2009年06月

2009年06月11日

090627幡ヶ谷-方南町フィールドワークのご案内

2f9535d4.jpg東京スリバチ学会フィールドワークのご案内

日時:6月27日(土)
集合:10:30に京王新線 幡ヶ谷駅改札出たところ

神田川の支流、笹塚川の刻んだスリバチを巡ります。
午前は幡ヶ谷の由来とされる旗洗池跡を探し、
玉川上水跡と笹塚川跡を登ったり降りたり・・・
13:00頃 笹塚駅あたりで適当にランチ。
午後は神田川本流や善福寺川の刻んだスリバチを越え、
16:30頃、高台の方南町駅(丸ノ内線)あたりで解散予定。

雨天決行・途中参加、途中抜けOKです。
出欠は取っていませんのでご自由にお集まり下さい。

春のフィールドワークは今回で一旦終了。
夏の間は暑いのでフィールドワークはお休みし、
9月にまた再開予定です。


suribachi at 21:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ 

2009年06月07日

下町低地(日本橋-聖橋)の見どころ(090530報告)

b8947a1b.jpg東京マナイタ学会とのコラボ企画、
記念すべき第1回下町低地の微地形鑑賞は、
日本橋をスタートし、西掘留川、東掘留川、
浜町川、柳原堤の土手、お玉が池、龍閑川など
凸凹と痕跡を探す、マニアックなツアーでした。
スタート地点の日本橋は、
日本橋台地を開削した日本橋川に架かる橋、
終点の御茶ノ水、聖橋は、
本郷台地を開削した神田川に架かる橋。
2つの台地は地形的に連続しています。
日本橋台地がかつての江戸前島とも言われています。



suribachi at 13:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

浜町川の流路跡(090530報告)

26206dda.JPG昭和23年から埋立てが開始された、浜町川の流路跡には、
自己増殖したような、長屋や飲み屋街が続きます。
流路の名残と思われる石垣も残ってました。
スリバチ学会の合言葉は、「下を向いて歩こう」です。


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川の交差点(090530報告)

bd97eb71.JPG浜町川と龍閑川が交差する場所は、
現在は龍閑児童遊園と竹森神社となっており、
ささやかな川のモニュメントがありました。
正面は龍閑川の川筋で、日本橋川までほぼ一直線。
日本橋通り(国道17号線)を横切る場所には、
今川橋という交差点名が残っています。
(本来の橋は100m位南に位置してました)

suribachi at 12:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

消え行く今川小路(090530報告)

50d08086.JPG龍閑川の川跡と、JRの高架が交差する場所に、
つい最近まで「今川小路」と呼ばれる、
ガード下のレトロな飲み屋街がありました。
すでに撤去工事が始まり、
ここでも川筋の町の一風景が失われつつあります。。
龍閑川が日本橋川へ出る手前には、
かつての龍閑橋(コンクリート製トラス)の一部が保存されています。



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お玉が池を探せ その1(090530報告)

82064d7f.JPGお玉稲荷のある、岩本町2丁目付近には、
不忍池よりも大きなお玉が池が存在してました。
千葉周作の玄武館(お玉が池道場)があったのも、
この近辺です。
現在は、いくつかの記念碑が残るのみで、
池のあった痕跡は発見できませんでした。


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お玉が池を探せ その2(090530報告)

9f1c34c8.jpg家康入府前の江戸の原地形想像図。
江戸前島(日本橋台地)をはさむ形で、
日比谷の入り江に平川(神田川・石神井川)が注ぎ、
江戸湊には古代石神井川が流れ込んでいました。
この地形図では、
本町通り(国道6号線)に堰き止められるよう、
周辺より窪んだ一帯が確認でき、
この辺りがお玉が池だったのではないか、
と想像しています。


suribachi at 11:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

埋没したスリバチ(090530報告)

c469b347.jpg下町低地の地下には、東京層を複雑に刻む、
起伏が伏在していると言われてます。
上流側の山の手台地を刻む谷地形の延長上には、
連続した過去の浸蝕谷があって、
下町低地には多くのスリバチが埋没しています。
「浸蝕谷の地形図(1928年 東木龍七)」によれば、
お玉が池も、古代石神井川流域の一部と想像できます。



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東京スリバチの七不思議(090530報告)

21627373.JPGカシミール地形図にて、神田錦町2丁目に
窪み(正真正銘のスリバチ!)が存在しています。
神田警察署と東京電気大学の敷地をまたぐ、
深さ3〜4mの巨大な窪みです。
明治19年、参謀本部発行の1/5000地形図では、
窪みは見当たらず、人為的な窪みだとしたら、
それ以降の造成なのでしょうか。
英吉利法律学校、中央大学、電気学校、
などの変遷を経ている一角です。





suribachi at 10:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

スリバチの第2法則(090530報告)

80e7cb5c.JPG「地形的な断層が、町の断層になっている」を、
スリバチの第2法則と呼んでます。
丘の上と下では町なみにはっきりとした違いがあります。
この写真では、丘の上は駿河台、丘の麓は猿楽町。
古代中国の陰陽五行説によれば、
ウマ=陽気=火
サル=陰気=水
という図式があるらしい。
渋谷区の猿楽町にも鶯谷に続くスリバチがあったような・・

suribachi at 09:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート