Sure Liver's blog

Sure Liverのblogです。

パラリン

さて、前フリを経たので、本題に入ります。

『パラリンピック』についてです。


「君ってさ、半分がやさしさでできてるよね」「えー、あなたのhalfこそkindnessだよー」

この愛くるしい二人がやり合ってるのは、
『バファリンシック』です。


僕がこれから語るのは『パラリンピック』についてです。くれぐれも混合しないように。


正直、注目されないですよね。
正直、大抵の人はそこまで関心を抱かないですよね。

オリンピックに比べて、明らかにメディアで扱われる絶対量が少ないし、観客も少ない。

そもそもパラリンピックの語源をご存じですか?

―Paralympic はparaplegia(=麻痺(まひ))とOlympicsとからの造語だったが、paraを「もう一つの」の意(parallel)に取り、正式名称となった。オリンピックと同じ年に同じ場所で開催。―

元々は「麻痺」という意味から来ているんです。


以前、パラリンピックの記事に対するコメントで「そりゃ注目されないだろ。観てて面白くないし、正直なところ、開催する意図もわからない」といったものをいくつか拝見しました。

彼か彼女が発した言葉を、真っ向から否定することはできません。
僕だって、オリンピックを見た直後では、今一つ迫力に欠けるなぁと思ってしまうことはあります。

ただ、それを言葉にしてしまうのはどうなのかな?って思うんです。


障害を持って生きているって、生半可なことじゃないんです。

ざっとですが、障害者の割合は25人に1人です。
この中には身体障害、知的障害、精神障害が含まれます。

多いように感じますか?少ないように感じますか?

もちろんこの世界は健常者の方が多いですから、健常者のピントに合ったシーンがひたすらフィーチャーされるのは仕方ないことですし、当たり前のことです。

ただ。

健常じゃない人がいることも、ほんの片隅に残しておいてほしいと思うんです。
常日頃そんなことを考える必要はないです。

ご飯を食べる度に「生を頂戴しているんだ」なんて思えないですし、お腹いっぱいでご飯を残してしまいそうな時に、毎回「食べたくても食べられない人だっているんだ」と考えたりはできません。

でも、パラリンピックで、障害者が最大級のパフォーマンスを発揮している姿を見て、「開催する意図がわからない」って言えてしまうんですか?

手が動かない、足が動かない、目が見えない、耳が聞こえない、頭が上手く働かない。

もしあなたが健常者であるのなら、あなたには想像もつかないような姿で、想像もつかないような精神で、想像もつかないくらい必死になって、そこまで上り詰めた人間に対して、誠意の欠片もない言葉を投げられますか?

その瞬間くらい想像して下さいよ。

それはきっと健常者のあなたにとってプラスになることです。

障害者にとっては、もっともっと励みになります。
こんな僕でも、こんな私でも、がんばればあんな風に輝けるかもしれない。


今のところ、先天的に障害を持って生まれる人、後天的に障害を持ってしまう人は、これから先もなくならないものと思われます。
もし障害がこの世からなくなる日が来るのであれば、僕は大歓迎です。誰もが健常でいられるのなら、それに越したことはありません。

でも、そうではない世の中がこれから先も続くのだから、もう少し、想像力を働かせなくてはならないと思います。

大袈裟に考えることではありません。ふつうのことです。
ちょっとだけ、バファリン化してくれればいいのです。

オリンピック選手の雑念

こんばんは!
Sure Liverは解散してしまいましたが、まだこのブログは存在しています!

なので、たまには雑文を書き殴ろうと思います。

開催当日までは、というか日本勢がメダルを獲得するまではあまり盛り上がっていない感万歳(萬斎野村さんがシン・ゴジラ役やってたって知ってました!?こないだ知ったのですが驚愕しました)だったリオのオリンピックでしたが・・・

終わってみれば涙・涙・涙の連続でした・・・

卓球、テニス、バドミントン、男子400mリレー、その他etc、本当にグッときました。

た・だ・ね。

バドミントンでタカマツペアが優勝した際、バディよりも先にコーチが松友選手とハグしたじゃないですか。

僕アレ未だに許せてないです。
すっごい嬉しかったのに(めちゃくちゃ可愛かったのに)、コーチが抱き着いた瞬間「お前っ!!!」って俺の中のジェラシーand欲望が渦を巻いて、バガボンドの武蔵よろしく壮絶な自我に取り込まれ、危うく32型ブラビアを叩き切るところでした。
武蔵1

いや〜〜まじ、1876年3月28日に廃刀令施行してくれててよかったわ〜。山縣有朋さんマジリスペクトだわ〜〜。


そんな感じでスポーツって、おそらく至極純粋じゃないですか。

肉体や精神を極限まで昇華させて、ある一点で爆発させるためだけに、それまでの日々をすべて捧げる。
これ、凄いことですよね。

プロのスポーツ選手はもちろん、大半が自分のやってるスポーツを愛していると思います。めちゃくちゃ好きだからこそ、努力を努力とは思っていないんだと思います。
「上手くなりたい」「強くなりたい」「凄くなりたい」それだけが心の中にあって、雑念一切なし。

ほんと?
悟空1



僕はギターのレコーディングをしてる時、大抵雑念の鬼です。
クリック(メトロネームみたいなやつ)を聞きながら集中しているつもりが、凄まじくどうでもいい余計なことが僕の平穏を乱します。

「あの返信文、ちょっとそっけなくない?なんかもうちょっとあってもよくない?」

「うわうわ、今宅配来たらどうしよ。ここまで上手くいってるのにどうしよ。ほら失敗しちゃうかもほらほら」

「あのメガネのおばさん絶対おれのこと変な目で見てたよ。絶対そうだよ。怖いよ。やばいよ」

スポーツ選手にはこれがないのか?
そうだったら羨ましいにもほどがある。っていうかどうすればそうなれるのか今すぐ教えてほしい。

っていうか雑念よりも脱線がやばい。

話を元に戻します。

スポーツは純粋(なように思える)。

きっと、実際は色々なものが取り巻いているのだとは思います。ただ、プレーヤーは、自分を磨くことに関してはストイックの極みでしょう。

イチローは野球の練習が嫌いだそうです。それでも目標を定めて、それを達成するために全身全霊で練習を行うんだそうです。

イチローまで行くとエベレストの頂上感が強すぎますが、プロと呼ばれる人達は、やはり少なからず孤独に自分と戦っているものと想像できます。

いや、誰だって孤独に自分と戦うことはありますね。

愛を知るには、孤独が必要だってことです。

え?よくわからない?そりゃそうですよ、僕も自分が何言ってるのかわからないんです。

とりあえず、「スポーツっていいよね」感は少しは伝わりましたよね?

今回は布石です。

僕が書き殴りたかったのはパラリンピックについてです。

でも予想以上に前ふりが長くなってしまったので、本題は次回にします。

それでは!

ご挨拶

お久しぶりです。
長い間活動を休止しておりましたが、先日、Sure Liverは解散いたしました。

サポートしてくださった皆様、ライブに足を運んでくださった皆様、CDを購入してくださった皆様、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

できることなら、Sure Liverを好きでいてよかった、と思ってもらえるような恩返しをしたかったのですが、道半ばでこのような形になってしまい、ただただ申し訳なく思います。ごめんなさい。

美談は好きではないので、正直な気持ちを少し吐露します。

9年間音楽と向き合ってきて、少し疲れました。
仕事が終わったら音楽に切り替え、休日もすべて音楽に充てて、友達付き合いも悪くなるほどストイックに向き合ってきました。はじめの頃は、どれだけ疲れていても楽しかった。どれだけきつくても嬉しかった。必ずあのステージに辿り着けると信じて疑わなかった。でもあまりに時間だけが過ぎて、想像していたようには上手く走れていないことに気づいて、焦りが出て、喜びが減っていきました。

純粋に音楽だけで上に行きたいという拘りがあまりに強すぎて、もしかしたらチャンスと呼べるような機会を何度かふいにしてしまったこともあったかもしれません。今思えば世間知らずのクソガキでした。

この世の中は、淘汰されずに産毛の生えたピュアな状態のまま生きていけるほど甘い世界ではありません。
それはどんな職業でも同じです。大人になったら、狡さや無情さを要求されるシーンに山ほど出くわします。
そこを上手くやらないと、例え確かな腕があったとしても、上には行けないんだと思います。

Sure Liverは我ながら不器用なバンドでした。まぁ、でもそこが嫌いではなかったからこうなってしまったんでしょうね。音楽性の違いでも、仲たがいでもなく、3人で決めた結論です。

まぁ、みんなそれぞれなんとかやっていくでしょう。そしてSure Liverに費やした時間は、きっと、いつか、悪くないものをもたらしてくれるんじゃないかな。


最後に、結局Sure Liverが伝えたかったことは、『この世界なんてただAll you need is loveなんだから、あくまでliveってりゃ、それでいいんだよ』なんだと思います。


そういうわけで、応援してくださった皆様、本当に本当に、ありがとうございました。
皆様の人生に、これからもずっとずっと小さな、たまに大きなしあわせが訪れ続きますように。

Sure Liver一同より

脱力のススメ(Vo:ヤマザキ)

こないだ、たまたまギターアンプの音量をいつもより少し大きくしたときに、それに合わせて右手を脱力して弾いていたら、びっくりするほど、別の人の右手といっても過言じゃないほど違う動きをした。
アンプの音量も、右手の脱力具合も、傍目には違いはほとんどわからないと思う。でもその少しの違いだけで、すべてが変わることがある。
一昨年くらいから、歌の方もかなり力を抜いた歌い方に変えてきた。はじめは弱弱しい声だなーと感じていたが、だんだん脱力した状態での芯の作り方が板に付いてきて、今では低音から高音まで一定の強さを保ったまま歌えるようになってきた。

力んで、一生懸命掻き鳴らしながら歌いたいときももちろんある。それが場合によっては最善の伝達方法になるシーンはある。ただ、それは演技でもいいと思う。外からはそういう風に見えるけれど、実際は力は抜けているっていう具合に。プロではそういう人はたくさんいる。
脱力した状態で、強さと熱量をめいっぱい込める技。それを習得したいと思うこの頃。

男(Vo:ヤマザキ)

売れたいのか売れたくないのかと問われればそりゃ売れたい。金が欲しいのか欲しくないのかと問われればそりゃ金は欲しい。モテたいのかモテたくないのかと問われりゃそりゃモテたいに決まってるじゃん。バカじゃないんだから。
でも、ふつうでいたいのかいたくないのかって問われりゃふつうでありたい。自分を偽ってでも欲しいか欲しくないかと問われりゃ欲しくない。嘘をついてでも上に行きたいか行きたくないかって問われりゃ行きたくない。他人を多少悲しませても喜びを得たいかと問われりゃ、できるなら少しも悲しませたくないからその場合は喜びは我慢する。
これが僕の中の矛盾であり弱さだ。ずっと付き合ってるんだからそりゃ知ってる。知り過ぎている。調子に乗っていいかもしれないときに、いまひとつ調子に乗り切れない。もっとガッツリ攻めていいかもしれないときに、もう一歩攻め切れない。
それでもやはり、自分の想いだけは伝えたくてしょうがない。たぶん、生きている限り、これに関しては諦められないんだと思う。できるだけ多くの人に伝えたい欲望と、前述の矛盾及び弱さ達が、いつも烈しいのか冷静なのかよくわからない様子で、僕の中でシーソーをしている。たぶん、このままじゃ埒が明かない、というか、突き抜けられないんだろうなという想像はつく。でも本当は、これをこのまま抱えたまんま行きたい。すごいがんばるから、このままで突き抜けてみたい。こんなことを言った挙句に「だから甘いんだよ坊や」じゃなくて、「これでよかったんだ」っていう男になりたい。それを言える説得力のある男になりたい。

風邪のための執筆(Vo:ヤマザキ)

すっかりその存在を忘れていた頃に風邪を引きました。なのでついでにブログを書きます。

ただ、書こうと思っていたことを忘れてしまいました。風邪っぴきなので布団の上で本読んでたら止まらなくなって、ついTVつけたらSONGS矢沢永吉がやっててのめり込んでしまって。

とりあえず(強引に)その本のことですが、内容ではなく買ったお店ですが、「PAPER WALL」というところで買いました。ここ最近このお店に一月1万円くらいはつぎ込んでいる僕ですが、とにかく面白い本、というか僕好みの本が置かれ過ぎていて、ほんとにちょっと店員さんを疑うレベルです。文庫から児童書から漫画から図鑑まで、僕の宝物レベルに気に入っている品物の何割かがこのお店だけで手に入ってしまうのです。はじめて足を踏み入れたときはショックのあまり、隣の文房具のお店のレジに本を持って行ってしまうほどでした。
店員さんに話を聞いたところ、店員さん達(みんな女性)自らでそれぞれカテゴリ別に本を選別しているとのことなのです。正直、文庫の娘も漫画の娘も宇宙の娘も動物の娘も詩の娘も、全員OKです。まとめて相手したいくらいです。と、冗談は半分くらいにしておいて、本当にこの本屋さんはマイベストプレイスになりつつあります。

一方、物量が増え過ぎていて、どうしてくれようか頭を悩ませています。金が余るほどあれば、紙じゃなくても困らないものはデジタルに変換したいところですが金が余っていません。また、近々完結しそうな漫画などは完結したタイミングで売ってしまおうと腹をくくっていますがまだ完結しそうもありません。整理したがりなので見た目以上に困っている状態です。

本だけに限らず、できるだけモノは持ちたくない性分ですが、これまたなかなかそうはいきません。なんだかんだモノがあるんですね。ただ、割と無駄なものは存在しなくなってきています。どうせならなるべくいいmonoを買って長く使おうスタイルに変貌しつつあるためです。やっぱやっすぅいものにはハズレが多いです。そういうのは使い勝手が悪かったりすぐ使えなくなっちゃたりするので、結果的に、お財布にも精神にもやさしくないんですね。悲しいかな高いものにもハズレはたくさんあるので、そこは慎重にならないといけないですが。

ちなみに最近買ったちょっといいmonoはといえば、コードレス掃除機です。プラスマイナスゼロっていう僕はあまり知らないメーカーのこれで2万円もするの?っていうオモチャ風な掃除機です(型名:XJC-Y010)。が、これがすごくいいのです。まず重量が1Kgしかありません。重力に逆らって色んな場所をお掃除できます。そして標準モードだとバッテリーが50分以上保ちます。毎日ちょこっとかけても1週間以上保っています。さらに愛着が湧くかわいいデザインです。さらっと紹介しましたが、ほとんど毎日かけてしまうほどの手軽さなのです。ここが一番のポイントです。

かけるといえば、卵かけご飯を食べたいと思って買った卵が、ことごとくハムエッグ用の卵として消費されており、結局まだ卵かけご飯を食べれていません。どうしてそんなことになるのか本当に不思議です。

不思議、といえば、先日発売されたSure Liverの3rdアルバム「WONDER LAND」に尽きますね。ぜひお買い求めいただけれと思います。おあとがよろしいようで。


と、ここで「おあとがよろしいようで」を使うのは間違いなんですね。落語家の方がよく使うこの言葉の意味は「次の出番の人の準備ができているようなので私は失礼させていただきます」といったようなことなんです。なんで「上手いこと言った」的な意味ではないようです。メモメモ。

おあとでつい思い出してしまいましたが、会社に来るヤクルトレディ(けっこう可愛い)が、帰る前に「おあとの方はよろしいでしょうか」って言うんですが、これが少しこそばゆいんですよね。「よろしかったでしょうか」と同じようにもはや言葉の正誤という観点からは超越している言葉な気がしますが、いやはや、後味がよろしくないようで。


と、これで締めようと思いましたが、これだとダブルで後味がよろしくないですね。
どう締めるか。これはいつも難題ですね。終わり良ければすべて良しとはすなわち、終わり悪ければすべて悪しなわけなので。今日をどう終えるか、今年をどう終えるか、人生をどう終えるか、この雑文をどう終えるか。それぞれのポイントポイントで「良い」締めができるよう全力を注ぐべきだと思います。そこまでの道筋で嫌なことが多々あったにせよ。
というわけで、そうこうしているうちに1:11と縁起の良い時間になりましたので、ここで筆を置きます。
それではまた。

3rdアルバム『WONDER LAND』発売しました!(Vo:ヤマザキ)

2015/9/21(月)に3rdアルバム『WONDER LAND』の発売を開始しました!パチパチパチ!
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当初の予定では8/31に発売することになっていたのですが、色々トラブルがありまして、一か月弱遅れての発売開始となりました。なのでアルバムパッケージ裏面の発売日は2015/8/31と刻印されてしまっていますが、気にしないでください、、、すみません、、、

なお、今回のアルバムからはダウンロード購入も可能になっております!
購入可能な主な店舗は以下となります。

iTunes store
https://itunes.apple.com/jp/album/wonder-land/id1040720741

Google play
https://play.google.com/store/music/album/Sure_Liver_WONDER_LAND?id=B7xfkp7gvszwf5xfa4tds4npn54&hl=ja

amzon music
http://www.amazon.co.jp/WONDER-LAND-Sure-Liver/dp/B015KXTPB6/ref=sr_1_1?s=dmusic&ie=UTF8&qid=1442800818&sr=1-1&keywords=sure+liver

レコチョク
http://recochoku.jp/album/A1002845098/

mucic.jp
http://music-book.jp/music/Artist/569591/Album/aaa3ps5g


アルバムのタイトルは「WONDER LAND」としました。おとぎの国は英単語で「wonderland」となりますが、本タイトルの意図として「驚くべき、不思議な場所。でも、おとぎの国ではなく、実在する場所」という意味を込めるために、あえて1単語ではなくしてみました。

それでは簡単に1曲ずつ紹介したいと思います。

1.旅の途中
ミドルテンポの我ながらなかなか心地のよいロックチューンです。盛り上がりの頂点をサビ後に持ってきているのがミソです。どうしてもサビで盛り上げる曲が多くなってしまいますが、あえてそうでなくしてみました。

2.やさしさの通り道
当初は「やさしさに包まれたなら」のような曲にしようと思っていたのですが、組み立てていく内に全然違う形になってしまいました。装飾も最低限のかなりストレートな軽快ナンバーですが、「通り道」から派生した「通り雨」「隠れ宿」「通い道(かよいみち)「帰り道」などの言葉遊びが気に入っています。

3.ミニシアター
ギターはアコギのみです。ドラムはシモノウ氏のアイデアでボサノバのリズムを取り入れています。秋の歌なのですが、狙い通りなかなか秋の雰囲気が出せているんじゃないかなと感じています。アコギのギターソロは、全然たいしたことをやってないのにエフェクトの影響かパット・メセニー感が漂っていて自己満しています(笑)。

4.赤いスリッパ
Sure Liverの楽曲の中で、この曲くらいイントロがきちんと用意されているのは非常に稀です。そしてそのイントロがけっこういい感じです。歌詞は完全にフィクションですが、聴者の想像を掻き立てる要素は込められたように思います。

5.雨の散歩
ピアノの音がかなり効果的な作用を与えている曲ではないでしょうか(例によって全然たいしたことはやっていませんが、、)。寂しげな曲ではあるのですが、不思議と後ろ向きではない、そんな曲になっていれば嬉しい限りです。歌詞は、猫を追ってるのか、自分が猫なのか、ただの散歩なのか、もう帰って来ないのか、よくわからないものになっているかと思いますが、個人的には文学的な要素を取り入れたつもりになっていて、それがなかなか成功しているんじゃないかなと期待しています。

6.undergo
タイトルは直訳すると「経験する、耐え忍ぶ」といった意味で、まあその通りの歌です。「暮らしていくためには耐え忍ばざるを得ないことが多々ある」というのを、ロックに傾け過ぎずオシャレ感を施した楽曲に載せています。

7.ドラマ
前トラックに続いてロックチューンです。ここでいうドラマは、TVドラマだったり、戯曲とか劇だったり、複数の意味を含んでいますが、まあそこは聴いて下さる方のイメージにお任せします。「ありふれたくだらねえ安いドラマのようで吐き気を催している」と言うほどこの話の主人公は何か悶々としているようですが、その後では「人生の壮大さ」を実感しているようなので、とりあえず大丈夫そうです。つまり、ドラマみたいな作り話なんかくだらねえと言っておきながら皮肉にもそんな物語を経験してしまっている、という内容です。

8.hello
ジャンル的にはバラードになるのでしょうか。個人的にはバラードの定義がよくわかりませんが、、
「苦しくて辛くて消えたい日があっても、またすぐに明日を望む何かに出会えるよ」という内容の歌です。アルペジオのフレーズを土台に、音数は少な目ですが、たくさんの音色で深さを表現しようと努めました。

9.皐月
メロとサビの熱量を明確に分離させた楽曲です。熱くないように思えて実は熱いのかなと感じる少し不思議な感覚の歌かもしれません。5月に浮かんだことから「皐月」というタイトルにしましたが、この中の主人公は愛すべき人への想いを5月に託しているのだと思います。

10.wonder love
アルバムタイトルが歌詞の中に出てくることもあり、タイトルナンバー的な役割を担っている楽曲です。今までにないリズムを取り組んだり、繰り返される同一のフレーズに少しづつ変化を付けていったり、なかなか演奏が大変でした(笑)。「いつか御伽の世界も真に受けてもっと深く潜りたい」とはつまり、「この不思議な世界をしっかり真正面から見据えて、ここに実在することを認めたい」ということかもしれません。


それではまた!ぜひアルバムをご購入いただいて楽曲をご堪能いただければと思います!

歌詞『のらりくらり』(Vo:ヤマザキ)

のらりくらり

気づけば遠くまで来た 幾夜も過ぎ 色は褪せ
重なる苔むした日々 川の音も和らいでいく

ふたりは壊れそうな笹舟に乗り込んで
行くのさ 水の旅 ゆらりゆらり

建ち並ぶビルの谷間で朽ちた時を愛でながら
のどかな喜びだけを僅かな小庭に蒔いている

ふたりは未来よりも光る十五夜の月を
求めて 雲の旅 ふわりふわり

やがて
ふたりは意味を過ぎてただ抱き合ったままで
逝くのさ 夢の中 ふらりふらり
風を受け ゆらりゆらり
人の旅 のらりくらり

歌詞は難しい(Vo:ヤマザキ)

歌詞って難しい。センスだけに頼っても、熟考して練っても、なかなか「これだ」ってものが生まれない。突然ワンフレーズ分の歌詞が降りて来て、それに囚われすぎて前後がろくに続かないなんてこともよくある。一旦良いと思った歌詞も、少し時間が経って俯瞰して見るとまったく納得いかなくなることもある。
そんなこんなで、自分の納得がいく歌詞ができても、他者に上手く伝わらなかった時点で自分の納得感は少なからず擦り減る。歌詞だけじゃなく、人間界のおおよその事象は他者ありきだ。自分さえよければ他はどうでもいいという物事にはそうそう出会えない。
人が生きるというのは、暮らしていくというのは、仕事をするというのは、歌うというのは、何かしらを他者から得たいのだ。なるべくたくさん欲しいこともあるし、なるべくきちんと欲しいこともあるが、たったひとつだけでいいこともあるし、ほんのちょっとだけでいいこともある。

歌詞は難しいのだ。それでもこういう気持ちを、ああいうイメージを、そんな風な色あいを、あの時の風景を、あなたに伝えて、あなたから何か、僕を喜ばせてくれる何らかを得たいのだ。

南房総(Vo:ヤマザキ)

有給を取って、GW9連休中。
といっても引っ越しの準備などがあって、フルで羽を伸ばしてはいない。
でも、一昨日5/5の夜に急遽「南房総行ってみようかな」と思い立って、決心が固まらないまま、5/6の6時前に起きて、そそくさと最低限の荷物をこしらえ、愛車(自転車)に跨って東の方へ行ってみた。

さきほど帰宅して、まず洗車して、荷物を整理して、風呂入って、洗濯機かけて、まぁ今に至る。

神奈川から首都圏を超えて千葉に行くのはありえないので、三浦半島の久里浜からフェリーで一気に南房総の金谷に行くことにした。久里浜までの道のりでは何の所感も得ていない。三浦半島だと草履で庭先に出た、くらいの感覚しかない。そもそも、千葉県に対しても特に期待は持っておらず、南房総は行ったことないから行っとこうかな程度の気持ちだった。Sure Liverの女将さんは千葉生まれだったはずなので大変申し訳ないけど、関東内のどっかに赴くときは大抵そういう気持ちである。遠くを訪れるときのワクワク感はない。さらに今回何の目的もないかつ、ぱっと思い浮かべ事前調査で目ぼしいものが見当たらなかった。
そういうわけでかなり低温でスタートした珍しい旅である。

お昼丁度くらいに金谷に到着。やはり距離が訴えかけてくるものは大きい。伊豆半島を訪ねた時とほぼ同じような感覚だ。紀伊半島や能登半島に足を踏み入れたときとはまったく異なる。
先入観や偏見を加味したとしても、なによりも風土だろう。普段慣れ親しんでいる空気と似たような空気を味わっても、これといった感銘は得られないことが多い。距離が近い上、緯度があまり変わらないからなおさら新鮮さを感じられないのかもしれない。同じ距離でも、北西に進んで山梨の南アルプスにでも行けば違う空気を感じられる。
といっても、これらのことは初めから大体わかっていたことで、新鮮な空気を吸いにいったわけではない。目的はないが、ちょっと素敵なモノに出会えればいいのだ。

丁度お昼でお腹が空いたので、道の駅で昼飯を食べた。まぁふつうである。ふつうの美味しさ。
そういえば、ここでじゃらんを使って宿を予約した。じゃらんは当日泊まれる付近の宿を検索してくれるから重宝している。いい感じの素泊まりペンションがあったのでそこにした。評価がそれなりにあり、なんとなくよさそうな雰囲気であればOK。後は運だ。そんなところで迷ってもしょうがない。

とにかく南に下った。途中途中に水田が多々あり、水田周りの景色が非常によかった。
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いい感じの小路もあった。
IMGP0996


しかし南に行けば行くほど、街はだいぶ寂れていく。
商店街は半壊状態で、人がほとんどいない。特に若者は少ない。そりゃそうなるが、こういった街を見る度、風情を残せなかったのだろか、と毎回思う。

予約したペンションも過ぎ、知らぬ間に一応のゴールに定めたほぼ最南端にある安房神社に到着。
途中Googleマップが示した道が通行止めになっており、相当回り道して到着したが、強い感銘はなかった。やはり予想を超えるようなものがなかったのと、何気に僕は結構色んな場所を訪れているので、簡単には感動しなくなってきているようだ。

途中フェリーで休憩したとはいえ、久しぶりに荷物を括って90Kmほど走ったので、珍しく明るい内から宿へ向け踵を返すことにした。途中、温泉+夕食を済ますため、里見の湯へ。スーパー銭湯のような感じだが、値段が1,580円となかなか高級。タオルセットや館内遊戯が料金に含まれていたり、岩床浴(≒岩盤浴)も+300円くらいで利用できたりするようだが、高い。正直言ってしまうと、茅ヶ崎のスーパー銭湯850円の方が断然良い。今のレベルで1,580円取るのであれば、もっとがんばらなくてはいけない、と期待を込めて厳しく言わせてもらう。ファイト!

と、ここまででかなり辛口なことに気づいた(笑)
でもしょうがない。ほぼ身内な気分なので、許してほしい。

お腹もいっぱいになり、宿「情熱ペンション」に到着した(温泉から10Kmほどあった)。
既に暗くなってたのもあるが予想以上にいい感じの店構え。そして宿の主人さんが出迎えてくれたのだが、はじめの挨拶から感じの良さが伝わってきた。「すいません、手違いでお風呂が後1時間ほどしないと湧かないんです」と謝って来られたが、「え?お風呂あったんだ!」とそこではじめて知った。
部屋もかなり綺麗目で広く申し分ない。じゃらんの素泊まりプランでは3,000円だったのだが、コスパ最高だ。子どもの声が若干響き渡っていたが、僕はまったく気にしないので(人によっては気になってしょうがないかも)、すぐ眠りに就いた。

朝起きて、宿の前がすぐ海だった。景色も素敵だ。
目の前の海で写真を撮っていると、宿の主人の子供が缶コーヒーをプレゼントしてくれた。
「何してるのー?」と人懐っこく話しかけて来た彼は4才になったばかりとのこと。
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朝の気持ちのいいひと時を経て、金谷港に向け出発。
このまま帰るのも味気ないなぁと思い、まったく期待せずに金谷のすぐそばにある割と有名な「日本寺」に寄ってみることにした。
ロープウェイで鋸山山頂駅へ。展望台というものにほぼ興味をそそられないのだが、期待していなかったこともあり、裏切られた。
IMGP1073

しかしそれはほんの序の口だった。
完全にノーマークだった日本寺。めちゃくちゃ良かった。日本一巨大な大仏や地獄のぞきには特に何も感じなかったが、路という路が素晴らしい。途中途中に並ぶお地蔵さんも刻々と刻まれた時間に蓄積された傷や苔むした姿から威厳と優しさが滲み出ていて、思わず手を合わせずにはいられなかった。
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また必ず来たいと思ってもなかなか実現できないことが多いが、この日本寺はアクセス的にはそこまで大変ではないので、別の季節にまた訪れてみたいと強く感じた。行ったことのない人にはぜひおすすめしたい。

もしかしたら南房総は山がいいのか?と最後に非常に嬉しい誤算が待っていた。

そういうわけで、今日7日に帰宅して、そのままぶっ続けてペンならぬキーボードを走らせた。
久しぶりに自転車に乗って、またしても(何十回目だろうか)、身体を動かすことの重要性を味わった。
それなりに動く身体を授かって生まれたならば、動かして鍛えないとダメだ!身体が死んだふりをしているような状態だと活力が生まれない。活力が注がれない人生というのは、虚無かもしれない。サラリーマンにせよ、音楽家にせよ、何をするにしても、人生を愉しむためには活力が必要だ。
身体を鍛え直そう。
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