。心にとって仏の光とは、幸福と同じ意味だったんですね。そういう意味では、他人の心のエネルギー(仏の光)を奪うイジメなども、大きな罪やと思います。命を奪わないから許されると言うものではありません。どうか「自と他の心に光が注がれる思いと行い」を選びとってください。人間は同時に二つの思いを持てません。「ありがとう」の思いを持てば、暗い思いは一瞬にして消え去ります。心にはこんな便利な性質があるから、私とっても感謝してますねん。
     そういう私も、若い頃から長い間、苦悩の人生を生きて参りました。でも、人生の問題集と格闘して下ばっかり見ていた目をふっと上げたら、優しい眼差しがあったんです。「心の法則に気付け!」「あなたを見守る存在に気付け!」と仏が応援して下さっていたなんて・・幸せな日々を今、生かされて「春の来ない冬はない」とつくづく感じております。

     また「常々考えている事は実現する」というのも心の法則です。心には「恐れていることを引き寄せる」性質があるんですって。怖いですねぇ。そやから、起きて欲しくないことは考えない!望ましいイメージを描き続ける!「人間は幸福になる義務がある」んですよ。
     更には、「人間は、あの世とこの世を魂修行のために輪廻転生しており、死んであの世に持って帰られるものは、心(信仰心や人生での学び)だけである」という事も、存在論としての、ひとつの法則です。人間は皆、死んでからも生前と同じ個性で生活します。そやから、お釈迦様は亡くなられた後も、人々を救い導く仕事を休み無く続けておられるんでっせ。
     このように宗教は、昔から心を科学してきたんですね。反省や瞑想などによって、心を究めた時に、苦悩も消え、又、神秘的な体験も起きてくるのでしょう。

     さて、昨今また世界情勢がきな臭くなって参りました。「人間は、様々な国や宗教の中に身を置きながら輪廻転生してきた存在である」そして「心の法則や心の偉大さは万国万人共通である。それは元々、同一の偉大な存在によって創られたからだ」とする人間観。このような考え方が全世界に拡がってほしいと願わずにはおられません。
     もし、対立の底に「自分たちの宗教や考えこそが正しい」とする思いがあるなら、その過ちを指摘し、「宇宙の法則に目を向ける大切さ、何を信じるかではなく、心の法則に適う生き方の大切さ」を示してゆくのも私たちの役割と違いますやろか。人間は互いに血を流して戦う事を目的に創られてはいませんもの。「宇宙の調和」のために、それぞれの星にそれぞれの人類が生かされているんやと思います。地球人類が出すマイナスエネルギーが、どれほど宇宙の隣人の迷惑になっているか知ってまっか?と言いたいですね。原爆の衝撃など、今も尚、宇宙空間を駆け巡ってるんでっせ。
     そやから、幸福の科学の願いは、「エベレストをはるか上空から描写するが如き、スケールの大きい宗教観を世界に向けて発信し、テロや戦争のない地球を創りたい!」ということでもあるんです。皆さんに、真の宗教精神の大切さに気付いていただけたならこの上ない幸せでございます。長い話を最後までおつき合い下さいまして、本当に有難うございました。また、皆さんにお目にかかれますように・・

                  
                      2013.3.11 鎮魂の願いを込めて           サンサンてるよ 



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