2010年06月

2010年06月11日

100626フィールドワーク祖師谷編のご案内

8346f1ce.jpg「東京の地名にはスリバチコードが隠されている!」
ということで、今回は世田谷・祖師谷です。
(ホントに谷のつく地名って多いですね!)
出欠は取っていないのでご自由にお集まり下さい。

日時:6/26(土) 10:30am
集合:小田急線 成城学園前駅中央改札出たところ
   
午前は喜多見不動を経由して野川の崖線を南下、
湧水や旧野川の川跡、荒玉水道道路を楽しみながら、
丘を越えて仙川の谷へ。13:00頃に成城大学か駅周辺でランチ。
午後は成城の高級住宅街を抜けて野川支流がつくったスリバチから、
祖師谷公園、つりがね池公園などのスリバチ地形を満喫して
17:00ころ祖師谷大蔵駅へ戻るコースです。
今回も雨天決行、途中抜け、途中参加OKです。

春のフィールドワークは一旦終了、
夏の間は(暑いので)フィールドワークはお休みです。。

ちなみに秋のフィールドワークは
9/25(土)、10/30(土)、12/4(土)を予定しています。


suribachi at 22:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ 

2010年06月06日

下末吉のみどころ(100529フィールドワーク報告)

79fc7f41.jpg東京スリバチ学会の記念すべき東京脱出第一弾は横浜市鶴見区の下末吉。東京の山の手台地は形成年代で立川面や武蔵野面、下末吉面と分類されています。淀橋台と荏原台が属する下末吉面とは、典型的な地形残る「下末吉」という地名から名づけられましたが、いったいどんな所??
下末吉は、多くの谷マニアが「美しすぎる・・」と叫びたくなるフィールドでした。
学会が愛でる局地的谷戸地形や、貴重な一級スリバチなど見どころ満載。
でも、スリバチの数だけあるはずの川の痕跡にはなかなか出会えませんでした。その探求が今後の課題かな。。また来るよ!下末吉!!

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通用しないスリバチの第一法則(100529報告)

4eb7af70.JPG「建物が地形を強調する」、すなわち丘の上には高層建築が聳え立ち、丘の下では低層な建物が軒を連ねる様を『スリバチの第一法則』とか言っていますが、ここ下末吉は東京とは別の原理が作用してます。のどかな下町に迫る30m超の断崖と、平らな台地上に連なる住宅群が織り成す景観が、ここ諏訪坂の特徴。丘の斜面の住宅地ではなく、お盆の上に乗ったかのような住宅地が下末吉の真骨頂!
下末吉台地の基盤が、洪積世の海成層である下末吉層という波蝕台なのが平らな台地の理由。
下町である『レアールつくの』というアーケードが残るレトロな商店街もお勧めです。

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東寺尾の一級スリバチ(100529報告)

a15ccb26.JPG4方向を丘で囲まれ閉じられた窪地を真性スリバチ、または一級スリバチと呼んでいます。カルデラは別として、川の浸蝕作用で作られた谷は二級止まり。一級スリバチが生まれるのは、谷の出口(谷口と呼ばれます)を人為的に土手やダムで塞がれた場合です。タモリ倶楽部でご紹介した四谷荒木町が一級スリバチなのは、江戸時代に松平摂津の守がダムを築いて谷口を塞いだから。ここ東寺尾の場合は、第二京浜の土手が谷を越えるために生まれた一級スリバチ。谷の上流(谷頭)には土地の氏神様の祠がひっそりと佇んでいます。

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弁天池周辺の窪地(100529報告)

da76ad0a.JPG蓮の花咲く寺谷の弁天池はかつてここにあった寺谷大池の名残り。寺谷大池は谷戸を堰き止めて造った人工のため池。その土手(ダム)は昭和坂へと至る道として、現在も僅かながら起伏を味わえます。ってことは、弁天池周辺は僅かながら窪んだ一級スリバチ地形!!平らに埋め立てたはずが、時間経過で土地が沈み込んだと想像できます。江戸時代に埋め立てられた日比谷が、周囲(銀座や霞ヶ関)より若干窪んでいるのも同じ理由。
それにしても暗渠界からやってきたlotus62さんとの出会いが蓮の弁天池とは、できすぎていますね。

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明治から大正頃の下末吉(100529報告)

c3043f2e.jpg鶴見川流域はかつては豊かな水田地帯。鶴見川の水は満潮の時、海水が逆流していたため用水として利用できず、灌漑施設として下末吉の谷戸をため池に利用していました。その名残が三ツ池、二ツ池。その他にもこの地図から、多くのため池があったのが分かりますね。寺町大池もその一つで、急速な宅地化によって、現在の弁天池を僅かに残し、昭和の初めの頃、埋め立てられました。

suribachi at 08:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

スリバチの空(100529報告)

aaa8b0be.JPG下末吉の愛宕神社から鶴見川の低地を望む。下末吉も台地の突端に多くの社寺が連なっていました。末吉神社、末吉不動尊、宝泉寺、熊野神社などなど。スリバチ学会のフィールドワークって、無駄に(無駄ではない!)昇り降りを繰り返しますが、いつも社寺の木陰が絶好の休憩ポイント。飽きずにフィールドワークを続けれらるのも、社寺群のおかげ。岬に立つ神社やお寺で一息ついて振り返ると、どこまでも続く空が広がります。
下末吉では場所ごとに、いろんな空にも出会えました。そう、スリバチの数だけ空があります。

suribachi at 08:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

末吉不動尊の不動の滝(100529報告)

d5098365.JPG上末吉1丁目の末吉不動尊へ登る階段の脇に、不動の滝があります。地形的に前回の目黒不動、独鈷の滝と同じく、ローム層(下末吉ローム層と呼びます)中の地下水がその下位の東京層との境から湧き出しているものと思われます。
スリバチ学会のフィールドワークは湧水に出会えることが多く、流行のパワースポットめぐりもできる、お得な会です。

suribachi at 08:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

鶴見の高架下建築(100529報告)

4ccc1773.JPG高架下の建物って、使い手・住み手の個性や主張が色濃く反映されていて、見ていて飽きないですよね。実は私、日本高架下建築協会の会員でもあります。会長は都市整理公団の総裁でもある、あの大山さん。http://blog.livedoor.jp/elarch/
1990年代から日本の建築界では、スケルトン・インフィルの設計思想、すなわち変わらないもの=スケルトン、時代や用途に合わせて更新されるもの=インフィルを明確に分離し、建築を長寿命化させようという議論が多くなされました。区分所有であるマンションなどにその設計思想は反映されてきています。
高架下建築って、そんな議論よりもはるか以前に、その設計思想を軽やかに実践していたのです。

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下末吉の全景(100529報告)

29cb30f2.jpg今回の探索範囲を含め、下末吉の全景を眺めてみましょう。平坦な台地に無数のスリバチが入り組む地形は、東京の淀橋台や荏原台と同じ。東京の台地は人の手が加わって姿を変えていますが、下末吉は原形に近いと思われます。家康入府の頃の江戸山の手って、きっとこんな地形だったのでしょう。
そこに谷がある限り、スリバチ学会の冒険は続きます。

suribachi at 07:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート