かっぱです。

こけしを蒐めている人同士、「どの系統が好きですか?」という話になったりします。
僕は特に決まった系統を集めているわけではなく、ただ気に入ったこけしを集めているようなものですが、山形のこけしは持っている数が少ない方かも知れません。

これには現役工人の人数や作品が手に入り易い系統であるかどうかも影響していますが、なんとなく、山形系が好きというのは、おっ、渋いねと思わせるものがあります。 
それだけ、古いこけしの魅力を多く残しているのですね。

山形県の寒河江市にてこけしを作っていた、鈴木安太郎さんのこけし。
P1090103
ちょっと褪色していますが、背面など見ると、もともとかなり青みの強い緑色が使われていたようです。
赤色は、紅というより朱に近いですね。
このこけしは、胴底に七十三歳の署名があります。
1967.5(昭和42年)という購入年月の記入もあり、製作を一時中断しているので復活から12年ほど経ってからの作品です。
戦前は目が湾曲せず切れ長のものを描いていて、胴模様の花もぼったりとにじんだようになっていますが、だんだんと目が湾曲して、胴の花模様もとても丁寧に描かれるようになります。
どこか稚拙な味、といってもよいでしょうか。

鬢も短くなり、表情は谷地の奥山広三や、山形の小林清蔵などに近づいている気がします。

頭頂のリボン模様が面白いですが、これは山形の髪飾りの描き方が変化していったのかなと思います。
温海の阿部家のこけしにも近いですね。
父親の米太郎のこけしではどうなっていたのか気になります。
P1090106
鬢横の髪飾りは山形のそれよりもさらに遠刈田のものに近いような…。

胴の裾近くには柵。
このことについては、木人子室様のHPにとても面白い考察があります。
P1090107
弟子筋で分かれていったこけしに共通項があると、その師匠のこけしが想像できたりするわけです。

こけし辞典掲載の、父・鈴木米太郎のこけしはかんな溝があり、作並の平賀謙蔵のこけしにも似た雰囲気がありますね。
世代的には米太郎の方が謙蔵よりも早い世代です。
かんな溝があるのは作並・山形と鳴子の古型に共通ですね。
面描など見ると山形系は遠刈田系に通ずるものがありますが、この点鳴子と通じている、と。

まぁちょっと果てしなく脱線しそうなので、あとは個人的に宿題にして、本日はこのあたりで…。

ではでは。