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2011年06月22日
TOTO 5
NO.01827TOTOのオリジナル・アルバム『TOTO�検狙擦覆觀�』(1982年)
グラミー主要6部門に輝いた言わずと知れたTOTOのベスト・セラー・アルバムです。
ドラマチックな(1)「ロザーナ」で始まり、(10)「アフリカ」で、贅沢な余韻を残して終わる完璧なポップ・アルバムです。
特に、高揚感が素晴らしい「アフリカ」は、まい・ふぇいばりっと・そんぐな1曲です。
このアルバムからは、半分に当たる5曲ものシングルが生まれ、セールス的にも大成功を収めました。
メロディ・センスは抜群だし、テクニックも申し分無いし、曲によってヴォーカリストが変わるのも飽きさせないし、とにかく欠点が見つかりません。
強いて突っ込むとしたら、アルバム・タイトル(邦題)位でしょうか。
「聖なる剣って、ドラクエかよ!」(笑)
2011年06月16日
トゥ・パウ
NO.01821トゥ・パウのオリジナル・アルバム『シークレット・ガーデン』(1988年)
久々に、80'sラヴ復活です。
と言っても80's好きでもなかなか馴染みの薄いトゥ・パウです。
トゥ・パウは、ジャケのまるでパーソンズのヴォーカルの様な紅一点ヴォーカリストが中心となったイギリスのバンドです。
所謂一発屋とも言える大ヒット曲を持っているのですが、このアルバムには入っていません。
何故なら、このアルバムは、その後に出たセカンド・アルバム...つまり、間違えて買ってしまったのです。(涙)
気を取り直して聴いてみた所、その大ヒット曲の幻想的な雰囲気はあまり無く、極々オーソドックスなポップス・バンドでした。
「♪ノー・ノー・ベイビー」
逆に、ちょっとパーソンズが聴きたくなりました。(笑)
2011年06月07日
テスラ 5
NO.01807テスラのオリジナル・アルバム『グレイト・レイディオ・コントラヴァーシー』(1989年)
高校生の頃に友人が得意気に聴いていたテスラのセカンド・アルバムです。
友人の部屋にあったメタルらしからぬ個性的なジャケのCDから聴こえて来たのは、これまた個性的なキンキン・ヴォーカルと強靭なサウンドでした。
当時メタルを愛してやまなかったOZZYとその友人は、競う様に新しいバンドを求めました。
そして、競っていた為に、友人が薦めるバンドはあえて聴きませんでした。(笑)
しかし、今聴いたら、このアルバムなかなか良いです。
後にアコースティックで売れるテスラですが、そのアコースティック・サウンドも上手く使ったハードな音とドラマチックな曲の展開が良い塩梅です。
このアルバムを持って、もう1度その友人と本音で語りたいです。
更にその友人と学校サボって、野球ゲーム買いに行ったのに、1分でクソゲーと気付いた『ハリキリスタジアム』懐かしいなぁ。
2011年05月18日
テスラ 4
NO.01787テスラのオリジナル・アルバム『サイコティック・サパー』(1991年)
ファン・サービスとして発売された前作のアコースティック・ライヴ・アルバムの思わぬ大ヒットに続く、テスラのオリジナル・アルバムです。
アコースティックと言う本来の姿とは異なった売れ方かも知れませんでしたが、とにかく前作は、好調なセールスを記録し、テスラの知名度をグンと跳ね上げました。
そのライヴ・アルバムに続くこのアルバムですが、アコースティックの鬱憤を晴らすかのようなハードな楽曲を中心に、バラエティ豊かな1枚になりました。
メタル・バンドなのだから、ハードなのは当たり前なのですが、アコースティックで売れてしまった為、これを聴いて戸惑った人もいるかも知れません。
バンド名でもある科学者:ニコラス・テスラの事を歌った強靭なメロディと激しい曲展開が素晴らしい(2)「エジソンズ・メディシン」を始め、当時の持てる力を全て出し切ったかのような力のこもった曲が並びます。
ただ、この時期に“グランジ”と言う途轍もない大きな波にメタルが飲み込まれてしまう為、このアルバムは、それまでの勢いから考えると思った程の成果を上げられませんでした。
それは、まるでエジソンの陰に隠れてしまったニコラス・テスラと同じ人生を歩んでいるかのようなのです。
キムタクの陰に隠れてしまったOZZYの人生。
2011年04月29日
トラヴェリング・ウィルベリーズ 2
NO.01761トラヴェリング・ウィルベリーズのオリジナル・アルバム『ヴォリューム3』(1990年)
度重なる不幸の中、セカンド・アルバムながら『ヴォリューム3』として発売された大物覆面バンド:トラヴェリング・ウィルベリーズのアルバムです。
オリジナル・メンバーだったロイ・オービソンの死、幻となったアルバム『ヴォリューム2』に新メンバーとして参加したデル・シャノンの自殺...しかし、残された4人のウィルベリーズによって、奇跡は2度、いや、3度起きました。
今回もデビュー作の温もりをそのまま引き継いだような素朴でアコースティックなサウンドが楽しめます。
ロイの声が聞こえて来ないのは、とても寂しいのですが、それでも才能溢れる4人のソロやらハーモニーは、やっぱり格別です。
ところで、シングルにもなった(1)「シーズ・マイ・ベイビー」にゲスト参加したゲイリー・ムーアまで、亡くなってしまいました。
ジョージ(・ハリスン)も居ない今、本当に奇跡のバンドになってしまった訳ですが、残された3人のウィルベリーズで、新作を作ってくれるのを待って、早20年以上の月日が流れました。
とりあえず、後20年待ってみます。
OZZYウィルベリーズより。
2011年03月24日
トラヴェリング・ウィルベリーズ
NO.01728トラヴェリング・ウィルベリーズのオリジナル・アルバム『ヴォリューム・ワン』(1988年)
謎の覆面バンド(!?)として登場したトラヴェリング・ウィルベリーズの記念すべきデビュー・アルバムです。
ジョージ・ハリスン(ビートルズ)、ボブ・ディラン、トム・ペティ、ジェフ・リン(ELO)、そして、ロイ・オービソンと全員が“ウィルベリー”を名乗る豪華な5人によって、レコード会社の垣根を越えて作られたアルバムです。
自然発生的に集まった全員が「大物」と呼んで差し支えない本当のスーパー・グループなのですが、不思議と大物といった堅苦しい雰囲気は微塵も無く、サウンド同様、リラックスした安堵感が得られます。
それは酸いも甘いも経験して来た5人が、他のメンバーに敬意を払いながらも純粋に音楽の魔法にかかって作り上げた不純物の無い作品だからなのです。
このアルバムによって、その後の音楽業界に与えた影響や刺激は、計り知れません。
残念ながら、ジョージもロイも、もうこの世界にはいません。
だけど、このアルバムを聴く度に、彼等に会えるのです。
「やぁ、久し振りだね」
2011年02月20日
トッド・ラングレン 2
NO.01700トッド・ラングレンのベスト・アルバム『ベスト・オブ・トッド・ラングレン』(1995年)
1700枚達成しました








今後とも宜しくお願いします。(*゚▽゚*)
かつてはプロデューサーとしても高い評価を得ていたトッド・ラングレンのベスト・アルバムです。
近年はあまり目立った動きが無いトッドですが、大活躍を見せた70年代以降、着実に、足跡は残して来ました。
絵に描いたようなポップなメロディがトッド最大の特徴ではありますが、アルバム毎に実験的な要素を取り入れてきた、実は、冒険家なのです。
早くからコンピューターにも興味を持ち、あらゆる意味でマルチ・タレントだったトッドの長年の“冒険の書”をギュッと詰め込んだこのアルバムを聴く為には、復活の呪文は必要ありません。
昔、復活の呪文を書いた紙を母親が見て「あんた大丈夫?」と心配してました。(笑)
2011年01月13日
トレイシー・チャップマン 4
NO.01647トレイシー・チャップマンのオリジナル・アルバム『マターズ・オブ・ザ・ハート』(1992年)
リアリティのある痛烈なメッセージ性で、高い評価と注目を浴びたトレイシー・チャップマンのサード・アルバムです。
自分自身が豊かになってもブレずに人種差別や貧困を訴える相変わらずメッセージが突き刺さる1枚です。
そして、そんな人達を救ってくれるのは、愛とか思いやりとか、そういった人間としての温もりや希望です。
ここには、痛烈なメッセージの数だけ温もりや希望を求めています。
しかし、世界はちょっとだけ温もりや希望の数より、自分勝手や貧困の数の方が上回っているのかも知れません。
だから、彼女は歌うのです。
「バン バン バン」
2011年01月12日
テレヴィジョン
NO.01646テレヴィジョン&トム・ヴァーレインの日本オリジナル企画ベスト・アルバム『ザ・ベスト・オブ・テレヴィジョン&トム・ヴァーレイン』(1998年)
70年代にニューヨーク・パンクの1バンドとして、「パンク」と呼ぶにはあまりにも知的で繊細な音楽性で、セールスに捉われない評価を得たテレヴィジョンです。
これは、90年代に再結成をする前のテレヴィジョンの僅か2枚のオリジナル・アルバムとトム・ヴァーレインのソロ・アルバム2枚から選曲されたベスト・アルバムです。
「ロックの世界で一番美しい首の持ち主」と言った一時期付き合った事もあるパティ・スミスからの影響や刺激も感じさせる個性的なサウンドと知性的で詩人のようなメッセージが、このバンドの栄養分です。
セールス的には苦戦を強いられましたが、30年以上も経った今でも評価が高いという活動年数は短命なのに、影響力だけを考えたら、大変息の長いバンドになりました。
そんなテレヴィジョンの顔:トム・ヴァーレインも、もう還暦を迎えました。
「ブログの世界で一番美しいO首の持ち主」
