2005年12月10日
友近聡朗の百年構想
2005年9月30日、Jリーグ加盟申請締切り。
申請後、しばらくして愛媛新聞運動部の‘愛媛FC担当記者’から連絡があった。
「申請書類の中に、友近さんの書いたメッセージがあるみたいなんですが、
見せて頂くことは可能ですか?」
何で知ってるのかな?少し疑問に思ったけど、僕は、それほど気にも留めず
「データが事務所にありますから、もらって下さい。」簡単な気持ちでそう答えた。
先日の愛媛新聞の取材時、その答えが判明した。
9月30日の申請後しばらくして、彼は東京御茶ノ水にある‘Jリーグ’を訪ねたそうだ。
そこで…
「いや〜、愛媛FCのキャプテンのメッセージがあったんですけどね、それが良かったんですよ…」
チュアマンの側近の方がそう言ったらしい。
でもそれは、分厚い書類の…
たったA4、2枚の紙切れだった。。。
あの、メッセージはたしか申請書類提出の‘前日’に作ったものだ。
サラリーマンの僕は、いつものように出社していた。
電話が鳴ったので、ポケットから取り出し画面を確認すると「佐伯さん」の表示。
彼からかかってくる電話は緊急、または重要を意味する。
「友近さん、申請書類用に300字程度でメッセージを書いて欲しいんやけど…
かまん?」
頼み辛い案件の場合はいつも‘さん’付け。わかりやすい…(笑)
‘申請の書類に自分の想いを添えさせてもらえるんだ’
「目を通してくれないかもしれない。。でもこの書類には県民、愛媛FCを応援して下さっている方、全ての魂が込められている。わずかな字数だけど全てをぶつけよう」
そう想い…
「いいですよ」僕は即答した。。
「で、いつまでですか?」
「できれば15時までに。。。」佐伯さんは申し訳なさそうに言った。
時計の針は11時。やはり緊急だった(苦笑)でもまさか当日とは…(笑)
4時間あったが、僕は勤務中だった。。。どうしよう…
頭の中で文章を構成し、昼休みを返上し、休憩時間を利用し…
少し時間をオーバーしたが僕は2パターン作り上げた。300字のメッセージと、少し長めのメッセージ。
Jリーグへは長めの方をそのまま提出したそうだ。。
怒られるかもしれないが、みなさんに公表しましょう!!
問題はないと思います。丸秘ネタでもありません。
だって、僕がいつも想っていることだから。。
《友近聡朗の百年構想》
「Jリーグ百年構想」
私はこの言葉が大好きです。
ドイツのスタジアムでの体験。スポーツを「観戦」して初めて鳥肌を立てました。
身を乗り出すと転げ落ちそうな切り立ったスタジアム。向こう正面のゴール裏にはラウテルンのサポーターがぎっしり詰まり、鳴り物一切なしの大声援がスタジアムにこだましていました。スタジアム全体の振動が足元から込み上げ、その鼓動を全身で受け止めた瞬間、「鳥肌」が立っていました。あの興奮は一生忘れないと思います。
「このチームを応援していれば、一生幸せに生きていける」そう感じました。
優勝が決まる試合でもなんでもない。Jリーグでいうと、長いリーグ戦のなかの通常の1試合です。日本から遊びに来ていた友達が言いました。
「スポーツを観て鳥肌を立てたのは2回目だ」彼が初めて鳥肌を立てたのはアメリカでのマイケルジョーダン引退試合。だけど今、目の前で行われている試合はジョーダンの引退試合ではありません。「日常」行われている週末の試合です。
彼らは毎週こんな体験している。私にとっては当たり前でないことが、彼らにとっては当たり前(日常)でした。その後ドイツでの生活で、私はこの「当たり前」を何度となく体験することになりました。それと同時に「百年構想」の意味を彼らの生活に溶け込むほどに感じました。
私にとって天国みたいな国、一生ドイツにいよう。心に誓いました。
一時帰国、ふるさとに帰ってきました。なつかしい空気の香りがしました。
家族がいる、仲間がいる、幼なじみがいる。同級生、電気屋のおじさん、お好み焼き屋のおばさん。鮭が生まれた川に還ってくるのってなぜでしょうか。彼らに囲まれて、彼らと一緒に作ることができれば私は「もっと幸せにいきていける」そう感じました。
ふるさとに、あの時感じたスタジアムのあの興奮を実現したい。30年、50年、100年かかるかもしれない。でも基盤くらいは作れるかもしれない。自分達の手で作ることができる。私がおじいちゃんになったとき、
「孫の手を引いて愛媛FCの試合を観に行く」
なんて幸せな光景でしょう。この為だけに今、頑張っているのかもしれません。私の人生最大の目標です。
高校野球で済美高校や松山商業が勝つとなぜかうれしい。
私の母校は南宇和です。なぜでしょうか。
愛媛代表。ふるさとの代表。ただそれだけだと思います。
巨人でも阪神でもなくふるさとに応援できるチームがあることがうらやましい。
「愛媛FCがJリーグに昇格する」
ただ単に地方にプロチームが誕生すること以上に、大きな可能性が秘められていると思います。
昨年、芝生のグランドができたとき、愛媛FCはそこでサッカー教室を頼まれました。
集まった子供たちに、「靴を脱いで裸足になろう」と呼びかけました。当然子供達からは「え〜」と抗議の声が上がりました。新しい芝生のグランドでサッカーができる、子供達は気合をいれて準備してきていました。中には新品のスパイクを履いている子もいました。
なんとか子供たちをなだめ、裸足になってもらい、あらためて芝生の上に立つと、彼らの口からは「気持ちいい!」という声が上がりました。
彼らは芝生の気持ちよさを知ってくれました。
「自分達の子供にも芝生でスポーツをさせてあげたい」彼らが大人になったとき、このことを思い出してきっと芝生のグランドを作ってくれると思います。
ドイツは既に出来上がった環境です。その世界に飛び込むことは簡単だと思います。
ドイツで一生を過ごそうと思っていた私が、
ふるさとに帰ることを決意しました。
百年後のふるさとの「絵」を思い浮かべると
わくわくします。
「愛媛にJリーグができれば、そこがディズニーランドになる」
そう感じています。
愛媛FC 主将 友近聡朗



