2005年09月

2005年09月30日

ストラヴィンスキーの続きのおまけ。
「グッバイガール」などニール・サイモンのシチュエイションコメディ等を映画にしていた名匠ハーバート・ロス監督の映画「ニジンスキー」には世紀のバレエダンサー、ニジンスキーを主人公にディアギレフのロシアバレエ団はじめ、まさにあの1900年代のパリを描いている。バレエ:ドビュッシーの「牧神の午後の為の前奏曲」ではニジンスキーは舞台でセクシャル行為を行い大スキャンダルになり、例の「春の祭典」の初演も勿論描かれている。ただうる憶えの記憶によるとストラヴィンスキーにはあまり焦点をあわせてはいない。
ディアギレフはゲイでニジンスキーともある種の関係だったようだが、後にふられてしまうシーンもある。エンターテインメントな映画に仕上がっているので見やすかったと思う。

(23:52)

2005年09月27日

Stravinsky 3 (前の日から続く)
1913年の「春の祭典」の初演はパリのテアトルシャンゼリゼで始まるが、途中から客席からのやじ、非難の怒号らで大パニックになってしまい、リハーサルで念入りに仕上げた斬新な音楽は見るも無残なカタチで終わってしまう。さすがのパリッ子でさえついていけなかったのだろう。
しかしその後すぐに「春の祭典」は多大な評価を得て世界中で演奏される現代の古典となった。日本では1950年代に初演されたが、番組に出てくるフルーティストの吉田雅夫氏が日本初演のオーケストラに参加した奏者として語る。「当時はちゃんと棒振れる指揮者がまだいなくて、東京ではどうにかうまくいったが、大阪公演では途中、指揮者がどこをやってるのかわからなくなり、スコアをひっくり返して探しまくってしまった。演奏者側もどうしていいかわからなくにそれらしい音を適当に吹いていた。そしてトランペットが最後のパッセージらしき音を吹いた時に偶然終わった。」ということだ。
でもその当時今のように情報も多い時代じゃないから、その曲ちゃんと知ってる人も多くないし、また間違えてもわかんない、っていうのが面白い。
ストラヴィンスキーはジャズの影響を凄く受けた作曲家であり、そのリズムの語法は独特だ。また、日本にも非常に関心をもっていて1912年に「3つの日本の抒情詩....富純...貫之」で、日本の短歌を歌曲にしている。1900年のパリ万博の影響だろう。
来日した際、故武満徹の音楽を絶賛し、武満さんが日本で認められるきっかけになったのは有名な話。
バレエ音楽「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」以外では「花火」「兵士の物語」「詩篇交響曲」「ダンバートンオークス」「3楽章の交響曲」「プルチネルラ」「エボニー協奏曲」「アゴン」「ピアノラグミュージック」などがある。新古典の時代といわれた「プルチネルラ」はあまり好きじゃない。やはり「春の祭典」後、ロシア革命によって海外生活を余儀なくされたのが作曲にも影響しているのだろう。第二次大戦前にニューヨークに渡り、晩年はロスアンジェルスに住んでいた。あのシェーンベルクの家も近かったらしいが親交はなかったそうだ。1966年自らへの鎮魂歌のような「レクイエムカンティクルス」を発表し、遺作の短い歌曲「ふくろうと子猫」を最後に1971年ニューヨークで永眠。ベネチアのディアギレフのお墓の近くに眠っている。...Stravinsky特集おわりかな...

(02:09)

2005年09月26日

Stravinsky 2 (前の日から続く)
ディアギレフのロシアバレエ団はメインダンサーにニジンスキー、振り付け師にミハイルフォーキン、衣装デザインにアレキサンドル・ブノワ、レオン・バクスト、ヒロインダンサーに新人のタマラ・カルサヴィーナという顔ぶれ。それまで音楽家にパトロンとして存在していた王侯貴族の社会から資本主義への移り変わり等社会状況も変化すると同時に当時のパリっこ達の欲求を充たしてくれるものは、いつまでも続く貴族趣味なものではなくなっていた。ディアギレフはそれを察知してか、貴族趣味なロマンティックなメロディなどでてこないストラヴィンスキーの斬新な音楽、ブノワ、レオン・バクストなどの東方趣味、インド風を取り入れたデザインなどでキリスト的な世界から多神教の世界をパリに提示し、大絶賛を浴びる。客にドビュッシー、プルースト、サラ・ベルナールなどがいる中、1910年バレエ「火の鳥」でストラヴィンスキーとヒロインバレエダンサーのタマラ・カルサヴィーナは一夜にしてスターになる。
1911年の「ペトルーシュカ」のあのピアノのポップなフレーズは好きだ。
機能的に解決に向う泣きのメロとかでなく、リフというか歯切れのよいリズム感のあるメロディだ。そして「春の祭典」はほんとうに大好きだ。なんかクラシック(といっても近代というか現代の古典というか)にも、いわゆる白人貴族チックに表面的に上品な音楽じゃなくて、普通に不協和音ががんがんきながら、かっこいい音楽あったんだって、昔初めて聴いた時思った。シャルルデュトワがN 響の首席指揮者だった頃、「春の祭典」のリハーサル風景を番組でやっていたのを憶えているが、いやいや凄い。練習番号百何番..といって、テンポのカウントもなしにいきなりあの凄いパッセージががんがんきてめちゃかっこいい音楽だと思った。シャルルデュトワの棒振りみてると、この人グルーヴあるな、なんて思ったりした。
有名なあの低弦のオフビートにアクセントがくるリズムパッセージががんがんくるフレーズ、ストラヴィンスキーが作曲している頃、ロシアバレエ団団長のディアギレフに「こんな感じ...」とピアノで2度4度のぶつかった和声でリズムを刻むと、さすがのディアギレフも「これが長く続くのか?」と心配になったようだ。ストラヴィンスキーは言った「これが長く続くんだ...」。そして「春の祭典」は完成して、1913年5月パリで初演を迎える。 ...またまた続く...と思う...

(01:42)

2005年09月25日

Stravinsky
1982年にBeta(video)で録ってその後見れなくなっていたものを先日DVD にコピーしてもらい15年くらい振りにやっと見れた。
それはNHKが放映した『ストラヴィンスキー生誕100年』の記念番組だ。クラシックは殆ど見ない聴かないのだが、ドビュッシー、バルトーク、ストラヴィンスキーは聴くので、これは23年前の番組だが今となってはとても貴重なものだ。生前のストラヴィンスキーもでてくるので興味深い。
さてそのIgor Stravinskyは1882年ロシアのペテルブルグ郊外のオラニエンバウムの生まれ。親はポーランドの移民で裕福な家庭に育ったが、両親は3男のイーゴリにはあまり愛情を傾けなかったようだ。音楽に興味を持つようになり死ぬ間際のチャイコフスキー(出し物は「悲愴交響曲」)をコンサートで見て音楽家になる確信をもったようだ。ペテルブルグ大学法学部を優秀な成績で卒業するがどうしても音楽をやりたく、リムスキーコルサコフ(「シエラザード」などで知られる有名な作曲家。管弦楽法理論も書いた)の弟子となる。
その頃、ストラヴィンスキーと同じ世代の作曲を目指す若者は皆、ドビュッシーに憧れていたが、リムスキーコルサコフ先生に「ドビュッシーはどう思われますか?」と尋ねると、リムスキーコルサコフは「あれは聴いちゃいかん」と言ったそうだ。1900年初頭の話だ。リムスキーコルサコフのもとでは主にベートーベンの弦楽四重奏やシューベルトのピアノソナタをオーケストレイション化するのをやっていたようだ。そして1908年「スケルツォ ファンタスティーク」を発表、当時のロシアの重鎮作曲家のグラズーノフらに「不協和音だけの音楽」と酷評される。しかしロシアバレエ団を主宰するディアギレフはこの若きストラヴィンスキーを評価し、その後のストラヴィンスキーの3大バレエ音楽で20世紀の最高音楽、現代音楽の古典として残る「火の鳥」(1910)「ペトルーシュカ」(1911)「春の祭典」(1913)に繋がるのである。....いつか続く。


(02:52)

2005年09月22日

弦異抄『SLOW SLIDE SONGS』弦異抄・周防義和 zenv5719 10.27リリース 制作:ゼゼミュ 
ワタシ=周防義和のソロアルバムが完成。これはそのジャケット。ジャケットは住井達夫氏による写真&デザイン。
東京から軽井沢に移住して2年3ヶ月になるが、このアルバムは移住以前から現在に渡ってつくっていたので東京スケッチ〜軽井沢スケッチ作品集といったところだろうか。
スケッチと表したのは、サウンドトラックづくり等での弦楽曲や木管アンサンブルの周防義和ではなく自宅スタジオでリラックスしてつくったダイアリーのようなオリジナル音曲集といった趣からだ。そして自らギタリストとして特に大部分にボトルネック=スライドギターをフィーチャーさせている。プログラミング、キーボード、ギター、ベース等演奏はすべて周防義和。ヴォーカルで種ともこ、tomo the tomo、本間哲子、小石巳美が参加。宣伝を兼ねて、このblogでちょこちょこと話題にさせていただきます。

(00:21)

2005年09月20日

mbira夏のある日ムビラをつま弾く。ムビラはカリンバ、サンザとも呼ばれているアフリカの楽器。親指ピアノなんて呼ばれることもある。西アフリカではムビラでタンザニアのあたりがサンザだったか。確かでなくてすみません。昔見たアフリカの映像には凄〜く大きい、言ってみればコントラバスムビラみたいなのもあって、アンサンブルしていた。
また数年前に渋谷クアトロで見たJOE ZAWINULのバンドのドラマーはムビラの演奏も凄くて、16分音符的な超絶技巧のテクニック&グルーヴで我々を魅了した。
まあでもこのムビラ、サンザ、カリンバはチープな良さもあって和める。

(01:44)

2005年09月17日

とんぼとんぼの季節か。デッキのところにずっと留まってた。羽を休めているかのようにリラックスしていた。

(01:20)

2005年09月16日

ミズヒキ赤くて細い花が線状に綺麗に並ぶミズヒキ。アップでみないとわかりにくいでしょうけど。この時期多く咲いています。なんかデリケートで和みますねぇ。家の東側には白いのも発見。きょうは最高気温21度で最低が14度。秋ですね。

(00:02)

2005年09月14日

蚊取り線香入れぶたの形の蚊取り線香入れはポピュラーだけど、西小山「ききき」にはこんな陶芸作品もあって笑えるよ。

(00:22)

2005年09月13日

選挙も終わった昨日、東京で地下鉄に乗ってスタジオに向かう途中、駅売店で夕刊紙の見出しが面白かった。「この国の民主主義は死んだ」「小泉独裁完成」「小泉、小池百合子結婚か」。最後のは別にそれでもいいし、どうでもいい。新聞は東スポだ。しかし独裁とか民主主義が死んだ、とかは穏やかでない。でも過去の歴史から見ても、ある日突然そうなるのではなく人気とかなんとかで知らないうちにちょっとづつある方向に行ってるのかもしれない。20年前30年前だったら自衛隊が海外行くなんて考えられなかったんだから。

(10:58)

2005年09月10日

DJAMBEDjambeを叩くパーカッション奏者、高田みどりさん。この日は弦楽セクションの中でこの楽器をプレイしていただいた。弦とジャンベ・・・良かったです!
at Bunkamura Studio,Shibuya
ジャンベ(ジェンベという表記もあり)はアフリカの打楽器だが、すっかり世界中でポピュラーになった。日本でも公園なんかで練習してる人いたりジャンベ教室があったり、ジャンベをつくるところからやるようなものも見かけた。パーカッション奏者がコンガを2つ2つ並べた横にジャンベを置いてるセッティングでプレイ、なんていうのもよくある。ジャンベはその叩きかた、強さによって音色が変わるのがコンガとは異なる。だからコンガは2つか3つチューニングの別のものを並べて音色違いの効果を出すが、ジャンベはひとつで低音から甲高い音色までだせる。1980年代に初めて聴いたような気がする。アフリカ西海岸のブルキナファソのグループ「ファラフィナ」のジャンベ奏者のプレイは素晴らしかった。

(00:27)

2005年09月09日

千葉さんContraBassの千葉さん、レコーディング中のひととき。渋谷のBunkamura Studio で。レコーディング当日、作曲者である僕に会う前にコンバスの譜面を見ていた千葉さん、僕に会うなり「この音の並び、周防さんだと思いました!」「むずかしいですねぇ」とまたまた僕の作風ばればれでした。いつもにこやかに接していただく千葉さんに弾いていただいてほっとしています。

(23:12)

2005年09月08日

ききき入口東京、西小山の器の店「ききき」の入口。手作りの器の温かさ、を見ているとなぜか落ち着いた気持ちになれる。となりで陶芸教室も開いている。

(00:55)

2005年09月07日

 恵理作東京、西小山にある器の店「ききき」にあるいろんなカップ。店にはキュートで渋いというか、柔らかく和だけど、現代若者感覚ありといった感じで、気取らないいい作品が多くてとても好き。この写真の新堀恵理さんは店にもいらした作品のようにキュートな、若き女性だ。デザイナーの住井達夫氏からプレゼントされてここの器を愛用している。

(11:18)

2005年09月05日

矢ケ崎公園台風くるし、秋雨前線の影響もあって一日雨。まだ風はそんなにない。今日の最高気温は19.7度だったらしい。10月くらいの感じだ。
写真は大賀ホールの建つ矢ケ崎公園。

(18:36)

2005年09月04日

続/花と蝶 昨日の写真の数秒後のショットです。

(01:49)

2005年09月03日

花と蝶/01写真のところをダブルクリックすれば「花と蝶」がアップでみれますよ。
今日は最高気温26度で最低が16度、朝晩はひんやりの感じ。日の入りも短くなったよねぇ。今日はお昼に追分の歩道橋近くにあるパン屋アサノヤまで散歩、往復1時間半くらいをてくてく歩いた。国道は日陰なさそうなので、遠回りしていったら森の中の小径を通った。森の中は涼しい。
来週レコーディングする弦楽セクション、ピアノ、打楽器のための音楽(4〜5分の曲)のスコア完成させ、尚且つ弦楽四重奏versionも考えた。弦楽器がリズムを刻むノがコンセプト。
ロマンティックなメロディはありません。それがかっこいいんです。
あと、これも来週レコーディングするCM、「JR東海・そうだ京都いこう篇」の新作のスコアもほぼ完成。新作といってもおなじみの名曲『My Favorite Things』の新アレンジ。しかしこのシリーズ10年以上続いていて、僕がアレンジするのもこれで8回目くらいだ。昨年の桜の季節のアレンジはなんといっても「オンドマルトノ」という珍しい楽器をフィーチャーしたのが面白かった。さて、今年もさりげなくいいですよ。

(01:55)

2005年09月01日

マンガ能百番『マンガ能百番』〔作画:渡辺睦子 解説:増田正造 平凡社〕
これはマンガで能の代表的な作品100話を解説してる本。というか「能」を1話12コマのマンガにリメイク(アレンジ)した作品だ。とにかくとても面白い。
ここんとこ「能」を観にいっていないが、見に行く前にこの『マンガ能百番』で勉強(といっても楽しく見て読んでしまうだけ)していくとまたいいのだ。
1話ごとに登場人物を説明(勿論マンガで)、あらすじを普通のマトモな文で説明、そして12コマのマンガ(劇画調ではなく独特のヘタウマ系なのが笑える、幽玄な話しもなんかキュートな感じ)で現代感覚あふれる独特の解釈で展開する。でもそれは本編の本質を逸脱することなく捉えていて、新しく柔らかな、笑いのセンスも兼ねそろえた感性に出会える。
解説の増田正造氏によると、渡辺睦子の原稿を見て「これは凄い、能の本質を見抜いている」と直感したそうだ。当時(20年程前)、渡辺睦子氏は大学出たての20代前半だったらしい。
「能」は象徴的な表現に置き換えているので、すべてが説明的に演出されていなので確かに難しい。ですのでこれは助けになるのです。ちゃんと物語わかって観にいくととても面白い。そしてそして「能」の音楽にはいつも感動ものだ。鼓、大鼓、謡い、のアンサンブルは呼吸や間でできているので西洋的に縦の小節で育ってしまった者には、とても刺激的。

(01:48)