2008年04月

2008年04月28日

龍岡城趾公園写真は26日、臼田にある龍岡城趾の桜。
臼田は軽井沢から車で30〜40分の佐久市、中込の少し南にある。小海線臼田のひとつ野辺山寄りに龍岡城という駅があり、そこから2km余り東に行った辺りに龍岡城趾がある。日本では函館とここしかないという五稜郭のつくりになっている。ただし規模はすごく小さいが。とにかく東京では1ヶ月前に咲き、今は青森の弘前だ、北海道札幌が例年より早く開花、なんていうニュースがあるのにこの辺はやっとだ。やはり標高高いと相当遅いということなんですね。おかげで、東京〜軽井沢の行ったり来たり生活で移動疲れのかわりに2度3度と桜を見れる季節を送っている。 (写真の上をワンクリックで大きく見れます)

(02:38)
雪窓しだれ桜御代田にある雪窓(せっそう)公園の桜が満開(4/26)。御代田は標高800mくらいはある。軽井沢は950mから1000mなので咲いてるのも少しあるが、まだ数日かかりそう。

(02:28)

2008年04月25日

木が横

復習しつつアメリカ合衆国でのポップ歴史を追う.....

●1492年ヨーロッパ人のコロムブス西インド諸島へ到着、これ以後ヨーロッパ人の南北アメリカ大陸への移住が始まる。
●1518年 西アフリカからカリブ海の島に奴隷が連れてこられる→→→以後約370年間に1500万人(実際は4〜5千万人?とも言われている)のアフリカ人が奴隷として南北アメリカ大陸に来る。
 1873年に最後の奴隷船。主にセネガル、ガーナ、ナイジェリア、マリ、シエラレオネ等西アフリカから。
●1619年にアメリカ合衆国ヴァージニアに初めて20人のアフリカ人奴隷がオランダ人によって連れてこられる。 1776年イギリスより独立、アメリカ合衆国誕生。
●19世紀にミンストレルショーなど大衆芸能が発達。
 アングロサクソン系からは物語り歌のBALLAD,アイリッシュ、スコットランド系からはジグ、リールといったダンス、ダンス音楽が、また教会音楽、クラシカルなアカデミック音楽も持ち込まれた。
●19世紀末に黒人の間でブルースが生まれ、奴隷貿易の拠点ニューオリンズでジャズが生まれ、20世紀に入り   ショービジネスの形と内容が多岐に渡り、ラジオ、レコードが大衆文化の担い手となったころからポップミュージックという形態が’確立した。          

その3では奴隷制度の元での黒人音楽を追ったが19世紀の白人の動きは.....



■スティーヴン・コリンズ・フォスター 1826〜1864
「おおスザンナ」「草競馬」「バンジョーをかき鳴らせ」「金髪のジェニー」等、ヨーロッパ風な品格、ロマンティシズムに黒人音楽を取り入れた作風のアメリカ合衆国史上最初の大作曲家。

流行した要因に〈出版〉されるようになった「楽譜」の存在、「旅回りの芸人」たちが流行らせた、ということが’大きい。ただ著作権の権利、概念がないために経済的には困窮し、38歳という若さで失意のうちに人生を終っている。

 *作曲家ルイ・ゴットシャークは幼時に見たニューオリンズ、コンゴ・スクエアでの黒人音楽&ダンスをモチーフ  に、パリで音楽留学した後に「Bamboula/danse desNegres/fantaisie」として発表。1851年には当時の黒人音楽のメイン楽器だったバンジョーを題材にした音楽「BANJO」はジャズの到来を暗示したとも言える。
  数十年後RAG-TIME MUSICの黒人作曲家スコット・ジョプリン(映画音楽にも採用された「エンターテイナー」は超有名なラグタイム曲)に影響を与えた。

■ミンストレル・ショーMinstrel Show 
ミンストレルショーは中世ヨーロッパで王侯貴族に奉仕したプロフェッショナルな芸人に始まるスタイルが元になっている。アメリカ合衆国でのミンストレルショーは下層階級向けで、白人が顔を黒塗りにして黒人風を装い軽いミュージカル風なものを行うものだった。

●1827年 G.ディクソンの「真っ黒けのバラ」が最初の頃に評判になったミンストレルショー。
●オリジナル・ヴァージニア・ミンストレル一座「ディキシー」は人気を博した。
●エドウィン・P・クリスティ一座はスティーヴン・フォスター作品を流行らせる。
●大河ミシシッピ川でのミンストレルショー興行→→「ショーボート」と呼ばれた。
 1849年からのSHOW BOAT「ヒューロン号」は10年間ミシシッピ川を上下し人気あった。

●Barber Shop Quartet と呼ばれる理髪店で行われた素人のど自慢コーラスが流行。→→後のミルスブラザーズはこの流れから出てきたグループ。
●この頃の歌の唱法はまだクラシカルなものだった。


●南北戦争(19世紀中頃)後は本当の黒人によるミンストレルショーも出現した。しかし、1860年代末には衰退。代わってヴォードヴィルが盛んになった。


(参考文献:ミュージックマガジン社 中村とうよう、青木啓、日暮泰文、濱田滋郎、長門芳郎...各氏の文)

つづく.......



(23:53)

2008年04月21日

ミズバショウ

東京MPJでの「周防義和映像音楽作曲講座」近づいてきました。再度お知らせ致します。
今回はコメディドラマの音楽分析を中心に行いたいと思います。

【日時】
  第1回4月24日(木) Start 19:30 (Open 19:00)
  第2回5月 8日(木) Start 19:30 (Open 19:00)
  ◇全2回の講座です。
  ◇受講締切:4月23日(木)※定員になり次第締切ります。
【場所】MPJ事務局
MUSIC☆PORT JAPAN(MPJ)代表 朝生眞二
Tel:03-5907-7383 Fax:03-5907-7384
office@musicport-j.org
http://www.musicport-j.org/ 
http://musicport-j.org/form/

写真は諏訪ザゼンソウの里のミズバショウ。




(19:08)

2008年04月14日

2008年04月10日

ザゼンソウの里軽井沢から佐久、浅科、望月町、立科と中山道の旧道を抜け、途中から大門街道に入り、車山高原姫木平で昼食(韃靼蕎麦を食す)休み、雪の残る標高1200〜1300mの白樺湖を越えて茅野に出る。ここから西に杖突峠山越えすると桜の名所「高遠」に向かう杖突街道だが、この日は諏訪の諏訪大社上社の前を通り豊田から有賀峠に山越えだ。
諏訪までは高速で行くと早いが遠回りではあるし、旧道、旧街道好きの私!人間としてもそろそろだいぶ旧?!(これはやばいが)のほうだし、そっちでドライヴした。塩名田、浅科辺りの風情はなんか数十年前っぽくっていい。そしてこの日の目的地は有賀峠を越えてすぐのあたりにある「矢の沢の森」にある「ザゼンソウの里」。
森の斜面の湿地には3万株の座禅草が群生しているとのこと。ザゼンソウは春に咲く湿地の植物でミズバショウとともにたくさん出会えた。僕はザゼンソウ見たのは初なので感激!
この下にザゼンソウの写真あります。


(23:24)
座禅草赤紫の濃い色の「ザゼンソウ」はなんかキュートで密やかに上品にその湿地の中に佇んでいる。
隣には「ミズバショウ」もたくさん群生。ミズバショウはほんとうに爽やかな色で綺麗なのに比べ、ザゼンソウの色濃い雰囲気はまた別の魅力に満ちている。でもなんか兄弟のようで微笑ましい。この湿地の木の道の散策は、これこそほんものの癒しの時間だった。



(23:16)

2008年04月03日

周防歌う自分が今まで、いち視聴者で見てた番組なんかの仕事が来ると不思議な気分だ。
ああ〜あそこに入っていくんだ...みたいな?
で、その番組はNHK『課外授業・ようこそ先輩』で、何回か見ていて好きなテレビ番組だったのでなんか嬉しかった。
4月からリニューアルされるのですが、そのテーマ音楽とメインタイトル部分のサウンドロゴ音楽を作曲した。音楽の内容は、な..なんと僕のヴォーカルメインで他の楽器は弦楽セクション、B3ハモンド、マリンバ等そしてメロディはウクレレなどで、これも僕Plays。
番組冒頭のいわゆるサウンドロゴ的なパートでは16ビートのリズムパッセージをパートごとにすべて僕の声でダビングし、尚且つ僕の声で「ようこそせんぱ〜い!カガイジュギョ〜!」とシャウト。周防義和ヴォイス大活躍の音楽になりました。NHK音響デザインの福井純子氏のよき音楽プロデュース。

『課外授業・ようこそ先輩』は各界で活躍されている著名人が母校を訪れて、そこで現在の生徒たちに、先輩としてその専門的な知識を生かして特別な授業を行うというなかなか興味深い内容の番組。オンエアは毎日曜日13時05分〜13時34分NHK 。再放送は教育テレビで翌週月曜日の午前1時5分から、またBS2でも再放送される。
近々では4月6日の昼1時5分ということです。内容も面白そうです。
写真は渋谷NHK506スタジオのヴォーカルブースで、ワタシウタウ。(photo:松井香)


(23:07)

2008年04月02日

underneath写真は下北沢のタウンホールの横の路地のビルの2階にあるヴィンテージギター、中古ギターの専門店「UNDERNEATH」。オーナーの武市さんとは十数年来の仲になる。彼のアドヴァイスでギター購入したり、リペアしてもらったりしている。店に入ったらいきなりストーンズの曲がシャッフルされかかっていた。「UNDERNEATH」の詳しくはこちら。ElectricGuitarに一家言あるかたにはばっちりなショップ。


(00:15)