2008年09月

2008年09月29日

be3a17b0.jpg市川準監督が亡くなられた。(写真:市川準監督 撮影:勝田友巳)

先々週の金曜日知りあいのプロデューサーからの電話は耳を疑った.....
映画の編集作業をした後、ひとりで食事中に倒れ、病院で帰らぬ人となってしまったとのこと。 ショックだ。ほんとうに今でも市川さんとまた仕事するんだとうなあ...って思いつつだったから、実感わかないし....報道ステーションで訃報が紹介された時は、こんなニュースの場面に市川さんの写真が、と.....

映画は20本も撮っている....ほぼ毎年制作していた感じだ。CM界では20年以上超売れっ子演出家だし、仕事し過ぎではないだろうか。ある映像プロデューサーの話など聞くと、夜遅くに編集を終え次の日会うと、また編集の別のアイデアを考えていたいたという。そこまでの段階のコピーを自宅で確認し、次の日にのぞんでいたわけだ。プロデューサーが「監督、ちゃんと寝る時間あったんですか?」と聞くような状況。とにかく映画、映像の世界に24時間入り込んでしまっているような人だった。

僕は市川さんには大変大変お世話になった。数多くのCM作品、NHKでのハイビジョンNAドラマ『江分利満氏の優雅な生活』(平田満主演)、そして2001年には映画『東京マリーゴールド』(田中麗奈、樹木希林、小沢征悦出演)の音楽を担当させてもらった。2007年公開の映画『あしたの私のつくり方』では音楽監修というカタチで作品にかかわった。市川監督は優しい人だった印象が強い。いつも静かな声でしゃべっていた気がするし、映画の演出においても基本的には淡々と静かな作品が多い。

市川監督との出会いは1990年代はじめに「カネボウ旅の宿(加藤剛出演)」というCMで、その前にやはりカネボウの別商品のCMを別の演出家と仕事していたのだが、その時のカネボウホームプロダクツの方が、市川監督に「周防義和っていいよ」と奨めてくれたらしく、いきなりCM界の超ブランド監督市川準から直で作曲依頼がくるという珍しいカタチでの出会いだった。音楽録音スタジオで市川監督は僕の音楽を気に入っていただき「いつか映画をやろう」と言ってくれた。初めての出会いでいきなり映画音楽の依頼にとても感動した記憶がある。

その後CMでは
「資生堂エリクシール(小泉今日子出演’99’00)」---撮影所にお邪魔して打ち合わせした思い出もある。
「たんすにごん(桃井かおり、サッカーの中山選手出演篇)’95」----溝口健二監督の映画を見とくようにVHSを渡された。
「大同生命(鈴木京香出演)」---「テキサスの黄色いバラ」をジャズワルツ風にアレンジ。
「NTT docomoFoma9(坂口憲二、長谷川京子出演)’04」---フランス語のポップソングを作曲。
「伊藤園お〜いお茶(市川新之助出演)’00〜02」---日本の古い曲「美しき天然」をアレンジ、その時の市川監督の言葉は「斬新にアレンジして!」のただひとこと。
「NTT docomoケータイ日記’04」---ボブ・ディランの「風に吹かれて」をアレンジ。デモで仮歌を僕が歌ったが、市川監督が「周防君の歌でいいんじゃない」となり、ちゃんと歌手をスタンバって録音したのに僕の歌でオンエア。僕は編曲者としてだったのに、スタンバって起用した歌手に「ごめ〜ん、僕のヴォーカルになっちゃって」。僕もいくつかCM歌ってますが、こんなメジャー広告で歌ってしまったのはちょっと記念すべき作品。
「NTT ME(役所広司出演)’04」---マリンバとかをフィーチャーして作曲。
「味の素ほんだし(田中麗奈、樹木希林出演)’98〜’05」----8年に渡って1曲の自分のオリジナル曲でこのシリーズを通した記録もんのお仕事になり、尚且つ映画にもなった。8年にも渡って同じキャストで撮られたので樹木希林と対等に演技する田中麗奈の成長ぶりも見物だった。作品は電通賞を受賞し隅田川の屋形船で受賞パーティした。
「ナショナルレンジ炊飯器(田中裕子出演)’00」---フランス映画風な感じのアコーディオンとスティールパンでのワルツを作曲。
「セキスイハウス」----打ち合わせでフランス映画「大人はわかってくれない」(フランソワ・トリュフォー監督だっけ?)のワンシーンを見た。なんか監督にはそんなイメージがあったのだろう。
「地上デジタルお知らせ(草なぎ剛出演’07〜08)」---CMとしては市川さんとの最後のお仕事になった。「パッフェルベルのカノン」をアレンジしたが、いろんなフレーズを入れた為、原曲は崩壊し、ほぼオリジナル音楽みたいになった。まあいいか。また監督はスタジオで「デモと同じだね」と注文をつけられ「彼女歌うよね」とキーボードでスタジオ入りしていた小石巳美が突然歌うことになった.....などなど、どれも素晴らしき作品=市川ワールドで、そのワールドの中で音楽側から参加させていただいてとても光栄に思うし感謝しています。そして僕のいろいろな面、またはなかった面を引き出してくれたような気がする。

市川監督はトニー・リチャードソン監督の「蜜の味」「長距離ランナーの孤独」を自分のバイブルと言い、映画『東京マリーゴールド』に入る前にこれを見なさいとVHSをくれた。その2つの作品は僕も大好きになった。

そして勿論、僕とのお仕事は市川監督にとっては氷山の一角で第1回監督作品「BU*SU」から映画に取り組み、「東京夜曲」(長塚京三。桃井かおり主演)ではモントリオール映画祭最優秀監督賞を、「トニー滝谷」(イッセイ尾形、宮沢りえ主演)ではロカルノ映画祭で受賞されている。CM作品での受賞は更に数多い。

映画『東京マリーゴールド』の仕上げ作業で調布のニッカツ撮影所内のダビングスタジオに6日間くらい通った。スタジオのドアの辺りで「ちょっとちょっと」と手招きをして僕を呼んだ。なにかと思うと「これでいいかね?」って音楽とのミックス作業のよしあしを聞いてきた。そんな時もわざわざ呼んで静かな声で話した。最後の日、監督はぼそっと言った「今日で終りかあ」。市川さんは映画撮っている時編集や仕上げ作業等、その制作過程をほんとうに楽しみ、そこに幸福感を見いだしているようだった。59歳だったし、これから、CMもセーブしてほんとうにこれぞという映画作品を撮ったのではないかと思うと残念でたまらない。とにかく、ちょっと待ってよ市川さん、なんでなんでそんなに早く逝ってしまったんですか、市川さん!と叫びたい気持ち。慎んでご冥福を祈るばかりです。





(17:28)

2008年09月22日

f286f424.jpg9月のはじめ頃、うちから車で40分~50分くらいだっただろうか。信州湯の丸高原の池の平湿原を2時間弱程散策。
ここは上信越国立公園で駐車上がすでに標高2000メートル以上ある。そこから行きは少し下ったところに三方ヶ峰がある。そこまで木の遊歩道、チップ舗装の道がずっと続き歩きやすくなっている。鏡池という小さな池もある。
6月から8月が高山植物の花の見ごろ最盛期だが、この9月アタマにも「ワレモコウ」「オヤマリンドウ」「マツムシソウ」「ノアザミ」「ヤナギラン」「ハクサンオミナエシ」「ヤナギラン」などが見られた。いやあほんと、気持ちいい場所のベスト地点のひとつだあ!また行こう。



(22:03)

2008年09月11日

60e8de2f.jpgMPJで「周防義和ポップ作曲講座」が開かれます。
春の講座は映像(ドラマ)の劇中音楽作曲編曲についての講座でしたが、
今回はポップミュージックのスタンダード楽曲(1960年代70年代90年代2000年代)4曲に焦点をあて、また周防義和のオリジナル曲も含めて深〜く掘り下げたいと思います。歴史的な名曲を学ぶことで作曲法への突破口、また一般的なポップミュージックの重要な知識としても参考にしていただければと思います。

日時:第一回10月1日(水)19時30分から約2時間(講義)
   第二回10月15日(水)19時30分から約2時間(参加者の課題発表)
   この2回の講座でワンセットです。
場所:東京大塚のMPJに於て。
主催:MPJ
講師:周防義和

詳しくは http://blog.livedoor.jp/mpj_events/



(01:32)

2008年09月09日

3094059b.jpg作編曲家の小川よしあきさんが亡くなられた。(60 歳代後半だと思うが心臓病の持病があった)僕は音楽業界に入った1977年くらいから数年はよく小川さんのレコーディングに立ち会っていて、弟子だったわけではないが、ほんとうにお世話になった。神田小川町の生まれ育ちの生粋の江戸っ子の小川さんは、いかにも江戸っ子らしい都会的なセンスの人だった。雑学博士の面も持ち合わせていて飲みに連れていってもらうと楽しい話がはずんだ。僕のようなロック育ち、ジャズ育ち人間がストリングスを作曲できるようになったのも小川さんのスコアを見て憶えた面も大きい。熱い情緒派ではなかったけど、かといって理論派でもなかった。江戸っ子さっぱり派でしょうか。ただプロデューサーには最も重宝にいろんな音楽をうまいことつくってくれる大事な人だったのではないでしょうか。

その小川さんも音楽は独学のようだが若い時に映画音楽の巨匠でシンセサイザーでのクラシックのパイオニアの作曲家富田勲さんのところに出入りしていたとも聞く。
代表作であるテレビドラマ『岸辺のアルバム』は僕にとっても思い出に残るドラマで、日本を代表する脚本家の山田太一作の社会派風ホームドラマとでもいうべき大ヒット作だった。多摩川の狛江が舞台のそのドラマは普通の幸福が成立していると思っていた普通の家庭が、実はいろいろあり、一家の主(杉浦直樹)は商社マンで東南アジアで人身売買が絡む違法行為をしていたり、娘は娘でいろんな意味で乱れていたり、で家庭が崩壊していく、妻役は八千草薫だった。家庭が内側から崩壊していく時、台風で多摩川が洪水を起こし狛江のこの家が流されてしまう、実際の家も崩壊していった時に家族は精神的にあるつながりへ導かれる・・・という深い話で実際あった狛江の洪水をもとに山田太一が鋭い作品を書いた。

音楽は主題歌のジャニス・イアンの「Will You Dance?」。これはハバネラ風リズムにのったジャニスの内省的な、でもリズムのある素晴らしい楽曲。そしていわゆるタイアップのテーマ音楽ではなく実際に劇中でも使用され、小川さんの劇伴奏音楽にもそれを反映したもので制作された。この時代は予算も恵まれていて毎週音楽録音を早稲田AVACOスタジオで行っていた。(今の時代NHK大河ドラマでさえ「ため録り」と聞くので、毎週、その話ごとの音楽録音してるドラマはないのではないか)
地味な仕事かもしれないが小川さんの秀逸な音楽がとても生きたと思う。僕はTBSテレビでの打ち合わせとレコーディングとほぼすべてに音楽制作助手みたいなぺーぺーの立場で立ち会った。TBSの演出の鴨下さんの鋭い演出は音楽にも向けられた。

小川さんはCM 音楽の専門家でもあり、おそらく3000~5000曲くらいは作曲しているのではないだろうか。当時は音楽プロダクションが毎週スタジオをレギュラーで3日間はキープ(仕事があろうがなかろうが)してあるという今では考えられない時代でした。(ちなみに今のCMの殆どは事務所の小さなスタジオで打ち込み中心に録るプロダクションが全盛)凄い量の仕事をこなす景気良い時代だったようです。
シベリウスの作品をアレンジしたCM 作品で日本広告音楽制作者連盟(JAM)でのフェスティバルで受賞している。そのレコーディングにも僕は立ち会っている。
「MOVING」というキャッチコピーでオンエアして好評を得た小川さん作曲の伊勢丹のTVCMでは当時人気のコーラスグループ「サーカス」が歌い坂本龍一編曲でレコード化された。そのCMversionでのシンセサイザーのリフレインフレーズでは僕のアイデアを生かしてもらった。まだ20代なかばの僕にとっても光栄な出来事だった。自分が参加したからではないが小川さん編曲のVersonのほうができはよかった。

また十朱幸代さん主演の連続テレビドラマでは「周防君も手伝いで書いてみろ!」数曲助手的に作曲させていただいた。またフロリダ半島やマイアミ辺りの自然、街をドキュメントしたビデオの仕事でも1曲作曲させていただき、この時は小川チームのゴースト扱いではなくクレジットされ印税も入るようにしていただいた。ありがとうございます。
また1970年代後半、まだコンピュータ打ち込みもほぼない時代だが、当時ロック系のリズムセクションをヘッドアレンジ風にあまり譜面に書かないでもレコーディングできることに危惧をいだいておられて「今のレコーディングはリズムセクションなんかはスコア書かなくても彼らがうまいこと演奏してくれるからたいしたことない作曲家でもどうにかなる」と、厳しい忠告も発言されていたことを思いだす。

僕が音楽担当した映画『Shall weダンス?』のサントラをさしあげ喜んでいただいたが「周防君、社交ダンスの音楽ってちょっと違うだろ?」って言われた。そうですねえ、僕の音楽は社交ダンスの職人的再現の音楽でないですもんね。「社交ダンスの音楽」って割り切って受け身に捉えるのがイヤだったので・・・だいたい僕の場合良く言えばオリジナル性がでちゃってんです。そこら辺は職人系の小川さんとは意見別れたでしょうね。でもそんな議論もできないのはちょっと寂しいです。

小川さんの音楽は洒落たインスト的な音楽で最もそのセンスが発揮されたと思う。ちょっとセミクラシカルでポップな辺りの。フランシス・レイなんかの雰囲気からデイヴ・グルーシン手前みたいな.....。地味だけど、趣味のよい、そしてあまり泥臭いメロディは江戸っ子のテレでできなかったのかもしれない。世代的にはロック色だったりはしないが、かといって歌謡曲でもない。さっぱりした性格を反映されたプロフェッショナルなサウンドをつくられていた。
慎んでご冥福をお祈り致します。

(01:03)

2008年09月02日

80b1daf5.jpgこのこととかあまり書きたくないけど...専門家でもないし、マスコミ通じて知るだけの上の感想だから軽薄承知の上で書いてしまおう。昨年安倍っちゅう人が辞めた時も静観してたけど、またじゃなあ。「ボクや〜めた」って、簡単に首相投げ出すの流行してんの、この国は?
内閣改造して「安心内閣」とかなんとか旗印あげたばかりじゃないのかな。しらけあきれた9.1。もともとどうしても首相になりたいわけでもなくコンセプトができてた人でもないし。選び方にも問題ありだ。

去年辞めた人気だけでなったアベの「美しい日本」(勿論ウケ狙いのただのキャッチフレーズでほんとうにそんなこと考えてない)とかいうのも酷かった。政治家に感性感覚的なことを強制されたくねえぞ、なんて思ってたら突然辞めた。直前に「身を賭して職を全うする...」なんて言ってたんだから、そういう輩は議員として政治家としての職も辞めるべきだぜ。あの人、気持ち悪いよ。急にカメラ目線で質問に答えたり。ボクちゃん内閣だっけ?おばちゃん人気あるから党もしようがなくアベにしたのか。最近復活って誰~も信じてねえぞ。

今回の福田総理も2世議員の育ちの良さが悪い方にでた。党首討論で自分を「かわいそうなくらい苦労しているんです」とか言ってたっけ。表現として説得力ナシ、魅力もナシ。かわいそうで苦労するような育ち人生は送ってこなかったんだろうな、とか思うだけ。「かっこ悪いことはかんべんしてよ」的な雰囲気がする人だ。2世議員が52%だって。ちょっとそういう国は異常らしい。そういう人、選んでんの国民の皆さん(勿論投票率40%とかそんなくらいのうちの中でのメジャーな比率だから10人いたらその「3分の2くらいはオレ選んでねえよ」かもだけど)なんだから反省せねばだ。

フクダソ〜リはなんかすべて他人事のような言い方だし、ねばりのない人、庶民感覚あるわけない。「国民目線」なんてよく白々しく言ええたもんだ。拉致家族の方には「自分の任期中に解決する」なんて大嘘言ってたことになる。パフォーマンスは嫌いとか言って充分見せかけのパフォーマンスじゃんか。いい加減だなあ。辞意会見で「私は客観的に自分を見ることができる、あなたと違ってね」って自信もって記者に向って感情的になった。そうかなあ?だいたいその記者に失礼だ。客観的に自分を見ることができるんだったら最初っから総理になるなって。議員にもなるなって。失敗した人が居直ってるだけじゃないか。説得力ゼロだ。
大昔佐藤栄作が辞意会見で新聞は嫌いだって言って感情的になって全部締め出し、テレビだけにしたっけ。まあそれとは今回の人、違うけど、はるか下の小物だし。

ついでにホシノJA....も言いたいけど。ところで「ホシノJAPAN」って登録商標してるんだって。商売してるよね、しっかり。女子ソフトボールは金メダルとったけど、女子の軟式野球のワールドカップが最近開催され日本チームが優勝っていうのも凄い。これだけいい話でした。
あとはほぼつまらい話で失礼しました。

写真は名前知らないけど面白い植物。勿論サボテンじゃないけどかっこうが目を引く。



(01:35)