2010年11月

2010年11月14日

101204下谷・根岸・鶯谷のフィールドワークのお知らせ

7cf0a934.jpgいよいよ本年さいごのフィールドワークのご案内です。
今年のテーマ、谷のつく地名めぐりのラストは下谷・根岸・鶯谷です。
(いつものように出欠は取っていないのでご自由にお集まり下さい)
【東京スリバチ学会フィールドワークのご案内】

日時:12/4(土) 10:30am
集合:東京メトロ日比谷線入谷駅2番出口(上野寄り)を出たところ。

【1部】
入谷の鬼子母神をスタートし、根岸の路地や石神井用水跡を散策、
山の手とは一味違った下町低地の微地形を鑑賞します。
13:00頃鶯谷駅周辺で適当にランチ。
午後は団子を食べてから、いよいよ上野の台地へ。
京成線の駅舎跡やいくつかのお寺を巡った後、
丘を越え、昨年雨に降られた不忍池で16:30頃、一旦解散。
今回も懲りずに、雨天決行です。もちろん途中参加・途中抜けOK。

【2部】
17:00-根津の六龍鉱泉(台東区池之端3-4-20)で温まりましょう。
【3部】
18:00-猫のいる居酒屋、根津の「車屋」(文京区根津2-18-2)で忘年会。
    (お店の電話番号は3821-2901)
こちらももちろん、自由参加です。

真冬は寒いのでフィールドワークはお休みです。
来年の3月ごろに再開予定。


suribachi at 18:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ 

東京の魅力は谷にあり(101107ヌンさんとまち歩き)

d4df5620.jpg「東京の魅力は谷にあり」
海外からのお客さんを連れて東京を歩く時は、迷わずスリバチを目指します。今回はタイ、バンコクから建築設計の研修で日本に来たヌンさんとまち歩き。日本ははじめてというヌンさんを連れて下末吉台とかに行っても、?でしょうから、観光・たてもの鑑賞・スリバチ地形を同時に楽しめる青山・原宿へ。スタートは奥青山の根津美術館。根津美術館の庭園は谷マニアではおなじみの谷戸庭園の傑作。
ヌン「ミナカーさん、きょうはよろしくおねがいします」
会長「この建物は隈研吾さんの設計で、現在は青磁という陶器の展示をやっています。タイのセラドンと同類のセラミックです。展示は後回しにして、まずは庭園へ下りてみましょう」
ヌン「きれいですね」
会長「谷戸庭園がちょうど紅葉の初期で、ヌンさんは運がいいですよ。青山のすぐ裏、都会の真ん中にこんな自然たっぷりな庭園が広がっているのが東京の面白いところです」
ヌン「池もあるのですね」
会長「そうなんです!この谷戸からは清水が湧き出ていて、この池はその流れを利用したものです。笄川という西麻布・広尾を経て渋谷川へ注ぐ川の源流のひとつでもあるんです!」
ヌン「・・・・」
会長「(しまった、熱くなってしまった・・)都会でも清水の湧く自然が残っているところが面白いですよね」
ヌン「そーですね」
会長「東京って、谷に行くと、面白いものに出会えるんですよ」
ヌン「そーですね」
会長「この後は、キャットストリートという谷を見に行きましょう!」
ヌン「ミナカーさん、プラダのたてものを見たいんですが・・・」
会長「そーですね。。」

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下町低地のオールスターズ(101107ヌンさんとまち歩き)

ede8b297.jpg「肉が食べたい」というヌンさんのリクエストに応えるため、吉牛でランチ。ブディストも肉食化しているのか??
午後は「セントラル・イースト・東京」のイベントの一つ、時層地図を使ったまち歩きに飛び入り参加。待っていてくれたのは、スリバチ学会副会長の石川氏、アイフォンアプリ時層地図の開発者である元永氏、中沢新一さんのアースダイバー地図を実際に制作した深澤氏と「壁の本」でおなじみの杉浦さんという豪華な顔ぶれ。
神田明神から下町低地へ下り、龍閑川の川跡や日本橋波蝕台の微地形を楽しみました。その後は日本橋から京橋、銀座と旧江戸前島の尾根筋(現在の中央通り)を南下し、日比谷の入江を眺める(イメージの)タイ料理屋さんで夕食。ヌンさんは東京の地形を楽しんでくれたかなあ。。

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2010年11月06日

神聖なる無(101030報告)

5c89796c.jpg皇居。東京の中心。「いかにもこの都市は中心を持っている。だが、その中心は空虚である」と、ロラン・バルトが『表象の帝国』で表現した場所。
東京スリバチ学会からすると、地理的には武蔵野台地の東端、地形的には淀橋台に属するゆえ深く密な谷に刻まれた台地。ただ他の台地や谷と違うのは、壮大な城を築くため、原地形のポテンシャルを最大限に活かしながら、大改造が施されたところ。特に家康の江戸城成立は、いくつもの谷戸地形(スリバチ)に負ったところが多い。城の防衛のみならず、飲料水の確保などなど。自分たちは古代のスリバチに、どこまで近づけるのか・・
ロラン・バルトの言う「台風の目」のような皇居に、本物の台風が近づくなか、今回もフィールドワークは決行されました。皇居東御苑・千鳥ヶ淵・樹木谷と進んだあたりで、ますます風雨は強くなり、「過酷な状況下、目的地を知らされていない強行は遭難の恐れあり」との慎重論が飛出し、止む無くスリバチ探索は14時ころ市ヶ谷で終了となりました。平河天満宮下の窪みや清水谷の探索は、日をあらためて行います。
(次回12/4(土)は根岸・鶯谷の予定です)

suribachi at 23:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

武蔵野台地東縁の原地形(101030の復習)

2c8aa47c.jpg江戸城周辺の原地形を標高データを使ったスリバ地図で想像してみましょう。千鳥ヶ淵がダムとして堰き止められる以前は、局沢川を含む3筋の小河川が、現在の蓮池濠を経て、日比谷の入江に注いでいたと言われてます。内堀が千鳥ヶ淵で「く」の字に折れ曲がっているのは、ここで落ち合う谷(川筋)を利用したから。家康が8千の家臣団を連れ、江戸城に入ってまずやらねばならなかったのは、飲料水の確保。水不足は真水の得にくい臨海都市、江戸の宿命。天下普請が始まる前、徳川直営でのインフラ整備が千鳥ヶ淵ダムの建設と、牛ヶ淵というハケの湧水を利用した貯水池の建設でした。
甲州街道を挟んで、平川天満宮辺りを水源とし桜田濠を経て日比谷入江へ注ぐ川筋や、新宿区若葉町を水源とする赤坂川に清水谷からの川筋が赤坂見附で合流しているのが分かります。

suribachi at 19:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

美しさには訳がある(101030の寄り道)

f26ab53f.jpg皇居付近に来る度、ついつい見とれてしまう端正で美しいオフィスビル、AIUビル。設計はアンダーソン・ベックイズ&ハイベル・アーキテクツ、1974年の竣工。彫りが深く陰影のある佇まいといい、均整の取れたプロポーションといい、抑制の効いた大人の建築ですね。 最近は環境負荷低減を掲げ、庇を設けて日射を防ぐビルが増えていますが、多くのビルの庇状の部材は後付の言わば化粧材。一方、このAIUビルの外壁を覆うコンクリート製の格子は建物の構造体でもあります。鉄骨を打ち込んだプレキャストコンクリートの仕上げがびしゃん叩きというのも玄人っぽくて憎いなあ。。

suribachi at 19:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

怨霊の微高地(101030報告)

efa31469.jpgフィールドワークを始める前に将門塚へ御参りに。かつての日比谷の入江は、柴崎とよばれていた将門塚付近まで入り込んでいたと言われています。
平将門は下総国で軍馬や製鉄の技術を特化させ、京都政権をも脅かす存在になったが故、志半ばで殺された東国独立のリーダー的存在。家康が将門信仰を重んじたのは、西からの独立という自身の政治理念というよりも、東国の人々のハートを掴むためと言うべきか。
一方、尊王を掲げた明治政府は朝敵将門塚をとても粗末に扱ったため、不運が続く。塚を取り壊して庁舎を建てた大蔵省では、大臣他幹部14名が次々と急死。戦後にはここを整地しようとしたGHQの工事関係者が事故で亡くなっている。また、塚の敷地にかかって建てられた長期信用銀行は倒産。その他にも、お供え用のお神酒を飲んだら会社が火事になったなど逸話は尽きない。いわゆる「将門の祟り」である。
将門さま、スリバチ学会はあなたの存在を忘れていませんよ!

suribachi at 18:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

武蔵野台地の最東端(101030報告)

ee8c39d5.jpg皇居東御苑の展望台は武蔵野台地淀橋台の最東端に位置し、ここから東方は沖積低地が広がっています。断崖の下は白鳥濠、牛ヶ淵と同じく、ハケの湧水を溜めた池と思われます。崖の上には江戸城天守台の石垣が残っており、その石材の巨大さに圧倒されます。

suribachi at 17:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

千鳥ヶ淵というダム湖(101030報告)

69e67c5b.jpg家康が築いたダム(土盛り)、近代美術館工芸館のある辺りから、千鳥ヶ淵と樹木谷を眺めています。首都高速都心環状線はダム湖である千鳥ヶ淵を縦貫し、ダムに一旦潜るかたちで竹橋へ至ります。
この地下へ潜る高速道路のトンネル工事が地表下16mに差し掛かったところで、谷川の地山が発見されたレポートがあり、ダム説を証明しています。詳しくは鈴木理生氏の『江戸と江戸城』または『江戸の町は骨だらけ』をご覧下さい。氏によれば「家康の江戸入り直後の、千鳥ヶ淵川の河流にダムを造るための突貫工事で、急激に埋め立てたことを物語る形に竹木は地面に生えたまま土砂に押し倒されていた」ということです。この発見には貝塚爽平氏も立ち会ったとのエピソード付き!

suribachi at 13:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

樹木谷の排水口(101030報告)

30570947.jpg樹木谷を刻んだ局沢川は暗渠化されていますが、千鳥ヶ淵へと繋がる場所で排水口を発見しました。南洋堂の店主さんが長身を活かし、雨の中決死で撮った貴重な1枚。
10/23『坂の下の路地』講演の中で、「中島みゆきさんは海へ行くなら9月と歌ってましたが、スリバチへ行くなら雨の日ですよ!」なんていい加減なこと言ってましたが、台風はちょっと・・ですね。地図がビショビショです。。

suribachi at 12:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート