かっぱです。

先日、神田の書肆ひやねにて一金会に参加してきました。
毎月第一金曜日(一金会)と第三土曜日(三土会)にお酒やこけしを持ち寄って交流しています。
メインになっているのは第一金曜日で、古作(戦前)こけしを中心に、見応えのあるコレクションが集まります。
ちなみに次回は第四土曜日になりますので、お間違え無く…。

さて、今回のテーマは「柏倉勝郎と庄内のこけし」でしたが、集まったこけしの大半は酒田の白畑重治と、酒田で多くこけしを作ったと思われる柏倉勝郎でした。
こけし的に言うと、庄内地方の温海~鶴岡~酒田あたりのこけしは系統分類に当てはめるのが難しいので「雑系」とされることが多いようです。
温海の阿部常松~常吉~進矢と続くこけしも一応蔵王高湯系に分類されてはいますが、常松の出自の土湯から、山形、蔵王の要素がミックスされているように考えられます。
(影響を与えたり与えられたりだったのではないでしょうか)

白畑重治は明治21年酒田の生まれ。(写真一番左は柏倉です)
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一見グロテスクというか珍妙な作風ですが、良く見ればかわいいというか、愛嬌がある顔立ちで味わい深いです。
例えば右から2本目のこけしの胴模様のあたりに温海の阿部家のこけしと共通点を感じたりもしますし、髷つきの豆こけしは小野川の蔦作蔵や、温海の阿部常吉が作っているこけしにも良く似ていますね。
髷以外のこけしの頭に蛇の目があるのも温海のこけしと関連があるのかどうか…。
なお、師匠の高橋直広という人は、肘折の佐藤文六と親交があったようです。

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こちらは左から大滝武寛(鶴岡)、白畑幸作(重治の四男)、白畑與太郎(重治の長男)、軽部留治(鶴岡)のこけし。

大滝武寛は鳴子から木地を取り寄せて描彩をしていた作者ですが、「こけし辞典」掲載の作と違い、どうも阿部常吉が描いたように見えるので、その場合、常吉の武寛型といったところでしょうか。。
紅葉を描き、胴下方を水色でぼかしているところは同じです。 

白畑幸作、與太郎の描彩(面描)はほとんど同じに見えますが、與太郎の描彩はほとんど娘喜代によるもので幸作が描彩したものも若干あるとのこと。

軽部留治もまた、阿部常吉等の木地に描彩のみしていた作者です。
当時の新型とも書かれていますが、こけしの評価は別として、どうしてもこういうクロスオーバーした領域というのは出てくるのではないかと思います。

柏倉勝郎は明治28年生まれ、鶴岡から及位など遍歴して酒田で開業しますが、かなり複雑な経歴の持ち主です。
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右端のこけしは木人子室の橋本さんに教えていただきましたが、本間儀三郎名義で作られたものということで、この中でも一番古いとのこと。
重ね菊の下に引かれた黄色い轆轤線までよく残っています。
こうして白畑重治のこけしに比べると、随分様式が固まっていますね。
柏倉勝郎のこけしの木地の特徴としては、首が鳴子式のはめ込みになっていて、肩の部分が斜めになっています。
辞典によると、この肩が直線的なのが本間(久雄?)木地、カーブを描いているのが柏倉木地。
底の中心に錐で穴をあけているのが本間、底一杯に浅く削っているのが柏倉とのこと。
確かに2種類あったのですが、底の写真を撮っていませんでした。。
柏倉勝郎は大正時代に佐藤文六の工場で働いていますが、あるいは佐藤丑蔵あたりの木地・描彩の影響がなかったかな、などと考えています。
重ね菊の描き方などデフォルメされていますがクラシカルな描き方だと思いますし、中剃りを赤や青に塗った黒頭や、黄色く胴を塗る技法など、かなり肘折系の影響は強いかも知れません。
「辞典」でも同様の分析がされていますが…。

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鬢が頭頂の髪から離れ、頭が角ばり大きいものは後期の作のようです。
初期のものに比べると、厳しさが減退してやや弱々しくも見えるのでしょうか。
とはいえ、ユニークな味わいを持ち、心を惹きつけられる作者・こけしです。
背面もチェックするのを忘れていましたが、確か、鬢と同じような髪飾りのある「つん毛」が描かれていたような…このあたりが肘折系とするには特異な点かも知れません。

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 本間儀三郎はこけし作者ではなく、長男の久雄木地に柏倉勝郎が描彩したようですが、後に久雄も柏倉勝郎の型を作っています。
義勝さんは久雄次男。
この写真だけしょぼしょぼなパノラマですみません…。

さて…ということで、庄内のこけしを見てきましたが、今回登場しなかったところでは、岡村豊作・豊太郎親子のこけしがあります。
阿部常松の影響を(多少)受けながら着物を着ているもので、これまた特異なものでした。

とにかく全般に見応えもあり、今までそれほど知らなかった庄内地域のこけし工人の動きなど片鱗は知ることができたかも知れません。
もちろんいつものように飲みながらの交流も楽しい会でした。

ではでは。