2007年08月

2007年08月25日

上田城趾公園大阪で「世界陸上」が始まった。このメダル授与時の音楽とファンファーレ音楽を大阪スクールオブミュージックの作曲コースの学生が担当した。5月頃から制作にとりかかり僕のクラスの学生諸君のコンペティションで選ばれた2人の作品がレコーディングされ採用された。彼らにとっても何度がリテイクして作曲してもらったので感慨深いだろう。学生でありながら世界的なイベントでの楽曲使用となるので相当名誉なことだ。
(photo:上田城趾公園)


(18:20)
ごんざ信濃追分の旧道沿いのカフェ「ごんざ」。お昼に行くと日替わり定食があってヘルシーなメニューがなかなかgood! この間はボサノバがかかっていたけど、オーディオセットの方見たら、アナログのプレイヤーもあった。奥のほうは下がっていて(傾斜地に建てられた店)そこには弦楽器が置いてあった。たまに生楽器系のライヴもあるらしい。隣は美味しい蕎麦屋「ささくら」。ここへはしょっちゅう来ている。


(01:47)

2007年08月24日

ねこに出会う散歩してたらとても可愛い小さな猫に出会った。こっちに近づいてくるし。ワタシと和みたいの?.......そんな8月ももう最後のほうだ。今年もバカンスなきままに夏終わる。軽井沢も暑かった夏だけど、今日は涼しかった。夜は冷えるし。ここの夏は短いのでちょい寂し、かな。


(02:06)

2007年08月22日

Stranger than Paradise映画『STRANGER THAN PARADISE』(脚本監督:JIM JARMUSCH 主演:JOHN LURIE 音楽:JOHN LURIE )1984年公開。

公開からもう23年も経ったんだ。久々にDVDで見たけど当時の興奮が...今まで経験したことない興奮が蘇った。その興奮とはドライな、ある意味退屈の彼方の快楽のような...でもやはりなにか惹きつけるものがある。モノトーンでワンシーン、ワンカットの一見ラフな作品だが実は綿密に作られている。

ヴィム・ヴェンダース監督(『パリ・テキサス』、『ベルリン天使の詩』等)の助手をしていたジム・ジャームッシュはヴェンダース監督からもらった余ったフィルムで制作した短編を元にこの作品が完成した。
ニューヨーク、クリーブランド、マイアミでロケされているが、普段我々がイメージするアメリカは全く存在しない。どこもかしこもなんかシラ〜ケている。3人の異邦人風な若者の噛み合わない関係が淡々と展開し、盛り上がるクライマックスもない。そこにはしゃれたアメリカンジョークもなく逆に主人公がジョークを言おうとしてとちり寒い雰囲気になる、といった従来のアメリカの素晴らしさのアンチみたいな価値観を描いた。ゴダールをポップにしたような...とも言われた。ポップといってもエンターテインメント度は低い。

そして主演と音楽が才人ジョン・ルーリー。ルーリーはラウンジ・リザースという当時の言葉を借りるならNewYorkのNewWaveで知的なJAZZバンドをやっていてコンポーザー、サックス奏者だ。俳優としてのキャリアも幾つかある。ここでの演技者としての存在感はばっちり!すげえリアリティある。そして音楽はすべて弦楽四重奏で、クラシックでもアヴァンギャルドでもないドライなスコアを書いた。これもとてもいい。
あとの2人のキャスト、エヴァ役のエスター・バリントはハンガリーからアメリカに出てきたという設定だが、実際にもそうで彼女は嫌がったとも言われている。当時18〜19歳だが映像にばっちりはまっている。もうひとり、チンピラ風のリチャード・エドソンもほんとうにこういう人いそうだ。

主演の3人の設定は決して魅力ある役柄ではなく、その物語も特に「なるほど...」というような展開もない。勿論その逆のアンチヒーローでもない。不思議なムードの映画だ。「黒み」繋ぎも独特の雰囲気を更に助長している。
でもそういうすべてが、世界に魅力を振りまいていた憧れの「アメリカ」の崩壊というか、オハイオ州生まれのジャームッシュという若い映像作家がそれまでになかった価値観を提示したということだ。
彼は大学で映画を学んだがその最後の年にパリに留学し、そこで小津安二郎作品に出会ったことが大きいらしい。この映画の中にも主人公たちが賭ける競馬のウマの名前に「東京物語」なんて、さりげなく小津へのリスペクトを挿入している。

特典映像の監督インタビューによると、脚本を書いた後、きっちりとしたリハーサルをして脚本どおりに綿密に撮ったとのこと。これもフィルム節約のために何回もテイクを撮らないことへの作戦だろう。「黒み繋ぎ」もオーバーラップをやると、これもフィルムを多く使ってしまうし。ワンシーンをワンカットで撮るということはある程度、キャメラを長く回すので役者にはきっちりしたリハーサルが必要。そしてカットを割らないということで、これもフィルムの節約になる。カットが多いと簡単に倍以上のフィルムを費やす。編集もワンカットしかないのだから悩む余地がなくなる。編集スタジオのおさえる時間も節約できる...つまりカットが多いと撮った後の編集の妙味で作品に様々な変化が可能(音楽でいうところのミックスダウンでいろんなことができるように)だけど、綿密にワンカットで撮り終え後で悩む余地をなくしている。また撮影現場での時間のロスが防げる....カットが多いと、例えば同じセリフを反対のアングルやアップで撮り編集でインサートしたりする場合、別アングルだったら照明をまた一から作り直すので非常に時間かかるし、ロケではカメラ位置がスタジオのように自由にならないのでアングル換えるだけでも大変なこと。その間に太陽の位置が刻々と変化すると時間差が生じてカットがつながらない。また実はキャメラの長回しよりカットを多く割ると俳優の演技も繋がらない場合があり、カット多い時の上手な演技という映画ならではの、情緒で盛り上がる演技とは別の高いレベルの演技が要求される。
この作品はワンカットで撮ってるわけだが、それだけ丁寧な作り込み、リハをしたということだ。
とにかく予算ないならないでも、これだけの作品ができるんだ、というしっかりしたコンセプトを感じる映画だ。

超低予算作品で、ドンパチもアクションもスペクタクルもスターもロマンスもセクシーもない新しいアメリカ映画という衝撃になんていうか...けだるく打ちのめされる。公開当時カンヌ、ロカルノ等の映画祭で賞をとりまくった。資料を見ると、浅田彰、川本三郎、永六輔、坂本龍一、おすぎ、黒沢明、大島渚、村上春樹、ピーター・バラカンらが賛辞をおくっている。

あと劇中にエヴァがかけるカセットから聴こえる音楽が Screamin' Jay Hawkins の「I Put A Spell On You」で、この古くさいブルースがまたいい。この映画のおかげでリバイバルヒットした。
そしてこの後、ジャームッシュ監督は『ダウンバイロー』で再びジョン・ルーリーとコラボした作品を撮った。


(01:02)

2007年08月18日

ZingaraZINGARAは佐久にあるナポリ風イタリア料理のオシャレな店。大きなピザ釜があり、ここのピザは美味しい!パスタもgood! そして大きな窓の向こうに浅間山が見える景色が素晴らしい。湯川の土手の上というか高台にあって気持ちいい眺めだ。
軽井沢から15分くらい、御代田と佐久平の間にある。


(01:37)

2007年08月12日

Joni/LEgendそっかあ〜1月にもJoni MitchellのライヴDVDを紹介したけれど、ジョニの音楽って「ロック」っていうふうにはあんまりとらえてなかったんだけどオ、このDVDのタイトルがROCK LEGENDシリーズだしねえ、まあ今回もROCKにしときましょう。ROCKが1970年代にポップ界のメインストリートになった後は猫も杓子もROCK,ROCKだもんね....ROCKってなんだよ! ロックっぽくやろうよ、なんて気軽に言う奴に注意せよ!! 今どきフォークっぽくやろうよ、とは誰もいわないか、その手は「アコースティック」なんちゅう言葉に置き換わった。....最初から脱線してますね、失礼。

Rock Legendシリーズの『JONI MITCHELL』。シンガーソングライターYukkoより借りてみたんですわ。ジョニのDVDなら買ってもいいんだけど、1990年代にフュージョンというかロックのテクニック系のバンドをバックにやってるライヴ、これはまったく好きになれなかったので。今回借りて見れてラッキー。でもこれはジョニファンにはとても良いものデシタ。

さてさて....これは本人のインタビューをメインの進行としつつ当時の映像、他のミュージシャンのインタビューからなるDVD作品。
ジョニ・ミッチェル(ロバータ・ジョーン・アンダーソン)は1943年11月7日カナダのメードストーン生まれ。小さい頃に小児マヒになったが、その後子供の頃は反抗的でロックのダンスコンテンスなんかによく行ったり、タバコは9歳から吸っていたとのこと。そしてその頃から絵は上手くて画家になるつもりもあったようだ。アホって感じじゃないから相当個性的な人だったんでしょうね。1965年にチャック・ミッチェルとフォークデュオを結成、ライヴ活動を行う。このデュオ音楽は当時のいかさないフォークっていう感じ。そしてニューヨークに出る。チャックと結婚もするがすぐ離婚。ジョニ曰く「アタシはチャックの金ヅルだった」。また、チャック・ミッチェルと出会う直前に別の男性との間に娘を出産するが、ジョニ曰く「お金がなかったの」で、やむなく里子にだしてしまう....その相手の男はどうしたんだろう?...とまあそんな話をインタビューであっけらかんと、淡々とジョニは語る。またチャックとの結婚生活も嘘で固められたものだったと告白。

そしてアメリカでデヴィッド・クロスビーに出会いソロデビュー作『青春の光と影』(初めて作曲したのがこの名曲だそうだ、凄い!)をリリース、成功への道を歩むわけだ。この頃はロックムーブメント直前、勿論ストーンズなんかは1965年に「Satisfaction」を大ヒットさせているがまだまだロックがポップ界の主流ではない時代、ジョニもジュディ・コリンズやジョーン・バエズのようなキレイキレイなフォーク姫スタイルだった。そしてニューヨークのグリニッジビレッジでの新しいカルチャームーブメントの中で注目され、その後サンフランシスコへ移る。そろそろヒッピー、サイケデリック、フラワームーブメント、アシッドの時代だ。そういう若者たちの中心地ロウレルキャニオンに住む。そういえばイギリスブルース界の重鎮ジョン・メイオールも1968年頃西海岸に移住しアルバム『ロウレルキャニオン』を発表している。高校の時、その中の曲をバンドでやっていたデス私、懐かし。

デヴィッド・クロスビーはジョニへ「ドラッグを進めたんだよ」なんて淡々と語る。とにかくイギリスやアメリカのこの手のミュージシャンはこういう話も正直に話すので面白い。日本じゃこうはいかないよねえ。捕まると謝っちゃうしね。デヴィッド・クロスビーのあとはグラハム・ナッシュと恋に落ちるが長くはもたない。ただ最近のライヴでナッシュがトロフィーを届ける場面があるから仲はよさそう。そのライヴ時のベーシスト、ラリー・クラインもジョニと離婚した直後、こちらも音楽パートナーとしてフレンドとのこと。入りくんでいますがハッピーのようです。
あのロックの伝説ウッドストックにも出演予定だったがマネージャーが飛行場でニュースを見て、ウッドストックに何十万人もの人が集まっていると聞いて、こりゃやばいことになったらその直後の全国オンエアのテレビ出演があぶない、と判断急きょキャンセルするエピソードを語る。しかしその後ジョニは「ウッドストック」という曲を書いている。
1970年代に入ると彼女もロックの影響でバンドをしたがえてサウンドも変化していく。ジョニ曰く「それまではトゥインクルトゥインクルのお姫さまキャラだったから変わってよかった」とのこと。確かにフォーク時代はブロンドのストレートな長い髪を真ん中から分け、背もすらっとし、高い声でキレイな曲を歌うナチュラル美人という雰囲気。もろロックっぽいサウンドはあまりあってはいないが、これからがジョニ・ミッチェルになっていく歴史のはじまりだ。

1974年の『コートアンドスパーク』あたりから進化し1975年にはエレキギターに持ち替えている。そしてドラムのジョン・ゲランとロマンス(その後別れる)。1975年『夏草の誘い』でL.A.エキスプレスとのコラボあたりからジャズに接近。その理由は「ベーシストはいつも私を束縛する」というところから、「じゃジャズのベーシストとならいいんじゃない」というアドバイスを受けたからだそうだ。いやいやこの辺りもジョニの凄さだ。普通はベースにはきちんとルートをキープして欲しいとか思うのに、だ。そしてジャズ界でも最高のベーシスト、ジャコ・パストリアスとのコラボレーションでほんとうに誰もが到達できない独自の音楽をつくってしまった。ウェイン・ショーター、パット・メセニーらと対等にバンドしちゃうのだから凄いとしか言いようがない。ジャズ界の大御所チャールズ・ミンガスとも交流し、アルバム『MINGUS』を発表。
その頃の音楽を知って改めて1967年頃の映像を見ると、でもでもその片鱗はある。ギターのストロークをみるとちゃんと16分音符のグルーヴをマスターしている。そしてギター、ピアノ、アパラチアンダルシマーなどを弾きこなすが、特にギターのオープンチューニングでの作曲は他の追従を許さない。それは、通常はアメリカンなブルース系のミュージックでの使用なのだがジョニ・ミッチェルの場合は和声が印象派風というかジャズのモード的な感覚なのだ。ポップミュージックのシンガーソングライターでコード進行から解放されてる人ってなかなかいない。ビョークとかジョニ・ミッチェルくらいだ。彼女らの感覚的な才能は並外れている。
映像の最後のほうで1960年代に里子にだしてしまって別れ別れになっていた娘との再会を最近果たしたことにも触れている。探したらしい。娘には何人か子供がいていきなりジョニはおばあちゃんになってしまったようだ。それらの映像場面もある。なんか別の番組になっちゃうような....まあでも凄い人生してる。

ジョニ・ミッチェルに関してはこのブログの今年の1月7日にもライヴDVDの紹介をしているので、興味あったら左下のアーカイヴスからたどっていってください。



(01:26)

2007年08月11日

ユリ植えてもいないのに、うちの庭に大きなユリが咲いた。そうそう春頃に、なんか知らない枝がタラの芽の横に、にょきにょき伸びたと思っていたが、ユリだったんです。数ヶ月で1メートル50センチは伸びたってことだ。すげえ!今では4つも咲いてます。手のひらほどもあるのでけっこう目立ちます。野生のユリってことだし、なんかラッキーって感じ!




(注)たぶんこの下に出てるはずの広告はなんの許諾もなく勝手に掲載されます。無視してください。


(02:14)

2007年08月08日

おひさま種 ともこ『おひさま』Infinity Records RUCQ-1002
種さんのニューアルバム。今回はナマ楽器中心にアレンジされてるので彼女の声もリラックスしているような...もしかしてこっちの耳の問題かも。ナマ楽器の存在感が...なんか空気感というか、聴感上を超え精神的な拡がりを誘う。歌は前にも増して、例えばフレーズの出口にも独特のニュアンスがこめられ、丁寧で他の人にはない食い込み方で心をえぐる。こんな表現でスンマヘン。ウィスパーや早口メロディやファルセットや強いシャウト、自分でのコーラス、ハモリ等、様々な語り口が聴くほうを楽しませてくれる。歌詞の発想もいろいろな視点で書かれている。

「おひさま」はコーラスやピアニカ、パーカッションがキュート、キックのチープ系打ち込みの音もこのサウンドにばっちり。
珍しくサックスが入ってる「Let's Dance All Night」はギロとかのパーカッションが楽しい。「出町柳」。京都行って詩仙堂とか曼殊院行く時は出町柳から叡山電鉄に乗る。この始発駅、出町柳って昔からいい名前、いい響きだよなあって....種さんに先にやられた!「FAKE」は僕好みのロックチューンだ。ギターのストロークがすげえ好き。ミディアムスローにちょい跳ねたメロディのノリがこれまたかっこいい。前のアルバムでもこういうグルーヴがはまってたっけ。前に僕が「Drugstore Girl 」という映画主題歌のロックポップ曲を書いた時「周防はロックのシンズイ知ってる」と誉めてくれたけど(ヒジョウニウレシ)、この曲こそロックの神髄を知る人ぞ創れる曲だぜ! 「おでん」こういうスローマイナーなところにこの歌詞!なるほどねえ...ウィットに翔んでるゥ! 「ワタシだって泣きたくなったっていいじゃない」はウェットなタイトルだけど、メロディはドライなゴキゲンな曲。種さんにウェットでめそめそはまずないよねえ。仮にそういうメロディでもフレーズへの切り込み方がバシッとグルーヴするから。「ジョディ」は物語的な詩にティンパンアレイ(ホソノさんのやってたバンドのことじゃありません、話は1910年代NewYorkティンパンアレイ街にさかのぼってしまううけど.....要するにヒットチャート的な曲...これはこれでいいんですが)的ではない深い音楽に導いてくれる。深き作詞作曲術、素晴らしい。サウンドもさりげなく凝っていてアルバム中一番くるかも!!! 似てるとかではないけど、ジョニ・ミッチェルとかポール・サイモンの最新作を思い浮かべた。ティンパンアレイよりアートに。
エンジニアは近藤祥昭(Gok Sounds)。僕も近藤さんには十数年前BREW-BREW『文化ポップ』でお世話になりました。


(00:06)

2007年08月05日

J.T.James Taylor
A MUSICARES PERSON OF THE YEAR TRIBUTE 2006

2006年に行われたMUSICARES主催のジェームス・テイラートリビュートライヴのDVD。やっと見た。「普通は死んでからやるよね、こういうの」ってジェームス本人が途中でしゃべる。客席ではうけてた。そうだよね。アメリカってTRIBUTEとかHall of Fame(殿堂入り)っていうやつですか?好きだし、でもいいんじゃないの。大昔からの伝統も大切だけどここ100年程でここまで世界中に広まり、そのライフスタイルにまで影響及ぼすようになったポップミュージックというものについて、深く語られたり、功績ある人を讃えるのは。音楽の経済効果あるし、Great American Pop Musicの伝説づくりに前向きではあるんだよね。
まあでもとにかく、それに選らばれるだけのジェームス・テイラーはほんとうに素晴らしいシンガーソングライターだ。キャロライナ生まれのマサチューセッツ育ちらしい。南部のR&Bグルーヴに北部の洗練された気品がブレンドされた感じは確かに...ってところだ。1960年代末にビートルズの設立したAPPLEからデビュー.....これ、リアルタイムで憶えてる。この時はあまり感じなかったけど。APPLEもすぐなくなりBeatlesも解散だしね。 1970年代にはすごく聴いてた。ジャケット裏の自宅スタジオ風の演奏風景にもメチャ憧れた。

このコンサートでは様々なミュージシャンが一曲づつ彼の曲をとりあげる形式でステージは進む。ジェームス本人は客席でとても綺麗な夫人と子供(ジェームスって60過ぎてるよね?でも2人の子供は5〜6歳だな。孫?)とそれを見て、時に手を振ったりしている。クリントン前大統領の紹介でライヴが始まる。
出演しているのはジャクソン・ブラウン、シェリル・クロウ、デヴィッド・クロスビー(この3人で一緒に歌う)、ボニー・レイト、ディキシーチックス、ドクター・ジョン、タジ・マハール、ブルース・スプリングスティーン、スティング(リュート風な古楽器での弾き語り)、インディア・アリー、キース・アーバンにキャロル・キング。キャロル・キングが全然若いのには驚き。声も昔より出てる感じ。ご存知「You've got a friend」を歌うが後半ジェームス・テイラーも飛び入りデュオになる。いやあなかなか凄い。凄い...って圧倒するようなパワーとかテクとかそういうことじゃなくて、やっぱりこの2人のポップミュージックの品格というか、センスのよいアメリカ人というか。曲も臭い盛り上がるような感じじゃないし、なんかさりげないし、爽やかな名曲の感動ってところだ。

その後J.T.のライヴとなる。リズム&ブルースなんかを歌うところはさすがだ。彼のフィーリングは実は黒っぽいのだ。ただそれをモノまねコピーするのではなく自分の感覚に置き換えられているところが素晴らしい。
バックのバンドはスティーヴ・ガッドが率いる強力リズムセクションにブラス、コーラスが加わっている。70年代、J.T.といったらドラムはラス・カンケルにベースがリー・スクラー、ギターがダニー・クーチマーらが思い浮かぶ。最後のMCでJ.T.は彼らの名前をあげ感謝の意を表していた。

***お詫び***  一時、不適切な広告が書き込まれたために「こうもり」の文章を削除し、新たにアップし直しましたので、コメントが削除されてしまい大変失礼しました。



(02:30)
カブトムシ近所の太郎山を散策中、草むらからでてきたカブトムシと遭遇。2週間くらい前にはクワガタにも出会ったが、その頃けっこう気温低くて18度前後の日が続いてた。クワガタはその気温だとまだ活動できないらしい。さすがにここんとこは暑い。軽井沢も27度いったらしいのでカブトムシも活動開始の季節がきたっちゅうわけだ。いちおう自動車も通る道だし、草むらにお誘いしバイバイした。元気でね!


(00:49)

2007年08月04日

こうもりへび、きのこ、ときて今回はこうもりダァ〜!夜たまたま開けたドアからこうもり侵入。家の中をがんがん飛び回り2階の洗面室に入ったところ、ドアを閉めちょうどYukko Solo Projectのレコーディングで来ていた坂口賢一さんが捕まえてくれた。しかしコウモリって暗いところが好きなんじゃね〜の?家の中は明るいのになんでぇ?コウモリってからだのバランス的にはアタマがめちゃ小さいのでカワイイとも言えるが鋭い歯の目立つルックスはちょい悪系でした。

*** 不適切なものが勝手に入るので書き込みしなおした。コメントが削除されしまい失礼しました。



(01:31)