2012年02月07日
宍戸先輩(シシドパイセン)
皆様 皆様お疲れさまです。
ここのところ雨でちょっと暖かい日が続いております。寒かったり雨だったりです。お身体大事になさってください。
今年のウェリガマキャンプのサーフメヒコ専属トゥクトゥクドライバーは宍戸先輩ことルワンでした。
若い頃の宍戸錠を小型にして陽に焼いた感じだったのでそういう事になりました。
ルワンは長年トゥクトゥクに乗っているのでアクセルを巻く右手が腱鞘炎で痛むのか時々湿布しててそれでも一番速く走るので日本からのお客様の中にはずーっと目をつぶってらした方もいらしてね。(笑) 日本の整然とお行儀良く走る道路とはだいぶ違うからびっくりなさったんだと思います。
それにしてもルワンの走りは韋駄天でオマケに屋根にロングボード3枚じゃ目立って仕方ありません。
ウェリガマのポリスなら全部友達なのでなんでも大丈夫ですがマータラに行ったら話しは違います。意地悪なポリスに止められてイチャモンをつけられます。
ある時、例によってマータラで止められてちょっと話しがこじれて一人のポリスが乗客の我々の方にやって来て、おそらく国籍不明の僕達に「どこの国から来た?」って聞くのでこれはシメた!っていう事で「日本です。」って答えてね。なんでこれはシメたって思ったかと言うとスリランカの人達は日本という国をとても信頼しててそれだけでこの警察官もやはり許してくれて「日本はいい国だ」ってお誉めの言葉までいただいてね。これが同じアジアでも中国人だとこうは行きません。
日本から出ないと実感出来ないのが日本と日本人の素晴らしさです。特にスリランカは仏教国なので控え目な態度という美意識があり日本人に通じる感覚であります。このところ「礼に始まり礼で終わる」という事が歳を取るに付け大事に思われてなりません。日本人はもっとここを思い出せば民族のDNAに素直な無理の無い生き方ができるんじゃないでしょうか。いつものサーフレッスンで僕は最初に礼をするのですがヨーロピアンもイギリス人もロシア人もこの礼(お辞儀)を真似て頭を下げます。一瞬にして「教えさせて頂く」と「教えて頂く」が上手く重なり合って楽しいレッスンになります。この日本人の根っ子にある気持ちを大切にすれば国を問わず生きて行ける気がします。根っ子が良ければね。(笑)
このトゥクトゥクドライバーのルワン。来年はサーフィンが上手になっているかも知れません。何故って?御前崎クルーから折れた板とリーシュをプレゼントされちゃったからです。やったね。(笑) 日本人っていいな。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2012年01月31日
仲良く行こう。
皆様 皆様お疲れさまです。スリランカのウェリガマキャンプ無事に終わる事ができました。ありがとうございました。
参加していただいた皆さん。ありがとうございました。経済的にも社会的にも良く無い状況の中、南アジアの端っこまでお運びいただき感謝申し上げます。
今回のスリランカ。やっとの思いで行きましたが終わってみると中身のあるキャンプになりました。
ウェリガマは相変わらず毎日出来て、南のLeonard placeとSumpus brake waterも頭サイズでご紹介できました。この2つのポイントは初心者の皆さんのチャレンジの波としてこれからも緊張感のあるテイクオフで突っ込んでいただきたいと思います。ベテランの皆さんにはパワーのあるアイランドブレイクをzigzagして若い頃を思い出していただけたら嬉しいです。
日本からのお客様のガイドやレッスンが無い時、ウェリガマにバカンスに来てるヨーロピアンにもたくさんレッスンして2年連続の方もいらして嬉しい限りです。ウェリガマにサーフィンを教える日本人が居るという事が人々の間で知れて来て申し込みされる方も増えました。
サーフィンレッスンをやるゲストハウスも増えて去年までbay viewのスタッフだったインディが隣りのサマルーでスクールを始めるなどなかなか楽しくなりそうです。
これも高速道路がゴールまで来たお陰でここ一年間でウェリガマの土地はどんどん上がって新しい大きなホテルも来年以降2つできます。これを発展と考えるか失楽園と捉えるのか。考えの分かれるところです。僕は嬉しい事と思っております。あんな素晴らしい遠浅の海岸はウェリガマだけです。長いホワイトウォーター(スープ)はビキナーズパラダイスで誰でも初めてのサーフィンを楽しめる筈です。
3バカ大将(オレッグ、ダニエル、土佐)も元気でオレッグはいそいそと仕事に励みダニエルは甘い恋に落ちわたくし土佐はトゥクトゥクを南に走らせる毎日でした。6年前に偶然知り合った3人ですが今じゃ言葉のいらない仲になりました。
日本に戻る3日前、静岡のムネオちゃんとしんちゃんとサモワン君が来てくれました。急いであちこちご案内させてもらってホッとしてね。いい映像撮れたかな。今年はウェリガマを離れる時もあまり寂しさを感じ無かったのはバーディ(パパ)から託された約束とこの御前崎の若い3人に託した僕の想いがあったからに違い無いって思うんだね。
それはね「仲良く行こう」っていう事なんだよね。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
皆様、今年もよろしくお願いします。 <(_ _)>
going surfing!
2012年01月20日
Jet Set

皆様 皆様お疲れさまです。いかがお過ごしでしょうか?
今日はうねりもちょっとおさまって良い1日になりそうです。
今回はこの前ディナーに招待されて夢のような時間を頂いた時の事をお話ししたいと思います。
約1週間ほど前、サーフレッスンで手足が長くて顔が小さいとびきりの美人を教えました。さすがに綺麗な女子というのはワガママなものでちょっと気を使ったレッスンになりました。
無事に終わり受け付けに戻ると威圧的な大きな声の武闘派のロシアンが僕に近づいてきて何か言ってきます。困ったなー。なんか文句でもあるのかな?って思って「すいません。ゆっくりお話ししていただけませんか?」って答えると。つまり自分のガールフレンドのサーフィンはどこを直せばいいのですか?っていう事だったのです。
翌日の午後、波が大きくなり一番奥で待っているとオバケが入ってきたので波に合わせてニーテイクオフしてドロップしてくと肩から誰か滑ってきたので避けてワイプアウトになりました。その時ドロップインしてきたのが前日の武闘派の男。グレゴリーその人だったのです。ラインナップに戻ると両手を合わせて「I am sorry」って言うので「大丈夫だよ。デカいの行けよ!」って笑ってね。
日本じゃドロップインつうのにとても神経質なんだけど悪意のある故意のドロップインじゃなきゃ僕は気にしないんだよね。だって初心者で乗りたくて必死な時は結果的にドロップインしちゃう時だってあるもんね。
海から上がると先に上がってたグレゴリーがBeach Barの前で待ってて、さっきは申し訳無かったから一杯おごらせてくれませんか?との事、気持良くお受けして友達の盃となったのです。
明日のディナーいらっしゃいませんか?迎えの車を出します。ってなってウェリガマからちょっと走った山のてっぺんにある瀟洒(しょうしゃ)なvillaにお邪魔してね。スリランカを代表する建築家のジェフリーバウワの弟子による設計で一階がスリランカのアンティークのギャラリーで山のてっぺんなのに中庭にプールがあって別世界なのでありました。
「え〜と。今晩のメニューは先ずツナのセビーチェとラグーンのソフトシェルロブスター。おっとその前に乾杯を。」って訳でテーブルの上座に案内された年長者の僕が挨拶してキンキンに冷えたブルゴーニュの白で乾杯。あちこちでガラスの薄い良質なワイングラスがカンカンって綺麗な音を響かせて、ここどこだ?(笑)。
先月はコスタリカでサーフィンして来月はイタリアかどっかにスノーボード行くんですなんて言ってたけど一番びっくりしたのはここの傍のミリッサからヘリコプター飛ばしてシーギリヤやキャンディ、Sri padaを回ったって事。「サーフィンしたいので1日で終わるから」って笑ってたけど。まぁ 大したパワーだなって感心したんだよね。(笑)
Villaからの帰り道、山全体がシナモンの木の細いデコボコ道を下りながら世界にはまだまだ凄い人がいるんだろうなってブルゴーニュの白とシナモンの香りにちょっと痺れた頭で想ったのであります。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2012年01月17日
IWATA
皆様 皆様いかがお過ごしでしょうか? 昨日からいきなりクローズアウトして誰もアウトサイドにたどり着け無い海になりました。
こんな時、岩田君がいたらどんな波乗り見せてくれるでしょうか?
セットの一番大きな波をテイクオフして強烈なボトムターンから板が心配になるぐらいのリップをかましてくれる筈です。
自分がウェリガマに来たのも元を正せば岩田君の言葉からでした。JPSAの試合でヒッカドゥアに来て試合に負けた岩田君と何人かが南に下って見つけたのがここウェリガマでサーフレッスンにぴったりだと僕に教えてくれたのです。
ロングボードの試合は時代の流行りや業界の思惑がジャッジに強く反映されるので一等賞の人が一番素晴らしいかと言うとちょっとそれは疑問で、岩田君達はジャッジに気に入られなくてUP出来なかった訳です。いつの時代、どんな業界でもこれが世の常という事だと思います。
今日も左の奥でやってたら「あの360°(スリーシクスティー)やってた友達来てるの?」って声かけられました。岩田君の事覚えてたんですね。 嬉しかったなー。
オレッグもダニエルもレイションも、もちろんアショーカも、そして独立してサーフィンスクールやってるインディもみんな岩田君のホットなサーフィンが目に焼き付いてるんだなってね。
そのうちまたウェリガマでスプレー飛ばしてくれないかな。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
Going surfing!
2012年01月15日
遠い記憶
皆様 皆様いかがお過ごしでしょうか。こちらウェリガマはサイズダウンでその分、切れた波になりました。 今日はお客様を迎えにコロンボのバンダラナーヤカ空港まで行きました。途中、高速道路でイグアナを避け大きな蛇を避けてゴムの木とシナモンの木のプランテーションを横目で見てコロンボの雑踏で案の定渋滞に掴まり。即席のレーサー気分でやっと空港にたどり着き(といっても僕は運転してません)お客様の到着に間に合いました。
なんでレーサー気分かって言うと南アジアの車の運転を知ってらっしゃる方だと「あー アレね」ってお見通しだと思います。
クラクションを多用して自分の位置を相手に知らせながら強引に追い抜きを決行するアレです。
初めてこの走り方を知ったのはおそらく32,3年前で紀ノ国屋の増井徳男会長の鞄持ち(かばんもち)で行ったインドとスリランカの仏教巡礼の旅の時でした。カルカッタかブバネシャワール(オリッサ道場)の日本山妙法寺のお参りの帰り道。ボディーがボール紙みたいなAmbassador(アンバサダー)っていうインド製の小型タクシーに乗った時でした。
名前はAmbassadorなんてホントご立派ですが、その頃の特別な金持ちが持ってた60年代中期のメルセデスや何故か走ってたデカいフォードなんかにぶつけられたらグシャっとなって大変です。ところが運転手ときたら人が変わったみたいにクラクションを鳴らしながら飛ばしまくるのです。いささか頭に来て通じるか通じ無いか考える事も無く「slow down!」ってドライバーに怒鳴ったのです。そうとう頭に血が昇ってたんですね。(笑)なにしろ増井会長に何かあったら大変です。
そしたら会長が「お前より上手いから心配するな」って言ってちょっと笑ったのです。なんとも格好悪くて暫く口をつぐんでヒヤヒヤしてたら「この人達はこの仕事無くしたら仕事無いんだよ。だからぶつけないよ」って言われて、それでも言われてる意味が今ひとつ解らなかった僕は車を降りてから会長の目を盗んでその運転手さんを目で怒ってみせてね。(笑)ホントに青い馬鹿だったのです。
今日のドライバーは最初来た時からの馴染みで腕はピカいちです。心配ありません! …なのに行き帰りで合計3回、助手席でエアーのブレーキ踏みました。お客様に何かあったら大変だろ!ってね。(笑) トホホ。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
keep surfing.
2012年01月12日
Yuka Right
皆様 1月の第2週いかがお過ごしでしょうか。 ここウェリガマは今日も晴れでとてもじゃありませんがTシャツかラッシュガードが無くちゃ恐くて海には入れません。
今日はお日様が沈む頃Yukaさんと入りました。たぶんYukaさんは僕のウェリガマキャンプは3回目でその思いっきりのいいテイクオフは「これ行っちゃうの!?」って、こっちがハラハラです。でも、目で追って遠くのインサイトでいきなりプルアウトして何も無かった顔でラインナップに戻って来るので言葉の要らない同志のような感じです。
バリのレンボーガンが生涯ベスト3って言ってたけど波は兎も角、夕陽とピースな雰囲気でウェリガマがベスト20ぐらいに入ってたら嬉しいんだけどな。
自分は能書きの多い人は苦手でその日一番大きな波に乗った人が偉いと思っているのでYukaさん観てると気持がサッパリして「いいぞー」ってね。
モスクワのオレッグがそんな彼女を見てウェリガマの正面のレギュラーをYuka Right(Yukaのレギュラー)って呼んだ。ロシア人も結構解った事言う様になったもんだ。(笑)
スリランカン、フランス、イングランド、ロシアン、日本人。サーフィンとは元々あまり縁の無い人達がこの素晴らしい遊びに没頭するHappy Beach。それがウェリガマなのであります。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
Going surfing!
これを撮ってくれたfrom KoreaのPark氏に感謝。
2012年01月07日
Beach Bar
皆様へ 新年初の週末いかがお過ごしですか?
こちらウェリガマは相変わらずで、初めて波を滑る初心者パラダイスであります。あちこちで喜びのガッツポーズが見られそれを観てるこちらまで嬉しくなります。
サーフィンという遊び。自然というプレイグラウンドの同じ滑るという遊びでもスキーやスノーボードと違ってなかなか上達しません。波はいつでもあるわけではないしリフトが無いので波の大きい日は沖に出るのも一苦労です。沖に出ても意地悪な上手い人に意地悪されたり。(笑)まぁーなかなか大変であります。でもそんな上手な意地悪さんもサーフィン始めた時は今日のウェリガマの万歳初心者だったんですけどね。(笑)都合の悪い事は忘れちゃうのが人間っていう事ですね。
さてBeach Barっていうと思い出すのがメキシコはPunta de MitaのEL Coralです。砂浜そのままに壁と屋根を建てているので床というか下は砂です。お客も大半が裸足でゴム草履もいません。ここのピニャ コラーダは絶品で日本に戻って「違うだろうな」って思いつつ頼んでやっぱり落胆した記憶があります。
ここウェリガマにもこんな可愛いBeach Barがあります。LEDじゃない豆電球がチカチカして雰囲気を出しています。サンデッキで1日ゴロゴロしたビキニのお嬢ちゃんがちょっとショアブレイクで身体を冷やして夕陽のオレンジ色に身体を染めながら「モヒートちょーだい!」なんてやってる黄昏時です。こんな気楽な世界。ジェットで10時間飛べばあちこちにあります。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2012年01月02日
Sumpus brake water
皆様 明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。
前回から新しいオプションとしてお客様をお連れしているMataraの向こう側のポイント。特に呼び名が無いのでこのポイントの開拓者であるサンパスの名前をもらってSumpus brake waterって呼ぶ事にした。
サンパスはババ(小笠原さん)の親友でそのご縁で僕も良くしてもらってるって訳。
昨日は高橋さん達がトライしていい波だったのでそれじゃって今日は岡村先輩と大原君をお連れした。6時半って約束したのにトゥクトゥクが来なくて遅れた分いい波を逃してしまった。あー 参ったな。(笑)
これもスリランカンタイムと諦めよう。こっちに来るようになって6年目。こんな事にもようやく慣れてきた。宿に戻ってきた僕にトゥクトゥクドライバーが謝りに来た。「こん次はちゃんと頼むぜ」って握手してこの事は忘れる事にした。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2011年12月31日
Secret garden
皆さん大晦日の日本を楽しんでらっしゃいますか? 毎回それぞれのお客様のツアーの後半にお連れするこのビーチ。陸からのアプローチが難しいので漁師のカタマランでお連れします。
高台には日本の高名な建築家の手による趣味の悪い場違いなコンクリートの塊の別荘が鎮座ましましています。
どの方向からのうねりも避けるので遠浅の浜は仰向けで浮きながら空を観るのに最高です。
カタマランは波に強いのでウェリガマの漁師達には無くてはならない船で船体のペイントにそれぞれの個性がでて何か楽しそうです。今日のcaptain(船頭)は毎年お世話になるここら辺りの漁師でレイションとババ(小笠原さん)の友達です。たまにはこんな経験もイトオカシという事でしょうか。
皆様、今年も1年ありがとうございました。
土佐光行
keep surfing.
2011年12月28日
Weligama
皆さんお疲れさまです。 日本は今年一番の寒さとか。どうぞ気をつけてくださいませ。
モルディブのマーレ経由で12時間。まるでブロイラーの鶏みたいな窮屈な座席から解放されてコロンボに到着した僕らを待っていたのは過酷な5時間のドライブでは無く犬とイグアナが闇に紛れて道を横切るインディージョーンズなピカピカ新品高速道路でした。
Galle(ゴール)まで高速道路ができてウェリガマまで3時間。ちょっと居眠りしたらbay view hotelに到着。いつもの部屋で今年のサーフキャンプがスタートしました。
波が割れる音が大きくてやっぱり目が覚めちゃってぼーっとしてたらマダガスカルのダニエルがミルクティーを持ってきてくれて「おー ダニエル。ロングタイム ノー シー」っつう事でハグ。さっそく海に入りました。
セット頭の波で久しぶりに正面のレギュラーが現れて今年は運がいいなっていう波乗り。
日本からご一緒した皆さんと部屋の前のテラスでリラックスしてたらアショーカが来て「トササン サーフレッスン やってくれませんか?」との事。今年の僕の懐事情を判ってくれて仕事を回してくれたっていう訳。有難いな。 感謝。
夕方、モスクワのオレッグも現れ震災後の力強い言葉に感謝したら「自分達は友達だから当たり前」って言われて泣きそうになりました。
今年も始まったウェリガマキャンプ。こんな時でもいらしていただいた皆さんにたくさん思い出を作っていただけるようベストを尽くそう。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
keep surfing.
2011年12月23日
初めての体験
皆さんお疲れさまです。 この三連休波が上がりそうです。仲良く楽しんで行きましょう。
民族によって身体の大きさや形、肌の色が異なるっていうのはどなたでもご存じの事と思います。
でもこれだけ顔の大きさが違うと笑ってしまいます。
僕のとなりで誇らしげに腕を組んでるのはニース君でfrom Arugam Bay Sri Lankaです。なにしろウェットスーツなんか見た事も無くその上12月の椎名内じゃそろそろブーツ、グローブもあったほうがいいねっていう時期、僕は無謀にもこの青年を海に誘いました。
ノンジップのフルスーツとブーツ、グローブ、そしてキャップで完全武装してのサーフィンはどんなものかなって思って「どうだい?」って聞いたら「気持ちいい。ありがとう」って言ってくれて「あー それなら俺も良かった」ってね。
アルガムベイは夏のポイントで夏は日本で忙しいのでなかなか行けそうも無いけど行ってみたいな。
スリランカでサーフキャンプを始めて6年目。そろそろ東海岸にも足を伸ばそうかな。
誰も居ない僕らだけのhappy beachがある筈だ。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
keep surfing.
2011年12月22日
California
皆さんお元気でしょうか。夜の空気は冷たいけど東京のビル郡に挟まれた小さな広場にLEDの光が冷たくにぎやかです。
今年もあと1週間余り。この時期になると楽しみなのがCalifornia surfshopのparty。パーティーと言ってもお酒呑んでダベるだけの集まりじゃありません。
今年はcaravanとマイちゃんがメインでギャビー&ロペスのもりもりさんと待ってました!のロキっ子がDJです。
食べ物はもりもりさんのアラスカでこれまたバッチリ。
caravanの演奏を目の前で見れる幸運はここでしか味わえないし華奢な身体からかっこいい演奏をするマイちゃんのバイブレーションを直に感じるのも素晴らしい。僕はマイちゃんの大ファンであります。(笑)
カリフォルニアサーフショップは特別なお店です。日本でとかく有りがちな「仲間以外排除」的なところではありません。
石田君とえんちゃんが大事に守ってきた宝物。それはサーフィンの種を蒔くという事で僕達はそれをseedlingと呼んでいます。
石田君、えんちゃんいつもありがとうございます。
土佐光行
2011年12月15日
三鷹大島屋
皆さんお疲れさまです。 日中の気温が低くてびっくりですが青空で素晴らしい日が続きそうです。東京の初冬楽しんで行きましょう。
今日は僕にしては珍しい酒場のお話しです。
三鷹駅南口の小田急バス3番乗り場の前に大島清一商店っていう歴史ある酒屋さんがあります。
その隣りにあるのが大島酒場。または大島屋です。
昔の酒屋さんて店の中に小さなカウンターがあってちょっと一杯呑めました。家のお使いで夕方に酒屋さんに行くとおじさん達が美味しそうに静かに呑んでて子供ながら不思議な気持ちになったものです。
この大島酒場もそんな酒屋さんの酒場という雰囲気でちょこっと座るとこもあるのですが人気は立ち飲みのカウンターです。
カウンターのどこに立つかはだいたい決まっていてご主人が「いらっしゃい。こちら!」って言って定位置に決めてくれます。その場所に先客があっても男だけの空間っていうのは自然と年上の人を敬って言われ無くても場所を空けるものです。
酒を呑むとだらしなくなったり、駄々をこねたり、人にいちゃもんつけたりする人がいます。無くて七癖(なくてななくせ)と言いますが酒を呑む時は独り静かにやりたいものです。
この大島酒場はそんな男達のオアシスで皆さん両手をカウンターについて行儀良く楽しくそしてとても美味しそうに呑んでいらっしゃいます。
さーてと。そんじゃチーズと生ビール!
ずーっと前からここに来るとこんな感じでスタートです。(笑)
仲良く行こう。
2011年12月13日
華子(はなちゃん)
週末から晴天が続いています。 素晴らしい太陽です。たくさん戴きましょう。
椎名内とかんぽの間、高野さんの網小屋の前辺りに車を置かせていただくようになって6〜7年になります。
この辺りではもう東京にはとっくに居なくなってしまったのら犬が時々現れます。
この豆柴みたいな子は音も無くすーっと現れて控え目な感じだったのと乳房が垂れていたので「はなちゃん」って呼びました。
いつもお話しさせていただく地元のおじさんに依るとこのはなちゃんは身籠って子供が産まれた時、仔犬達はもらわれて行ったのですがはなちゃんはそのまま残ってしまったとの事。結果首輪もリードも無しで自由を謳歌してるって訳です。
犬や猫ちゃんを見かけると何はともあれ話し掛けないと気がすまない性格なのでこのはなちゃんにも声をかけました。
当然お腹もすいてそうだったのでスーパー油屋の小アジのフライなんかあげて僕たちの距離はちょっと短くなりサーフメヒコ号の横の陽だまりで脱力して寝るぐらいになりました。
あっちのサーファーやこっちのサーファーからおにぎりやお菓子などお布施をいただきながら暮らす生活は見極めが大事でお布施をいただいたら音も無く立ち去るのがはなちゃんの流儀です。
練習の後のご飯を作ろうとカセットコンロに鍋を乗せて袋から里芋などガサガサ出してるとまたすーっと現れて適当な距離で視界の中に居ます。
この日は海岸清掃だったのでたくさんサーファーが来てお布施もたくさんあったんじゃないかな。大ちゃんがそばでお湯を浴びてても全然気にしないで12月の暖かい太陽を目一杯浴びてついでにお腹もいっぱいではなちゃんにとっていい日になりました。良かったな。
華子また今度ね。
keep surfing.
2011年12月09日
Tangalla
週末の晴天に向けて昨日今日と雨です。皆さん風邪に気をつけてくださいませ。Tangalla(タンガッラ)はスリランカの最南端の都市Matara(マータラ)からトゥクトゥクや車で一時間ほど海岸線のTangalla RDを北上すると到着です。
タンガッラは静かなビーチリゾートで奥座敷といった趣きがあります。
マータラから始まるタンガッラロードもコロンボから始まるゴールロードとは違って道幅も狭く入り江入り江で曲がりくねっててそれもまた楽しいドライブです。
途中の入り江の何ヵ所かは小さな岬に沿って規則正しく割れるリーフブレイクで夏のポイントです。マニアックなヨーロピアンが小さなゲストハウスをやってたりでサーフィンやる人など居ないパラダイスです。
海岸線をくまなくチェックして一番気に入ったところに住み着くヨーロピアンはさすがですね。(笑)
Necombo(ネコンボ)から始まる南西海岸のビーチリゾートも全部ヨーロピアン達が見つけてどんどん南下して行ってMirissa(ミリッサ)辺りで終わるんだけどマータラから反対側も見にいったんですね。
この若大将はタンガッラのボスでまだ30歳をちょっと過ぎたぐらい。なのに、この貫禄です。(笑)
元々ご両親が土地開発の仕事をしてて彼も後を継いでこの若さでゲストハウスとレストランを持っています。
2009年5月にタミルの虎を制圧して30年余り続いた内戦に終止符を打った現大統領の出身がこのタンガッラです。ちなみに僕が初めてスリランカに行ったのが30年ちょっと前でタミルの虎が蜂起した年です。コロンボのHoliday Innには北のJaffnaから避難して来た日本人の商社マンがいて話しを聞きました。日本の男子がまだまだ元気で当人でも無いのに何か誇らしく思ったのを憶えています。
話しがズレました。(笑)
この若大将も現大統領に近くてレストランには大統領とツーショットの大きな写真が飾ってあります。どんな揉め事も彼が現れると一発で収まるのもなんだか頷けるというものです。
僕がウェリガマに来てるっていうと会いに来てくれたり嬉しい限りです。
こんな頼れる若い衆を紹介してくれたレイションに感謝したいと思っております。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2011年12月06日
Someday never comes.
皆さん。暖かくなったり寒くなったりです。 着るものをひとつ余計に持って出ましょう。
Someday never comes. CCRの名曲なんだけどCCRったって50才前後の人か若くてもコアな洋楽ファンじゃないとご存じ無いかも知れません。
1960年代後半から70年代の頭にかけてアメリカはベトナム戦争一色で若い人達の反戦運動や既成の価値観の否定、つまりヒッピーと呼ばれるlove and Peaceな人達がサンフランシスコのヘイトアシュベリーから現れ世界中に拡散してた頃、僕は中学生でFENから聞こえるBillboardのヒットチャートが楽しみでした。
FENっていうのはFar East NetworkっていってFar Eastだから極東放送って訳せるんだけど要するに米軍放送でね。東京の若い音楽好きには絶対に外せないラジオ局だったんだよね。
なにしろアメリカのヒットチャートがそのまま時間差無しで聴けるから週末のBillboardの時間や大晦日の年代別ヒットチャートなんかは最高だったんだ。
このCCRなんかもかっこいいなーなんて聞いてたんだけどHave you ever seen the rain.が単なる「天気雨」の唄じゃ無くてベトナム空爆のナパーム弾を比喩してる曲だって解ったのはだいぶ大人になってからでこの時代の若者の心情がとてもよく出てると思うんだよね。
Someday never comesもよく聴いててボンヤリ「そうだなー」なんてね。「いつか」なんて来ないさ。ってね。
最近、自分が若いんだか年寄りなんだかさっぱり判らなくなってとても楽しい。(笑)
冷たい空気の東京を大股で歩きながらCCRを思い出してね。生きてるっていいなってなるんだよね。
keep surfing.
2011年12月02日
ウェリガマの夜明け
12月に入って今年もあとわずかになりました。 皆さん体調に気をつけてくださいませ。
今回もやはり夜明けの写真になりました。
夜明けの写真は何か希望を感じるので好きなのかなと…。
夕陽の写真は楽しかった事や悲しかった事、あの人の顔この人の顔を全部一緒に大きな鍋に入れて暖める赤い炎みたいだな。なんてね。訳の解らない事を言っております。(笑)
今年のスリランカキャンプは完璧な男子校になりそうです。
年末年始で総勢十余名。一番若くて30代。60代の先輩も二名いらしてくださいます。 気合いが入ります。
たくさんいろんなとこをご案内させていただこうと思います。どこも昔の日本みたいだから懐かしく思っていただけたら嬉しい。
ウェリガマの街(city)もトゥクトゥクですぐだからあのごちゃごちゃした感じも味わっていただこう。マータラのお寺も行こう。蛇先生のとこもお邪魔させてもらおう。
この頃若い男子が自分で可愛い弁当作ったり、(ホントかなぁ)車が欲しく無かったり、女子とプラトニックだったりで、なんか日本がおかしくなっちゃったから僕らは僕らで昔みたいに太陽に身体を焦がして、知ったかぶりしないで好奇心や冒険心で行動しよう。
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
2011年11月30日
加山雄三 海・その愛
2011年11月28日
nobbywoodsurfboard
皆さん今週は曇りの日が続くようです。暖かくして顎(あご)を引いて背筋を伸ばして歩きましょう。 海浜幕張にあるイオンのフードコートにスリランカ人の友達が店を出しました。人気メニューはTosa setで¥680。っていうのは冗談なんですけども。(笑)
この海浜幕張で小さなサーフボードの工房を開いているのが大川nobby信仁君その人であります。
サーフボードの工房ったってシェープルームにはあの神聖な白いブランクスは見当たりません。
この人はブランクスを使わないで全て木でサーフボードを作ります。
この写真の日サーフメヒコのじゅんちゃん達が木でオリジナルのフィンを作りたいという事で工房にお邪魔させてもらってお昼ご飯でこの食堂を見つけたって訳。
nobbyさんは自分の信じた道を歩く人でコツコツと積み上げるやり方でね。細君(奥様)のあさこちゃんは良き理解者でこの木製サーフボード制作を応援しています。
オーストラリアに引っ越したトム ウェグナーとも親交がありwood surfboardの研究に余念が無いんだ。
初期の頃と比べて格段に洗練されたこのwoodsurfboard。これからが楽しみなんだよね。
今度のスリランカにはここのハンドプレーン(手のひらより二回り大きなボディサーフィン用の板)を持って行こうと思う。nobbyさん作ってくれるって言ってたから。(笑)
going surfing!
nobby wood surfboardで検索よろしくです。土佐
2011年11月23日
プッサ
皆さんお疲れさまです。 朝起きる時羽毛ふとんが嬉しい季節になりました。 ある時からネコ馬鹿になってあちこち歩く度にカワイコちゃんの影を追ってしまうようになりました。
このカワイコちゃんはスリランカの最南端からちょっと東側に上がったサンパスの小さなゲストハウスのアイドルです。
名前は「プッサ」。日本に戻ってシンハラ語の本をパラパラとめくっていたら猫→プーサってなっててあっそうか!ってね。(笑) こういう適当なところがいいんだよね。
サンパスは無口で1日一緒にいても大体黙ってるんだけど心の有るいい奴でね。この二部屋しかないゲストハウスはいつも満室なんだ。前の海はボリュームの有るレギュラーでやってるのはサンパスとここのゲストだけ。今年はサンパスの親友のババとツアーの皆さんでお邪魔させていただこう。カワイコちゃん大きくなったかな?
僕がガイドするのは日本の旅行社が行かないスリランカの最南端です。
going surfing!
