ERIC CLAPTON
2011年05月07日
クリーム 2
NO.01769クリームの2枚組オリジナル・アルバム『クリームの素晴らしき世界』(1968年)
2枚組としては、世界初のプラチナム・ディスクとなったクリームの名盤です。
1枚目をスタジオ録音、2枚目をライヴ録音にして、クリームの魅力を余すところ無く封じ込めた2枚です。
まずは、スタジオ録音の1枚目です。
代表曲(1−1)「ホワイト・ルーム」で力強く、そして、劇的に幕を開ける訳ですが、あくまでも全体的には、ブルースを基本としたサイケとも前衛的とも捉えられるオリジナリティ溢れる楽曲で埋め尽くされた1枚です。
更に、ライヴ録音の2枚目は、ジャズのようなインプロビゼーションをふんだんに盛り込んだ3人の技術がぶつかり合う緊張感溢れる楽曲で埋め尽くされた1枚です。
決してキャッチーでは無いので、名盤とは言え、聴く人を選ぶアルバムだと思いますが、ここはやはり、人間関係も含めた3人の緊迫した雰囲気と演奏技術に身を預けてみる事をお薦めします。
そう、このクリームには、ジンジャーが効いてるだけに、甘さは控え目なのです。
まいうー。
2011年04月05日
デレク・アンド・ドミノス
NO.01738デレク・アンド・ドミノスのオリジナル・アルバム『いとしのレイラ』(1970年)
永遠の名曲(13)「いとしのレイラ」を収録したデレク・アンド・ドミノス唯一のオリジナル・アルバムです。
元々は、2枚組として発売されたロックを代表するこのアルバムは、クラプトンに音楽的な賞賛をもたらした反面、人間関係での苦悩を植え付ける事になってしまったのです。
その結果、ブラインド・フェイスに続いて、このデレク・アンド・ドミノスも僅か1枚のオリジナル・アルバムを残して、空中分解してしまうのです。
しかし、その事は、このアルバムの評価に何ら影を落とす事はなく、ここでの実にノビノビとしたクラプトンのプレイは、「素晴らしい」の一言です。
それは、ゲストとして参加したデュアン・オールマンの影響が大きかったようです。
さて、このアルバム実は、発売当初は、時代性との違和感を持たれてしまいアメリカでは16位、イギリスに至っては、チャート・インすらしない有様でした。
しかし、時代と共に賞賛を重ね、今では、名盤の地位を揺ぎ無いものにするまでに至ったのです。
このアルバムに対して、「いとしのレイラ」しか知らない人もたくさんいるでしょう。
しかし、その事も踏まえて、このアルバムから聴こえて来る何者にも代え難いサウンドは、我々の遥か上空を飛び越えて存在しているのです。
ありがとうさぎ。
2011年03月16日
エリック・クラプトン 14
NO.01722エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『461オーシャン・プールヴァード』(1974年)
レゲエのリズムを取り入れて、見事全米1位を獲得したクラプトン74年のアルバムです。
浮き沈みはあったにせよ、常にその時代、その時代を彩って来たクラプトンが、特に鮮やかなカラーで輝いていた70年代の恐らく、クライマックスが、このアルバムです。
穏やかな曲調が並ぶ中、レゲエに敬意を表した斬新なボブ・マーリーのカヴァー(5)「アイ・ショット・ザ・シェリフ」で、新境地へと辿り着くのです。
息つく暇もないミュージシャン生活に疲れ、南部(田舎)での生活を望んだクラプトンの心情が、素直に音符に乗り移ったこのアルバムによって、穏やかな生活とアルバムへの賞賛まで付いて来た幸せな1枚となりました。
もしも、幸せに気が付いたなら、直ぐに噛み締めて味わないと、次の瞬間には、泡のように、消えて亡くなってしまうかも知れません。
だから、今を噛み締めるのです。
明日では、遅いかも知れません。
だから、今を...
パチン。
2011年03月05日
エリック・クラプトン 13
NO.01714エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『ビハインド・ザ・サン』(1985年)
フィル・コリンズをプロデューサーに起用して、ポップな手触りとなったクラプトン80年代中期のアルバムです。
フィル・コリンズのポップ志向に加え、それ以外の曲に関してもレコード会社からの「シングル向き」を意識したクラプトンにしては、やや軽めの作品となってます。
しかし、そこはフィル・コリンズのメロディ・メーカーとしての才能が、このアルバムを決して悪いモノにはさせません。
“ポップ”と言う80年代の短所であり、長所でもある当時の流行の音が、このアルバムにも影響を与えてる訳ですが、それを感じさせても尚、こうして聴けるのは、良くも悪くも、やっぱりフィル・コリンズのお陰なのです。
「♪冷やし中華始めましたー」
2010年08月18日
エリック・クラプトン 12
NO.01523エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『エリック・クラプトン・ソロ』(1970年)
今週末の土日に、錦糸町駅周辺で『すみだJAZZフェスティバル』なる大規模なお祭りが開催されるのですが、そこに先日から紹介させて頂いているうちのヴィーナス・シンコとバンドのヴォーカリスト:セツがMCとして参加しますので、もし行く事があれば、是非見に来て下さい。
さて、クラプトンのソロ・デビュー・アルバムです。
このアルバム、ソロなのに、実に“バンドらしい”アルバムです。
クラプトンは、決して出しゃばらずにレオン・ラッセルを始めとしたミュージシャン達と自らのルーツに根差したブルースを基盤に、ギタリスト兼ヴォーカリストとしてコラボレーションを楽しんでいます。
クラプトンのアルバムを聴いて毎回思うのですが、その時期の自分の感情に嘘が付けない本当に素直な性格が出ている気がします。
感情がこもっているというわけではなく、自然体なんですよね。
多分、実生活でも嘘を付いても直ぐにバレテしまうタイプではないでしょうか。
そう、OZZYみたいに。(笑)
2008年09月22日
エリック・クラプトン 11
NO.01242エリック・クラプトンのカヴァー・アルバム『ミー&Mr.ジョンソン』(2004年)
いつの間にか、プロ野球がスゴイ事になっております。
巨人の10連勝の陰にコッソリ隠れて、狙うはクライマックス・シリーズからのズルイ優勝広島カープです。(笑)
さて、これはクラプトンによる全曲ブルースの神様:ロバート・ジョンソンのカヴァーというブルース嫌いのOZZYにとっては、拷問に近いアルバムです。
それでもこうして挑戦して聴いてしまうのは、本音は“ブルース”に憧れてるからかも知れません。
いや、正確にいうならば“ブルース好きな人”に憧れているからです。
しかし、その挑戦は今回も失敗に終ったようです。
どう転んでも好きになれそうにありません。
どう逆立ちしても楽しめません。
しかし、またいつかこの無謀な挑戦をしてしまうでしょう。
そして、無残に敗れてほくそ笑みながら愛情を込めてこう言うのです。
「ブルースなんてクソ食らえ」って。
クライマックスご一緒に。
2008年05月20日
2008年01月05日
エリック・クラプトン 9
NO.01017エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『ジャーニーマン』(1989年)
不精髭の男が、見てますよ。(笑)
今思うと、このアルバムは、ヴォーカリスト:クラプトンにとって非常に重要な1枚だった気がします。
割と控え目ながらも確実に存在感が光るギターの音色よりも、ヴォーカリストとしての深みのある、その声にシビレてしまいます。
各曲もジャンルに拘らず、良い曲を丁寧に紡ぎ出す良質の仕事と、安定感のある1枚に仕上がっています。
「あれ?なんだか、不精髭の男カッコ良く見えて来ませんか?」(笑)
(11)「リード・ミー・オン」は、味わい深い優しいヴォーカルが、聴き所の1曲です。
不精髭の似合う男になりたい。
2007年06月10日
エリック・クラプトン 8
NO.00860エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『レプタイル』(2001年)
“理想のお父さん”
なんてアンケートが、毎年耳に入ってきます。
ミスター(長嶋名誉監督)やたけしさんなど常連などが凌ぎを削って毎回興味深いのですが、OZZYの1位は“実の父親”です。
そして2位は、このクラプトンかも知れません。
落ち着いた雰囲気や包容力に加えて、拘りを持った服装や渋さなどキリが有りませんが、実は“メンタル的な弱さ”も理想だったりします。
つまり、完璧な人間よりも弱い人間の方が、自分を深く理解してくれそうな気がするからです。
クラプトンだって、失敗もします。
比較的最近のこのアルバムですが、大好きなブルースに敬意を現したオリジナル曲にカヴァー曲を多めにブッキングした非常に“自由度”の大きな1枚です。
本人は楽しそうです。
最後に、メンタル的な弱さから立ち上がった、“物凄い強さ”があるからだと言う事を付け加えておきます。
スティヴィー・ワンダーのカヴァー曲(8)「アイ・エイント・ゴナ・スタンド・フォー・イット」は、スティヴィーに敬意を現した1曲です。
“物凄い強さ”が欲しい。
2007年03月06日
エリック・クラプトン 7
NO.00745エリック・クラプトンのオリジナル・アルバム『バック・ホーム』(2005年)


2005年:34歳-転職2年目。
仕事は、かなり自由で楽なのに給料は結構貰える“ぬるま湯”状態に完全に陥っていた時期でしたが、又、又、悲しい別れが訪れました。
真面目で中学校の先生をしていた前カノと正に正反対の“超ミニスカ・小麦色・海大好き・ノリノリ”女と付き合って、何とか半年が経っていました。
しかし、遂にその時が訪れました。
付き合って直ぐに彼女の破天荒振りに着いて行けず、6回も別れ話を切り出しては辛うじて修正して来ましたが、正真正銘7回目が最後になりました。
色々、面白エピソード(当事は笑えませんでしたが)がありますが、1番「はぁ!?」と思ったのが、6回目の別れ話をしたこれです。
彼女には、どう考えても引きずってる長年付き合っていた元カレがいました。
その事が気になっていたある日、デートの帰りにいきなり電車の中で泣き出した彼女が、こう言いました。
「元カレが大事故で入院したらしいの」
その日から2日間、音信不通になりました。
そして恐れていたメールが来ました。
「話があるから会って」
全てを覚悟して挑んだその日、なかなか本題に入らない彼女に「話って?」と言って切り出しました。
しかし、彼女は「顔見たかっただけだよ」と言いました。
元カレの件、音信不通の件などを尋ねると「本当にもう全然引きずってなんか無いんだって、勝手に友達がメールして来ただけだし、どうでもイイよ」
こうやって書くと一見まともな会話ですね。
でも、ここから別れ話に発展するのは、終始酔っ払いながらヘラヘラしている彼女の態度が許せなかったからなんです。
そんな2005年に独身所かますます「女が分からなくなった」OZZYをあざ笑うかの様に、クラプトンから幸せ一杯のアルバムが到着しました。
全編奥さんや3人の娘達への愛情がこぼれそうな穏やかで幸せな歌詞とヴォーカルとギターは、還暦を迎えても衰えを知らない安定感があります。
ただ、ミュージシャンは不幸な方が良い作品が作れるって誰かが言ってましたね。
でも幸せそうな家族の中ジャケ写真を見たら何も言えません。
埋もれてしまうのが勿体無いカヴァー曲(4)「ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ」は、クラプトンのヴォーカルにマッチしたシットリとした1曲です。
てか、別れ話ばっかりですね。まだまだ続きますよ。(笑)
