ROCK考

2010年06月01日

1121b64e.jpgROLLING STONESの最高傑作との評価を得ている『EXILE ON MAIN ST.』のsuper delax edition新たなデジタルリマスターCD及びDVD、未発表トラック、アナログLP付きがリリースされた。未発表曲があるとなるとこりゃ購入せざるを得ない。おじさんターゲット--アーカイヴビジネスでんな。デジタルリマスターもねえ....いちおうヘッドフォンで聴き比べたら、まあちょっといいかも....の範囲。

『EXILE ON MAIN ST.』は1972年の作だが1970年頃からミック・ジャガーのロンドン郊外の別荘でのデモ録音、ロンドンオリンピックスタジオでのテイクから、レコーディングの中心は南フランス(当時イギリスの重税に耐えかねてストーンズの5人はフランスに移住した)のキース・リチャーズの邸宅ネルコートでのセッションが主なもので、当時ストーンズが考案し開発した移動式のレコーディングユニット「ローリングスーンズモービル」でのレコーディング。このモービルはレッドツェッペリン等他のアーティストも使用している。1972年頃は勿論アナログの4トラックから8トラックに移行したくらいのシステムだ。MIXダウンはこの頃のストーンズの流れでほぼL.A.で行われている。しかしミックもキースもまだ20代後半、こんな渋い通好みのアルバムを制作し、それでポップのメインストリームにいられたなんて今の時代から考えると凄いことだ。
そしてロックがポップの中心にどんどんなっていく時代ではあった。刺激がありどんどん音楽が変化していったような気もしていた。

僕自身はSTONESのベストは『BEGGARDS BANQUET』(1968)、『LET IT BLEED』(1969)とこの『EXILE ON MAIN ST.』(1972)の3作だと思う。
特に1968年ブライアン・ジョーンズ脱退(実際はクビ、そしてその直後自宅プールで変死)し後任のギタリスト、ミック・テイラー(まだ20代前半)のブルースギター、スライドギターはストーンズの黄金時代を築いたと思う。テイラー脱退後ロン・ウッドというキース的には相性良いギタリストをメンバーにするがミック・テイラーとキースの緊張感がそして確かなテクニックはストーンズにとって貴重だった。本作ではニッキー・ホプキンスのピアノ、ビリー・プレストンのピアノとハモンド、ボビー・キーズのサックスやレイ・チャールズのバックコーラス陣3人のコーラスも良いサポートだ。

『EXILE ON MAIN ST.』にはいわゆるカリスマ曲になりうるメガヒット曲(たとえば「Satisfaction」「Jumping Jack」Flash」「Sympathy For The Devil」「Brown Sugar」とか)はないが「Loving Cup」「Sweet Virginia」「Soul Survivor」「Shine A Light」「Tumbling Dice」「Let It Loose」「Torn And Frayed」「Sweet Black Angel」等隠れた名曲が多く、それらが何よりも全く媚びたヒット狙いのようなものではなくミック、キースのブルース、ゴスペル、R&B、カントリーなど初期アメリカ音楽、特に黒人音楽への憧憬を自分たちに吸収解釈しオリジナルにした、そのピュアなロックスピリットがロック最高アルバムの評価を得るまでの作品になったのだと思う。「Tumbling Dice」は一応シングルヒットしているが他はいわゆるヒット曲ではない。しかし2009年のスコセッシ監督のストーンズのライヴ映画でもこの『EXILE ON MAIN ST.』からの選曲が多い。また1971年にROLLING STONES RECORDSという会社を設立して自分たちの自由に音楽制作をし始めたことも大きい。ほんまもんのロックファン、ストーンズファンはやはりこういうアルバムを聴くということだ。普通のメロディ志向、ハデなテクニック志向の方々にはこの深さは理解できないと思う。

ストロベリー味のものがいっさいない黒っぽいサウンド、イージーなロマンティックメロディはなく、ラフでルーズでひきずるような8beat、アメリカ南部風のSwamp,シカゴブルースの影響、ストーンズ風重ためのカントリー、Rock'n Roll等、ストーンズの生き方、その音楽のルーツに迫った最高傑作といってよい。
但し音質的に最高とは言えないだろう。また歌のバランスも埋り気味で全体にドライ、でも音質過剰志向の現在からすると、それもロックだ!ということにもなる。ミュージシャンのノリのほうに重要度があり、すべて直し直しで工場での工業製品を作る作業になってしまった21世記のポップから38年前を俯瞰するのも、単なるノスタルジイだけではないものがある気がする。

あまりシングルヒットしていないとはいえアルバムとしては当時全米、全英でそれぞれ1位を獲得している。しかしリリース直後は必ずしも最高の評価ではなかった。当時アナログ2枚組のアルバムとして発売されたが、いわゆるハデな大ヒット曲がなかったり、BEATLESが1960年代後半『サージェント....』でトータルアルバムというコンセプトの大傑作を発表後、偉い評論家の方々もそういうのが凄いという勘違いをおこし、ストーンズサウンドがごった煮的に2枚組に詰め込んだこの『EXILE...』、とにかく良いことは良いが....すぐには理解できなかったようで、時が経つにつれ、これがロックなんだ、レコード会社との企画に沿ってアルバム制作するのではなく、ロックという新たな価値観、生き方なんだ、ということが評価され、そして地味だが名作も多く最高というまでの評価をされるまでになったということだ。また『サージェント....』などはクラシックの作曲家にも評判になったがこの『EXILE ON MAIN ST.』にそういう噂は聞いたことない。ポールモーリア楽団のストーンズなんてえのも聴いたことナイ。逆にそういう人たちには理解できない価値観がROCKの素晴らしさで西欧アカデミックに媚売ることもないわけサ!ROCKだもん!..........続く。

写真は『EXILE ON MAIN ST.』を特集しているレコードコレクターズ2010年6月号の表紙。



(01:54)

2008年12月21日

65aa1237.jpgストーンズ映画、大阪でもう一度見た。1回目は興奮してただけなので2回目はもうちょい客観的になれるかと思ったが・・・いやいや全く飽きさせずに瞬く間に時間が過ぎていった。
大阪で土曜日の夜だったせいか2つ横のおばさんは「Sympathy for the devil」の時、ミックやコーラス陣のれいの「ウッウ〜」をミックの手ぶりと一緒にやっていた。

マーチン・スコセッシ監督は1973年の「ミーン・ストリート」という映画でストーンズの「Jumping Jack Flash」「Tell Me」を使用。総予算75万ドルの低予算作品にストーンズ2曲の許諾料だけで3万ドルを費やす。どうしてもストーンズの音楽が必要で決断した、という経験をもつほどストーンズの音楽とともに自分の生はあったと言ってるほんまもんのストーンズ音楽の理解者でもある。(注:スコセッシ大ヒット作「TAXI DRIVER」は1974年)

スコセッシ監督のこの作品「SHINE A LIGHT」のコンセプトは「親密感=intemacy」ということだったらしい。だからニューヨークの狭い劇場でメンバー感やストーンズと観衆との親密感を撮りたかった、とのこと。
またニューヨーク生まれのスコセッシにとってもそれは自分のドキュメントなのではないだろうか。

とにかく20台にも及ぶカメラワークがとにかく凄いのなんのっちゅうこと。まるで舞台の上でストーンズを観ているかの如く迫力ある。延べ映像は400時間に及び撮影監督が40時間くらいに編集した段階からスコセッシ監督は見たらしい。だからミュージシャンの細かい動き、表情が細かく網羅されていて全く飽きさせない。また例えばサックスのボビーのところのズームアップになると、サックスの音のヴォリュームが上がる
というようなミックスをしている。これは音楽だけのミックスを考えるとありえないのだが、映像としては自然で近づいた楽器の音が上がるということで臨場感を増す効果を与えている。信じ難い仕上げ作業をしているわけだ。

「Jumping Jack Flash」「Shattered」「She Was Hot」「All Down The Line」とアップテンポナンバーで飛ばした後一人目のゲスト、若手実力派ジャック・ホワイトと「Loving Cup」を。あらためて2回目で見るとジャックはちょい硬かったかもしれない。でもとにかくこの曲は素晴らしい。その後珍しく「As Tears Go By」をやる。キースは12弦フォークギター。「Some Girls」 ではミック・ジャガーの弾くテレキャスのギターがイントロから引っ張る。この曲もしゃべり口調の箇所があり、ミックお得意の音楽アジテーションのような雰囲気だ。60年代R&B グループの代表格テンプテイションズの「Just My Imagination」からカントリーテイストの「Far Away Eyes」 と78年アルバム「Some Girls」のナンバーが3曲も続いた。そして2人目ゲストのブルースの重鎮バディ・ガイ登場でマディ・ウォーターズの「Champagne&Reefer」。歌も圧巻な上にギターもめちゃくちゃ個性的なバディ・ガイは明るい。ここらへんでミックやキースも完全にリラックスして楽しんだ感になってきた。続いて「Exile On Main St.」の中の超ごきげんな曲「Tumbling Dice」。これはキース曰く「自分の哲学を最も表現している曲」ということで最高にいい。アメリカ南部のスワンプ系の雰囲気でミディアムスローくらいのいいテンポでリラックスしたムード。「Honky Tonk Women」の延長上にある南部っぽい泥臭いルーズな雰囲気が素晴らしく、これはこういうスワンプのエッセンスをアタマじゃなくカラダで感じてないと創れない音楽!
バンド紹介ではサポートメンバー全員を編集しつついれているのもスコセッシさんの愛情だろうか。そしてキースの歌で「You Got The Silver」「Connection」の2曲。キースはなんとなんとギターを持たず歌うというお初の感じ。でも充分かっこいい。歌も充分渋くフェイクのこぶしフレーズも悪くなかった。キース・リチャーズは少年合唱団出身で子供の頃エリザベス女王の前で歌ったこともあるという経験の持ち主。キースが作曲家としていいリフ、メロディをかけるのはテクニックタイプのギタリストではないということもあるが本来歌うことに自然なのだろう。ロン・ウッドはボトルネックのアコースティックギターでキースを支えた。「Connection」は67年 の「Between The Buttons」からのナンバー。これは原曲はミックが歌っているがキースの作曲なのだろう(クレジットはMICK JAGGER& KEITH RICHARDS)、キースのソロバンドEXPENSIVE WINNOSでも歌っている。
「Live With Me」で3人目のゲスト、クリスティーナ・ アギレラとのコラボ。クリスティーナもジャック・ホワイトと同様に若手の実力派シンガー、両者ともすでにグラミー受賞経験を持つ。「Live With Me」は黒っぽいストーンズ流ハードR&Bといった音楽でメロディが、ただ音符を音程しっかり歌う曲ではないので難しい。そしてミックの男声音域での演奏なので、そこら辺をうまく曲の雰囲気壊さず歌ったクリスティーナ・ アギレラはなかなかのシンガーだ。そうとう緊張していたらしいがミックとのデュエットや一人シャウトする箇所でも素晴らしい。
そしてライヴ定番の「Start Me Up」「Brown Sugar」「( I Can't Get No) Satisfaction」で終わる。
スコセッシが狙った親密感はたとえばミックとキースがひとつのマイクで一緒に歌う「Far Away Eyes」なんかでそのムードがよく表現されている。またメンバー感のちょっとしたアイコンタクトを逃さず鋭く捉えたカメラワークも綿密だ。
こっちが12歳くらいのガキの頃から好きだったミュージシャンがまだ第1線でやってると、励みにもなるし、だんだん一緒に歳をとってる、という気持ちもあるし・・・しかしそのモチベーションの高さにはやはり感動してしまう。
写真は映画パンフレットより。

(23:59)

2008年12月19日

eb16ff26.jpgやっと日本でも公開された映画「SHINE A LIGHT」はROLLING STONESのニューヨーク,ビーコン劇場でのライヴを巨匠マーチン・スコセッシ監督が撮ったドキュメント。マーチン・スコセッシは今までにもTHE BAND の「ラスト・ワルツ」やBOB DYLANの「No Direction Home」と撮っている。ロックを愛し熟知している。
ライヴは20台以上のカメラで捉えているのでそのカメラアングルは細部に渡っている。
ストーンズといえばアリーナツアーみたいのばっかだから、こんな狭い(狭いっていったて2000人くらいのキャパ)劇場で目の前でミックやキース見れるのは羨ましい。

これを撮った時のミックやキースは63歳、チャーリー・ワッツは65歳、ロン・ウッドは61歳だがいやいや皆さんかっこいい、サポートのBassダリル・ジョーンズなんか40代だと思うけど、ずいぶん太っちゃってるのにストーンズ本体の4人はみな細いっちゅうのがねえ、凄い凄い。
ミックとスコセッシ監督の意見の相違するシーンなんかもでてきて面白い。
そのひとつ、ステージのデザインのことでも意見が合わず。またクレーンカメラのことではミックが聴衆に危ないからよくないとか・・・とにかくすべてミック・ジャガーが決めて進めていることがわかる。しかしスコセッシ監督とも仲がいいかららだろう。
またライヴ当日の曲目リストを早くくれくれ、とスコセッシ監督は言ってるのにミックはその日の直前にならないと決められないから無理とのことで全然教えてくれない、といういきさつもなかなかで、本番直前の慌てる大監督も映し出されている。

昔の映像も折り込まれているがデビュー2年目のインタビューでミック・ジャガーは「2年うまくやってこられたけどあと1年もつかだってわからない」なんて慎重なことをいっている。しかし今度はその数年後のインタビューで「60歳過ぎてもできますか?」という質問に即答で「やる!」と言ってるのには驚きだし、実際やってるんだからねえ。

出だしは「Jumping Jack Flash」で「She Was Hot」などアップテンポで飛ばす入り方。ミックの捲し立てるシャウトが独壇場、60歳すぎても全然元気。
ミック・ジャガーという人は仕切屋だし責任感が強いのでツアーでは勿論聴衆をあおり、競技場のような広い場所でも皆が楽しめるサービス精神に溢れているが、いつも無事にこなそう、成功裡に終わらなければならないという総合的プロデューサーとしての大きなプレッシャーがあって、実はほんとうにミュージシャンとしてミック自体音楽を楽しんでいるのかな、という疑問があるが、ここでは箱も狭いし、そんなに走り回らなくていいので音楽に集中できてるかもしれない。ハル・アシュビー監督が撮った70年代のライヴ映画「Let's Spend The・・・」の頃はほんとうにラフなストーンズだったが90年代以降はほんとうに真面目な演奏。
といっても曲自体がラフなテイストではあるけど。
しかし今回は音質もとてもよかった。エンジニアはボブ・クリアマウンテンが担当、さすが。

ゲストに20代のジャック・ホワイトと「Loving Cup」を、クリスティーナ・アギレラと「Live with Me」を一緒にやるが、2人ともそうとうあがっていたらしいがでもなかなかよかった。この2曲を選んだのがまた渋いねえ、これは通好みの、いわゆるメガヒット曲ではなく、スケールの大きいロックチューンだ。
そしてもうひとりのゲスト Bluesの大御所バディ・ガイとのコラボは盛り上がり、演奏終わると感激したキース・リチャーズが今弾いていたギブソンのセミアコのギター(335とか345だと思われるタイプ)をバディ・ガイにプレゼントしてしまうハプニング付きだ。バディ・ガイに対するリスペクトだろう。
やはり「BEGGARS BANQUET」「LET IT BLEED」「EXILE ON MAIN ST.」のあたりの楽曲がいい。キースは「You Got The Silver」を歌った。1969年当時のと比べるとキースの場合は全然渋くなっている。サックスのボビー・キーズも1969年の「LET IT BLEED」からのつき合いだが、今は相当太くなっちゃった。でもソロでは当時のアドリブがもうすっかりその曲の主旋律の一部になってしまっているので、また観客もそれを期待しているのでアドリブとはいえファンなら皆一緒に歌えるパートになっている。
1990年代のツアー前のマスコミは「今回最後のツアー」と言っていたが、その後もあざ笑うかのように21世紀、60歳代もぶっ飛ばしてるのがストーンズだ。

エンディングのクレジットローリングのところでリハーサルのNGテイクがかかり、ミックが「こりゃダメだ」なんて言う。こんなの入れるのもストーンズっぽい。

ROLLING STONESは大メジャーなロックミュージシャンだが、その音楽自体は決してエンタテインメントではない。これは雑誌にもそう書かれていたが、そういうストーンズがメジャーになったことがよ〜く考えると不思議だし、60年代にビートルズと比べられたのもよく考えると変だ。ビートルズはポップなメロディアスな名曲も多いがストーンズは黒人音楽をどうストーンズ流に解釈するかだったし、ロックがポップの主流になる前にそういう黒っぽいロックをやっていた。でも黒人音楽のカバーバンドにはとどまらず、オリジナルを作曲できる才能もあった。この辺りに鍵がある。
昔サイケデリックが流行ると多少取り入れたり、レゲエ、ディスコ、ヒップホップとストーンズ流にはつきあうが、本質的なとこがぶれない、そういう生き方が彼らをメジャーにしたのではないか。ブルース、ゴスペル、R&B,カントリーというアメリカ音楽の源流を元にしたが、でもマニアックさやテクニック追求ではなくその解釈がポップに仕上げられるのがストーンズ。卓越したテクニックがない、というのも幸いしたかもしれない。テクニックというのはやっかいであったほうがよさそうだが、神様は2つのものをなかなか人間には与えず、技術あるものには感性の追求を忘れさせてしまうようだ。
エリック・クラプトンがやはり今日でも大活躍してるのは69年にCREAMを解散してロックギターのテクニック競争からいちはやく抜けたのが大きいと思う。

ミックやキースは60年代末にアメリカの実力派のミュージシャンから多くを学びロック名作の「BEGGARS BANQUET」「LET IT BLEED」「EXILE ON MAIN ST.」という大人のロックを創れるミュージシャンになった。特にキースはオープンチューニングをマスターし、曲作りに生かせるようになり、テクニックではなくノリのいいリフを多く創れた。
また、60年代にたくさんいたイギリスの白人ロックバンドのなかで決してストーンズは技術的に一番ではなかったが、オリジナリティの部分では抜きんでていた。そしてギターメインのバンドの真ん中でヴォーカリストが凄いパフォーマンスをとる、といういまでは当たり前のスタイルをいち早く確率した。
・・・映画を見つついろんなことが思い起こされた。

写真は雑誌「rockin'on」誌より,ストーンズとスコセッシ監督。

(02:05)

2008年02月28日

POLICE《POLICE》が来日した。《POLICE》は1970〜80年代で最も重要なバンドだ。パンクブームの頃デビューしたので、見た目そういう雰囲気あったが実は音楽的にしっかりしたレベル高いミュージシャンの集まりで、いち早くレゲエをとりいれシンプルだがU2などと並びロックの本質とちゃんと向き合った史上に名を残すバンドだ。

で、まあ再結成ライヴなのではありますが、スチュアート・コープランドのドラムが見たいし東京ドームに行ってきました。コープランドは1980年代中期にPOLICEが活動休止したころから映画音楽(コッポラ監督の作品などがある)を担当し、その才人ぶりを発揮した。
しかしなんといっても魅力はそのドラミングだ。メンバーで一番若いといってもコープランドも50代だが、そのドラミングは全く色あせておらず、素晴らしいの一語に尽きる最高の演奏を見せてくれた。コープランドばっか見てたかも。一緒に行った人も同じだったようだし、後ろの席の知らない人たちも絶賛する声が聞こえた。やはり手首が柔軟なのだろう、左手のレギュラーの持ち方でのスナップがシャープに決まり、フィルのタイミングやフラム(右手と左手でほんのちょっとずらして叩く奏法)で決めるロックっぽいフィーリング、タムの使い方等。華麗で魅せる人だ。ハイハットの細かいパッセージも見事に決めていた。またマレットでのパーカッションもよかった。眼鏡をかけ、ドラムを叩いていなかったら学者のようなインテリジェンス漂う雰囲気になっていた。
ギターのアンディ・サマーズが弾きまくりタイプでないので、フィルインやアレンジの重要なファクターをドラムが受け持ち、それに答えて余りあるリズムをうちだすのがコープランドだ。

曲は「メッセージインナボトル」で始まり、サビの合間でスティング(56〜57歳?)が「TOKIO〜」と入れるとドームの聴衆が反応し一気に一体感が増した。スティングの曲づくりの、そのロックに対する深い理解には感銘した。アンディ・サマーズは65歳で、ちょい太めかもだが元気元気、緻密な伴奏とディレイを使った奏法、そしてぎんぎんにロックしてました。U2 のエッジ、ストーンズのキース等、いいロックバンドのギタリストってサウンドの核の役目でソロプレイでどうのこうのというタイプでないとこがいい。この意見はたとえばジミ・ヘンドリクスを批判してるわけではない。ジミはスーパーな最高のギタリスト。サマーズやエッジはスーパーではないし早弾きソロはないが、バンドサウンドの屋台骨を支える意味で、こういうプレイヤーがヴォーカルを助けバンドをある程度長持ちさせているのだと思う。

「ロクサーヌ」「ドントスタンドソクロストゥミー」「ウォーキングオンザムーン」「ソーロンリー」などすべて3人だけの演奏なので、初期のスタイルでとおした感じ。まあそれはよかったのではないか。PAはクリアになっているが、しかししかし音がでかすぎるよ、いくらなんでも。難聴で死んじゃうよあれじゃ、PAエンジニアってヴォリュームで勝負しようと勘違いな人たちが多いからだろうか。耳が悪くなるミュージシャン多いんだから。きっと祭りの仕切り屋さんのつもりなんだろうな、盛り上げなくっちゃって、そればっか考えてんだ。
ところで、前座でポリスと同じ編成でスティングとよく似た若者が歌ってるので、ポリスをリスペクトするバンドなんだ、と思っていたらスティングの息子さんだったらしい。やはりベースで歌だった。でもけっこういいバンドだった。
写真はアルバム「Regatta De Blanc」。



(00:08)

2008年01月12日

c.simonカーリー・サイモンの1979年のアルバム『SPY』。リンダ・ロンシュタットもそうだが、この頃のカーリー・サイモンは絶好調時代だ。
彼女は基本的にはシンガーソングライターだけど、人に書いてもらったりもしている。ここでもタイトル曲の「SPY」はジェームス・テイラーの作品。ここでもJ.T.は目茶苦茶いい曲書いてる。上品だけど、ノリはあるし、臭い盛り上がりとかしない現代都会人の感覚。オシャレだけど、ちゃんとエモーショナルで、フレーズの独特の節回しが何とも言えず知的なアメリカ人な・・・ほんと素晴らしいソングライターだ。一時カーリー・サイモンと夫婦だったはずだよね、まあいいか。カーリー・サイモンは背も高く大きな口でダイナミックに歌うが繊細な面もあり、独特の色気のある女性シンガー。自作曲では、ええ?!そういう風にいくんだ!と思わせるいい意味で自己流の作風がティンパンアレイ的職業作曲家になく魅力的。サイモンシスターズでデビューした頃のカントリー娘から、この頃になるとニューヨークの都会のかっこいい女性を代表するような雰囲気が伝わってくる。

参加メンバーだが、この時代のニューヨークの一流スタジオミュージシャンが大集合している。
David Spinozza(e-guitar),Don Grolnick(piano),Richard Tee(piano&rhodes),Warren Bernhardt(keyboards),Tony Levin(bass),Steve Gadd(drums),Rick Marotta(drums),Randy Brecker(trumpet),Michael Brecker(t.sax),David Sanborn(a.sax),Mike Mainieri(vibes),Hubert Laws(flute),Will Lee(bass),James Taylor(chorus)Gene Ordoff(strings)等ちょっとちょっと凄すぎる伴奏陣。やっぱりニューヨークですね。この時代のポール・サイモンなんかもこんなメンツでやってる。トニー・レヴィンはその後プログレの超大御所バンドKING CRIMSONに参加するし、マイク・マイニエリはこの後カーリー・サイモンのプロデュースする。ドン・グロルニックはリンダ・ロンシュタットやジェームス・テイラーのバックもやってる。
しかし1曲目にコーラス参加してるTim Curryというシンガーはもろにミック・ジャガーみたいに歌ってる。そうかカーリー・サイモン大ヒット曲「ヨー・ソー・ヴェイン」はミックがノークレジットでコーラス参加、ハモってるんだったっけ!更に思いだすとリンダ・ロンシュタットもストーンズの「タンブリング・ダイス」をやっててこれまたミックがコーラス参加してた。先日you tubeでシェリル・クロウがミック・ジャガーと一緒に「Honky Tonk Women」歌うライヴ見たけど、ジャガーさん愛されてんだなあ。

produceと弦管アレンジはアリフ・マーディンで、この頃のNYC最先端のリズムセクションを使い16ビート系やダンサブルなアレンジでポップな仕上げをしている。素朴なリンダのアルバムとはその辺がちょい異なる。またジャズ・フルートの第一人者ヒューバート・ロウズはじめ、デヴィッド・サンボーン、マイケル・ブレッカーにはソロ・パートを与えているし、最後の曲ではなんとスティーヴ・ガッドのドラムソロまである。ポップシンガーのアルバムでドラムソロがあるなんて、なかなかない。
リチャード・ティのローズピアノのフェイズかかった和音での伴奏なんか雰囲気あるし、これもプレイヤーの味満載でアレンジされたスタジオ・ミュージシャン黄金時代のポップアルバムと言えよう。




(23:22)

2008年01月11日

連載ROCK Vol.13アナログLPもたま〜にしか聴かなくなってしまったけど、久々にリンダ・ロンシュタットの『 PRISONER IN DISGUISE』を出してきた。これは1975年の録音。曲目ラインアップがよく考えられている。ニール・ヤング、ジェームス・テイラー、ローウェル・ジョージ(LITTLE FEET)、ジョン・デヴィッド・サウザーなどアメリカを代表する白人シンガーソングライターの作品、スモーキィ・ロビンソンとミラクルズの1965年のナンバー「Tracks of my eyes」、マーサとヴァンデラスの「ヒート・ウェイヴ」(1963年頃:ホランド=ドジャー=ホランドというR&Bのトップソングライター)というモータウンR&Bナンバーのリメイク、レゲエのジミー・クリフの名曲「Many Rivers to Cross」などなど、リンダ・ロンシュタットはどの楽曲も見事に歌いきっている。この後確か1979年か1980年に来日して武道館公演に行ったのを思い出す。

参加ミュージシャンもL.A.の匠プレイヤーたち、ラス・カンケル(drs)、怪人?デヴィッド・リンドレイ(fiddle)、アンドリュー・ゴールド(vo,gtr,pf)、ケニー・エドワーズ(bass)、ダン・ダッグモア(steel-gtr)、マリア・マルダー(ゲストvo--ソロシンガー)等に作曲者のサウザー(vo,gtr)やローウェル・ジョージ(slide-gtr)も参加、弦、木管アレンジにデヴィッド・キャンベルという豪華な布陣。デヴィッド・キャンベルは30年後の最近のシェリル・クロウの弦アレンジでもいいスコア書いているから長〜く活躍していることがわかる。この時期のASYLUMレーベルはいいレコードをいっぱい制作している。

プロデューサーはPeter Asherでイギリス人だがロスに渡りアサイラム・レーベルでイニシアティヴをとり成功した。この人は1960年代にイギリスで〈ピーターとゴードン〉というポップデュオをやってた人だ。妹のジェーン・アッシャーは当時ポール・マッカートニーの恋人だったのを1966年頃ミュージックライフ誌で見た。アメリカ西海岸の1970年代がイギリスの1960年代にダブる。
リンダのアルバム、内容はカントリー色のあるロックポップづくりで、若い(当時)のに実力派リンダの張りのある素晴らしい声が気持ちいい。ただ、ロック全盛になる時代でそういうものに対応してはいるが、現代のシェリル・クロウとかに比べちゃうと(失礼ながら)、女の子っぽいというか、多少頑張ってロックしてるのかなっていう感じ。それと実力あるが音程の間でニュアンスを出すタイプではないので本来ロックやソウル向きではないかもしれない。フレディ・マーキュリーなんかもそういうタイプだ。一般の方々にはそのほうがちゃんとした上手い歌手、なんて思われるわけだけど。
とにかくここでは元にある白人的バラードとか、カントリー色がセンスよくポップに仕上げられている。ジョン・デヴィッド・サウザーとのデュオもなかなかいいし、アンドリュー・ゴールドなどコーラスアレンジも素晴らしい。

何故、これを久々に聴いたかというと、実はミラクルズの「Tracks of my tears」が目茶苦茶好きなので、リンダのカヴァーをもう一度聴いてみよう、と思ったからなのでした。この曲コード進行はほぼ3コードでシンプルなんだけど、スモーキィ・ロビンソンの歌のコブシがけっこう凄くて(リズム演歌みたいな感じ)、リンダはそれをどう対処してるか?確認したのでした。
いやいやリンダの解釈も無理なくのびやかで、素晴らしかったです。元々のR&Bナンバーがスティール・ギター等でカントリー&アコースティックっぽくなってリラックスしたムードです。
原曲のスモーキィ・ロビンソンはというとコブシ&フェイク(メロディを崩して歌う)凄〜いです。どうしてもマネして歌えない箇所あります。このコブシ好きですねえ!1番と2番でどんどんコブシやフェイクでメロディをいい意味で崩していくし、サビでのバックコーラスに答えるように入る(コール&レスポンス)でもがんがん即興で入れていきます。モータウン・レーベル(デトロイト・サウンド)は当時の南部メンフィスのスタックスやアトランティックに比べ都会派で洗練・・・ということでしたけど、歌を分析していくとめちゃ黒人色が凄いデス。

・・・・・話がミラクルズのほうにいっちゃったけど、このアルバムいいですよ。70年代は腕のいいプレイヤーがちゃんと集まって打ち込みナシでレコーディングしてて、ショービジネスっぽい無理な作り込みしてない(L.A.のいいミュージシャンが集まって作ってる感じ)のが、ロック的精神かもしれないし、つまり・・・プレイヤーの味もでててメインの人の世界もちゃんと築いていてふくよかな人間的なサウンドで、当時は当たり前のように感じていたのを、今の打ち込み時代にはやんわりとでも深〜くココロに響くわけです。

(23:10)

2007年08月12日

Joni/LEgendそっかあ〜1月にもJoni MitchellのライヴDVDを紹介したけれど、ジョニの音楽って「ロック」っていうふうにはあんまりとらえてなかったんだけどオ、このDVDのタイトルがROCK LEGENDシリーズだしねえ、まあ今回もROCKにしときましょう。ROCKが1970年代にポップ界のメインストリートになった後は猫も杓子もROCK,ROCKだもんね....ROCKってなんだよ! ロックっぽくやろうよ、なんて気軽に言う奴に注意せよ!! 今どきフォークっぽくやろうよ、とは誰もいわないか、その手は「アコースティック」なんちゅう言葉に置き換わった。....最初から脱線してますね、失礼。

Rock Legendシリーズの『JONI MITCHELL』。シンガーソングライターYukkoより借りてみたんですわ。ジョニのDVDなら買ってもいいんだけど、1990年代にフュージョンというかロックのテクニック系のバンドをバックにやってるライヴ、これはまったく好きになれなかったので。今回借りて見れてラッキー。でもこれはジョニファンにはとても良いものデシタ。

さてさて....これは本人のインタビューをメインの進行としつつ当時の映像、他のミュージシャンのインタビューからなるDVD作品。
ジョニ・ミッチェル(ロバータ・ジョーン・アンダーソン)は1943年11月7日カナダのメードストーン生まれ。小さい頃に小児マヒになったが、その後子供の頃は反抗的でロックのダンスコンテンスなんかによく行ったり、タバコは9歳から吸っていたとのこと。そしてその頃から絵は上手くて画家になるつもりもあったようだ。アホって感じじゃないから相当個性的な人だったんでしょうね。1965年にチャック・ミッチェルとフォークデュオを結成、ライヴ活動を行う。このデュオ音楽は当時のいかさないフォークっていう感じ。そしてニューヨークに出る。チャックと結婚もするがすぐ離婚。ジョニ曰く「アタシはチャックの金ヅルだった」。また、チャック・ミッチェルと出会う直前に別の男性との間に娘を出産するが、ジョニ曰く「お金がなかったの」で、やむなく里子にだしてしまう....その相手の男はどうしたんだろう?...とまあそんな話をインタビューであっけらかんと、淡々とジョニは語る。またチャックとの結婚生活も嘘で固められたものだったと告白。

そしてアメリカでデヴィッド・クロスビーに出会いソロデビュー作『青春の光と影』(初めて作曲したのがこの名曲だそうだ、凄い!)をリリース、成功への道を歩むわけだ。この頃はロックムーブメント直前、勿論ストーンズなんかは1965年に「Satisfaction」を大ヒットさせているがまだまだロックがポップ界の主流ではない時代、ジョニもジュディ・コリンズやジョーン・バエズのようなキレイキレイなフォーク姫スタイルだった。そしてニューヨークのグリニッジビレッジでの新しいカルチャームーブメントの中で注目され、その後サンフランシスコへ移る。そろそろヒッピー、サイケデリック、フラワームーブメント、アシッドの時代だ。そういう若者たちの中心地ロウレルキャニオンに住む。そういえばイギリスブルース界の重鎮ジョン・メイオールも1968年頃西海岸に移住しアルバム『ロウレルキャニオン』を発表している。高校の時、その中の曲をバンドでやっていたデス私、懐かし。

デヴィッド・クロスビーはジョニへ「ドラッグを進めたんだよ」なんて淡々と語る。とにかくイギリスやアメリカのこの手のミュージシャンはこういう話も正直に話すので面白い。日本じゃこうはいかないよねえ。捕まると謝っちゃうしね。デヴィッド・クロスビーのあとはグラハム・ナッシュと恋に落ちるが長くはもたない。ただ最近のライヴでナッシュがトロフィーを届ける場面があるから仲はよさそう。そのライヴ時のベーシスト、ラリー・クラインもジョニと離婚した直後、こちらも音楽パートナーとしてフレンドとのこと。入りくんでいますがハッピーのようです。
あのロックの伝説ウッドストックにも出演予定だったがマネージャーが飛行場でニュースを見て、ウッドストックに何十万人もの人が集まっていると聞いて、こりゃやばいことになったらその直後の全国オンエアのテレビ出演があぶない、と判断急きょキャンセルするエピソードを語る。しかしその後ジョニは「ウッドストック」という曲を書いている。
1970年代に入ると彼女もロックの影響でバンドをしたがえてサウンドも変化していく。ジョニ曰く「それまではトゥインクルトゥインクルのお姫さまキャラだったから変わってよかった」とのこと。確かにフォーク時代はブロンドのストレートな長い髪を真ん中から分け、背もすらっとし、高い声でキレイな曲を歌うナチュラル美人という雰囲気。もろロックっぽいサウンドはあまりあってはいないが、これからがジョニ・ミッチェルになっていく歴史のはじまりだ。

1974年の『コートアンドスパーク』あたりから進化し1975年にはエレキギターに持ち替えている。そしてドラムのジョン・ゲランとロマンス(その後別れる)。1975年『夏草の誘い』でL.A.エキスプレスとのコラボあたりからジャズに接近。その理由は「ベーシストはいつも私を束縛する」というところから、「じゃジャズのベーシストとならいいんじゃない」というアドバイスを受けたからだそうだ。いやいやこの辺りもジョニの凄さだ。普通はベースにはきちんとルートをキープして欲しいとか思うのに、だ。そしてジャズ界でも最高のベーシスト、ジャコ・パストリアスとのコラボレーションでほんとうに誰もが到達できない独自の音楽をつくってしまった。ウェイン・ショーター、パット・メセニーらと対等にバンドしちゃうのだから凄いとしか言いようがない。ジャズ界の大御所チャールズ・ミンガスとも交流し、アルバム『MINGUS』を発表。
その頃の音楽を知って改めて1967年頃の映像を見ると、でもでもその片鱗はある。ギターのストロークをみるとちゃんと16分音符のグルーヴをマスターしている。そしてギター、ピアノ、アパラチアンダルシマーなどを弾きこなすが、特にギターのオープンチューニングでの作曲は他の追従を許さない。それは、通常はアメリカンなブルース系のミュージックでの使用なのだがジョニ・ミッチェルの場合は和声が印象派風というかジャズのモード的な感覚なのだ。ポップミュージックのシンガーソングライターでコード進行から解放されてる人ってなかなかいない。ビョークとかジョニ・ミッチェルくらいだ。彼女らの感覚的な才能は並外れている。
映像の最後のほうで1960年代に里子にだしてしまって別れ別れになっていた娘との再会を最近果たしたことにも触れている。探したらしい。娘には何人か子供がいていきなりジョニはおばあちゃんになってしまったようだ。それらの映像場面もある。なんか別の番組になっちゃうような....まあでも凄い人生してる。

ジョニ・ミッチェルに関してはこのブログの今年の1月7日にもライヴDVDの紹介をしているので、興味あったら左下のアーカイヴスからたどっていってください。



(01:26)

2007年08月05日

J.T.James Taylor
A MUSICARES PERSON OF THE YEAR TRIBUTE 2006

2006年に行われたMUSICARES主催のジェームス・テイラートリビュートライヴのDVD。やっと見た。「普通は死んでからやるよね、こういうの」ってジェームス本人が途中でしゃべる。客席ではうけてた。そうだよね。アメリカってTRIBUTEとかHall of Fame(殿堂入り)っていうやつですか?好きだし、でもいいんじゃないの。大昔からの伝統も大切だけどここ100年程でここまで世界中に広まり、そのライフスタイルにまで影響及ぼすようになったポップミュージックというものについて、深く語られたり、功績ある人を讃えるのは。音楽の経済効果あるし、Great American Pop Musicの伝説づくりに前向きではあるんだよね。
まあでもとにかく、それに選らばれるだけのジェームス・テイラーはほんとうに素晴らしいシンガーソングライターだ。キャロライナ生まれのマサチューセッツ育ちらしい。南部のR&Bグルーヴに北部の洗練された気品がブレンドされた感じは確かに...ってところだ。1960年代末にビートルズの設立したAPPLEからデビュー.....これ、リアルタイムで憶えてる。この時はあまり感じなかったけど。APPLEもすぐなくなりBeatlesも解散だしね。 1970年代にはすごく聴いてた。ジャケット裏の自宅スタジオ風の演奏風景にもメチャ憧れた。

このコンサートでは様々なミュージシャンが一曲づつ彼の曲をとりあげる形式でステージは進む。ジェームス本人は客席でとても綺麗な夫人と子供(ジェームスって60過ぎてるよね?でも2人の子供は5〜6歳だな。孫?)とそれを見て、時に手を振ったりしている。クリントン前大統領の紹介でライヴが始まる。
出演しているのはジャクソン・ブラウン、シェリル・クロウ、デヴィッド・クロスビー(この3人で一緒に歌う)、ボニー・レイト、ディキシーチックス、ドクター・ジョン、タジ・マハール、ブルース・スプリングスティーン、スティング(リュート風な古楽器での弾き語り)、インディア・アリー、キース・アーバンにキャロル・キング。キャロル・キングが全然若いのには驚き。声も昔より出てる感じ。ご存知「You've got a friend」を歌うが後半ジェームス・テイラーも飛び入りデュオになる。いやあなかなか凄い。凄い...って圧倒するようなパワーとかテクとかそういうことじゃなくて、やっぱりこの2人のポップミュージックの品格というか、センスのよいアメリカ人というか。曲も臭い盛り上がるような感じじゃないし、なんかさりげないし、爽やかな名曲の感動ってところだ。

その後J.T.のライヴとなる。リズム&ブルースなんかを歌うところはさすがだ。彼のフィーリングは実は黒っぽいのだ。ただそれをモノまねコピーするのではなく自分の感覚に置き換えられているところが素晴らしい。
バックのバンドはスティーヴ・ガッドが率いる強力リズムセクションにブラス、コーラスが加わっている。70年代、J.T.といったらドラムはラス・カンケルにベースがリー・スクラー、ギターがダニー・クーチマーらが思い浮かぶ。最後のMCでJ.T.は彼らの名前をあげ感謝の意を表していた。

***お詫び***  一時、不適切な広告が書き込まれたために「こうもり」の文章を削除し、新たにアップし直しましたので、コメントが削除されてしまい大変失礼しました。



(02:30)

2007年07月02日

STONEDスティーブン・ウーリー制作監督の映画『STONED』(邦題「ストーンズから消えた男」)はローリングストーンズの創設者で謎の死をとげたブライアン・ジョーンズ(ギター、ブルースハープ、キーボード、シタール、マリンバ、ダルシマー、サックスその他多くの楽器をこなす)を描いた作品。1969年7月3日にブライアンはロンドン郊外コッチフォードにある農場の自宅にあるプールで死去。当時の発表では変死。その時リアルタイムで僕や仲間のストーンズファンはほんとうにほんとうに驚いたし悲しんだ。この7月3日で38年目の命日ってことだ。映画になるとは.....ストーンズを40年以上聴いてきた者にとっては映画の出来不出来より、その先にある真実を、そしてブライアンってどんな奴だったんだろうって想像してやまない作品といえる。
スティーブン・ウーリー監督はこの題材に対して10年以上取材をして、ブライアンは殺されたという仮説をたて、それに基づいたストーリィが展開する。
確かに変死の内容はドラッグ、酒をやってプールに入り、心臓発作。そして子供の頃からの喘息という持病があったということで、僕らは当時は納得していた....っていうかこっちはガキだったからネ。そうなんだ...っちゅうところ。しかし、詳しいデータによるとドラッグの量は少なく、またブライアンは知能指数135の持ち主だが運動神経もよく水泳は一番得意、潮の流れが急なモロッコの海岸で皆の心配をよそにちゃんと元の渚に泳ぎ戻れるほどだったらしい。そんなこんなでこの作品のストーリィにも真実味を帯びてくるというもの。
その犯人フランク・ソログッドはブライアンの家のリフォームを依頼された個人の建築業者で半分、住み込みで仕事をし、依存心の強いブライアンに時には使用人のように指図されたり、ある時は親しい関係になったり、ブライアンの恋人アンナ・ウォーリンからマリファナを奪い、初めてこっそりやってみる等、武骨な人間像が描かれる。この俳優さんがひょうひょうといい味を出している。ウーリー監督はこのソログッドを準主役にしている。
ソログッドは実は10年前に死んだがその直前にブライアンを殺害したと告白したとのことだ。アンナもソログッド殺害説を肯定。アンナは事件当時、即マネージャーにより祖国スウェーデンに帰国させられているらしい。

そして恋人のひとりドイツ人女優のアニタ・パレンバーグ(ブライアンと別れた後は1970年代後半までキース・リチャーズと結婚、またミック・ジャガーと『パフォーマンス』という映画で共演、第六のストーンズメンバーとも言われブライアンにドラッグを持ち込んだのも彼女....現実のアニタは最近は日本でいえばそうだなあ...桃井かおりのような、ルックスとかじゃなくて、そんなかっこいいおばさんになっている姿がインタビューで見られる)も重要なキャスティング設定している。アニタが実際に当時ブライアンを撮った8mmフィルムを一瞬使用しているカットがあり、それもベッドルームだし、ここはほんまもんのブライアンということだ、こりゃすげ〜!
またストーンズの当時のツアーマネージャー、トム・キーロックも60年代にいそうな業界のマネージャー、そのファッション、眼鏡、ヘアースタイル等とてもリアル。
ストーンズに不良のイメージ作りをした天才的マネージャーのアンドリュー・ルーグ・オールダムもちょっとでてくるが当時の雑誌などで知るオールダムそっくりの雰囲気をだしていて笑えた。ミック役、キース役はあまりにも迫力無さ過ぎでひどい、ブライアンを主にということなんでしょうが。アニタがブライアンからキースに傾くシーンでもキース役が若憎みたいで全くリアリティない。ただこれもファッションは当時のフィルム、レコードジャケット、雑誌等でみる感じがそのままなので凄い。女優さんはみんな色っぽい感じのキャスティング。
映画音楽としてはストーンズのオリジナル曲(ミック・ジャガーとキース・リチャーズの作品)が使用していないのでちょっと物足りない。もっとも元メンバーが実は殺された、なんていう映画に現ストーンズ側が協力はできないだろうなとは思う。ミック・ジャガーとキース・リチャーズがブライアンの家(「くまのプーさん」で有名なA.Aミルンが以前住んでいたコッチフォードの邸宅を購入した)を訪れローリング・ストーンズからのクビを宣告されるシーンではボブ・ディランの「Ballad of A Thin Man」(1965)のクーラ・シェイカーのカバーを使用、なかなかいい感じだった。元々この「やせっぽちのバラード」はディランがブライアンの為につくったと言われ、歌詞にもジョーンズというくだりがオチになっている。

とにかくBrian Jonesは謎にみちている。1960年代初期にイギリスですでにブルースのスライド奏法を完全にマスターしていた先駆者であり、あらゆる楽器を弾きこなし、エスニック-ワールドミュージックの先駆け的なモロッコ音楽のフィールドワーク録音もし、女性のような装飾的なファッションをこの時代にしてすでに取り入れ(その後それが当たり前になっていった)、ストーンズの最初のリーダーながらオリジナルを作曲しなかったためにミック、キースに主導権を完璧に奪われ、ロックの破滅的生活を絵に描いたように現実化していた。ストーンズのワルのイメージはマネージャーのオールダムの作戦とブライアンから来ている。70年代一時キースはブライアン的なものを受け継いだ如くだったが(女性関係のスキャンダルはあまりない)、基本的にはブライアンのような派手な生活の人というより、ロックの超一級リフ職人という感じだし、ミックはどうみても仕事好きな実務派(但し女性スキャンダルは多し)。ブライアンはたくさんの楽器はやったが自分のアルバムを出したりしていない(60年代当時は今のような独立即ソロアルバム...的な図式はなかった)ので彼がやりたかったブルースをルーツにした音楽が完成せずに27歳で逝ってしまった。そしてその数年以内にジミ・ヘンドリクス(ブライアンと親交深し)、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンというロックスターが皆27歳で逝ってしまっている。ところで、1930年代現代ブルースの立役者ロバート・ジョンソンも27歳でした。

写真のVOXのティアドロップのギターは1960年代当時、日本人ミュージシャンにも憧れの的だった。確かムッシュかまやつさんもこれ弾いていた。

p.s. この映画、ストーンズに興味ない人には面白くないと思う。


(22:56)

2007年06月13日

70bestレコード・コレクターズ誌6月号は1970年代アルバムベスト100という特集。5月号の60年代ベストの続きだ。ベスト12は.....

* THE SEX PISTOLS『Never Mind The Bollocks Here's Me』 1977
* NEIL YOUNG 『After The Gold Rush』1970
* JOHN LENNON 『Plastic Ono Band』 1970
* CAROLE KING 『Tapestry』 1971

* THE ROLLING STONES 『Exile On Main Street』 1972
* SLY & THE FAMILY STONE 『There's A Riot Goin' On』1971
* ELVIS COSTELLO 『My Aim Is True』 1977
* THE ROLLING STONES 『Sticky Fingers』 1971

* DEREK & THE DOMINOS 『Layla And Other Assorted Love Songs』 1970
* THE ALLMAN BROTHERS BAND 『At Fillmore East』 1970
* PINK FLOYD 『The Dark Side Of The Moon』 1973
* BOB DYLAN 『Blood On The Tracks』 1975

後はT.REX, JAMES TAYLOR ,BRUCE SPRINGSTEEN,GEORGE HARRISON,LED ZEPPELIN, STEELY DAN, LITTLE FEET, RY COODER, JANIS JOPLIN, BOB MARLEY, DAVID BOWIE, JACKSON BROWNE, THE WHO, CROSBY,STILLS,NASH&YOUNG, EAGLES, THE CLASH, LOU REED,MIKE OLDFIELD, DR.JOHN, JONI MITCHELL らがベスト50にいる。

僕は評論家じゃないので全部に詳しいわけではないし、好みや評価の違いはあるが、まあ妥当なところなんでしょう。プロフェッショナルな評論家の方々はだいたいムーヴメントの主役、貢献度は評価。そして逆に職人的にうまい歌、ただテクニック的にうまい演奏家、うまく出来てるヒット曲などは評価しないだろう。だから、あのギターいいのに、とか、あの歌名曲なのに...だけではベスト入りできないんでしょうね。まあうなずけますワ。
1960年代末から70年代初頭にROCK MUSICというものがポップミュージック界のメインストリームになったので、そこが大事なところだ。そしてハードロック、グラムロック、プログレなどを経てパンクムーブメント、レゲエ...A.O.R.なんていうジャンルもでた...などが70年代中期から後期か。その時代はもう一方でジャズのロック化=クロスオーバーからフュージョンへの展開期でもあり、産業として大きくなりロック技術のマニュアル化が進み演奏技術も相当に進歩する。ただ評価としては単に演奏のお上手系のアーティストは評価されていない。勿論ディスコサウンドなんてのもあったけどここにはその手のアルバムも出てくるわけない。プログレもピンクフロイドだけが入っている。いつも「イチバン」に異論ありだがあとは、とにかく60年代ベストとここで選ばれたこの時代の音楽がその後のポップミュージックへの礎になっている、教則本ともいうべき音楽と言えよう。ですので、まあ了承シマス。


(00:24)

2007年05月21日

RECO-COLLENaoism氏ご指摘のようにミュージックマガジン社の月刊「レコードコレクターズ」誌5月号が60年代ベスト100アルバムという特集をしている。先日僕がとりあげた1993年の「BAD NEWS」誌で掲載されたベスト100アルバムという企画に呼応するように....だ。
その「レコードコレクターズ」誌が選んだアルバムにひと言....

*BEACH BOYS 『PET SOUNDS』1966
ヒット曲で好きなものはあるが爽やかな西海岸サウンドはあまり好みではなかったのであまりいいコメントができないが、いい意味で軽い白人的なビートに爽やかなハーモニー、高いほうのファルセットなヴォーカルがうまいサウンドづくりしていた。

*BOB DYLAN 『HIGHWAY 61 REVISITED』1965
「Like a Rolling Stone」はそれまでのアメリカンポップと明らかに異なる衝撃作。ポップの歴史的意義がある。またアル・クーパー、マイク・ブルームフィールドらがバックで参加してるのが凄い。アル・クーパーのハモンドのサウンドはその後のポップでの教科書的サウンドになっている。

*THE BAND 『MUSIC FROM BIG PINK』1968
THE BAND はディランのバックバンドだった。アル・クーパーがケネディ暗殺直後のダラスでのディランのサポート仕事をびびってやめたのでTHE BANDの連中がディランのバックについたエピソードがある。

*ROLLING STONES 『LET IT BLEED』1969
ここでも選ばれてる!ロックの名盤であることの証明だろう。こんど語りませう。

*KING CRIMSON 『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』1969
「BAD NEWS」の時、KING CRIMSONは選ばれてもいいんじゃない?って言ったのが聞こえたかの如く選出。プログレの名盤だ。リーダーのロバート・フリップは今もKING CRIMSON を牽引するカリスマギタリスト。コンセプト、理論もしっかりしており、ギターの訓練もはんぱではない。
黒人ブルースのコピーからはじまったロックがロバート・フリップのようなクラシック的な技術、理論を備えた人によって新たな発展をした。

*LED ZEPPELIN『LED ZEPPELIN』1969
CREAMというバンドで卓越した技量をもったロックバンドが出現し、それらがマニアックなものでなくポピュラリティを得てスターになるということでエリック・クラプトンの功績は多大なものだったが、LED ZEPPELINはそれをさらに加速させた。イギリスのブルースバンドYARDBIRDS はエリック・クラプトン、ジェフ・ベックに続きジミー・ペイジというギタリストを輩出、それが発展的にLED ZEPPELINになった。高校生の時、何曲かやっていた。


*BEATLES 『SGT PEPPER'S LONELEY HEARTS CLUB BAND』1967
これも必ず選ばれるでしょうね。「A Day In The Life」「Lucy In The Sky With Diamonds」はいい。ポップの歴史上、意義のある仕事をした。ただここで仕上げたサウンドは次へは全く繋がらず、ライヴを全くしないバンドになっていたことも確かだった。ポールとジョンは仲も悪くなっていくし、シンプルになっていく。

*BEATLES 『REVOLVER』1966
曲集としてはこちらのほうがそろってるかも。

*ROLLING STONES 『BEGGARS BANQUET』1968
この頃ビートルズもストーンズもいっせいにサイケデリックの夢から覚める。フラワームーブメントで浮かれている間に、一方でロンドンでのベトナム戦争反対のデモとかにミック・ジャガーも参加し、現実的なテーマに沿ったもの〜それらがストーンズの場合はデビュー時本来の泥臭いブルース、リズム&ブルースの感覚に戻っていこう、変にポップにするのはやめよう、と気付いたのだ。お飾りでいろんな楽器をちゃらちゃらちりばめるのやめ、本質的な骨組みから考えなおしたのだった。
ストーンズが怪物バンドとして、ロック史上に残ることになったのは『BEGGARS BANQUET』からの業績だ。ここにはヒットするようなミーハーなポップソングは全くなく、彼らが影響受けた黒人音楽アメリカ音楽、それも古い時代のものを研究し自己解釈してアルバム全体をひとつのディープなムードで包んでいる。アフリカ人ロッキー・ディジョン参加でアフロなロックアレンジになった「Sympathy for the Devil」、エレクトリックなものからアコースティックなブルース、カントリーというかマウンテンミュージックというか、そうとうに濃いエッセンスの音楽だ。エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリクスのような凄いギターソロがなくてもオリジナルでコンセプチュアルな白人のブルースロックを作り上げてしまった。亡きブライアン・ジョーンズの実質上遺作とも言えるスライドギターがいいし、すべての曲が素晴らしい、ほんとうに凄いアルバムとしかいいようがない。

*JIMI HENDRIX『ELECTRIC LADYLAND』1968
これが出た頃はこういうヌードっぽいジャケットがよくありワクワクしたっけ。BLIND FAITHなんかも良かった。とにかくジミヘンのギターは譜面っぽくない第一人者だろう。

これに続くのがWHO ,MOTHERS OF INVENTION,PINK FLOYD,CAPTAIN BEEFHAERT & HIS MAGIC BAND, CROSBY,STILLS&NASH, BUFFALO SPRINGFIELD,CREAM,DOORS,BIG BROTHER & HOLDING COMPANY,JOHN MAYALLなどだ。




(01:40)

2007年04月24日

Bad News部屋の片隅から『Bad News』《特集 永遠のベスト・アルバム100》という1993年7月発刊の雑誌が出てきた。うむむ〜こんなの買ったの全く憶えていないぞ、14年前か。でも逆に憶えていないのでちょっと面白かった。この特集は「日本を代表する音楽評論家が選んだアルバム」だ。100個も書くの大変なのでベスト11をバラバラに記してみて、僕なりの感想を書いてみちゃおうかなっと。
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* Marvin Gaye『What's Going On』(1971)
 勿論1960年代のR&Bあっての「What's Going On」だがロバータ・フラックやこのマーヴィン・ゲイらが黒人が黒人らしくあった時代のポップをひとつ掘り下げ新しいブラックの意識を打ち出した。「What's Going On」はベトナム戦争批判の歌だしAメロ部分がもっとわかりやすかったら
「イマジン」に並ぶポピュラリティを得ただろう。でもこのAメロで充分いいのだ。この漂い多少印象派風なコード展開は60年代になかった。またパースナルな苦悩を歌にするというロックやシンガーソングライター的な発想をR&Bに持ち込んだ。当時モータウンレコードの社長ベリーゴディjrはこんな音楽では売れない、と発売が危ぶまれた。だが時代が変わってたわけだ。

* Robert Johnson 『The Complete Recordings』(1937)
 これは1930年代のしろものだが完全にブルースのクラシックスであり、バイブルかもしれない。この人がいなかったらクラプトン、ストーンズもちょっと違ってかもしれない。(以前にこのBlogで大特集した)

* Bob Marley& Wailers 『Catch The Fire』(1973)
 ボブ・マーリーが入ってるのは当然。彼の曲は実は非常にメロディアス。全世界にレゲエブームを起こしこの全く新しいリズムを紹介した。
詞は社会的だったり哲学的だったりだが、ウォームな曲があのポリリズム(レゲエは複合リズム)にのる。声もいいしソングライティングもほんとうに素晴らしい。ちなみに段ボールで暮らす方々を「レゲエのおじさん」というのはレゲエに対するボウトクだよね!

* Rolling Stones 「Let It Bleed」(1969)
 このアルバムが選ばれることに文句はない。ストーンズは68年〜72年が最高!ロックの名盤中の名盤。ここではあえて語らず、Stonesおじさんはいつか詳しく語りたいんダス。

* Jimi Hendrix Experince『Electric Ladyland』(1968)
 ジミヘンのギターは革命的に凄い。後にも先にもジミヘンしかいない。ソングライティングはそんなにパターンないがそれでも活動2年くらいでロックの歴史に燦然と輝く。アルバムでの評価より単純にギタリストとして評価したほうがいいかも。昔ビートルズの名曲はイージーリスニングやセミクラシカルオーケストラ編曲にもなり普遍的とか言われたが、そういう感覚自体があの頃の狭い感性ということを暴露してしまった、現在ではクロノスカルテットが弦楽四重奏でジミの音楽をリメイクしている。また30年前ならエレクトーンで「SATISFACTION」は無理だったかもしれないが、(今でもノリがなけりゃ無理だわさ)もし仮に無理でもいいではないか。その譜面に書ききれないニュアンスの為、オリジナル演奏のものがあるだけでも普遍的と言って良い。譜面上残しやすいメロディ名曲を普遍的というのはジャズ以後の音楽や民族音楽を認めないと同じことで重大な間違い。


* John Lennon 『Plastic Ono Band』(1970)
この雑誌の評者はジョンの最高アルバムで、後にも先にもレノンはこれ以上はだせなかったとしている。ジョンはロックとかを超えてなんかをやっていたような感じ。 《ロックピープル》という本で硬派評論家のロック五箇条によると、レノンはひとつ違反しているがそれでも許される存在ということだ。ちなみにM氏は五箇条すべてに違反とのこと。

* Neil Young 『After The Gold Rush』(1970)
気骨ある人だし、僕ももう少しこの人のアルバム聴いてみたい。

* Sly And Family Stone 「There's A Riot Going On」(1971)
「ハイヤー!」などはよく聴いていた。ファンクという意味ではマイルスにも影響及ぼしたすごい人。また少し聴いてみたい、今聴いたらどうなんだろう?

*Doors『Doors』(1967)中学生の時、アメリカにもミック・ジャガーみたいな奴がでてきた、かっこいい!と思った。キャッチーなヒット曲も好きだった。ただベースがいない為グルーヴがイマイチ。メロフェイクした時のブルースフィーリングが余りないということで下半身にこない感じだった。でもジム・モリソンもいないしねえ、懐かしいバンドですわ。なんか裁判なってたっけ、モリソン不在でDoors名のって遺族に訴えられたっ?

* Carole King 『Tapestry』(1971)
名曲がたくさん入っている。キャロル・キングはもともと60年代にR&Bの作曲家として活躍。後にシンガーソングライターとしてデビュー。とにかくセンスいい。Maj7thにブルージーなメロディがしっとりくる、という当時はまだ誰もやってなかったことをさらりとやってしまっている。大袈裟じゃない洗練された表現スタイル、ある意味でシンガーソングライターの基本となる存在。

* Beatles 『SGT.Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967)
シングル時代からアルバム時代...それもトータルコンセプトでアルバムを作るというポピュラー音楽界に革命を起こした。当時の衝撃は忘れられない。ただビートルズは当時誰もロックバンドとは言っていなかった気がする。ポピュラー音楽はティンパンアレイ的に芸術ではないという軽いものだったのが、なんか重いものもあるし、弦や管を綺麗に聴こえる添え物で使うのではなく本気でポップ曲に取り入れたのも凄かった。ジョージ・マーチンの功績だろうか。ほぼイニシアティヴをとったポールの音楽的才能が見事に発揮された。今でも2曲くらいは凄く好き。
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なんかこれを選んだ当時の評論家の方々、ロバジョン以外ほぼ1967年〜1973年のアルバムですぜ!まあでも結局その辺がロック、ソウル...ポップミュージックの激動期だったっちゅうことか。
この次ぎに選ばれているのがBob Dylan『Blond On Blond』、Derek& Dominos『Layla』、Little Feet『Dixie Chiken』、Rolling Stones『Exile On Main Street』『Beggars Banquet』、Beatles『Abbey Road』『Rubber Soul』、James Brown『Star Time』、Velvet Underground& Nico『 Velvet Underground& Nico 』、Arsenio Rodriguez『El Sentimiento De Arsenio』、David Bowie『Ziggy Stardust』 、Elvis Costello『My Aim Is True』...きりないが後はOtis Redding,Cartola,Ry Cooder,Dr.John,Lou Reed,Janis Joplin,Talking Heads,Stevie Wonderらの名前が見られる。以外なのはエリック・クラプトンが Derek& Dominosで入っているが「ソロ」はなく「Cream」でもない。ここ10年以上の大ロックおじさんとしての貢献度からすると以外だ。ツェッペリンもだいぶ後のほうにならないと出てこない。パンク、ニューウェイヴ系も少ない。プログレもないが、せめてピンク・フロイド、キング・クリムゾン、ピーター・ゲイブリエルとか評論家好みっぽいのにねえ。しかしなんといってもポリス、U2がないのはちょっと不満。ロックバンドの歴史的役割を考えたら欠かせない存在のはず。またアル・クーパー、マイク・ブルームフィールド、クリーデンスクリアウォーターリバイバル、スティーリーダン、イーグルス、ドゥービーブラザーズあたりはどんなもんだろうか。詳しくないがニルヴァーナ、ガン&ローゼズとかは。1993年だからシェリル・クロウ、ビヨークはまだなんだよね。
まあ評論家も人の子だよねって、そういう自分=音楽家もイイカゲンだワサ、そして一般の人々は--ほぼ好き嫌いのみ...なのでこれはある意味すっきりしてるかもね。





(01:50)

2007年03月11日

ZimmermanRobert Zimmermanっていうロックミュージシャン?
Bob Dylanである。写真はマーチン・スコセッシ監督が制作した2005年の作品『NO DIRECTION HOME』。3時間半くらいの大作・・・というより1960年代のディランを回顧したドキュメントである。
現在のディランのインタビューで話が進む、ボブ・ディランに影響与えた戦前から1960年代頃ののアメリカポップ(フォーク)音楽史を学べる意味でも興味深い。Robert Zimmermanはその苗字からしてもユダヤ系、1941年にミネソタ州ヒビング生まれ。家は電気屋。ミネソタ州自体カナダに近い相当な田舎なのに、冬はめちゃくちゃ寒いミネソタの更に小さな町の生まれのようだ。
ディランが影響受けた1950年代頃のポップスでカントリー&ウェスタンのハンク・ウィリアムス、ジョニー・レイ、ブルースのマディ・ウォーターズ、ロカビリーのジーン・ビンセントなどの当時のフィルムが出てくるが、いかにも古臭い感じのパフォーマンスの中、マディ・ウォーターズは今見てもかっこいい!のにはびっくり、というよりロックの価値観が今でも色あせてない証拠かもしれない。またマウンテン・ダルシマー弾き語りのジョン・ジェイコブ・ナイルスの珍しさや黒人女性のオデッタのギター弾き語りの圧倒的な迫力も見逃せない。
ディランは高校卒業の翌日故郷を出るが卒業イベントの際、ピアノをがんがん弾き歌うとんでもない音楽をやって、校長に無理矢理幕を下ろされてしまったらしい。
その後ミネアポリス(ミネソタ州の州都だっけ?)の大学に入るが殆ど授業には出ずミュージシャンを目指す。

そしてディランはフォークの神様、放浪のシンガーWoody Guthrieに最大の影響を受ける。訴える詩の内容からコード進行、歌い方、メロディまでウディ・ガスリーから学んだことがよくわかる。(20〜30年前にウディ・ガスリーの伝記映画があったのを憶えている。主演を息子のアーロ・ガスリーが演じていてなかなかいい作品だった)
当時のレコード収集家の家からガスリーのレコードを盗んだ話、その後ニューヨークにでた時にプロモーターに渡したプロフィールが嘘八百だったり、ディランはなかなかしたたかだ。
また、ギターも歌もうまく感服したというジョーン・バエズへのインタビューも面白い。

そしてマディ・ウォーターズと並ぶブルースの大御所ジョン・リー・フッカーの前座で大きな舞台を踏み、Columbiaからメジャーデビュー。しかし当時のフォーク界はピート・シーガーやブラザーズ・フォーなど爽やかで綺麗で上品な時代。当初は「いかれた人間のレコードは出せない」とレコード会社上層部に言われ難しかったがコロムビアの敏腕マネージャー、グロスマンの功績によってレコードデビュー、メジャーになっていく。
そしてフォークギター弾き語りで圧倒的なプロテストフォークのカリスマとなるが、その後、エレキギターに持ち替えバックバンドを引き連れてライヴをすると今までのファンから大批判を浴びる。会場の三分の一はブーイングだったり、ユダヤの裏切り者、商業主義に走った、とか言われたり散々な目にあっている。ファンだけではなくニューポートフォークフェスでは仲間で先輩のフォークシンガー、ピート・シーガーにバックステージにいて大音量のディランバンドに驚き、斧でケーブルを切ろうとする、というようなアクシデントまであった。

その時バックバンドはギターがマイク・ブルームフィールド(数年後クラプトンと並んで白人最高のブルースギタリストになる)でオルガンがアル・クーパー(ブラッドスウェット&ティアーズ創設者、ブルームフィールドとの「スーパーセッション」「フィルモアの奇蹟」はロック史上の名作)。ブルームフィールドは70年代に死んでしまったがアル・クーパーのインタビューもある。ロック音楽の最高傑作「Like A Rolling Stone」のレコーディングエピソードには驚く。またアル・クーパーがディランのツアー参加後、J.F.ケネディの暗殺事件があった直後ダラスでやるということになり、ただでさえ批判の多いディランの音楽。アル・クーパーは「ダラス」と聞いて、怖くなってバンドをやめた、ということだ。そしてその後バンドに入った連中が伝説のグループ「The Band」となって有名になる。

ディランの音楽は、情緒系を好む日本人には受け入れにくいタイプだ。声も変だし、サウンドも特に聴きやすいわけではない。勿論オシャレでもない。「風に吹かれて」「ミスタータンブリンマン」はメロディがわかりやすいが、一番のディランの特徴はそういうメロディアスなものより、たくさんの詩、言葉をつめこんで辻説法の歌版のように吐き捨てる唱法だ。僕も高校の頃、すぐに好きにはなれなかった。ガキから見てかっこいいわけでもないし。
勿論たくさんの曲が歌もメロディもサウンドもほんとうに好きだが、結局そういうことを超越してボブ・ディランという人に魅力を感じてしまうタイプだ。「ボブ・ディラン」というコンセプトが凄いのだ。ポップミュージックの歴史を捉えて彼がした役割と、その音楽的な価値観はビートルズやローリング・ストーンズに匹敵、いやそれ以上かもしれない。ポップミュージックのエッセンスを知る人には、絶対ディランの良さが理解できる。「好き・嫌い」ということだけでなく客観的にポップミュージックの歴史を捉えられる人には、最大の評価をしていただけるだろう。







(22:26)

2007年02月08日

Dylan/Archive《BOB DYLAN The Archive Vol.1》というDVD。これは1965年のサンフランシスコでのプレス会見をはさんで、1963年1964年1976年のライヴ映像が収録されている。
最初の3曲は1963年のワシントンD.C. での大規模なデモ、野外集会での壇上のマイクのところでのライヴ。歌うようなステージではないところが凄い臨場感に溢れている。ハーモニカホルダーにフォークギター弾き語りスタイル。ジョーン・バエズがハーモニーをつける。次ぎに1964年の山小屋風の室内で歌うディラン。「Talking WW3 Blues」 は殆どメロディというよりラップに近い。若き日のディランの独壇場パフォーマンスだ。すげ〜すげ〜!ただ見た目は天然パーマでリージェント崩れのようなへんちくりんなヘアースタイルはどう見ても、スターというよりストリートのお兄ちゃん。

フォークギター弾き語りでデビューしたので一応フォークとか、詩の内容からプロテストソング系とかに分類されたが、いわゆる白人的な綺麗なフォークソングではないので精神的にはROCKと言っていいだろう。クラシックや1930年代から50年代の素晴らしいミュージカルやスタンダード曲の価値観をぶっとばしてしまったディラン。そちら側から見たらディランはただの音楽知識のない下手で粗野な歌手だったのかもしれない。そちら側がそう思えば思う程にディランやロック音楽の価値観は高まり、1960年代後半からのヒッピームーブメントからロックがポップのメインストリートを完全に制覇する時代になる。マッカートニーみたいな人でも60年代中期は「Yesterday」をつくってスタンダード世代にゴマすったが時代はロックに流れていってた。
ディランはピート・シーガーやウディ・ガスリーといった1950年代のフォークを親世代に持ち、散文詩的な歌詞などでビートルズ、ストーンズに、その歌唱で歌に全く自信なかったジミ・ヘンドリクスにに多大な影響与えている。ジミ・ヘンドリクスはディランの「All Along The Watchtower」をレパートリーにしている。ストーンズの最高傑作1968年の『BEGGARDS BANQUET』の「Jigsaw Puzzle」はディランの影響のある歌と言えよう。

ではディランの歌はヘタか?きっと譜面は読めないでしょうが、フレージングは柔らかいしコブシも回る。一見投げやり風だが温かみのある唱法だ。1976年のフロリダでのライヴでの大ヒット曲「風に吹かれて」は原メロディの美しさをあえて捨ててリズムのリフのようなフェイクスタイルで歌う。それは即興ではなくゲストのジョーン・バエズとのデュオなのでわかるが、前もって綿密にメロディアレンジしている。こぶしも回る。美しいメロディよりも投げ捨てるかの如くリズムにメロディをぶつけるほうが、リアリティがある。単なるラヴソングでないし、ロックのひとつの技法だ。1950年代までのスタンダードな音楽の価値観とは異なるものだ。ロックシンガーも勿論ある意味鍛えられた声ではあるが、それがベルカントなどのマニュアルそのままだと現代の価値観を反映する詩を歌う時にリアリティない。パースナルなものをダイレクトに表現するポップやロックの感覚的な芸術性はそこに存在し、与えられた作曲家の楽曲をまず忠実に表現するところがスタートのクラシック音楽は職人的技術の中の芸術表現ともいうべきカテゴリーというべきだろうか。ここいらへんは硬派評論家中村とうよう氏に言わせれば「クラシックは作曲家、次ぎに指揮者中心の階級世界の...」ということになる。クラシックでは演奏家の「個」は最重要表現ではない。まあディランはそんなことどうでもいいと言うでしょうが。

フロリダでのライヴではバーズによっても有名な、これまた大ヒット曲「ミスター・タンブリンマン」(最近日本のCMでもリメイクされてた)「Just Like A Woman」と続く。マンドリン、フィドル、スティールギター、ギター、ベース、ドラムからなるカントリーロック風の編成で、勿論60年代後半からディランはすでにフォークギターからエレキに持ち替えている。「Just Like A Woman」はメロディの美しい曲だが、ここではまたロック風のラフなメロディにアレンジされている。またここでのゲスト、ジョーン・バエズは60年代のあのフォークの女王のシンボリックな長いストレートヘアではなくショートなのも時代の変遷を物語っている。ここでは背丈がほぼ同じなディラン&バエズはギター持って、ひとつのマイクに顔を寄せ合ってお互いの口がくっつくくらいの距離で息ぴったりでデュエットする姿がとても印象的。ディランの音楽はバエズのキレイなフォークをもぶっとばしたはずなのにバエズは60年代初期から、ずっとディランとデュオしているのがまたほほ笑ましくもある。
1970年代のヒット曲「Knockin' On Heaven's Door」はレゲエ調で。そしてクライマックスはやはり60年代のヒット曲「Like A Rolling Stone」。最高のロックチューンのひとつだろう。
ラップのようにラフに投げつけるように、それでいて温かみのあるAメロ部分から、サビは臭い技巧的な仕掛けがあるわけではなく、自然な流れで詩を生かしたいいリフが繰り返される。そのコーラス最後の歌詞「Like A Rolling Stone」というフレーズまでが流れるようにノっていくディランワールド全開。ほんとうに素晴らしい曲、このライヴのディランの歌が魂こもった集中力のきてるノリで絶好調だ。

全体に画像の状態はいいとはいえないが、まあARCHIVEというタイトルつけられちゃってると、未公開の...しようがないかな、というところ。


(01:03)

2007年01月18日

JB昨年末に亡くなったJAMES
BROWNはロックではないかもしれないが、ロックミュージックに与えた影響は多大なものがある。佐藤良明・柴田元幸著「ロックピープル101」にも掲載されてるし、この「連載ROCK」に登場してもらうことにする。
「ロックピープル101」誌によるとJBはジョージア州の片田舎に生まれ、貧しかった上に4歳の時両親の離婚によって親戚をたらい回しにされながら棉を摘み、靴磨きをし、窃盗をして生き延びた。中一で学校中退、ゴスペルグループに参加、音楽生活が始まる。しかしまた悪さして鑑別所送り。出所後いろいろあったが1956年に歌手としてデビュー。1960年代には数々のヒット曲を生む。
といってもJBの場合「この曲いいね」とかいうことじゃない。JBの魂揺さぶるパワー、その存在感だ。

写真は1972年の当時の2枚組アルバム『GET ON THE GOOD FOOT』。
なんといってもJB、背は小さいのに地の底から湧き上がるようなシャウトする様はどうしようもない奴!ある意味神がかりっていうやつか。タイトル曲や「Funky Side of Town」などコード進行せずに7thイッパツものの伴奏に延々と10分近いJBの声が続く。技巧的な構成は全くない。
歌詞の中にはウィルソン・ピケット、B.B.キング、アイザック・ヘイズ、ボブ・ディラン、ローリングストーンズ、マーヴィン・ゲイ、ジョン・レノン、アレサ・フランクリン、ロバータ・フラック、マディ・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー等の名前がでてくる。ある意味ラップの原形、ディスコ、ファンクの原形。Wo〜wと超ハイノートでのシャウトは現在ではマイケル・ジャクソンの代名詞みたいになってるが・・・違うの違うんだって!・・・JBは40年前にやってるんですわね。

こういう作曲はどうなってるんだろう。2小節くらいのドラム、ベース、ギターのリフが決まったら、とにかくリフレインして、ちょっとした決まりのメロディを提出、あとは即興的に歌詞を・・・というか言葉をどんどんぶちこんでいく・・・という感じだろうか。普通ならこれではもたないのだがJBならもつのだ。シンプルなロックで40年以上君臨しているストーンズだってワンコードものは「Undercover of the Night」くらいか?それだってビル・ラズウェルのスクラッチ的アイデアで構成はきちんとしている。「Jumping Jack Flash」も「Satsifaction」も計算されているし、「It's Only Rock'Roll」なんて「たかがロケンロール」といいつつAメロあってサビあって、その後のCパートまであるし、Rock'Rollなのにメジャー7th使ったり、それになんと4分の4拍子できていて一箇所いきなり3拍の小節あるのだ。彼らは謙虚に、JBのような感性一発系の黒人になれないことをわかってそれなりに作曲しているのがわかる。
それは西洋音楽的価値観で判断したら無理。技巧的な展開はない。リフレインするうちに盛り上がる・・・これはアフリカ音楽を起源とする民族的な血であり、人種差別から金からセックスに至るまでをいっしょくたに料理してしまうロック以後の音楽の醍醐味だ。

「I Got A Bag of My Own」ではブラスセクションに故マイケル・ブレッカー、ランディ・ブレッカー、ジョン・ファディス(サドジョーンズ・メルルイスビッグバンド等で有名なハイノートtrumpeter)。アコースティックギターにサム・ブラウン、エレキギターにヒュー・マクラッケン、ベースはゴードン・エドワーズ。そしてほぼ全編のアレンジにデヴィッド・マシューズ。

Dave Matthewsといったら最近はNHKの「英語でしゃべらないと」に準レギュラーのように出演し
て新橋あたりのガード下飲み屋大好きの変なガイジン振りが話題のキャラになってしまったが、本来マンハッタンジャズカルテットを主宰したり、凄〜いコンポーザーなのだ。
30程年前にDave Matthews率いるニューヨーク気鋭のスタジオミュージシャン集めたセミビッグバンドのアルバムを買ったのを思い出す。
話それたが、JBのこのアルバム、他にもサックスのジョー・ファレル、ギターのジョー・ベック等が参加している。1970年代のニューヨークのレコーディングセッションの豪華さが懐かしい。

JBは黒人であることを誇りに、でもエンターテイナーとしてぎんぎらぎんの衣装でリズムを歌う。このリズムを歌うという価値感はロック以前にはなかったもので1930年代から1950年代の巨匠コンポーザーの名曲スタンダードが生まれた頃の音楽感を覆してしまった。半端じゃな〜いJB、天国行ってもシャウトしてんだろうな。



(00:46)

2007年01月07日

Joni MitchellJONI MITCHELL『Painting With Words And Music』は1998年にカリフォルニアのスタジオでこの映像収録の為に行われたスタジオライヴ。
円形ステージの外側にはジョニ・ミッチェルの描いた絵画が並ぶギャラリーになっている。そうジョニは美大出身で画家としても本格的。ゴッホが一番好きらしく、そんな影響ある自画像もある。
そして300人程の観客は皆ソファに座って(あるいは寝そべったり自由にして)、ワイン飲んだりしてリラックスしてステージ鑑賞するというスタイルのライヴだ。リラックスしてほんとうにじっくり、淡々と音楽するジョニが素晴らしい。けっこう難しい曲をなんでこんなに簡単そうに歌えるんだろう、というほど、楽にしてくれる。
そしてあの独特のチューニングのエレキギターだ。以前は白いセミアコタイプだったがここでは、ソリッドタイプだ。おそらくピエゾマイクタイプではないだろうか。アンプも使わずラインっぽい音質は以前のギターのアタック感はなく、ボワ〜っとしていていまひとつだが、それでもこんな弾きかたで弾き語る人、他にいないし許せちゃう。ジョニ・ミッチェルワールドだしね。
いい歳のとりかたしていて老け込んでる感じもなく素敵!
それに絶えず商業ビジネス界との食い違いで戦ってきた人だし、半端なウレセンミューシャンとわけが違う。

バックのメンバーも元夫のベーシストのLarry Klein(メンバー紹介でジョニは「元夫の...」とさりげなく言う)はじめ、guitars:Brian Blade(pedal steelのプレイがいい)、drums: Greg Leisz、trumpetのMark Isham(ほぼ「ハーモン中抜き」のミュートでプレイ)と出しゃばらずいいサポートが渋い。ほんとうに大人のポップミュージックとはこういう音楽なのだろう。抑制の効いた、決して大袈裟にならないエモーション。どこまでも知的なムードだけど、堅い音楽ではないし、アカデミックでもない。ロック、ソウル、ジャズの影響を彼女なりに吸収してできたオリジナリティ溢れた世界だ。「AMERIA」「HEJIRA」などの頃の歌がメインだ。またマービン・ゲイの歌ではソウルへの、ビリー・ホリデイのレパートリーではジャズへのリスペクトがまたぐっとくる。

なんといっても1970年代、ジャコ・パストリアス、パット・メセニーやウェイン・ショーター、故ドン・アライアス、ライル・メイズ、マイケル・ブレッカー等ジャズの超大御所をバックメンバーにしてたとんでもない人がジョニ・ミッチェルだ。独特のチューニングでのギター和声はモードっぽくもあり、ある時あのモード・ジャズの第一人者ウェイン・ショーターがジョニに「そのコードの音は何?」って聞いたくらい凄い。
(注:モードジャズ---1960年代アヴァンギャルド派とモード派にジャズは分かれたそのひとつ。従来のコード進行によらずモードスケール中心に自由な発想で、しかも完全にフリーにはならない、という枠の中でインプロヴィゼイション=即興が発達した。マイルス・デイヴィスのもとにいたウェイン・ショーターはそのモード手法を高い次元に推し進めた。ジョン・コルトレーン、チック・コリア、ハービー・ハンコックなどもモード手法を発展させた。一方、オーネット・コールマン、エリック・ドルフィー、アルバート・アイラーなどはフリーによるアヴァンギャルドなジャズを推進した)

フォークシンガーというふれこみでデビューしているがジョニの音楽が深まれば深まるほどメロディラインはいわゆるポップという感じからは逸脱していく。そうなのだ、ジョニにはミーハーな安っぽいメロディはいらない。彼女の詩と和声とそのオリジナルな歌があればヒットチャート系のポップからは遠ざかってもしかるべきだ。ガキは聴かなくてけっこう、帰って寝てろ!
フォーク出身というとノリ悪そうなイメージあるが、彼女はグルーヴも柔らかい。
途中で彼女が子供の頃よく歌ってたという1960年代(たぶん)の典型的なアメリカンポップチューンを歌うが、こういうポップの素地がノリの良さをカラダで身につけていたのだろう。

そしてステージ最後のほうで突然、グラハム・ナッシュ(あのクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのグラハム・ナッシュ=ジョニの昔の恋人.&僕にとっては中学の頃好きだったホリーズのナッシュのイメージもあり)が客席から飛びだしてきて、「昨年君(ジョニ)が受賞したロック殿堂入りのトロフィーをもってきたよ」「君は欠席したから、いつか渡そうと思って預かっていたんだ、変な包装してすまないけど...」と言ってステージにあがる。ジョニは「ゴミ箱が似合うわね」と一言。さすがジョニ・ミッチェルはほんまもんのかっこいいおばさんでした。

JONI MITCHELLはこの連載ROCKにあてはまるかどうか...まあでもロックの殿堂入りしちゃってるしね。おばはん、精神はロックしてるぜ!

p.s.アメリカ人は「殿堂」っていうのが好きだ。野球もそうだしね。歴史がないからとにかくなんか重みをもたせたいのかな。まあ悪いことではない。業界が盛り上がるし。なんか日本人には...いやいや僕にはこの「殿堂入り」っていう感覚がわかるようでちょいリアリティに欠ける。日本でいう紅白に出た歌手か?違うだろうな。そうそう紅白視聴率下ったっていっても39%って、いいじゃないの。もっとも僕は子供の時に見て以来30年以上ちゃんとは見ていない。チャンネル変える瞬間にちょっとね...くらい。最近は格闘技見ちゃうし。ダッセンしました。以上。


(00:57)

2006年10月03日

John MayallJOHN MAYALLはイギリスのブルースの父といわれるミュージシャン。僕は高校生の時、ほんとよく聴いてたし、メイオールのブルースやってた、学んだってとこだ。
そのジョン・メイオール70歳記念のコンサートがリヴァプールで行われたライヴDVDだ。いやいや70歳とは思えない、全然若い。写真のジャケットで左に大股開きで立ってブルースハープ吹いてるのがメイオールで、右がゲストのエリック・クラプトン。メイオールはずっとスタンディングでカーツェルのサンプリングピアノ弾き、歌い、ブルースハープも吹き、ギターも弾く。ゲストに元ジョン・メイオールとブルースブレイカーズのメンバーのミック・テイラーが登場。ミック・テイラーは1969年ストーンズに誘われメイオールのバンドを去った。そしてさかのぼるが1966年のブルースブレイカーズのメンバー、エリック・クラプトンも登場、チョ〜盛り上がる。また当時エリックが去った後にはピーター・グリーンがメンバーになったわけだ。これだけ見てもジョン・メイオールがイギリスブルース界のフィクサーというか大御所であることがわかる。クラプトンとは38年振りの共演。しかしミック・テイラーはまだ50代というのに渋くなりすぎてるかも。体系も完璧なオジサン、服装も超地味、スタッフのおじさんかと思った。元ストーンズだぜ!それも20歳でストーンズに参加、全盛期のストンーンズを支えたあのミック・テイラー!もうちょっとねえ...60歳過ぎたジャガーおじさん、キースおじさんより若いのに...
しかしこのコンサートの内容はとてもすばらしい。メイオールの温かい雰囲気に包まれブルースを堪能できる。また、現在のブルースブレイカーズのメンバーのギタリスト、バディ・ウィッティングトンも凄〜いテクニックの持ち主だ。テクニックではクラプトン、テイラーを完全に食ってしまっている。まあただフュージョンじゃないからあまりテクが凄すぎるのもブルースとしては...なんて。まあだいたいメイオールという人も歌、キーボード、ハープとどれも凄いテクではなく..それでもその彼のブルース世界観が味になってるタイプだ。

しかしデス。やはりROCK を語る時、なにはともあれBLUESから始まる。ブルースは3コードでシンプルとはいえ奥が深い。例えばギターで「チョーキング」といって弦に左手でポジションとった後にその弦を上に(下の場合もあるが)に引っぱり上げる奏法があり、音程があいまいなところを動いて半音上や一音上にグリッサンドするわけだ。ロックの典型的な味を楽しめる技であり、ピアノのように音程が変えられない楽器ではだせない奏法だ。しかしこれもどの音の時もチョーキングすればいいというものではなく、ブルースのスケールの中でここでチョーキングするといい、という音や場所があり、卓越した技術をもったセンスいいプレイヤーはその場所を知っているわけだ。またメジャーな3和音で始まるのに3度の音はフラットを使ったり、ナチュラルを使ったり、またサブドミナントではフラット3度にいったり、ポリスケール(複合音階)的に扱うので3コードだから簡単といっても実際ブルースでのアドリブは簡単にはいかない。作曲上にそう指定されているわけではなく演奏上で、演奏家が勝手に判断して、アドリブを含め、ブルースフィーリングを築くわけだ。アタマで学ぶ以上に知らないうちにカラダが自然と反応するくらいのスキルが必要な世界。凄いアドリブをしなくても良いが、即興的に美味しいフレーズを小出しにできるところまでは行かないと、ロックプレイヤーにはなれない。それはブルースの訓練から始まるわけだ。もっともみんな好きで気がつくと身に付いているっちゅうわけで、凄い努力が必要だと、それはつまり好きじゃないからじゃないの?ってことになる。1960年代中期からイギリスやアメリカの一部の白人の間でブルースムーブメントが起こり、それが1970年代のロックへ繋がる、ポップミュージック史の大革命なのだ。
話はまたメイオールに戻るが高校生の頃、よく聴いていた。「オープリティウーマン」や「ウォーキンオンサンセット」など高校生バンドでやっていた。ストーンズやクリームからブルース紐解いていくとマディ・ウォーターズやジョン・リー・フッカー、ライトニン・ホプキンスに辿り着くのだがほんまもんの黒人ブルースはガキにはとっつきにくく、それでメイオールのような白人ブルースをコピーしていたわけだ。
その当時メイオールは35歳くらいで、ストーンズやクリームなどより10歳くらい上、ひとりだけオジサンが頑張ってるな、なんて高校生の時思っていたけど70歳の今も全くかわらずブルースしていて、それも明るく楽しそうで素晴らしい歳のとりかたしてるな、と思った。いい感じのロックジジイ、ブルースジジイだ!ちなみにスカのプロデューサーで有名なギャズ・メイオールは確か息子。
メイオールに関してはhttp://rock.princess.cc/rock/mayall.html でそのプロフィールが見れる。



(01:09)

2006年09月07日

Disraeli Gears「この曲はロックっぽくしよう!」なんて会話、よくあるが、え〜っ?作曲上そうなってないじゃん。という場合が多い。
ここでいうロックは基本的なロック。いまやなんでもロックになっちゃってるしね。Rockは絶えずドラム、ベース、ギターなどでリズムキープされている。2拍目と4拍目に響き線の張ってあるスネアドラムが強く叩かれるリズムパターンが特徴なので(勿論1拍目3拍目などにKick=BassDrumもいる)、またエレキギターは歪んだ音(この歪みはちょい悪っぽいからいいのだけど、それ以上に重要な意味あり--いずれ解説シマス)を出すので、歌手はそれに負けないパワーが必要になる。男声ヴォーカルでもおのずとフランク・シナトラよりは音域高めになる。譜面でいうと記譜上のト音記号の一番上のGの音が実音(ファルセット=裏声でなく)で歌えないとロックっぽくない。音域高そうには聴こえないミック・ジャガーだってロバート・プラントのような高音域でないとはいえA の実音がばりばりに出る。
うえのAってけっこう高いんですよ。普通の男性でもだいたいDとかEくらいの実音歌えるのがやっとだから。ちなみに女声はAの半音上のB♭とかの実音でるのが普通なのでロックの男声は女声音域に近いわけです。ロバート・プラント(レッドツェッペリン)やスティングはほぼ女声音域歌えます。

また絶えずリズムセクションが強いビートを出し技巧的なアレンジはあまりふさわしくないので、ダイナミクスの臭いほどの強弱つけないのがかっこいいロックなのである。つまり作曲上はサビにきたからといって技巧的に凝ったメロディがくるわけではないので、そのかわりごきげんなリフの繰り返すサビだったり、なんらかの手続きはなされている。いわゆる歌謡とは異なる。ウェットな節回しで口ずさんで泣ける...みたいなのナシなんです。まあロックファンはそれでも泣いちゃう境地に行ってますが。リズムキープの強いということはめそめそウェットなメロディより毅然とした感じになってくるわけですわね。まあ歌詞の内容はしょうもない自分の弱さの吐露だったりするのですが、ブルースもそうなのと同じように、「めそめそ」がネタでもいいのですが、それを逆説的に居直ってガンガンいくのがまたいいわけです。「ダメなアタシ」を直接的に美化していくのが演歌っていうことでしょうか。モチロンそれはそれでひとつの美学ではありますよね。

ボブ・ディランの1960年代後半の名曲『Like A Rolling Stone』もAメロ部分はまるでラップの如く、早口フレーズのディラン節が炸裂し、サビで皆一緒に歌えるリフで...How does it feel〜Like A Rolling Stoneという歌詞で終える。ロックっぽい作曲の典型でしょう。また音程も無視するかのように情緒的に旋律されていないのがロックっぽいデス。コード進行になぞった美しいメロディなどはいらないわけです。何故って、強力なリズムキープにグルーヴしているから。そのほうに快楽があるのです。ディランのような歌いかたはそれまで誰もしていない革命的なものだった。フォークブームでデビューしたが、それまでの白人的キレイキレイのフォークではなくR&Bの影響からシンコペ(たとえばメロディを半拍突っ込んで歌う...つまりリズムキープがカラダにはいっているとできる技である)ーションしたりキレイなメロディも崩して汚くしたり...しかしそれが反戦や若者の欲求不満を表現するとき非常にリアリティを出し、一躍トップスターになりフォーク越えしていった。
こんな歌いかた習ってできるもんじゃない。っていうかアカデミックやっちゃったら行けないところでアートしている。ボブ・ディランはいろんなミュージシャンに影響与えている。ジミ・ヘンドリクスは自分の歌に全く自信がなかったがディラン聴いて、これでいいんだ、と思ったとのこと。またミック・ジャガーもディランの歌詞を見て、これでいいんだ、と感じたらしい。まあそれは職業作家が書くいわゆる「歌詞」から私小説で恋愛から社会派的なところまでいくシンガーソングライターの時代への幕開きでもあったようだ。

CREAMのブルースに根ざしたロック大傑作楽曲『Sunshine of Your Love』(1967)はギターの2小節のリフがそのまま歌メロになり数回リフレインする。ただリフレインの時微妙なニュアンスで譜面上でいう完全な同じ音符というわけではない。リズムにノリながらいいグルーヴのアドリブ感覚で歌詞にあったメロをはずしていくのである。その後サビになるがサビも盛り上がるわけではない。非常にクールな展開で5度進行やドミナントからの機能的な解決はない。それ以前のスタンダードと決定的に異なるのはここでも明らかだ。またサービスというか媚びた雰囲気がしないのもロックのひとつの要素だ。この『Sunshine of Your Love』はいわゆる売れセンという感じがまったくない。それも当時、凄いことだった。CREAM《DISRAELI GEARS》のDVDではエリック・クラプトンがこの曲を解説する箇所があり興味深い。
写真はCREAM《DISRAELI GEARS》1967



(00:38)

2006年09月03日

CreamCREAMやJIMI HENDRIXの音楽は今ではロックのクラシックスだ。しかし当時の衝撃は凄かった・・・・・
1960年代末にロックがポップミュージック界を席巻すると、それまでのどんなスタンダードのどの名曲も色あせて見えてしまった。ロック以前とロック以後では違うのだ。今ではあたりまえになったロックだが、当時はそれほどにそれまでの音楽の表現形態の価値観を変えた。それって具体的にはどんなことなんだろう。ロックは熱い思いで、感覚的に語られることは多くても論理的に計測されることが少ない。そこでまあ僕も勿論評論家ではないので勝手な!走り書きではあるが、ちょっとづつ気ままに、できるだけ検証してみたいデス。



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2006年03月30日

R&R CIRCUS《ROLLING STONES ROCK AND ROLL CIRCUS》これはローリングストーンズが企画し、1968年12月にロンドンで収録されたテレビ用音楽プログラム。長い間、お蔵入りしていたが確か1990年代にやっとビデオリリースされ、最近DVDになった。DVDになったので他のテイクやミック・ジャガーとジョン・レノンの舞台裏での会話などもあってファンには嬉しいところ。音質も凄いクリアだ。リマスターしたのかな。また「Sympathy for the Devil」のリミックスが別テイクに映像付きであって、これにはめちゃ驚いた。
出演はジェスロタル、フー、タジ・マハール、マリアンヌ・フェイスフル、ダーティ・マック(ジョン・レノン、エリック・クラプトン)、ヨーコ・オノ、ローリングストーンズ等だ。

《ジェスロタル》はブルースを基調にしたロックバンドだが、リーダーでヴォーカルとフルートのイアン・アンダーソンの左足上げつつフルート吹くのが当時話題だった。だいたいブルースロックのバンドでフルートっていうのも凄い。ベースの人はホルダーで固定したハーモニカをベース弾きながら吹くし。ミックやキースが気に入っていて当時まだ新人バンドだったが《ジェスロタル》を参加させたようだ。
《フー》のステージはとにかくハデハデ。ピート・タウンゼントも得意の右手360度振り回しのアクションしている。キース・ムーンもいる。このフーが目立ち過ぎてストーンズサイドがお蔵入りしていたという噂もあるくらいだ。《フー》はその後のパンクとかニューウェイヴの先駆的な感じもする。ストーンズはブルースやR&Bをベースに、そのグルーヴはきちっと地味にキープするので、ミックのパフォーマンスも含め上品に見えるのに比べ《フー》はそんなに黒っぽくないしなんかとにかくハデだ。《フー》のハデさは有名でモンタレーポップフェスだったか、ギターを振り回してアンプを壊す...みたいなパフォーマンスしたために、その後のステージだったジミ・ヘンドリクスが先にやられたということになり、それよりハデなことは、ということで、しかたなくギターに火をつけるしかなかった....というエピソードがある。
《タジ・マハール》はしっかりしたテンポ感あるブルースを聴かせる。歌もかっこいい。
当時のミック・ジャガーの恋人《マリアンヌ・フェイスフル》はキュートで綺麗。ただ後年凄いドスの効いた声になってクスリだとかなんとか噂になったが、今よく聴くともともと低めの声ではあった。歌いかたがフツーに可愛いから余計変化に驚くのかもだ。
《ダーティ・マック》はこのプログラムの為のスーパーセッションでジョン・レノン(vo& gtr)、エリック・クラプトン(gtr)、キース・リチャーズ(bass)、ミッチ・ミッチェル(drs)という今ではありえない組み合わせ。曲は「Yer Blues」、
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(01:14)