2008年12月

2008年12月21日

65aa1237.jpgストーンズ映画、大阪でもう一度見た。1回目は興奮してただけなので2回目はもうちょい客観的になれるかと思ったが・・・いやいや全く飽きさせずに瞬く間に時間が過ぎていった。
大阪で土曜日の夜だったせいか2つ横のおばさんは「Sympathy for the devil」の時、ミックやコーラス陣のれいの「ウッウ〜」をミックの手ぶりと一緒にやっていた。

マーチン・スコセッシ監督は1973年の「ミーン・ストリート」という映画でストーンズの「Jumping Jack Flash」「Tell Me」を使用。総予算75万ドルの低予算作品にストーンズ2曲の許諾料だけで3万ドルを費やす。どうしてもストーンズの音楽が必要で決断した、という経験をもつほどストーンズの音楽とともに自分の生はあったと言ってるほんまもんのストーンズ音楽の理解者でもある。(注:スコセッシ大ヒット作「TAXI DRIVER」は1974年)

スコセッシ監督のこの作品「SHINE A LIGHT」のコンセプトは「親密感=intemacy」ということだったらしい。だからニューヨークの狭い劇場でメンバー感やストーンズと観衆との親密感を撮りたかった、とのこと。
またニューヨーク生まれのスコセッシにとってもそれは自分のドキュメントなのではないだろうか。

とにかく20台にも及ぶカメラワークがとにかく凄いのなんのっちゅうこと。まるで舞台の上でストーンズを観ているかの如く迫力ある。延べ映像は400時間に及び撮影監督が40時間くらいに編集した段階からスコセッシ監督は見たらしい。だからミュージシャンの細かい動き、表情が細かく網羅されていて全く飽きさせない。また例えばサックスのボビーのところのズームアップになると、サックスの音のヴォリュームが上がる
というようなミックスをしている。これは音楽だけのミックスを考えるとありえないのだが、映像としては自然で近づいた楽器の音が上がるということで臨場感を増す効果を与えている。信じ難い仕上げ作業をしているわけだ。

「Jumping Jack Flash」「Shattered」「She Was Hot」「All Down The Line」とアップテンポナンバーで飛ばした後一人目のゲスト、若手実力派ジャック・ホワイトと「Loving Cup」を。あらためて2回目で見るとジャックはちょい硬かったかもしれない。でもとにかくこの曲は素晴らしい。その後珍しく「As Tears Go By」をやる。キースは12弦フォークギター。「Some Girls」 ではミック・ジャガーの弾くテレキャスのギターがイントロから引っ張る。この曲もしゃべり口調の箇所があり、ミックお得意の音楽アジテーションのような雰囲気だ。60年代R&B グループの代表格テンプテイションズの「Just My Imagination」からカントリーテイストの「Far Away Eyes」 と78年アルバム「Some Girls」のナンバーが3曲も続いた。そして2人目ゲストのブルースの重鎮バディ・ガイ登場でマディ・ウォーターズの「Champagne&Reefer」。歌も圧巻な上にギターもめちゃくちゃ個性的なバディ・ガイは明るい。ここらへんでミックやキースも完全にリラックスして楽しんだ感になってきた。続いて「Exile On Main St.」の中の超ごきげんな曲「Tumbling Dice」。これはキース曰く「自分の哲学を最も表現している曲」ということで最高にいい。アメリカ南部のスワンプ系の雰囲気でミディアムスローくらいのいいテンポでリラックスしたムード。「Honky Tonk Women」の延長上にある南部っぽい泥臭いルーズな雰囲気が素晴らしく、これはこういうスワンプのエッセンスをアタマじゃなくカラダで感じてないと創れない音楽!
バンド紹介ではサポートメンバー全員を編集しつついれているのもスコセッシさんの愛情だろうか。そしてキースの歌で「You Got The Silver」「Connection」の2曲。キースはなんとなんとギターを持たず歌うというお初の感じ。でも充分かっこいい。歌も充分渋くフェイクのこぶしフレーズも悪くなかった。キース・リチャーズは少年合唱団出身で子供の頃エリザベス女王の前で歌ったこともあるという経験の持ち主。キースが作曲家としていいリフ、メロディをかけるのはテクニックタイプのギタリストではないということもあるが本来歌うことに自然なのだろう。ロン・ウッドはボトルネックのアコースティックギターでキースを支えた。「Connection」は67年 の「Between The Buttons」からのナンバー。これは原曲はミックが歌っているがキースの作曲なのだろう(クレジットはMICK JAGGER& KEITH RICHARDS)、キースのソロバンドEXPENSIVE WINNOSでも歌っている。
「Live With Me」で3人目のゲスト、クリスティーナ・ アギレラとのコラボ。クリスティーナもジャック・ホワイトと同様に若手の実力派シンガー、両者ともすでにグラミー受賞経験を持つ。「Live With Me」は黒っぽいストーンズ流ハードR&Bといった音楽でメロディが、ただ音符を音程しっかり歌う曲ではないので難しい。そしてミックの男声音域での演奏なので、そこら辺をうまく曲の雰囲気壊さず歌ったクリスティーナ・ アギレラはなかなかのシンガーだ。そうとう緊張していたらしいがミックとのデュエットや一人シャウトする箇所でも素晴らしい。
そしてライヴ定番の「Start Me Up」「Brown Sugar」「( I Can't Get No) Satisfaction」で終わる。
スコセッシが狙った親密感はたとえばミックとキースがひとつのマイクで一緒に歌う「Far Away Eyes」なんかでそのムードがよく表現されている。またメンバー感のちょっとしたアイコンタクトを逃さず鋭く捉えたカメラワークも綿密だ。
こっちが12歳くらいのガキの頃から好きだったミュージシャンがまだ第1線でやってると、励みにもなるし、だんだん一緒に歳をとってる、という気持ちもあるし・・・しかしそのモチベーションの高さにはやはり感動してしまう。
写真は映画パンフレットより。

(23:59)

2008年12月19日

eb16ff26.jpgやっと日本でも公開された映画「SHINE A LIGHT」はROLLING STONESのニューヨーク,ビーコン劇場でのライヴを巨匠マーチン・スコセッシ監督が撮ったドキュメント。マーチン・スコセッシは今までにもTHE BAND の「ラスト・ワルツ」やBOB DYLANの「No Direction Home」と撮っている。ロックを愛し熟知している。
ライヴは20台以上のカメラで捉えているのでそのカメラアングルは細部に渡っている。
ストーンズといえばアリーナツアーみたいのばっかだから、こんな狭い(狭いっていったて2000人くらいのキャパ)劇場で目の前でミックやキース見れるのは羨ましい。

これを撮った時のミックやキースは63歳、チャーリー・ワッツは65歳、ロン・ウッドは61歳だがいやいや皆さんかっこいい、サポートのBassダリル・ジョーンズなんか40代だと思うけど、ずいぶん太っちゃってるのにストーンズ本体の4人はみな細いっちゅうのがねえ、凄い凄い。
ミックとスコセッシ監督の意見の相違するシーンなんかもでてきて面白い。
そのひとつ、ステージのデザインのことでも意見が合わず。またクレーンカメラのことではミックが聴衆に危ないからよくないとか・・・とにかくすべてミック・ジャガーが決めて進めていることがわかる。しかしスコセッシ監督とも仲がいいかららだろう。
またライヴ当日の曲目リストを早くくれくれ、とスコセッシ監督は言ってるのにミックはその日の直前にならないと決められないから無理とのことで全然教えてくれない、といういきさつもなかなかで、本番直前の慌てる大監督も映し出されている。

昔の映像も折り込まれているがデビュー2年目のインタビューでミック・ジャガーは「2年うまくやってこられたけどあと1年もつかだってわからない」なんて慎重なことをいっている。しかし今度はその数年後のインタビューで「60歳過ぎてもできますか?」という質問に即答で「やる!」と言ってるのには驚きだし、実際やってるんだからねえ。

出だしは「Jumping Jack Flash」で「She Was Hot」などアップテンポで飛ばす入り方。ミックの捲し立てるシャウトが独壇場、60歳すぎても全然元気。
ミック・ジャガーという人は仕切屋だし責任感が強いのでツアーでは勿論聴衆をあおり、競技場のような広い場所でも皆が楽しめるサービス精神に溢れているが、いつも無事にこなそう、成功裡に終わらなければならないという総合的プロデューサーとしての大きなプレッシャーがあって、実はほんとうにミュージシャンとしてミック自体音楽を楽しんでいるのかな、という疑問があるが、ここでは箱も狭いし、そんなに走り回らなくていいので音楽に集中できてるかもしれない。ハル・アシュビー監督が撮った70年代のライヴ映画「Let's Spend The・・・」の頃はほんとうにラフなストーンズだったが90年代以降はほんとうに真面目な演奏。
といっても曲自体がラフなテイストではあるけど。
しかし今回は音質もとてもよかった。エンジニアはボブ・クリアマウンテンが担当、さすが。

ゲストに20代のジャック・ホワイトと「Loving Cup」を、クリスティーナ・アギレラと「Live with Me」を一緒にやるが、2人ともそうとうあがっていたらしいがでもなかなかよかった。この2曲を選んだのがまた渋いねえ、これは通好みの、いわゆるメガヒット曲ではなく、スケールの大きいロックチューンだ。
そしてもうひとりのゲスト Bluesの大御所バディ・ガイとのコラボは盛り上がり、演奏終わると感激したキース・リチャーズが今弾いていたギブソンのセミアコのギター(335とか345だと思われるタイプ)をバディ・ガイにプレゼントしてしまうハプニング付きだ。バディ・ガイに対するリスペクトだろう。
やはり「BEGGARS BANQUET」「LET IT BLEED」「EXILE ON MAIN ST.」のあたりの楽曲がいい。キースは「You Got The Silver」を歌った。1969年当時のと比べるとキースの場合は全然渋くなっている。サックスのボビー・キーズも1969年の「LET IT BLEED」からのつき合いだが、今は相当太くなっちゃった。でもソロでは当時のアドリブがもうすっかりその曲の主旋律の一部になってしまっているので、また観客もそれを期待しているのでアドリブとはいえファンなら皆一緒に歌えるパートになっている。
1990年代のツアー前のマスコミは「今回最後のツアー」と言っていたが、その後もあざ笑うかのように21世紀、60歳代もぶっ飛ばしてるのがストーンズだ。

エンディングのクレジットローリングのところでリハーサルのNGテイクがかかり、ミックが「こりゃダメだ」なんて言う。こんなの入れるのもストーンズっぽい。

ROLLING STONESは大メジャーなロックミュージシャンだが、その音楽自体は決してエンタテインメントではない。これは雑誌にもそう書かれていたが、そういうストーンズがメジャーになったことがよ〜く考えると不思議だし、60年代にビートルズと比べられたのもよく考えると変だ。ビートルズはポップなメロディアスな名曲も多いがストーンズは黒人音楽をどうストーンズ流に解釈するかだったし、ロックがポップの主流になる前にそういう黒っぽいロックをやっていた。でも黒人音楽のカバーバンドにはとどまらず、オリジナルを作曲できる才能もあった。この辺りに鍵がある。
昔サイケデリックが流行ると多少取り入れたり、レゲエ、ディスコ、ヒップホップとストーンズ流にはつきあうが、本質的なとこがぶれない、そういう生き方が彼らをメジャーにしたのではないか。ブルース、ゴスペル、R&B,カントリーというアメリカ音楽の源流を元にしたが、でもマニアックさやテクニック追求ではなくその解釈がポップに仕上げられるのがストーンズ。卓越したテクニックがない、というのも幸いしたかもしれない。テクニックというのはやっかいであったほうがよさそうだが、神様は2つのものをなかなか人間には与えず、技術あるものには感性の追求を忘れさせてしまうようだ。
エリック・クラプトンがやはり今日でも大活躍してるのは69年にCREAMを解散してロックギターのテクニック競争からいちはやく抜けたのが大きいと思う。

ミックやキースは60年代末にアメリカの実力派のミュージシャンから多くを学びロック名作の「BEGGARS BANQUET」「LET IT BLEED」「EXILE ON MAIN ST.」という大人のロックを創れるミュージシャンになった。特にキースはオープンチューニングをマスターし、曲作りに生かせるようになり、テクニックではなくノリのいいリフを多く創れた。
また、60年代にたくさんいたイギリスの白人ロックバンドのなかで決してストーンズは技術的に一番ではなかったが、オリジナリティの部分では抜きんでていた。そしてギターメインのバンドの真ん中でヴォーカリストが凄いパフォーマンスをとる、といういまでは当たり前のスタイルをいち早く確率した。
・・・映画を見つついろんなことが思い起こされた。

写真は雑誌「rockin'on」誌より,ストーンズとスコセッシ監督。

(02:05)

2008年12月06日

98dda4fb.jpg9月に急逝された市川準監督のお別れの会がホテル椿山荘で行われた。凄い数の人が集まった。演出も凝った盛大なっていう表現はいいのだろうか、とにかく市川監督がいかに多くの人たちと仕事をしていたかがわかる。俳優の樹木希林さん、桃井かおりさん、田中麗奈さん、阿部寛さんはじめ業界の著名人が集まった。
田中麗奈さん、桃井かおりさんとお話した。桃井さんは主演映画の準備段階だっただけに残念だったと思う。ただ近くにいると完全に桃井さんワールドに包まれて凄い人としかいいようがない。以前市川監督演出のCM「タンスにゴン」で桃井さんとサッカーの中山選手が出演のVersionに音楽をつけた。市川監督は僕に溝口健二監督の「雨月物語」のVHSをくれて、これを見なさい、この感じと。しかしこの作品はフルオーケストラ編成。予算を聞くと数人の演奏家しか使えない!まいるよなあ監督、無理だって。そこで17弦の箏(こと)と篠笛、笙(しょう)という楽器編成で作曲した・・・・のも市川監督との思い出になってしまった。

田中麗奈さんとは彼女主演の2本の映画を音楽担当し、以前にもお話ししたので・・・なんと主演した市川監督作品「東京マリーゴールド」の音楽を気に入ってくれてi-Podに入れてよく聴くとのこと。光栄でした。
CMでは市川演出「味の素のほんだし」で樹木希林さんと共演したのが17歳だったそうだ。その音楽では同じ1曲で7年くらいシリーズ化し、麗奈さんも劇中でも学生からどんどん成長していった。その麗奈さんも28歳。でもキュートさは変わらずいい感じでした。
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しかししかし、今年は親しい方が多く亡くなられ悲しい年ではあった。
20代の頃お世話になった作曲編曲家の小川よしあきさんには前にこのブログでも触れたが8月にはシンガーの河井英理さんが癌で43歳で逝ってしまった。

河井英理さんは東京芸術大学の作曲科卒だが、メインはスタジオワークのシンガーとしてだったと思う。一般の方々にはなかなか知られていないが実力ある人が多い。河井さんも映画音楽の岩代太郎さんや実力派の仕事を淡々とこなしていた。裏方ではあるが業界内の評価の高いミュージシャンと言える。
とにかく音程の安定感が素晴らしく聴いていて全く不安のない柔らかな歌が気持ちよかった。声楽科系ではないのでクラシック的な唱法ではなくポップの自然な歌い方だった。河井さんは見た目ふっくらした、おまんじゅうのような雰囲気をもっておられ(すみませんこんな表現、許してね天国のエリさん)、和めるキャラ、病気とは無縁のようなルックスだったので訃報を聞いたときはほんとうにショックだった。
僕が最初に歌っていただいたのは映画「Shall weダンス?」のダンスホールでのシーンのコーラスパートを、作編曲家で元ザバダックの上野洋子さんと2人でのコーラスで歌ってもらった。今考えると贅沢な人選だった。そしてその後CMで何回が歌っていただいた。
またある時スタジオで会った時、「最近どんなお仕事したの?」なんていう話になった時、当時僕はアニメ映画「AIR」の音楽担当してるところだよ、なんて言ったら、河井さんは「あら!あたしもその主題歌歌ったわ」なんていうことでした。僕が劇中音楽を担当したがタイアップの主題歌のことは仕事の流れが別セクションで進めているため、その時点で知らなかったのだった。それで彼女のほうも劇中音楽担当作曲家のことを知らず、話してたら、同じ仕事してた、なんていうことだった。一般の方からはヘンに思われるかもですが、映画音楽とタイアップの主題歌とはお金の流れが違うのデス。
エリさんも最近では芝居の劇伴(いわゆる劇中音楽)を担当し、本来の作曲家卒の実力を生かすこともしつつだったとのこと、本当に残念だ。
市川監督も打ち合わせやスタジオで会うと、静かにあの和める目で話しかけていただいた。また手紙をいただくと必ず手書きで最後に「なにかとよろしく・・・」と大げさじゃなくさりげなく温かい気持ちが伝わってきた。
河井さんも温かい雰囲気で仕事ができた。それは彼女の実力があるからとげとげしくならないのかな・・・なにが来ても大丈夫、っていう凄い自信に裏打ちされた優しさが醸し出していたからなのかもしれない。あの微笑みはつくり笑いじゃできないほんもののミュージシャンの優しさなのだろう。
あらためてあらためてご冥福を祈ります。
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(00:42)