MICHAEL&JANET
2009年10月24日
ジャネット・ジャクソン 5
NO.01382ジャネット・ジャクソンのオリジナル・アルバム『janet.』(1994年)
遂に兄:マイケルと肩を並べたジャネットです。
この言葉は、決して大袈裟ではありません。
過去2作、そして、このアルバムによって、それは証明されました。
それにしても、ここでのジャネットは、何て強くてセクシーなんでしょうか。
控え目だった昔の面影は完全に姿を消して、オピニオン・リーダーとして時代を引っ張る存在に、逞しく成長しました。
(当時の)最先端のサウンドが鳴っています。
ダンスも見事でしたが、どんな曲でも歌えてしまうヴォーカルも見事です。
これ以降、マイケルはこう呼ばれるのです。
「ジャネットの兄:マイケル」
静かなグルーヴが心地良い(2)「それが愛というものだから」は、ジャネット新境地の1曲です。
OZZYも「勝正の弟」とよく言われました。
2007年08月14日
ジャネット・ジャクソン 4
NO.00911ジャネット・ジャクソンのオリジナル・アルバム『ザ・ヴェルヴェット・ロープ』(1997年)
“J.J.”です。
ジャネットをよく聴いていた時期があるのですが、どちらかと言うと優等生風な彼女が、段々と露出&過激になっていくにつれて、興味が無くなっていきました。
だって、“おっぱいポロリ”とかしている人に、
「この汚れきった世界をみんなで、素晴らしい世界にするのよ!」
とか言われてもねぇ。
て事で、今更ながらに10年前のアルバムです。
OZZY的に、ジャネット(ジャム&ルイス)が市民権を与えた“インタールード”を挟む3D的な構成は、『リズム・ネイション』の頃から好きなので、序盤は非常にワクワクしましたが、
「自分達の居場所を知りたいと私達は強く思っているのよ」
とメッセージを掲げながら、後半に
「アソコを舐めさせただけ」
とか言われたらねぇ。
それと、芸術センスがOZZYには無いので、SM風のブックレットの写真が、まるで、アラーキーみたいで引きました。
それでも、今後も色んな意味で、気になる存在ではあります。
「えーっ!」(マスオさん風に)
2007年02月26日
マイケル・ジャクソン 6
NO.00732マイケル・ジャクソンのオリジナル・アルバム『インヴィンシブル』(2001年)


2001年:30歳−芸人終了。マネージャー1年目。
タイムリミットである30歳の誕生日までに、思った程の成果を挙げられず、キッパリと芸人への道を諦めました。
そして、以前の会社に勤めていた時に唯一と言ってよかった、ほぼ全てに於いて尊敬出来る先輩が独立した会社に、頭を下げて入れて貰いました。
新しい仕事として、タレントの(コンサート)マネージャーに付きましたが、そこに待っていたのは、虐めと屈辱の日々でした。
そんな新しい一歩を踏み出した時期に、この人も色んな意味で新しい一歩を踏み出しました。
定位置の座(もちろん全米1位)には、何とか辿り着きましたが、その感触は明らかに全盛期の半分にも満たないもので、寂しいけど1つの“時代の終焉”にも似たザラついた後味の悪さが残りました。
このアルバムは、物凄い金持ちでグルメの人が、あらゆる手を使って集めた豪華な食事に招待して、「どうだ美味いだろ?」と言われてる気がする、そんな1枚です。
答えは、「美味しい」以外言えません。
30からの“おしん”生活スタートです。
2007年01月30日
ジャネット・ジャクソン 3
NO.00675ジャネット・ジャクソンのオリジナル・アルバム『コントロール』(1986年)


1987年:OZZY高校2年生。
この時期は、最悪でした。
勉強も部活にも興味が持てず、ただ毎日を「面白い事」を探すという名の暇潰しで、お茶を濁していました。
そして、その暇潰しが段々エスカレートして歯止めが効かず、ついには2度も大変な事をしてしまいました。
1度目の時の母親は何度も何度も頭を下げて、まるでこの世の終わりの様に大泣きをしてくれました。
この時に、「真面目になる」決心をしましたが、その一週間後に又、同じ過ちを繰り返してしまいました。
2度目の母親は、ただOZZYを冷ややかな目で見つめるだけで、もう泣いてもくれませんでした。
後にも先にも母親の凍りついた様な冷たい目を見たのは、その時だけです。
その日以来、真面目街道まっしぐら!か?(笑)
そんなOZZYが、自分を失ってた時に完璧に自分を『コントロール』して、スーパー・スターの階段を昇り始めた女性がいました。
もの凄い高い所にいる兄という最大のライバルをターゲットにしたか分かりませんが、それまでの2枚のアルバムの苦戦が、嘘の様に世界中がこのアルバムに、拍手と声援を送りました。
もちろん、それは「マイケルの妹」としてではなく、このアルバムで聴かれるメロディの素晴らしさと彼女のヴォーカリストとしての実力の賜物である事は明白です。
そして、この後更にヴォーカルと卓越したダンスに磨きを掛けて、絶対に不可能と思われた“兄のいる位置”へと昇りつめるのです。
PVも印象的だったファンク・チェーン(2)「ナスティ」は、見事にノレる1曲です。
お母さん、お互いもう1度頑張ろうよ。
2006年11月12日
マイケル・ジャクソン 5
NO.00571マイケル・ジャクソンのリミックス(+新曲5曲)・アルバム『ブラッド・オン・ザ・ダンス・フロア』(1997年)
「何でやねん!」
とジャケのマイケルが突っ込みを入れてますが、「何でやねん!」と言いたいのはこっちの方です。
このアルバムは、前作の『ヒストリー』の中の新しい曲をリミックスしたアルバムに新曲5曲と言う中途半端なアルバムなのですが、OZZY的には、リミックスが苦手なので、元の好きだった曲が、台無しとしか思えません。
特にメッセージ性の強かった曲をハウス風にするのだけは、止めて欲しかったです。(涙)
それと、一連の件にもまとめて突っ込ませて下さい。
「何でやねん!」
ま〜いける!(死語)
2006年08月22日
ジャネット・ジャクソン 2
NO.00479ジャネット・ジャクソンのオリジナル・アルバム『リズム・ネイション1814』(1989年)
ジャネットが、数ヶ月のダイエットで20キロ以上痩せたそうです。
それにしても痩せる前の体重が80キロ以上だったらしく、そっちの方が驚きです。
しかし、ジャネットといいマライアやブリちゃんまで、みんな太るのは何故?
そこで、“ジャネット、ダイエット成功おめでとう企画”です。(笑)
このアルバムは、ジャネットが、ようやく兄:マイケルに肩を並べたと言っていいほどの大ヒットを成し遂げた名盤です。
PVを完全に自分の“所有物”化して披露したダンスはあまりにも衝撃的だったし、曲間にインタールードを挟んで、映画の様な臨場感を演出したのもこのアルバムが最初だったと記憶してます。
しかし、そんな付加価値よりも何よりも楽曲の素晴らしさが全てを物語っています。
(2)「リズム・ネイション」が、“合言葉”です。
お願いだから太った時には、おっぱい“ポロッ”はヤメテ下さい。
2006年06月24日
2006年05月02日
2006年03月21日
マイケル・ジャクソン 2
NO.00148マイケル・ジャクソンの2枚組ベスト&オリジナル・アルバム『ヒストリー~パスト、プレズント・アンド・ヒューチャー ブック1』(1995年)
今や別の意味で“伝説”になりつつあるマイケルですが、これがドラッグ問題(もちろんやってはいけません!)かなんかだと「素晴らしい音楽に変わりはありません!」て言えるのですが...マイケルの場合は...複雑です。
このアルバムは、音楽の世界で“伝説”だった頃のベスト・アルバム&新曲15曲の2枚組で構成された“(元?)スーパースター”マイケルにしか出せないアルバムですが、御馴染みの超メガ・ヒット曲だらけのベスト・アルバムが素晴らしいのは当たり前なのですが、OZZY的には新曲15曲で作られたもう1枚の方もお薦めです。
このもう1枚は、ベストに隠れて思ったほど目立たなかったのが残念な位本当に素晴らしい出来で、1曲1曲のクオリティも恐ろしく高く、こっちだけで出しても『スリラー』以上とは言いませんが、結構良い線いったのではないでしょうか。
孤独な女の子の死を歌った衝撃の(2-14)「リトル・スージー」~「辛い時も笑えば頑張れるよ」と励ましてくれるチャップリンの名曲カヴァー(2-15)「スマイル」のラスト2曲は、涙を流さずにはいられません。
マイケルは、笑ってる場合ではないですね。
2006年02月22日
ジャネット・ジャクソン
NO.00088ジャネット・ジャクソンのベスト・アルバム『デザイン・オブ・ア・ディケイド/ジャネット・ジャクソン・グレイテスト・ヒッツ』(1995年)
ご存知、マイケルの妹です。
ジャネットに必ずといって付いてくる“マイケルの妹”と言う代名詞については、ジャネット本人は、どう思っていたのでしょうか?
兄が“普通のおっさん”のOZZYには、到底想像つきませんが、そんな肩書きを吹き飛ばす位、自らの努力と魅力でスーパー・スターになったのですから、本当に凄い人です。
特に、例の“集団ダンス”は、息を飲むほどの素晴らしさでした。
もちろん、ダンスだけではないのは、このベスト・アルバムを聴けば分かります。
それにしても、途中からは“ポッチャリね~ちゃん”から急激に綺麗になるし、その変身振りは、“整形大好き”マイケルにも見習ってほしい所です。
ただ、売れるとどうして露出度が、高くなるんでしょうか?

