かっぱです。
今日は友の会例会の抽選で購入したこけしです。 

遠刈田系・青根温泉の菊地孝太郎工人のこけし。
P1080658
胴の褪色がありますが、このこけしの場合、もともと胴模様は平凡というか記号性が強く、表情を評価したいものなのであまり気にしていません。。。
頭の形は丸みをおびていますがちゃんと遠刈田系らしく四角いところがよいですね。
菊地孝太郎は遠刈田系には珍しく、定寸でも一側目のかわいらしい表情のこけしを作りますが、これは二側目ですね。
当たり前なのかも知れませんが、一側目の場合と眼点の入れ方も違っています。 

青根には、明治20年代~40年頃まで綺羅星のごときその後の有名工人たちがやってきて、二つの工場に分かれて働きました。
もちろん当時はこけしばかり作っていたわけではありませんが、そこで遠刈田の共通化・単純化する以前のこけしの紋様が蔵王高湯や弥治郎、肘折に持ち帰られ、また、互いに影響しあうこともあったかと思います。
まだまだ僕も不勉強ですが、今我々の知るいくつかのこけし系統が分化していく、非常に濃密なシーンがそこにあったと思います。

その反面、青根温泉を拠点にしたこけし作者として有名な菊地孝太郎、佐藤菊治のこけしというのは割と地味な印象があります。
多分に、胴模様が完全に共通化した重ね菊で鑑賞上は面白みにかけるためだと思います…。
こけしが木地玩具のひとつであった時代、手早く描くのに胴模様もだんだんとシンプルになっていったのではないかと考えています。
もう少し古い生まれの遠刈田系の工人の重ね菊を見ると、筆数が多く、美しいのですが描くのは大変そうです。

P1080661

青根の菊治、孝太郎は遠刈田新地の工人にはほとんど見られない赤い耳状の飾りを描くことが多いようですが、遠刈田古型の様式が残っていると考えられ、秋保や肘折系、弥治郎系にも見られます。
胴模様が単純化した一方で、そうやって残っているものがあるというのが興味深いです。
このこけしには変わった髪飾りがついており、耳状の飾りではありませんでした。
ちなみに、胴底には32.5.12と以前の所有者の書き込みらしきものがあります。

P1080659
 友達に指摘されたのですが、手絡も一点に集中する放射状ではなくてちょっと変わった描き方をしています。
遠刈田系のこけしでも、古い作者では手絡は頭部のやや前方に位置していたのが、だんだん後方に移っていったのではと思います。
肘折や蔵王高湯は手絡を前方に描きますね。

P1080662
胴背面の署名。
宮城県 青根温泉 菊地孝太郎。
昭和30年代でも、かっぱが生まれるよりずっと前のこけしです。
三日月目でどんな風景を見てきたのでしょう。

さて、耳といえば、弥治郎系・小原の本田鶴松のこけしの側頭部に描かれているのも同じ様式だと思うのですが…明日6/1の一金会のテーマは本田鶴松のこけしです。(強引ですか?)
図録でも、鶴松の保存の良いこけしは少なそうに思っているのですが、そこは一金会。
楽しみにしています。

ではでは。